キャッチは完全に無視しましょう、碌な目に遭いません。
目の前だけではなく足元にも注意しましょう。モンジャを踏む可能性があります。
歌舞伎町大通りの辺りにある家系ラーメン屋は美味しいです。お酒飲んだ後に食べるとサイコーでした。
「百夜堂って言えば、あの有名な喫茶店だね」
「そこの店の苺餡蜜がサイコーでねえ」
「いろいろ美味しいものがあるんだけど、何より最高なのは……」
「「「シズコたんの可愛い笑顔!!」」」
「……へえ」
道を聞いている中、銀時は幾度となくそんな話題を聞かされた。何を聞いてもシズコという少女が可愛い、という話題がすぐに出てくる。それだけ純粋に可愛らしいのか、それとも……なかなかにあくどい商売上手なのか。
なんにせよ、だらだらと歩いているうちにようやく目的地の『百夜堂』へと辿り着いた。
扉を開くとチリリン、と涼やかなドアベルが響く。すると、とたとたと騒がしい足音を響かせて近づいてきたのは、長い金髪をポニーテール状に結び、豊かな胸元を晒すように短く切り詰められた着物を着た少女だった。
銀時が「お、なかなか目の保養になるネーちゃんじゃねーの」と思ったのも束の間、彼女は突然ダンっ! と床が抜けんばかりに片足を踏み込み、任侠さながらに大仰な身振りで仁義を切り始めた。
「お頭ァァァァ! ようこそいらっしゃいマシタッ!! わざわざシャーレ組から直々に参られると聞き、このフィーナ! 心よりお待ちしてマシタァァァァ!!」
「……え、なにここ。そーゆーコンカフェか何か? 極道の女カフェってヤツなのここ?」
銀時は一歩引いて、死んだ魚のような目をさらに点にしながら、目の前の金髪和風極道(?)少女をまじまじと見つめた。
「ちょ、ちょっとフィーナ! 先生が困ってるでしょ!?」
店の奥からバタバタと慌てた様子で飛び出してきたのは、頭の上でぴょこんと跳ねた髪を左右に揺らし、メイド風にアレンジされた着物を纏った少女──彼女こそが、街の男たちが口を揃えて熱弁していた『百夜堂』の看板娘、シズコだった。
「エ、でも……先生が来たらびっくりするくらいに盛大にお迎えの挨拶をって、さっき委員長が……」
「いやいやいやいや! それはあくまでも百夜堂の従業員としての第一印象的な話だからね!? そう、第一印象! 第一印象をとびきり可愛くしておくことで先生の好感度を最初からMAXにしておこうっていうこの……」
「銀さんから好感度稼いでも絆スチルとかはねえと思うけど」
だらりと肩を下げたまま、懐に手を突っ込んで現実的なツッコミを投げ入れる銀時。しかし、自分の世界観に没頭しているシズコには、その言葉がすぐには届かない。
「そんなことない! きっとなんだかんだで儚げで桜が似合うような……はっ!?」
熱弁の途中で、自分が今、その「好感度を稼ぐべき対象」の目の前で手の内をすべてぶちまけていたことにようやく気づき、シズコの動きがピタリと止まる。
ギギギ……と、まるで油の切れたブリキの玩具のような不自然な音でも聞こえてきそうな速度で、シズコはゆっくりと銀時の方へと顔を向けた。その顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「え、えっと……今のはつまり、その……てへぺろっ♡じゃなくて、その……百夜堂へようこそ♩にゃんにゃん♩」
真っ赤になった顔のまま、シズコは必死に営業スマイルを張り直し、頭の横で小さく拳を握って見せた。
「あー、なるほどなるほど。そーゆーキャラね、なるほど」
銀時は冷めた目でそのビジネスにゃんにゃんを見つめ、うんうんと深く頷いた。その目は「世界の裏側をすべて察した」という、ひどく世俗的な光を宿している。
「や、やだなあ! キャラじゃないですよう、えへへ♩ では中へご案内しまあす♡ フィーナ、一名様!」
これ以上自分のビジネス戦略を掘り下げられてはたまらないとばかりに、シズコは裏返りそうな声を張り上げて強引に話を切り替えた。
「ハイッッ、不肖フィーナ! お頭を全力でおもてなししマスッッッッ!!」
ビシッと背筋を伸ばし、まるで組長の出迎えを命じられた若頭のような気迫で、フィーナが凄まじい大声を店内に響かせる。
「だからそういうのじゃなくって!!」
シズコの髪が怒りで逆立ち、鋭いツッコミが飛んだ。
おもてなしの「方向性」が根本からズレている二人のやり取りを前に、銀時はやれやれと頭を振る。
「おいおい、お前ら。銀さん一応これでもシャーレの『先生』ってことになってんだけど。なんでここ来て早々、極道映画のオーディション会場に放り込まれてんの? これ確実に堅気の雰囲気じゃねーよね?」
懐に手を突っ込んだまま、銀時は呆れ果てた表情で、席へと案内されていった。
──────────
「……それにしても先生、本当に来てくださったんですね!」
席へと座った銀時へ、冷たいお茶と、街の男たちが絶賛していた件の『苺餡蜜』を差し出しながら、シズコが感激した様子で口にする。先ほどまでのビジネスライクな態度から一転して、そこには純粋に嬉しそうな響きがあった。
「まあ、呼ばれたからな。それに生徒が醸した酒があるっつーし。……けど未成年が酒造って、味見とかはどーすんの?」
銀時は目の前に置かれた苺餡蜜の、これでもかと盛られた生クリームと真っ赤な苺に目を輝かせつつも、ふと疑問に思ったことを口にした。いくらなんでも、お酒を作るとなれば味のチェックが必要不可欠なはずだ。
「ふふ、やっぱりお酒が好きなんですね♩ 百鬼夜行の酒蔵は自治区の土地柄、選択科目のようなものでして……高等部に入学してからお酒作りの基礎を学び、卒業してから成人した後に自分で作ったお酒で初めてお酒を口にするんです!」
「へえ、卒業制作みてえなもんか」
スプーンで餡蜜を掬って口に運びながら、銀時は感心したように呟いた。
「生徒が成人するまでの間はお客さんに少しずつお出しすることで、代わりに味見をしてもらっているんです。生徒ごとにお酒の種類が変わったり味も変わっているので、とっても面白いんですよ♪」
「なーるほどね。そもそもとして需要が少ねえからこそできる、お互いウィンウィンな卒業制作ってことか」
銀時が妙に納得したように頷きながら、ズズッと温かいお茶を啜る。糖分と水分が五臓六腑に染み渡るのを噛み締めていると、シズコがはっ、と何かを思い出したようにして自身の両頬に手を当てた。
「うふふ、先生とのお話が楽しくって、すっかり自己紹介が遅れちゃいました。テヘペロ♩」
「あ、まだその打算まみれのキャラでいこうとすんのね」
「こほん! ……改めてお騒がせしました、私は河合シズコ! 百鬼夜行連合学院所属、『お祭り運営委員会』の委員長で、この自治区自慢の喫茶『百夜堂』のオーナー! それと同時に、このお店の看板娘で、みんなのアイドルみたいなものです♡」
ビシッと完璧なカメラ目線と営業スマイルを決めてみせるシズコ。そのあまりのプロ根性に銀時が半目になっていると、そのシズコのすぐ隣にスッと並び立ち、改めてドスの利いた仁義を切る姿勢を取ったフィーナが声を張り上げた。
「そしてワタシは百夜堂の従業員! 任侠の道を極めんとする、フィーナと申しマース!」
「おーう、よろしく。……ま、俺のことは適当に銀さんって呼んでよ。一応『万事屋銀ちゃん』のオーナー兼、今は肩書き上シャーレの『先生』ってことになってっけど、……あれ? 考えてみたらキヴォトスに来てから黒板の前に立った記憶一秒もねえな。やってることただの便利屋じゃね? 結局元の生活と地続きじゃね俺?」
自分の本来の役職と現状のギャップに今更ながら気づき、遠い目をして餡蜜のイチゴを突っついていると、シズコはお盆を胸にキュッと抱きしめつつ、小首を傾げて銀時を覗き込んだ。
「先生、って百鬼夜行に来るのは初めて、でしたよね?」
「ん、まーな。まあ、昔ちょっと似たような匂いというか、瓦屋根がズラッと並んだ雰囲気の場所で長年暮らしてたからさ。なんとなくシンパシー? みてえなのは感じてるけど」
「似たような場所……一体どんな場所なのか気になりますけど、今は置いておきましょう。私たちの自治区は昔から観光業を中心に発達した学院なんです。お祭り、温泉、伝統音楽……そして何よりも、お腹も心も満たされる絶品グルメ! ありとあらゆる文化や多種多様な生徒たちとが交わり、この街独自の熱量として息づいてる、そんな素敵な場所なんですよ!」
シズコは誇らしげに胸を張り、頭の上の髪をぴこぴこと嬉しそうに揺らした。おもてなしの精神と百鬼夜行への愛着が、その爛漫な表情からひしひしと伝わってくる。
「……へえ、俺がいたとこよりかは随分健全だな。あそこは昼間から酔っ払いが道端でゲロ吐いて寝てたり、飲み屋と水商売、あとはちょっと路地裏に入りゃヤ絡みの喧嘩に賭博くらいしかねえ、ろくでもねえ治安の吹き溜まりみたいな街だったし」
「ち、治安が死ぬほど悪いところにお住まいだったんですね、先生……」
銀時がボソボソと溢した生々しすぎる過去の街並みに、シズコは引き気味に頬を引きつらせ、抱えたお盆で顔を半分隠しながら苦笑いした。しかし、すぐにこほんと小さく咳払いをして気を取り直すと、ビシッと人差し指を立ててみせる。
「話を戻します! そして私たちは、そんな百鬼夜行の観光業の中でも最大規模を誇る一大イベント、お祭りを一手に担当する『お祭り運営委員会』! イベントの企画立案から当日の出店運営、全般的な治安・進行管理まで、そのほとんどを担当してる由緒正しき部活なんです、えっへん!」
「そして、ここ百夜堂はお祭り運営委員会のcoolなアジトなんデス! いわば、組事務所のようなものデスね!」
フィーナが我が意を得たりとばかりに豊かな胸をさらに強調するように拳を握りしめ、キラーンと目を輝かせて独自の解釈で補足した。
「だから物騒な言い換えはやめなさいってば! ……ともかく! 今まさに私たちが総力を挙げて準備してきた『百夜ノ春ノ桜花祭』が絶賛開催中! これこそが、私たちお祭り運営委員会の真骨頂であり、努力の結晶なんです!」
フィーナへのツッコミで一瞬だけ素の顔に戻りつつも、シズコはこれ以上ないほどの完璧なアイドルの笑顔を作り直し、お祭り運営委員会のトップとしての自負をその言葉に大いに滲ませた。
「へーえ、どおりで街の隅から隅まで活気付いてるわけだ。いい運営がいい祭りを作る良い例じゃねえか。銀さん感心しちゃったわ」
銀時はスプーンを口から離し、器に残った餡蜜の蜜を名残惜しそうに見つめながら呟いた。気怠げではあるが、その言葉にはお祭りの賑わいを純粋に評価する大人の余裕が含まれている。
「え……えへへ、そう言われるととても嬉しいです! シャーレの先生にそう言っていただけるなんて、頑張った甲斐がありました! 色んな方の協力や努力があってこうして盛り上がってはいるのですが……実はその、最近になってお祭りを邪魔してくる奴らが現れまして……」
シズコは照れたように頬を緩ませたがすぐにその表情に暗い影を落とした。胸元に抱えたお盆をきゅっと強く握りしめる。
「邪魔してくる奴ら?」
銀時はお茶の湯呑みにに手を伸ばしかけたところで動きを止め、片眉を上げる。
「はい。今朝も色んな出店や装飾をあちこち派手に荒らされましたし……ほんっとに……」
「……それが相談したいこと、てか?」
銀時はズズッとお茶を啜り、一息ついてからシズコを見据えつつ問い掛けた。
「はい、先生を純粋に桜花祭にご招待したかったのも本当なのですが……」
申し訳なさそうに眉を下げながら彼女が言葉を続けようとした、まさにその瞬間だった。
──ドガァァァァァンッッ!!!
突如として、店のすぐ外の通りから鼓膜を震わせるような凄まじい爆発音が響き渡り、店内のガラス窓がガタガタと激しく震えた。
「!! 委員長、敵襲デス!!」
爆音と同時に店内の空気が一変する。フィーナは反射的に姿勢を低くし、長い金髪のポニーテールを揺らしながら、鋭い眼光を店の外へと向けた。その身のこなしは、まさに修羅場に慣れた極道そのものである。
「ああもうっ! 言ってるそばからアイツら! ほんっとやってらんない!」
シズコは胸に抱えていたお盆をバンッと机に叩きつけた。先ほどまでの「みんなのアイドル」然とした愛らしい営業スマイルは完全に消え失せ、お祭り運営委員会のトップとしてのドスの利いた怒りが爆発する。
しかし、シズコがガルルルっ……と獣めいた唸り声で不機嫌を露わにしたその瞬間、目の前で「お前、今完全に素が出ただろ」と言わんばかりのジト目を向けている銀時と視線がカチ合った。
「あっ……えっと……きゃー、シズコ怖ーい、……なんちゃって、えへへ♡」
我に返ったシズコは顔を引きつらせ、慌てて両手を頬に当てて首を傾げるという、付け焼き刃のブリっ子ポーズで必死に取り繕った。狸耳がバタバタと忙しなく揺れている。
「何がシズコ怖ーいだ、怖ーいのはその年齢にして裏表の激しいしたたかな女の子の方だからなマジで。銀さん今ちょっと背筋がヒヤッとしたわ」
銀時はスプーンを持ったまま深いため息をつき、頭を振った。女の子の打算を見せつけられた気怠さがその気力のない目に色濃く表れている。
「と、とにかく! 詳しいことは現場へ向かってからで! フィーナ、カチコミの準備よ!」
「ガッテン承知デス、委員長!!」
「……まったく、飯と祭りの邪魔ほど不粋なもんはねーや」
銀時は器に残った苺餡蜜を最後の一口で急いで口に放り込み、腰の木刀の感触を確かめながらのっそりと立ち上がった。
そして、まだ口の中に残る甘さを噛み締めながら、慌てふためくシズコと、異様な戦闘意欲に燃えるフィーナの二人に左右から手を引かれるがまま、白煙と悲鳴が上がり始めた爆発音の現場へと、だらしなく着流しを揺らしながら向かうのだった。
──────────
路上は既に大騒ぎとなっていた。黒煙が上がる通りの中央、その中心では鼻高天狗の仮面を被る狐耳の少女たちが、物騒なロケットランチャーを片手に堂々と見栄を切っている。
「ふはははは! あたしらは百鬼夜行の路上に屯する魑魅魍魎!」
「その名も魑魅一座(すだまいちざ)・路上流っす!」
「さあみんな、ご要望通りに荒らして荒らして荒らしまくってやれ!」
天狗面の少女の不敵な号令を皮切りに、魑魅一座の面々は四方八方へ向けて容赦なくロケットランチャーをぶっ放し、立ち並ぶ露店の屋台を容赦なく蹴飛ばして破壊していく。楽しいお祭りの空間は、一瞬にして爆炎と木片が飛び散る戦場へと変貌していた。
「祭りの演出……ではねーよな。どっかのジジイが将軍ごと祭り会場爆破しようとしたクーデター未遂思い出したわ」
爆風に銀髪を揺らしながら、銀時は懐に手を突っ込んだまま呆れたように呟く。
「呑気なこと……あれ、クーデター未遂って呑気なことに入らなそう……? と、ともかく! アイツらはただの邪魔者です!」
「せっかくの桜花祭を邪魔しようだなんて許せまセン! 叩き斬って道端のコヤシにしてやりマス!」
シズコが慌ててツッコミを入れつつ憤慨し、フィーナが愛用の軽機関銃をガシャリと構えて物騒な決意を口にする。二人が毅然とした態度で魑魅一座の前に立ちはだかると、天狗面の少女たちは鼻で笑った。
「はんっ、たかがお祭り運営委員会如きがあたしらの相手になるとでも!? まあいい、返り討ちにしてやんな! 全員とつげーき!」
その言葉を合図に、魑魅一座の少女たちが銃器を構え、二人の少女と一人の大人へと向かって一斉に突撃してきた。
「たく、ここの女の子はどいつもこいつも血の気が荒くて仕方ねえ。……シズコ、お前さんはフィーナの側で近づいてくる奴をそのショットガンでぶっ飛ばしてやれ。フィーナはそのマシンガンで俺の援護」
言うが早いか、銀時は着物の裾を軽く捌き、腰の木刀へと手をかけた。
「はいっ! ……って、え、先生の援護、って!? 先生は後ろにいてください!」
「いーからやんぞ、……っと!」
「は、はやいっ!?」
驚愕に目を見開くフィーナの視界から、銀時の姿が文字通り掻き消えた。
まさか銃弾が飛び交う前線に、ヘイローを持たないただの大人が丸腰同然で飛び出すなど、キヴォトスの常識ではあり得ない。シズコが慌てて引き止めようと手を伸ばすも間に合わず、銀時は凄まじい踏み込みで、突撃してくる魑魅一座のど真ん中へと躍り出た。
「な、何なんだあいつ!? 木刀持った変な大人が──」
「大人を舐めてっと、痛い目見るぞお嬢ちゃん方」
先頭を走っていた天狗面の少女が狼狽するより早く、銀時の木刀が鋭く一閃した。下から振り上げられた一撃は、ロケットランチャーの砲身を完璧に捉えて弾き飛ばし、その勢いのまま少女の顎を綺麗に撃ち抜く。ヘイローのおかげで致命傷には至らないものの、強烈な衝撃に少女は白目を剥いて派手にふっ飛んだ。
「ひ、一撃っ!? 怯むな、蜂の巣にしろ!」
一瞬で前衛を無力化された魑魅一座が色めき立ち、一斉にアサルトライフルを銀時へと向ける。だが銃口が完全に固定される前に、銀時はすでに次の動作へと移っていた。
ダダダダダッ! と激しい銃撃音が響くが、その弾幕が切り裂いたのは銀時の残像だけだ。銀時は地を這うような低い姿勢で弾雨を潜り抜け、右側から回り込む。
「そら、痛えだろうけど我慢しな!」
すれ違いざま、銀時は別の少女の懐へと潜り込み、木刀の柄頭でみぞおちを正確に突いた。ウグッ、と息を詰まらせて屈む少女の背中を、今度は流れるような回し蹴りで蹴り飛ばし、後方から迫っていた別の仲間に向かって弾丸代わりにぶつける。二人まとめて路上をごろごろと転がっていく。
「な、何っすかあの動き!? 全然弾が当たらないっす!」
「おいフィーナ! ぼさっとしてねーで引き金引きやがれ!」
前方からの怒号に、フィーナがハッと我に返った。銀時が敵の陣形を派手にかき乱し、注意を完全に引きつけているお陰で、魑魅一座の側面は完全にガラ空きになっている。
「ガッテン承知デス! お頭の背中はワタシが守りマスッ!!」
フィーナが豪快に軽機関銃の引き金を絞った。凄まじい発射音と共に、容赦のない銃弾の嵐が魑魅一座の側面を襲う。さらに、そこへ漏れ出た敵がシズコの方へと向かおうとするが、シズコもまた、看板娘としての意地を見せるように戦闘の覚悟を決めた。
「もうっ、お祭りを荒らす不届き者は……おとといきやがれですっ!」
シズコが構えたタクティカルショットガンが火を噴き、至近距離まで迫っていた天狗面の少女たちをドカンと豪快に吹き飛ばした。
「よし、いいぞ嬢ちゃんたち! その調子でジャンジャンバリバリいこうか!」
銃撃の支援を受け、銀時の動きはさらに冴え渡る。突撃してくる魑魅一座の攻撃を、首を僅かに傾げるだけでかわし、すれ違いざまに木刀で手首を叩いて武器を落とさせる。
銀時がそんな乱闘の中心で暴れ回っていた、その時だった。
「っ、!?」
周囲の喧騒とは明らかに一線を画す、空気を鋭く引き裂く微かな風切り音。
銀時が本能的に頭を背けた瞬間、彼の頬のすぐ横を、冷たい鉄の質感が鋭く掠めて背後の地面へと突き刺さった。チリッと走ったわずかな痛みに、銀時が視線をやると──そこに突き立っていたのは、あまりにも見慣れた黒い投擲具だった。
「クナイ……!?」
「これ以上好きにはさせません!」
激しい土煙を突き破り、小さな影が弾丸のような速度で肉薄してくる。
現れたのは、黒い狐耳を震わせ、特徴的な赤いスカーフで口元を覆った小柄な少女。彼女は一瞬にして銀時の懐へと潜り込み、片手で逆手に握り直したクナイを、容赦なくその胸元へと振りかざした。
「チッ、お次は忍者かよ!」
銀時は咄嗟に半身を翻し、心臓を狙ったその一撃を紙一重でかわす。しかし、少女の身のこなしは魑魅一座の有象無象とは比べ物にならないほどに鋭く、しなやかだった。
かわされた勢いのまま、少女は地面を滑るようにして低空からの連続攻撃へと繋げてくる。逆手のクナイが、まるで生き物のように銀時の着物の裾を鋭く切り裂いた。
「おいおい、結構マジじゃねーか!」
銀時は木刀の腹を盾にしてその鋭い連撃を受け止めた。ガキィィンと鈍い衝撃音が響き、ヘイローを持たない銀時の身体がわずかに後退する。
少女は一歩も引くことなく、流れるような体術でさらに距離を詰め、上段からの鋭い一撃を繰り出そうと跳躍した。
「はあっ! 」
空中から降ってくる少女のクナイを、銀時は木刀の刀身で正面から受け止める。
火花が散り、至近距離で刃と木刀が激しくせめぎ合う。
その瞬間、銀時は赤いスカーフの隙間から覗く少女の瞳と赤いアイシャドウ、自由奔放に動く特徴的な狐耳と大きな尻尾を、至近距離でまじまじと見つめることになった。
「……あれ? お前、さっきの──」
どこか見覚えのあるその姿に、銀時の脳裏に先ほど展望台で「キヴォトス一の忍者」を目指していると言っていた風変わりな少女の記憶がフラッシュバックする。
「お前……もしかしてイズナか?」
「えっ? ……あっ、先生!?」
銀時の言葉に、少女──イズナもまた、合致した記憶に大きく目を見開いた。まさか自分がここで排除しようとした「邪魔者」の正体が、先ほど出会ったばかりのシャーレの先生だったとは、夢にも思っていなかったのだ。
「ええっ!? な、なんで先生がこんなところに……わわっ!?」
あまりの衝撃に、イズナの口元から一気に緊張感が抜け、武器に込めていた力がガクンと緩んでしまう。
戦いの最中にそんな致命的な隙を晒すなど、銀時が見逃すはずがない。
「ケンカの中でボケっとしてんじゃねー、よっと!」
銀時は木刀を引いてイズナのクナイを巻き取るように受け流すと、ガラ空きになった彼女の頭上に向けて、木刀の柄頭をあえて上下逆さまにひっくり返した。
──ポンッ。
鋭いながらも、痛烈なダメージを与えない絶妙な力加減で、銀時はイズナの脳天を軽く小突いた。
「ひゃうんっ!?」
頭の上の狐耳をきゅっと縮め、イズナは情けない声を上げてその場にへたり込んだ。頭を両手で押さえながら、目を白黒させてふらふらとよろめいている。
「いったたた……先生、な、何をするのですかぁ……?」
涙目で銀時を見上げるイズナを前に、銀時はやれやれと肩をすくめ、木刀を肩に担ぎ直した。
「ったく、こんなとこで何やってんだよお前は……」
頭を押さえてうずくまるイズナを呆れ顔で見下ろしながら銀時は首を傾げた。
「そ、それはイズナの台詞です! どうして先生が私たちの邪魔を!? ……はっ、もしかして最初からイズナを誘き出すために近づいてたんですね!? まさか、全ては仕組まれていたなんて……!」
「待て待て待て、話を膨らませんなややこしくなるから!」
被害妄想を勝手に爆発させて目を丸くするイズナに、銀時はすかさず手を振ってストップをかける。しかし、脳内補正の止まらない少女の耳には届かない。
「イズナの夢を応援するって言ってくれたのに! 本当は悪い大人だったんですね!?」
「話聞けって!! 俺の声聞こえてる!? 俺のこと見えてる!? お前こそなんでこのチンピラどもと一緒にいんだよ!?」
「い、イズナは忍びとして命令に従ってるだけです!」
「命令だあ……?」
銀時が訝しげに死んだ魚のような目を細めた、まさにその時だった。周囲で這いつくばっていた魑魅一座の一人が、慌てた様子で声を上げた。
「コイツら前よりも強くなっているし、そこの大人のせいで壊滅状態……! イズナ殿、ここは戦略的撤退だ!」
「せ、戦略的撤退!? で、ですが、イズナはまだ……」
「立派な忍者は引き際を弁えてるものだ! 何かの本で読んだ!」
「なるほど! そういうことであれば! ……先生、イズナの夢を応援してくれるって言ってくれたあなたが立ちはだかるなんて……なんという運命の悪戯……!」
魑魅一座の適当な言いくるめに一瞬でのせられたイズナは、目に涙を浮かべながらも、きっ、と強い眼差しで銀時を睨み付ける。その表情は完全に悲劇のヒロインのそれだった。
「いや、だからさ……」
「ですがイズナは知ってます! 忍びの道を行くからには、こういったことも起こり得るのだと! ドラマで見ましたので!」
「頼むから話を聞こう! 取り敢えず落ち着いて俺の話を聞こう!?」
銀時が必死に両手を前に出して説得を試みるも、完全に自分の世界に入り込んだ忍びの熱量には一切届かない。
「望まぬ戦いに巻き込まれてしまうのも忍者の運命! 先生、イズナは諦めませんから! 次にあい見える時は、今の三倍くらい強くなってるはずです! では、ニンニン!」
「だから話を……!」
一人で勝手に盛り上がっていたイズナは、懐から突然取り出した煙玉を地面へと勢いよく投げつけた。
──ボフンッ!!
凄まじい音と共に辺り一面へ一気に立ち込める、前が見えないほどの大量の白煙。銀時が思わず腕で顔を覆って激しく咳き込んでいる間に、イズナは魑魅一座の少女たちを回収し、風のようにその場から消え去っていった。
やがて風が吹き、煙がうっすらと晴れていく。そこには、ただぽつんと静まり返った荒れた路上と、木刀を握ったままの銀時、そしてお祭り運営委員会の二人だけが取り残されていた。
「……キヴォトスの女の子って、なんでこうも他人の話を聞かない奴が多いんだろなあ……」
しみじみと深い溜め息を溢しながら、銀時はがっくりと肩を落として呟いた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。酒蔵云々に関しては完全にこちらの創作です。
これからもよろしくお願いします。