「ああ、もうまた! 桜花祭が始まってからというものの、こうやって魑魅一座の奴らがあちこちで悪さをするんです!」
荒れた現場からひとまず『百夜堂』へと戻り、再び席へと腰を下ろした銀時の前で、シズコは口元を尖らせて地団駄を踏んだ。
「……魑魅一座ってのは何者なんだ? 一座って聞くと劇団か何かのように聞こえっけど」
銀時は湯呑みを手に取り、まだ少し温かいお茶をズズッと啜りながら、先ほど路上で出くわした天狗面の集団について尋ねた。
「魑魅一座・路上流……昔から百鬼夜行で悪さをしている連中デス!」
お茶を淹れ直しながら、フィーナが組の歴史を語る若頭のような神妙な面持ちで補足する。
「確かに前から問題児だったけれど、こんなに組織的に動くようになったのは最近になってからな気が……まるで組織立って桜花祭を台無しにしようとしているっていうか……」
シズコはお盆を胸に抱えこれまでの騒動を思い返すように呟いた。
「……ふうん、最近になってから、ねえ……」
銀時は死んだ魚のような目を少しだけ動かし、途中で乱入してきたイズナの言葉──「命令に従ってるだけ」という台詞を思い出していた。ただの不良グループが急に統率の取れた動きを始めた背景、そしてそこに雇われの忍びが絡んでいる事実。この騒動の裏にあるきな臭い気配が微かに匂う。
「何にせよ、任侠を志すものとして放ってはおけまセン!」
「今までは何とか私たちで止められてたけど、頻度も数も増えてるし……このまま桜花祭がダメになったら私たちがあちこちから責められるじゃない! たまったもんじゃないわ!」
──ばんっ!!!
怒りのあまり、シズコは銀時の目の前にある机を勢いよく叩いた。その顔は完全に「お祭り運営委員会」のトップとしての素の表情であり、店を案内された時以上の気迫が満ちている。
あまりの勢いに、銀時が再びジト目でじーっと視線を向けると、シズコは自分がまたしても「ビジネスにゃんにゃん」の皮を脱ぎ捨てていたことに気づき、みるみるうちに顔を真っ赤に染めていった。
「……えっと。……なーんちゃって♩ シズコ、怖いですう♡」
シズコは慌てて両手を頬に当て、うるうるとした瞳で銀時に擦り寄ろうとするも、銀時は迫り来る看板娘の営業体勢に対し、手のひらを向けてへいへい、と軽くあしらった。
「もう俺の前じゃキャラ作んのやめていーんじゃね? 良い加減限界じゃね? 取り繕おうにももうズタズタだからねそのキャラ。設定が崩壊してっから」
「もーう、キャラじゃないのにー……先生のばかばかっ」
シズコは頬を膨らませてぷんぷんと怒ってみせるが、銀時は全く動じることなく、冷めた目で生返事を返す。
「はいはい、先生は馬鹿ですよー」
やれやれと首を振りつつ、銀時は残ったお茶を一気に飲み干した。その隣では、フィーナが不満げに頬を膨らませ、お茶の入った急須を抱えたまま大きくため息をつく。
「フィーナ、理解できマセン……どうして桜花祭を邪魔しようとするんデショウ……? 」
「……知ったこっちゃあないが、色々と気に食わないんじゃないかい」
その時、からんからん……と静かな店内に小気味良いドアベルの音と共に老獪な男性の声が響いた。暖簾をくぐって入ってきたのは、和服を着こなした猫頭の市民。彼は自身のヒゲを肉球で不器用になぞっている。
「あ、会長!」
「会長?」
シズコがパッと表情を明るくして声を上げる。その視線の先に立つ渋い佇まいの猫頭の市民に、銀時は空になった湯呑みを持ったまま、不思議そうに首を傾げた。
「どうも、百鬼夜行の商店街の会長。ニャン天丸だ」
「ああ、そりゃどーも……。これまたずいぶんと毛並みのいい会長さんで」
ニャン天丸は銀時から一つ離れた席へとどっこいしょと腰を下ろす。シズコがすぐに手際よく運んできた淹れたてのお茶を受け取り、ズズッと一口啜って息を吐いた。
「一体、桜花祭の何が気に食わないんでしょう……? 私たちはただ、皆さんに楽しんでもらいたいだけなのに」
シズコがお盆を胸に抱きしめながら問いかける。ニャン天丸は湯呑みから立ち上る湯気を見つめると静かに諭すように言った。
「さあね……ただ一つ思い当たるとすれば。桜花祭の最後の夜は、昔から大きな花火が打ち上げられていた。でも今回は新しい試みとやらで、内容が大きく変わったんだろう?」
「はい、今回の桜花祭のために特別に準備したものが……」
シズコが視線を向けた先のテーブルには、厳重にコードが繋がれた何かしらの精密装置が置かれていた。木製の和風な机の上で、そのメタリックなボディは異彩を放っている。
「このロゴマークは……ミレニアムか?」
銀時が懐から手を出し、その見慣れぬ、しかしどこか洗練された近未来的なボディに描かれたロゴに首を傾げつつ自分の顎を摩る。
「はい、今回のお祭りのフィナーレのために、ミレニアムサイエンススクールに依頼して用意してもらった特別な装置です」
「ホログラムで花火を再現する、specialで niceな機械だと聞きマシタ! 科学の力ってすげーデス!」
フィーナが身を乗り出し、目をキラキラと輝かせながら補足する。
「へーえ、プロジェクションマッピング的な? そいつあなかなか思い切ったじゃねーか。伝統の中に最新技術をぶち込むたぁ、ファンキーなこと考えるじゃん」
「……いかにもお金がかかってそうな機械だな。しかし、そうした新しいものを受け入れられない古風な連中も、いることにはいるのさ」
ニャン天丸が静かに指摘すると、銀時はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「けっ、新しいモン受け入れられねえから、気に食わねえからって暴れ回ろうなんざ、エネルギーの無駄遣いだっての。そんな熱量があんなら、家でゴロゴロしながら寝転んでジャンプでも読んでりゃいいだろ。そっちの方がよっぽど有意義だわ」
「そうです! それが理由でお祭りを邪魔するなんて……私はただ、この桜花祭をもっといいものにしたくて一生懸命頑張っているのに……!」
「あくまで推測の話だ。儂だって今更この話を蒸し返したくはない。ただ気に食わんと思う奴らもいるだろうな、という話さ。学生の分際でこんなに大金を使って……なんてな」
少し意地悪な言い方をするニャン天丸だったが、シズコは臆することなく、まっすぐその瞳を見つめ返した。
「はい……ですが私たちは趣味や道楽だけでやってるわけじゃありません! お祭り運営委員会の委員長として、全ては桜花祭をもっと素敵なものにするために! 来てくれたお客さん全員に笑顔になってもらうために! これだけは自信を持って言えます!」
そのシズコの力強い言葉とブレない真っ直ぐな眼差しに、銀時は少しだけ目を細め、感心したように彼女を見つめた。ただの計算高い看板娘ではない、一本通った彼女なりの「芯」と「覚悟」が、その小さな背中には確かに宿っていた。
「ハイ! お祭りは毎年どんどん楽しいものになっていくべきデス! 伝統を守りつつ進化する、それこそが真の任侠道デス!」
二人の熱い言葉を聞き届け、ニャン天丸は小さく笑みを浮かべつつ、ふっと目を閉じて告げる。
「そうかい……じゃあそうなるように頑張りな」
「もう、相変わらずぶっきらぼうなんですから。でも、会長はいつも口では文句を言いながら手伝ってくれますし、今回の桜花祭でも色々と心配してくれてますもんね」
「ツンデレ、ってヤツデスネ! お頭、これが噂に聞く萌え属性デス!」
「違うわい! 儂はただ商店街の行く末を案じているだけだ!」
フィーナの的外れなツッコミに、ニャン天丸がヒゲを震わせて怒鳴る。しかし、すぐにこほんと咳払いをして真面目な顔に戻ると、一同をぐるりと見回した。
「……それで、具体的にどうするつもりなんだい? そろそろあいつらを根本から止めないと、桜花祭が本当に台無しになっちまうぞ」
「……そうだな。他にアイツらに迷惑してる奴らとかに力を借りたいとこだな。そこの二人はなかなか強えが、流石に数が数だし」
銀時は顎をさすりながら、先ほど遭遇した魑魅一座の顔ぶれを思い浮かべる。有象無象の集団とはいえ、街のあちこちで同時に騒ぎを起こされれば、銀時と百夜堂のメンツだけではとても手が回りきらない。
「うーん、助けを求められる部活や委員会がゼロ、ってわけではないんですけど……どこもかしこも真っ当に手伝ってくれるかどうか……でも背に腹は変えられませんし、一度行ってみましょう」
シズコはお盆を抱えたまま眉を八の字に曲げ、どこか歯切れの悪そうな様子で視線を泳がせた。
「そんな動いてくれねー奴らなん? ゲヘナの風紀委員会とかミレニアムのC&Cなんかは結構ソフトに動いてたっつーのに……」
他校でのいくつかの出会いを思い返しながら銀時がぼやくと、シズコとフィーナは顔を見合わせ、なんとも言えない苦笑いを浮かべた。
「まあ、その、色々気難しい? 人達というか……百鬼夜行の生徒たちは、他校に比べてもちょっと個性的と言いますか……それなので先生の力が必要です。協力、してもらえますか?」
シズコは一歩歩み寄ると、今度は一切の計算を取り払った、純粋にお祭りを守りたいと願う一人の少女としての真っ直ぐな瞳で、銀時をじっと見つめた。
──────────
場所は変わり、ここはどこかの廃墟。周囲の崩れたコンクリート壁が外光を遮り、冷え切った空気が澱んでいる。その薄暗い日陰に隠れた高座に座る何者かが、目の前に並んで平伏する魑魅一座の面々に、冷徹な眼差しを向けていた。
「……失敗の理由を聞かせてもらおうか、魑魅一座。今日中には祭を中断すると、私に約束していたはずだが……? 大金を払ってまで聞きたいのは、"できませんでした"という言葉じゃないぞ」
低く響く雇い主の声に、天狗面の少女たちはびくりと肩を震わせ、冷や汗を流しながら顔を見合わせた。
「そ、それはその……予想外の伏兵がいたというか……」
「シャーレの先生に邪魔されたっす!! 指揮能力もさることながら、先生自身の戦闘力もハンパなかったっす!! 木刀一本でアタシたちの弾幕を全部くぐり抜けてきやがったっす!!」
「……シャーレの、先生?」
聞き覚えのない組織の奇妙な響きに、影の奥の人物が怪訝そうに首を傾げると、魑魅一座の面々の間から一歩前に躍り出たイズナが、頭の上の狐耳をピンと立て、目をキラキラとさせながら大きく頷いた。
「はい、先生です!」
「……イズナ殿まで、何を言っている」
「以前、言っていましたよね。イズナが頑張って命令を遂行していけば、いつかはかっこいい忍者になれるって! イズナが生涯仕えるべき、運命の主君と出会えるって!」
急に熱弁を振るい始めたイズナの勢いに押され、影の奥の人物はぽりぽり、と頭を掻きながら、記憶の底を掘り返すように頷く。
「まあ、そんなことも言った……気もするような……?」
「イズナは正に、そんな主君に出会えたかもしれません! 強く、優しく、何よりもイズナの夢を応援してくれました!」
「……ほう、それで?」
「そんな先生が、何故か邪魔者と一緒にいました! これはどういうことなんでしょう……?」
雇い主が何か応えるよりも先に、イズナはピンっ、と狐耳を伸ばして、名案を思いついたようにパッと顔を輝かせた。
「はっ! もしかして! 先生は……騙されているのではないでしょうか!?」
「それはどうでもいいが……イズナ殿がそう言うのであれば、その先生とやらは油断できない相手なのだろう。今回は大目に見る、が額面通りの働きはしてもらうぞ」
「次こそ、このお祭りを中止にさせてやるよ!」
雇い主の言葉に魑魅一座の少女がここぞとばかりに意気込むと、イズナもまた、自分の任務が騙されている先生を助けることに繋がると信じ込み、独自の決意を胸に拳を突き出した。
「ご心配なく、イズナも、騙されている先生を倒して、真実を教えてあげます!」
「そ、そうか……」
あまりの思い込みの激しさと突飛な論理の飛躍に、影の奥の雇い主も少し引き気味に声を漏らす。しかし、イズナの目はかつてないほどに正義感と使命感で燃え上がっていた。
「イズナが戦って勝てば、きっと目を覚ましてくれるはず……! 待っててください、先生! ニンニン!」
どこまでも自分だけの世界で勝手に盛り上がったイズナは、再び赤いスカーフをきゅっと結び直し、不敵な笑みを浮かべるのだった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
祭りといえば私はお好み焼きが大好きです。マヨネーズをたっぷりかけてもらって……別にマヨラーではありませんよ。ええ、本当に。
これからもよろしくお願いします。