ブルーアーカイブ 透き通る青春よ永遠なれ   作:Jon.Do

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役所でタライ回しにされた時は舌打ちが止まらなくなります


第五十四話 陰陽と修行と

「さあ、善は急げです!行きましょう、先生!」

 

 シズコはエプロンをきゅっと結び直し、気合を入れるように拳を握りしめた。お祭りの危機を前に、いつまでも店でウジウジしている暇はないと言わんばかりの行動力だ。

 

「まあいーけどよ、俺が行ってなんか変わるんか? 今まで何言っても動かなかった奴らなんだろ? 大体、見ず知らずの銀髪のオッサンが突然しゃしゃり出たところで、余計に話がややこしくなるだけじゃねーの?」

 

 銀時は定位置の椅子に背を預けたまま、気の進まない様子で木刀の柄をトントンと指で叩く。

 

「けれど何もしないよりかはマシです! 先生という『大人』を挟むことで、向こうの態度が変わってくれるかもしれません! 外部の偉い人の言葉なら、少しは聞く耳を持ってくれるはずです!」

 

「どーだかねー……どうせあれだろ、市役所みてえにあれこれタライ回しにしてくるんじゃねーの? いちいち部署とか知ったこっちゃねーんだよ。何が『お手数ですが3階の4番窓口へお回りください』だよ。案内された先に行ったら行ったで、結局『あー、これは管轄が違うので1階の住民課ですねー』とか言いやがって……あいつら俺を何だと思ってんだよ、スタンプラリーか畜生」

 

 かつて何かしらの私怨でもあるのか、銀時は急に熱を帯びた口調でブツブツと文句を並べ立てる。

 

「先生は何か役所に恨みでもあるんデス……?」

 

 フィーナが引き気味に首を傾げ、抱えていた急須をそっと机に置いた。

 

「取り敢えず! 私たちが頼れるとしたら、百鬼夜行の実質的な生徒会とも言える『陰陽部』、そして『百花繚乱紛争調停委員会』の二つがあるんですが、百花繚乱の方は……」

 

「百花繚乱は今は私用で全員不在、とのことデス! 連絡を入れてみまシタが、全くだめデス!」

 

 フィーナが通信端末を片手に、お手上げといった風に肩をすくめて報告する。

 

「……じゃ、残るのは陰陽部ってことか。選択肢が一択なら迷う必要もねえな。さっさとその陰陽部ってとこに行って、一発ガツンと頭下げてくるか」

 

 銀時はようやく観念したように、重い腰を上げてのっそりと立ち上がった。

 

「うーん、そうなのですが……なんというか、あそこはあそこですんなり話が通る相手かというと……ええいっ、実際会ったほうが早い! さあ、行きますよ先生! フィーナは百夜堂のお留守番をお願いね?」

 

「モチロン! 任侠の精神で、留守はこのワタシが命に代えても守り通してみせマス!」

 

 フィーナは胸をドンと叩き、異様なまでの忠誠心を滾らせる。その過剰なやる気に対して、シズコは少し不安を覚えたのか、人指し指をビシッと立てて尋ねた。

 

「……じゃあ問題」

 

「ハイっ!」

 

「私と先生がいない間に、魑魅一座の連中がまた来たとするわ。奴らが『喉が渇いたから水を一杯欲しい』と言ってきたら、どうする?」

 

「困った人がいたら見捨てない、仁義を通して助ける! それが任侠デス!」

 

「だーかーらー! それじゃダメなのっ! 相手は敵よ敵! 良い顔して近づいてきたって、塩撒いて追い出しなさい! ……はあ、本当にもう……任せても大丈夫なのよね?」

 

 シズコは思わず頭を抱え、深いため息をつく。あまりにもお人好しというか、任侠コードがバグっている看板娘の行く末が心配でならない。そんなやり取りを横目で見ていた銀時が、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら口を挟んだ。

 

「俺なら、今冷たい氷を作ってる最中だからちょっと待っててねー、って優しい笑顔で言いながら、乾パン食わせるけどな。口の中の水分全部持ってかれて、パッサパサよパッサパサ。喋る気力も失せてそのまま帰っていくわ」

 

「先生は性格悪すぎです!!!」

 

 シズコの鋭いツッコミが響き渡る中、銀時はやれやれと肩をすくめ、だらしなく着流しを揺らしながら歩き出した。

 

──────────

 

そしてシズコと共に向かった先にあったのは、どこか世俗を離れたような風情を醸し出す、木造りの風流な建物だった。背後に視線を巡らせれば、少し離れた場所に百鬼夜行の本校舎だという、天を突く城のような巨大な建築物がそびえ立っている。その圧倒的な存在感とは対照的に、目の前の建物は妙に静まり返っていた。

 

「ここは百鬼夜行連合学院の中でもかなり重要な場所の一つ……この奥に陰陽部の部室があります」

 

シズコはそう言って、緊張を隠せない様子で建物の入り口を見つめた。

 

「へーえ、ここがね……」

 

銀時は気の抜けた声を漏らしながら、着物の懐に片手を突っ込み、気怠げにその建物を軽く見上げた。

 

「……うう、何度来ても胃がキリキリしてくる……」

 

不意にシズコが自分の腹をさすり、眉を八の字に曲げてうめき声を上げる。その本気で嫌そうな表情に、銀時は呆れたように視線を落とした。

 

「おいおい、そんなにやべーとこなのココ。アレか?京言葉みてえなイケズばかり言ってくる連中だとか?」

 

「いえ、そうではなくて……陰陽部は腰が重いことで有名で、何かお願いしてもなかなか動いてくれないんです。そもそも実際に対処で動くのは百花繚乱の方が多くて……」

 

シズコはそこまで言うと、日頃の鬱憤が溢れ出してきたのか、次第に拳を握り締め、早口になっていく。

 

「陰陽部の人たちが言うには『自分たちは百鬼夜行のバランスを保つためにある』とは言ってるんですけど、何があっても『私たちには権限がないので〜』と曖昧な態度をとってばかりで……!!」

 

「……はん、事なかれ主義の日和見連中ってことか。やだやだ……」

 

銀時はやれやれと首を振り、耳の穴を小指でほじりながら鼻で笑った。どこにでもいるお役所仕事の連中を思い浮かべ、内心で毒づく。しかし、シズコの愚痴はまだ止まらない。

 

「特にあの部長!何かクレームを入れに行っても『重要な事項は書面でお願いします』ってばかりだし!官僚制!?官僚制なの!?動きが遅すぎ!!通る頃には良くも悪くも解決してるってば!」

 

息を荒くしてまくし立てるシズコの姿に、銀時はほじった指をパッと払うと、少し同情するような目を向けた。

 

「……相当悩まされてたんだなあ、お前。ホントお疲れさん」

 

「……ふふ、でもそれはもう今日まで。だって今はシャーレの先生がいるんだから。シャーレの権限があればあの部長だってきっと重い腰を上げてくれるはずです!」

 

先ほどまでの絶望顔から一転、シズコは隣に立つ銀時を見上げ、救世主でも見るかのように目を輝かせた。だが、当の本人はその期待の重さに、どこか他人事のように視線をそらす。

 

「そう上手くいくといーけどなー」

 

「あのいっつも余裕そうな態度のあの人を顎で思うままに使って……ふふ……」

 

シズコの口元が歪み、邪悪な笑みが漏れ始める。その様子を横目で捉えた銀時は、半眼になって盛大に引いてみせた。

 

「おーい、にゃんにゃんはどこいったんだ、にゃんにゃんは。お前腹ん中真っ黒じゃねーかやっぱ」

 

我に返ったシズコは、慌てて両手を頬に当て、わざとらしいほどに可愛らしく首を傾げてみせる。

 

「……あーっと、……シズコ、お話聞いてくれるか心配〜」

 

「もう投げ槍じゃねーか。もう俺の前では取り繕うなって、俺そーゆー女には慣れてっから」

 

銀時ががさつに頭をかきながらため息をつくと、シズコは頬を膨らませてジト目を向けた。

 

「……むっ、……そんな余裕そうなとこ、少しムカムカしますね……取り敢えず、中に入りましょ。今度こそあの人たちに動いてもらうんだから!」

 

自分のペースを崩された気恥ずかしさを誤魔化すように、シズコはぷいっと前を向くと、強い足取りで建物の扉へと歩を進めた。

 

──────────

 

「……ようこそ、先生。待ってた」

 

 陰陽部の部室に二人が入った直後。どこか浮世離れした雰囲気を纏った、青く長い髪を後ろに編み込んだ少女──チセがきょとん、とした顔で告げた。その手には筆が握られており、今しがたまで五七五の句でもひねり出していたかのようなマイペースな空気が漂っている。

 

「チセ……ってあれ。今『待ってた』って言った?」

 

 シズコは狐につままれたような顔をして、思わず部室の天井を見上げた。

 

「まるで俺らがくるのを最初からわかってたみてえな言い草だな……。何、ここってそういうお見通し系の占い館か何かなわけ?」

 

 銀時は首の後ろをガリガリと掻きながら、部室の和風な内装を見回した。そんな二人の戸惑いを余所に、チセは感情の読めない瞳で静かに言葉を繋ぐ。

 

「うん、部長が言ってた。……『二人来る。(白髪天然パーマのちゃらんぽらんな血糖値高めの)可愛い大人と、タヌキさん』……って」

 

「誰がたぬきよ!? 私は百夜堂の看板娘にしてお祭り運営委員会の委員長、桑上シズコ! 一体どこのどいつがタヌキだって言うのよ!」

 

 侮辱的なあだ名に反応したシズコが、怒髪天を突く勢いで叫ぶ。しかし、その隣にいる男の引っかかりどころは、全く別の部分にあった。

 

「待って、それよりも可愛いの前にボソボソ言ってなかった?俺のプロファイリングがだいぶピンポイントで詳しく言ってたよな?字余りが過ぎるしそもそもなんで会ったこともねえ他校のソイツに俺の最新の血糖値事情まで筒抜けになってんの? 怖っ! 陰陽部って何、個人の健康診断の結果までハッキングしてくんの? プライバシーポリシーどうなってんだよ」

 

 銀時は自分の腹をさすりながら、本気で引いたようなジト目をチセに向けた。そんな銀時の抗議をスルーして、シズコは腕組みをしながら部屋の奥を睨みつける。

 

「……こほん。それで。その『何もかもお見通しです』みたいな小癪な態度を取っている部長さんは、一体どこにいるの?」

 

 シズコはゴホンとわざとらしい咳払いをして話を戻し、部室の奥へと鋭い視線を巡らせる。だが、チセから返ってきたのは、相変わらず会話のキャッチボールを放棄したかのようなお答えだった。

 

「部長は……えっと……うーん……飼うなら黒猫がいい、って」

 

「ペットの好みは聞いてねえだろ! 風が吹いたら桶屋が儲かるみてえに突拍子のねえ斜め上の回答してんじゃねーよ! 俺たちが欲しいのは居場所の情報であって、ソイツの私生活のこだわりじゃねえから!」

 

 すかさず銀時の怒涛のツッコミが炸裂する。しかし、その言葉に過剰に反応してしまったのが、今度はシズコの方だった。

 

「てか待って!? さっきのタヌキ呼びも、もしかしてそのペットの話の流れじゃないわよね!? 私、先生のペットじゃないから! 勘違いしないでよね!」

 

「おいおい、そんな自意識過剰に疑われかねねえこと大声で言うのやめろよお前。周囲に聞かれたら事案になんだろ。まあ確かに銀さんどちらかと言えばSの方だし、可愛い女に首輪付けさせて散歩してえタイプの人間ではあるけども……」

 

「だから何の話よ!? どさくさに紛れて変な性癖カミングアウトしてんじゃないわよこの駄目大人が!!」

 

シズコはみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げ、恥ずかしさと怒りがごちゃ混ぜになった様子で銀時に向かって声を荒らげた後、大きくため息をついてからチセへと向き直る。

 

「……取り敢えず、今日はあなたと遊ぶためじゃなくて部長に会いに来たの。もう一度聞くけど、部長はどこ?」

 

 これ以上この駄目大人に付き合っていたら時間がいくらあっても足りないと判断したのか、シズコは無理やり頭を切り替えるように声を落とした。対するチセは、首を少し傾げながらぽつりと応える。

 

「部長……今日はもう、下校しました。また明日」

 

「え、まだ昼前だろ。どーゆーことだ? 早退か? それとも何かい、最近の意識高い系の役職持ちはフレックスタイム制とやらで午前中で優雅にお仕事切り上げちゃったりすんの?」

 

 銀時は部室の壁に掛けられた時計を見やりながら、あからさまに不満そうな声を上げた。

 

「……どうしてだと思う?」

 

「俺に聞くんじゃねえよ……。こちとらただでさえそっちの年頃の女の子の考えてることが一番分からねえ歳なんだからよ」

 

 チセの思わせぶりな問いかけを、銀時は完全に面倒くさそうに一蹴する。

 

「うーっ、こんな時にいないなんて……! ホントにあの人は肝心な時にいつも煙に巻くんだから!」

 

「いやほんとそれな、俺らはわざわざ……」

 

「うん、知ってる。桜花祭を邪魔しようとしてる騒ぎの件、でしょ?」

 

 銀時が言葉を続けようとしたのを遮るように、チセが静かに、しかし核心を突くように呟いた。

 

「知ってたの!?」

 

 シズコが驚きのあまり、目を丸くする。

 

「部長、言ってた。助けてあげることはできないけど、その代わりに、修行部に行けば何とかなるはず……って」

 

「修行部……?」

 

 またしても聞き慣れない単語の登場に、銀時は怪訝そうに眉をひそめた。

 

「修行部からも来たの、クレーム。街がうるさいって。それで部長が、一つでダメなら二つを合わせればいいんじゃない? って」

 

「なるほどな、同じ悩みを抱えてる部活同士で協力しろってことか……。クレームつけてくる奴らで集めてお祭り側の防衛戦力に仕立て上げちまおうって腹だな。姿も見せねえくせに、そこの部長とやらは随分と頭が回るじゃねーか」

 

「うう、アテはどうにかできたけど……よりによって修行部かあ……あの人たちと話が合うかどうか……でも仕方ない、今度は修行部に掛け合お……」

 

 シズコは大きく肩を落とすと、チセへと力なく視線を向けた。

 

「チセ、もし後で部長が帰ってきたら連絡してね。さあ、先生! 行きましょう!」

 

「へいへい……やっぱりたらい回しじゃねーかよ。窓口変えたところで結局次の部署に案内されてんじゃねえか。これだから官僚って奴はよォ……」

 

 着物の裾をだらしなく揺らしながら、ぶつぶつと愚痴をこぼして歩き出す銀時。そうして去ってゆく二人の背中へと、チセは感情の読めないいつものペースのまま、ひらひらと手を振った。

 

「いってらっしゃーい」

 

──────────

 

「……それにしても修行部……修行部、かあ……」

 

 陰陽部の部室を後にして風流な石畳の道を歩きながら、シズコは言葉を言い直しつつ、深い溜め息とともにぽつりと呟いた。その足取りは、これから向かう場所への躊躇いを表すようにどこか重い。

 

「アテができそうだっつーのに浮かねえ顔じゃねえか。やっぱり陰陽部からタライ回しにされたのが気に食わなかったんか? それとも何かい、その修行部ってのはそんなにツラ拝みに行くのも嫌な連中なのかよ」

 

 銀時は両手を懐に突っ込んだまま、気だるげに周囲の景色を眺めつつ尋ねた。

 

「修行部の方々って結構変わり者でして……毎回、修行と称してよくわからない活動をやってるんです。お寺にこもって精神統一をするとかならまだ分かるんですけど、活動内容が突飛すぎて、正直マトモに会話が成立するかどうか……」

 

 シズコは胸の前でぎゅっと両手を握りしめ、困ったように眉を八の字に曲げる。そんな彼女の心配を余所に、銀時はどこか遠い目をして、自身の記憶の引き出しをガサゴソと漁り始めた。

 

「変わった修行ねえ……。あれか? インストラクター背負って、"銀"って額に書いたもう一人のインストラクターを崖から投げて、ソイツを拾ってくるみてーな……」

 

「何の修行ですかそれ!? インストラクターを背負うって何!? 崖から投げ落とされた方のインストラクターはどうなるんですか!? 確実に大怪我じゃ済まないでしょそれ!?」

 

 シズコの容赦ないツッコミが、誰もいない通りの空へと炸裂する。しかし、銀時は全く動じることなく、さも当然の常識であるかのように淡々と話を続けた。

 

「これが俺が通ってたとこでやってた修行だよ。あまりにも厳しくてな、インストラクターを拾ってこれなかった奴が背負ってたインストラクターは、ことごとくその日の夕飯は抜きに……」

 

「ご飯抜きにされるのインストラクターの方なんですか!? インストラクター悪いことしてないですよね!? 頑張って背負われて崖の下まで連れて行かれた挙句にご飯抜きって、あまりにも理不尽すぎませんか!?」

 

シズコは眉間を押さえ、自身のツッコミによる疲労感とこれから交渉する相手の濃さに、早くも頭痛を覚えたようにため息を吐き出す。

 

「……先生の話を聞いてたら、修行部の人たちがまだマシに思えてきましたね……。寝ながらジグソーパズルをしたりとか、素敵なレディーになるために街のチンピラを退治したりとか……大和撫子になるために読心術を使ったりとか。まあ、噂でしか聞いたことないんですけどね。そんな変わり者達に、本当にお祭りの協力をしてもらえるのかどうか……」

 

「まあ取り敢えず、当たってみるしかねーだろ。女も男も度胸と思いきりが肝心だし。当たって砕けろ、ってヤツ。何、案外話してみりゃあ……っ、!」

 

 と、銀時が投げやりながらも言葉を言いかけた、その瞬間だった。

 静かな通りに突然、こちらへと目掛けて急接近してくる、ヒュウウウっ……という不穏な風切り音が鳴り響く。

 その異様な音といち早く危機を察知した銀時は、死んだ魚のようだった目を一瞬で鋭く見開くと、隣にいたシズコの体を強引に抱き寄せた。そのまま、勢いよく地面へと組み伏せるようにして彼女の小さな体を自らの身で庇う。

 

「─── え、ちょ、先生っ……!?」

 

 突如として至近距離に迫った銀時の胸板と、彼が纏う甘い匂いにシズコは驚き、顔を真っ赤に染め上げる──が、彼女が声を上げるよりも早く。

 

 ──ドガァァァンッ!!!

 

 二人が先ほどまで立っていたすぐ近くの路上で、凄まじい衝撃波を伴う爆発音が轟き、激しい土煙が巻き上がった。

 

「ふははっ! 今度こそ桜花祭を台無しにするために魑魅一座の参上だ!」

 

「今度こそぶっ潰してやるっす!」

 

 もうもうと立ち込める激しい土煙の向こうから、聞き覚えのある天狗面を被った少女たちの声が響き渡る。

 その声を耳にしながら、シズコを覆うようにして伏せていた銀時はゆっくりと顔を上げた。 土煙の中で、心底うんざりしたように鼻から大きくため息をつく。

 

「まーたお前らかよ。懲りねえ奴らだなあ、マジで。こうなりゃとことん、その天狗の鼻へし折って……おい、シズコ、どした?」

 

 こき、こき、と首や指の関節を鳴らしながらのっそりと立ち上がった銀時だったが、ふと足元で自分が庇っていたシズコが、妙に静かなままであることに気づき、不思議そうに首を傾げた。いつもなら、爆発音が響いた瞬間に凄まじい剣幕で激怒し、相手に掴みかからんばかりの勢いを見せるはずの彼女である。

 しかし、当のシズコは地面にへたり込んだまま、顔を耳の裏まで真っ赤に染め上げ、目をぐるぐるとせわしなく回しながら、自分の胸元をぎゅっと震える手で押さえていた。

 

「……おーい、どした? さっきの爆発で耳でもやられたか? それともどこか怪我でも……」

 

 銀時が心配そうに身を屈め、シズコの顔を覗き込もうとする。

 

「っ……(びっくりした、大きかった、いい匂いした……!!)」

 

 シズコの頭の中は、今しがたの出来事で完全にキャパシティを超えていた。突然抱き寄せられた時の銀時の大きな身体の感覚、男らしい胸板の厚み、どこか落ち着く匂い──。爆発の恐怖よりも、生まれて初めて体験した「男の人に強く組み伏せられるようにして庇われた」という事実の衝撃が、彼女のピュアな乙女心を大混乱に陥れていた。

 

「おい、しっかりしろタヌキ娘。おい」

 

 銀時がその顔の前でパチパチと手を鳴らす。その現実の音と、目の前にある銀髪の気だるげな顔が、シズコの暴走しかけていた思考を無理やり現実に引き戻した。

 

(──って、何を私はこの状況で不謹慎なことを考えているのーっ!?)

 

 シズコは心の中で猛烈に自分自身へと猛ツッコミを入れると、ぶんぶんと激しく頭を振って顔の赤みを強引に振り払った。そして、パッと立ち上がると同時に、土煙の向こうで勝ち誇っている魑魅一座へとその鋭い視線を向ける。

 

「……もう、あんたたち! いい加減にしなさいよ!!」

 

 ガラリと態度を変え、いつもの怒りを爆発させるように怒鳴り散らす。お祭りを、自分たちの百鬼夜行をこれ以上荒らす不届き者は、一歩も通すわけにはいかない。

 

「こうなったらとことん相手してやるんだから!!」

 

 シズコは懐から愛用の散弾銃を勢いよく引き抜くと、ガチャリと冷たい金属音を響かせて弾薬を装填した。その瞳には、恥ずかしさを誤魔化すような怒りと、お祭りを守るための強い覚悟が、青い炎となってメラメラと燃え上がっていた。

 

「ふははっ! いくら先生がいようとこのアタシたちの数には勝てないっすよ!」

 

 天狗面の少女がそう叫ぶと同時に、周囲の物陰からさらに十数人の魑魅一座が武器を構えて飛び出してきた。容赦なく降り注ぐ弾幕に対し、銀時とシズコは即座に背中を合わせる。

 

「おいおい、どっから湧いて出てきやがった! 完全にアリの巣でも踏んづけた気分だぜ!」

 

「文句言ってる暇があったら動いてください!右から三人!」

 

 シズコが叫ぶと同時に、銀時は地を蹴った。迫り来る天狗面の一人が放った銃弾を、紙一重の体捌きでかわしながら懐へと潜り込む。

 

「おらよっと!!」

 

 鋭い一閃。銀時の放った木刀が重い衝撃音を響かせ、敵の鳩尾を正確に捉える。一人を文字通り薙ぎ払うと、その余波でもう一人の体勢を崩させ、流れるような足払いで地面へと叩きつけた。木刀一本とは思えないその圧倒的な破壊力と立ち回りは、紛れもなく一級品のそれだ。

 しかし、魑魅一座の強みはその統率された圧倒的な「数」にある。次から次へと遮二無二突撃してくる少女たちを相手に、銀時もじわじわと手数を奪われていく。

 

「──危ないっ!」

 

 銀時が三人目をいなした瞬間、彼の死角である背後から、一人の少女が銃口を向けて引き金に指をかけようとしていた。だが、その指が動くよりも早く、乾いた破裂音が響く。

 

「先生に気安く触んじゃないわよ!!」

 

 シズコの放った散弾が、銀時の背後に迫っていた敵の武器を見事に弾き飛ばした。すかさず彼女は銃床で別の敵の顎を突き上げ、見事な体術で周囲の空間を確保する。

 

「サンキューシズコ……っとと!!」

 

 銀時が振り返りざまに声をかけるが、今度はシズコの背後、少し離れた建物の屋根の上から、別の魑魅一座が肩に担いだランチャーからロケット弾をぶっ放した。ヒュルルルルッ!と白い煙を吹きながら、シズコの背中へと一直線に迫る金属の塊。

 

「シズコ、動くな!!」

 

 銀時は叫ぶと同時に、自身の木刀を両手で強く握り直した。迫り来るロケット弾の軌道を見極め、タイミングを完全に合わせる。

 

 ──カァァァンッ!!!

 

 およそ木刀から鳴るはずのない、鋭い金属音が響き渡った。銀時はロケット弾の信管を避け、その側面を野球のバットの如きフルスイングで完璧に引っ叩いたのだ。軌道を強引に変えられたロケット弾は、誰もいない空き地へとすっ飛んでいき、後方で激しい爆発を巻き起こす。

 

「……は、はいぃ!? ロケット弾を木刀でホームランって、どういうことなんですか!?」

 

「ほら、感心してる暇ねえぞ、次が来るぜ!」

 

 二人の実力は確かであり、呼吸も驚くほどに噛み合っていた。銀時が前線を崩し、シズコが中距離から的確にカバーを入れる。お互いの背中を完全に預け合い、迫る敵を確実に処理していくその様は、初連携とは思えないほどに完成されていた。

 だが、倒しても、倒しても、土煙の向こうから新たな天狗面が次々と現れる。

 

「はぁ、はぁ……っ、ちょっと、これ本当にキリがないんだけど……!」

 

シズコの額から大粒の汗が流れ落ちる。空になった薬莢を慌ただしく排出し、新しい弾を装填するその手元にも、隠しきれない疲労による焦りが滲んでいた。

 

「せめて留守番させてるフィーナがいてくれりゃだいぶ楽なんだが……。あの弾幕バカがここでぶっ放してくれてりゃ、こんなに囲まれずに済んだろ……っ」

 

 銀時もまた肩で息をしつつ、じわじわと包囲網を狭めてくる無数の魑魅一座を一瞥する。どれだけ薙ぎ払っても後ろから次々と湧いて出る天狗面に、流石の木刀を握る手にもじわりと重い疲労がのしかかっていた。

 二人の息が上がっているのを見逃さず、魑魅一座の面々が「数の利」を確信して、ニヤリと天狗面の奥で歪んだ笑みを浮かべる。

 

「ひゃはは! 観念するっす! 一斉に突撃ぃ!!」

 

 少女たちが一歩を踏み出し、怒濤の勢いで武器を掲げて突撃をしようとした、まさにその刹那だった。

 

「そこまでだよ! 魑魅一座路上流!」

 

 頭上から、その場の空気を一変させるような、快活で凛とした少女の声が響き渡る。

 

「だ、誰だ!?」

 

「何だ誰だと聞かれたら、答えてあげるのが人情ね!」

 

 上空を見上げた魑魅一座の視線の先、近くの民家の屋根から、ひらりと華麗に舞うようにして三人の着物姿の少女たちがシュババッ、と地面へと飛び降りてきた。

 土煙を優雅に割りながら着地した彼女たちは、それぞれ愛用の火器を構え、息の合ったタイミングで一斉にポーズを決める。

 

「派手に!」

 

 二連式信号拳銃を天高く突き上げた小柄な少女──カエデが、元気いっぱいに声を張り上げる。

 

「可憐に……」

 

 大きな盾の陰からサブマシンガンを静かに構える黒髪の少女──ツバキが、どこか眠たげながらも優美に続く。

 

「う、美しく……で合ってます……?」

 

 和傘を差し、もう片方の手に自動拳銃を握ったお淑やかな少女──ミモリが、少し恥ずかしそうに首を傾げながら二人へと確認を取った。

 

「うん、ばっちり!」

 

 カエデが満面の笑みで親指を立てて見せる。そして、息を吸い込んだ三人は息の合った美しい陣形を整え、魑魅一座を真っ正面から見据えた。

 

「街の平和を守るため、美少女三人組の修行部……ここに参上!」




ここまで読んでくださりありがとうございます。

シズコと首輪……これはいかんですな、実にいかん……

これからもよろしくお願いします。
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総合評価:679/評価:6.96/連載:12話/更新日時:2026年05月02日(土) 11:35 小説情報

シャーレのレオン・S・ケネディ先生(作者:マルチ投稿?できらああ!!)(原作:ブルーアーカイブ)

*本小説はバイオハザードレクイエムの重大なネタバレを含みます▼ていうかRE4のネタバレも含みます▼バイオハザードレクイエムの主人公の一人。レオンが、キヴォトスに”シャーレの先生”として就任することに▼「…化物退治の専門家から先生か、人生何が起こるかわからないとはいうが…」▼「…泣けるぜ」


総合評価:1410/評価:8.52/連載:7話/更新日時:2026年06月08日(月) 05:53 小説情報


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