ブルーアーカイブ 透き通る青春よ永遠なれ   作:Jon.Do

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どうにか次話を投稿できました。

隔日だったりと投稿タイミングがランダムになる可能性が高いので生暖かく見守っていただければ幸いです。


第六十三話 ぶるじょわ!!!

 

 ──── 暗い、昏い、牢獄のような場所。

 

 それはかつて、歪んだ寵愛を注ぐ“マダム”の手によって、折檻の度に容赦なく放り込まれていたあの冷たい檻にも似た、暗く黴臭い空間だった。

 

 しかし今回、私は檻の中に囚われているわけではなかった。冷え切ったコンクリートが続く、檻の外の長い廊下にポツンと立ち尽くしている。

 目を凝らせば、少し先の薄暗がりの床に、一人の黒髪の少女が突っ伏すようにして身を縮めていた。彼女は手元に広げたボロボロのノートのようなものに、一心不乱に何かを書き記している。

 

 その正面、鉄格子の向こう側──薄汚れた檻の中に投獄されている、亜麻色の髪を長く伸ばした人物が、壁に向かって煤か何かで文字を書き記していた。

 

 どうやら黒髪の少女は、檻の中にいるその人物から、言葉の読み書きを教わっているらしい。かすかな擦過音だけが、静まり返った地下に響いていく。

 

 そこへ、カツン、カツン……と、硬い靴底が床を叩く足音が響き渡り、不穏に近付いてきた。

 

「……何をしている、骸」

 

「……あ」

 

 その低く冷徹な声と足音を耳にした瞬間、黒髪の少女は弾かれたようにガバ、と体を起こした。ノートは絶対に渡さない、とばかりに胸元へ固く抱え込み、怯えと警戒の入り混じった瞳で声の主を鋭く見据える。

 彼女の視線の先に立っていたのは、目の下を抉るような酷い隈に染めた、少女と同じように不吉な黒尽くめの着物を纏った白髪の男だった。

 その男は彼女が必死に隠そうとするノートに一瞬だけ冷ややかな視線を落とすと、鋭い目つきを更に険しく尖らせ、檻の奥の暗がりに佇む人物を忌々しげに睨みつける。

 

「……また貴様の仕業か」

 

 その冷淡な言葉に続き、白髪の男は檻の中の人物の名前を確かに口にした気がした。しかし、なぜかその名前の響きだけが耳に届かず、霧のように掻き消えて聞き取れない。それどころか、私はこんなにも近くで彼ら三人の息遣いを感じているというのに、誰一人として私の存在に気づいている様子はなかった。

 

「これが貴様のやりたかったことか。天に抗い、地に落とされ、こんな薄汚れた牢獄で死を待ちながら牢番相手に手習を教えることが」

 

 男の容赦ない糾弾に対して、檻の中の人物は小さく、どこか達観したような笑みを漏らしながら、壁を擦っていた筆を止める。

 

「私が抗ったのは天ではない、自分です。奪うことしかしてこなかったこの手で、何かを与える事ができるんじゃないかとね」

 

 そう語る牢の中の人物は、どこか遠いところを仰ぐようにして薄暗い天井を見上げた。

 

「でも、結局叶いませんでした。与えられていたのは私の方でしたよ」

 

 手習の基礎として床に開いていた古びた書物を、その細い指先で静かに閉じて言葉を続ける。

 

「人は、生まれながらに弱さを抱えて生まれてくる生き物です。それは人格的なものかも知れないし、容姿的なものかも知れない。あるいは、生まれた境遇そのものかも知れない。誰もがそれぞれ折り合いのつかない不完全な自分を抱えて、苦しみながら生きている。残念ながら、その苦しみから逃れる術はありません」

 

 ……その憐れむような声音と言葉は、かつて私の世界を支配していた“マダム”の言葉と、残酷なほどに綺麗に重なっていく。

 

 Vanitas vanitatum, et omnia vanitas.

(すべては虚しく、いかなる意味もない)

 

 何もかもが無常であり、最初から救いなど存在しないのだという、耳にタコができるほど叩き込まれたあの虚無の教え。それを強烈に思い出し、私は頭の奥を殴られたような衝撃と共に、ぐ……と奥歯を強く食いしばった。これ以上、あの地獄のような暗い日々を思い出したくなくて。あの行き止まりの絶望に、再び心を侵食されたくなくて。

 

 しかし、私の恐れを置き去りにするようにして、彼の言葉は静かに続いた。まるで、遠いどこかで出会った大切な何かを懐かしみ、心から愛おしむように。

 

「ですが、抗うことに苦しむ事もできる」

 

 抗うことに苦しむ事も、できる。

 

 それでは結局、生きている限りどこまでも苦しいことしかないのではないか──私はそう思った。その先に救いなどないのではないか、と。けれど……彼は微笑みを絶やさぬまま、言葉を続ける。

 

「自分の弱さにただ翻弄されて、受動的に苦しむだけではない。自分の弱さと向き合い、抗い、変わろうとして能動的に苦しむこともできる。……あの小さな侍たちが教えてくれました」

 

 そこまで言って、彼はゆっくりと、吸い込まれるような仕草で此方へと振り返った。

 おかしかった。牢の外にいるあの少女も、黒尽くめの白髪の男も、私の存在を全く認識していないはずだった。なのに、牢の中の彼は……あの人は。真っ直ぐに私の瞳を捉え、まるでここにいる私だけに語りかけるように、優しく、そして確かに告げたのだ。

 

「人は、思ったより自由です」

 

 ……思ったよりも、自由。

 

 その言葉が、凍りついていた私の世界の底を優しく突き動かす。温かくも重みのあるその言葉を全身に浴びた途端、私の意識は急激に薄れ、ゆっくりと重い瞼が落ちていった。

 

 ──────────

 

「……起きろ」

 

 長く広大な地下通路、暗い洞窟も同然のカタコンベの一角に設けられた仮眠所。冷え切った空気の中で、低い声に促されてゆっくりと目を覚ます。相変わらず黴臭い空間だ。

 

「……ごめん。少しうとうとしていた」

 

 起こされた少女は身を起こしながら、まだ少し重い頭を振って謝罪の言葉を口にした。

 

「構わないさ。大事な任務の決行前だ。幾ら私たちが五日間眠らずに行動可能とは言え、休める時に休まなければ充分なパフォーマンスを維持することはできない」

 

 声をかけてきたのは、深く被ったキャップとマスクの隙間から冷徹な一対の瞳を覗かせる、部隊のリーダーらしき少女だった。露出した腹部には痛々しい手術痕が走り、過酷な環境を生き抜いてきた兵士としての冷厳な佇まいを崩さない。

 彼女は感情の起伏を感じさせない声のまま、目を覚ましたばかりの少女に向けて愛用の銃と……そして袋でパッケージされた「とある物」を差し出した。

 

「すでに先遣隊は『彼女』とは接触済みだ。今回のターゲットのセーフハウスを聞き出している。4名の隊員を率い、ターゲットのヘイローを破壊。抹殺しろ」

 

「いよいよ、人殺しになるんだね。私たちは」

 

 銃を受け取り、その冷たい金属の感触を確かめながら、少女はぽつりと呟く。

 

「そうだ。これを契機にしてアリウスは再び地上へと蘇る。トリニティを引き摺り下ろす、序曲となる。『Vanitas Vanitatum, et omnia vanitas』──全ては虚しいものだ。光の下で夢現にいる連中の耳に、その真実を流し込んでやる時だ」

 

「……そう、だな」

 

 少女は渡されたもう一つの「小包」を、手の中でぎゅっと握りしめる。

 ──幼い頃から度々見る、あの冷たい牢獄の夢。亜麻色の髪を長く伸ばした見知らぬ人物が、静かに語りかけてきたあの言葉。

 

『────人は、思ったよりも自由です』

 

 どれだけ教官たちから虚無を叩き込まれようとも、どうしても頭の奥底から離れてくれないその言葉を胸に抱いたまま、少女は夜空の見える地上の出口を静かに見上げた。

 

 ──────────

 

「……あのさ、ユウカ」

 

「なんですか、先生」

 

「俺、すげー浮いてね?」

 

 銀時、そしてシャーレの秘書であるユウカの二人は、高級シルクのテーブルクロスが美しく敷かれた、豪華な調度の長机の前に並んで腰掛けていた。彼らの左右には、それぞれ一人ずつのメイド姿の生徒が綺麗に佇んでいる。彼女たちの見事な手際によって、どこかの王室かと思わせるほど洗練されたティーカップへと、華やかで高貴な香りの漂う紅茶がしとやかに注がれていく。

 開放的なテラスから視線を外へ向ければ、そこに見えるのはトリニティが誇る華やかな美しい街並み。……ユウカはこうした環境にも慣れているかのように、実に丁寧で非の打ち所がない所作で茶を啜っている。だが、当の銀時はといえば、周囲のあまりの場違いなハイソっぷりに、ひくひく……と頬の筋肉を引き攣らせていた。

 

「先生はシャーレの先生なんですから、もっと堂々としてください。相手はトリニティ総合学園の生徒会……最高幹部である『ティーパーティー』の皆さんなんですよ」

 

 ユウカはティーカップをソーサーに戻すと、隣で借りてきた猫のようになっている銀時を、あきれ混じりの鋭い視線で軽く睨みつけた。そんな秘書の忠告にも、銀時の顔から緊張が消える気配はない。

 

「大丈夫だよな? マナー一個間違えた途端に『はい、あなた今マナー破りましたねー』つって、何か大切なものが強制的に奪われるとかそーゆーどこぞの富豪村みたいなことはねーよな? 嫌だぞ俺、ティーカップの持ち手の部分に指突っ込んだ途端に、俺の股間が──」

 

「その下品な発言の時点でマナー以前に完全にアウトです、先生」

 

 その最低な仮定を遮るように、ユウカは冷徹極まりないトーンでピシャリと言い放った。

 

「ふふ、あまりそう硬くならないでください、坂田先生。私が今回のお茶会に招待しましたので、どうぞお気軽にお茶とお菓子をいただければ嬉しいです」

 

 二人の正面に優雅な所作で腰を下ろし、背後に生えた真っ白な翼をふんわりと揺らしながら柔らかな微笑みを向けた少女が、静かに口を開く。

 

「……改めて自己紹介を。私、ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサと申します」

 

 そう言って、薄いブロンドの髪を長く伸ばした少女──ナギサが、淑やかに片手を胸元に置きつつ軽く会釈をした。その立ち居振る舞いは、まさにトリニティの頂点に立つ者として洗練されている。

 

「そして私の隣にいるのは同じくティーパーティーのメンバー、聖園ミカさんです」

 

 ナギサの促しに合わせ、桃色の長い髪を華やかに揺らしながら、ミカもまた人懐っこい笑みを浮かべて会釈を返した。

 

「こ、これはどーもご丁寧に……万事屋銀ちゃん、シャーレ支部の坂田銀時でえす。特技は目を開けたまま寝ること───」

 

 銀時は少しでも緊張を誤魔化そうと、死んだ魚のような目で、いつもの調子でふざけた自己紹介を切り出す。

 

「余計なことは言わないでよろしい!」

 

 その瞬間、背後からユウカの強烈なツッコミと共に、銀時の背中に鋭い一撃が叩き込まれた。ティーパーティーという張り詰めた空気の中、銀時はガクンと前へ倒れ込み、あからさまにユウカから冷ややかな視線を浴びる。

 

 そんな彼の様子を面白そうに眺めていたミカは、椅子から腰を上げると軽やかな足取りで歩み寄ってきた。そして、銀時の頭を飾る柔らかな天然パーマの毛先を、指先でツンツンとつつきながら楽しそうに微笑む。

 

「へーえ、この人が噂の先生かあ……。見た目はなんだか、あんまり私たちと変わらない感じなんだね?」

 

「……おいお嬢ちゃん。お前のその目が節穴じゃなきゃ、俺がただの死んだ魚の目をしたうだつの上がらないアラサーだってことくらい分かるだろ。俺を一体なんだと思ってたんだ……」

 

 銀時は机に頬を押し付けたまま、ジト目でミカを見上げる。

 

「木刀一つで戦車とかロボットとかボッカンボッカン破壊しちゃうバーサーカー!」

 

「ひ、否定できないのがなんとも……」

 

 ミカが満面の笑みで言い放った物騒極まりない噂話。

 すっかりキヴォトスにおいてマンモス校の一つに数えられるトリニティ総合学園の生徒会にまで、銀時の武勇伝は筒抜けになっているらしい。ヘイローによる肉体的な頑強性を一切持たない普通の人間でありながら、銃弾が飛び交わせるそこらの生徒たちにも決して引けを取らないあの人間離れした戦闘力……。ふと脳裏をよぎった銀時の過去の荒技の数々に、ユウカは引き攣った苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「ふーん……なるほど……うん! 私は全然イイと思う! ナギちゃん的にはどう?」

 

「……ミカさん、初対面の方に対してそういった品評をするようなお話は、あまり礼儀がなっていませんよ。あなたの『愛』が溢れるのは結構ですが、時と場所を弁えましょうね」

 

 ナギサは手元のお茶へと視線を落としたまま、静かに、けれど有無を言わせぬトーンでミカを嗜める。

 

「ううっ、それはまあ、確かに……。先生、ごめんね? 取り敢えずこれからよろしくってことで!」

 

「……急になんの話をしてるんだか、銀さんさっぱりついていけないんだけど……」

 

 銀時はようやく机から重い頭を持ち上げると、ユウカの鋭い平手が浴びせられた自らの背中を、痛そうにさすりながら眉をひそめた。

 ミカが口にした「全然イイ」という言葉──それが、女子の会話にありがちな「異性としてアリかナシか」という極めて無邪気で品定めのような話題であることに、隣のユウカはいち早く、そして鋭く察知していた。当の本人が全くその意図に気づいていない様子であるのを見て、ユウカは小さく頬を不満げに膨らませる。

 

「……朴念仁……」

 

 蚊の鳴くような声でそう呟き、ユウカは少しだけそっぽを向くようにして、再び自身の茶を一口啜る。

 

 そんなシャーレ側の二人のどこか微笑ましいやり取りを眺めながら、ティーパーティーの二人は意味ありげに小さく口元を綻ばせる。やがてナギサが、どこか誇らしげでありながらも丁寧な調子で言葉を紡ぎ出した。

 

「……トリニティの外の方が、こうしてティーパーティーの特別な場に招待されたのは、私の記憶では先生と、その秘書の早瀬さんが初めてになりますね。普段はトリニティの一般生徒たちであっても、そう簡単には招待されることのない席でして……」

 

「あー! 何それナギちゃんちょっといやらしー! 恩着せがましー!」

 

 お高くとまったようなナギサの言い回しに、ミカが待ってましたとばかりに茶化すような声を上げる。

 

「……失礼しました、先生。そういった意図はなかったのですが……。それはさておき、ミカさん?」

 

 ナギサは銀時に向けて小さく頭を下げてから、未だににっこりとした笑みを崩さないまま、その実、声音と瞳の奥に確かな鋭さを込めてミカへと視線をスライドさせた。

 

「あー……ごめん、大人しくしておくね? できるだけ」

 

 これ以上悪ノリを続ければ、ナギサの「本気の説教」が飛んでくることを察知したのか、ミカはしゅん、と眉根を下げて大人しく椅子へと戻る。

 

 ナギサはミカが大人しくなったのを確認すると、コホンと小さく咳払いをし、「では、改めまして」と再び真剣なトーンで切り出した。

 

「こうして先生をご招待したのは、少々お願いしたいことがありまして」

 

「お願い、ねえ……。メイドがいるから今度は執事が欲しいとかか? 悪いが、俺はあいにくそーゆー繊細でお上品な所作とかはからっきしできねーぞ」

 

 銀時がいつものように、はぐらかすような口調で茶化して告げた。だが、その言葉にふと、隣に座るユウカが何かを妄想するように小さく声を漏らす。

 

「……先生の……執事服……」

 

 普段のだらしのない着流し姿からは想像もつかない、そのギャップ。本来の真面目な話題からは完全に脱線してしまっているが、ユウカのその呟きを拾ったミカとナギサの脳裏にも、連鎖するように一つの映像がふと思い浮かべられていた。

 普段は猫背で死んだ魚の目をしているあの男が、がっしりとした男らしい体格をモノトーンの生地で覆い、ピシッと皺一つなく整った執事服を纏って佇んでいる姿──。

 

「……あ、ダメかもこれ。普通にかっこいいかもしれない……」

 

 ユウカは自分の想像した破壊力に、じわじわと顔が熱くなるのを感じて両手で頬を押さえた。

 

「……あはは、確かに。結構似合うかも……? だらしない感じが綺麗に隠れて、ちょっとドキッとしちゃうかもね」

 

 ミカもまた、顎に手を当てながら新境地の扉を開かれたような目で銀時を見つめる。

 

「……ふふっ、意外な盲点でしたね。シャーレの先生の執事姿、悪くないかもしれません」

 

 ナギサまでもが上品に口元を片手で隠しながら、楽しげに目を細めてクスクスと笑い始めた。

 

「……え、何お前ら。急に三人揃ってニヤニヤし始めて怖えんだけど」

 

 急激に軟化したテラスの空気に、銀時だけが一人、本能的な恐怖を察知して椅子を引きながらひくひくと頬を痙攣させている。

 

「……コホン。少々、話が逸れてしまいましたね。まぁ、これからの本題に向けてのアイスブレイクにはちょうどよかった……と思いましょう」

 

 ナギサは上品に咳払いをすると、何事もなかったかのように表情を引き締める。

 

「えー、もっとこういう雑談した方がいいんじゃない? ほら! ティーパーティーって一応は社交界なんだから、そういう他愛のないお喋りから相手の人間性を知るのって、すっごく大事なことでしょ?」

 

 そんなふうに口を尖らせて食い下がるミカに、ナギサの視線が再び冷ややかに据えられた。

 

「ミカさん。そろそろ本当に本題に移りたいのですが……よろしいですか?」

 

「そんな綺麗な目で睨んでもダメー! これはティーパーティーの『在り方』に関わる問題なんだから、キチンとしないと!」

 

「……それはミカさん、将来あなたがホストの番になった際に存分に追求してください。今は一応、私がホストを担当しておりますので、私の進め方に従っていただきたく存じます」

 

 お互いに崩さない完璧な笑顔。しかし、その笑顔の奥で視線が交錯する二人の間には、パチパチと目に見えない静電気のようなピリついた空気が流れ始める。

 

「……なあユウカ、やっぱ女の子のこーゆー集まりって怖えよ。これからの交渉全部お前に任せていい? 銀さん急に胃に穴空きそうなほど腹痛くなってきたんだけど」

 

 銀時はユウカの制服の袖を弱々しく引っ張りながら、本気で逃げ出したいという風に顔を青くした。

 

「ダメに決まってるじゃないですか。お腹が痛いなら後で胃薬を買ってあげますから、ちゃんと座っててください」

 

「やっぱりぃ……?」

 

 ユウカに冷たくあしらわれ、銀時はがっくりと肩を落として、再び死んだ魚の目でティーカップへと視線を落とすと、ナギサはハッとして目を瞬かせ、小さく咳払いをしてから銀時へと向き直る。

 

「……お、お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません。こうした議論はこの後、裏でじっくりするとして……。まあ、ミカさんの言っていることも一理ありますので、もう少しだけアイスブレイクを続けましょうか」

 

「……まあ、それならいいんだけどよ。……アンタらがこの学校の生徒会、なんだよな?」

 

 銀時はスプーンで紅茶を無意味にぐるぐると掻き回しながら、ふと気になっていた疑問を口にした。

 

「おお! ナギちゃん見た!? これが大人の人の気遣いだよ! さりげなく話を戻してくれるこのスマートさ!」

 

「……はい、おっしゃる通り。私たちがトリニティ総合学園における生徒会長『たち』です」

 

 ナギサはミカの称賛を綺麗にスルーし、背後の白い翼をすっと正して銀時に答える。

 

「もしかしてこの学校の生徒の雰囲気っつーか、着てる制服のデザインが微妙に違ったりすんのって、その、生徒会長『たち』って複数形の表現に関わってんのか?」

 

「さすが先生、鋭いですね。その通り、トリニティの生徒会長は代々、単一の個人ではなく複数人で担っているのです」

 

「あれ? ナギちゃん無視? もしかして今の完全なる無視かな? おーい、ここに可憐なピンクの髪の美少女がいますよー?」

 

 ミカがナギサの顔の前でひらひらと手を振るが、ナギサの視線は微動だにせず、静かに歴史を語り始める。

 

「……昔、現在のトリニティ総合学園が生まれる前。自治区内の各分派の代表たちが、長きにわたる紛争を解決するためにお茶会……つまり『ティーパーティー』を開いたことから、私たちの歴史が始まりました。それぞれの派閥のバランスを保つため、今でも複数の生徒会長が存在しているのです」

 

「えっ、ひどっ、ぐすん……私、少し傷ついた……。ナギちゃんが私の存在を歴史の彼方に追いやっちゃった……」

 

 あからさまな塩対応を受けたミカは、大袈裟に目元を両手で覆い、肩を震わせて泣き真似を始める。

 ナギサは隣のそんな茶番を視界の端にも入れない鉄の意志を見せ、流暢にトリニティの成り立ちを語り続けた。

 

「パテル、フィリウス、サンクトゥス……これら三つの主要な学園の代表を筆頭にティーパーティーを開き、和解の道を辿ったのです」

 

「ナギちゃんが本当に無視した……嫌がらせだあ……酷くない? 私たち、一応十年来の幼馴染だよ? こんなこと今までに……結構あったかもだけど……」

 

 ぐずぐず、とわざとらしくぐずり始めるミカの言動に、ひくひく……と額のあたりに青筋を浮かべ、頬を引き攣らせつつもナギサが続ける。

 

「……その後から、トリニティ生徒会はティーパーティーという通称で呼ばれるようになり、各派閥の代表たちが順番にホストを……」

 

「うう、ナギちゃん、ナギちゃーん……」

 

 それでも全く懲りることなく、ミカはナギサの服の袖を引っ張りながら呼びかけ続け、ついにナギサの堪忍袋の緒がブチ切れた。バン、と上品な長机が小さく揺れる。

 

「……ああもう! 五月蝿いですね!?」

 

「ひえっ……」

 

 ナギサの怒髪天を突くような鋭い声に、ミカの肩がビクッと跳ねて泣き真似がピタッと止まる。

 

「今、私が先生にお話をしているんですよ!? それなのにずっと!! 横でぶつぶつぶつぶつと!! どうしても黙れないのでしたら、その小さなお口にロールケーキをぶち込みますよ!?」

 

「……わーお」

 

 それまで纏っていた高貴な雰囲気と淑やかな口調、丁寧な仕草ですべてを隠していたナギサの、あまりにも情熱的な本性の片鱗。その突然の豹変ぶりに、思わず銀時が間抜けな声を漏らす。すると、その声で我に返ったナギサはハッとし、顔を真っ赤に染めて慌てて咳払いをした。

 

「……し、失礼しました。私ったら、取り乱してなんという見苦しい言葉遣いを……」

 

「……いや、まあいーんじゃねーの? 無理に気取ってたって疲れるだけだし。四六時中パンパンに気張ってたら、風船なんて直ぐに萎んじまうだろ。人間、たまにはそうやってガス抜きしねーとやってられんよ。俺はその点アレだから。いざって時にだけめっちゃ頑張るタイプだから、普段はすげー省エネだから」

 

「いざって時にしか頑張らないの間違いでしょ、先生は」

 

 銀時が鼻をほじるような気だるさでフォローを入れた瞬間、ユウカが鋭いツッコミを間髪入れずに飛ばしたのだった。

 

 ──────────

 

「……そろそろ本題に入りましょうか。私たちが先生にお願いしたいのは、とても簡単なことです」

 

 ナギサは手元にあった冷めかけたお茶を一口啜ると、お茶会の本来の目的を果たすべく、真剣な眼差しを銀時に向けた。

 

「簡単だけど、すっごく重要なことだよ」

 

 ミカもそれまでのふざけた態度を引っ込め、どこか期待を込めたような視線を送りながら言葉を重ねる。

 

「はい、そうですね。……トリニティに特設された『補習授業部』の、顧問になっていただけませんか?」

 

「補習授業部?」

 

 銀時は、そのいかにも「学校の居残り」を連想させる不穏な響きに、あからさまに嫌そうな顔をして眉をひそめた。

 

「つまり、成績の不振によって落第、最悪の場合は退学の危機にある生徒たちを救っていただきたいのです。顧問というよりかは、臨時クラスの担任の先生……と言った方が分かりやすいかもしれませんね。我々トリニティ総合学園は古くから、キヴォトスにおいて『文武両道』を掲げる歴史と伝統ある学園です」

 

 そこまでは自分の学園に強い誇りがある、とばかりに誇らしげに胸を張っていたナギサだったが、話が進むにつれてだんだんと困ったように顔を伏せ、深く、重いため息を漏らし始める。

 

「……それなのに、よりによってこの大事な時期に、度重なる警告にもかかわらず成績の振るわない方が、4名もいらっしゃいまして……」

 

「私たちにとってはちょっと困ったタイミング、というかさー……。今、エデン条約の件で結構バタバタしててそれどころじゃないんだよね」

 

 ミカはあごに手を当ててつまらなさそうに天井を仰ぐ。その口から出た単語に、銀時は記憶の引き出しをガサゴソとあさり始めた。思い当たったのは、以前ゲヘナ学園風紀委員会のリーダー、ヒナがシャーレに休みに来た時に口にしていた言葉だ。

 

「エデン条約……ああ、そういや前にゲヘナの嬢ちゃんがなんか話してたな。不戦条約だか平和条約だかそんな感じのやつだろ?」

 

「……へえ、先生、ゲヘナの生徒とも関わりがあるんだね?」

 

 銀時が何気なく口にした言葉に、テラスの空気が一瞬だけピキリと凍りつく。どこからともなく向けられたような鋭い眼差しと、ミカの声のトーンが僅かに低く落ちたのを、銀時は見逃さなかった。訳もわからずきょとん、と首を傾げる銀時を他所に、ナギサが彼の言葉に頷きつつ、話を先へと進める。

 

「ええ、その通りです。そういった一大プロジェクトの準備などで、生徒会としてもその成績不振な生徒たちへの個別対応まで、とても手が回らず……」

 

「それで、色んなところの新聞とか噂で見つけたのがシャーレ……坂田先生の活躍ってワケ! 迷子の猫探しから、廃校寸前の学校の防衛、宅配便の配達からお祭りの治安維持まで、まさに八面六臂の大活躍! このシャーレ……ううん、『万事屋銀ちゃん』なら、こういう面倒ごともまるっと任せられそうだなって!」

 

「……ミカさん、お相手を前にして『面倒ごと』などと言ってはいけませんよ」

 

 ナギサは軽く頭を抱えながら、悪びれもしない幼馴染を再び嗜める。

 

「まあでも、本当のことではあるし? それに、私たちは先生を頼りたいんだよ。だって『先生』、なんでしょ? 今のキヴォトスってBDで自己学習する時代だし、学園の職員とか教授、教官なら兎も角として、誰かの『先生』っていう概念そのものがすごく珍しいんだよね」

 

「……え、そうなの? 」

 

 ミカのその言葉に、銀時は驚いたように隣のユウカへと問いかけた。ユウカは腕を組んだまま、呆れと真面目さが半々になったような顔で頷く。

 

「そうですよ、先生。このキヴォトスには色々な学校があって、それぞれの自治区に指導官や教官、教授といった役職は存在します。でも、連邦生徒会長から超法規的な権限を与えられ、すべての生徒に対して『先生』という立場で接することが許されている大人はあなた一人だけなんです。自覚を持ってください」

 

「マジかよ…….じゃあ何、俺ってば絶滅危惧種か何かってこと? プレミアム銀ちゃんってこと? ちょっと連邦生徒会から保護手当とか支給されるべきじゃね?」

 

「されるわけないでしょ! ほら、話をちゃんと聞いてください!」

 

 ユウカにぴしゃりと遮られ、銀時は再び死んだ魚の目でナギサたちに向き直る。

 

「先の道を生きると書いて先生……つまり、後から来る私たちを導いてくれる役割ってことだよね? 尊敬の対象、あるいは生きる指針としてみんなに手を差し伸べ、進むべき道を教えてあげる……。ね? 補習授業部の顧問として、正にピッタリでしょ!」

 

 ミカはどこか夢見がちな、それでいて純粋な期待の眼差しを銀時にまっすぐ投げかける。

 

「……『先生』、ねえ」

 

 銀時はその言葉を咀嚼するように、小さく、低く呟いた。

 

「……先生?」

 

 ナギサがその僅かな声のトーンの変化を敏感に察知し、不思議そうに小首を傾げる。

 

 ……思えば、このキヴォトスという世界に来てからずっと、自分は誰からも「先生」と呼ばれている。けれど、これまで自分がやってきたことといえば、それこそミカの言う通り「万事屋」として様々な生徒の様々な面倒ごとに首を突っ込み、その場しのぎの悩みを解決する便利屋も同然のことばかりだ。

 

 何一つ……そう、何一つ。

 

 かつて自らが仰ぎ、その背中を追った「あの人」のような先生として、生徒たちの前で真っ当に振る舞ったことなんてありゃしない。

 

 あの人が遺し、自らの魂に刻み込んだ生き方を貫いてはいる。けれど、あの人が全うした「先生」というものには、自分はまだ、到底なれてはいないのだ。

 

 銀時は無意識のうちに机に立て掛けた木刀に触れそうになった手を止め、手元で冷めきった紅茶の、濁った水面を見つめ直した。

 

「……ま、依頼されたことはやり抜くのが『万事屋』だ。頼まれたからにゃやってやるが……言っとくけど俺ぁ勉強はからっきしだぞ? 通ってたとこでだって居眠りしてばかりだったからね。文武両道じゃなくて武武片道だったから。文についてはむしろ逆走してたから」

 

 ふっといつもの自嘲気味な笑みに戻りながら、銀時は頭の後ろで両手を組んだ。

 

「あはは……報告書のプロファイリング結果通りだったね」

 

 ミカは手を叩いて可笑しそうに笑う。

 

「ええ、やはり勉学については少し……その、お察しと言いますか……」

 

 ナギサもまた、手元の資料に視線を落としながら、ひどく納得したように小さく溜め息をついた。

 

「おいこら待て。報告書のプロファイリング結果って何? だいぶ俺にとって不名誉なこと書かれてねえかソレ!?」

 

「……でも先生、事実ですよね?」

 

「ユウカまでそっち側につくの!? 銀さん寂しくて泣いちゃうよ!?」

 

 銀時が盛大にガタタッと椅子を鳴らして抗議するが、対面の少女たちは全く動じる気配を見せない。

 

「ともかく! 今はちょっと生徒会が忙しいのもあって、ぜひ先生にこの子たちを引き受けてほしいの!」

 

 ミカは身を乗り出し、パンと両手を合わせて満面の笑みでお願いする。

 

「あからさまに話を逸らされると傷付くんだけど!?!? 銀さんのプライド粉々だよ!? 」

 

 大袈裟に身悶えする銀時を穏やかに見つめながら、ナギサが再び真剣なトーンで引き取った。

 

「ですが先生、これは単なる勉強の教え子の話ではないのです。今回、シャーレの持つ超法規的な権限をお借りしなければならないのは、この『補習授業部』が少々特殊な経緯で設立された特設のクラスだからでもあります。本来ならば順当な手順と時間を経て結成されるべきなのですが、何分今はタイミングがタイミングですので……。お願いします、先生。テキストや教材などはトリニティの教授陣がすべて用意いたします。先生にはあくまで顧問として、彼女たちを見守り、導いていただきたいのです」

 

 ナギサの真っ直ぐな、そしてどこか切迫感を含んだ眼差しをしばらく眺めていた銀時だったが、やがて諦めたように頭をガリガリと掻き、大きくため息を漏らす。

 

「……へいへい、わーったよ。頼まれた以上は嫌とは言わねーのが万事屋のポリシーなんでね。ただ、何度も言うようだけど俺ぁ丸付け程度しかできねえからな? 文字の読み書きだけで精一杯なんだから。……おいユウカ、お前さんミレニアムの問題集とかそーゆーの持ってんだろ。それもちょっくら拝借しつつ、こっちでカリキュラム組む手伝いとかできっか?」

 

 銀時が隣に話を振ると、ユウカはそれまでのお堅い表情を一変させ、待ってましたとばかりに胸を張って頼もしく微笑んだ。

 

「ふふ、もちろんです! 数学や計算処理に関しては特に私にお任せください。彼女たちの現状の学力に合わせた、ミレニアム特製の問題集を作ってきっちり対応しますから!」

 

「……だ、そうだ。ってことで、万事屋銀ちゃんシャーレ支部、その依頼しかと承ったぜ。落第だか退学だか知らねーが、その四人まとめて進級のレールに叩き戻してやりゃあいいんだろ?」

 

「やった! ありがとー先生! そうこなくっちゃ!」

 

 ミカは子供のように無邪気に喜び、嬉しそうに羽をパタパタと揺らす。

 

「……ふふ、先生ならそう言って承諾してくれると信じていました。本当にありがとうございます。それでは、先ずはこちらをご確認ください」

 

 ナギサは安堵の笑みを浮かべると、手元に置いてあった革調のバインダーを銀時へと手渡した。そこには、今回の補習対象となる四人の生徒の顔写真と詳細な名簿が綴られている。

 

「そちらに記載されている方々が、今回集まっていただく対象の生徒です」

 

「つまり、トリニティのやっかいもの──」

 

「ミカさん、その表現はいくらなんでも愛が足りませんよ。ここはこう言いましょう。彼女たちはトリニティにおける……『愛の必要な生徒たち』、です」

 

 ナギサは笑顔のまま、しかし一切の妥協のないトーンで幼馴染の言葉を訂正する。そんな二人による相変わらずの「トリニティ仕草」を前に、銀時は名簿へと視線を落としながら、ボソッとツッコミを零した。

 

「その『愛の必要な生徒たち』の前に宇宙戦艦トリニティってつけたら、完全に一発で全員自滅してそうな名前だなぁ……あり、こいつ……」

 

 銀時はそう言って、呆れ半分で最初のページに記載された生徒のプロフィールを眺め始めると、一人だけ。見覚えのある生徒の名前と顔写真を見つけ、ポツリと呟いた。

 

 ───二年生 阿慈谷ヒフミ。

 

 それは紛れもなく、アビドスにいた頃、ブラックマーケットにおいて出会い、対策委員会の面々らと共に謎の覆面強盗極道「鬼兵隊」として並び立っていた少女だった。銀時は思わず、当時を思い出して彼女の愛称を口にしてしまう。

 

「若頭……?」

 

「え、若頭?」

 

 突然飛び出した物騒な任侠用語に、ユウカとナギサは怪訝そうに首を傾げ、ミカが不思議そうに問いかけてくる。銀時は「あ、やべ」とばかりに視線を泳がせ、すぐに話を逸らすようにして名簿をパタパタと扇いだ。

 

「いや、こっちの話さこっちの話……てか話はズレるけどよ、その……パンダ、フィリップ、サングラスだっけ? その三つの連合で生徒会組んでるって話なら……もう一人の代表はどこいってんだ? ここにはアンタら二人しかいねーじゃん」

 

「パテル、フィリウス、サンクトゥスの間違いですよ先生。なんで微妙にスタイリッシュな昼下がりの昼ドラみたいな単語に変換してんですか」

 

「そうともいう」

 

「言いません。……ですが、先生の疑問はもっともです。もう一人の派閥の代表については……」

 

 ナギサは一瞬だけ表情を曇らせ、言葉を濁した。すると、代わりにミカが少しだけトーンを落とした声で、静かに引き取る。

 

「……セイアちゃんは今、入院中で……トリニティにはいないんだ」

 

「本来であれば、現在のホストの順番はサンクトゥス分派の代表である百合園セイアさんなのですが、そうした病気療養中の事情で不在のため、フィリウス代表である私が代わりにホストを務めているのです」

 

 ナギサがいつもの冷静な表情を取り繕うようにして、淡々と事情を説明する。

 

「うん。元々ティーパーティーのホストは持ち回りで、順番でやるものだからね。今はナギちゃんが頑張ってくれてるってワケ」

 

 ミカはそう言って、少し寂しげに、けれど幼馴染を労るようにして優しく微笑んでみせた。

 

「……なるほどな。まあ聞きてえことはそのくらいだ」

 

 銀時は納得したように名簿を閉じると、パタパタと自分の頭を軽く叩いた。一通り事情を把握した彼の態度を見て、ナギサは安堵したように小さく息を吐く。

 

「承知しました、また何かあればいつでも聞いてください。準備が整い次第、先生にはトリニティ総合学園に派遣、という形で来ていただければ。滞在中の期間、先生が寝泊まりするための専用の部屋もこちらで用意致します。……早瀬さんはどうされますか?」

 

「私は……仕事の区切りや休みの日が出来たら、その都度こちらに伺うようにします。なので、私の分は仮眠室程度で大丈夫ですよ。いくらシャーレの秘書とはいえ、ミレニアムの授業やセミナーには出席しないといけませんから」

 

 ユウカは手元の端末のスケジュールを確認しながら、テキパキとした口調で答える。

 

「わかりました。では、そのように手配を整えておきますね。……改めて、この話を引き受けてくださって本当にありがとうございます。これで私も一安心です」

 

「じゃあ、またね先生。次にまたこうして会えるかどうかはわからないけどっ!」

 

 ミカは椅子から立ち上がると、名残惜しそうにひらひらと手を振った。

 

「そうですね、今は条約を控えて非常に忙しい時期ですし……ティーパーティーの生徒会長が、またこうして一堂に集まれるとは限りませんから」

 

「ふふ、やっぱりナギちゃんも忙しいんだ? ……でも、先生のおかげでこうして久しぶりにナギちゃんの顔も見られたし。今日は本当によかったよかった!」

 

 無邪気に笑うミカの言葉に、ナギサの表情もどこか和らいだものに変わる。

 

「ええ、それは私も同じですよ、ミカさん」

 

「ふふっ」

 

 二人の間に流れる、十年来の幼馴染ならではの温かい空気。ナギサは再び銀時へと向き直ると、静かに会釈をする。

 

「では、これからよろしくお願いしますね。坂田先生。私もティーパーティーのホストとして、先生の活動を全力でエスコートさせていただきますので」

 

「おう、よろしく。……あ、そうだナギサちゃん。ここに寝泊まりするってことになったらさ、三食の学食とかも当然タダでつけてくれるよな? あと、トリニティ名物の豪華なデザートとか、イチゴ山盛りのパフェとか、週五……」

 

 調子に乗って甘味の要求をねじ込もうとする銀時だったが、ナギサは手元のティーカップをソーサーに置くと、その完璧な笑顔のまま、一切温度のない瞳を彼に向けた。

 

「……先生の健康状態について、『高血糖の兆候あり』という情報を我が校の保健委員会……『救護騎士団』に流してもよろしいのでしたら、どうぞお好きなだけお召し上がりください」

 

「え、何それ、脅迫? 」

 

「あはは! ウチの救護騎士団は結構過激だよ〜? 先生、見つかったら速攻でベッドに拘束されて、毎食お粥と青汁生活にされちゃうかもね!」

 

 ミカが楽しそうに追い打ちをかける。救護騎士団の過激さを察知したのか、銀時は冷や汗を流し、頬を引き攣らせる。

 

「……あ、すんません。やっぱり普通にタダ飯が食えるだけですんごいありがたいっすハイ」

 

 銀時はガタガタと震えながら、冷めきった紅茶をまるで苦い薬でも飲むかのように一気に喉へと流し込むのだった。




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

先日の久しぶりの投稿の際のUAや感想をいただいた時、「私の作った話を面白いと思ってくれる方達が、こんなにいるんだ……!!」と胸が熱くなりました。

どうにか完走まで。銀さんや生徒達とも駆け抜けていけるよう頑張りますので、応援のほどをこれからもよろしくお願いします。
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