イズナの案内とヒフミの先導によって向かった先は、重厚な扉の上に「正義実現委員会」とこれ見よがしに仰々しい看板が掲げられた一角だった。
「……なあんか、俺とはどーにも気が合わなそうな連中がいそーな場所だなあ。看板の文字からして息苦しさが滲み出てんじゃねーか」
銀時は小指で耳の穴をほじりながら、漂ってくる規律正しさに眉をひそめた。
「それを本人たちの前で口にしないでくださいよ、先生……。とはいえ、ここに本当に補習授業部の対象生徒がいるだなんて。確かにナギサさんから預かった名簿を確認すると……ええ、でも……」
ユウカは隣の銀時を軽く窘めつつも、手元の端末に映し出されたデータと自らの持つ組織のイメージを照らし合わせ、首を傾げる。
トリニティ総合学園における治安維持を一身に担い、警察組織であると同時に実質的な正規軍としても機能する「正義実現委員会」。以前、他校との連絡会議で顔を合わせた副委員長の羽川ハスミ曰く、「愛と正義に満ちた誇り高き組織」とのことだった。まさにこのマンモス校の中でも選りすぐりのエリートたちが揃っているはずの場所なのだ。
「うう……できることなら、あまり近寄りたくはなかったんですけど……。す、すみませーん、どなたかいらっしゃいますか……?」
ヒフミがおどおどと身を縮こまらせているのを見るに、一般生徒にとっては余計に敷居が高い場所なのだろう。彼女は意を決して深呼吸をすると、分厚い扉をコンコンコンと控えめに三度ノックした。
ギー……と重い音を立てて扉がわずかに開き、その隙間からひょっこりと顔を覗かせたのは、頭部と腰元に小さな可愛らしい羽を生やした、ピンク色のツインテールの小柄な少女。
片腕には正義実現委員会の腕章を巻いている。その表情はどこか張り詰めており、じ……と隙間からこちらを訝しげに見つめていた。
「え、えっと、正義実現委員会の方、でしょうか……?」
「……なに?」
少女の警戒心を剥き出しにしたぶっきらぼうな一言に、ヒフミは気圧されて肩を竦める。
「あ、あう……」
怯むヒフミと、さらに眉を寄せて睨みを利かせる少女。沈黙が生む不穏な空気は悪循環に陥り、耐えかねたヒフミはおろおろと振り返って銀時へと救いを求めてきた。
「あぅぅ……先生、私、何か失礼なことをしてしまいましたでしょうか……?」
「いや、ただ人見知りしてテンパってるだけだろ。見ろよあの目。見知らぬ客に吠えかかる気満々の、警戒心バリバリなポメラニアンみてーなツラしてんぞ」
銀時が鼻の穴に指を突っ込んだまま気だるげに言い放つと、扉の隙間から飛び出してきた少女が、カッと顔を真っ赤にして目を吊り上げた。
「だ、誰がポメラニアンよ!? 失礼ね! 私は正義実現委員会のエリート候補! 例えるならもっとこう、規律正しくてキリッとしたドーベルマンみたいでしょ!?」
「あーはいはい。本物のドーベルマンは自分でドーベルマンなんて自己主張しませんー。そうやってキャンキャン甲高い声で吠え散らかしてるあたりが、完全にポメポメしいポメラニアンなんですー」
「ポメポメしいって何よぉぉぉ!? バカにしてるでしょ、絶対バカにしてるわよね!?」
「むっき────!!」と擬音が聞こえてきそうな勢いで湯気を立てる少女と、「あーあー、うるせーポメだなぁ。お座り、お手」と手をひらひらさせて見下ろす銀時。
一触即発の空気に、見かねたユウカが額に青筋を浮かべて二人の間に割って入った。
「二人とも落ち着きなさい、もう! コハルちゃんは初対面の大人の挑発にいちいちムキにならない! 何より先生、年下の女の子を煽りすぎです! 大人の自覚を持ちなさい!」
「煽ってねーよ、事実を述べてポメを愛でてやっただけだろーが……。あ、待てよ。コハルって……下江コハル? ふーん……。なるほどな、オメーがリストに載ってた正実のポメちゃんか……ふーん」
銀時が名簿を思い出しながら、まじまじと観察するように目を細めると、コハルは一転してビクッと体を跳ね上がらせた。
その視線に込められた意味をどう誤解したのか、彼女はみるみるうちに耳の先まで真っ赤に染め上げ、抱えたライフルを盾のように胸元へ引き寄せる。
「な、何よ……っ! そんな意味ありげな目で舐めるように見つめて……! わ、私はそんな……破廉恥なことなんかに絶対に屈しないんだからね! 死刑! えっちなのは死刑なんだから!」
「誰もオメーの貧相な身体なんて見てねーよ自意識過剰ポメ。……それと、イズナ。ここに閉じ込められてるっていう、二人の素行不良生ってのもここだっけか?」
一人で脳内裁判を開いて悶々としているコハルを綺麗にスルーし、銀時は背後のイズナへと声をかけた。
「はいっ! この部屋の奥にて拘束されている生徒こそ、リストに記載されている御二方に間違いありません! すなわち、この場にて補習授業部の残りの対象者が三人同時に揃うという寸法です!」
「そいつは話が早くて助かるわ。早速その大層な問題児さんのツラを拝ませてもらいますよーっと」
銀時はパタパタと手を振って、赤面したまま固まっているコハルの脇をすり抜けると、正義実現委員会の部室の最奥──なぜか教室の中に頑丈な鉄格子で誂えられた、座敷牢のような一角へとズカズカと視線を向けた。
「……? もしかして、私のことをお探しでしょうか?」
「……ちょっとタンマァァァァッ!!」
鉄格子の隙間からかけられた鈴を転がすような淑やかな美声に、銀時は盛大に目を剥いて叫ぶと、両腕を交差させて全力で「T」の文字を宙に形作った。
そこにいたのは、艶やかな桜色の長い髪をふわりと波打たせ、その一房を上品に編み込んだ、一見すれば深窓の令嬢そのものの美少女。
だが、問題はその身なりである。
清楚を絵に描いたような顔立ちの下にはピチピチの紺色の旧型スクール水着。豊満すぎる胸元の渓谷と、健康的な太ももの柔らかな曲線が、薄暗い座敷牢の中で異様な存在感を放ちながら露わになっていた。
おまけに濡れているのかどうかすら怪しい生地が肌に吸い付いており、目のやり場に困るどころか、直視すれば即座に社会的な尊厳が蒸発しかねない破壊力を秘めている。
銀時は即座に踵を返すと、ユウカ、ヒフミ、イズナ、そして未だに頬を染めていたコハルを強引に引き寄せて円陣を組み、背中を向けたままヒソヒソと小声で捲し立てた。
「おいおいおいおい、どーゆーことだよアレェェェ!? おい正実ポメ、ちょっと説明しろコノヤロー! 素行不良っつーから、俺ァてっきり夜露死苦とかマジ卍的な、髪の毛虹色に染めて鉄パイプ振り回してるようなグレたヤツを想像してただろーが! 全然ベクトルが違うじゃねーか! ただのド級の痴女じゃねーかァァァッ!」
「ポメって言うなって言ってんでしょ! ていうか私にそんなこと言われたって知らないわよ! 白昼堂々と校内のど真ん中をあの水着姿で闊歩してたところを公然猥褻の現行犯で取り押さえたって先輩たちから引き継ぎを受けて見張り番してるだけなんだから!」
「いやいやいや、校内を水着で歩くって何!? トリニティってそんなフリーダムなビーチリゾートだったっけ!?」
「で、でも……確かにナギサさんから渡されたリストに入っている一人、二年生の浦和ハナコさんですね。間違いありません……」
ユウカが手元の端末の顔写真と座敷牢の中のスク水少女を交互に見比べ、こめかみを押さえながら深くため息を吐いた。
成績不振、素行不良。その理由の一端を目の当たりにした銀時の脳裏に、「こいつら本当に試験で合格させられるのか?」という猛烈な暗雲が立ち込める。
そんな一行のヒソヒソ話を余所に、座敷牢の中で一人ぽつんと取り残されていたハナコは、恥じらうようにぽっと白い頬を桜色に染めると、艶めかしい仕草で自らの豊満な胸元を腕で抱きかかえ、くねくねと身体を揺らし始めた。
「まあ……皆さんで輪になって、こそこそと何か楽しそうなお話をしていらっしゃいますね。ふふ、私も混ぜていただきたいです。あ、もしかして……皆さんもこれから水着にお着替えしたりとか? ♡」
「そんなわけないでしょぉぉぉぉッ!? 何でそうなるのよ! っていうか、何で貴女は校内をそんな破廉恥極まりない格好で出歩いてるのよバカぁ!!」
コハルが顔を真っ赤にして鉄格子越しにキャンキャンと猛抗議の声を上げる。
だが、ハナコはどこ吹く風といった様子で、首をコテンと傾げ、純真無垢そのものの澄んだ瞳で微笑み返した。
「あら、いけませんか? トリニティの敷地内には立派な屋内プールがありますよね。プールでは生徒の皆さんは水着を着ます。そして、プール以外の教室や中庭も、等しく同じトリニティの敷地内……空間的に連続している以上、境界線など存在しないはずです。……あ、もしかして下江さんは、プールでは水着を着ない派閥の方でしたか?」
「は? え? ちょっ、な、何言ってるのよ、それどういう意味──」
「なるほど、そうでしたか。下江さんは……プールでは全裸で泳ぐタイプの方だったのですね。まあ、なんて開放的で素晴らしいのでしょう。さすがは質実剛健を重んじる正義実現委員会、そんなアバンギャルドな分野まで網羅されているとは恐れ入りました……」
「そ、そ、そんなわけないでしょぉぉぉぉぉぉッッ!! あるわけないでしょ、誰が全裸で泳ぐかぁぁぁ!!」
「しかし、ふむ……『裸こそが至高の正義』……なるほど、実に前衛的で合理的な思想です。そこまで仰るのでしたら、私も同じ生徒として、その境地を試してみるべきかも……」
「だめえええええええええッ!! いい加減に大人しくしろこの公共破廉恥魔ァァァァァッ!!」
ハナコが流れるような優雅な手つきで、スクール水着の肩紐へと細い指先をかけ、ツツ……と下へと滑らせようとする。
その瞬間、コハルは悲鳴を上げながら鉄格子の隙間から両腕を突っ込み、必死の形相でハナコの手首を掴んで引き留めようとし始めた。
ギャーギャーと騒ぎ立てる二人を冷めた目で見つめながら、銀時は顎に手を当てて「うーむ」と深く考え込むように呟く。
「……いやさ、でも言われてみりゃ確かに不思議っちゃ不思議だよな。男が海とかプールで水着になる時は上半身裸で乳首丸出しでもお咎めなしなのに、なんで女子が同じことすると一発レッドカードなわけ? 同じ人間なのにその差は何なの? この色々と新しい価値観が広まり始めた時代に乳首格差社会を放置していいのかっていう問題提起なんじゃねーのかアレは」
「アンタは黙ってなさいこのスケベオヤジ────ッッ!!」
ドゴォッ! と鈍い衝撃音とともに、ユウカの容赦のない肘鉄が銀時の鳩尾へ正確無比に突き刺さった。
「ぐふっ……!?」
「何を真面目な顔して哲学的に同調してるんですか! 先生が一緒になっておかしな理屈を捏ねてどうするんですか! あーもう、頭が痛くなってきた……!」
胃を押さえて悶絶する銀時を冷たく見下ろしながら、ユウカはこめかみを揉みほぐす。
「……あ、あはは……なんだか、もの凄く個性的な方なんですね……」
ヒフミは引き攣った愛想笑いを浮かべ、自らのペロロ様のリュックサックを抱きしめる腕にぎゅっと力を込めた。額には冷や汗が幾筋も流れている。
「個性的っつーか、ただの性的倒錯者だろーがアイツは。あんなの教育の現場に放り込んだらピーチーエーにドヤされちまうわ……ぐっ、痛てて……。さあて、気を取り直してもう一人、は……と」
銀時は先ほどユウカから食らった強烈な肘鉄の痛みが未だに鈍く残る鳩尾をさすりながら、隣の鉄格子。スクール水着の痴女が収容されていた部屋のすぐ隣に誂えられた、もう一つの薄暗い檻の中へと視線を向け──。
そして、銀時は完全に石像のように硬直した。
「コー…………ホー…………。コー…………ホー…………」
4畳半ほどの檻の片隅。体育座りで微動だにせず、壁を背にして鎮座していたのは、白い髪を長く伸ばした一人の少女だった。
だが、その首から上には、銀色の吸気缶が左右に突き出た、重々しく無骨な軍用の防毒マスク──いわゆるガスマスクが完全に隙間なく装着されている。
覗き窓の強化ガラスは奥の瞳を冷たく遮断し、排気弁から吐き出される規則正しく機械的な呼吸音だけが空気を震わせていた。
「ちょっとタイムゥゥゥゥゥッッッ!!」
銀時は本日二度目となる、全力の「T」の文字を両腕で交差させて叫んだ。
先ほどよりもさらに慌ただしい足取りで踵を返すと、ユウカ、ヒフミ、イズナ、そして未だに顔を赤らめているコハルの肩を強引に抱え込み、がっちりとスクラムを組んで顔を突き合わせる。
「おいおいおいおい! 痴女の次は何が来るかと思ったら何だアレはァァァ!? なんでガスマスク被ってんのあの子!? どこの蟷螂男!? サイコなマンティスなの!? 俺たち今すぐコントローラーを床に置いた方がいいの!? メモリーカードのセーブデータ読み取られて『お前、ときメモばっかりやってるな』とか過去の恥部を暴露されんの!? 振動機能でブルブル揺らしてくれるのアイツ!?」
「ぶ、ぶるぶる揺らすなんてえっち……! えっちなのは死刑! やっぱり死刑なんだから!」
銀時のその言葉にコハルが耳まで真っ赤にしてピョンピョン飛び跳ねながら噛み付く。
「先生は一体なんのゲームの話をしてるんですか……!? ていうかコハルちゃんも一体何を連想して赤くなってるんですか……!? もう私、何が何だか……!」
ヒフミがおろおろと視線を泳がせる。
「いや、でも……確かにあの子、なんであんなガスマスクを着用してるんでしょうか……?」
ユウカも怪訝そうに眉をひそめた。
「むむっ! 主殿、イズナには分かります! あれは素顔と感情を鉄壁の仮面によって隠蔽し、敵の心理を惑わす忍びの秘術……!」
イズナが狐耳をピンと立て、目を輝かせながら独自の忍者理論を展開する。
そんな五人がぎゅうぎゅう詰めでコソコソと議論を交わしていると、薄暗い廊下の奥から──カツン、カツンと、凛とした硬いヒールの足音が静かに響いてきた。
「其方についてでしたら、私から説明いたしましょう」
落ち着き払った、けれど圧倒的な威厳と重厚さを湛えた澄んだ声。
一同が一斉に振り返ると、そこに立っていたのは、腰まで届く見事な漆黒の長髪をなびかせ、背中に巨大な漆黒の翼を広げた長身の少女だった。
黒いセーラー服の上からでもはっきりと分かる、豊満かつ圧倒的なプロポーション──胸元の生地を今にも弾け飛ばさんばかりに主張するダイナマイトな双丘に、スラリと伸びた長い脚。正義実現委員会の副委員長、羽川ハスミがそこに佇んでいた。
「……お久しぶりですね、坂田先生。連邦生徒会でのサンクトゥムタワー奪還作戦以来でしょうか。ユウカさんも、あの節は大変お世話になりました」
ハスミは恭しく片手を胸元に当て、礼儀正しく一礼してみせた。
「……おお、お前か! そういやトリニティの生徒だったな。元気そうで何よりじゃねーの」
銀時が視線を胸元に一瞬泳がせてから彼女を見やり、キヴォトスに来たばかりの頃を思い出しつつ片手を振る。
「ふう……貴女とお会いできたなら、話が早急に進みそうですね。良かったです、現場が混乱を極めていたところでしたので」
ユウカは心底ホッとしたように胸をなで下ろした。
だが、そのやり取りを横で見ていたコハルは、敬愛してやまない先輩が自分を「ポメラニアン」呼ばわりした着流しの男に対して親しげに、それどころか微かな敬意すら滲ませて接している光景に、ショックを隠しきれずに目を丸くする。
「ハ、ハスミ先輩っ!? こんな……こんなだらしなくて死んだ魚の目をした変な大人と知り合いなの!?」
コハルがビシッと銀時を指差しながら金切り声を上げる。ハスミは困ったように眉尻を下げ、愛弟子を優しく宥めるように口を開いた。
「コハル、失礼ですよ。確かに坂田先生は普段の素行や言動がかなり変な方ではありますが、そこまで変な方ではありません。……いざという時にだけは、奇跡的な力を発揮して生徒を導いてくださる、とても頼もしい先生ですよ」
「そうだぞ正実ポメ、コイツの言う通りだ、俺は……え? おい待て。今、お前も俺のこと『変な方』つったよな? 二回くらい重ねて『変』って強調したよな? あと『いざという時にだけ』って言ったよな?」
銀時がそう口にする中ハスミは完璧な笑顔を浮かべたまま、銀時の抗議をまるで見えない壁で弾くようにスルーした。
「それはさておき、あちらの生徒についての説明をいたしましょう。彼女は──」
「わー! 無視した! 完全に銀さんの言葉をスルーしやがった! こんな雑な扱い受けるの久しぶりだなオイ! 懐かしすぎて目から鼻水出そうだよ銀さんは!!」
地団駄を踏んで騒ぎ立てる銀時を一瞥すら交わさず、ハスミは檻の中のガスマスクの少女へと冷徹な視線を向け、淡々とその調書を読み上げるように言葉を紡いだ。
「彼女の名前は、白洲アズサ。校内にて複数の生徒に対する暴力行為が確認されたため、我々正義実現委員会が身柄を確保すべく追跡を行いました。しかし……」
ハスミの声のトーンが、わずかに一段低くなる。
「彼女は追跡を振り切る過程で、我が校の教材用催涙ガス弾の集中保管弾薬庫へと単身で立て籠もりました。そして、内部にあった約一トンにおよぶ催涙ガス弾を一斉に起爆させたのです」
「……は? い、一トン……?」
ヒフミの顔から血の気が引いていく。
「起爆後、充満する高濃度ガスの中、彼女は単独で三時間にわたり完全武装で籠城。突入を試みた我が委員会の部隊に対し、手製のブービートラップ、瓦礫を利用したIED、さらにはゲリラ戦法による精密狙撃を駆使して最後まで猛烈に抵抗を続けました。……結果として、我が正義実現委員会にも多数の重軽傷者と、一時的な呼吸器障害による戦線離脱者が出ることとなったのです」
静まり返る廊下。
ハスミが淡々と語ったその内容は、女子高生の校内トラブルの領域を遥か数光年ほど飛び越えていた。
「サイコなマンティスどころか、リキッドなスネークも裸足で逃げ出すレベルのガチのテロリストじゃねえかァァァァァッッ!!!!」
銀時は絶叫した。顎が外れそうなほど口を開け、その顔は青を通り越して土気色に変色している。
「おいおいおいおい! なんだよ一トンの催涙弾って! ブービートラップって何!? 特殊部隊の鎮圧作戦!? 俺が頼まれたの補習授業部だぞ!? 赤点取った生徒に勉強教えるだけのぬるま湯居残りクラブのはずだろーが! なんでこんな凶悪犯の相手しなきゃならねーんだよォォォッ!!」
銀時が泡を吹かんばかりに喚き散らす中。
鉄格子の奥、ガスマスクの少女──白洲アズサは、ゆっくりと首を傾げた。
そして、覗き窓の奥にある冷徹な瞳を銀時に向けると、排気弁から「ふすー」と小さく鼻を鳴らし、あからさまに悔しげな舌打ちの音を響かせた。
「……惜しかった。保管庫の信管と予備弾薬がもう少し残っていれば、突入部隊をあと二個小隊は道連れに爆砕できたのに」
「思考回路が完全に歴戦のゲリラ兵なんだよお前はァァァァァッッ!!」
銀時の魂を削るような渾身のツッコミが正義実現委員会の教室に木霊したのだった。
──────────
「……なるほど、全容は理解できました。坂田先生がその特設された補習授業部の担任になる、と」
「ま、そーゆーこと。担任っつっても俺ぁ昔っから学問だの勉学だのはからっきしだし、コイツらの保証人っつーか、いざって時に責任取らされる保護者みてーな枠になるだけだけどな」
銀時とユウカからの事情説明を一通り聞き届けたハスミは、胸の前で静かに腕を組み、納得したように深く頷いた。
しかし、その整った眉根はどこか申し訳なさそうに曇り、豊かな胸元をわずかに上下させて「はふ……」と重いため息を漏らす。
「正義実現委員会としても、できることなら先生のお手伝いを買って出たかったのですが……あいにく例のエデン条約を巡る警備計画や他校との折衝で手が回らず、人員を割く余裕がありませんで……大変申し訳ありません」
「いーんだよ気ぃ遣わなくて。試験勉強だの補習のカリキュラムだのは、ウチの秘書やティーパーティーのお嬢さん方がどうにかしてくれるみてーだしな。……まあ取り敢えず、そこの檻ん中に入ってるスク水痴女とガスマスクのテロリスト、連れてっていーか?」
銀時が親指をクイと動かし、それぞれの座敷牢の中でくねくねしているハナコと、無機質に「コー……ホー……」と呼吸音を立てているアズサを指し示す。
すると、先ほどから一連の会話を部室の隅で聞いていたコハルが、弾かれたようにバンと前に飛び出してきた。
「はあぁぁぁ!? だ、ダメに決まってるでしょ、二人とも正真正銘の凶悪犯なのよ!? 片や校内を水着でうろつく破廉恥テロリスト、片や催涙ガス一トンを爆破させたガチのテロリストよ!? そんな危険人物たちを一般校舎に放り出すなんて、正義実現委員会が許すわけないじゃない!」
キャンキャンと猛抗議の声を上げるコハル。
だが、そんな後輩の頭に、ハスミはそっと大きな手のひらを乗せ、静かに窘めるように口を開いた。
「コハル、落ち着きなさい。坂田先生はシャーレの代表として、ティーパーティーからの正式な委託を受けて動いていらっしゃいます。規定上は何の問題もありませんよ。先生はこれより、彼女たちを導く補習授業部の担任になるのですから」
「う、ぐぐ……ま、まあ……ハスミ先輩がそこまで言うなら、一応の手続きとしては筋が通ってるのかもしれないけど……」
敬愛する先輩の言葉に渋々引き下がったコハルだったが、次の瞬間、何かを思いついたようにパッと表情を明るくした。
そして、ふ、ふふっ……と口元に両手を当て、見下すような意地の悪い笑みを浮かべ始める。
この小動物、一度自分に都合のいいポジションを確保したと確信すると、途端に調子に乗ってブレーキが効かなくなるタイプのようだ。
「……でも、いいザマね! こっちはこんな危険な凶悪犯たちと同じ空気を吸わずに済むわけだし! そもそも『補習授業部』なんて、成績不良の落ちこぼれが集まる底辺クラスでしょ? うわー、恥ずかしい! すっごくはっずかしー!」
コハルはくすくすと肩を揺らし、檻の中の二人と銀時を交互に指差しながら、勝ち誇ったように嘲笑の言葉を並べ立てた。
「いいんじゃないかしら? 反逆の悪党と、公然猥褻の変態のミラクルコラボレーション! そこに『バカ』という輝かしい称号まで合わさるなんて、まさにトリニティの恥晒し役満セットじゃない! ふふん、私ならそんな連中と一緒にいるだけで、恥ずかしくて顔から火を噴いて死んじゃうわ──」
「あー、コハルちゃん? その話なんだけどさァ」
銀時が面倒くさそうに片眉を上げ、懐から折り畳まれた紙切れをピラピラと揺らしながら、極めて平坦なトーンで告げた。
「お前も、その補習授業部の一員だからァ」
「………………え゛?」
ピシッ、と。
まるで空間そのものが凍りついたかのように、コハルの動きが完璧に静止した。
満面に浮かべていた勝ち誇った笑みが、そのままひきつった彫像のように固まり、瞳孔がカタカタと揺れ始める。
その隣で、ハスミは深く、重いため息をつきながら、人差し指の先を痛そうに自分の額へと当てて目を伏せた。
「……はい、補足させていただきますね」
ユウカが手元の端末を見下ろしながら、事務的な声で事実を読み上げる。
「正義実現委員会所属、一年生、下江コハル。直近の試験において、実に三回連続で合格基準点に達せず赤点を記録。ティーパーティーから渡された補習授業部の招集名簿に、あなたの名前がバッチリ記載されているわ」
「…………えええええええええええええええええええええ!!!!??????」
ここまで読んでくださりありがとうございます。
隔日でお届けするようになるかと思いますがこれからもよろしくお願いします。
遅ればせながら銀魂の日おめでとう、銀さん。