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「あーあ……静かな田舎の星で、死ぬまでゆっくり暮らしたいなー」
広大な宇宙の片隅にぽつんと浮かぶ、農業惑星『オティウム』。
どこまでも続くのどかな緑の地平線と、自動制御でぽつぽつと畑を耕すトラクターの音。宇宙一時間の流れが遅いんじゃないかってくらい平和なこの星の片隅で、アルマはベッドに寝そべりながら、天井に向かって深いため息をこぼした。
天賦の才。
この宇宙には、生まれながらにして常軌を逸した才能を持って生まれてくる人間がたまにいる。アルマも、まさにその一人だった。
他人が何十年も血の滲むような修行をしてようやく辿り着くような神速の剣技を、彼は教わりもしないのに最初から扱えた。どれほど強大な化け物や熟練の戦士が相手だろうと、視界に入った瞬間にその動きの「隙」がすべて理解できてしまう。文字通り、圧倒的な武の天才。
しかし、そんな最強の才能を持って生まれたアルマだったが、本人には宇宙の覇権を握る気も、銀河を救う正義の味方になる気もサラサラなかった。
彼の人生における唯一無二の切実な望みは、ただ一つ。
「美味しいものを食べて、誰にも邪魔されずにゴロゴロするスローライフを送りたい。……それだけなのにさぁ」
ベッドの上でごろんと寝返りを打ち、黒いラフなジャケットのフードを顔に被せる。
世界を救うだの、復讐だのという大層な目的のために命を燃やすなんて、アルマからすれば正気の沙汰ではない。早くどこか誰も来ないような辺境の星に小さな家でも建てて、毎日昼まで寝て、気が向いたら美味い酒を飲む。そんな隠居生活(ニートライフ)に入りたくてたまらなかった。
「でも、そのためにはお金がないじゃん。……世知辛いね, 本当に」
フードをずらし、ぽつりと呟く。
スローライフを送るにも、のんびりできるマイホームを建てる土地を買うにも、日々のメシを食うにも、この宇宙は金(信用ポイント)がかかる。世の中すべて、先立つものはキャッシュなのだ。
今のアルマの貯金残高は、理想のマイホームの基礎工事の半分の半分にも満たない。
はぁ、と本日何度目か分からないため息をつきながら、アルマは手元のスマートフォン型の携帯端末をだるそうにスクロールしていた。スターピースカンパニーが運営する宇宙規模の賞金首データベースをぼんやりと眺める。
「宇宙海賊『アイアン・ジョー』、懸賞金5万信用ポイント……。うわ、安っ。こいつ指名手配書の写真だとめっちゃ強そうだし、子分も30人くらい引き連れてるのに、たったの5万? 割に合わなすぎるでしょ。交通費で消えるわ」
アルマは愚痴をこぼしながら画面をフリックしていく。
彼はその天賦の才を活かして、たまにこうして賞金稼ぎのような真似をして日銭を稼いでいた。並み居る凶悪犯たちも、アルマの手にかかれば片手剣『ヘヴンズ』の一閃でサクッと片付いてしまう。
強さの基準で言えば、アルマはすでに宇宙のトップクラスに位置している。だが、彼のやりたいことは「強さを証明すること」ではなく「早く仕事を辞めること」なのだ。カンパニーの社畜が残業代を計算するような目で、毎日データベースとにらめっこしているのが日常だった。
「だめだなぁ、最近の宇宙は不景気なのかな。一発でドカンと稼げて、そのまま即引退できるような、そんな神様みたいな賞金首がどこかに転がってればいいのに……」
そんな、全宇宙の労働者が夢見るような怠惰な妄想を口にしていた、まさにその時だった。
ピキィン、と手元の端末が奇妙に一瞬だけ明滅した。
画面が強制的にブラックアウトし、次の瞬間、見たこともない真っ赤な警告色(アラート)と共に、ある『超特級指名手配情報』が最上部にポップアップした。
【指名手配:星核ハンター。生死不問。】
【カフカ:108億9900万信用ポイント】
【サム:97億2300万信用ポイント】
【刃:81億3000万信用ポイント】
【銀狼:51億信用ポイント】
【合算懸賞金──数百億信用ポイント】
「……ん? んんん!?」
アルマは思わず目をこすり、端末を顔に近づけた。
表示されている懸賞金の額の桁が多すぎだし、何より単位がバグっている。一、十、百、千、万……ではなく、一気に「億」にまで跳ね上がっているのだ。普通の賞金首が「万」の世界において、この数字は文字通り天文学的だった。
それは正真正銘、スターピースカンパニーの公式中央データベースが、その威信を懸けて弾き出した、銀河最高峰の賞金首たちの情報だった。
画面には、それぞれのメンバーの顔写真が次々とスクロールされていく。
どこか妖艶な笑みを浮かべ、こちらを見透かすようなコートの女性──カフカ。
重厚な装甲に身を包んだ、星を焼き尽くすと言われる謎の鎧──サム。
古びた大剣を背負い、世界のすべてに飽きたような死んだ目をしている男──刃。
サイバーチックなゴーグルをかけ、不敵に笑うクソガキそうな少女──銀狼。
彼らが訪れた星は漏れなく大災害に見舞われ、カンパニーの軍隊すら一瞬で壊滅するという、宇宙の天災とも呼ばれる最凶の犯罪組織。
普通の一介の賞金稼ぎや、カンパニーのベテラン防衛課職員であれば、この名前を見ただけで恐怖に指先が震え、即座にブラウザを閉じて見なかったことにするレベルの化け物たちだ。
しかし、画面を見つめるアルマの瞳は、恐怖とは全く別の意味でギラギラと輝き出していた。
「……待って。これ、この中から誰か一人でも捕まえてカンパニーに引き渡したら……その瞬間に、一生遊んで暮らせる貯金が手に入るんじゃね?」
全員合わせたら数百億。家どころか、馬鹿でかい豪邸を数個買ってスローライフを送ってもお釣りがくる。美味い酒を毎日浴びるように飲んで、毎日20時間睡眠をキープしても、死ぬまで金が尽きないレベルの超ド級の不労所得。
アルマにとって、星核ハンターという存在は「宇宙を脅かす恐怖のテロリスト」ではなく、「歩く最高級ラグジュアリーマイホーム(庭付き・プール付き)」にしか見えなくなっていた。
「決まりだ。これ以外の選択肢なんて存在しない!!」
アルマはベッドからバネのように跳ね起きると、部屋の隅に立てかけてあった愛用の片手剣『ヘヴンズ』を手に取った。
鞘に収まったその細身の剣は、彼がその天賦の才を振るうための唯一の相棒だ。普段は質量を感じさせないほど軽く、色は漆黒。
しかし彼の意思一つでどんな強敵の防御も容易く切り裂く、洗練された強者感のある片手剣。
それを無造作に背中に背負い、黒いジャケットのジッパーを上まであげる。フードをバサッと頭に被ると、アルマは不敵な、そして最高に現金な笑みを浮かべた。
「待ってろ、俺の未来のマイホーム! そしてマイネーム・イズ・星核ハンター!! 悪いな、俺の隠居生活のために全員まとめて換金されてくれ!」
こんな何もない田舎星でくすぶっている時間は1秒ももったいない。
目標が決まった瞬間のアルマの行動力は、普段のめんどくさがり屋な姿からは想像もつかないほど早かった。
彼は、今まで引きこもっていた農業惑星オティウムの、のどかな青空を文字通り『飛び出して』、星をまたぐ超空間へと漕ぎ出した。
行き先は、星核ハンターの最新の目撃情報がある場所──
カンパニーの富豪たちが夜な夜な狂う、欲望と黄金の観光惑星『エルドラド・セカンド』。
そう座標を設定し、数年前に買った比較的大きめな船に乗り出発した。