コロッサル•バウンティ   作:担々餅

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単発バイトっていいよね

 

 

全宇宙の富と贅沢が限界まで濃縮された、黄金の観光惑星『エルドラド・セカンド』。

 

 数日前までカンパニーの富豪たちが夜な夜な天文学的な額のチップを賭けて狂っていたその享楽の楽園は、今や見る影もない。

 

星核ハンターの急襲による大規模な爆破テロの余波によって、きらびやかだった超高層ビルの窓はことごとく叩き割られ、空気中にはいまだに重苦しく煙たい硝煙の匂いが霧のように立ち込めていた。

 

「……はぁ。世知辛い。マジで世知辛すぎるよ、この宇宙……」

 

場違いなほどに薄暗く、ネオンの光すら届かない場末の路地裏。

 

 ペイントの剥げかけた古びた鉄製ベンチに、アルマは文字通りがっくりと崩れ落ちるように頭を抱えていた。

 

 黒いラフな変形ジャケットのフードをこれでもかと深く被り、膝を抱えて長いため息を吐き出す。

 

そのジャケットの裾からチラリと覗く腰元には、あの狂暴な指名手配犯『刃』の放った狂気の剣撃を、右手一本の片手剣で事もなげに受け止め、あまつさえその強固な胸元を縦一文字に切り裂いた、細身の剣『ヘヴンズ』あった。

 

しかし、『ヘヴンズ』は主人の落ち込みっぷりに合わせるかのように、今は静かにカチャリと冷たい音を立てて揺れていた。

 

アルマの脳内は今、どす黒い絶望と未練で満ち満ちていた。

 

 星核ハンターの合算懸賞金『数百億信用ポイント』という、普通の人間なら卒倒するような天文学的な数字に目を眩ませ、独自のハッキングルートで時空座標を割り出し、この星まで鼻息荒く突撃したところまでは天才のそれだった。

 

だが、あと一歩で生け捕りにできるという絶好のタイミングで、あの忌々しいクソガキハッカーの空間転送ハッキングによって、獲物を煙のように逃してしまったのだ。

 

それでも、現場をこれだけ守り、指名手配犯を後退させたのだから、相応の「お駄賃」くらいは出るだろう。

 

そう信じて疑わなかったアルマは、現地のカンパニー防衛課の窓口へ向かった。

 

しかし、そこにいた高級そうなスーツを着た偉そうな役人たちから返ってきたのは、ガラス細工のように冷徹な一言だった。

 

『身柄の引き渡し、あるいは完全な死亡確認がとれなければ、規約上、報酬は一銭も支払えません』

 

 建前という名の無慈悲な壁を突きつけられ、書類を文字通り投げつけられるようにして追い出された。

 

だが、アルマのお金に対する執念は、そんなことで折れるほどヤワではない。

 

「いや、あの現場の役人がケチなだけで、頭が固いだけだろ。そうだ、カンパニーの総合カスタマーセンターとか、上のまともな窓口なら、この『刃の胸元を綺麗に切り裂いた決定的瞬間動画ログ』を提出すれば、少しは色をつけて前払いしてくれるはずだ……!」

 

アルマは一縷の望みを、それこそ蜘蛛の糸を掴むような必死さで、自身のボロい個人端末を握りしめた。

 

 スターピースカンパニーの総合カスタマーセンターへと通信を繋ぐ。

 

しかし、そこから始まったのは、気が遠くなるような「たらい回し」の地獄だった。

 

『豊穣の民に関するトラブルは1番を、星核ハンターに関する事案は4番を……』という無機質な自動音声を何度も聞き、その度にボタンを押し、別部署に繋がっては「あー、それはうちの管轄じゃないですね」と冷たくあしらわれ、保留音の安っぽい電子音楽を何十分も聞かされ続けた。

 

 ようやく、本当にようやく画面に映し出されたのは、ピシッとした制服に身を包んだ、いかにも「感情をマニュアルで削ぎ落としました」と言わんばかりの冷徹なカンパニーの事務対応オペレーターの顔だった。

 

『──大変お待たせいたしました。こちらスターピースカンパニーお問合せ総合窓口でございます。お客様から事前にご提出いただきました、惑星エルドラド・セカンドにおける戦闘動画ログ、および各種エネルギー測定データを、当専門部局にて厳密に精査いたしましたが……。大変遺憾ながら、結論から申し上げますと、お客様への報酬のお支払いは【不可能】という判断に至りました』

 

「なんでだよ!!」

 

アルマはベンチから思わず身を乗り出し、端末の画面に向かって叫んだ。

 

「現場の役人にも規約がどうとか言われたけどさ! よく見てくれよその動画! 俺があそこでらあいつの奴を食い止めなきゃさぁ、あいつはもっと大暴れしてカンパニーの超高級施設をいくつも消し飛ばしてたんだぞ!?」

 

怒りを露わにしながら続けてこう言う。

 

「 カンパニーの損失は数千億、いや数兆信用ポイントじゃ済まなかったろ! 危機を未然に防いだ防衛協力金とか、感謝状代わりに、ちょっとくらい前払いしてくれたっていいじゃん!」

 

『規約は規約でございます、お客様』

 

オペレーターは眉ひとつ動かさず、淡々と、しかし決定的な拒絶の言葉を並べ立てる。

 

『当カンパニーの広報および防衛賠償規約第801条に基づき、公認の賞金稼ぎ、あるいは契約関係にない個人の戦闘行為に対しては、指名手配犯の【完全な身柄拘束】、もしくは【生命活動の停止】がカンパニー指定の測定器によって確認されない限り、いかなる特例があろうとも報酬の支給は一切認められません。……なお、追加のご報告がございます』

 

「追加……? なんだよ、やっぱりお詫びのポイントでもくれるのか?」

 

『いえ。提出されたログを解析した結果、お客様の不法な戦闘行為……いわゆる、右手一本での過剰な衝撃波の放射により、周辺に設置されていたカンパニー所有の物資搬送用コンテナ3個が衝撃波に巻き込まれ、表面に「微損」が確認されております。』

 

無機質な声は続く。

 

『本来であれば器物破損による損害賠償を請求する案件ではございますが、今回は事態の特殊性を鑑み、当窓口の裁量にて請求を見送らせていただきます。以後、ご注意くださいませ』

 

「ちょっと待って、請求──」

 

『それでは、良い一日を。スターピースカンパニーは常にあなたと共にあります』

 

プツッ、ツーツーツー……。

 

「クソがぁぁぁぁぁぁッ!!! 誰が共にあるんだよ!! どの口が言いやがる!! 人の命がかかった戦いの後にコンテナの傷の心配してんじゃねえよ!!」

 

アルマは怒りのあまり、端末を地面のコンクリートに叩きつけそうになり──しかし、これを壊したら新しい端末を買う金すら残っていないことに気づき、寸前で涙目で思いとどまった。

 

 胸をバクバクと上下させながら、自身の所持金アカウントを確認する。画面に表示されている数字は、悲しいかな、片手で数えられるほどの小銭の額だけ。

 

その一方で、数年前に調達したはずの、今にも空中分解しそうなボロボロ宇宙シャトルの『高濃度燃料代の請求書』が、容赦のない赤文字で点滅していた。

 

「星核ハンターなんて、二度と相手にするか……! あんな命がいくつあっても足りねえ戦闘狂の相手をして、手に入るのがコンテナの心配をされる説教だけって、何の冗談だよ。カンパニーのあの現場の奴らも、窓口の女も、全員まとめて呪ってやる……」

 

「俺はただ、誰も来ないようなのどかで平和な田舎の星で、毎日昼過ぎまで泥のように寝て、美味い飯を食ってゴロゴロしたいだけなのに……。なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ……」

 

あまりの世知辛さに目頭が熱くなり、現実逃避のためにベンチにごろんと横たわり、ジャケットのフードを完全に顔に被せた。

 

 だが、そんなアルマの怒りと絶望をあざ笑うかのように、ポケットの中で端末が『ピピピッ』と、先ほどとは明らかに違う、軽快で華やかな電子音を鳴らした。

 

「あ? なんだよ……。カンパニーからの正式な督促状なら、今すぐブラックリストの底の底にぶち込んでやるからな……」

 

呪詛を吐きながらだるそうに端末を開き、フードの隙間から目を凝らしたアルマの身体が、次の瞬間、まるで電流が走ったかのように硬直した。

 

画面に映し出されていたのは、カンパニーが管轄する一般求人ネットワーク──

 

しかし、先ほどまでアルマをたらい回しにしていた無機質な一般窓口のページとは明らかに異なる、見たこともないほど豪華な、金の刺繍を思わせるアール・ヌーヴォー調のロゴマークが冠された『緊急・一般公募短期雇用案件』の特設ページだった。

 

『【1日限定・超高額単発案件】カンパニー特別管轄下のオリジナル惑星における、現地VIPの移動護衛および観光案内業務。年齢・経歴・種族一切不問。未経験者大歓迎。即日全額現金(信用ポイント)払い。報酬:星を丸ごと一個買い取れるレベルの莫大な信用ポイント、および特別ボーナスを支給』

 

「は……? ほ、星が買えるレベルの報酬……!? しかも1日限りの、単発の、ただのガイド兼護衛バイト……!?」

 

アルマの瞳が、一瞬にしてギラギラとした現金を宿した極彩色の輝きを取り戻した。

 

 ガタッと音を立ててベンチから跳ね起きると、貪るように画面の文字をスクロールしていく。

 

「嘘だろ……? 内容を何度読み返しても、星核ハンターの捕縛なんて命がけの不穏な任務は一文字も書いてない。ただの、現地のちょっとした遺跡だか、プライベートエリアだかを、お偉いさんの後ろにくっついて歩くだけのイージーワークじゃん!」

 

「 相手はテロリストじゃなくて、ただの金持ちの一般人だろ? しかもこれ、さっきのケチくさい防衛課やカスタマーセンターとは完全に別系統の部署が募集してる。これなら、あの冷血窓口の奴らに顔を合わせる気まずさも、コンテナの小言を言われる筋合いもねえ!」

 

アルマは口元をだらしなく歪ませ、早くも手に入る予定の莫大な不労所得の使い道を妄想し始めていた。

 

「星を丸ごと一個買えるなら、その星の王様になって毎日メイドをはべらせてサボり放題じゃん……!」

 

「よっしゃあ!! これだよこれ! 俺が求めていたのはこういう平和で、安全で、楽して稼げる単発バイトなんだよ! 秒で終わらせて、今度こそ永遠のニートになってやる!」

 

アルマは「待ってろよ俺のラグジュアリー隠居マイホーム!」と叫びながら、応募ボタンを壊れんばかりの勢いで連打した。画面には即座に『審査通過・契約成立。渡航座標を転送します』の文字。

 

 アルマは腰元の『ヘヴンズ』を嬉しそうにパチンと叩くと、路地裏を飛び出し、自分の安物シャトルへと全速力で駆けていった。

 

 

§ § §

 

 

同時刻。エルドラド・セカンドの最上層に位置する、一般人では一生かかっても宿泊費すら払えない最高級ホテルのロイヤルスイートルーム。

 

 ネオンの光を遮るように厚手のカーテンが引かれた薄暗い部屋の中、きらびやかで豪奢な、宝石がいくつも散りばめられた衣装を纏った一人の男がいた。

 

 男はカンパニー『戦略投資部』の中でも、独自の巨額資金と特権を動かすトップ層の一人。

 

波打つ鮮やかな金髪を指先で弄びながら、男は最高級の酒を傾け、手元のホログラムスクリーンに映し出される映像を眺めていた。

 

画面の中で再生されていたのは、アルマがさっき総合カスタマーセンターの窓口で、必死に青筋を立てて「金をくれ!」とゴネ倒し、冷たく切られて崩れ落ちていた哀れな通信ログ──。

 

 そして、そのすぐ隣でループ再生されているのは、エルドラドの爆発の中で「あの刃の放った一撃を右手一本の片手剣で完全に無力化し、その胸元を鮮やかに切り裂いた」、恐るべき天才の戦闘ログ映像だった。

 

「ふふ……。現場の無能な網から零れ落ちた、最高の『金の卵(バグ)』だ。実に興味深いね……」

 

豪華な指輪が嵌められた指先で、カジノチップを器用に、そして規則的にカチャカチャと反転させながら、金髪の男はその不敵な、獲物を値踏みするような色彩の瞳を細めた。

 

星核ハンターの刃を退けた、あの圧倒的な武力と規格外の剣技。それは見方によっては、宇宙のパワーバランスすらひっくり返し、運命の脚本すら書き換えかねない、計算不可能な特異点だ。

 

 現場の役人や総合窓口の者たちは、「規約」という目先の建前に縛られて彼の価値を見誤り、ただの不法戦闘者として冷たくあしらった。だが、この金髪の豪華な男が、その極上の不確定要素をただ見過ごすはずがなかった。

 

もし、この底の知れない少年を、勘のいい同僚や他の役員たちより先に、そして仙舟や星核ハンターといった他の巨大勢力に目をつけられて奪われる前に、我が部署の『専属戦力(お気に入り)』として、完璧に手懐け、囲い込むことができれば──

 

カンパニー内部における自身の発言力と支配権は、それこそ不動のものになる。

 

「エサを撒けばすぐに釣られる、現金主義で、実にシンプルで可愛い野良犬だ。ただ静かにスローライフを送りたいがために、その右手一本で世界の理をねじ曲げてみせるなんて、一体どんな贅沢な矛盾だろうね?」

 

男が愉しげにつぶやいたその時、部屋の隅の影から、衣服の擦れる音と共に部下の黒服が静かに跪いた。

 

『──ご報告いたします、アベンチュリン様。対象であるアルマが、先ほど我が部局の提示した、オリジナル惑星におけるダミーの「高額求人案件」に応募いたしました。現地の防衛システムおよびナビゲーションへのハッキングを確認。対象は現在、疑うことなく指定の星へ向けて移動を開始しております』

 

「そうか。お疲れ様。やっぱり、彼は期待を裏切らないね」

 

部下からの完璧な報告を聞き、豪華な金髪の男は、満足げに口元を歪めてクスリと妖艶に笑った。

 

彼が提示した「星が買えるほどの莫大な報酬」も、「ただの一般護衛」という気楽な名目も、すべてはアルマという稀代のバグを、自分の手の届くチェス盤の上へと誘い出すための、完璧な【ビジネス(大義名分)】という名の罠。

 

 一度応募し、契約書にサインをしてしまえば、そこから先はカンパニーの法規と、男の巧みな誘導の独壇場だ。契約という名の目に見えない底なしの鎖で、その規格外の武力をじわじわと縛り付け、自分の隣に置いておくための、完璧なゲームが今、始まったのだ。

 

「さぁ、楽しもうか。君が僕の部署の専属になる価値があるかどうか……僕が用意したオリジナル惑星のステージで、じっくりとその首輪の硬さを試させてもらうよ」

 

金髪の男は、手の中で弄んでいたカジノチップを空中へ高くパチンと弾いた。チップは美しい放物線を描き、男のグラスの中へと音を立てて落ちていく。

 

本人はただ、早く大金をもらって、誰も自分を知らない田舎の星で一生遊んで暮らしたいだけ。

 

 それなのに、宇宙の超巨大権力であるカンパニーのトップ層までもが、その圧倒的な腕前に目をつけ、ビジネスや管理という「完璧な大義名分」の裏にアルマという存在への特大の執着と独占欲を隠し、その包囲網を、確実に、そして逃げ場のないほど甘やかに狭めていく。

 

 

 

 

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