この星はサクッと終わらせます。
星核ハンターとイチャイチャさせたいので。
やべぇなこの星
惑星パクス。
この星の名前を知る者は、この広大な宇宙においてごくわずかだ。
スターピースカンパニーが管轄する無数の惑星の中でも、その存在はカンパニーの上層部と、特別な許可証を持つ一握りの関係者にのみ開示される、完全な機密扱いとなっている。星間ネットワークのどこを検索しようとも、パクスの名前はヒットしない。カンパニーの一般社員ですら、その存在を知らない。
表向きの理由は「極めて機密性の高い次世代AI研究の保護」。
しかし実のところ、それ以上に都合が良かったのは、この星の存在を秘匿しておくことで、カンパニー内部の特定の人間たちが「知る者だけが得をする」という甘い蜜を独占できるという点だった。
外観は、宇宙のどこを探しても類を見ないほど無機質だ。
星の表面を覆うのは、白と銀色に統一されたカンパニー製の人工建造物だけ。土も、草も、木の一本すらも存在しない。生命の気配というものが根こそぎ排除されたような、徹底的に設計された人工の星。空は本来の色を持たず、AIによって管理・制御された人工照明が、一定のサイクルで「昼」と「夜」を作り出している。今この瞬間も、頭上には均一な白みがかった光が降り注いでいるが、それは太陽の温もりとは似て非なる、どこまでも冷たく、計算された光だ。
そして常に、薄い霧のようなものが星全体に漂っている。研究施設から排出される冷却ガスが大気に混じったものだという話だが、その霧のせいで遠くの建造物の輪郭はぼんやりとにじみ、視界は常に数百メートル先から白く霞んでいる。まるでこの星そのものが、外の世界から自らを隠したがっているかのようだった。
「……うわ。最悪」
シャトルのハッチが開いた瞬間、アルマの口から出た第一声がそれだった。
黒いラフなジャケットのフードを深く被ったまま、タラップを降りながらぐるりと周囲を見渡す。白。銀。白。銀。カンパニーのロゴマーク。白。銀。カンパニーのロゴマーク。緑、ゼロ。
「なんだここ。緑が一本もないじゃん。息が詰まる。俺、田舎の星出身だから緑がないと落ち着かないんだよね……。こんな星で隠居生活とか絶対無理だわ」
ぼそぼそと独り言を垂れながら、アルマは着陸ポートから伸びる白い通路をだるそうに歩いていく。
通路には、等間隔でカンパニーの制服を着た研究員らしき人物たちが行き交っていたが、誰一人としてアルマと目を合わせない。雑談もない。笑い声もない。みんながみんな、無表情のまま自分の作業だけに集中していた。まるで全員の感情スイッチが、この星に足を踏み入れた瞬間からオフになっているかのようだ。
「……なんか、みんな死んだ目してるな。刃みたいな目してる。ここの研究員、大丈夫か?」
アルマが首を傾けた、まさにその時だった。
「やあ、よく来てくれたね」
通路の先から、軽やかな足音と共に、その声は聞こえてきた。
波打つ鮮やかな金髪。宝石がいくつも散りばめられた豪奢な衣装。手の中でカジノチップをカチャカチャと規則的に反転させながら、獲物を値踏みするような色彩の瞳を細めて微笑む男。
アベンチュリン。
カンパニー戦略投資部のトップ層に君臨する男が、まるで旧来の友人を迎えるかのような、しかしどこか底の見えない笑みを浮かべてアルマの前に立っていた。
「……あんたが今回の依頼主か」
アルマはフードの隙間からアベンチュリンをじっと見つめ、一言そう言った。
華やかな外見と、纏う空気の温度が全く噛み合っていない。笑顔なのに、目が笑っていない。
アルマの天賦の才は戦闘の「隙」を見抜くためのものだが、それとは別の何か、本能的な部分が「この男には気をつけろ」と静かに警鐘を鳴らしていた。
「そう警戒しないでくれよ。君を騙したり、危ない目に遭わせたりするつもりは毛頭ない。ただ……少し、君の実力を見せてもらいたくてね」
「実力を見せる? 俺が応募したのはただの護衛兼観光案内のバイトだぞ。観光地を一緒にぶらぶら歩いて、何かあったら守るってだけの」
「もちろん、その通りだよ」
アベンチュリンは肩を竦めて、手の中のチップをパチンと弾く。
「今日のところはね。さあ、まずは施設の中を案内しよう。惑星パクスへようこそ、アルマ」
その笑顔には、裏も表も、何もかもが綺麗に塗り固められていた。
§ § §
惑星パクスの中枢研究施設『コア・ゼロ』。
その名の通り、この惑星のすべての機能と情報が集約された、巨大なドーム型の建造物だ。外壁にはカンパニーのロゴが大きく刻まれており、入口には複数段階の生体認証スキャナーが設置されている。
アルマが通過する度に赤いレーザーが全身を舐めるように走り、その度にアルマは「なんか検査されてる虫みたいで嫌だな」と顔をしかめた。
「ここで開発されているのは、カンパニーが次世代の戦略中枢として位置づける超高度AIなんだ」
施設内を歩きながら、アベンチュリンは滑らかに説明する。その声は、まるで観光ガイドのように穏やかで、しかし一言一句に確固たる自信が滲んでいた。
「名前は『PAXIS(パクシス)』。現時点でカンパニーの情報処理能力の数千倍の演算速度を持ち、完成すれば宇宙規模の経済・情報・戦略のすべてをリアルタイムで最適化できる。要するに……このAIを手中に収めた者が、カンパニーの実質的な意思決定を握ることになる」
「……ふうん」
アルマの返答は実にそっけなかった。
「で、そのAIを護衛するのが俺の仕事ってこと?」
「君には、このPAXISの最終調整フェーズの間、施設内の安全確保と、視察に来る一部のVIPの護衛をお願いしたい。単純な話だよ」
「単純ねぇ」
アルマはだるそうに返しながら、施設内をぐるりと見回した。
通路の壁一面に埋め込まれた無数のモニターに、複雑な数式とデータのストリームが絶え間なく流れている。研究員たちはやはり無言で作業を続けており、二人が通り過ぎても誰一人として顔を上げない。
「なあ、一個聞いていいか」
「どうぞ」
「ここの研究員、全員ロボットか? 誰も喋らないし、笑わないし、俺たちのこと完全に透明人間扱いしてるんだけど」
アベンチュリンは小さく笑った。
「彼らはただ、自分の仕事に集中しているだけだよ。パクスに配属された研究員は、全員がカンパニーの中でも選りすぐりの頭脳を持つ人材だ。余計なことに気を散らす必要がない、ということさ」
「……なんか可哀想だな」
アルマはぽつりと言った。
「一生こんな緑もない、息の詰まる星で、笑いもしないで研究だけしてるって。俺だったら三日で発狂するわ。やっぱり人間は昼まで寝て、美味い飯食って、ゴロゴロできてナンボだよ」
アベンチュリンは一瞬、何かを考えるように目を細めた。
「……君は本当に面白いね」
「褒めてる?」
「もちろん」
「じゃあ報酬に上乗せしてくれ」
「ハハッ、考えておくよ」
施設の奥へと続く白い通路を歩きながら、二人の会話だけが冷たい空気の中にぽつぽつと溶けていく。
やがてアベンチュリンが足を止めたのは、施設の最深部に位置する、ひときわ厳重なセキュリティゲートの前だった。
「ここがPAXISのコアルームだ」
ゲートが静かに左右に開くと、その奥に広がっていたのは、息を飲むような光景だった。
巨大な球体状の演算コアが、部屋の中央に浮遊するように鎮座している。
その表面には無数の光の線が走り、まるで生きているかのように脈動していた。コアから放たれる青白い光が部屋全体を満たし、周囲に配置された無数のモニターには、想像を絶する速度でデータが流れ続けている。
「……でっかいな」
アルマの感想は、やはりそっけなかった。
「宇宙規模の演算をするんだから、それなりのサイズが必要でね」
「これが完成したら、俺の仕事は終わりか?」
「最終調整が完了次第、即日報酬を支払う。約束通りにね」
アルマはコアをぼんやりと眺めながら、頭の中で報酬の使い道を計算し始めた。星が丸ごと一個買えるレベルの信用ポイント。
どこか人里離れた辺境の星を買い取って、庭付きの家を建てて、毎日昼過ぎまで泥のように眠って、美味い酒を浴びるように飲んで、永遠に働かない生活。
「……面倒くさそうだから早く終わってくれますよーに」
アルマは青白く輝くコアに向かって、心の底からそう呟いた。
§ § §
同時刻。コア・ゼロの正面エントランス。
施設の霧の中から、一台の小型シャトルが静かに着陸した。
タラップを降りてきたのは、カンパニーの戦略投資部に所属する女性、トパーズだった。整った所作で施設全体を一瞥し、その抜け目のない瞳が、エントランスに停まっているアベンチュリンのシャトルをしっかりと捉えた。
「アベンチュリンが先に動いたのね……」
トパーズは口元に薄い笑みを浮かべた。それは、ビジネスの匂いを嗅ぎつけた時だけ宿る、彼女特有の表情だった。
生体認証スキャナーを難なく通過し、施設内へと歩を進める。彼女がここに来た理由は、公式には「PAXIS最終調整フェーズの進捗視察」だ。しかしその目的の、本当の核心は別のところにあった。
エルドラド・セカンドの爆破テロの映像ログ。
それは、すでにカンパニーの上層部の間で静かに、しかし確実に話題になっていた。星核ハンターの刃を、右手一本の片手剣で完全に受け止め、その胸元を鮮やかに切り裂いてみせた、正体不明の少年。
トパーズはその映像を、一時停止とリプレイを繰り返しながら何度も見た。
投資家としての直感が、これ以上ないほど明確に告げていた。
あれは、買いだ、と。
施設の奥から、アベンチュリンの軽やかな声と、それに対してそっけなく返す、別の若い男の声が微かに聞こえてくる。トパーズはその声の方向へ、ゆっくりと、しかし一歩も無駄にせず歩いていった。
廊下の角を曲がった先で、トパーズはアベンチュリンと、黒いジャケットにフードがある少年と、正面から鉢合わせた。
「おや、トパーズ。君も視察に来たのかい?」
アベンチュリンの声は穏やかで、微笑みは完璧だった。しかしトパーズの目には、その笑顔の奥で瞬時に走った、かすかな警戒の色がしっかりと映っていた。
「ええ、もちろん。PAXISの進捗が気になってね」
トパーズも同様に、完璧な微笑みを返す。
二人の間に、一瞬だけ、見えない火花のようなものが散った。
「……この人誰?」
その空気を微塵も読まないまま、アルマがフードの隙間からトパーズを見てぼそりと呟いた。
「カンパニーの戦略投資部のトパーズよ。よろしくね」
トパーズはアルマに視線を移し、にこりと微笑んだ。その瞳は、新しい投資先を発見した時のそれと全く同じ輝きを帯びていた。
「……ふうん」
アルマの返答は、アベンチュリンへの時と全く同じ温度だった。
「俺、報酬もらったら帰るんで。よろしくどうも」
トパーズはその一言を聞いて、静かに、しかし確実に、心の中で何かを決めた。
施設の深部では、PAXISの演算コアが今この瞬間も静かに、しかし着実に、その処理速度を上げ続けていた。