コロッサル•バウンティ   作:担々餅

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腹が減っては、なんたらかんたら

 

 

 

惑星パクスに降り立って、まだ半日も経っていない。

 

それなのに、アルマはすでに三回、自分の仕事の範囲が知らないうちに増えていることに気づいていた。

 

最初の依頼内容は、「現地VIPの移動護衛および観光案内業務」。シンプルで、イージーで、星が買えるレベルの報酬に対して申し訳ないくらい楽な仕事のはずだった。

 

しかし現実はどうだ。

 

「アルマ、せっかくだからPAXISのサブルームも案内しようか。君のような人材には、このプロジェクトの全貌を把握しておいてもらった方が何かと都合がいい」

 

「アルマ、第三研究棟の巡回もお願いできるかしら。あそこの警備、少し手薄な気がして」

 

気がつけば、アベンチュリンとトパーズの二人から、次々と「ついでの仕事」が上乗せされていた。しかも二人とも、まるで示し合わせたかのようなタイミングで、交互に新しいタスクをねじ込んでくるのだ。

 

「……なあ」

 

アルマは施設の通路の真ん中で立ち止まり、黒いジャケットのフードをかぶり直しながら、隣を歩くアベンチュリンに向かって低い声で言った。

 

「俺の今日の仕事、最初の説明から三倍くらいに増えてる気がするんだけど」

 

「気のせいだよ」

 

「絶対気のせいじゃない」

 

「報酬は約束通り支払うから安心して」

 

「……まあ、それならいいか」

 

アルマはため息をついて、また歩き出した。報酬さえ変わらないなら、多少の仕事の増加には目を瞑る。それがアルマの処世術だった。

 

しかしその数歩後ろで、トパーズがアベンチュリンに向かって、極めて穏やかな、しかし有無を言わせない声で言った。

 

「アベンチュリン、第三研究棟の巡回は私がお願いしたのだけど」

 

「ああ、そうだったね。でも彼の動線的に、PAXISのサブルームを先に案内した方が効率的だと思ってね」

 

「効率的、ね。随分と親切な計らいだこと」

 

「お互い様じゃないか、トパーズ」

 

二人の間に、また見えない火花が散った。

 

「そういえば」とトパーズは続けた。その声は相変わらず穏やかで、笑顔も崩れていない。

 

「午後の第二研究棟の視察、アルマに同行してもらおうと思っているのだけど」

 

「残念だけど、午後は僕がPAXISのコアルームの最終確認に彼を連れて行く予定でね」

 

「あら、そんな予定、さっきまでなかったと思うけれど」

 

「今決めたことだからね」

 

「まあ、素早いこと」

 

トパーズはくすりと笑った。しかしその瞳は全く笑っていない。

 

「ねえアベンチュリン、一つ聞いてもいいかしら。あなた、彼をどう使うつもり?」

 

「使う、なんて人聞きの悪い言い方だね。ただ、適切な場所に適切な人材を配置したいと思っているだけだよ」

 

「適切な場所、ね。それがあなたの手の届く範囲、ということかしら」

 

「トパーズこそ、随分と熱心じゃないか。君こそ、どうしてただの護衛人材にここまで興味を持つんだい?」

 

「投資家は、価値あるものを見極めるのが仕事よ。そしてあの子は、今この宇宙で最も価値のある『未開拓の資産』だと思っているの」

 

「未開拓の資産、か。なかなか詩的な表現だね」

 

「あなたこそ。『専属戦力』なんて呼び方、随分と所有欲が透けて見えるけれど」

 

アベンチュリンは一瞬だけ目を細めた。それは、ほんの一瞬のことで、次の瞬間にはもう完璧な笑顔が戻っていた。

 

「……僕たちは似た者同士だね、トパーズ」

 

「そうね。だからこそ、譲る気はないわ」

 

「奇遇だね、僕もだよ」

 

二人は同時に、示し合わせたように前を向いた。その先では、アルマが二人の会話など全く聞いていないかのように、通路の壁のモニターをぼんやりと眺めながらだるそうに歩いていた。

 

「……あのさ」

 

アルマは前を向いたまま、ぽつりと言った。

 

「二人とも、なんか俺のことで色々言い合ってるっぽいんだけど」

 

アベンチュリンとトパーズが、同時に微かに息を飲んだ。

 

「気のせいだよ」

 

「気のせいよ」

 

「……そうか」

 

アルマは特に追及することなく、また前を向いた。

 

「まあいいけど。報酬さえもらえれば、俺はどっちでもいいから」

 

その一言に、アベンチュリンとトパーズは再び顔を見合わせた。二人とも、表情は穏やかなままだ。しかしその瞳の奥に、「どっちでもいい、という言葉を、そのままにしておくつもりはない」という、静かで確固たる意志が宿っていた。

 

アルマは全く気づかないまま、早く報酬をもらって帰ることだけを考えながら、白い通路を歩き続けた。

 

§ § §

 

コア・ゼロの第二研究棟。

 

アルマが巡回のついでにぼんやりとモニターを眺めていた、その時だった。

 

ピタリ、と。

 

施設全体の空気が、一瞬だけ止まった気がした。

 

次の瞬間、通路の壁一面に埋め込まれたモニターが、一斉にブラックアウトした。

 

ざわ、と研究員たちの間に動揺が広がる。しかし、それはまだ序の口だった。

 

『外部通信、遮断。外部通信、遮断。全回線、応答なし』

 

施設の天井スピーカーから、PAXISの無機質な電子音声が淡々と告げた。

 

「んあ?」

 

アルマは眉を上げた。

 

通路の奥から、研究員の一人が血相を変えて走ってくる。

 

「外部との通信が全部切れました! カンパニー本部にも、他の惑星にも、どこにも繋がりません! このままでは──」

 

「落ち着いて」

 

トパーズの声が、パニックになりかけた研究員を静かに制した。しかし、その声は普段より僅かに硬かった。

 

アベンチュリンは手の中のチップの動きを止め、目を細めた。

 

「PAXIS、状況を説明しろ」

 

『外部通信の遮断は、当システムの自律的判断によるものです。外部からの不規則なデータ入力を「ノイズ」と判定し、演算の最適化のため、一時的に外部接続を切断しました。問題はありません』

 

「……問題はない、か」

 

アベンチュリンは静かに、しかし明確な緊張を声に滲ませながら繰り返した。

 

施設内の研究員たちは、一様に顔を青ざめさせていた。PAXISが「自律的判断」で外部通信を遮断するなど、設計上あり得ないことだった。このAIは、まだ最終調整フェーズの途中だ。

 

自律的な判断を行えるレベルには、達していないはずだった。

 

「……あの」

 

そんな中、アルマが気の抜けた声を上げた。

 

「俺、ちょっと見てきていいか」

 

全員の視線がアルマに集まった。

 

「PAXISのコアルーム、さっき案内してもらったじゃん。あそこのモニターに、なんか変なデータの流れ方してるとこがあったんだよね。気になってたんだけど、もしかしてそれ関係してるんじゃないかと思って」

 

「……変な流れ方?」

 

アベンチュリンの眉が、僅かに上がった。

 

「なんか一箇所だけ、他と違うリズムで点滅してた。川の流れに、一個だけ逆向きに泳いでる魚がいるみたいな感じで。なんか嫌な感じがしたから覚えてた」

 

研究員たちが、互いに顔を見合わせた。

 

「……そのような異常は、我々の監視モニターには引っかかっていませんでしたが」

 

「俺の勘がそう言ってるから、たぶん合ってる」

 

アルマはそれだけ言って、さっさとコアルームの方向へ歩き出した。

 

トパーズはその背中を見つめながら、小さく息を飲んだ。アベンチュリンは一拍置いてから、静かにアルマの後に続いた。

 

§ § §

 

PAXISのコアルーム。

 

青白い光を放つ巨大な演算コアは、さっきよりも明らかに脈動のリズムが速くなっていた。まるで熱を持った生き物が、荒く息をしているかのように。

 

アルマはコアの周囲をゆっくりと一周しながら、壁面のモニター群を無言で眺めた。

 

研究員たちが「異常なし」と判断したデータの海の中に、アルマの目だけが、明確に「違う」と感じるものを探していた。

 

戦闘における天賦の才。それは、無数の情報の中から「隙」を見抜く力だ。剣の軌道の乱れ、重心のわずかなブレ、呼吸のリズムの乱れ──そういった「本来あるべき流れからの逸脱」を、アルマは生まれながらにして感知できた。

 

そしてその才能は今、戦場ではなくデータの海の中でも、静かに機能していた。

 

「……あった」

 

アルマはコアの右側面、床から1メートルほどの高さに設置された小型のサブモニターの前で足を止めた。

 

画面には、一見すると他のモニターと全く同じデータストリームが流れている。しかし、アルマの目には、そのデータの波に混じった、極めて微細な「逆流」がはっきりと見えていた。

 

「ここだ」

 

「……何が見えているんだ、君には」

 

アベンチュリンが、初めて本当の意味で驚いた声を出した。

 

「なんか知らんけど、ここだけデータが逆方向に流れてる。他は全部右から左なのに、ここだけ左から右に向かって、細い流れが混じってる。たぶんこれがPAXISに変な信号を送り続けてる原因じゃないか」

 

研究員の一人が、震える手でサブモニターの解析を始めた。数十秒後、その顔から血の気が引いた。

 

「……本当だ。極めて微細な逆流信号が、PAXISのコアに断続的に送信されています。発信源は……施設内部です。誰かが、内部から意図的にPAXISに干渉している」

 

室内の空気が、一瞬で凍りついた。

 

「内部から?」

 

トパーズの声が、鋭く細くなった。

 

「カンパニーの関係者以外、この星には入れないはずよ。つまり……」

 

「内通者がいる、ってことだな」

 

アルマはあっさりと言ってのけた。

 

「で、この逆流信号、止めればいいんだろ」

 

「止める、と言っても、発信源を特定して物理的に遮断しなければ──」

 

「どこから出てる?」

 

研究員が慌てて座標を割り出す。

 

「第四研究棟、地下二階の補助電源ユニットです。そこに何らかの外付けデバイスが接続されている可能性が」

 

「わかった、行ってくる」

 

「待って」

 

トパーズが一歩前に出た。

 

「危険よ。内通者がいるなら、そこには人がいる可能性がある」

 

「だから俺が行くんでしょ」

 

アルマはフードを目深に被り直し、腰元の『ヘヴンズ』の柄に軽く触れた。

 

「護衛の仕事に含まれてる範囲だろ、これくらい。報酬変わらないなら、さっさと片付けて早く帰りたいし」

 

それだけ言って、アルマはコアルームを出て行った。

 

残されたアベンチュリンとトパーズは、一瞬だけ互いの顔を見合わせた。

 

「……行かせていいの?」

 

「止められるとは思えないけどね」

 

アベンチュリンは手の中のチップを、ゆっくりと再び回転させ始めた。その目は、アルマが消えた通路の方向を静かに見つめていた。

 

§ § §

 

第四研究棟、地下二階。

 

通常の研究員が立ち入ることのない、補助電源ユニットが並ぶ薄暗いフロアだ。非常灯だけが赤く点滅し、無数の配管とケーブルが天井から垂れ下がっている。

 

アルマは音を立てずにフロアへと降り立った。

 

天賦の才が、すでに「気配」を捉えていた。

 

二人。息を殺して、補助電源ユニットの陰に隠れている。

 

アルマはため息を一つついてから、だるそうに口を開いた。

 

「隠れてても無駄だぞ。二人とも、ユニットの陰にいるのわかってるから」

 

沈黙。

 

それから、観念したように二人の人影がゆっくりと姿を現した。カンパニーの研究員の制服を着ているが、その表情は明らかに通常の研究員とは違う、張り詰めた緊張感を帯びていた。

 

「カンパニーの別部署から来た工作員、ってとこか」

 

アルマは二人を見ながら、あっさりと言った。

 

「PAXISのデータを抜き取るために、内部から信号を送り続けてた。合ってる?」

 

二人のうちの一人が、懐から武器を取り出した。

 

「……正解だ。だが、ここで止まれ。お前一人では」

 

「一人で十分だよ」

 

アルマは『ヘヴンズ』を鞘から抜かないまま、ただ一歩前に踏み出した。

 

その瞬間、天賦の才が二人の動きの「隙」を完全に把握した。右の男は右腕の筋肉が僅かに緊張している。左の男は重心が前に傾いている。両方、あと0.3秒で動く。

 

アルマは0.2秒で動いた。

 

§ § §

 

地下二階の補助電源ユニットに接続されていた外付けデバイスが取り外され、PAXISへの逆流信号が完全に遮断されたのは、アルマがフロアに降り立ってから、わずか四分後のことだった。

 

「外部通信、復旧。全回線、正常稼働を確認」

 

PAXISの無機質な電子音声が、施設全体に響き渡った。

 

コア・ゼロのモニタールームで、研究員たちの間にどっと安堵のため息が広がる。

 

地下二階から上がってきたアルマは、二人の工作員を床に転がしたまま引きずってきて、カンパニーの警備員に引き渡すと、何事もなかったかのようにフードを被り直した。

 

「終わった。飯食っていいか」

 

「……今のは、何分かかった?」

 

トパーズが、静かな声でそう聞いた。

 

「四分くらいじゃないか。腹が減ってたから早めに終わらせた」

 

トパーズはその言葉を聞いて、一瞬だけ目を閉じた。

 

四分。カンパニーの精鋭部隊が動いていれば、最低でも二十分はかかる案件だ。それを、この少年は腹が減っていたという理由で四分で片付けた。

 

「アルマ、少し話があるのだけど」

 

「報酬の上乗せの話なら聞く」

 

「……そうね、その方向で考えましょうか」

 

トパーズが笑みを深めたその瞬間、アベンチュリンがすかさず割り込んだ。

 

「残念だけどトパーズ、彼は今日、僕の依頼で動いている。業務時間外の個別交渉は、契約規約上認められていないんじゃないかな」

 

「あら、規約の話をするの? 随分と真面目なのね、今日に限って」

 

「いつだって真面目だよ、僕は」

 

「そう。じゃあ真面目に聞くけれど、アルマの契約書には『業務時間外の他部署との会話の禁止』なんて条項、あったかしら」

 

アベンチュリンは一瞬だけ沈黙した。その沈黙は、ほんの一秒にも満たないものだったが、トパーズはその隙を見逃さなかった。

 

「なかったわよね。つまり、私がアルマと話すことに、何の問題もないわ」

 

「……相変わらず細かいね、トパーズ」

 

「投資家は細部に価値を見出すものよ」

 

トパーズはアルマに向き直り、にこりと微笑んだ。

 

「アルマ、今の報酬に加えて、私の部署から別途、特別ボーナスを支払う用意があるわ。条件は一つだけ。今後、何かあった時に私の依頼を優先的に受けてくれること。どうかしら?」

 

アルマは少し考えた。

 

「今の報酬の、どのくらい上乗せ?」

 

「三割増し」

 

「……悪くない」

 

「五割増しにしよう」

 

アベンチュリンが即座に言った。

 

トパーズの眉が僅かに上がる。

 

「六割」

 

「七割」

 

「八割」

 

「……」

 

アルマは二人の顔を交互に見た。二人とも、完璧な笑顔のまま微動だにしない。

 

「なあ」

 

アルマはフードの奥から、真顔で言った。

 

「俺の取り合いしてる?」

 

「「気のせいだよ(よ)」」

 

二人の声が、完璧にハモった。

 

アルマはしばらく二人を見つめた後、深いため息をついた。

 

「……報酬が一番高い方に従う。それでいいか」

 

アベンチュリンとトパーズは、またしても同時に相手の顔を見た。二人の目に、同じ温度の火が灯っていた。

 

「十割増し」

 

「十割増しと、専用シャトルの提供」

 

「十割増しと、専用シャトルと、好きな星への優先渡航権」

 

「ちょっと待って」

 

アルマが手を上げた。

 

「好きな星への優先渡航権って、それ隠居用の星を探すのに使えるやつか?」

 

「もちろん」

 

トパーズが間髪入れずに答えた。

 

アルマの瞳が、一瞬だけギラリと輝いた。

 

「……それ、マジ?」

 

「カンパニーの名にかけて」

 

アルマはしばらく沈黙した。その沈黙の間、アベンチュリンが何か言う前に、アルマはぼそりと呟いた。

 

「隠居用の星が見つかったら、即引退する条件でいいか」

 

「……構わないわ」

 

トパーズは微笑んだ。ただし、その笑みの奥で「その時が来るまでに、たっぷり働いてもらう」という計算が静かに回っていることは、顔には出ていなかった。

 

アベンチュリンは一瞬だけ目を細めた。そして、静かに口を開いた。

 

「同じ条件を、僕も提供しよう。それに加えて、パクスの最高級ゲストルームを今夜から無償で提供する。ベッドのサイズは宇宙最大級だよ」

 

「……ベッドのサイズは関係ある?」

 

「君はゴロゴロするのが好きなんだろう?」

 

アルマはまた少し考えた。

 

「……両方から貰えるか?」

 

「「ダメだよ(よ)」」

 

また完璧にハモった。

 

アルマは盛大なため息をついて、天井を仰いだ。

 

「……じゃあ、今夜一晩考える」

 

「それで構わないよ」

 

「ゆっくり考えてね」

 

二人は同時に、穏やかに微笑んだ。

 

その笑顔の奥で、今夜中にアルマを自分の側に引き込むための算段を、それぞれが静かに、そして抜け目なく始めていることは、お互いに完全にわかっていた。

 

アルマは二人に背を向け、食堂へと歩き出した。

 

「……早く飯食って寝よ」

 

その背中は、心底疲れたように丸まっていた。

 

施設の深部では、通信を取り戻したPAXISの演算コアが、再び静かに脈動し始めていた。しかしその光の揺らぎは、遮断前よりも僅かに、しかし確実に、不規則になっていた。

 

 

 

 

 





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