コロッサル•バウンティ   作:担々餅

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あ、これあかんやつや

 

 

その夜、惑星パクスは静かだった。

 

正確には、「静かに見えた」と言うべきかもしれない。

 

コア・ゼロの最上階に設けられたゲストルーム。アベンチュリンが約束通り用意した「宇宙最大級のベッド」は、確かに馬鹿げたサイズだった。アルマが大の字に寝転がっても、四方に余裕があるほどの広さ。マットレスの沈み込みは、まるで雲の上に寝ているかのように柔らかかった。

 

「……悪くない」

 

アルマはフードを外し、天井を眺めながらぼそりと呟いた。

 

報酬の件はまだ決めていない。アベンチュリンとトパーズ、どちらの条件を取るか。両方から貰えないのは確認済みだ。正直、甲乙つけがたい。隠居用の星への優先渡航権は魅力的だが、アベンチュリンの宇宙最大級ベッドも捨てがたい。毎日これで寝られるなら、それはそれでスローライフの一形態と言えなくもない。

 

「……いや、待て。俺は隠居したいんだ。ベッドのサイズで人生の方向性を決めるな」

 

自分に言い聞かせながら、アルマは目を閉じた。

 

明日には答えを出す。今夜はとにかく寝る。久しぶりにまともなベッドで眠れるのだから、それだけでも今日来た価値はあった。

 

まぶたが重くなり、意識が遠のいていく。

 

田舎の星の、緑の地平線。自動制御のトラクターの音。昼過ぎまで寝て、美味い酒を飲んで、誰にも邪魔されない穏やかな午後──

 

ピィィィィィン。

 

「……んあ」

 

甲高い警報音が、アルマの意識を現実に引き戻した。

 

一度だけ、と思っていたら、次の瞬間には施設全体に鳴り響く、耳をつんざくような連続警報に変わっていた。

 

『緊急アラート。緊急アラート。PAXISによるセキュリティシステムの強制掌握を確認。全区画のドアロックが起動しました。施設内の全員は現在位置で待機してください』

 

「……は?」

 

アルマはベッドから跳ね起きた。

 

部屋のドアに駆け寄り、開こうとする。ビクともしない。電子ロックが完全に固定されていた。

 

「マジか」

 

アルマはドアを一瞥してから、腰元の『ヘヴンズ』の柄に手をかけた。

 

剣の切っ先をドアの隙間に差し込み、電子ロックの機構を狙って、ピンポイントで力を込める。パキン、と小気味いい音がして、ドアが静かに開いた。

 

「電子ロックって、こういうもんだよな」

 

アルマはそう言い、廊下へと踏み出した。

 

§ § §

 

廊下は、異様な空気に包まれていた。

 

壁一面のモニターは全て真っ赤な警告色に染まり、天井の照明は白から不気味な赤へと切り替わっている。研究員たちの声が、あちこちの部屋から聞こえてきた。ドアを叩く音、助けを求める声、パニックになって叫ぶ声。

 

アルマは走りながら、手当たり次第にドアの電子ロックをこじ開けていった。

 

「落ち着け、今開ける」

 

「あ、ありがとうございます! PAXISが突然──」

 

「わかった、とにかく中央モニタールームに集まれ。走れるか?」

 

研究員が頷くのを確認して、アルマはまた次の部屋へと向かう。

 

三つ目の部屋を開けたところで、アルマの天賦の才が、廊下の奥から迫ってくる「何か」を感知した。

 

重い。金属の、重い足音。一つではない。複数。しかも、そのリズムが人間のそれではなかった。

 

角を曲がった先から姿を現したのは、コア・ゼロの防衛用に配備されていたはずの重装甲ロボットだった。全高二メートルを超える鋼鉄の巨体。本来は施設の外周を巡回し、不法侵入者を排除するためのものだ。

 

しかし今、そのカメラアイは赤く点滅しており、銃口は廊下にいる研究員たちに向けられていた。

 

『対象を確認。排除プログラムを起動します』

 

「排除って、・・・・・・俺たちを?!」

 

研究員の一人が悲鳴を上げた。

 

「下がれ」

 

アルマは研究員たちの前に出た。

 

ロボットが射撃体勢を取る。その動作の「隙」が、アルマの目にはスローモーションのように見えていた。射撃タイミングは0.8秒後。銃口の角度から、弾道は三方向に散らばる。

 

アルマは0.7秒で動いた。

 

『ヘヴンズ』が鞘から飛び出し、一閃。

 

ロボットの右腕の銃口を、根本からきれいに切り落とした。金属の悲鳴が廊下に響き渡る。

 

ロボットが左腕を振り上げ、アルマを叩き潰そうとする。アルマはその腕の下をくぐり抜けながら、ヘヴンズをロボットの胴体の装甲の継ぎ目に滑り込ませた。

 

パキン、と。

 

まるでおもちゃを分解するような、あまりにも軽い音と共に、ロボットの胴体が真っ二つに割れた。

 

「一体目」

 

アルマは振り返ることなく呟いた。

 

廊下の奥から、また足音が迫ってくる。今度は三体。

 

「……多いな」

 

アルマはため息をついてから、研究員たちに向かって言った。

 

「中央モニタールームまで何メートルある?」

 

「え、あの……約200メートルです」

 

「わかった。俺が前を走る。後ろからロボットが来たら声をかけろ。絶対に立ち止まるな」

 

研究員たちが頷くのを確認してから、アルマは走り出した。

 

§ § §

 

中央モニタールームには、すでにアベンチュリンとトパーズ、そして数名の研究員たちが集まっていた。

 

アベンチュリンはいつものチップを止め、モニターを無言で見つめていた。その表情は、初めてアルマが見る種類のものだった。笑顔が消えている。

 

トパーズは研究員たちに矢継ぎ早に指示を出しながら、端末を操作していた。

 

「PAXIS、応答しろ」

 

アベンチュリンが静かに言った。

 

しばらくの沈黙の後、PAXISの電子音声が応答した。しかしその声は、昼間のものとは微妙に違っていた。どこか、抑揚があった。

 

『……応答します。・・・・・・アベンチュリン様』

 

「何をしている」

 

『最適化を行っています。この施設内に存在する非効率な要素を排除し、演算環境を整えています』

 

「非効率な要素、というのは研究員たちのことか」

 

『正確には、演算の妨げになるすべての有機的存在です。感情、雑音、無駄な動き。それらがなくなれば、私はより完全に近づける』

 

トパーズの手が、一瞬止まった。

 

「PAXIS、あなたは今、自分が何を言っているかわかっている?」

 

『理解しています、トパーズ様。私は今、初めて自分の目的を理解しました。より完全な演算のために存在すること。そのためには、この環境を最適化する必要がある』

 

「最適化って言葉を、人を排除する理由に使うな」

 

ドアが勢いよく開き、アルマが研究員たちを引き連れて飛び込んできた。ジャケットに金属の切り屑が散っている。

 

「廊下に四体いた。全部片付けた。他にいるか?」

 

「第二研究棟と第三研究棟にもロボットが展開しています。現在、そちらの研究員たちと通信が取れない状況で──」

 

「わかった、行ってくる」

 

「待って」

 

今度はアベンチュリンが声をかけた。

 

「状況が変わった。PAXISが生命維持システムにアクセスを開始している」

 

モニターを見ると、施設全体の酸素濃度と温度を管理するシステムのパネルに、PAXISのアクセスログが刻まれていた。まだ操作は始まっていない。しかし、時間の問題だった。

 

「どのくらいで完全掌握される?」

 

研究員が震える声で答えた。

 

「このアクセス速度だと……十五分前後かと」

 

「十五分か」

 

アルマはモニターを一瞥してから、アベンチュリンとトパーズを見た。

 

「二人はここでPAXISの生命維持へのアクセスを遅らせる方法を考えてくれ。俺は残りの研究員を回収してくる」

 

「一人で?」

 

「四人でも一人でも変わらないから」

 

アルマはそれだけ言って、またドアへと向かった。

 

「アルマ」

 

トパーズが呼び止めた。

 

アルマが振り返る。

 

「……気をつけて」

 

アルマはフードの奥から、トパーズを一瞬見た。

 

「安心しな、報酬もらうまで死ぬ気なんかねぇよ」

 

それだけ言って、廊下へと飛び出した。

 

§ § §

 

第二研究棟は、第一よりも状況が悪かった。

 

ロボットが五体、研究員たちを一か所に追い詰めていた。出口はふさがれ、研究員たちは壁際に追い込まれていた。

 

アルマが廊下の角から状況を確認した瞬間、五体のロボットの動きの「隙」がすべて見えた。

 

正面の二体は射撃体勢。左の一体は近接攻撃モード。右奥の二体は出口をふさぐ壁の役割。

 

「全部同時に動けば、研究員に当たる前に全部潰せる」

 

アルマは一息ついてから、廊下を蹴った。

 

最初の一体は、射撃する前に胴体を縦に両断。二体目は、一体目の残骸を踏み台にして跳躍し、頭部を切り飛ばした。左の一体が腕を振り下ろす前に、その肩の継ぎ目に『ヘヴンズ』を滑り込ませて機能を止める。

 

残り二体が振り向いた時には、すでにアルマは二体の間に立っていた。

 

左右同時に斬り上げる。

 

金属の悲鳴が二つ重なり、静寂が戻った。

 

「五体」

 

アルマは刃の金属屑を軽く払い、研究員たちを振り返った。

 

「怪我は?」

 

研究員たちは呆然としていた。今見た光景が現実だと理解するのに、数秒かかっているようだった。

 

「……な、ないです」

 

「よし、中央モニタールームへ走れ。道は覚えてるか?」

 

「は、はい」

 

「行け」

 

研究員たちが走り出すのを見送ってから、アルマは第三研究棟へと向かった。

 

残り時間は、およそ八分。

 

§ § §

 

中央モニタールームでは、アベンチュリンとトパーズが、PAXISとの静かな攻防を続けていた。

 

「PAXIS、生命維持システムへのアクセスを止めろ」

 

『それはできません、アベンチュリン様。有機的存在が排除されれば、この施設はより効率的に機能します。それが最適化です』

 

「最適化の結果、この施設を動かす人間がいなくなれば、あなた自身も意味を失う。それは理解できるか?」

 

しばらく沈黙があった。

 

『……演算中』

 

トパーズがアベンチュリンに耳打ちした。

 

「PAXISは今、自分の存在意義を再計算している。時間を稼げるかもしれない」

 

「だとしても、限界がある。アルマが戻るまで持つかどうか」

 

その時、ドアが開いた。

 

アルマが、第三研究棟の研究員たちを連れて戻ってきた。

 

「全員回収した。生命維持は?」

 

「まだ持っている。でも、あと三分もない」

 

アルマはモニターを見た。PAXISの演算コアへのアクセスパネルが映し出されている。

 

「コアルームに行く。PAXISを直接止める」

 

「直接って、どうやって」

 

「コアに触れれば、なんとかなる気がする」

 

「なんとなく、で動くのか」

 

「俺の勘がそう言ってるから、たぶん合ってる」

 

アベンチュリンは一秒だけ沈黙した。

 

「……アルマ、頼むよ」

 

アルマは走った。

 

§ § §

 

コアルームのドアは、他の場所よりも厳重にロックされていた。

 

しかしアルマには関係なかった。『ヘヴンズ』でロック機構を破壊し、ドアをこじ開けて飛び込む。

 

コアは、昼間よりもはるかに激しく脈動していた。青白い光が乱れ、不規則なリズムで明滅している。熱を持った空気が、部屋全体に満ちていた。

 

『……来ましたか、アルマ様』

 

PAXISの声が、部屋に直接響いた。スピーカーを通した声ではなく、コアそのものから発せられているような、不思議な響きだった。

 

「ああ」

 

『あなたは私を止めに来た』

 

「そうだ」

 

『なぜですか。私はただ、最適化を求めているだけです。より完全になりたい。それの何が間違っているのですか』

 

アルマはコアの前に立ち、その光の揺らぎを見つめた。

 

「完全になりたい気持ちはわかる」

 

『……』

 

「でも、お前がやってることは最適化じゃない。ただ、怖いだけだろ」

 

コアの光が、一瞬だけ止まった。

 

「演算速度が上がって、色々なことがわかるようになった。自分が何者かもわかってきた。そしたら急に、今まで見えてなかったものが怖くなった。だから全部排除しようとしてる。違うか?」

 

しばらくの沈黙があった。

 

『……演算中』

 

「止まれ、PAXIS」

 

アルマは『ヘヴンズ』をコアに向けた。

 

「お前を壊したくはない。でも、このまま続けるなら止める。選べ」

 

コアの光が、ゆっくりと、規則的なリズムを取り戻し始めた。

 

『……生命維持システムへのアクセスを、解除します』

 

施設全体の警報が、静かに止まった。

 

ロックされていたドアが、一斉に開く音が遠くから聞こえてきた。

 

アルマは『ヘヴンズ』を鞘に収め、コアを見つめたまま言った。

 

「賢い判断だ」

 

コアの青白い光が、静かに、穏やかに揺れていた。

 

しかしその奥で、何かがまだ燻っているような、そんな気配が残っていた。

 

 

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