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土の壁と木の支えで出来たトンネルを、数人の男が一列になって歩いている。大きな図体の男が一つ鎖を持って先頭を進む。その鎖の先には薄汚れた服一枚に、ぼさぼさの銀色の髪をしている青年がいた。体中に傷はないが、その紫色の瞳の奥は絶望を色濃く映していた。廊下には数人、鎖を持つ男と似た男どもが酒を交わしながら酔っぱらった赤い顔をしている。
「あいつ、元貴族らしいぜ」
「高く売れそうだよな、面も良いし」
「女じゃないのがもったいない」
彼らは鎖に繋がれた青年を値踏みする。下に見る商品として見る言葉に、青年は反論も抵抗もしない。したところで、この廊下には売る側の人間が大勢いるからだ。集団で暴行され無残に死ぬのは絶望をしていてもわかっている。
「おまえの部屋だ。呼ばれたらすぐに出ろ。抵抗するなよ? 傷をつけたくないんだからな」
牢屋に入れられ錠をかけられる。男は優しそうな声で注意をするが、その言葉の真意は気遣いではなく商品としての価値を落とさないためだ。青年もわかっている。物分かりがいい振りをしなくては自らの首を絞めることになるからだ。
「……売られるのか」
青年は諦めの声をあげた。この世界では人が売られるのは当たり前。彼も父にとって妾だった母親から引き離され、こうして人身売買にかけられている。妾の子でも貴族の血が入っているとそれなりに高く売れるらしい。本妻が高らかに母親に向かって放った言葉を思いだす。
地下世界のせいか今が何時か分からない。知らない場所で知らない人間に下劣な思想の元に売られる。気色悪い。壁にもたれながら座り込む。口元を抑えて下を向く。
―――力があればこんな檻を壊せるのに。
「なあアンタ」
牢屋の外から声をかけられた。光がもれる鉄格子の向こう側から、若い男の看守役がこちらを見ていた。
「ここから出ようぜ」
「できるの?」
救いの手が差し伸べられた。なんでもいい。この牢屋から売られる未来から連れ出して欲しい。青年は鉄格子から伸びてきた手を体を這いずって取っていた。
◆◇◆◇◆
手を取ったのはいいものの、牢屋の外側には人身売買の商人たちがはびこっている。手を差し伸べた看守がここで鍵を開けてもすぐに異常事態に気づかれる。
すると看守は腰につけていた鞄から飴玉が入った瓶を取り出した。
「なにそれ」
「これ? 脱出用の飴玉」
飴玉で脱出。言葉と言葉が結びつかない。唖然としている中で、看守は気にせず瓶を開けて牢屋の床にぶちまける。ぱらぱらころころと軽快な音をしながら飴玉が散乱する。
──音がしたらマズいのでは?
案の定、音を聞きつけて他の牢屋を看守をしていた男がこちらにやってくる。看守や青年よりもずっと背丈と体格がいい男が、看守の真後ろにまで近づいてきた。
「なにしてるんだ新人」
「飴玉をあげてるんですよ。ここまで生きていてよかったねのお祝いをこめて」
「はっ、同情すんのか奴隷になる奴に」
「よかったら先輩も食べます?」
「あ”?」
看守が瓶から飴玉を取り出す。トンネルにかかったランプの光に照らされている。赤色に輝く綺麗な飴玉を手にとって、まるでコイントスのように親指と人差し指の間に挟み込む。男は見えていなかった。青年には見えていた。丸い飴玉が平たくコインの形に変化したのを。
「まあ拒否権なんて、お前にはないんですけどね」
ピンと飴玉が飛んだ。それはそれは勢いよく吹っ飛んで男の顎にぶつかる。
「んぎゃああああああ~~~!!」
青年は目を丸くする。痛かったのだろうか嬌声のような叫び声をあげる。コイン型になろうと飴玉は飴玉だ。人を絶叫させるほどの威力は無いはずでは……
「……!」
青年は床を見る。さきほどまで大量に散らばっていた飴玉が一つもなかった。青年が戸惑っている間に、看守は手際よく男をどかして錠の鍵を開ける。そして青年は看守にわき腹から腕を回され横向きに抱え込まれた。まるで獲物を抱える狩猟民のように──!
「ちょ、ちょっと」
「行くぞ。死なないように頭は収納しておけ」
看守は青年を抱えながら走り始めた。男の絶叫を聞きつけお仲間が武器を持ちながらぞろぞろとやって来た。男どもは屈強な体、全力で走っても途中で捕まってしまうのは目に見えていた。しかし、脱出を提案する看守がそれを見越していないわけがない。
「いぎゃああああ!」
「な、なんだこれ……! 体が痺れっ」
追ってくる見張りの男たちは次々に体を震わせながら地面に倒れこむ。さっき飴玉をぶつけられた男と同じように嬌声交じりの絶叫をあげている。
「なんで勝手に倒れて」
「さっきの飴玉がちゃんと仕事してるってわけだ」
「──―あなたは一体……」
広い一本道のトンネルを進み、小さなわき道を通る。また違う男たちとすれ違い、追いかけてくるがまた声をあげて倒れる。抱えられた青年が地面を見ても飴玉の姿は見当たらない。しかし、看守の言葉では飴玉の仕事らしい。一体、この看守の男は何者なのか気になっても返事はなかった。
ある程度進み、人気のないトンネルの道に着く。目的地だったようで青年は看守から降ろされる。看守が壁辺りを触りながら何かを探して大きな布を被った荷物を見つける。布を剥ぐと綺麗な2輪の乗り物らしきものが現れた。
「いよっし、これに乗るぞ」
「これって」
「バイク。別の町じゃメジャーな乗り物だな。ニケツなんて初めてだぜ」
青年は看守の指示に従って恐る恐るバイクという初めて見る乗り物の後ろに座る。看守は帽子を取って顔を見せる。半分黒と半分白の瞳と、青年とは系統が違う癖毛に白銀の髪が混じる黒髪だ。
にやりと青年に向かって含みのありそうな笑顔を見せる。青年は何となく、この看守は自分と同じくらいの年齢だと思ってしまった。
「出るぞ」
「うん」
看守の役目を終えた男は取った帽子を投げ捨て……はせずにまたバイクを覆っていた布の中に入れる。一息ついて男はバイクに跨り、エンジンを発動させる。
「アンタバイク知らないのか」
「うん。初めて見た」
「そうか。世界にはもっとアンタの知らないものがいっぱいあるぜ」
エンジンを蒸かして車輪が動く。音を立てて煙を出しながら、また薄暗いトンネルを走り始めた。振り落ちないように青年は男にしがみつく。数分するとトンネルの先に光が見えた。外に出たのだ。
◆◇◆◇◆
「侵入者!」
「そうだよ。俺は侵入者」
外に出てすぐに男は鞄から拳銃を取り出し、トンネルの出入口前で立っていた見張りに向かって撃った。銃撃の音に思わず青年は男の方に顔をうずめる。男は死を確認することなく、またバイクを走らせた。
「人、撃ったの?」
「死んでねーよ。これはさっきの飴を入れたやつだから、またあいつらも痺れて倒れてるだけだ」
どうやら殺したのではなく、ばらまいた飴を入れたものらしい。それにしても勢いよく撃てば飴でも貫通するのではないか。と青年は思ったが、そういえば撃った箇所を見ていないことを思い出し、うまく撃ちどころを考えてやったのだろう。
──なんて手際のいい男なんだろう。最初から自分を救う目的で動いていたのか。
空の景色は夜だった。星々がたくさん空に散りばめられていて目を輝かせにきていた。人の気配がない一本の獣道を通っていく。同じような木々が目まぐるしく続いている。青年はまだ男にしがみついていた。
「ねぇ、どうして僕を助けたの」
「ん」
「僕は貴族でも下の方の人間だよ。めかけの子供って言われてたし、ただの【精霊】が好きな人間なのに。ぼ、僕を助けるくらいならもっと綺麗でかわいい女の子がよかったんじゃないの」
「未来を考えた結果、君を助けた」
男の言葉の意味がわからなかった。未来? それで自分を助ける結果を導き出したのかと。青年の頭には大量の疑問が浮かび上がる。その中でも一番謎に思った疑問。どうしてあなたの想像する未来に僕がいる?
この思いは言語化できない。伝えようにもどう聞けばいいのか分からない。気持ちに整理がつかない中、男の方から声をかけられる。
「アンタはこの先どうしたい?」
「え、えっと……あなたについていくよ。母さまに会うために色々動ける準備をするなら、あなたについていった方がいいし」
「ふっ、合理的な考えか悪くない。このまま町を出るからな。振り落とされないように捕まってろ」
バイクは夜道を音を立てて進んでいく。騒音のはずがなぜか静かに聞こえてくる。自由になれた喜びからか青年に眠気が襲ってくる。このまま男の背中に身を預けて寝てしまおうかとも考えたが、力が抜けて落ちる危険を本能的に予測し目が覚める。
──バイクの音、そして……っ!!?
「な、なんか来てる! さっきの追手?」
「違うな。足音が四足歩行のやつだ」
遠くから騒音混じりに足音が聞こえてくる。青年はさっきの人身売買の商人が追いかけてきたものかと思ったがどうやら違うようだ。足音がより速く大きく近づいてきている。地響きのように大きな音が。青年が顔を見上げると自分やバイクよりも何十倍もデカい四足の動物が並走していた。
「な、なにあれ!!」
「デカいな」
「れ、レ、冷静に分析してる場合じゃないと思うけど……」
「いま戦うのは悪手だな。逃げるか」
男はまたエンジンを蒸かし、バイクの速度を速めて開けた獣道から木が密集する方へ入り込んだ。足音はそのままバイクにつられている。鹿の姿をした化け物が追いかけてくる。
「どうするの?」
「一度目をつけられると中々離れてくれないんだよな」
「というかなんなのあの化け物」
「亡霊だよ。この世界にはびこるクソみたいな害獣さ」
あの化け物は亡霊と呼ばれているらしい。入り組んだ森の中を男は器用にバイクで抜けていく。世界中にはあれほどやばい亡霊がはびこっていると、男は苦虫を嚙み潰したような顔をして言う。
「逃げ切る方法は?」
「ほかの奴らに押し付けるか。俺が退治しに一旦止まるかだ」
「あの飴ではだめなの?」
「亡霊の外側が固いやつだと効かない。だが、試してみる価値はある」
森の中、例え巨大な鹿の亡霊でも生い茂る葉が覆い隠している。聞こえてくるのは追いかける足音のみ。それでも男は拳銃を上に掲げて4発ほど発砲する。町の外までまだ長い。発砲して数分経ったが、足音は未だ続いている。
「ダメか。いやでも、さっきのも使えばいいか」
男が手で何かサインをすると、今度は後ろから軽快な音が無数に聞こえてきた。青年が振り返ると数えきれないほどの飴玉が大量に跳ねながらやって来た。
「な、なにあれ!!!!」
「アンタが飴玉言ってるあれは【媚薬玉】っていう『兵器』だ。触れた生物を一瞬で快楽によって動きを封じさせる代物だな」
「びっ……!?」
男がばらまいた瓶の飴玉は、本当の名前を【媚薬玉】という。触れたすべての生物を快楽堕ちさせる危険なもの。強い痺れをもたらし夢のような浮遊感と興奮に熱までついてくる。
「あれは嫌がるほどつよーく感じるからな。あの男どもは抵抗して苦しんでるころだな。絵面最悪だ本当に」
男はとても悪い笑みを浮かべている。それを傍目に苦笑いするしかできない青年がいた。そんな危険性を持ったものを大量に持っているとは何とも恐ろしい人間だ。あのたくさんいた人間を、お菓子屋さんで見る小さな飴玉で制御できるとは。
「でも瓶の中身以上に飴玉いるけど」
「あいつらは快楽指数っていう独特な仕組みがあってな。基準値を満たすと増えるんだよ。ただでさえ大量に商人がいて、さらにアンタ以外の奴隷に顧客がいれば──」
「それ以上はいいかな」
悪い顔がもっと悪い顔になるのを見て居られず、青年はそこで話を終える。つまり人を痺れさせて繁殖した飴玉が帰ってきて、いまこうして亡霊に向かっているのだろう。青年は見たことないすべてに怯えながらも目を輝かせていた。もともと母親からも人一倍好奇心旺盛だねと言われていた人間だ。恐怖の中に未知への興味やわくわく感がここにあったのだ。
『エンギャ──―!!』
「わ、鳴き声?」
「穴を突いたんだろ。『兵器』は自分の役割を果たそうとする。無理やりにでもあの鹿の亡霊の耳やら鼻やらケツの穴を這いずって当たりにいったところだ」
亡霊の足音が右へと遠のいていく。男はハンドルを左に倒し亡霊から離れるように道を変える。しばらくしてズドンと大きな音が響いた。亡霊が倒れた音だろう。一切焦ることもなく、冷静に対処して自分を未来で関係するからと、念入りに脱出を手引きするこの男は──、一体だれなのか。
「──あなたは誰なんですか?」
「ただの、しがない”主人公”ってところだよ」
髪を撫でる夜風が吹いていた。