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青年の名前はアクシ・カル・ローヴェンと言う。彼の母親は筋金入りの精霊教会の信奉者であった。彼もまた母親から教えで精霊の存在に魅入られ、過激派の目標である『大精霊の解放』の寸前にまで思考が陥っていた。
出自は本人が言っていた通り、貴族の父親と母親がたまたま親密になりそのままの勢いで生まれた。つまり妾の子供だ。庶民のそれも宗教に入れ込む女との子供。
今後のC.ローヴェン一族の名誉に多大なる悪影響を与えると危惧した本妻が、無理やりにでも血筋から排除するために奴隷商売に手引きした。その結果、彼はあの牢屋に放り込まれた。
「ってのが俺が調べたアンタの情報」
「……なんか全部言われて怖さが一周して何もなくなっちゃった」
男の言葉に青年ことアクシは怯える表情を無くして無表情になっていた。男はくつくつと笑いながら自ら用意したコーヒーを飲む。
現在2人は野宿をしていた。横になれるくらいの大きい布を敷きながら。野宿と言っても都市の中の森で焚火をしながらやっていた。都市から都市はほとんどが車を使わなければ半日かかるほど離れている。その道中には誰も住んでいない。
都市にはみな巨大な円形ドーム型のバリアが張ってある。そのバリア外にいる亡霊をほとんど気にしなくていいからだ。外には危険がはびこっている。
「いまもアンタは精霊を信仰してるのか」
「信仰……よりかはただ興味がある生物だから知りたいだけだよ。だから過激派は関係ないっ。母様も精霊はかわいいから仲良くしたいって考えだし」
「──動物愛護かな? アンタは科学に出会ってたら科学者にでもなってたかもな」
アクシは小さく体育座りをしながら男が用意した甘めのコーヒーを飲む。啜るといった表現の方が正しい。猫舌なのかちびちびと小さな舌で飲んでいる。小動物のような行動をしていた。
「母親に会いたいみたいだけど、すぐには無理だ。俺がさせない」
「あなたは僕を使って何がしたいの」
「なあに、……まあ、とある計画にアンタも参加してほしいんだ。そのためも含んでアンタを助けたから」
「何ですかその計画って」
男はコーヒーを飲みほしたコップを地面に置く。何か含みのある笑顔で、瞳は完全な白色で月と似たような輝きを持ってアクシの顔を捉える。
「
「はい?」
「実にくだらなくて想像もつかない計画だろう。あの月を目指す方がとても現実的だ」
「ハッピーエンドを目指す? 絵本のように? そんなことできるんですか」
「するために動いているんだ。ずっとね。でも、一人できることには必ず限界がある。だから
「ということで計画手伝ってくれる?」
男は笑顔で親指を立てる。簡単に言えば、男の計画のためには
「信じられないので無理です」
「デスヨネー☆彡 知 っ て た!!!」
「これ他の人にも誘ったんですか」
「まあ片っ端からね。一人を除いて馬鹿なのって言われたよ。HAHAHA」
男は涙目ながら自虐をして笑っている。実はこの計画をアクシを救う前から他の人を誘っていたが、ほぼすべて玉砕。なんならこの男は馬鹿なことをしようとしていると冷たい目で嘲笑される始末だった。そしてアクシもせっかく救っておいてだが、男の計画の不透明性と胡散臭さが否定の言葉を引き出すことになったのだろう。
「悲しいな。ヨヨヨ」
「変な人。さっきまでのかっこいいあなたはどこにいったんですか」
「かっこいいだなんて、やって当然のことをしただけだからね。ああでも、
「……」
男は服の胸ポケットから一本、煙草を取り出し、焚火から火をつけて吸い始める。青年は少し瞳が揺らいでいた。なぜか男は自分と同世代ではと抱いた幻想が、紫煙の燻りで霧散していた。
「タバコ吸うんですね」
「たまにね。臭いはつけたくないから。外で1~2本だけって決めてるの」
先ほどの自虐的なギャグテイストから、どこか大人びて静かな雰囲気に変わる。優しい白色の瞳を細めてアクシを見る。クロと名がついているが彼は銀髪だ。顔つきもどこか彼の母親らしい人畜無害のか弱そうな小動物みたいだ。男は笑みをこぼしながら紫煙を吐き出す。
「あなたがどういった人か知らないし、その計画も信じられません」
「そうだね」
「でも助けられた恩はあるのでついていきますよ」
「それだけでも嬉しいね」
アクシに眠気が襲ってくる。うとうと微睡んでいると、男は優しい手つきで彼に簡易的な毛布をかける。そのまま彼は横になり眠りの体勢になった。その横で座りながら男はアクシを気に掛ける。
「君は実に好奇心旺盛な人間らしいね」
「……」
「なんでも精霊に会うために、12で【オンドリス山脈】を単独で登ってしまうくらいにね」
「……ほんとうに、あなたはなんでも知ってるんですね」
「どの世界でも君はそうしていたからね。楽しそうな顔で山頂の景色に感動して、そこで欲望の大精霊が耳打ちしてくれる。──―大精霊が眠る祠のありかを」
「!!!」
アクシが飛び起き、男に襲い掛かる。男はそれを分かっていたのか、抵抗もせずにアクシの馬乗りを許す。男は冷静にアクシは目を見開き瞳孔を揺らめかせている。
「なぜ、それを、知ってる」
「君が言ったじゃないか。
男は余裕の笑みを浮かべている。まるで自分の優位性を示すかのように。焚火の炎が妖しく揺らめいて、森の静けさはやけに胸を刺す痛みを伴っている。突き刺されているのはアクシの方だ。
「見張りの男に【媚薬玉】を喰らわすときに言っていたね」
『拒否権はない』
「それは君にも言えるね」
アクシは絶句した。この男に己の過去も未来も握られている。ふと脳裏に男が言っていた言葉を思い出す。世界をハッピーエンドにする計画。無謀と現実味のない、意味不明で信じられない計画だと思っていた。違う、この男、本気で遂行しようとしている。貴族の妾の子で宗教に傾倒していたアクシでもそれは解かった。
「
◆◇◆◇◆
朝を迎えた。アクシは昨晩どうやって眠ったのか一切覚えていない。ただ、少し鼻に突く煙草の臭いが微かに毛布についていた。アクシが目を覚まし、辺りを見渡すと何か作業している男ことホシザキの姿があった。金属みたいな素材でできた箱を焚火の上に木で吊るしている。ぼんやりと黒と白の瞳で眺めていた。
「おはよ」
「お、おはよ……う」
「朝飯もうすぐでできるからな」
「うん。……あの昨日」
「昨日のこと? コーヒーもしかしてブラックの方が好きだったか?」
「違う……そのコーヒーのずっと後のこと」
「
ホシザキは昨晩のことを全く覚えていなかった。飲み物を提供したことは覚えているらしい。つまり、その後でホシザキの身に何か変化が起きていたということ。アクシの仮説は”二重人格”。検証する術はない。それはそれとしてこの男に弱みを握られ、借りがある以上、逃げることは叶わない。ツミだった。
「ほらできた。食え」
「むぐっ!」
アクシが一人悶々と悩んでいると、急に名前を呼ばれ思いっきり口の中にご飯を突っ込まれた。しばし沈黙、もぐもぐとアクシが口を動かす。火傷しない程度の温かい穀物と卵が溶かれたもの、しかもほどよいしょっぱさが出ている。初めて食べるのに、優しい味がアクシの胃袋と舌を包み込んでいた。
「むかしよく作ってたんだよ。これ」
「おいしいよ……」
「これ雑炊っていうんだ。あとはこれに山菜とかキノコ入れたり、たまに辛いものと混ぜて食べるとこれまたうまいんだよ」
「へえーむぐっ……食べてみたいかも」
ホシザキにスプーンを突っ込まれながらおいしく雑炊をいただく。ホシザキの言う別種の雑炊も想像するだけでおいしそうな想像ができる。
こんな幸せなところ無粋だが、ホシザキが本当に昨晩の煙草男と違うのか検証したいことが思いついた。
「えっと、ホシザキ君」
「あれ、俺名前言ってたか?」
当たってる。間違いなく昨晩の男と今日の朝の男でまったく違う。よくよくアクシが観察すれば瞳の色の配分も顔つきも喋り方も全然違う。分かりやすく”俺”と”アンタ”を使う今のホシザキ。”僕”と”君”を使う昨日の星嵜。いまのアクシは頭が人生で一番働いていた。一人で勝手に盛り上がり餌付けをされている。
「まあ俺はホシザキだ。よろしく」
「ん、よろしくね。ホシザキ君。僕はアクシカル。てきとうにアクシでいいよ」
改めて挨拶と自己紹介を交わし、雑炊を食べ終える。とてもおいしかった。アクシはまた食べたいと瞳を輝かせながら
「これからどこにいくの?」
「アンタと一緒に精霊と契約しに行く」
「え、契約?」
「知らないのか? 大精霊から能力をもらってる人間と精霊って契約ができ──」
「そうじゃなくて、僕が一緒に? 僕は能力なんかもらってなんかいないよ」
アクシは驚いて反論する。自分は大精霊から施しなどもらっていないと。その様子にホシザキは何だこいつと言いそうな顔をしている。
精霊と大精霊。それはアクシが憧れた存在で、自分には縁がない存在でもある。精霊と縁があるのは世界に8体いる大精霊のどれかから能力をもらっている人間のことである。祝福の言葉と共に力を授かり、同じ大精霊を信奉する精霊と契約をするのが精霊教会の中で模範的であり憧憬を集める者と、教会の出す書物に記載されていることアクシは早口で解説する。
それをほーんと耳をかきながら聞き流すホシザキが一人。
「そもそも、大精霊から能力をもらえる人間なんてこの世にわずかしか──」
「アンタ。どの都市出身なんだ」
「え、なに急に。僕は17都市だけど」
「あーじゃあ納得。アンタ思いっきり嘘を教えられてるわ」
「う、嘘っ!?」
「まず、能力者はこの世に6割近くいる。能力者が模範的とか言ってるけど、普遍的の方が正しいな。それに祝福の言葉なんか一言レベルだし絶対に覚えられないように細工されてる」
「え、え……」
「あっ、泣いちゃった」
唐突に自分が常識だと思っていたことが嘘と諭され、アクシの脳内はパニックになり、そしてそのまま大粒の涙をポロポロと流して始めた。
「17都市のリーダーが金にうるさいおっさんの一族が何年もやってるからな。そうやって都合のいいこと書かれてるのもあるよなー。宗教あるある」
「んじゃあ、僕ってその能力者側なの?」
「そうだ。その紫の瞳が保証してる」
アクシは目をこすりながら涙を拭う。目に細菌が入るとホシザキから手ぬぐいで邪魔をされる。拭き終わると、アクシは嬉しそうな笑みを浮かべる。まさか自分が能力者側だとは露一滴以上にも思っていなかったらしい。力があればと願っていたが、本当に持っていたとは。微笑みながらもさっさと行くぞとホシザキに急かされ、出発の準備を始める。
「これ着ろ。寒いだろ」
ホシザキから上着を手渡される。厚手で着心地がいい素材でできている。そういえばと、アクシは自分の服装をみるがまるですぐにでも剥せるくらいに薄い装束であり、これでは確かにケガしやすく温度変化にも耐えられない。ありがたくその上着を受け取り着こむ。ほのかに温かさを感じる。
「ほら乗って」
「今日契約するの」
「そうだ」
「場所わかるの?」
「まあな。場所や日時を教えられてる」
「それって」
「あーたぶん、アンタも出会った奴だ。迷惑かけてたら申し訳ないが、あいつは本気だからな」
アクシはそれ以上何も言わなかった。ホシザキも言わなかった。昨晩のことをホシザキは知らなくても、別人格の彼のことは知っているみたいで、アクシに向かって申し訳なさそうな顔をしている。
「あはは。弱み握られてるし、無一文だからついていくよ」
「そうか。まああいつはアンタを計画の一部とみなしてるけど、俺はアンタを仲間としてみてるよ」
「でも計画には強制参加でしょ」
「ふっ、そうだな」
もっと何か言いたげな表情だったが、ホシザキはバイクを動かす。またアクシは後ろに座って星嵜に腕を回してしがみつく。
「超絶都合がいい精霊がいるからさ。狙うしかないだろ」
三姉妹。破壊と憎悪と愛情のとてもかわいらしい精霊が泉に集うのだ。