新世界☆ハッピーエンド計画進行中~世界の破滅フラグは人力でごり押し回避するに限る~ 作:簾烏賊
◇2回目加筆修正
◇3回目加筆修正
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ぼんやりと月が白く輝いている。夜も深い黒色を帯びていた。
「『君の名前はアクシ・カル・ローヴェルと言う。彼の母親は筋金入りの精霊教会の信奉者であった。彼もまた母親から教えで精霊の存在に魅入られ、過激派の目標である『大精霊様の解放』の寸前にまで思考が陥っていた』」
「『出自は本人が言っていた通り、貴族の父親と母親がたまたま親密になりそのままの勢いで生まれた。つまり妾の子供だ。庶民のそれも宗教に入れ込む女との子供──』」
「そんなに入れ込んでないよ」
「おお、それはすまないね」
そうして今後のローヴェル一族の名誉に多大なる悪影響を与えると危惧した本妻が、無理やりにでも血筋から排除するために、最初は人身売買商売に手引きしようとしたが、私怨のみの行動で妾だろうと貴族の血が入ってるアクシを出してはそれこそ名誉に関わる。
そのため、まずは貴族の遠縁の親戚に養子として出す。ソイツは金遣いの荒い悪評まみれの男であり、金が無くなれば何かを売り違法行為に手を出す。となれば貴族本家の血が入ってるアクシは売り物として”価値”がある。その結果、彼はあの牢屋に放り込まれた。
「ってのが
「……なんか全部言われた怖さが一周して何もなくなっちゃった」
本妻の思惑通り。自ら直接人身売買行きにするのではなく、悪評持ちの人間を介することで言及を避ける。とは言っても、経路がこうしてバレたら責められるだろう。訴える気力がアクシにあればの話だが。
「同情するよ。
「人身売買される前でよかったよ。こうして傷なく生きてるし」
男の言葉に青年ことアクシは怯える表情を無くして無表情になっていた。男はくつくつと笑いながら自ら用意したミルクを飲む。
現在二人は野宿をしていた。横になれるくらいの大きい布を敷きながら。野宿と言っても、さきほどの都市の外れからまた離れた別都市の中の森で焚火をしながらやっていた。
「いまも精霊を信仰してるのか」
「信仰……よりかはただ興味がある生物だから知りたいだけだよ。だから過激派は関係ないっ。母様も精霊様はかわいいから仲良くしたいって考えだし」
「──動物愛護か? アンタは科学に出会ってたら科学者にでもなってたかもな」
アクシは小さく体育座りをしながら男が用意した甘めの温かいミルクを飲む。啜るといった表現の方が正しい。おいしいが熱い。舌を火傷しないようにちびちびと飲んでいく。
「母親に会いたいみたいだけど、すぐには無理だ。俺がさせない」
「──じゃあ、あなたは僕を使って何がしたいの」
「なあに、……まあ、とある計画にアンタも参加してほしいんだ。そのためも含んでアンタを助けたから」
「何ですかその計画って」
男はミルクを飲みほしたコップを地面に置く。何か含みのある笑顔で、瞳は完全な白色で月と似たような輝きを持ってアクシの顔を捉える。
「この世界【リテラ】をハッピーエンドにさせる計画ってこと」
「はい?」
「実にくだらなくて想像もつかない計画だろう。あの月を目指す方がとても現実的だ」
「ハッピーエンドを目指す? 一体、何の話なんですかそれ」
「すごい人に頼まれた世界を救う
「へえ……そうなんですね」
「ということで、
男は笑顔で親指を立てる。簡単に言えば、世界を救うこと。壮大だが詳細は一切彼の言葉から出力されない。諸々を聞いてのアクシの感想はというと──―。
「信じられないので無理です」
「あっはっは知ってた☆!!!」
「これ他の人にも誘ったんですか」
「まあいけそうな人を片っ端からね。一人を除いて馬鹿なのって断られたよ。くくっ……」
男は涙目ながら自虐をして笑っている。実はこの計画をアクシを救う前から他の人を誘っていたが、ほぼすべて玉砕。なんならこの男は馬鹿なことをしようとしていると冷たい目で嘲笑される始末だった。そしてアクシもせっかく救っておいてだが、男の計画の不透明性と胡散臭さが否定の言葉を引き出すことになったのだろう。
「悲しいな。ヨヨヨ。好きなアーティストが亡くなった時と同じくらい悲しいよ」
「変な人。さっきまでのかっこいいあなたはどこにいったんですか」
「かっこいいだなんて、やって当然のことをしただけだからね。ああでも、
「……」
男は服の胸ポケットから一本、煙草を取り出し、焚火から火をつけて吸い始める。青年は少し瞳が揺らいでいた。なぜか男は自分と同世代ではと抱いた幻想が、紫煙の燻りで霧散していた。しかし何か違和感を感じる。
「タバコ吸うんですね」
「たまにね。あまり臭いはつけたくないから。外で1~2本だけって決めてるの」
先ほどの自虐的なギャグテイストから、どこか大人びて静かな雰囲気に変わる。男の白色の瞳が細めながらアクシを見る。素朴な顔つきながらそのどこか大人の余裕さを含むその瞳に、アクシは不思議と心を惹かれてしまう。”もしかして自分はこの男に一度会ったことがあるのか”、なんてアクシは錯覚してしまっていた。見とれていると、気づいた男は笑みをこぼしながら紫煙を吐き出す。
「あなたがどういった人か知らないし、その計画も信じられない…です」
「そうだね」
「でも助けられた恩はある……から何かはしてあげたい……とは思ってます」
「それだけでも嬉しいね」
アクシに眠気が襲ってくる。うとうと微睡んでいると、男は優しい手つきで彼に簡易的な毛布をかける。そのまま彼は横になり眠りの体勢になった。その横で座りながら男はアクシを気に掛ける。
「君は実に好奇心旺盛な人間らしいね」
「……」
「なんでも精霊に会うために、十二歳で【オンドリス山脈】を単独で登ってしまうくらいにね」
「……ほんとうに、あなたはなんでも知ってるんですね」
「僕は君を逃がす気はないよ。せっかく助けたんだから」
「そうですか……酷い人だ。そんなにその計画が重要なんですか?」
アクシの言葉に男の動きが止まる。何かマズいことを聞き出してしまったのか、それとも本気にさせてしまったのか。見えなくなった顔を見ようとして少し顔をあげる。
「本気だよ。根深く用意周到に一発でできるようにしてるから」
「どこからそんな情熱が」
男はまた含むのある微笑みをして、今度はアクシに顔を近づけ耳元で何かを囁く。
「【オンドリス山脈】で大精霊の祠を知ってしまった──と誰かに言いふらしたら困るのは誰かな」
アクシが飛び起き、男に襲い掛かる。男はそれを分かっていたのか、抵抗もせずにアクシの馬乗りを許す。男は冷静にアクシは目を見開き瞳孔を揺らめかせている。そういえばそうだ。初めて会合した時と今で彼の口調は全くことなっている。口の悪そうな喋り方からやけに落ち着きのある声に。なぜ、今まで気づかなかったのだろうか。
「なんで、それ、知ってるん……ですか」
「君が言ったじゃないか。
男は余裕の笑みを浮かべている。まるで自分の優位性を示すかのように。焚火の炎が妖しく揺らめいて、森の静けさはやけに胸を刺す痛みを伴っている。突き刺されているのはアクシの方だ。
大精霊というこの世界の基盤、祝福にして人類の禍。人類存続のために封印されたものたち。彼らの封印を解くことが精霊教会過激派の最大の目的。アクシが【オンドリス山脈】を登ったのは”目的”を遂行するかそれともただの好奇心だったのだろうか。男は見当がついている。
「見張りの男に【媚薬玉】を喰らわすときに言っていたね」
『拒否権はない』
「君にも刺さる素晴らしい言葉だね」
アクシは絶句した。一体何に絶句したかと問われれば、自身の暴かれたくない秘密を第三者の彼が知っている事実に絶句したと言う他無い。この怪しい男に己の過去がバレている。そして、未来も握られている──。ふとアクシの脳裏に男が言っていた言葉がフラッシュバックする。世界を救うハッピーエンド計画、そのための”用意周到”。わざわざ自分だけを助けた理由が当てはまってしまう。
あの無謀で現実味のない、意味不明で信じられない計画を彼は本気で遂行しようとしているのか。宗教に傾倒しているアクシでも、先の分からない未来を予言する人間は変だと思っていた。彼は純粋に精霊に憧れているだけだ。付随する人間はどうでもよかった。
付随する人間が自分の知らないところで首輪をかけてきていた。アクシの元に現実が気味悪いほどに襲い掛かる。過去から未来に、逃げられないように丁寧にすべてを掌握して利用して──
「なんでも利用するもんだよ。人、動物、技術、歴史、宗教、大精霊、精霊、魔法、兵器、何もかもこの世にあって自らの手に届く、目に映る範囲すべてね」
「もちろん君のことも」
「君以外のこれからの仲間も」
「目的の為に全部利用する。──―最高だよ。本当に」
「あ、あと
◆◇◆◇◆
朝を迎えた。アクシは昨晩どうやって眠ったのか一切覚えていない。ただ、少し鼻に突く煙草の臭いが微かに毛布についていた。アクシが目を覚まし、辺りを見渡すと何か作業している男ことホシザキの姿があった。金属みたいな素材でできた箱を焚火の上に木で吊るしている。アクシは彼の黒と白の瞳をぼんやりと眺める。夜の彼と少し違うのに気づくが指摘はせず心の中で思いを流した。
「よーおはようさん」
「お、おはよ……う」
「朝飯もうすぐできるからな」
「うん。……あの昨日」
「昨日? もしかして甘くなかった方が好きだったか?」
「違う……その甘い飲料のずっと後のこと」
「――
ホシザキは昨晩のことを全く覚えていなかった。飲み物を提供したことは覚えているらしい。つまり、その後でホシザキの身に何か変化が起きていたということ。アクシの仮説は”二重人格”。検証する術はない。それはそれとしてこの男に弱みを握られ、借りがある以上、逃げることは叶わない。ツミだった。
「ほらできた。食え」
「むぐっ!」
アクシが一人悶々と悩んでいると、急に名前を呼ばれ思いっきり口の中にご飯を突っ込まれた。しばし沈黙、もぐもぐとアクシが口を動かす。火傷しない程度の温かい穀物と卵が溶かれたもの、しかもほどよいしょっぱさが出ている。初めて食べるのに、優しい味がアクシの胃袋と舌を包み込んでいた。
「むかしよく作ってたんだよ。これ」
「おいしいよ……」
「雑炊っていうんだ。あとはこれに山菜とかキノコ入れたり、たまに辛いものと混ぜて食べるとこれまたうまいのができあがる」
「へえーむぐっ……食べてみたいかも」
ホシザキにスプーンを突っ込まれながらおいしく雑炊をいただく。ホシザキの言う別種の雑炊も想像するだけでおいしそうな想像ができる。
こんな幸せなところ無粋だが、ホシザキが本当に昨晩の煙草男と違うのか検証したいことが思いついた。
「えっと、ホシザキ君」
「あれ、俺名前言ってたか?」
当たってる。間違いなく昨晩の男と今日の朝の男でまったく違う。よくよくアクシが観察すれば瞳の色の配分も顔つきも喋り方も全然違う。分かりやすく”俺”と”アンタ”を使う今のホシザキ。”僕”と”君”を使う昨日の星嵜。いまのアクシは頭が人生で一番働いていた。一人で勝手に盛り上がり、ホシザキに餌付けをされている。
「俺はホシザキ。まあ、よろしく」
「ん、よろしくね……。ホシザキ君。僕はアクシカル。てきとうにアクシでいいよ」
改めて挨拶と自己紹介を交わし、雑炊を食べ終える。とてもおいしかった。アクシはまた食べたいと瞳を輝かせながら
「これからどこにいくの?」
「アンタと一緒に精霊に出会って契約しに行く」
「え、契約?」
「知らないのか? 大精霊から能力をもらってる人間と精霊って契約ができ──」
「そうじゃなくて、僕が一緒に? 僕は能力なんかもらってなんかいないよ」
アクシは驚いて反論する。自分は大精霊から施しなどもらっていないと。その様子にホシザキは何だこいつと言いそうな顔をしている。
精霊と大精霊。それはアクシが憧れた存在で、自分には縁がない存在でもあった。精霊と縁があるのは世界に八体いる大精霊のどれかから能力をもらっている人間のことである。祝福の言葉と共に力を授かり、同じ大精霊を信奉する精霊を連れて人々を導くのが精霊教会の中で模範的であり憧憬を集める者と、教会の出す書物に記載されていること。自分は相応しくないとアクシは早口で解説する。
それをほーんと耳をかきながら聞き流すホシザキが一人。
「そもそも、大精霊様から能力をもらえる人間なんてこの世にわずかしか──」
「アンタ。どの都市出身なんだ」
「え、なに急に。僕は十七番都市だけど」
「あーじゃあ納得。アンタ、思いっきり嘘を教えられてるわ」
「う、嘘っ!?」
「簡単に言うと、能力者はこの世に六割近くいる。能力者が模範的とか言ってるけど、普遍的の方が正しいな。それに祝福の言葉なんか一言レベルだし絶対に覚えられないように細工されてる」
「え、え……」
「あっ、なに泣いてんだ」
唐突に自分が常識だと思っていたことが嘘と諭され、アクシの脳内はパニックになり、そしてそのまま大粒の涙をポロポロと流して始めた。
「十七の都市はリーダーが金にうるさいおっさんの一族が何年もやってるからな。そうやって都合のいいこと書かれてるのもあるんだよ。宗教あるある」
「じゃあ、僕ってその能力者側なの?」
「そうだな。アンタの目がそう言ってる」
アクシは目をこすりながら涙を拭う。目に細菌が入るとホシザキから手ぬぐいで邪魔をされる。拭き終わると、アクシは嬉しそうな笑みを浮かべる。まさか自分が能力者側だとは露一滴以上にも思っていなかったらしい。力があればと願っていたが、本当に持っていたとは。微笑みながらもさっさと行くぞとホシザキに急かされ、出発の準備を始める。
「これ着てみろ。アンタのその寒そうな恰好見てられない」
ホシザキから上着を手渡される。厚手で着心地がいい素材でできている。そういえばと、アクシは自分の服装を見るが、まるですぐにでも剥せるくらいに薄い装束であり、これでは確かにケガしやすく温度変化にも耐えられない。ただでさえ今は三月末の時期。寒暖差はとても激しい不安定な季節にある。ありがたくその上着をアクシは受け取り着こむ。ほのかに温かさを感じる。
「ほら乗って」
「今日契約するの」
「その予定」
「場所わかるの?」
「まあな。場所や日時を
「それって」
「あーたぶん、アンタも出会った奴だ。迷惑かけてたら申し訳ないが、アイツは本気だからな」
アクシはそれ以上何も言わなかった。ホシザキも言わなかった。昨晩のことをホシザキは知らなくても、別人格の彼のことは知っているみたいで、アクシに向かって申し訳なさそうな顔をしている。
「あはは。弱み握られてるし、無一文だからついていくよ。それに本物の精霊様に会えてしかも契約できるってなったらすっごく楽しみだし!」
「……そうか。だが、アイツも別に悪い奴じゃないんだよな。説得力なんか微塵も無いけどな」
「ちょっと丁寧な言葉使いのあの人よりは、口が悪い君の方がいいかな」
「物好きだなアンタ。嫌いじゃない」
もっと何か言いたげな表情だったが、ホシザキはバイクを動かす。またアクシは後ろに座って星嵜に腕を回してしがみつく。
「それじゃさっそく超絶都合がいい精霊にアポしかけるか」
──珍しい三姉妹の精霊らしい。そう言う彼は夜に見た笑みとは違い、年相応に目を輝かせ笑っていた。