ガチャリ、と【どこでもドア】を開けるのび太。
「ここが誰も行ったことのない場所?」
目の前に広がっていたのは、古びた神社だった。長い年月を経ているのだろう。鳥居はところどころ色が剥げ落ち、石畳にはひびが入り、境内には雑草が生い茂っている。人の手が入らなくなって久しいことは、一目見ただけで分かった。
「うへぇ……、なんだか不気味なところだなぁ」
思わず身震いするのび太。とはいえ、せっかく見つけた"誰も行ったことのない場所"だ。このまま帰るのももったいないと思い、のび太はどこでもドアをスペアポケットへしまい境内を歩き始めた。
社殿の中を覗いてみると、天井には無数の蜘蛛の巣が張り巡らされ、床板はところどころ抜け落ちている。賽銭箱には埃が積もり、今にも崩れそうなほど傷んでいた。 一通り見て回ったところで、のび太は境内をぐるりと見渡した。
「……あれ?」
のび太はふと違和感を覚えた。さっきまでよく見えていた鳥居の向こうが、白く霞んでいる。そして気が付けば、辺り一面が濃い霧に包まれていた。
「うわっ、いつの間に!」
霧はみるみるうちに濃くなり、数メートル先さえ見えなくなる。
「こんなに霧が濃いと探索どころじゃないや、今日は帰ろう」
そう言いながらスペアポケットへ手を入れた、その瞬間だった。
──グニャン。
足元の感触が、不意に消えた。
「え……?」
石畳が、水面のようにゆらりと波打つ。
体勢を立て直そうとした時には、もう遅かった。
「うわあああぁぁぁっ!!」
地面が音もなく裂け、のび太の体は暗い闇の中へと吸い込まれていく。伸ばした手は空を切り、悲鳴だけが霧の中へ吸い込まれていった。
「ド、ラ、え、も、ん〜〜〜!!!」
のび太は最後に親友の名前を叫んだ。しかし、その声は虚しく響くばかりだった。
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「もぐもぐ……。のび太くん、大丈夫かなぁ。」
時間は少し遡り、二十二世紀。タイムマシンの定期車検を終えたドラえもんは、整備センターに併設された休憩スペースで、大好物のどら焼きを頬張っていた。窓の外では、大小さまざまなタイムマシンが整備用レーンを行き交っている。整備ロボットが機体を持ち上げ、工具を器用に動かしながら点検を進める光景は、この時代ではごくありふれた日常だ。
ドラえもんが愛用するタイムマシンも、そのうちの一台だった。
定期車検には三日ほどかかる。そのためドラえもんは、出発する前にのび太の机へ一枚の置き手紙を残してきた。追伸として書いた最後の一文は、少し迷った末に書き加えたものだった。
のび太は困ったことがあると、すぐひみつ道具に頼ろうとする。
そのたびに騒動になり、最後は二人そろって反省する――。そんなことを何度繰り返してきただろうか。だから今回、ドラえもんは四次元ポケットの中身も必要最低限を除いて未来へ持ち帰ってきた。
これなら安心。そう思っていたはずなのだが。
「やっぱり、少し心配だなぁ……」
どら焼きをもう一口かじる。ふわふわの皮と甘いあんこの味が口いっぱいに広がる。それはドラえもんが何より好きな味のはずなのに、今日はどこか上の空だった。頭に浮かぶのは、いつも自分の後ろをついて回る、あの少し頼りない親友の姿。
宿題はいつも後回し。
朝はなかなか起きられず、テストは赤点ばかり。
道を歩けば野良犬に追いかけ回され、何もないところで転んではドブにはまり、運が悪ければジャイアンやスネ夫にからかわれて泣きながら帰ってくる。
本人は決して悪い子ではない。
むしろ困っている人を放っておけない、お人好しで優しい性格だ。
だからこそ、余計なことに首を突っ込み、気づけば騒動の真ん中に立っている。
そんな姿を、ドラえもんは誰よりも近くで見続けてきた。
「ぼくがいない三日間くらい、何事もなく過ごしてくれればいいんだけど……」
ぽつりと漏らした独り言は、誰に聞かせるでもない。その時だった。
「んもう、お兄ちゃんたら」
聞き慣れた声に振り返ると、買い物袋を抱えたドラミが、呆れたような笑みを浮かべながら立っていた。
「また、のび太さんのこと考えてたの?」
「うん。だって、相手はのび太くんだよ? 放っておくと何をしでかすかわからないんだ」
「まったく、心配しすぎよ。のび太さんだって三日くらいなら、ちゃんとお留守番くらいできるわ」
「……だといいんだけどね」
そう言いながらも、胸の中の小さな不安は消えなかった。
ドラミは買い物袋をテーブルへ置くと、ドラえもんの向かいの席へ腰を下ろした。
「はい、お兄ちゃんの分!」
袋の中から、どら焼きの包みを一つ取り出して差し出す。
「わぁ! ありがとう、ドラミ!」
ドラえもんの表情がぱっと明るくなる。しかし、その笑顔も長くは続かなかった。受け取ったどら焼きを眺めながら、また小さくため息をつく。
「そんなに心配なら、【タイムテレビ】でも見てみればいいんじゃない?」
ドラミが呆れたように言う。
「うーん……、でも、あんまり過保護になるのも良くないかなって」
「そう?」
「のび太くんも少しずつ、一人でできることを増やしていかなきゃいけないしね」
そう言って笑ってみせるものの、その笑顔はどこかぎこちなかった。ドラミはそんな兄の様子を見て、小さく苦笑する。
「お兄ちゃんって、本当にのび太さんのお世話が好きなのね」
「好きっていうか……、放っておけないんだよ」
ドラえもんは照れくさそうに頭をかいた。
「ぼくが未来から来たのは、のび太くんを幸せにするためだから」
その言葉には、迷いがなかった。
のび太と過ごした長い日々。
笑ったことも、泣いたことも、ケンカしたことも数え切れない。
だからこそ、ドラえもんにとってのび太は、ただの居候相手でも、お世話をする相手でもない。
かけがえのない親友だった。
「……まあ、帰ったらまた宿題を手伝わされるんだろうけど」
「あはは。それはいつものことね!」
二人は顔を見合わせて笑う。その時だった。
ピピピピッ。
『ドラえもん様、タイムマシンの最終点検が終了しました。』
整備センターから、アナウンスが流れてきた。
「もう終わったんだ」
ドラえもんは立ち上がり、最後のどら焼きを口へ放り込む。
「じゃあドラミ、ぼく行ってくるね」
ドラミへ軽く手を振り、ドラえもんは休憩スペースを後にした。
この時のドラえもんは、まだ知る由もなかった。
たった今、自分の親友が、人間も妖怪も入り乱れる幻想の世界へ迷い込んでしまっていることを。
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「うわぁあああ~~~~っ!?」
のび太はあの後、全く訳の分からない空間へと飲み込まれた。
そこには上も下も、右も左も存在しない。
真っ暗というわけではない。かといって明るいわけでもなく、紫とも黒ともつかない色彩が絶えず揺らめき、世界そのものがぐにゃりと歪んでいるようだった。景色と呼べるものは何一つなく、ただ得体の知れない空間だけが果てしなく広がっている。
その中を、のび太の体は木の葉のように翻弄されていた。
激しい流れに巻き込まれ、体は何度も回転する。何かにつかまろうと必死に手を伸ばしても、指先が触れるのは空気ですらない"何か"だけ。足を踏ん張る地面もなく、支えになるものはどこにもなかった。
ただ流され、回され、運ばれていく。
自分がどこへ向かっているのかさえ、もう分からなかった。
「ドラえもぉぉぉん!!」
必死の叫びは虚しく空間へ吸い込まれ、何の反響もなく消えていく。
返事はない。
助けてくれる青いネコ型ロボットも、いつものように「しょうがないなぁ」と笑ってくれる声も聞こえなかった。
どれほどそうしていただろう。
一分だったのか。
十分だったのか。
それとも、ほんの数秒だったのか。
時間の感覚すら曖昧になり始めた、その時だった。
ふっと、全身を包んでいた浮遊感が消えた。
「え……?」
次の瞬間、誰かに放り投げられたかのように、のび太の体は空間の外へ弾き出される。
「うわあああぁぁぁっ!!」
視界いっぱいに飛び込んできたのは、どこまでも青く澄み渡る空だった。
そのはるか下には、緑一色に染まった大地が広がっている。
重力に引かれるまま、のび太の体は真っ逆さまに落ちていく。
「い、いやだぁぁぁっ!!」
夢中で手足をばたつかせる。
しかし、空中では何の意味もなかった。
耳元で風が激しく唸りを上げ、景色がみるみる迫ってくる。
落ちる。
このまま地面へ――。
ドシンッ!!
「いたたたたた……。」
鈍い衝撃が全身を駆け抜け、のび太は草むらの上を二、三度転がった。
柔らかな草が衝撃を吸収してくれたおかげか、骨が折れたような痛みはない。それでも全身は痺れるように痛み、しばらくは指一本動かす気力も湧かなかった。
「うぅ……。」
背中をさすりながら、ようやく上半身を起こす。目に飛び込んできたのは、どこまでも青く澄み渡る空だった。ゆっくりと体を起こし、ふらつきながら立ち上がる。足元には、見渡す限りの草原。遠くには鬱蒼と茂る深い森が広がり、そのさらに向こうには幾重にも山々が連なっている。吹き抜ける風が草を揺らし、小鳥たちのさえずりが静かな大地に響いていた。
あまりにも穏やかで、美しい景色だった。
だからこそ、その中にぽつんと立つ自分だけが、まるで場違いな存在のように思えた。
「ここ……、どこ?」
その時、不意にヒュン、と何かが風を切る音が聞こえた。
「……?」
のび太は顔を上げる。すると青く澄み渡る空の中に小さな黒い影が一直線に横切っていくのが見えた。
「鳥……?」
思わず目を細める。しかし、どこか違和感があった。鳥ならあるはずの翼が見当たらない。それなのに、その影は風を切り裂くような速さで空を駆け抜けていく。
「……気のせい、かな?」
のび太は何度も目をこすった。あんな不思議な場所へ放り込まれて、あんな高いところから落ちてきたのだ。頭でも打って、おかしくなってしまったのかもしれない。きっとそうだ。そう自分に言い聞かせようとした、その瞬間だった。
ビューンッ!!
黒い影が、さっきとは比べものにならない速さでのび太の頭上を飛び抜ける。巻き起こった風が髪を乱し、思わず肩をすくめた。
「えぇぇぇぇぇぇっ!!?」
あまりの出来事に尻もちをつき、そのまま呆然と空を見上げる。
今度ははっきりと見えた。大きな黒い三角帽子。白いエプロンを重ねた黒い服。風になびく金色の髪。そして何より、のび太は信じられなかった。その少女が
その姿を見て、のび太はあの時の冒険のことを思い出した。ドラえもんのひみつ道具【もしもボックス】を使って、科学の代わりに魔法が発達した世界を作り出したこと。そしてその弊害で地球侵略を企む悪魔の軍勢が接近していたのを知り、その世界で知り合った魔法使いの美夜子さんと共に大魔王デマオンを倒したことを。
「あ、あれは...、魔女!?」
思わず漏れた声は、自分でも信じられないほど震えていた。少女はそのまま飛び去るかと思われたが、何かに気付いたように空中でぴたりと動きを止める。箒を器用に操りながらゆっくりと振り返ると、その視線は真っ直ぐのび太へ向けられた。
「……ん?」
数秒の沈黙。風だけが草原を吹き抜け、二人の間を静かに流れていく。やがて少女は小さく首をかしげると、「見ない顔だな」とぽつりと呟き、箒の向きを変えてゆっくりと高度を下げ始めた。
ふわり、と風に乗るように草原へ降り立つ。着地したその姿は、さっきまで空を飛んでいたとは思えないほど軽やかだった。少女は物怖じする様子もなく草を踏み分けながらのび太の方へ歩いてくる。まるで珍しい生き物でも見つけたような好奇心が、その金色の瞳には隠しきれず浮かんでいた。
じろじろと全身を見回され、のび太は思わず一歩後ずさる。
「え、えっと……」
情けない声が漏れる。
少女はのび太の半袖や半ズボンを興味深そうに眺め、腕を組むと小さく首をかしげた。
「人里の子じゃなさそうだし、その服も見たことないな」
そして口元にいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「お前、外来人だな?」
さて、このあとのび太は一体どうなるのか? 楽しみに待っててください。
感想、評価、ここすき等をもらえると作者が喜びます。泣きながら。
追伸 なんか文章作るのが下手のなったというか、あれこれ考えすぎて、投稿に時間がかかってしまう...。最近の悩みです。