機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
宇宙は静かだった。
廃棄宙域の外縁。
デブリ帯の影を縫うように、一隻の大型艦が航行している。
外から見れば、旧式の輸送艦にしか見えない。
武装は最低限。艦から漏れる熱も、できる限り抑えられていた。
だが、その内側は違っていた。
輸送船にあるはずの雑然とした気配はない。
貨物を固定する音も、人の声も少ない。
艦内は、息を潜めているような静けさに包まれていた。
「前方宙域に高出力熱源反応」
オペレーターの声が、艦橋に響いた。
「識別……ザフト艦級」
艦橋中央。
艦長席に座る男が、ゆっくりと顔を上げる。
焦りはなかった。
ただ、その目だけが鋭くなる。
「艦種……ミネルバ級と思われます」
その一言で、艦橋の空気がわずかに変わった。
ミネルバ。
ザフトの最新鋭戦艦。
こんな宙域で、気軽に出くわしていい相手ではなかった。
艦長は小さく舌打ちした。
「こんなタイミングでか……」
艦橋の端で端末を見ていた白衣姿の男が、静かに顔を上げた。
「まだ、こちらに気づいたとは限りません」
「だが向こうはミネルバだ。あの艦は目も耳も鋭い」
艦長は振り向かずに返す。
白衣の男は少しだけ考え、すぐに口を開いた。
「警戒態勢へ移行してください。MS当直機を待機状態へ」
「……No.2は?」
「今回は不要です。現在の当直要員のみで十分でしょう」
その言葉とほぼ同時に、艦内放送が静かに流れた。
『第一警戒態勢へ移行』
『MS当直要員は発進準備』
同時刻。
艦内格納庫。
薄暗い照明の下、一機の白いMSが静かに佇んでいた。
純白で、細身の機体。
腰部から広がる大型スカート装甲。
鋭さよりも、優雅さが先に目につく姿だった。
兵器であるはずなのに、ただの兵器には見えない。
白い装甲の奥に、何か冷たい意志が眠っているように見えた。
そのコクピットの中に、一人の少女がいた。
白いパイロットスーツに包まれた肩は細く、身体つきもひどく華奢だった。
背中からは、何本ものケーブルが伸びている。
ヘルメットに隠され、その顔は見えない。
少女は、無機質な視線のまま、モニターに映るミネルバの艦影を見つめていた。
『L-31、発進準備』
機械音声が響く。
少女――L-31は、静かに頷いた。
「了解」
*****
同時刻。
ザフト最新鋭戦艦ミネルバ。
そのブリッジにも、緊張が走っていた。
「前方宙域に大型艦反応」
通信士メイリンの声が響く。
「IFF応答なし。所属不明艦です」
艦長席のタリアが、わずかに眉を寄せた。
こんな宙域を、所属不明の大型艦が単独で航行している。
それだけで十分に不自然だった。
「通信を開いて」
「はい」
正面モニターに回線が接続される。
だが、返答はない。
タリアは静かな声で続けた。
「所属不明艦へ通達。こちらはザフト軍所属ミネルバ」
「貴艦の所属および航行目的を確認したい」
数秒の沈黙。
返答は、なかった。
ブリッジの空気がわずかに張り詰める。
「艦長……」
副長のアーサーが、緊張した声を漏らした。
タリアは正面から視線を逸らさない。
「再通達。所属不明艦、停止しなさい」
「これ以上の航行継続は、警告対象となる」
それでも返答はなかった。
大型艦は進路を変えず、速度も落とさない。
「速度維持中。逃走の可能性があります」
メイリンが艦長席へ顔を向ける。
タリアの判断は短かった。
「MS隊、発進準備。シン、レイを出して」
格納庫。
警報灯が赤く点滅する。
「また臨検任務かよ……」
ミネルバ所属パイロット、シン・アスカは、ヘルメットを抱えて通路を駆けていた。
その横では、レイ・ザ・バレルがすでに静かにコクピットへ乗り込んでいる。
「所属不明艦だ。警戒は必要だろう」
「分かってるけどさ」
シンはインパルスへ飛び乗った。
格納庫奥のモニターには、問題の大型艦が映っている。
旧式輸送艦。
そう見える。
だが、何かが引っかかった。
「……?」
シンがわずかに眉を寄せる。
艦の形。
熱源の並び。
機関部の配置。
どこか、輸送艦らしくない。
『シン、聞こえますか?』
メイリンから通信が入った。
『相手からの通信応答ありません。気をつけて』
「了解」
インパルスが起動する。
コアスプレンダーがカタパルトへ移動し、後方ではレイのブレイズザクファントムも出撃位置についていた。
『両機は所属不明艦へ接近。武装解除および停船を要求』
『抵抗の兆候を確認した場合のみ、交戦許可を与えます』
タリアの声が、全通信に響く。
『無用な攻撃は避けなさい』
「了解!」
カタパルトが開く。
まばゆい光が、格納庫の中へ差し込んだ。
「シン・アスカ、インパルス! 出る!」
白と赤の機体が宇宙へ飛び出す。
その後を、レイのブレイズザクファントムが追った。
遠方で、所属不明の大型艦はなおも静かに航行を続けている。
その格納庫で、白いMSが起動を始めていた。
女王が、眠りから目覚めるように。