機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
翌日。
艦長室には、前日と同じ重さの沈黙が落ちていた。
L-31は、再び椅子に座っている。
両手には手錠。
両脇には警備兵。
向かい側にはタリアとアーサー。
そして少し離れた位置に、アスランが立っていた。
前日の事情聴取で分かったことは多い。
研究所所属。
人格形成研究。
被験体。
名前はなく、識別番号だけを持つ少女。
だが、それらはまだ入口にすぎなかった。
タリアは机の上で手を組み、L-31を見つめる。
その隣で、アーサーは端末を開いたまま黙っていた。
L-31は変わらない。
怯えるでもなく、警戒するでもなく、ただ次の質問を待っている。
その沈黙を破ったのは、アスランだった。
「1つ、聞かせてくれ」
L-31の視線が、アスランへ向く。
「はい」
アスランは一瞬だけ言葉を選んだ。
遠回しに聞くべきか。
それとも、正面から問うべきか。
迷いは短かった。
「君は、なぜラクス・クラインに似ている」
アーサーが顔を上げた。
タリアは何も言わない。
部屋の空気が、わずかに止まる。
L-31は数秒だけ考えた。
質問の意味を確認しているようだった。
そして、答えた。
「私は、ラクス・クラインを基準個体として作製された模倣個体です」
即答だった。
あまりにもあっさりと。
まるで、血液型か身長でも答えるように。
アーサーが息を呑む。
アスランの表情も、わずかに強張った。
L-31は続ける。
「外見的特徴と遺伝形質は、ラクス・クラインの情報を基準に調整されています」
「そのため、容姿に高い類似性があります」
沈黙。
誰もすぐには言葉を返せなかった。
予想していなかったわけではない。
むしろ、薄々は気づいていた。
あれほど似ていて、偶然であるはずがない。
それでも、本人の口から断言されると、重さが違った。
アスランは静かに目を伏せる。
ラクスの顔。
そして、目の前の少女。
似ている。
似すぎている。
だが、中身はまるで違う。
その事実が、余計にやりきれなかった。
タリアは、慎重に問いを重ねる。
「その研究結果は?」
L-31は答える。
「不合格です」
アーサーの指が、端末の上で止まった。
「不合格……?」
「はい」
L-31は表情を変えない。
「私は失敗作です」
「そのため、廃棄予定でした」
室内の空気が、さらに低く沈んだ。
廃棄。
人間に向ける言葉ではない。
少なくとも、タリアにはそう聞こえた。
だがL-31は、その言葉を自分に向けて使った。
悲しみも、怒りも、恥もない。
ただ事実として。
「……今日はここまでにしましょう」
タリアはゆっくりと息を吐いた。
これ以上、今の場で聞くべきではない。
そう判断したのは、感情だけではなかった。
情報が重すぎる。
整理しないまま進めれば、判断を誤る。
「医務室へ戻して。警備は継続」
「了解しました」
警備兵がL-31を立たせる。
L-31は、いつも通り従った。
自分が何を語ったのか。
それが目の前の大人たちに何をもたらしたのか。
まるで理解していないようだった。
扉が閉まる。
残されたのは、タリアとアーサー。
そして、アスランだけだった。
重い沈黙のあと、アーサーが小さく息を吐いた。
「……頭が痛くなりますね」
タリアは否定しなかった。
人格形成研究。
ラクス・クラインを基準にした模倣個体。
不合格。
失敗作。
廃棄予定。
どれも常識では測れない言葉ばかりだった。
その時、扉が控えめに鳴った。
「入って」
扉が開く。
入ってきたのは、整備主任と医療主任だった。
2人とも、表情は硬い。
嫌な予感しかしなかった。
タリアは額に指を添えたまま問いかける。
「今度は何かしら」
整備主任が1枚の資料を差し出す。
「白いMSの解析初期結果です」
タリアは資料を受け取る。
「何か分かったの?」
「はい」
整備主任は頷いた。
「コクピット内部から、神経接続回路を発見しました」
アスランの表情がわずかに変わる。
タリアも視線を上げた。
「神経接続?」
「はい」
整備主任が資料を切り替える。
白いMSのコクピット内部構造図。
操縦席の背面、側面、首元にあたる位置。
そこに、赤い印が並んでいた。
「接続針です」
「確認できただけで、36本」
室内が静まり返る。
アーサーが思わず聞き返した。
「36本?」
「はい。操縦者へ直接接続する構造です」
タリアは資料を見つめた。
だが、数字だけではまだ実感が追いつかない。
医療主任が前へ出た。
「神経接続そのものは、本来、医療用途の技術です」
資料が切り替わる。
映し出されたのは、医療用の義手だった。
「事故や戦傷で失われた四肢を補うために、神経信号を機械へ伝達する。そういう目的で開発されたものです」
「現在では、体表インターフェースや神経保護機能も普及しています。適切な処置を行えば、使用者が苦痛を感じることはほとんどありません」
人を救うための技術。
そこまでは、理解できた。
「問題は、あの白いMSです」
医療主任の声が低くなる。
次に表示されたのは、L-31の診断画像だった。
背中。
首筋。
肩。
腰。
脊椎周辺。
幼い少女の身体に、いくつもの痕が残されている。
アーサーが息を呑んだ。
「これは……」
「神経接続痕です」
医療主任が答える。
画像が拡大される。
赤く変色した皮膚。
硬化した組織。
炎症。
そして、治癒した痕跡。
「同一箇所への反復接続痕が確認されています」
「少なくとも、1度や2度ではありません」
さらに別の画像へ切り替わる。
背面全体。
そこには、無数の炎症痕が散らばっていた。
タリアの表情が険しくなる。
医療主任は続けた。
「本来であれば、体表インターフェースを介します。あるいは、神経保護処置を行います」
「ですが、彼女にはその形跡がありません」
アスランが低く呟いた。
「直接刺しているのか」
医療主任は頷く。
「はい。神経へ直接です」
誰も、すぐには言葉を発しなかった。
「処置なしの神経接続は、1本でも激痛を伴います。常識では考えられません。麻酔なしに手術を行うようなものです」
医療主任の声は静かだった。
だが、その静けさがかえって重い。
「被験者によっては失神します。神経系が処理できる限界を超えれば、脳障害や神経障害を引き起こす危険もあります」
アーサーの顔色が変わる。
「1本で……?」
「はい。実験段階でも、複数接続は危険視されています」
医療主任は、再び機体の構造図へ戻した。
36本の赤い印。
異様な数だった。
「あの白いMSには、36本」
「そしてL-31の身体には、それに対応する接続痕が存在します」
タリアは、ようやく理解した。
理解してしまった。
「まさか……」
医療主任は、静かに頷く。
「常用されています」
「少なくとも、戦闘時のみの試験運用ではありません。繰り返し使用されていたと見て間違いありません」
アスランが目を閉じた。
あの戦闘。
4機を相手に、白いMSは空間そのものを狭めるように戦っていた。
未来を読むように進路を塞ぎ、こちらの行動を先に潰していた。
その裏で。
あの少女は、これを受けていた。
36本の針を。
神経へ直接。
医療主任は、最後に言った。
「正直に申し上げます」
「私は神経接続技術の専門ではありません。ですが――」
そこで、言葉が止まる。
「こんな運用方法は見たことがありません」
「……人体を前提としていない」
静寂。
誰も口を開かなかった。
タリアは机に視線を落とす。
ようやく研究所の異常性を理解し始めたと思っていた。
だが違った。
これは、まだ氷山のごく一部にすぎない。
ラクス・クラインを模した少女。
失敗作と呼ばれた被験体。
そして、36本の接続針。
ミネルバが拾ったものは、もはや1機の敵MSでも、1人の捕虜でもなかった。
戦争の裏側で、人間を部品に変えるための証拠だった。