機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
タリアは机の上で手を組む。
研究所、人格形成研究、失敗作、そして廃棄予定――
どれもが十分に異常であり、整理すべき情報が多すぎだ。
艦長室に沈黙が落ちる。
その時だった。
これまで黙っていたアスランが口を開く。
「一つ聞かせてくれ」
「はい」
L-31は視線を向ける。
アスランは一瞬だけ言葉を選んだ。
しかし結局、遠回しな表現は使わない。
「君はなぜラクス・クラインに似ている」
アーサーが思わず顔を上げた。
タリアも何も言わない。
部屋の空気が止まる。
L-31は数秒だけ考えた。
質問の意味を確認するように。
そして
「私はラクス・クラインを基準個体として作製された模倣個体です」
即答だった。
あまりにもあっさりと、まるで血液型でも答えるように
アーサーが息を呑む。
アスランの表情も僅かに強張った。
だがL-31は続ける。
「遺伝情報はラクス・クライン由来です。そのため外見的特徴に高い類似性があります」
沈黙。
誰もすぐには言葉を返せなかった。
予想していなかった訳ではない。
むしろ薄々気付いていた。
だが、本人の口から断言されると重みが違う。
アスランは静かに目を閉じた。
ラクスの顔、そして目の前の少女。
確かに似ている。似過ぎている。
だが――中身はまるで違った。
その事実が余計にやりきれなかった。
「……今日はここまでにしましょう」
タリアはゆっくり息を吐く。
それ以上は聞かなかった。
いや、聞くべきではない気がした。
今はまだ。
*****
L-31は警備兵に連れられ艦長室を後にした。
残されたのはタリアとアーサー。
そしてアスランだけだった。
「……頭が痛くなるな」
珍しく弱音に近い言葉が漏れる。
アーサーも苦笑するしかなかった。
人格形成研究、ラクス・クラインの由来の模倣個体。
どれも常識では測れない話ばかりだった。
その時だった。
コンコン、と扉が鳴る。
「入れ」
扉が開いた。
入ってきたのは整備主任と医療主任だった。
二人の表情は硬い。
嫌な予感しかしない。
タリアは額を押さえたまま問いかけた。
「今度は何かしら」
整備主任が一枚の資料を差し出す。
「白いMSの解析結果です」
タリアは受け取る。
「何か分かったの?」
「はい」
整備主任は頷いた。
「コクピット内部から神経接続回路を発見しました」
アスランの表情が僅かに変わる。
タリアも視線を上げた。
「神経接続?」
「はい」
整備主任は資料を切り替える。
敵MSのコクピット内部構造図。
その中央部に赤い印が並んでいた。
「接続針です」
「確認できただけで36本」
室内が静まり返る中、アーサーが思わず聞き返す。
「36本?」
「はい。操縦者へ直接接続する構造です」
タリアは資料を見つめる。
だが数字だけでは実感が湧かなかった。
医療主任が前へ出る。
「まず神経接続そのものについて説明します」
資料が切り替わる。
今度は医療用の義手だった。
「元々この技術は医療用途です。
事故や戦傷によって失われた四肢を補うために開発されました」
画面には義手を動かす患者の映像。
「神経信号を機械へ伝達し、失われた身体機能を補助する技術です」
タリアもアスランも黙って聞いていた。
医療主任は続ける。
「現在では体表インターフェースも普及していますし、神経保護機能も備わっています。
適切な処置を行えば、使用者が苦痛を感じることはほとんどありません」
ここまでは理解できた。
人を救うための技術だ。
だが。
「問題は白いMSです」
資料が切り替わり、医療主任の声が低くなる。
今度はL-31の診断画像だった。
室内の空気が変わる。
背中、首筋、肩、腰、脊椎周辺。
幼い少女の身体にいくつもの痕が残されていた。
アーサーが息を呑む。
「これは……」
「神経接続痕です」
医療主任が答える。
画像がさらに拡大される。
赤く変色した皮膚。
組織の硬化。
炎症。
そして治癒の痕跡。
「同一箇所への反復接続痕が確認されています」
「少なくとも一度や二度ではありません」
さらに別の画像。
背面全体。
そこには無数の炎症痕が散らばっていた。
まるで針山だ。
タリアの表情が険しくなる。
医療主任は続けた。
「本来であれば体表インターフェースを介しますか、あるいは神経保護手術を実施します。
しかし彼女にはその形跡がありません。つまり――」
アスランが低く呟く。
「直接刺しているのか」
医療主任は頷いた。
「はい。神経へ直接です」
沈黙、誰も言葉を発しない。
「処置なしの神経接続は一本でも激痛を伴います。
常識では考えられません。麻酔なしに手術を行うようなものです」
医療主任が静かに言う。
「被験者によっては失神、神経系が処理できる限界を超えれば、脳障害や神経障害を引き起こす危険もあります」
アーサーの顔色が変わる。
「一本で……?」
「はい」
「実験段階でも複数接続は危険視されています」
そして。
医療主任は機体の構造図へ戻した。
三十六本の赤い印。
異様な数だった。
「あの白いMSには36本」
「そしてL-31の身体には対応する接続痕が存在します」
タリアはようやく理解した。
理解してしまった。
「まさか……」
医療主任は静かに頷く。
「常用されています。少なくとも戦闘時のみの試験運用ではありません」
「繰り返し使用されています」
アスランが目を閉じる。
あの戦闘。
四機を相手に圧倒し続けた白い機体。
未来を読むような動き。
空間そのものを支配するような戦い方。
その裏で。
あの少女は。
とんでもない苦痛に耐えていた。
医療主任は最後に言った。
「正直に申し上げます。
「私は神経接続技術の専門ではありませんが――
こんな運用方法は見たことがありません……
……人体を前提としていない」
静寂。
誰も口を開かなかった。
タリアは額を押さえる。
ようやく研究所の異常性を理解し始めたと思った。
だが違った。
これは氷山の一角に過ぎない。
あの少女は単なる被害者ではない。
研究所が何年もの年月を費やして作り上げた異常――いや狂気だ。
そして、この事実が今ミネルバの中に存在している。
タリアはさらに頭痛を悪化させていた。