機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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10.三十六本の針

翌日。

 

艦長室には、前日と同じ重さの沈黙が落ちていた。

 

L-31は、再び椅子に座っている。

両手には手錠。

両脇には警備兵。

向かい側にはタリアとアーサー。

そして少し離れた位置に、アスランが立っていた。

 

前日の事情聴取で分かったことは多い。

 

研究所所属。

人格形成研究。

被験体。

名前はなく、識別番号だけを持つ少女。

 

だが、それらはまだ入口にすぎなかった。

 

タリアは机の上で手を組み、L-31を見つめる。

その隣で、アーサーは端末を開いたまま黙っていた。

 

L-31は変わらない。

怯えるでもなく、警戒するでもなく、ただ次の質問を待っている。

 

その沈黙を破ったのは、アスランだった。

 

「1つ、聞かせてくれ」

 

L-31の視線が、アスランへ向く。

 

「はい」

 

アスランは一瞬だけ言葉を選んだ。

遠回しに聞くべきか。

それとも、正面から問うべきか。

 

迷いは短かった。

 

「君は、なぜラクス・クラインに似ている」

 

アーサーが顔を上げた。

タリアは何も言わない。

 

部屋の空気が、わずかに止まる。

 

L-31は数秒だけ考えた。

質問の意味を確認しているようだった。

 

そして、答えた。

 

「私は、ラクス・クラインを基準個体として作製された模倣個体です」

 

即答だった。

 

あまりにもあっさりと。

まるで、血液型か身長でも答えるように。

 

アーサーが息を呑む。

アスランの表情も、わずかに強張った。

 

L-31は続ける。

 

「外見的特徴と遺伝形質は、ラクス・クラインの情報を基準に調整されています」

「そのため、容姿に高い類似性があります」

 

沈黙。

 

誰もすぐには言葉を返せなかった。

 

予想していなかったわけではない。

むしろ、薄々は気づいていた。

あれほど似ていて、偶然であるはずがない。

 

それでも、本人の口から断言されると、重さが違った。

 

アスランは静かに目を伏せる。

 

ラクスの顔。

そして、目の前の少女。

 

似ている。

似すぎている。

 

だが、中身はまるで違う。

その事実が、余計にやりきれなかった。

 

タリアは、慎重に問いを重ねる。

 

「その研究結果は?」

 

L-31は答える。

 

「不合格です」

 

アーサーの指が、端末の上で止まった。

 

「不合格……?」

 

「はい」

 

L-31は表情を変えない。

 

「私は失敗作です」

「そのため、廃棄予定でした」

 

室内の空気が、さらに低く沈んだ。

 

廃棄。

 

人間に向ける言葉ではない。

少なくとも、タリアにはそう聞こえた。

 

だがL-31は、その言葉を自分に向けて使った。

悲しみも、怒りも、恥もない。

ただ事実として。

 

「……今日はここまでにしましょう」

 

タリアはゆっくりと息を吐いた。

 

これ以上、今の場で聞くべきではない。

そう判断したのは、感情だけではなかった。

情報が重すぎる。

整理しないまま進めれば、判断を誤る。

 

「医務室へ戻して。警備は継続」

「了解しました」

 

警備兵がL-31を立たせる。

 

L-31は、いつも通り従った。

自分が何を語ったのか。

それが目の前の大人たちに何をもたらしたのか。

まるで理解していないようだった。

 

扉が閉まる。

 

残されたのは、タリアとアーサー。

そして、アスランだけだった。

 

重い沈黙のあと、アーサーが小さく息を吐いた。

 

「……頭が痛くなりますね」

 

タリアは否定しなかった。

 

人格形成研究。

ラクス・クラインを基準にした模倣個体。

不合格。

失敗作。

廃棄予定。

 

どれも常識では測れない言葉ばかりだった。

 

その時、扉が控えめに鳴った。

 

「入って」

 

扉が開く。

 

入ってきたのは、整備主任と医療主任だった。

2人とも、表情は硬い。

 

嫌な予感しかしなかった。

 

タリアは額に指を添えたまま問いかける。

 

「今度は何かしら」

 

整備主任が1枚の資料を差し出す。

 

「白いMSの解析初期結果です」

 

タリアは資料を受け取る。

 

「何か分かったの?」

「はい」

 

整備主任は頷いた。

 

「コクピット内部から、神経接続回路を発見しました」

 

アスランの表情がわずかに変わる。

タリアも視線を上げた。

 

「神経接続?」

「はい」

 

整備主任が資料を切り替える。

 

白いMSのコクピット内部構造図。

操縦席の背面、側面、首元にあたる位置。

そこに、赤い印が並んでいた。

 

「接続針です」

「確認できただけで、36本」

 

室内が静まり返る。

 

アーサーが思わず聞き返した。

 

「36本?」

「はい。操縦者へ直接接続する構造です」

 

タリアは資料を見つめた。

だが、数字だけではまだ実感が追いつかない。

 

医療主任が前へ出た。

 

「神経接続そのものは、本来、医療用途の技術です」

 

資料が切り替わる。

映し出されたのは、医療用の義手だった。

 

「事故や戦傷で失われた四肢を補うために、神経信号を機械へ伝達する。そういう目的で開発されたものです」

「現在では、体表インターフェースや神経保護機能も普及しています。適切な処置を行えば、使用者が苦痛を感じることはほとんどありません」

 

人を救うための技術。

 

そこまでは、理解できた。

 

「問題は、あの白いMSです」

 

医療主任の声が低くなる。

 

次に表示されたのは、L-31の診断画像だった。

 

背中。

首筋。

肩。

腰。

脊椎周辺。

 

幼い少女の身体に、いくつもの痕が残されている。

 

アーサーが息を呑んだ。

 

「これは……」

「神経接続痕です」

 

医療主任が答える。

 

画像が拡大される。

赤く変色した皮膚。

硬化した組織。

炎症。

そして、治癒した痕跡。

 

「同一箇所への反復接続痕が確認されています」

「少なくとも、1度や2度ではありません」

 

さらに別の画像へ切り替わる。

 

背面全体。

そこには、無数の炎症痕が散らばっていた。

 

タリアの表情が険しくなる。

 

医療主任は続けた。

 

「本来であれば、体表インターフェースを介します。あるいは、神経保護処置を行います」

「ですが、彼女にはその形跡がありません」

 

アスランが低く呟いた。

 

「直接刺しているのか」

 

医療主任は頷く。

 

「はい。神経へ直接です」

 

誰も、すぐには言葉を発しなかった。

 

「処置なしの神経接続は、1本でも激痛を伴います。常識では考えられません。麻酔なしに手術を行うようなものです」

 

医療主任の声は静かだった。

だが、その静けさがかえって重い。

 

「被験者によっては失神します。神経系が処理できる限界を超えれば、脳障害や神経障害を引き起こす危険もあります」

 

アーサーの顔色が変わる。

 

「1本で……?」

「はい。実験段階でも、複数接続は危険視されています」

 

医療主任は、再び機体の構造図へ戻した。

 

36本の赤い印。

 

異様な数だった。

 

「あの白いMSには、36本」

「そしてL-31の身体には、それに対応する接続痕が存在します」

 

タリアは、ようやく理解した。

 

理解してしまった。

 

「まさか……」

 

医療主任は、静かに頷く。

 

「常用されています」

「少なくとも、戦闘時のみの試験運用ではありません。繰り返し使用されていたと見て間違いありません」

 

アスランが目を閉じた。

 

あの戦闘。

4機を相手に、白いMSは空間そのものを狭めるように戦っていた。

未来を読むように進路を塞ぎ、こちらの行動を先に潰していた。

 

その裏で。

 

あの少女は、これを受けていた。

 

36本の針を。

神経へ直接。

 

医療主任は、最後に言った。

 

「正直に申し上げます」

「私は神経接続技術の専門ではありません。ですが――」

 

そこで、言葉が止まる。

 

「こんな運用方法は見たことがありません」

「……人体を前提としていない」

 

静寂。

 

誰も口を開かなかった。

 

タリアは机に視線を落とす。

 

ようやく研究所の異常性を理解し始めたと思っていた。

だが違った。

 

これは、まだ氷山のごく一部にすぎない。

 

ラクス・クラインを模した少女。

失敗作と呼ばれた被験体。

そして、36本の接続針。

 

ミネルバが拾ったものは、もはや1機の敵MSでも、1人の捕虜でもなかった。

 

戦争の裏側で、人間を部品に変えるための証拠だった。

 

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