機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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10.空白の研究(後編)

タリアは机の上で手を組む。

 

研究所、人格形成研究、失敗作、そして廃棄予定――

どれもが十分に異常であり、整理すべき情報が多すぎだ。

艦長室に沈黙が落ちる。

 

その時だった。

これまで黙っていたアスランが口を開く。

 

「一つ聞かせてくれ」

「はい」

 

L-31は視線を向ける。

アスランは一瞬だけ言葉を選んだ。

しかし結局、遠回しな表現は使わない。

 

「君はなぜラクス・クラインに似ている」

 

アーサーが思わず顔を上げた。

タリアも何も言わない。

部屋の空気が止まる。

 

L-31は数秒だけ考えた。

質問の意味を確認するように。

そして

 

「私はラクス・クラインを基準個体として作製された模倣個体です」

 

即答だった。

あまりにもあっさりと、まるで血液型でも答えるように

アーサーが息を呑む。

アスランの表情も僅かに強張った。

 

だがL-31は続ける。

 

「遺伝情報はラクス・クライン由来です。そのため外見的特徴に高い類似性があります」

 

沈黙。

誰もすぐには言葉を返せなかった。

予想していなかった訳ではない。

むしろ薄々気付いていた。

 

だが、本人の口から断言されると重みが違う。

アスランは静かに目を閉じた。

ラクスの顔、そして目の前の少女。

 

確かに似ている。似過ぎている。

だが――中身はまるで違った。

その事実が余計にやりきれなかった。

 

「……今日はここまでにしましょう」

 

タリアはゆっくり息を吐く。

 

それ以上は聞かなかった。

いや、聞くべきではない気がした。

今はまだ。

 

 

*****

 

 

L-31は警備兵に連れられ艦長室を後にした。

残されたのはタリアとアーサー。

そしてアスランだけだった。

 

「……頭が痛くなるな」

 

珍しく弱音に近い言葉が漏れる。

アーサーも苦笑するしかなかった。

人格形成研究、ラクス・クラインの由来の模倣個体。

どれも常識では測れない話ばかりだった。

 

その時だった。

コンコン、と扉が鳴る。

 

「入れ」

 

扉が開いた。

入ってきたのは整備主任と医療主任だった。

二人の表情は硬い。

嫌な予感しかしない。

タリアは額を押さえたまま問いかけた。

 

「今度は何かしら」

 

整備主任が一枚の資料を差し出す。

 

「白いMSの解析結果です」

 

タリアは受け取る。

 

「何か分かったの?」

「はい」

 

整備主任は頷いた。

 

「コクピット内部から神経接続回路を発見しました」

 

アスランの表情が僅かに変わる。

タリアも視線を上げた。

 

「神経接続?」

「はい」

 

整備主任は資料を切り替える。

敵MSのコクピット内部構造図。

その中央部に赤い印が並んでいた。

 

「接続針です」

「確認できただけで36本」

 

室内が静まり返る中、アーサーが思わず聞き返す。

 

「36本?」

「はい。操縦者へ直接接続する構造です」

 

タリアは資料を見つめる。

だが数字だけでは実感が湧かなかった。

医療主任が前へ出る。

 

「まず神経接続そのものについて説明します」

 

資料が切り替わる。

 

今度は医療用の義手だった。

 

「元々この技術は医療用途です。

 事故や戦傷によって失われた四肢を補うために開発されました」

 

画面には義手を動かす患者の映像。

 

「神経信号を機械へ伝達し、失われた身体機能を補助する技術です」

 

タリアもアスランも黙って聞いていた。

医療主任は続ける。

 

「現在では体表インターフェースも普及していますし、神経保護機能も備わっています。

 適切な処置を行えば、使用者が苦痛を感じることはほとんどありません」

 

ここまでは理解できた。

人を救うための技術だ。

 

だが。

 

「問題は白いMSです」

 

資料が切り替わり、医療主任の声が低くなる。

今度はL-31の診断画像だった。

室内の空気が変わる。

 

背中、首筋、肩、腰、脊椎周辺。

 

幼い少女の身体にいくつもの痕が残されていた。

 

アーサーが息を呑む。

 

「これは……」

「神経接続痕です」

 

医療主任が答える。

画像がさらに拡大される。

赤く変色した皮膚。

組織の硬化。

炎症。

そして治癒の痕跡。

 

「同一箇所への反復接続痕が確認されています」

「少なくとも一度や二度ではありません」

 

さらに別の画像。

 

背面全体。

そこには無数の炎症痕が散らばっていた。

まるで針山だ。

タリアの表情が険しくなる。

医療主任は続けた。

 

「本来であれば体表インターフェースを介しますか、あるいは神経保護手術を実施します。

 しかし彼女にはその形跡がありません。つまり――」

 

アスランが低く呟く。

 

「直接刺しているのか」

 

医療主任は頷いた。

 

「はい。神経へ直接です」

 

沈黙、誰も言葉を発しない。

 

「処置なしの神経接続は一本でも激痛を伴います。

 常識では考えられません。麻酔なしに手術を行うようなものです」

 

医療主任が静かに言う。

 

「被験者によっては失神、神経系が処理できる限界を超えれば、脳障害や神経障害を引き起こす危険もあります」

 

アーサーの顔色が変わる。

 

「一本で……?」

 

「はい」

 

「実験段階でも複数接続は危険視されています」

 

そして。

医療主任は機体の構造図へ戻した。

三十六本の赤い印。

異様な数だった。

 

「あの白いMSには36本」

「そしてL-31の身体には対応する接続痕が存在します」

タリアはようやく理解した。

 

理解してしまった。

 

「まさか……」

 

医療主任は静かに頷く。

 

「常用されています。少なくとも戦闘時のみの試験運用ではありません」

「繰り返し使用されています」

 

アスランが目を閉じる。

 

あの戦闘。

四機を相手に圧倒し続けた白い機体。

未来を読むような動き。

空間そのものを支配するような戦い方。

その裏で。

あの少女は。

とんでもない苦痛に耐えていた。

 

医療主任は最後に言った。

 

「正直に申し上げます。

「私は神経接続技術の専門ではありませんが――

 こんな運用方法は見たことがありません……

 ……人体を前提としていない」

 

 

静寂。

 

誰も口を開かなかった。

タリアは額を押さえる。

ようやく研究所の異常性を理解し始めたと思った。

だが違った。

これは氷山の一角に過ぎない。

 

あの少女は単なる被害者ではない。

研究所が何年もの年月を費やして作り上げた異常――いや狂気だ。

 

そして、この事実が今ミネルバの中に存在している。

タリアはさらに頭痛を悪化させていた。

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