機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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100.相変わらずの少女

休暇期間を終えたミネルバは、ディセンベル市第8区の軍用ドックを出た。

 

艦体は停泊宙域へ移され、出発準備に入っている。

外装補修を終えた各部の確認、補給物資の積み込み、次作戦に備えた弾薬の再配置。

その中には、レギナント用の予備装甲を艦内へ搬入する作業も含まれていた。

 

出発予定は夕刻。

詳しい目的地は、まだ一部の士官にしか伝えられていない。

ただ、艦内の空気はすでに休暇の終わりを知っていた。

 

ミネルバ格納庫では、整備班の声と搬送機の作動音が重なっている。

その中央で、シンは足を止めていた。

 

「すごいな……」

 

思わず漏れた声だった。

 

そこに立っていたのは、昨夜本国から運び込まれた2機の新型MSだった。

片方は、インパルスの面影をどこかに残しながらも、全身からまるで別物の圧を放っている。

もう片方は、背部に複数のドラグーンを備えた重厚な機体だった。

 

ヴィーノが端末を操作しながら、得意げに言う。

 

「まずこれ。デスティニーだ。コンセプトは、単機であらゆる戦況に対応できるMS、だってさ」

「インパルスみたいにシルエットを換えるんじゃなくて、最初から全部盛りってわけ」

 

ヨウランが横から補足する。

 

「近距離、中距離、遠距離。全部やるための装備が本体にまとまってる。しかもハイパーデュートリオン機関。エネルギー切れの心配は、ほとんど考えなくていい」

「ほとんど、って何だよ」

「そりゃ、撃たれたり壊れたりしたら別だろ」

「撃たれないし壊さねぇよ!」

 

シンは文句を言いながらも、目は新型機から離れない。

 

背面ユニットの片側には、高エネルギー長射程ビーム砲。

もう片側には、巨大なアロンダイト。

両手の掌にはビーム砲が内蔵され、接触した部位を内側から破壊するための機構まであるという。

 

聞けば聞くほど、シンの胸は熱くなった。

これが、自分の機体になる。

フリーダムとアークエンジェルとの戦いを経て、ようやく手にした新しい力。

 

だが、その熱の奥に、妙な引っかかりもあった。

 

どれだけ強力な武器でも、当たらなければ意味がない。

レギナントの動きを、シンは何度も見ている。

曲がるはずのない角度で曲がり、止まるはずのない距離で止まる。

狙った位置を、白い機体は平然と外してくる。

 

「……これで、セラと勝負になるかな」

 

ぽつりと呟いた声を、ルナマリアが聞き逃さなかった。

 

「新型を見て最初にそれ?」

「いや、だってさ。あいつ、避け方がおかしいだろ」

「それは否定しないけど」

 

セラは少し離れた位置で、バイザーをかけたままデスティニーを見上げていた。

視線は分からない。

けれど、興味を持っていることだけは分かる。

 

「実戦データの取得には協力できます」

「模擬戦でいいからな! 実戦って言うな!」

 

シンが慌てて言うと、セラは短く頷いた。

 

「模擬戦。確認しました」

「本当に確認したか、今の」

 

ヨウランが笑いながら、今度はもう1機へ視線を移した。

 

「で、こっちがレジェンド。こいつもまた、とんでもないぞ」

「最大の特徴はドラグーン11基。セラのレギナントとは方向性が違って、こっちは敵を撃破するための火力に寄ってる」

「まあ、こっちの方が正統派ドラグーンとも言えるな。」

 

ヴィーノが背部の構造を示す。

レジェンドのドラグーンは、射出して敵を囲むだけではない。

装着したまま前方へ向けて撃てば、複数のビームが一斉に走り、正面に強烈な火線を作る。

加えて、通常MS用とは比較にならない長距離ビームライフルと、ビームジャベリン。

遠距離でも近接でも、敵を圧倒するための機体だった。

 

「デスティニーが全部を自分で突破する機体なら、レジェンドは火線で戦場を押し潰す機体って感じだな」

「押し潰す、か」

 

レイが静かに呟いた。

 

その横で、アスランはレジェンドを見上げたまま黙っていた。

この機体は、自分に渡されると聞いている。

シンへのデスティニーと同じく、フリーダム、アークエンジェルとの戦いにおける功績の結果だという説明だった。

 

だが、アスランの目は、自分の新しい機体を見るものではなかった。

 

「レイ」

 

呼ばれて、レイが振り向く。

 

「これは、お前が乗るべきだ」

「俺が?」

 

一瞬、レイの表情に意外そうな色が浮かんだ。

シンも目を丸くする。

 

「アスランさん、いいんですか」

「俺だけで決められることではないが。艦長には、俺から具申する」

 

アスランはレイを見た。

 

「俺にはセイバーがある。機動指揮と航空支援は、今のままでもできる。だが、レイをザクのままにしておくより、レジェンドへ乗せた方がミネルバのためにもいいだろう」

「……」

 

レイはしばらく黙っていた。

感情を読ませない顔で、レジェンドを見上げる。

ドラグーンを備えた機体。

火線を整理し、前線を支え、敵の動きを制限するための機体。

 

やがて、レイは短く息を吐いた。

 

「合理的ですね」

「なら」

「その提案を受けます」

 

シンは少しだけ安心したように笑った。

 

 

「じゃあ、インパルスはルナが乗るとして、俺がデスティニーで、レイがレジェンドか。」

「お前達はまず、機体に振り回されないようにしろ」

「いきなりそれかよ、レイ!」

「こっちはまず、コクピットの掃除からしないとね」

 

整備班から笑い声が上がった。

その時、ヨウランが思い出したように手を叩く。

 

「そういや、レギナントの方も色々変わってるんだよな」

「変わっている」

 

セラが反応する。

 

「ネロ主任がさ、この2機を見て思いついたらしい」

「普通は思いついても一晩でやらないけどな」

「それをやっちゃうんだから、すごいよな、あの人」

 

ヴィーノが感心半分、呆れ半分で言う。

セラはレギナントの方へ顔を向けた。

 

「ドラグーンの変更内容を確認します」

「後でな。今やると出発前チェックが増える」

「確認しました」

 

その返事を聞いて、シンはふと笑った。

 

新しい力が来た。

だが、ミネルバにはそれだけではない。

デスティニーも、レジェンドも、セイバーも、インパルスも、レギナントもある。

 

次の戦場へ向かう準備は、静かに整いつつあった。

 

*****

 

同じ日の午前。

ディセンベル市へ向かう軍用シャトルの中で、タリアは窓の外を眺めていた。

 

民間機ではないため、到着後はそのまま軍施設へ乗り入れることができる。

機内には自分を含めて10人程度が同乗している。

本国から同じ方面へ向かう士官たちも乗っており、機内は静かな緊張を保っていた。

 

到着まで、残り2時間と少し。

 

窓の外には、プラントに浮かぶ各市の区画が遠く広がっていた。

大小のビルが規則正しく並び、その間を車両の灯りが流れていく。

人工の大地も、管理された空も、戦場からは遠いものに見える。

 

時間を持て余していたタリアは、昨今の情報を整理する。

ネメア・インダストリアルの技術が、ロゴス系基地へどこまで入り込んでいるのか。

次の作戦概要にロード・ジブリールの存在と拘束。

アークエンジェル撃破による功績と称したデュランダル議長からのサプライズが、厄介ごとでなければよいのだが。

 

その時である。

視界の端で、光が走った。

そちらに視線を送る。

前方のコロニー外縁近くに、見えたのは見慣れないMSの機影。

いや、見慣れないのではない。

むしろ、見慣れている。

地球連合の量産機。

ダガーLが2機。

 

タリアが呟いた直後、機内に警報が鳴り響いた。

 

『前方デブリ帯付近にMS反応。識別、地球連合系。回避行動に入ります』

 

シャトルが大きく機体を傾ける。

重力制御されている機内に、余計なGが掛かった。

乗っている者は皆軍人であり、パニックになる事はなかったが、座席の肘掛けを握る手に力が入るのは避けられなかった。

 

機体のすぐ脇をビームが走った。

窓の外が一瞬だけ白く照らされる。

 

このままでは撃ち落とされる。

防衛隊に連絡しても間に合うとは到底思えなかった。

タリアは通路を進み、コクピットへ入った。

 

「席に戻ってご着席ください! 危険です!」

 

乗務員がタリアの前で手を広げて止める。

タリアはそれを無視して操縦士たちに告げる。

 

「ミネルバ艦長、タリア・グラディスです。突然ですが通信機をお借りしたい」

 

操縦士と通信士が一瞬だけ振り向く。

警報音の中でも、その名には反応があった。

 

「現在位置をミネルバに回して。緊急救援要請。敵はダガーL2機」

 

通信士は端末に手を伸ばしかけ、しかしすぐに動きを止めた。

 

「救援要請なら既に発信していますが」

「間に合わないわ」

「しかし……」

「このままでは時間がないと言っているの。でもうちにはすぐに来られる機体がある」

 

機体が大きく揺れた。

横を抜けたビームの光が、コクピット内を白く照らす。

操縦士が歯を食いしばりながら操縦桿を倒した。

 

「次は近いです」

 

通信士はまだ迷っていた。

 

「……本当に、間に合うと」

「間に合わせるのよ」

 

タリアの声は低かった。

怒鳴ってはいない。

だが、それ以上の反論を許さない響きがあった。

 

月面基地の残党か。

偵察中に、こちらへ見つかったと判断したのかもしれない。

こちらが実際に機影を確認した以上、あちらから見れば口を塞ぎたい相手になる。

 

考える余裕は長くなかった。

 

シャトルがデブリの中を最大速度で飛び続ける。

腕のいい操縦士は、必死に操縦桿を握り、機体を上下左右へ身を振り続ける。

だが、MSとの推力差は明らかだった。

距離はじわじわと詰まっていく。

 

ビームがまた走る。

今度は機体の後方をかすめ、警告灯が赤く点滅した。

 

「被弾なし。外装表面、熱反応」

「よしよし、そのまま当ててくるなよ下手くそ野郎!」

 

操縦士は平静さを保つため、口汚く声を上げる。

 

敵からの攻撃を受けて数分しか経っていない。

だが機内には永遠とも思える時間が流れている。

 

さらに数十秒。

シャトルの背後に迫ったダガーLが、ついに照準を捉えた。

機内の誰もが、息を止めた。

 

その直後、1機目のダガーLが爆散した。

 

外から走った光が、回避へ移る前の機体を貫いていた。

続けて、2機目。

逃げようとした進路を塞ぐように光が重なり、装甲を焼き抜く。

 

攻撃は、そこで止んだ。

 

シャトルの中に、短い静寂が落ちる。

誰かが息を吐く音がした。

 

窓の外に、白い大型MSが並んだ。

レギナントだった。

シャトルと速度を合わせ、まるで護衛するように横を飛んでいる。

 

「通信を」

 

タリアは通信機を借り、回線を開いた。

 

「セラ、早かったのね」

『はい。出撃待機していました』

 

いつも通りの声だった。

淡々として、揺れがない。

しかし、その返答にタリアは少しだけ目を伏せた。

 

出撃待機。

そう言った。

命令によるものか、ただいつものようにコクピットにいたのか。

おそらく、セラにとっては大きな違いではないのだろう。

 

「助かったわ」

『損傷はありますか』

「掠めただけよ。航行に支障はない」

『確認しました。ミネルバまで護衛します』

「お願い」

 

通信が一度切れる。

コクピット内、そして客席にも安堵の声が漏れていた。

 

タリアは座席に戻り、窓の外を見た。

目の前にはセラが乗っているレギナント。

その背後のコロニーからはいくつものMSが上がってくるのが見えた。

 

あまりに早すぎる到着だった。

どのコロニーの防衛隊よりも、どの哨戒機よりも早く、レギナントはここに来た。

そしてセラは、何の誇りも、驚きも見せず、当然のように護衛位置についている。

 

この子がミネルバに、そして自分に、どれほどのものを返してくれているのか。

数字にも、戦果にも、命令書にも、簡単には置き換えられない。

 

白い機体は、シャトルの横を静かに飛び続ける。

その姿を見ながら、タリアは小さく息を吐いた。

 

次の戦場へ向かう前に、ミネルバはまたひとつ、セラに救われたのだと思った。

 

 

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