機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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本作にストーリー展開につきまして、より原作に寄せたく、
一部内容を変更しました。
本変更は、101話~103話までに影響します。
既に読んでいただいた方にはご迷惑をおかけします。


101.分水嶺(※)

プラントを出発してから、5日が経っていた。

 

ミネルバは地球降下軌道へ向かって航行している。その周辺宙域では、3機のMSが哨戒任務についていた。

 

先頭を進むのは、シンのデスティニー。その後方に、ルナマリアのインパルスとセラのレギナントが続いている。

 

「第3哨戒区画、異常なし」

『こちらでも敵性反応は確認されていません。予定通り、習熟訓練へ移行してください』

 

メイリンの声を受け、3機はミネルバから一定の距離を取った。

 

今回の哨戒には、新型機の習熟訓練も組み込まれている。

 

受領後の5日間、シンとルナマリアは機体を動かすたびに調整を重ねてきた。それでも、格納庫の試運転だけでは分からない部分が残っている。デスティニーを受領したシンだけでなく、インパルスへ乗り換えたルナマリアにとっても、実際の速度域で機体の癖を知るための機会だった。

 

『武装はすべて模擬戦設定。実出力での射撃は禁止だ。接触する場合も機体を損傷させるな』

 

アスランから念を押され、シンは不満そうに眉を寄せる。

 

「分かってますよ」

『その返事が一番信用できない』

「アスランさんまで何なんですか!」

 

ルナマリアの笑い声が通信に混じった。

 

最初はデスティニーとインパルスで行う。

 

2機が向かい合い、レギナントは少し離れた位置へ下がった。

 

『3、2、1、開始』

 

合図と同時に、シンはデスティニーを加速させた。

 

背部から光の翼が広がり、機体が一気に前へ出る。シンは出力を抑えたつもりだったが、インパルスの姿は予想より早く大きくなった。

 

「速っ――!」

 

慌てて照準を向けた時には、デスティニーはインパルスの横を通り過ぎていた。

 

「ちょっと、どこ狙ってるのよ!」

「機体が思ったより前に出たんだよ!」

 

ルナマリアが反転するデスティニーへライフルを向ける。しかし、照準補正が敏感すぎた。狙いを寄せたつもりが、仮想射線はシンの機体を大きく外れる。

 

「今の外すのかよ!」

「インパルスの照準が動きすぎるの!」

 

シンは再び加速した。今度は速度を抑えようとしたが、推力の立ち上がりがインパルスより鋭い。距離を詰めすぎて旋回が遅れ、その隙にルナマリアが横へ抜ける。

 

ルナマリアも機体の動きに慣れていない。避けるだけのつもりが必要以上に距離を取り、撃ち返そうとすれば照準がぶれる。

 

何度交差しても、有効判定は一度も出なかった。

 

『そこまで』

 

アスランの声が入る。

 

「まだいけます!」

『今のまま続けても同じことを繰り返す。まず反応速度を覚えろ』

「……了解」

 

シンは渋々、デスティニーを停止させた。

 

ルナマリアも息を吐き、設定画面を開く。

 

「訓練メニューを組んでおいてもらって正解だったわね」

「まあ……そうだけど」

「実戦だったら、シンは最初の加速で敵を追い越してたわよ」

「ルナだって何もないところを撃ってただろ」

「だから今から調整するの」

 

強い機体へ乗れば、すぐに強くなれるわけではない。2人とも、それを思い知らされていた。

 

ルナマリアが照準感度の調整を始める。その間に、シンはレギナントへ機体を向けた。

 

「セラ。今度は俺とやろう」

「模擬戦の申請ですか」

「ああ。デスティニーなら、今度こそ追いつける」

 

加速力は明らかにデスティニーが上。機体の反応を掴めば、これまで追い切れなかったレギナントにも届くはずだ。

 

『許可する。ただし、性能確認を優先しろ』

 

アスランの許可を得て、2機は距離を取った。

 

「今度は捕まえるからな」

「了解しました」

 

『3、2、1、開始』

 

シンは迷わず推力を上げた。

 

光の翼が残像を引き、デスティニーが一瞬で距離を詰める。機体とセンサーの両方を欺くように複数の像が重なり、シンは正面のレギナントへ腕を伸ばした。

 

セラは動かなかった。

 

対応できないのかと思った瞬間、レギナントの右手がデスティニーの腕を掴む。

 

「なっ――」

 

白い機体が半身になった。

 

正面から受け止めず、突進の勢いを横へ流す。デスティニーは進路を変えられ、そのまま宙へ投げ出された。

 

視界が大きく回る。

シンが姿勢を戻そうとする間に、レギナントのドラグーンが散開した。

 

『右肩部、被弾判定』

『背部推進器、被弾判定』

 

警告表示が重なる。

 

「いきなりかよ!」

 

デスティニーを立て直すと、レギナントはすでに距離を取っていた。

 

「待て!」

 

シンは追った。

 

加速すれば、白い機体の背中はすぐに近づく。最高速度も負けてない。少しずつ間合いを詰め、攻撃判定へ入ろうとした瞬間、レギナントの進路が斜め下へ折れた。

 

デスティニーも旋回する。

 

だが、速度が残っている分だけ外側へ膨らんだ。レギナントはその内側を抜け、別方向へ滑っていく。

 

「くそっ!」

 

もう一度追う。

 

今度も距離は縮まった。しかし、シンが照準を向ける頃には、レギナントは上へ跳ね、そのまま後方へ向きを変えていた。

 

デスティニーは確実に距離を縮めていた。

 

それでも、追いついた時にはもうそこにいない。

 

レギナントは長い直線を使わず、短い加速と急停止を繰り返した。前へ進んでいたはずの機体が横へずれ、次の瞬間には後ろへ回っている。

 

「速度はこっちの方が上なのに!」

「はい。直線加速はデスティニーが上です」

「今それを認められても嬉しくない!」

 

シンは一度距離を取り、レギナントの動きを見る。

 

次に曲がる方向を先読みし、白い機体が右へ振れるより先にデスティニーを回り込ませた。

 

「今度こそ!」

 

予測は当たった。

 

デスティニーがレギナントの横へ並ぶ。速度を合わせ、そのまま取り付こうとしたところで、白い機体が急停止した。

 

シンだけが前へ出る。

 

慌てて振り返ると、レギナントはすでに背後へ回っていた。ビームスプレーガンとドラグーンの照準が、デスティニーの背部へ重なる。

 

『攻撃判定』

 

シンは表示を見つめ、長く息を吐いた。

 

「……降参」

 

『模擬戦終了』

 

レギナントはすぐに武装を下げた。

 

「追いついたのに……」

「追いついてたわね。追い越してたけど」

 

調整を終えたルナマリアが笑う。

 

「次は私よ」

 

インパルスが前へ出る。

 

ルナマリアはシンのように接近戦を挑まず、中距離で戦うことを選んだ。射撃を得意としていないからこそ、この機会に練習したかった。

 

「照準感度、調整完了。今度はさっきみたいに外さないから」

「確認しました」

 

2機が距離を取る。

 

『3、2、1、開始』

 

ルナマリアはビームライフルを構えた。

 

レギナントはほとんど動かない。照準を合わせようとすると、機体をわずかに横へずらす。追えば下へ動き、修正するとまた中心から外れた。

 

大きく避けているわけではないのに、引き金を引く瞬間だけ狙いがずれる。

 

「これ、わざとやってるの?」

「照準の移動を確認しています」

「確認しながら避けないでよ!」

 

焦れたルナマリアは、牽制の仮想射撃を行った。

 

引き金を引いた瞬間、レギナントが動く。

 

正面にいた白い機体が、照準表示から消えた。

 

「えっ」

 

ルナマリアはレーダーを見る。

 

斜め下へ沈んだレギナントは、すでに別の方向へ進んでいた。照準を向けると上へ跳ね、追った先で後ろへ滑る。

 

直線的な動きがほとんどない。

 

遠くから戦いを見ていた時は、急に方向を変える速い機体だと思っていた。自分で狙ってみると、もっと厄介だった。

 

目で追えても、その位置へ照準を向けた時には動きが変わっている。

 

「こんなの、どう狙えばいいのよ!」

 

インパルスを後退させ、距離を広げようとする。

 

その瞬間、レギナントが接近した。

 

白い機体が一気に視界へ迫る。ルナマリアは反射的にライフルを向けたが、照準が重なる直前にレギナントが沈んだ。

 

インパルスの下を抜け、そのまま背後へ回る。

 

『背部推進器、被弾判定』

『頭部センサー、被弾判定』

 

「……参りました」

 

ルナマリアは操縦桿から力を抜いた。

 

模擬戦が終わり、3機は互いに距離を取る。

 

「遠くから見るのと全然違うわね」

「だろ。俺の気持ち分かっただろ」

「シンは最初に投げ飛ばされてたけど」

「それは言うなよ!」

「近接時の運動量を利用しました」

「セラも説明しなくていい!」

 

2人の声が重なり、通信に笑いが広がった。

 

悔しさは残っている。

 

新しい機体を与えられたのに、セラにはまともに攻撃判定を取れなかった。それでも、自分たちが何を扱えていないのかは見えてきた。

 

シンが再戦を口にしかけた時、回線に小さな呼吸音が混じった。

 

「セラ?」

 

ルナマリアの声が変わる。

 

「何ですか」

「少し息が切れてるじゃない」

「シンとルナに対応した機動は、呼吸数が上昇します」

「それを息が切れてるって言うのよ!」

 

シンもレギナントを見る。

 

「大丈夫なのか」

「問題ありません。」

「任務を続けられるかじゃなくて、体のことを聞いてるんだ」

 

セラは少し黙った。

 

「身体状態は許容範囲内です」

 

ミネルバからメイリンの声が入る。

 

『生体信号の上昇を確認しています。今日の模擬戦は終了。3機とも帰投してください』

「哨戒予定区域が残っています」

『別の哨戒機へ引き継ぎます。帰ってきて』

「了解しました」

 

レギナントがミネルバへ向きを変える。

 

シンとルナマリアは、その左右へ並んだ。

 

デスティニーもインパルスも、まだ乗りこなせていない。それでも次に何を練習するべきかは分かった。

 

そして、レギナントの動きがどれほど異常でも、それを続けるセラが無傷ではないことも。

 

3機は速度を揃え、ミネルバへ帰投していった。

 

*****

 

シンとルナマリアが習熟訓練を終えてから、およそ1日が経っていた。

 

地球はすでに、ミネルバの正面モニターに収まりきらないほど大きく見えている。青い海と白い雲がゆっくりと動き、その輪郭に沿って大気の層が淡く光っていた。

 

大気圏突入まで、約60分。

 

ブリッジでは降下軌道の最終確認が続いていた。

 

「予定降下コース、誤差修正完了」

「ジブラルタル管制から誘導データを受信。照合に問題ありません」

「艦内各区画、突入準備を開始しています」

 

報告を聞きながら、タリアは正面の地球を見つめていた。

 

ここまで来れば、大きな進路変更はできない。決められた角度と速度で大気へ入り、ジブラルタルへ向かう。それだけのはずだった。

 

「艦長、前方に熱源反応」

 

メイリンの声が、わずかに硬くなる。

 

「数は8。2個小隊規模です。地球側から上昇してきています」

「所属は」

「照合中。地球連合軍のMSと思われます」

 

アーサーが戦術表示を覗き込んだ。

 

「この高度で仕掛けてくるでしょうか」

「こちらも相手も、重力の影響を受け始めているわ。無理に戦えば、帰投できなくなる可能性がある」

 

タリアは短く考えた。

 

「第二戦闘配備。降下準備は継続しなさい」

「第二戦闘配備、降下準備継続!」

 

警報が艦内へ流れる。

 

8つの反応は、しばらく地球との間に留まっていた。ミネルバを監視し、降下位置を探っているようにも見える。

 

しかし、距離が一定値を切ったところで速度が変わった。

 

「敵機、加速! 本艦へ接近します!」

「降下開始まで」

「42分です」

「迎撃に出すのはデスティニーとレジェンド。セイバーは両機の支援に回して」

「了解!」

 

格納庫の発進灯が切り替わる。

 

『デスティニー、レジェンド、セイバー、発進準備。敵機8、本艦へ接近中』

 

シンはシートへ体を固定し、デスティニーを起動させた。

 

「今度は模擬戦じゃない。ちゃんと動けよ」

『それは機体ではなく、お前の問題だ』

 

レイの声が返る。

 

「分かってるよ!」

『2人とも、新型の性能を引き出そうとするな。今使える範囲で戦え』

 

アスランの言葉に、2人は短く応じた。

 

3機が順にカタパルトから射出される。

 

先頭の敵部隊は、ミネルバを正面から狙わず、降下軌道の左右へ分かれた。艦を沈めるより、進路を乱して突入時刻を遅らせるつもりらしい。

 

「そうはさせるか!」

 

デスティニーが加速する。

 

前日の模擬戦ほど出力を上げてはいない。それでも敵との距離は急速に縮まった。シンは最初の1機を照準へ収め、ビームライフルを撃つ。

 

敵機が回避する。その先へセイバーの射撃が走り、進路を塞いだ。

 

「シン、追いすぎるな。艦との間を空けるな」

「了解!」

 

反対側では、レジェンドがドラグーンを展開していた。

 

射線が敵の周囲へ広がる。だが、ドラグーンの動きは宇宙での訓練時より鈍い。地球へ近づくにつれて軌道が落ち、姿勢補正にも余計な推力が必要になっていた。

 

『重力補正に遅れが出ている』

「無理に広げるな。艦へ近づく敵だけを押さえろ」

 

レイはドラグーンの展開範囲を狭めた。

 

3機は敵をミネルバから引き離しながら、1機ずつ確実に数を減らしていく。このままなら、降下開始までに片づく。

 

そう思われた時、メイリンの声が割り込んだ。

 

『後方より新たな敵影。数12、1個中隊規模!』

「後ろからだと!?」

 

戦術表示に、新しい反応が並ぶ。

 

前方の8機は囮だった。ミネルバが迎撃機を出したところへ、後方から別働隊が迫っている。

 

タリアは直掩に残していた2機を見た。

 

「インパルス、レギナントも発進。後方の敵を迎撃しなさい」

『了解!』

『了解しました』

 

インパルスとレギナントがミネルバを離れる。

 

ルナマリアはライフルを構え、艦尾へ回ろうとする敵へ射撃を重ねた。前日の模擬戦で調整した照準は、まだ完全に手に馴染んではいない。それでも、何もない場所へ射線を流すことはなかった。

 

「今度は外さない!」

 

1機が回避し、その進路へレギナントのドラグーンが光を置く。敵は反対側へ逃れたが、そこにはインパルスの照準が待っていた。

 

敵機の肩が撃ち抜かれ、機体が地球側へ流れていく。

 

『命中を確認』

「セラが追い込んでくれたからでしょ」

『はい』

「そこは少しくらい否定してよ!」

 

5機がミネルバを囲むように戦線を作る。

 

前方はデスティニー、レジェンド、セイバー。後方はインパルスとレギナントが支え、敵を降下軌道から押し出していく。

 

しかし、敵の増援はそれで終わらなかった。

 

「さらに地球側から多数接近!」

「数は」

「24! 2個中隊規模です!」

 

アーサーが息を呑んだ。

 

最初の部隊と合わせれば44機。地球へ降りようとする1隻の艦へ向ける数ではなかった。

 

タリアは地球側から上がってくる反応と、その展開位置を見比べる。

 

「ヘブンズベースの防衛隊ね」

「アイスランドから、ここまで?」

「宇宙から地上へ向かう航路を、連合とロゴスが押さえているのよ。こちらの作戦を察知しているかは分からない。でも、ザフト艦を無傷で降ろすつもりはないようね」

 

敵はミネルバを撃沈する必要さえない。突入軌道から押し出し、降下を断念させるだけで目的を果たせる。

 

「各機へ。敵の撃滅に固執しないで。本艦への進路を塞ぎ、降下開始まで時間を稼ぎなさい」

 

5機から返答が重なった。

 

デスティニーが敵の先頭へ飛び込み、アロンダイトで武装を断つ。セイバーはその背後を守り、横から迫る敵を追い払った。

 

レジェンドのドラグーンが狭い範囲で火線を重ねる。その外側では、レギナントのドラグーンが敵の進路を削り、インパルスが押し出された機体を撃つ。

 

新型機に慣れていないシンとレイも、機体性能に頼り切らず、アスランの指示に合わせて戦っていた。

 

それでも、敵は多い。

 

1機を退ける間に2機が回り込み、5機がその穴を塞ぐ。ミネルバの対空砲火も加わったが、降下準備を続けながら全火力を振り回すことはできなかった。

 

「降下開始まで30分!」

 

メイリンの声が響く。

 

「敵機、残存21。およそ半数まで減少しています」

「まだ半分もいるのか……!」

 

アーサーが呻く。

 

その時、レジェンドから通信が入った。

 

『ドラグーンの軌道維持が難しくなっています。補正推力の消費も想定以上です』

 

レイの声は平静だったが、戦術表示に映るドラグーンの動きは明らかに鈍っていた。

 

地球へ近づくにつれ、重力の影響が強くなっている。宇宙空間を前提としたドラグーンは、姿勢を保つだけでも推力を消費し続けていた。

 

「レジェンド、ドラグーンを収容して帰投しなさい」

 

タリアはすぐに命じた。

 

『まだ戦闘は継続できます』

「今はできても、降下に間に合わなくなるわ。命令よ」

『……了解』

 

レイは散開していたドラグーンを呼び戻し、敵の間を抜けてミネルバへ進路を変えた。

 

「レジェンド、帰投コースへ入りました」

 

メイリンの報告とほぼ同時に、別の表示が警告色へ変わる。

 

レギナントから送られてくるセラの生体信号だった。

 

「セラ、現在の状態を報告して」

『戦闘継続は可能』

「身体状態を聞いているの」

『脈拍と呼吸数が上昇中。許容範囲内』

 

前日の模擬戦でも聞いた言葉だった。

 

「レギナントも帰投しなさい」

『敵機が残っています』

「あなたの役目は果たしたわ。今は戻ることが任務よ」

『了解しました』

 

レギナントはドラグーンを収容すると、追ってきた敵へビームスプレーガンを放った。敵が散開した隙に機体を反転させ、ミネルバへ向かう。

 

戦域に残ったのは、デスティニー、インパルス、セイバーの3機だった。

 

「降下開始まで25分」

 

敵機はまだ18機残っている。

 

数は減ったものの、敵は降下軌道を塞ぐように広がっていた。ミネルバへ接近する機体を阻止するだけでは、3機も少しずつ艦から離されていく。

 

『シン、左へ出すぎるな!』

 

セイバーの射撃が、デスティニーの背後へ回り込もうとした敵を押し返す。

 

『分かってます!』

『ルナマリアはシンとの距離を維持しろ。単独で追うな』

『了解!』

 

インパルスがデスティニーの横へ並び、前方の敵へ射撃を重ねた。

 

「降下開始まで20分。艦首を突入姿勢へ移行します」

「外部アンテナ、収納開始」

「砲門閉鎖。耐熱フィールド、待機状態」

「レジェンド、レギナントの固定を急いでください!」

 

ミネルバがゆっくりと艦首を地球へ向ける。

 

ここから降下シーケンスへ移れば、大きな戦闘機動は取れない。帰投機を収容するために姿勢を戻せば、予定している降下軌道から外れる可能性があった。

 

「残る3機へ帰投命令を」

 

タリアの指示を受け、メイリンが戦術表示を確認する。

 

「待ってください。デスティニーとインパルスは敵部隊の外側へ押し出されています」

「今から戻した場合は」

「敵を引き連れたまま、本艦の降下軌道を横切ることになります」

 

アーサーの表情が曇る。

 

2機を収容するために待てば、降下のタイミングを逃す可能性がある。そのまま突入すれば、シンとルナマリアを宇宙へ残すことになる。

 

迷っている時間はなかった。

 

「艦長」

 

アスランの声が入る。

 

「ミネルバは、そのまま降下シーケンスへ移行してください」

「あなたたちを残して?」

「デスティニーとインパルスは、単独での大気圏突入が可能です。俺が2人の退路を開きます」

 

タリアは戦術表示を見た。

 

セイバーは敵部隊とミネルバの間に位置している。2機を追う敵を押さえれば、シンとルナマリアは別の角度から降下軌道へ入れる。

 

「その後はどうするつもり?」

「2人が離脱した後、本艦の降下経路へ戻ります。今から収容していては固定作業が間に合いません」

「セイバーで直接降りるのね」

「はい」

 

メイリンは3機の位置と速度を確認した。

 

「可能です。セイバーは敵を押さえた後でも、本艦の後方へ合流できます」

「デスティニーとインパルスは」

「別角度から降下することになります。現在位置から計算した場合、最短の合流地点はスエズ運河です」

 

タリアは眉を寄せた。

 

「まだ地球連合の勢力が残っている地域ね」

「ですが、安全な地域までずらすと合流までの時間に余裕がありません」

 

降下開始までの時間が減り続けている。

 

タリアは戦術表示に映る3機を見つめ、判断を下した。

 

「デスティニー、インパルス。敵を振り切った後、指定された角度から大気圏へ突入しなさい。降下後の合流地点はスエズ運河」

「了解!」

「了解しました!」

 

「アスラン、2人が離脱するまで援護を。その後は本艦の後方へ戻りなさい」

「了解」

 

「シン、ルナマリア。敵の撃墜に固執しないで。必ず地上で合流すること」

「はい!」

「了解!」

 

通信が切れる。

 

「降下限界線まで10分」

「レジェンド、レギナント、固定完了」

「全区画、耐衝撃準備へ移行」

「外部アンテナ、収納完了」

 

戦術表示の中で、セイバーがデスティニーとインパルスの前へ出た。

 

アスランは敵部隊の進路を横切り、左右のビームライフルを放つ。追撃へ移ろうとしていた2機が回避し、その間にデスティニーとインパルスが地球側へ向きを変えた。

 

「デスティニー、インパルス、離脱を開始」

「敵機4、追撃に移ります」

 

セイバーが機体を反転させ、2機との間へ火線を置く。

 

1機が正面から突っ込み、ビームライフルを撃った。アスランは機体をひねって避け、すれ違いざまに敵の武器を撃ち抜く。

 

その横を別の機体が抜けようとした。

 

セイバーは進路へ割り込み、肩から体当たりするように押し返す。体勢を崩した敵へ射撃を重ね、そのまま地球側へ弾き飛ばした。

 

「シン、そのまま行け!」

「でも、まだ敵が!」

「ここは俺が押さえる。ルナマリアとの距離を離すな!」

「……了解!」

 

デスティニーが再び地球へ機首を向ける。インパルスもその後ろへ続いた。

 

2機と敵部隊との距離が開き始める。

 

「デスティニー、インパルス、戦闘空域を離脱」

「セイバー、本艦後方への帰還を開始します」

 

アスランは残る敵へ牽制射撃を加えながら、ミネルバへ向けて機体を反転させた。

 

その時、地球側のノイズに紛れていた反応が急上昇した。

 

「セイバー下方、敵機!」

 

メイリンの警告とほぼ同時に、下方からビームが伸びる。

 

アスランは機体を振ったが、避け切れなかった。

 

光がセイバーの左翼基部を貫き、背部推進器の一部を焼き払う。

 

「ぐっ――!」

 

警告表示が一斉に灯る。

 

片側の推力を失ったセイバーが大きく回転した。アスランは補助スラスターを噴射させて姿勢を戻そうとするが、機体はミネルバではなく地球側へ流されていく。

 

「セイバー、左翼部損傷! 主推進器の出力が低下しています!」

「アスラン、応答して!」

 

タリアの声が飛ぶ。

 

「こちらセイバー。操縦系は生きています」

「本艦へ戻れる?」

「……無理です」

 

アスランは推力配分を切り替えた。

 

残ったスラスターをミネルバへ向けて噴射する。だが、落下速度がわずかに緩んだだけで、地球へ向いた速度ベクトルは変わらない。

 

攻撃した敵機が、回転するセイバーへ追いすがる。

 

アスランは機体を強引に起こし、ビームライフルを向けた。

 

照準が一瞬だけ重なる。

 

放たれた光が敵機の胴体を貫き、爆発がセイバーの背後へ広がった。

 

しかし、その間にも高度は落ち続けている。

 

「セイバー、降下限界線を通過します!」

「アスラン!」

 

シンの声が通信に割り込んだ。

 

「戻ります! 今ならまだ――」

「戻るな!」

 

アスランはすぐに遮った。

 

「お前たちは予定通り降りろ。今戻れば、ルナマリアまで突入の機会を失う」

「でも!」

「セイバーはまだ制御できる。自力で降下する」

 

言葉とは裏腹に、警告表示は増え続けていた。

 

左翼の損傷で機体は傾き、補助スラスターを止めればすぐに回転を始める。ミネルバの降下経路へ戻る余裕はなく、デスティニーとインパルスの進路からも外れていた。

 

「メイリン、セイバーの降下地点は」

「算出できません。推進器の出力が安定せず、予定軌道から西へ流されています」

 

タリアは唇を結んだ。

 

ミネルバもすでに降下姿勢へ入っている。ここで艦首を戻せば、艦そのものが突入軌道を失う。

 

「アスラン、機体を捨てる必要があると判断したら、すぐに脱出しなさい」

「了解」

 

アスランは機体を地球へ向け、残ったスラスターを細かく噴射させた。

 

「突入姿勢へ移行します」

 

通信に雑音が混じる。

 

セイバーの周囲に、淡い光が生まれ始めた。

 

「シン、聞こえているな」

「……はい」

「ルナマリアを連れて、先に降りろ」

「アスランさんも、必ず来てください」

「分かっている」

 

最後の言葉は、増していく雑音に半ば埋もれた。

 

「セイバーとの通信、急速に低下」

「機体反応は」

「確認できます。ですが、降下速度が上がっています」

 

戦術表示の中で、セイバーの反応がミネルバとも2機とも異なる方向へ落ちていく。

 

やがて光とノイズに包まれ、その姿は見えなくなった。

 

「降下限界線まで5分」

「デスティニー、インパルス、指定された降下軌道へ入りました」

「セイバーとの通信、途絶」

 

タリアは一度目を閉じ、すぐに正面へ向き直った。

 

「降下シーケンスを続行」

「降下シーケンス、続行!」

 

ミネルバの艦首がさらに地球へ沈む。

 

「全区画、耐衝撃姿勢」

「外殻温度、上昇開始」

「耐熱フィールド展開。出力、安定しています」

「降下角、規定値内」

 

艦橋の照明が一段落ちた。

 

外殻を細かな振動が走り、正面モニターの地球が揺れ始める。ミネルバの周囲を淡い光が包み、大気の影響で外部通信が乱れていった。

 

メイリンは戦術表示に残る反応を追い続けた。

 

デスティニーとインパルスは、ミネルバとは異なる角度から地球へ向かっている。

 

セイバーはさらに離れた場所で、予定にない降下軌道へ落ちていた。

 

3つの反応は次第にノイズへ埋もれ、ひとつずつ通信圏外へ消えていく。

 

同じ地球を目指しながら、彼らの進む道はここで三つに分かれた。

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