機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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103.スエズの煙焔

ミネルバが敵の防空識別圏へ入ろうとしていた頃、レジェンドとレギナントはスエズ基地の真上、高度約5万メートルを飛行していた。

 

眼下には薄い雲が広がり、その切れ間から砂色の大地と細長い海が見えている。

基地の姿はまだ小さく、レーダー上にもこちらへ向けられた明確な反応はなかった。

 

「作戦内容を再確認する」

 

レイの声が通信に入る。

 

「レギナントは高度1,000メートルまで降下し、敵格納庫を封鎖。レジェンドは高度7,000メートルから最終減速を開始し、3,000メートル付近から対空砲を攻撃する」

「確認済みです」

「当初の減速開始高度は5,000メートルだったが、余裕を取る。レギナントの単独行動時間が長くなる可能性がある」

「問題ありません」

 

レイは正面の表示を確認した。

 

レジェンドを受領してから、まだ十分な時間は経っていない。

宇宙空間での基本操作と兵装確認は終えているが、大気圏内で急降下から制動へ移るのは初めてだった。機体性能だけを信じて、予定通りの高度まで落ちる必要はない。

 

「作戦開始まで10秒」

 

ミネルバから送られてきた時刻表示が減っていく。

2機は翼を並べ、地上へ機首を向けた。

 

「5、4、3、2、1。作戦開始」

 

レジェンドとレギナントが同時に降下を始める。

 

2機の速度は瞬く間に上昇した。

大気を切り裂く音が機体を包み、白い雲が正面から迫る。その層を突き抜けた瞬間、眼下にスエズ基地の全景が現れた。

 

滑走路、その周囲に並ぶ格納庫、複数の対空砲陣地。

基地側に大きな動きはなく、高高度から急速に接近する2機をまだ正確に捉えられていないらしい。

 

高度1万メートルを切る。

 

「レギナント、予定通り先行」

「了解」

 

レイは高度計を見ながら推力を絞った。

 

「高度7,000。最終減速開始」

 

レジェンドのスラスターが逆方向へ噴射し、降下速度を落としていく。

その横を、レギナントが白い影となって通過した。

 

セラは減速しない。

 

高度5,000。3,000。

基地の施設が急速に大きくなり、対空砲の一部がようやく動き始める。

 

砲身が上空へ向けられた時、レギナントは高度1,000メートルへ到達した。

地面へ衝突する寸前、白い機体が身を起こす。

 

下降していた軌道が、地表と平行に折れ曲がった。

大型のスカート装甲が広がり、レギナントはそのまま基地上空を低く駆け抜ける。

 

「ドラグーン、展開」

 

背部から8基のドラグーンが射出され、それぞれが格納庫や誘導路へ散開した。

 

「ブラストモードに移行」

 

それはディセンベル市での整備中、ネロによってドラグーンへ追加された機能の一つだった。

ドラグーンの先端に光が集まり、通常より強く収束したビームが放たれる。その一撃は格納庫正面の防護壁を撃ち抜いた。

 

爆発とともに装甲板が内側へ吹き飛び、射撃を終えたドラグーンは旋回してレギナント本体へ戻っていく。

別のドラグーンが次の格納庫へ向かい、再び高出力のビームを放った。

 

基地内に警報が響く。

誘導路を走り始めた車両が停止し、整備員たちが建物へ逃げ込んでいく。格納庫から出撃しようとしていたMSも、崩れた防護壁とドラグーンの射線に阻まれていた。

 

「敵機、基地上空へ侵入!」

「対空砲、照準急げ!」

 

砲火がレギナントへ集中する。

 

白い機体は地表近くを滑り、射線が重なる寸前で進路を変えた。

砲弾は後方の滑走路へ突き刺さり、土煙を巻き上げる。

 

上空では、減速を終えたレジェンドが高度3,000メートルへ達していた。

 

レイはレギナントを追う対空砲の位置を確認し、ビーム機動砲を前方へ向ける。

 

「射線確保」

 

複数のビームが一斉に地上へ降り注いだ。

レギナントへ砲火を浴びせていた対空砲の1基が、砲座ごと光に呑まれる。

 

爆発が陣地を包み、その一帯からの射撃が止まった。

しかし、基地の各所にはまだ対空砲が残っている。

 

別方向から放たれた砲弾がレジェンドの横を抜け、レイは機体を移動させながら次の砲座へ照準を向けた。

 

一度にすべてを沈黙させる必要はない。

レギナントを狙う砲火を順番に削れば、基地側は出撃準備に集中できなくなる。

 

地上ではドラグーンが格納庫の出入口を次々に破壊し、レジェンドがその周囲の対空砲を抑えていた。

基地側は反撃の形を整えられず、このままならミネルバが到着するまで押さえ込める。

 

レイがそう判断した時、上空のレーダーに新たな反応が現れた。

 

「敵機接近。数16」

 

セラの報告と同時に、雲の上から機影が降りてくる。

 

細長い頭部と、虫を思わせる装甲配置。

見覚えのある輪郭はミュルミドンだった。

 

ただし、その背部にはこれまで確認されていなかった大型の飛行ユニットが装着されている。

左右へ広がる翼と複数のスラスターが、重い機体を大気中に留めていた。

 

右手には灰白色の盾、左手には長いビームスピア。

 

16機は降下しながら二手に分かれた。

8機がレジェンドへ向かい、残り8機がレギナントを包囲する。

 

「空戦仕様と推定」

「確認した」

 

レイはビームジャベリンを展開し、左腕のビームシールドを起動させた。

 

レギナントの周囲では、ミュルミドンが円を描くように広がっていく。

セラは残っていたドラグーンを集結させ、背部へ戻した。

 

レギナントがビームスプレーガンを放つ。

連続した光弾は灰白色の盾に受け止められ、頭部前面へ命中したものも装甲の表面を焼いただけだった。

 

ミュルミドンは射撃を恐れず、そのまま距離を詰めてくる。

 

空間支配(クイーンズ・ウェブ)が進路を塞いでも、先頭の機体は速度を落とさない。

後続のために自ら突破口を開くように、機体を盾にして光の網へ踏み込んだ。

 

レギナントの武装は、この敵を止めるにはあまりに相性が悪い。

 

8機のミュルミドンがビームスピアを構えた。

巣のない女王へ、1機目が正面から突撃する。

 

レギナントは機体を横へ滑らせ、スピアの穂先を避けた。

その先には2機目が待ち構え、盾を前へ突き出して逃げ道を塞ぐ。

 

セラは急停止すると機体を沈ませ、2機の間を抜けた。

だが、さらに下方から別のスピアが突き上げられる。

 

攻撃は途切れない。

 

1機が外れれば、次の1機が同じ場所へ入る。

回避方向を読んだ別の機体が、さらにその先へ回り込んでいた。

 

レギナントは低空を縫いながら、8機の連携攻撃を避け続ける。

 

その上空では、レジェンドも同じ圧力を受けていた。

 

ミュルミドンは必ず死角から入ってくる。

レイが正面のスピアをビームジャベリンで受け流すと、背後から盾が迫った。

 

機体を反転させて回避する。

そこへ3機目が上から落ち、ビームスピアを振り下ろした。

 

レイはビームシールドで受け止めるが、衝撃で機体が高度を失う。

その進路へ、基地からの対空砲火が飛んできた。

 

レジェンドは砲弾を避けながら上昇する。

しかし、その先にもミュルミドンがいた。

 

8機は互いの死角を埋め、レイが選べる進路を少しずつ削っていく。

ビームジャベリンを振るう隙さえ与えない。

 

レイは敵の動きを見極めようとした。

 

個々の技量が高いわけではない。

それでも攻撃の順番に迷いがなく、1機が回避された瞬間には、すでに次の機体が動いている。

 

背後から対空砲弾が迫った。

レイは機体を横へ振り、辛うじて避ける。

 

そこへ灰白色の盾が突き込まれ、レジェンドは押し込まれるように高度を落とした。

 

*****

 

ミネルバはスエズ基地まで50キロを切っていた。

 

低空を保ったまま砂漠上空を進み、基地の背後へ接近している。

先行したレジェンドとレギナントへ敵の注意が集中しており、こちらへ向けられた反応はほとんどなかった。

 

正面モニターの先には、黒い煙が上がっている。

 

「スエズ基地、射程圏内へ入ります」

 

メイリンの報告を受け、タリアは戦術表示を確認した。

基地上空には、レジェンドとレギナントを取り囲む多数の敵影がある。

 

「攻撃開始」

 

タリアの号令に、アーサーが応じた。

 

「イゾルデ、ジャミング弾装填。目標、基地通信施設周辺!」

「照準完了」

「撃て!」

 

副砲イゾルデが火を噴いた。

放たれた砲弾は基地上空で炸裂し、広範囲へ妨害粒子を撒き散らす。

 

基地内の通信とレーダー表示が乱れた。

 

「トリスタン、敵対空陣地へ照準! パルジファル、地上施設へ連続発射!」

「トリスタン、発射!」

「パルジファル、全弾発射!」

 

主砲の光が基地へ伸び、続いて地上用ミサイルが低い軌道を描いた。

対空陣地と滑走路周辺へ次々に着弾し、基地の背後から爆発が連続して起こる。

 

対空砲の砲身が吹き飛び、通信塔が炎に包まれた。

滑走路脇に並んでいた車両も、爆風に巻き込まれて横転する。

 

「敵基地、こちらの接近を確認!」

「対空砲の一部が本艦へ旋回します」

「回避運動を開始。攻撃は継続」

 

ミネルバは艦体を傾け、基地から放たれた砲火を避けた。

砲撃の間隔を空けることなく、トリスタンが別の対空陣地を撃ち、パルジファルが格納庫周辺へ降り注ぐ。

 

基地の後方からつるべ撃ちにされ、敵の防衛線は大きく揺らいだ。

 

*****

 

突然の砲撃を受け、ミュルミドンの動きが乱れた。

 

レギナントを囲んでいた8機が、ほぼ同時に進路を外す。

正面から迫っていた機体がスピアを振り切れず、側面へ回ろうとした機体も速度を落とした。

 

先ほどまで一糸乱れず続いていた攻撃が、同じ瞬間に途切れている。

 

1機だけが混乱したのではない。

どこかで生じた動揺が、そのまま全機へ伝わったような崩れ方だった。

 

対空砲火もミネルバの攻撃で大きく削られている。

セラはその隙を逃さず、背部へ戻していたドラグーンを再び射出した。

 

「ドラグーン、スティングモードに移行」

 

ブラストモードと同様に、ネロによってドラグーンへ追加された機能の一つ。

8基のドラグーンから、小さなビームナイフが展開する。

 

光の刃を備えたドラグーンが一斉に飛び出した。

先頭の1基は灰白色の盾を迂回し、背部の飛行ユニットへ潜り込む。

 

ビームナイフが翼の接続部を切り裂いた。

飛行ユニットの片側を失ったミュルミドンが姿勢を崩す。

 

続くドラグーンも敵本体を狙わない。

翼、スラスター、接続部。空戦を成立させている箇所だけを正確に切断していく。

 

ミュルミドンは盾を向けようとするが、連携が乱れた状態では互いの死角を補えない。

別方向から回り込んだ光の刃が背部ユニットを切り離し、1機、また1機と揚力を失わせていった。

 

ミュルミドンたちは空戦能力を奪われ、砂漠へ落ちていく。

8機すべてが上空から追い落とされるまで、長い時間はかからなかった。

 

その上空では、レイも敵の乱れを見ていた。

レジェンドを囲んでいた8機の動きが一斉に鈍っている。

 

レイは敵部隊へ視線を走らせた。

 

中心近くに、深紅の装甲を持つ機体がいる。

他のミュルミドンより少し後方に位置し、先ほどまでは攻撃へ参加せず、全体の動きを見ていた機体だった。

 

レジェンドが加速する。

混乱したミュルミドンの間を抜け、深紅の指揮機へ接近した。

 

護衛の1機が進路へ入る。

レイはビームシールドで盾を弾き、そのままビームジャベリンを振るった。

 

護衛機の飛行ユニットが切断される。

 

深紅の機体が離脱しようとするが、レジェンドは逃がさない。

ビームジャベリンの穂先が指揮機の胸部を貫いた。

 

深紅の機体が爆発する。

 

その瞬間、残るミュルミドンの動きが完全に崩れた。

機体ごとに別々の方向を向き、互いの位置すら把握できていないように散開していく。

 

やがて残存機は戦闘を放棄し、基地の外へ向かって撤退を始めた。

レイは追撃しなかった。

 

「敵機、撤退を確認」

「こちらも空戦部隊を無力化」

 

セラの報告が入る。

レギナントの周囲では、飛行ユニットを失ったミュルミドンが地上へ退避していた。

 

レジェンドとレギナントは高度を合わせ、炎と煙に包まれたスエズ基地を見下ろす。

その向こうから、ミネルバが接近していた。

 

*****

 

シンとルナマリアは、紅海上空を滑空し続けていた。

 

デスティニーとインパルスは手をつないだまま、緩やかに高度を下げている。

インパルスのバッテリー消費を抑えるため、デスティニーが姿勢を支え、必要な分だけ推力を補っていた。

 

しばらく計器を見つめていたルナマリアが、小さく息を吐く。

 

「まだ、しばらくかかりそうね」

「バッテリーを節約するんだから仕方ないだろ」

「分かってるわよ。ただ、こうして待ってるだけだと余計なこと考えちゃうの」

「だったら何か話せばいいだろ」

「シンが話題を出してよ」

「何で俺なんだよ」

 

わずかな沈黙が戻る。

 

「こういう時、セラなら平気そうよね」

「ずっと計器を見てそうだな」

「しかも本当に何時間でも黙ってそう」

「コクピットに住んでるようなやつだからな」

 

そこまで言って、シンは以前の出来事を思い出した。

 

「そういえば、セラが最初にミネルバの一員として戦った時のこと、覚えてるか?」

「それ、帰ってきたら営倉に戻った時の話でしょ?」

「そう、それ。艦長から褒められた直後に、自分から営倉へ入るなんて普通は思わないだろ」

「部屋を用意してなかった艦長たちにも問題あるでしょ。セラからしたら、戻る場所がそこしかなかったんだから」

「それでも普通は確認するだろ」

「セラよ?」

「……それを言われると、反論できない」

 

ルナマリアが小さく笑った。

 

「私は接続試験の方が忘れられないわ」

「ああ……」

「みんなの前で、いきなりノーマルスーツを脱ごうとした時」

「その話はやめろよ。何もしてないのに、毎回俺が最初に叩かれたんだからな」

「反射よ」

「何で俺を見たら反射で叩くんだよ!」

「日頃の行いじゃない?」

 

メイリンとルナマリアが先回りしてセラの腕を押さえたことも、一度や二度ではなかった。

注意されたセラは次の試験で補助ウェアを着込み、今度は条件を満たしていると真顔で主張した。

 

「本人はちゃんと学習してるつもりなのよね」

「微妙に違うところを学習してるけどな」

「次は何を覚えてるかしら」

「帰ったら確認すればいいだろ」

「そうね。今度こそ、変なことを教えたのがヨウランたちじゃないといいけど」

「そこは期待しない方がいいな」

 

ルナマリアがまた笑う。

いつの間にか操縦桿を握る指から余計な力が抜け、2人の声も普段の調子へ戻っていた。

 

その時、前方の空に黒い煙が見えた。

煙の下では赤い炎がいくつも上がっている。

 

シンは表示を拡大した。

 

「戦闘が始まってる」

「スエズ基地?」

「多分な。ミネルバが先に着いたんだ」

 

ルナマリアは通信機を操作した。

 

「この距離なら、通信できるかもしれないわ」

 

広域通信へ切り替え、呼びかける。

 

「こちらインパルス。ミネルバ、応答してください。こちらインパルス」

 

数秒の雑音が流れた。

やがて、聞き慣れた声が返ってくる。

 

「インパルス、こちらミネルバ。応答を確認しました。機体状況を報告してください」

 

メイリンの声だった。

平静を保とうとしていたが、いつもよりわずかに早口になっている。

 

「メイリン、聞こえてるわ。こっちは無事よ」

「デスティニーも同行していますか」

「いるわよ。隣で偉そうにしてる」

「誰が偉そうだよ!」

「デスティニーの通信も確認しました。両機とも無事ですね」

 

最後の言葉だけ、メイリンの声が少し緩んだ。

ルナマリアの表情も和らぐ。

 

「現在位置を送るわ。インパルスのバッテリーが少ないから、迎えを頼める?」

「位置情報を受信しました。バッテリー残量も送ってください。2機とも、現在の進路を維持してください」

「了解」

「こちらで合流手順を調整します」

 

通信がつながったことで、目指す場所はもう見失わない。

 

デスティニーとインパルスは、煙の立ち上るスエズへ向けて滑空を続けた。




次回は21日に投稿予定です。
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