機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ミネルバがジブラルタル基地へ帰還したのは、この地を発ってからおよそ1か月後のことだった。
それほど長い時間が過ぎたわけではない。
それでも、基地の様子は以前とは大きく変わっていた。
滑走路には輸送機が絶え間なく離着陸し、格納庫前には各地から集められたMSが並んでいる。大型輸送艦へ補給物資を積み込む車両が行き交い、基地のどこへ目を向けても兵士と整備員の姿があった。
ヘブンズベース攻略に向け、ザフト各基地から部隊が集結している。
指揮系統が異なるため、ジブラルタルへ直接入っていない部隊も多い。
ロゴス打倒へ賛同した地球連合軍の一部も、それぞれの拠点で出撃準備を進めているという。
ミネルバの整備と補給が始まる一方、タリアは到着からほとんど間を置かず、基地司令部へ呼び出されていた。
作戦会議室へ入ったタリアは、正面に立つ人物を見て足を止めた。
「議長」
ギルバート・デュランダルが、わずかに困ったような笑みを浮かべた。
「驚かせてしまったようだね。つい先日、プラントで別れたばかりだというのに」
「地球へ降りられるとは聞いていませんでした」
「私自身も、当初はその予定ではなかった。だが、今回の作戦にはザフトだけでなく、地球連合側の複数勢力も参加する。プラントから指示を送るだけでは、調整に時間がかかりすぎるのでね」
会議室には、ジブラルタル基地の司令官をはじめ、各部隊の指揮官や艦長たちが集まっていた。
席に着いたタリアの前へ、ヘブンズベース周辺の立体地図が投影される。
デュランダルはすぐに説明を始めず、タリアへ視線を向けた。
「その前に、君には伝えておかなければならないことがある」
「何でしょうか」
「ミネルバが大気圏降下直前に交戦していた間、軌道上のロゴス勢力に対する掃討作戦が行われた」
タリアの表情がわずかに硬くなる。
「聞いています」
「君たちが敵部隊を引きつけた結果、こちらは予想よりも小さな抵抗で敵の拠点へ接近できた。予定を上回る戦果だったそうだ」
デュランダルはそこで言葉を切った。
「礼を言うには、少々酷な状況だとは分かっている」
タリアは答えなかった。
ミネルバを狙った敵部隊が減っていれば、アスランが被弾することもなかったかもしれない。
そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎる。
だが、デュランダルがミネルバを囮として使ったわけではない。
敵がどこへ戦力を向けるかなど、完全に予測できるはずもなかった。
アスランの消息が分からない苛立ちを、目の前の相手へ向けても意味はない。
「偶然とはいえ、作戦の助けになったのであれば幸いです」
声だけは、いつも通りに保った。
「セイバーの捜索については、引き続き各基地へ協力を求めている」
「ありがとうございます」
「発見次第、君たちへ最優先で連絡させよう」
デュランダルはタリアの顔を見たまま、小さく頷いた。
「では、本題に入ろう」
立体地図が拡大され、アイスランド南東部の山地が映し出される。
山の斜面に沿って、いくつもの砲台と防衛陣地が表示された。
その奥、山腹の内部には、巨大な基地施設が推定位置として示されている。
「作戦目標は、ロゴスの主要拠点であるヘブンズベース。確認されているMS戦力は、およそ200から250機」
会議室の空気が引き締まる。
「数だけを見れば、こちらが優位に立てる。だが、ヘブンズベースは山地そのものを防壁として利用している。円弧状に広がる斜面へ火線を配置すれば、接近する部隊を正面と側面の双方から攻撃できる」
デュランダルが地図を操作すると、基地へ至る3本の進攻経路が表示された。
北西と南西から山地を抜ける陸上ルート。
そして南東の海上から軍港へ接近するルートである。
「北西と南西の陸上ルートには、山と海に挟まれた狭い区間がある。大部隊を一度に展開することは難しい」
出席していた基地司令官の一人が口を開いた。
「輸送艦を前へ出せば、回避する余地もほとんどありません。少数の砲台でも進路を塞がれる恐れがあります」
「その通りだ」
デュランダルは南東の海へ視線を移す。
「海上ルートには十分な展開幅がある。だが、軍港正面へ出れば、基地砲台からの集中攻撃を受ける」
別の艦長が戦術図を見ながら眉を寄せた。
「主力艦が狙われることを承知で、正面へ出ることになりますな」
「だからこそ、戦力を集中させる」
海上ルートへ表示された矢印が太くなる。
「北西と南西の陸上部隊が防衛戦力を引きつけ、その間に海上部隊が軍港へ接近する。主攻は南東。陸上の二方面は助攻だ」
タリアは地図に表示された砲台の位置を見ていた。
「基地本体は、山の内部にあるという予測ですね」
「地下施設を含め、正確な規模は分かっていない。だが、ロゴスの中枢人物が籠もる以上、地上施設だけを破壊して終わるとは考えにくい」
「入口を押さえた後、内部へ部隊を送る必要がある」
「そうなるだろう」
デュランダルが表示を切り替える。
今度は、集結している艦艇とMSの数が一覧となって現れた。
「今回の作戦にあたり、ザフトとロゴス打倒へ賛同する地球連合軍の間で、一時的な協定を結んだ。作戦期間中、これらの部隊を便宜上、反ロゴス連合と呼称する」
会議室の一角で、地球連合軍の制服を着た士官が静かに頷いた。
「現在までに確保できた戦力は、駆逐艦を含む戦闘艦14隻。大型輸送艦36隻。投入可能なMSは450機以上となる」
数字だけなら、ヘブンズベースの予測戦力を大きく上回っている。
しかし、地形と防御施設を考えれば、単純に倍の戦力があるとは言えない。
攻撃側は開けた場所へ出なければならず、防衛側は遮蔽物と固定砲台を利用できる。
「さらに、成層圏から直接降下する部隊も準備中だ」
「地上部隊と同時に突入させるのですか」
「敵の注意を分散させるためにね。ただし、天候と降下地点の状態によっては投入時刻を変更する可能性がある」
タリアは再び戦力配置へ目を戻した。
「これだけの戦力を動員すれば、他の基地の防衛が薄くなります」
「承知している。これ以上の増援は難しい」
デュランダルの声から、先ほどまでの柔らかさが消える。
「こちらが優勢であることは間違いない。だが、楽観できる作戦でもない。長期戦になれば、ロゴスに立て直す時間を与える。可能な限り短時間で決着させる必要がある」
各方面への配分が表示される。
北西と南西の陸上ルートへ、大型輸送艦8隻と護衛の戦闘艦2隻ずつ。
南東の海上ルートには、大型輸送艦20隻と戦闘艦10隻が割り当てられていた。
海上部隊だけで、全戦力の半数以上を占めている。
「ミネルバには、南東の主攻部隊へ加わってもらう」
予想していた言葉だった。
それでも、タリアの表情はわずかに曇った。
「軍港正面へ出る艦隊ですね」
「ミネルバの火力と機動力が必要になる」
デュランダルは淡々と続けた。
「先日のスエズ基地への攻撃について、周辺の基地や補給拠点から多くの報告が届いている。敵防衛線へ気づかれることなく接近し、短時間で基地機能を封じた。現場では、君たちの働きを高く評価しているようだ」
「つまり、同じ働きを期待していると」
「できれば、それ以上を」
タリアは目を細めた。
褒められているはずなのに、断る余地を塞がれていくようにしか聞こえない。
「随分と期待していただいているようですね」
「重荷に感じるかね」
「期待だけなら、もう少し軽かったかもしれません」
デュランダルが苦笑する。
「すまない。だが、頼める相手が限られているのも事実だ」
「分かっています」
タリアは戦術図へ視線を戻した。
アスランは戻っていない。
シンとルナマリアは新しい機体へ乗り換えたばかりで、レイもレジェンドを完全には扱えていない。セラに至っては、戦うたびに身体への負担を蓄積させている。
それでも、ミネルバは主攻部隊へ回される。
「作戦開始予定は」
「各部隊の補給が完了次第、正式に通達する。早ければ数日以内だ」
「承知しました」
タリアはそれ以上、何も言わなかった。
会議室の中央では、ヘブンズベースへ向かう3本の矢印が赤く光っている。
始まる戦いは、これまで以上に大きなものになる。
そして、その戦場へ向かうミネルバには、まだ一人足りなかった。
*****
ジブラルタル基地へ帰還しても、ミネルバ隊の空気が軽くなることはなかった。
格納庫では、次の作戦へ向けた整備が続いている。デスティニーとインパルスは大気圏突入で傷んだ外装を交換され、レジェンドとレギナントにも複数の整備員が取りついていた。
その騒音から少し離れた場所に、シンたちは集まっていた。
簡易端末に映っているのは、地球を覆う無数の軌道線だった。どれも、大気圏突入直前に消息を絶ったセイバーが通った可能性のある経路である。
「各基地には、広域通信と救難信号の確認を継続してもらっている」
レイが新しく届いた報告を閉じた。
「今のところ、セイバーに該当する反応はない」
「目撃情報もなしかよ」
「ない」
シンは端末へ視線を戻した。
アスランが最後に見せたのは、片側の推進器を失いながらもセイバーを地球へ向ける姿だった。自分たちには戻るなと言い、最後まで機体を制御できると答えていた。
その言葉を信じたい。
だが、時間が経つほど、信じるだけでは押さえきれないものが胸の中に増えていった。
「メイリン、まだ場所は絞れないの?」
ルナマリアが妹の手元を覗き込む。
「推進器が損傷した後、どのスラスターをどれだけ使えたか分からないの。条件を少し変えるだけで、降下経路が大きくずれちゃう」
メイリンが表示を切り替えると、数え切れないほどの線が地球表面へ伸びた。
「可能性の高いものから並べ直しても、まだ100通り以上ある」
「そんなに」
「でも、北半球側を通る軌道が多い。島や沿岸部へ降りた可能性も残ってるよ」
確かな朗報ではなかった。
それでも、何の希望もないよりはよかった。
「海の真ん中じゃなければ、まだ救助を待てるわ」
ルナマリアの言葉に、シンも頷いた。
「アスランさんなら、墜ちる直前まで何かしてるはずだ」
「ええ。通信機が壊れてるだけかもしれないしね」
2人とも、そう口にすることで自分たちを納得させようとしていた。
シンは端末から顔を上げた。
ルナマリアはメイリンの隣にいる。レイも新しい報告を確認している。
だが、いつもその近くにいるはずのセラが見当たらなかった。
格納庫を見回すと、少し離れた整備卓の端末に、小さな背中が向かっていた。
セラは一人で、別の予測図を開いている。
画面の軌道を一本消し、推進器の出力条件を変更する。新しい線が現れると、その終点を確認し、さらに別の値を入力していた。
シンはしばらくその様子を見てから、セラの隣へ歩いた。
「何してるんだ」
「セイバーの降下軌道を検証しています」
「それはメイリンがやってるだろ」
「未検証の推力配分があります。補助スラスターのみ使用できた場合と、左側推進器が断続的に作動した場合を追加しました」
端末へ新しい軌道が描かれた。
その線も、途中からいくつもの可能性へ分かれていく。
「それで場所が分かるのか」
「特定には至りません」
セラはそう答えながら、次の条件を入力した。
結果が出ても手を止めない。
候補が増えれば、その一つずつを調べようとしている。
「分からないのに、ずっとやってたのか」
「はい」
「どうして」
セラの指が止まった。
「今、最も可能性が高い降下地点は、太平洋上と推定しています」
「……なんだって?」
シンはセラの言葉に息をのんだ。
周辺に基地も島も殆どない。そんなところに降りれば助かる可能性も絶望的なものになる。
「アスランがこのまま帰還しない可能性も考慮しました」
「……それは可能性の話だろ? 大丈夫だ、きっと――」
シンは言葉を続けることができなかった。大丈夫だと言い切れるだけの根拠は、今は誰も持っていなかった。
セラは再び画面へ目を向ける。
「そうならない可能性と方法を模索しています」
声も表情も、いつもと変わらない。
シンはそこで初めて、彼女が平然としていたのではないと気づいた。
何をすればよいのか分からないまま、考えられるすべてを処理しようとしていたのだ。
いつの間にか、メイリンとルナマリアも近くまで来ていた。
メイリンは増え続ける予測線を見てから、セラの顔を覗き込む。
「セラも心配してるんだね」
「心配」
「そう。アスランさんに、無事に帰ってきてほしいんだよね」
「はい」
「でも自分には何もできなくて、考えるのを止められない」
「はい」
メイリンはゆっくりと頷いた。
「それって、心配してるって言うんだよ」
セラはメイリンを見た。
「これが、心配」
「うん」
セラは自分の胸元へ一度だけ視線を落とし、再びメイリンを見る。
「メイリンはいつも私を心配しています」
「え?」
「メイリンを心配させない、というミッション」
唐突に発したセラの言葉。
「その意味を少し理解しました」
その言葉に、メイリンは目を見開いた。
以前のセラにとって、それは無事に帰還するという行動目標に過ぎなかった。
今は、その先で待つ者が何を感じるのかを、自分の中にあるものと結びつけ始めている。
「そう。帰ってきてほしい人が戻らないかもしれないって考えると、こうなるの」
「現在の状態と一致します」
セラはもう一度端末を見た。
無数の軌道は消えていない。
アスランの居場所も、まだ分からない。
「どのくらい理解できた?」
メイリンが悪戯っぽい顔で問いかける。
「理解度は20%程度です」
「低すぎ!」
シンとルナマリア、メイリンの声が重なった。少し後ろでは、レイまで額を押さえている。
ひとしきり笑ったあと、ルナマリアがセラへ優しく語りかけた。
「でもあなたは、少し休みなさい。地球に降りてから休んでないでしょ?」
「問題ありません」
「メイリンたちも調べてるし、各基地も捜索してくれてる。セラ一人で全部考えなくていいの」
「一人で考える必要はない」
「そういうこと」
セラは画面とルナマリアを交互に見た後、端末から手を離した。
「了解しました」
シンはその隣で、消されずに残った軌道線を見つめた。
「戻ってきたら、文句言ってやらないとな」
「何を」
「勝手に行方不明になるなって」
「シンがそれを言うの?」
ルナマリアが呆れた顔をする。
「何でだよ」
「あんたも散々、勝手に飛び出してるでしょ」
「今回はちゃんと命令に従っただろ!」
「一回従ったくらいで威張らないの」
メイリンの口元にも、わずかな笑みが戻った。
レイは格納庫の奥へ視線を移す。
そこでは次の作戦へ向け、整備員たちが休むことなく働いていた。基地の外にも多数の艦艇とMSが集まり、ヘブンズベース攻略の準備が進んでいる。
アスランが戻るまで、戦いが止まることはない。
「作戦開始まで時間は多くない。俺たちも準備を進めるぞ」
「ああ」
「了解」
セラも静かに頷いた。
答えの出ない予測図は、端末の中に残されている。
それでも、そこに描かれた可能性を捨てた者はいなかった。
アスランが戻る場所を失わないためにも、次の戦いを生き延びなければならない。
格納庫の外では、新たに到着した輸送艦のエンジン音が響いていた。