機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
アイスランドを取り囲むように、反ロゴス連合の大部隊が展開していた。
北西と南西の陸上ルートには、大型輸送艦と護衛艦が山地に沿って配置され、南東の海上には主力艦隊が集結している。
戦闘艦14隻、大型輸送艦36隻。
MS12個大隊を中核とし、各艦の搭載機を含めれば、その総数は450機を超える。
ザフトと、ロゴス打倒に賛同した地球連合軍が共同で編成した大作戦群だった。
その全戦力が、山中に築かれたヘブンズベースへ向けられている。
だが、まだ砲火は交わされていない。
反ロゴス連合が求めたのは、ロード・ジブリールを含むロゴス幹部の引き渡しと、基地内にある全兵器の武装解除だった。
回答期限は6時間。
勧告から、すでに1時間が過ぎている。
主攻部隊に加わったミネルバも、海上で待機を続けていた。
正面スクリーンには、雲に覆われたアイスランドの山々が映っている。
その奥に何が潜んでいるのか、外から窺い知ることはできなかった。
「ヘブンズベースからの返答は、現在もありません」
メイリンの報告に、タリアは小さく頷いた。
「引き続き全通信帯を監視。接触があれば、すぐに私へ回して」
「了解しました」
艦長席には、デュランダルが座っていた。
反ロゴス連合の各部隊を現地で調整するため、ジブラルタルからミネルバへ乗艦している。
「1時間経つが、返答はなしか」
デュランダルは山々を見たまま、声を落とした。
「戦うことなく事が済むのなら、それに越したことはないのだがね」
タリアには、返す言葉が見つからなかった。
これだけの戦力を前にすれば、降伏を選ぶ可能性もある。
しかし、ロゴスが素直に武器を手放すとは思えなかった。
「彼らは勘違いしている」
タリアの沈黙に構わず、デュランダルは続けた。
「私が彼らを排除し、その座へ代わろうとしている。大方、そう考えているのだろう」
「議長が地球の上に君臨すると?」
「彼らは、自分たちの尺度でしか他人の目的を測れないらしい」
デュランダルの口元に、わずかな苦笑が浮かぶ。
「だが、問題は誰が彼らに代わるかではない。ロゴスという集団が、世界の上に君臨していたことそのものだ」
タリアも、それには異論がなかった。
ロゴスは表に立つことなく各国の政治と軍を動かし、戦争を生み出してきた。
それでいて、命令の結果に責任を負うことも、犠牲となった者たちへ償うこともない。
「ロゴスは国家ではありません」
タリアが静かに答える。
「どれほどの資本や兵器を持っていても、それで国家の権利まで得られるわけではない」
「その通りだ。民を守る責任も負わず、武力によって世界を動かす。彼らは結局、ロード・ジブリールを中心とした
ロゴスの管理下にあった研究施設。
戦争のために造られた兵器。
その中で道具として扱われてきた者たち。
セラもまた、その一人だった。
タリアは正面の山々を見つめた。
降伏するなら、それが最善だ。
だが、その静けさが、従うためのものには思えなかった。
*****
格納庫に隣接したパイロット控室では、出撃命令を待つ時間が続いていた。
壁面モニターには、各方面へ展開した味方部隊の位置が表示されている。
青い光点は、アイスランドを包囲するように並んでいた。
シンは窓越しに格納庫を眺めていた。
発進準備を終えたデスティニーの後ろに、インパルス、レジェンド、レギナントが並んでいる。
機体は揃っている。
それでも、空いたままの場所が一つあった。
「難しい顔してるわね」
振り返ると、ルナマリアが立っていた。
「別に」
「別にって顔じゃないでしょ」
彼女はシンの隣へ来ると、赤く塗装されたインパルスへ目を向けた。
「そっちこそ緊張してるんじゃないのか」
「してるわよ」
素直に認められ、シンは少し驚いた。
「否定しないんだな」
「今さら見栄を張っても仕方ないでしょ」
ルナマリアは腕を組んだ。
「インパルスを動かすことはできる。でも、実戦でどこまで性能を引き出せるかは別よ。これだけの部隊が入り乱れる戦場で、判断を間違えたら皆の足を引っ張ることになる」
「地球に降りてくるときは、ちゃんと制御して降ろせただろ」
「あれは降りるだけで精一杯だったの。今回は正面戦闘よ」
モニターを埋める味方部隊を見れば、その不安も分かった。
一つ判断を誤れば、自分だけでなく周囲まで巻き込む。
「シンも不安なんでしょ」
ルナマリアが横目で見る。
「何でそうなるんだよ」
「さっきからデスティニーより、隣の空いた場所ばかり見てる」
シンの視線が止まった。
以前なら、そこにはセイバーがいた。
ジブラルタルへ戻ってからも、捜索は続けられている。
広域通信で呼びかけ、各基地に救難信号の確認も依頼した。
それでも、アスランの行方は分からない。
「いつもなら、こんなこと考えなかった」
シンは再び窓へ目を向けた。
「アスランさんがいたから?」
「ああ」
前へ出すぎれば止めに来た。
周囲が見えていなければ、後ろから通信を入れてきた。
口うるさいと思ったことは何度もある。
反発し、忠告を無視したこともあった。
それでも、アスランはシンの背後を見ていた。
「今日はいないんだよな」
言葉にした瞬間、その不在が重くなる。
「俺が突っ込みすぎても、止めに来てくれる人がいない」
「レイもセラもいるでしょ」
「分かってる。でも、アスランさんとは違うんだ」
ルナマリアは少し黙ったあと、シンの肩を軽く叩いた。
「だったら、今日は私が見ててあげる」
「お前が?」
「何よ」
「自分も不安だって言ってたじゃないか」
「だから二人で何とかするのよ」
ルナマリアはインパルスを指した。
「シンが前へ出すぎたら、私が止める。私が失敗しそうになったら、シンが助ける」
「簡単に言うなよ」
「簡単じゃないから、しっかりやれって言ってるの」
不安が消えたわけではない。
それでも、いない者を待つだけでは戦えない。
シンはルナマリアを見て、はっきりと頷いた。
「分かった。お前のことも見ておく」
「最初からそう言えばいいのよ」
控室の扉が開いた。
レイが入ってきて、並んで立つ二人を見る。
「発進前の最終確認が始まる。そろそろ移動するぞ」
「ああ」
「了解」
二人の返事を聞いたレイは、ほんのわずかに口の端を上げた。
「何だよ」
「いや。問題がないならいい」
それだけ言って、レイは先に控室を出ていく。
「今、笑ったわよね」
「多分」
シンとルナマリアは顔を見合わせ、レイの後を追った。
*****
降伏勧告から3時間が過ぎた。
回答期限までは、まだ半分残されている。
ヘブンズベースからの返答はない。
反ロゴス連合の艦隊も、所定の位置で待機を続けていた。
「各方面、配置に変更ありません」
「基地側からの通信も確認できません」
報告を聞きながら、タリアは正面スクリーンを見つめた。
拒否するなら、そう通告すればいい。
交渉を望むなら、条件を提示するはずだった。
何も答えないまま時間だけを使っている。
その意味を考えた時、メイリンの鋭い声が艦橋へ響いた。
「基地周辺に熱源反応!」
山肌の一部が開き、その奥から無数の光点が飛び出す。
「ミサイル多数! 全方面へ向かっています!」
「総員、対空戦闘。迎撃開始」
「対空戦闘! 全艦、迎撃開始!」
アーサーの復唱と同時に警報が鳴り響き、艦橋の空気が一変した。
回答期限はまだ残っている。
降伏を拒否するという通告もなかった。
ヘブンズベースは、沈黙のまま先制攻撃を開始した。
山地から放たれたミサイルは雲を突き抜け、幾重もの群れとなって艦隊へ迫る。
各艦が対空砲火を開き、迎撃ミサイルが空へ伸びた。
連続する爆発が暗い雲を照らし、撃ち落とされた破片が海上へ降り注ぐ。
「右舷上空、第二波接近!」
「迎撃弾、間に合いません!」
「トリスタン、右舷上空の目標を薙ぎ払って」
「トリスタン、右舷へ旋回! 撃て!」
放たれたビームが、迫るミサイル群を爆煙へ変える。
だが、すべてを防ぎ切ることはできなかった。
一発が護衛艦の艦首へ命中し、続く爆発が船体を傾ける。
別の大型輸送艦も格納庫付近に被弾し、黒煙を噴き上げた。
「護衛艦1隻、航行不能! 大型輸送艦1隻、格納庫に被弾!」
「救援は後続艦へ任せます。各艦へ、隊列を維持するよう通達して」
「了解! 後続艦へ救援要請! 全艦、隊列を崩すな!」
その間にも、ヘブンズベースの各所からMS部隊が展開を始めていた。
「敵MS部隊、発進を確認!」
「大型熱源も出ます! 1、2……5機! 基地正面へ展開中!」
雲の切れ間から、巨大な影が姿を見せた。
通常のMSを遥かに上回る巨体。
円盤状の装甲が上半身を覆い、両肩には長大なビーム砲が備えられている。
「あれは……!」
タリアの声が止まった。
かつてヨーロッパ各地を焼き払った大型MS、デストロイガンダム。
その同型機が5機、基地正面に横一列で展開していた。
「大型MS5機、全身に高エネルギー反応!」
腕部と胸部から放たれた高出力ビームが、海上のMS部隊を薙ぎ払う。
続いて肩部の大型砲が、反ロゴス連合の艦隊へ向けられた。
「敵大型砲、発射、きます!」
太い光が海上を走った。
先頭の戦闘艦が回避を始めるより早く、ビームが艦体を貫く。
一瞬遅れて爆発が起こり、船体が二つに折れた。
「戦闘艦1隻、轟沈!」
「大型輸送艦にも直撃! 戦闘不能です!」
デュランダルは、燃え上がる艦隊を見つめた。
「全軍へ通達」
静かな声だった。
「ヘブンズベースは、我々の要求に攻撃をもって答えた。反ロゴス連合全軍、直ちに戦闘を開始せよ」
タリアが艦長席から立ち上がる。
「第一戦闘配備」
「第一戦闘配備!」
「MS隊、発進開始。シン、レイ、ルナマリア、セラへ出撃命令」
「MS隊、発進開始! 各パイロット、直ちに出撃準備!」
「了解! 各機へ発進命令を送ります!」
ミネルバの格納庫で、4機のMSを固定していたアームが外れる。
発進デッキへ続く扉が開き、その向こうでは、先制攻撃によって生まれた炎が海と空を赤く染めていた。
*****
ヘブンズベースから遠く離れた海の底。
アークエンジェルは、外界から身を隠すように海中を航行していた。
医務室のベッドには、一人の男が横たわっている。
身体の各所に包帯を巻かれたアスランは、規則正しく響く電子音の中で、ゆっくりと目を開いた。
白い天井が見えた。
だが、ここがどこなのか分からない。
息を吸うだけで胸と脇腹に痛みが走り、思考にも霞がかかっている。
アスランは目だけを動かした。
医療機器。
白い壁。
ミネルバの医務室ではない。
途切れていた記憶が、少しずつ戻り始める。
大気圏へ落ちていくデスティニーとインパルス。
それを追う敵部隊。
進路を開くため、セイバーを反転させた。
しかし自分は攻撃を受け、推進器が制御を失った。
シンたちには戻るなと伝え、機体を立て直せると答えた。
だが、損傷したセイバーは大気圏突入に耐えられなかった。
最後に脱出装置を作動させ、暗い海へ落ちた。
そこから先は覚えていない。
ぼやける視界の中に、人影があった。
ベッドのそばに座っていた青年が、アスランの目覚めに気づいて顔を上げる。
「キラ」
掠れた声が漏れた。
青年が顔を上げる。
「アスラン。気がついたんだね」
見間違えるはずがなかった。
だが、キラは死んだと思っていた。
フリーダムはシンのインパルスに撃破され、海へ墜ちた。
それなのに、目の前にキラがいる。
アスランは、混濁した意識の中で一つの答えへたどり着いた。
自分も、あの海で死んだのだ。
だから親友と再会できたのだと。
「キラ」
謝らなければならない。
キラがシンと戦っていた時、自分は任務を優先した。
ザフト軍人として、あの場で介入しないという判断を選んだ。
だが、それでも親友を見捨てたという思いは残っている。
アスランは身体を起こそうとした。
腕へ力を入れた瞬間、全身に鋭い痛みが走る。
「まだ動いちゃ駄目だ」
キラが慌てて肩を支え、ベッドへ戻した。
「まだ怪我が治ってないんだ」
「俺は、お前に――」
「話は後でいいよ」
キラは静かに言った。
「僕もアスランも、ちゃんと生きてる」
「生きている……?」
「うん。ここはアークエンジェルの医務室だ」
アスランは、目の前の親友を見つめた。
夢でも、死後でもない。
キラも、自分も生きている。
その言葉だけで、アスランの不安を取り除くには十分だった。
「今は休んで」
キラの声が、少しずつ遠くなっていく。
「話したいことは僕にもある。でも、それは身体が戻ってからでいい」
「シンたちは」
「それも後で話すから」
アスランの瞼が重くなる。
「大丈夫。僕はここにいる」
その言葉を聞きながら、アスランは静かに目を閉じた。
今度は、暗い海へ沈む感覚はなかった。