機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ヘブンズベースによる先制攻撃の映像は、瞬く間に世界中へ広がった。
反ロゴス連合が提示した降伏期限は、まだ半分も過ぎていない。
ロゴス幹部の引き渡しと武装解除を求め、回答を待っていた艦隊へ、ヘブンズベースは何の通告もなくミサイルを放った。
各国の報道は、その事実を繰り返した。
平和的な解決を望んでいた人々にとって、受け入れ難い行為だった。
各地でロゴスへの非難が相次ぎ、反ロゴス連合の行動を支持する声が急速に膨らんでいく。
だが、どれほど声が上がろうと、すでに放たれた砲火は戻らない。
戦端は開かれた。
アイスランドの山地に築かれたヘブンズベースは、徹底抗戦の構えを見せていた。
基地の北東と南西に1機ずつ。
南東の海上正面には2機。
さらに山地の高所には、眼下の戦場を見下ろすように1機。
合計5機のデストロイガンダムが配置され、その周囲を多数のウィンダムとダガーLが固めている。
デストロイ1機につき、随伴する通常MSはおよそ60機。
それらが各方面へ散開し、基地へ迫る反ロゴス連合軍を迎え撃っていた。
正面の海上では、高出力ビームが艦隊の間を走り抜ける。
回避に遅れたMSが一瞬で呑まれ、その背後にいた大型輸送艦の装甲まで赤く焼いた。
「右へ回れ! 巨大機の射線に入るな!」
「敵MS、上から来るぞ!」
「こちら第4中隊、前へ出られない!」
通常MS同士の砲火も激しさを増していた。
防衛側の攻撃は、統制された斉射とは言い難い。
複数の部隊がそれぞれの判断で射撃を重ね、ミサイルとビームが雑多に飛び交っている。
だが、その乱雑さが、かえって予測を難しくしていた。
定められた火線なら、その隙間を抜けられる。
どこから飛んでくるのか分からない攻撃は、進路そのものを奪っていく。
それでも、反ロゴス連合軍は前進を止めなかった。
ヘブンズベースが武力によって回答した以上、基地を制圧するほかに戦いを終わらせる方法はない。
ミネルバの艦橋では、戦場全域の情報が次々と更新されていた。
「北東方面、交戦開始! 敵巨大機1機とMS部隊多数!」
「南西方面も敵防衛線と接触しました!」
「海上正面、味方大型輸送艦2隻が損傷! 護衛艦1隻、救援に向かいます!」
報告を聞きながら、タリアは戦術表示を見つめていた。
各方面の進軍速度は、想定より明らかに遅い。
正面では2機のデストロイの火力に阻まれ、陸上部隊も山地からの攻撃に足を止められている。
このままでは、基地へ接近する前に損害だけが積み重なる。
「軌道上待機部隊へ通達」
タリアは決断した。
「降下を開始させます。地上部隊と連動し、敵防衛線の後方を叩かせて」
「了解! 軌道上待機部隊へ降下命令!」
メイリンが通信を送る。
戦術表示の上方に、待機していたMS部隊の反応が現れた。
大気圏外に留まっていた部隊が、次々と降下軌道へ入っていく。
「軌道上の部隊、降下開始!」
「各隊、予定進路を維持しています!」
正面スクリーンの映像が上空へ切り替わる。
雲よりも高い空。
さらにその向こうから、無数の光が落ちてきた。
大気との摩擦によってMSを載せた降下ポッドの周囲が赤く輝き、長い尾を引いている。
やがて百を超える光点が並び、流星雨のようにアイスランドへ降り注いでいた。
艦橋の何人かが、その光景に目を奪われた。
地上の防衛部隊が、上空から来る敵へ反応する。
MSの一部が銃口を空へ向け、対空ミサイルが発射された。
だが、高高度を高速で降下する部隊を、通常の火器だけで止めることは難しい。
このまま降下が成功すれば、防衛側は正面と背後の双方へ戦力を割かざるを得なくなる。
「降下高度3万。各隊、減速開始」
「敵対空砲火、散発的です。大きな損害は確認できません」
アーサーがわずかに息を吐いた。
「このまま行ければ、地上部隊も動きやすくなりますね」
「ええ」
タリアは答えながらも、山地の映像から目を離さなかった。
ロゴスが、これだけで終わるとは思えない。
基地の中には、まだ何かがある。
その予感に応えるように、メイリンの端末へ新たな反応が走った。
「山地中央部に熱源!」
正面スクリーンが切り替わる。
ヘブンズベースを見下ろす山頂。
岩肌に覆われていたその頂が、低い振動とともに左右へ割れ始めた。
巨大な亀裂が走り、土砂と雪煙が斜面へ崩れ落ちる。
その内側から、人工物の輪郭が姿を現した。
「山頂部、構造物を確認!」
「エネルギー反応、急速に上昇!」
「兵器なのか!?」
アーサーが身を乗り出す。
割れた山頂の奥で、眩い光が膨れ上がっていた。
一つの砲口ではない。
山の内部に埋め込まれた複数の照射口が、同時に空へ向けられている。
熱量は、通常の艦砲とは比較にならなかった。
「降下部隊へ警告! 直ちに進路を変更させて!」
「警告を送信します!」
メイリンが叫ぶ。
だが、すでに遅かった。
山頂から、光が放たれた。
それは一本の巨大なビームではなかった。
白く輝く無数の光条が扇状に広がり、降り注ぐMS部隊へ向かって空を駆け上がる。
ただ空を照らすための光ではない。
触れたものを焼き、装甲も骨格も区別なく融かす、高出力ビームの雨だった。
「下から光が――」
「回避しろ! 隊列を崩せ!」
「駄目だ、間に合わ――」
通信が次々と途切れた。
光に捉えられた降下ポッドは、爆発する間さえ与えられなかった。
外殻が白く滲み、赤熱し、そのまま溶けるように崩れていく。
高速で降下していたポッドが一瞬で姿勢を失い、中のMSごと燃えながら雲の中へ落ちた。
避けようと進路を変えた機体も、隣の光条に捉えられる。
無数に並んでいた光点が、上空から急速に消えていった。
「降下部隊の反応、次々と消失!」
「第3、第4降下隊、応答ありません!」
「残存反応を確認できません!」
メイリンの指が端末の上で止まる。
スクリーンに映っていた流星雨は、もうなかった。
黒く焼けた破片が、細い煙を引きながら落下しているだけだった。
「降下部隊……消滅」
声が震えていた。
艦橋が凍りついた。
誰もが言葉を失い、山頂から空へ伸びる光の残滓を見つめている。
あれほどの数がいた。
ほんの数秒前まで、戦場を変えるはずの戦力だった。
それが、一度の照射で消えた。
「何ということだ……ロゴスめ……」
アーサーの唇から、低い声が漏れた。
タリアも、すぐには次の命令を出せなかった。
攻撃側は、山頂に隠された兵器の存在を知らなかった。
その射程も、照射範囲も、再発射までに必要な時間も分からない。
ただ一つ分かるのは、正体不明の兵器が、百機を超えるMS部隊を一瞬で呑み込んだという事実だけだった。
ミネルバの発進デッキでは、出撃命令を受けていた4機が射出直前の状態で止められていた。
デスティニーのコクピットで、シンは正面モニターを睨んでいる。
降下部隊が消えていく映像は、こちらにも送られていた。
何人いたのかは分からない。
名前も顔も知らない。
それでも、さっきまで確かに生きていた者たちが、あの光の中で消えた。
「艦長!」
シンは艦橋へ回線を開いた。
「早く発進許可をください!」
「待ちなさい」
タリアの声は冷静だった。
「あの兵器の正体が分からないまま、迂闊に近づくわけにはいかないわ」
「でも、このままじゃ地上の部隊までやられます!」
「だからといって、あなたたちまで同じ射線へ入れるつもりはありません」
「俺たちは降下部隊とは違います! 低いところから行けば――」
「推測だけで出すことはできないと言っているの!」
シンは言葉を詰まらせた。
言っていることは分かる。
自分たちまで失えば、ミネルバには敵の大型MSへ対抗できる戦力が残らない。
だが、スクリーンの向こうでは、味方が今も撃たれている。
「艦長、俺たちならやれます」
「シン」
「行かせてください!」
レイも通信へ入った。
「現在確認された照射方向は高高度です。低空を維持し、山頂部の射線を避ければ、接近できる可能性があります」
「可能性だけであることに変わりはないわ」
「承知しています」
ルナマリアも操縦桿を握り直した。
「待っていても、正面の2機が艦隊を削り続けます。出るなら今です」
セラは何も言わなかった。
発進許可が出るまで待機する。
それが命令だった。
だが、彼女の視線は戦術表示から離れていない。
山頂部の兵器が放った光の角度、降下部隊の消失位置、地形と高度の関係を、静かに照合し続けていた。
艦橋では、デュランダルがタリアの横に立っていた。
彼もまた、消えた降下部隊の反応を見ている。
「グラディス艦長」
タリアが顔を向ける。
「頼む」
短い言葉だった。
出撃させれば、危険に晒す。
出撃させなければ、正面の部隊はデストロイの砲火を受け続ける。
どちらを選んでも、安全な道はない。
タリアは一度だけ目を閉じ、すぐに開いた。
「発進を許可します」
艦橋の空気が動いた。
「デスティニー、レジェンド、インパルス、発進。続いてレギナントも発進させて」
「はい!」
メイリンが回線を切り替える。
「デスティニー、レジェンド、インパルス、発進してください! レギナントも続いてください!」
タリアはさらに言葉を重ねた。
「全機、高度を上げすぎないで。山頂部の兵器の射線には絶対に入らないこと」
「了解!」
シンの返答と同時に、デスティニーを固定していたアームが外れた。
「シン・アスカ、デスティニー、行きます!」
光の翼が発進デッキを照らし、デスティニーが火線の飛び交う空へ飛び出す。
続いてレジェンドが射出位置へ入った。
「レイ・ザ・バレル、レジェンド、発進する」
灰色の機体が、デスティニーの後を追う。
「ルナマリア・ホーク、インパルス、出るわよ!」
インパルスもカタパルトを蹴り、海上へ上がった。
最後に、白い大型MSが発進デッキへ姿を現す。
通常のMSを上回る巨体。
大きく広がるスカート装甲と、その周囲に収められた8基のドラグーン。
「セラ・フェイド、レギナント、発進します」
レギナントは加速すると、大型機とは思えない滑らかな動きで空へ上がった。
先行する3機を追い、白い女王が戦場へ向かっていく。
デュランダルは、その機影をモニター越しに見送った。
「あれが、セラの乗る機体かね」
「ええ」
タリアも、白い機体を目で追う。
「今では、ミネルバに欠かせない戦力です」
デュランダルは答えなかった。
その横顔には、わずかな寂しさと、それだけではない複雑な色が浮かんでいた。
やがてレギナントの姿が火線の中へ消えても、彼はしばらくモニターから目を離さなかった。
*****
シンたちが正面戦場へ到着した時、すでに空域は数え切れないほどのMSで埋め尽くされていた。
反ロゴス連合のMS部隊が海上から押し上げ、防衛側のウィンダムとダガーLが山地を背に迎え撃っている。
ビームが交差する。
ミサイルが乱れ飛ぶ。
撃墜された機体が煙を引き、海へ落ちていく。
その後方には、2機のデストロイガンダムが並んでいた。
巨大な腕を左右へ広げ、胸部と腕部から放つビームで、接近する部隊を薙ぎ払っている。
肩部の大型砲が光るたび、正面へ出た味方MSが散開を強いられた。
「大型MS、また撃つぞ!」
「散開しろ! 正面に固まるな!」
太いビームが空を裂く。
回避に遅れた反ロゴス連合のMSが1機、その光へ呑まれた。
近くを飛んでいた味方機も爆風に弾かれ、姿勢を崩して落下する。
シンは奥歯を噛んだ。
「あれを止めないと、いつまで経っても前へ出られない!」
デスティニーが高度を落とし、飛び交う火線の下へ潜る。
だが、デストロイへ至るまでには、随伴する防衛MSの壁があった。
正面から来る攻撃だけではない。
左右から別々の部隊が射撃を重ね、その背後からデストロイの砲火まで加わってくる。
「シン、単独で前へ出るな」
レイの声が飛ぶ。
レジェンドのビーム機動砲が展開し、デスティニーの進路へ入ろうとしたウィンダムを牽制する。
ルナマリアもインパルスのライフルを撃ち、側面から接近するダガーLを押し返した。
「数が多すぎる!」
「すべてを俺たちだけで相手にする必要はない」
レイは周囲の戦況を見ていた。
反ロゴス連合の部隊も戦っている。
こちらが防衛線へ食い込めば、彼らも続いてくる。
問題は、後方から戦場全体を支配している2機のデストロイだった。
「俺とルナマリアで随伴機を抑える」
レイは短く指示を出す。
「シンとセラは、正面の大型MSを1機ずつ止めろ」
「俺とセラで?」
「機動力で突破できるのは、お前たちだ」
シンは一瞬だけ迷った。
デストロイが展開する防御障壁は、通常のビーム兵器を弾く。
レギナントの主武装も、その多くがビームだ。
だが、代案を考えている時間はなかった。
「分かった!」
デスティニーがさらに加速する。
「セラ、行くぞ!」
「了解」
レギナントが並ぶ。
レイとルナマリアが射撃を集中し、前方の防衛MSを左右へ押し分けた。
その一瞬の隙間へ、デスティニーとレギナントが飛び込む。
「2機抜けた!」
「巨大機へ近づけるな!」
「撃て、全部だ!」
四方からビームが迫る。
だが、超高速で進路を変える2機を、通常MSの照準は捉え切れなかった。
デスティニーは光の翼を大きく広げ、直進すると見せかけて急激に高度を落とす。
レギナントは横へ滑った直後、慣性を無視したように斜め上へ跳ねた。
狙いを外した射撃が互いに交差し、防衛側の隊列が乱れる。
シンは正面のデストロイを睨んだ。
「あいつはビーム兵器を弾くバリアを張ってる。気をつけろ!」
並走するレギナントから、すぐに返答が来る。
「それなら、先日の戦闘データを参考にした戦術を確認します」
「戦術って、何を――」
問い返すより早く、2機が目前へ迫った。
胸部の砲口に光が集まる。
デスティニーとレギナントは左右へ分かれ、その間を高出力ビームが貫いた。海面が深く抉られ、噴き上がった水柱が2機の姿を隠す。
シンは水煙を突き抜け、そのまま正面の敵機へ迫った。
敵機が両腕を持ち上げ、指先から無数のビームを放つ。
デスティニーは光の翼を翻し、火線の合間を縫って急降下した。
デストロイが照準を追わせる。
だが、追いつかない。
海面近くまで高度を落としたデスティニーは、一気に機首を引き起こした。巨体の脇を駆け上がり、そのまま射線の届かない背後へ回り込む。
「そこだ!」
アロンダイトが引き抜かれた。
光を帯びた大剣が、その肩口へ叩き込まれる。
分厚い装甲を断ち割り、内部構造を焼きながら、刃は胴体を斜めに走り抜けた。
デスティニーが巨体の向こうへ抜ける。
一拍遅れて、上半身がずれた。
切断面から炎が噴き上がり、二つに分かれた機体が海へ崩れ落ちる。
周囲を固めていた防衛MSが、その光景に一瞬だけ動きを止めた。
シンは振り返らない。
「セラは――」
もう1機へ視線を向ける。
レギナントの姿は、その正面にも側面にもなかった。
さらに上を見る。
白い大型MSは、すでにデストロイの真上を取っていた。
その周囲を、8基のドラグーンが取り囲んでいる。
「セラ!」
シンは思わず声を上げた。
ドラグーンは砲口を下へ向けていた。
だが、その程度のビームでは、あの防御障壁を抜くことはできない。
「ドラグーンの火力じゃ、そいつのバリアは貫けない!」
セラは答えなかった。
8基のドラグーンが、一斉に降下する。
ビームを放つ気配はない。
敵機の周囲を巡っていた端末は、そのまま距離を詰め、次々と装甲表面へ取りついた。
巨体が腕を振り上げる。
だが、動きは遅い。
密着したドラグーンを振り払うより先に、すべての端末が固定を終えていた。
レギナントはその頭上で静止する。
セラの声が、通信へ小さく流れた。
「
8基のドラグーンが同時に作動した。
デストロイが持ち上げかけていた腕が止まり、全身の砲口に集まっていた光が不規則に明滅する。
装甲の隙間から、細い閃光が次々と漏れた。
やがて機体の動きが完全に止まり、腕が垂れ下がる。胸部の光も消えた。
役目を終えた8基のドラグーンが、装甲から一斉に離れる。
端末は何事もなかったように上昇し、レギナントの周囲へ戻っていった。
あとに残された巨体が、ゆっくりと前へ傾く。
膝から海面へ崩れ落ち、巨大な水柱を噴き上げた。
シンは、その光景を見つめていた。
デストロイの外装には、目立った損傷が見当たらない。それでも機体は完全に沈黙していた。
セラがどんな攻撃を行ったのか、シンには見当もつかなかった。
レギナントは倒れた敵機を見下ろした。
「敵機の機能停止を確認」
「今のは……」
シンは何か言おうとしたが、周囲ではまだ戦闘が続いていた。
正面のデストロイ2機は止めた。
だが、ヘブンズベースにはまだ3機が残り、山頂には正体不明の兵器が潜んでいる。
防衛MSの数も、ほとんど減ってはいなかった。
レイの声が回線へ入った。
「シン、セラ。止まるな。正面部隊が動き始める」
「……ああ、分かってる!」
反ロゴス連合のMS部隊が、崩された防衛線へ向けて前進を再開していた。
デスティニーがアロンダイトを構え直す。
レギナントのドラグーンも再び散開する。
2機のデストロイを倒しても、戦いは終わらない。
それでも、閉ざされていた正面への道は、確かに開かれていた。