機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ザフトと、それに賛同した地球連合軍によるヘブンズベース攻略戦から、二日が過ぎていた。
世界各地の報道は、いまだその戦果を繰り返し伝えている。
降伏期限を待たず先制攻撃に出たロゴスの拠点を、デュランダル議長の呼びかけに応じた各国軍が制圧したという事実は、プラントだけでなく地球でも大きく受け止められていた。
アークエンジェルの医務室でも、壁面に取りつけられた小型テレビが、その話題を絶え間なく流している。
画面には煙を上げるヘブンズベースと、勝利を宣言する各国の報道官が映し出され、ロゴスの影響力が大きく後退したと解説していた。
アスランはベッドへ横たわったまま、その映像を眺めていた。
重傷を負ってはいたものの、内臓や神経に深刻な後遺症はなく、回復は順調だと診断されている。
意識も明瞭で会話に支障はないが、まだ上体を起こすことは許されておらず、身体を動かせない時間だけが長く続いていた。
隣の病床から、気楽そうな声が飛んでくる。
「大した人気者だな、あの議長さんは。地球じゃ救世主みたいな扱いだ」
ネオ・ロアノークは枕へ背を預け、テレビへ視線を向けたまま口元を緩めていた。
彼も自由に動ける状態ではなかったが、沈黙を苦にする性格のようで、暇を見つけてはアスランへ話しかけてくる。
「ヘブンズベースが降伏期限を待たずに攻撃した以上、そうなるのも当然です。傍から見れば議長の主張が正しかったように映るでしょう」
「真面目だね。君は」
ネオは肩をすくめようとして、痛みに顔をしかめた。
「もう少し適当に話しても罰は当たらないと思うがね」
「あなたが適当すぎるんです」
「それくらいでちょうどいいんだよ。病人が二人そろって難しい顔をしていたら、医務室まで息苦しくなる」
軍人としての立場も、過去に何をしてきた人物なのかも、アスランにはまだ整理しきれていない。
それでもネオは気さくで話しやすく、この二日間、会話に救われていたのも事実だった。
医務室の扉が開き、アスランはそちらへ顔を向けた。
最初に入ってきたのはキラ、その後ろからカガリとマリューが続いてくる。
「カガリ……」
先日の戦いから一度も言葉を交わせていなかった彼女を見た瞬間、アスランの胸へ安堵よりも先に申し訳なさが込み上げた。
呼びかけに応えるより早く、カガリはベッドの傍らまで歩み寄り、横たわるアスランへ縋りつくように身体を寄せた。
「よかった……本当に、無事でよかった」
肩へ回された腕がわずかに震えている。
アスランは痛みをこらえながら腕を持ち上げ、カガリの背へそっと手を添えた。
「心配をかけた。すまない」
「謝るな。今はそれでいい」
カガリは顔を上げると、涙を隠すように目元を乱暴に拭った。
その背後に立つキラと目が合い、アスランは一度視線を伏せてから、改めて親友へ向き直った。
「キラにも、謝らなければならない。あの時、俺はミネルバの軍人として動くことを選んだ」
「アスラン」
「せめて戦闘の後、タリア艦長に救助を具申していればと、ずっと考えていた。だが俺は何もしなかった」
親友を助けたいという気持ちと、ザフト軍人として命令に従わなければならない責任の間で揺れ、最後には軍務を選んだ。
それが間違いだったと言い切ることもできず、正しかったと胸を張ることもできない。
アスランが抱えていた後悔を聞き終えると、キラは静かに首を横へ振った。
「気にしなくていいよ。あの時のアスランには、アスランの立場があった。僕だって、自分の判断で戦っていたんだから」
「だが……」
「それに、こうしてみんな生きている。今は、それで十分だよ」
キラの声に責める響きはなかった。
アスランの胸を締めつけていたものが、わずかに緩んだ。
「キラは、どうやって助かったんだ?」
アスランが尋ねると、キラはカガリへ視線を向けた。
「アスランと別れたあと、しばらくしてカガリが見つけてくれたんだ。フリーダムの損傷はひどかったけど、コクピットまでは潰れていなかった」
「海に落ちた反応を追っていたんだ。発見がもう少し遅れていたら、危なかったかもしれない」
カガリが答える。
「艦の方は……アークエンジェルはどうやって助かったんですか?」
アスランが尋ねると、マリューは少し複雑そうな表情を浮かべた。
「結論から言えば、私たちにも分からないの」
マリューはベッドの近くに置かれた椅子へ腰を下ろすと、当時の状況をゆっくりと語り始めた。
ミネルバの攻撃を受けたアークエンジェルは、艦内の多くの機能を失い、姿勢を制御できないまま海中へ沈み続けていた。
排水も浮力の調整もできず、このままでは船体が水圧に耐えられなくなると判断したマリューは、総員退艦を命じる。
「負傷者と非戦闘員から退艦を始めて、艦内に残っていた者も最後の準備に入っていたわ。その時、工作部から連絡が入ったの。停止していた艦の機能が、突然復旧し始めたと」
「突然?」
「ええ。すべてが一度に戻ったわけではなかったけれど、電源や制御系の一部が動き始めた。工作部からは、今ならまだ艦を立て直せる可能性があると言われたわ」
すでに退艦命令を出したあとであり、復旧に成功する保証もなかった。
作業へ戻した乗員が脱出の機会を失えば、艦とともに海底へ沈むことになる。
それでも退艦を続ければ、アークエンジェルを失うことだけは確実だった。
「だから賭けに出たの。退艦作業を保留して艦内に残っている全員を復旧作業へ戻したわ。バラストと姿勢制御を最優先にして、一刻も早く沈降を止めるよう命じた」
マリューは当時の感覚を思い出したのか、自分の両腕を抱くようにして小さく身震いした。
「限界深度まで、本当にあと少しだった。船体のあちこちから軋む音がして、深度計の数字だけが下がり続けていた。それが止まった時も、しばらく誰も声を出せなかったわ」
「それで、海中に留まることができたんですね」
「どうにかね。その後も浮上するまでには時間がかかったし、自力航行もほとんどできなかったけれど、フリーダムや先に脱出していた乗員とも合流できた。今はこの秘密ドックで、艦もフリーダムも修理中よ」
マリューは緊張をほぐすように笑った。
「でも、もう賭け事はしないわ。絶対に」
冗談めかした言葉だったが、その声にはまだ当時の恐怖が残っていた。
アスランはアークエンジェルの生存をようやく実感し、張りつめていた表情を少しだけ緩めた。
「本当に、よかった……」
安堵していたアスランへ、マリューは改めて問いかけた。
「アスラン君……。あなたの立場上、言いづらい事を聞くかもしれないけど、なぜアークエンジェルの機能が突然停止したのか、なぜ沈み始めてから復旧したのか。あの場にいたあなたなら何か分かることはない?」
「復旧した原因は分かりませんが、心当たりはあります」
アークエンジェルへ接近時、レギナントはアークエンジェルに設置式電磁パルス発生装置をばら撒いていた。
それによって艦の機能が次々と失われたのは間違いないだろう。
「恐らく、レギナントの攻撃です」
「レギナント? 白いMSのこと?」
「はい。あの機体には、敵艦の装甲表面へ取りつき、内部の電子機器へ直接干渉する装置が搭載されています。装置が作動している間は、電源や制御システムを停止させるはずです。」
マリューは当時の艦内を思い出すように、わずかに目を細めた。
「確かにあの時、艦の機能が一斉に動かなくなったわ」
「アークエンジェルが海中へ沈んだことで、艦体へ取りついていた装置が脱落したか、水圧や沈降時の衝撃で故障したのだと思います」
「それじゃあ、海へ沈んだおかげで、妨害そのものが消えたということ?」
「多分そのせいで、内部への干渉が止まったのだと思います」
断定はできないと付け加えたものの、マリューには思い当たる点があった。
アスランの説明にマリューは納得すると同時に、わずかに苦笑した。
「つまり私たちは、撃沈されたことで助かったようなものなのね」
「結果だけを見れば、そうなるのかもしれません」
アスランも複雑そうに答えた。
ミネルバは確かにアークエンジェルを沈めたが、その沈降によってレギナントの妨害装置が機能を失い、艦が復旧する機会が生まれた。
いくつもの偶然と判断が重ならなければ、アークエンジェルがここに存在することはなかった。
今度はアスランが、自分に起きたことを話した。
ミネルバが地球へ降下する途中、ロゴス側の部隊から攻撃を受け、予定していた降下までの時間を奪われたこと。
単独で大気圏へ突入できる機体は自力で降下し、地上でミネルバと合流する方針へ切り替えられたこと。
自分はシンたちの降下を援護していた最中に攻撃を受け、セイバーの左翼と推力を失い、不安定な機体姿勢のまま大気圏へ入ることになったこと。
「そこから先は、ほとんど覚えていない。機体を立て直そうとしたところまでは覚えているが、次に目を覚ました時にはここだった」
「セイバーのコクピットが無事だったのは、本当に幸運だった」
キラの言葉へ頷きながら、アスランはミネルバの仲間たちの顔を思い浮かべた。
自分が行方不明になったあと、彼らがどうしているのか気になっていたが、キラはその疑問へ答えるように口を開いた。
「ザフトの基地から、アスランを捜索する通信が何度も出ている。広い範囲へ捜索隊も出しているみたいだ」
「そうか……それなら、戻らないといけないな」
反射的に出た言葉へ、カガリが身を乗り出した。
「その身体で何を言っているんだ!」
「だがせめて、無事でいることくらいは伝えなければ」
「気持ちは分かるけれど、今はそれを許可することはできないわ」
マリューが穏やかに制した。
「アークエンジェルは撃沈されたと思われている。あなたがここからザフトへ連絡すれば、艦の生存や、このドックの存在まで疑われるかもしれない。少なくとも修理と移動の目処が立つまでは、あなたを拘束させてもらうわ」
「……分かりました」
納得しきれないものは残ったが、アスランは頷くしかなかった。
会話が途切れたところで、カガリが何かを思い出したようにアスランを見た。
「そうだアスラン。あの白いMS……、あれに乗っていたのは、やはりあの子なのか?」
「ああ。セラだ」
アスランが首肯すると、カガリは眉を寄せた。
マリューとキラも、先ほどまでとは違う緊張を帯びた目を向けてくる。
隣の病床では、テレビを眺めていたはずのネオも、会話へ意識を向けていた。
「あの子は、一体何者なんだ?」
「それは……」
本来なら、ザフト内部でも限られた者しか知らない情報だった。
軽々しく口にしていい話ではない。
アスランは一瞬迷ったが、カガリはセラを直接目の当たりにしており、キラやアークエンジェルの面々もその存在を知っているのなら、曖昧なままにする方が危険だと判断する。
「本人が言うには、セラはラクスの模倣個体だ。遺伝子情報を基に作られた、クローンだと言っていた」
「ラクスの……クローン?」
カガリの声が掠れた。
キラも言葉を失い、マリューは驚きを隠せないままアスランを見つめている。
後ろで聞いていたネオも、先ほどまでの気楽な表情を消していた。
「どういう目的で、そんなことを……」
「詳しいことは、俺もすべて知っているわけじゃない。とある研究機関が、遺伝子によって人同士が惹かれ合う世界を目指すという名目で、複数の模倣個体を生み出していたらしい。セラも、その一人だった」
「人同士が、惹かれ合う?」
「ああ。ただ、セラには研究側が求めていた適性がなかった。そのため研究対象としての価値を失い、やがてロゴスの管理下で、生体兵器に近い扱いを受けるようになったと聞いている」
「まて、アスラン」
カガリの表情に怒りが浮かんだ。
「生体兵器って……、そんな境遇に遭っていた子を、今度はミネルバが戦わせているのか!」
「違う」
アスランは即座に首を横へ振った。
「少なくとも、ミネルバではセラをそんなふうに扱っていない。艦長もシンたちも、彼女を一人の人間として見ている。出撃させない方がいいと考えている者もいた」
「だったら、どうしてあの子は戦場に出ていたんだ!」
「セラ自身が拒んだんだ。戦闘のたびに身体へ大きな負荷がかかり、何度も命を落としかけている。それでも、出撃を止めようとすると頑なに拒絶する」
アスランは、医務室でセラと交わしていた言葉や、戦うことを当然の義務として受け入れていた少女の姿を思い返した。
「セラにとっては、戦えることが自分の価値なんだと思う。ミネルバを守ること、役割を果たすことが、存在理由になっている。周りが大切にしていると伝えても、それだけでは納得できないんだ」
「そんな……」
カガリはそれ以上の言葉を失った。
単純にミネルバが少女を利用しているのであれば、怒りを向ける相手は明確だった。
しかし、周囲が止めようとしても本人が戦うことを求め、それを存在の証明にしているという話を聞けば、誰か一人を責めて終わる問題ではない。
キラも伏し目がちに考え込んでいた。
ラクスと同じ遺伝子から作られながら、まったく異なる環境で生きてきた少女がいる。
その事実を、宇宙にいるラクスへどのように伝えるべきか、すぐには答えを出せなかった。
「でも、優秀なパイロットなんだな」
沈黙を破ったのはネオだった。
全員の視線が向くと、彼は少し困ったように頭を掻いた。
「いや、あの白い機体の動きを見れば分かる。あれは機体が特別なだけじゃない。乗っている人間も相当だ」
「確かにセラは優秀です。戦況の把握も、機体の制御も、普通のパイロットとは比べものにならない」
アスランは認めたうえで、わずかに表情を曇らせた。
「だからこそ、周囲も頼らざるを得ない。必要とされるほど、セラは戦うことが正しいと考えているのかもしれない」
誰もすぐには答えなかった。
医務室のテレビでは、ヘブンズベース攻略戦の勝利を伝える報道が続いている。
その戦場で白い機体が何をしたのか、アークエンジェルにいる彼らはまだ詳しく知らなかった。
*****
ミネルバ格納庫に隣接した控室。
そこでシンとルナマリアは、レイから聞かされた報告に言葉を失っていた。
ヘブンズベースは陥落したものの、ロード・ジブリールを含むロゴス幹部は、突入部隊が司令区画へ到達するより前に全員逃亡していたという。
「全員って……一人も捕まえられなかったのか?」
シンが身を乗り出すと、レイは手元のカップを置いて頷いた。
「ああ。基地内部には脱出路が用意されていたそうだ。守備隊が降伏するまで時間を稼いで、突入した時には、もぬけの殻だったらしい」
「それで、あいつらはどこへ逃げたんだよ」
「まだ分からない。周辺の港湾施設や飛行場も調べているが、今のところ情報が無い」
シンは苛立ちを隠さず、持っていたコーヒーを一息に飲み干した。
「せっかくあそこまでやったのに、結局逃げられたのかよ」
「やはり、一筋縄ではいかないということだ」
レイが冷静に答えると、シンは空になったカップをテーブルへ置いた。
「そんなことはない。次は必ず捕まえてやる。逃げ道ごと全部塞いで、今度こそ終わらせる」
「その前に、どこへ逃げたのか分からないとどうにもならないけどね」
ルナマリアが現実的な言葉を返す。
シンは反論しようと口を開きかけたが、扉が開いたことで、三人の視線がそちらへ向いた。
セラが室内へ入り、シンたちを確認すると、その場でパイロットスーツの留め具へ手をかけた。
首元を緩め、何の躊躇もなく上半身を脱ごうとする姿を見て、ルナマリアが椅子を蹴るように立ち上がった。
「ちょっと待ちなさい! 何してるのよ!」
「小判ちゃん4号を解除する必要があります」
「だからってここで脱がないの! 更衣室はあっち! ここじゃないでしょう!」
セラは手を止めたものの、なぜ止められたのか理解できないようにルナマリアを見返した。
「シンやレイは稀にここで着替えてます」
「あんたたち……!」
ルナマリアはセラの開いた胸元を隠すように抱き抱えると、シンとレイへ鋭い視線を向けた。
「二人とも、絶対こっち見ないでよ!」
「見てないって!」
「俺は最初から見るつもりはない」
シンが慌てて顔を背け、レイはいつもと変わらない声で答える。
ルナマリアは納得していない様子だったが、そのままセラを連れて更衣室へ入っていった。
しばらくして、二人が戻ってくる。
セラは普段着へ着替えており、ルナマリアもようやく安心した表情を浮かべていたが、室内にシンが残っているのを見た途端、眉を吊り上げた。
「なんで、まだいるのよ!」
「痛っ!」
頭を叩かれたシンは、両手で押さえながら不満そうに振り返った。
「いるに決まってるだろ! セラに聞きたいことがあるんだよ」
「だったら先に言いなさいよ!」
シンを睨みつけたあと、ルナマリアは諦めたように息を吐き、セラを隣の椅子へ座らせた。
レイも関心を向けていると分かると、シンはヘブンズベース戦で見た攻撃について尋ねた。
「セラ、あの時デカいヤツに使った攻撃、どういう仕組みなんだ?」
「
「ああ。あいつはビームを弾くバリアを張ってたし、装甲だって厚かった。レギナントのドラグーンで撃っても、普通なら通らないはずだろ」
セラは少しだけ考えるように視線を下げた。
説明する順序を整理すると、テーブルの上へ指先で簡単な形を描きながら話し始める。
「レギナントのドラグーンには、ブラストモードとスティングモードが追加されました。ブラストモードは、ドラグーン内部の電力容量を一度に使用してビームを発射します」
「威力は?」
「ザクのビームライフル一発分に相当します」
「全部使って、それだけなの?」
ルナマリアが意外そうに聞き返すと、セラは頷いた。
「ドラグーン単体の蓄電容量には限界があります。ブラストモードは、通常射撃より高い威力が必要な場合に使用しますが、発射後は再充電が必要です」
「じゃあ、もう一つのスティングモードは?」
「先端からビームナイフを展開します。切断よりも、対象へ突き刺すことに適した機能です」
セラは、テーブルへ置いた指を一点へ集めるように動かした。
「
「バリアを撃ち抜いたんじゃなくて、バリアの内側まで入ってから刺したのか」
「はい。装甲表面へ接触しているため、外部からビームを照射する場合より、必要な出力を抑えられます。複数方向から内部を貫くことで、対象を短時間で無力化できます」
シンはヘブンズベースで動きを止めたデストロイガンダムの姿を思い出した。
外装には大きな損傷が見えなかったにもかかわらず、全身の砲口が明滅し、そのまま力を失って倒れていった。
仕組みを聞けば、あの巨体の内側で何が起きていたのかも想像できる。
「それ……中にいるパイロットはどうなるんだ?」
念のため確かめるように尋ねると、セラは表情を変えずに答えた。
「生存率は極めて低いです。一般的なMSのコクピットは機体中央部に配置されているため、複数のビームナイフが到達する可能性が高いです」
「やっぱり、そうなるのかよ……」
シンはわずかに腰を引き、ルナマリアも困ったように眉を寄せた。
敵機を撃墜すれば搭乗者が死ぬことがある事くらい、二人も理解している。
それでも、それを前提とした戦術が正しいとは思えない。
敵も味方も、殺さないで済むならその方がいいに決まっている。
「セラ……この戦術はしばらく封印だ」
「理由を確認してもいいですか」
「確実にパイロットまで死なせるような戦術、使っていいわけがないだろ」
シンが答えると、ルナマリアも隣で頷いた。
「私もシンと同じ意見。いくら何でも残酷すぎるわ」
「
セラの言葉を聞き、シンは腕を組んだ。
戦闘のたびにセラが倒れ、医務室へ運ばれてきた姿を思えば、身体への負担が小さいという利点を無視することはできない。
アスタリスクを禁じた結果、より危険な戦術を選ばせることになれば、本末転倒だった。
「それなら……いや、でもなあ」
「セラに負担が少ないのが一番えげつない戦い方っていうのは……ねえ」
「あっちが立てばこっちが立たず、だな」
レイも話に加わり、三人が悩む姿を見て、セラはわずかに首を傾けた。
「短時間で無力化できれば、味方の損害を抑えられます」
「それは分かってる。だが問題はそこじゃない」
レイは否定せずに答えた。
「セラが間違ってるわけじゃない。あの時みたいにビームが効かなくて、放っておけば味方も危なかった。けど……」
シンはどう説明していいのか分からなかった。何が正しいのかという判断も。
それでもセラには、殺人兵器のような戦い方はしてほしくなかった。
「けど、ほかの手段があるなら、そっちを選んでほしいんだ」
「判断基準が不明確です」
「今はそうとしか言えない。とにかく約束してくれ。確実に人を殺める戦術はとらないって」
シンはセラの目を見ながら話した。セラもシンを見つめ返しながら静かに考える。
合理性だけで考えれば、判断条件が増えることになる。
それでも、二人が自分を責めているのではないことは理解できた。
「了解しました。必要な状況以外の使用を控えます」
セラはまだ完全には理解していない様子だったが、いつもと変わらない短い返事だった。
「……これでよかったんだよな」
「正解なんて分からないわよ。でも、何も言わないよりはいいでしょう」
「セラに効率以外の基準を求めるなら、俺たちも答えを考え続ける必要がある」
レイの言葉に、シンとルナマリアは揃って黙り込んだ。
三人とも答えは持っていなかった。
セラが生み出したこの問題は、戦う者にとって出口のない迷路のようなものだった。
相手を殺めることを肯定することも否定することも、兵士にとっては正しいと言い切れない。
それでも、セラをこのままにはしたくないという思いだけは同じだった。