機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ジブラルタル基地司令部では、ヘブンズベースから送られてきた押収品の一覧が、デュランダルの前へ届けられていた。
基地内部で回収された兵器や機密資料は膨大だったが、その中でも情報部が最優先に分類したものがある。
「核弾頭と、それを搭載可能なミサイルです。複数基が発射設備の近くで確認されました」
報告に立った士官の言葉を聞き、デュランダルは端末へ視線を落とした。
画面には格納庫から運び出される弾頭と、地下施設に残されていた大型ミサイルの映像が並んでいる。
「使用する意思があったことは間違いないのかね」
「発射準備を示す操作記録は残っています。ただし、どの段階まで進んでいたかは現在も解析中です」
デュランダルは小さく頷き、ヘブンズベース攻略戦の推移を思い返した。
反ロゴス連合は3方から基地へ迫り、前衛を突破したシンとセラは、大型MSを撃破して敵基地の目前まで進んでいた。
もし進撃が遅れ、核ミサイルが発射されていれば、密集していた攻撃部隊は甚大な被害を受けていただろう。
「回収した兵器は厳重に保管し、発射設備と管制記録もこちらへ移したまえ。解析結果は、私の承認を得るまで公表しないように」
「承知しました」
士官が退出すると、司令室に静けさが戻った。
デュランダルは核弾頭の映像を見つめたまま、ゆっくりと椅子へ身を預ける。
危険な兵器が敵の手から離れたことは、それだけで大きな成果だった。
そして、その危機を未然に防いだ英雄として語るにふさわしい者も、すでに2人いる。
「やはり、相応の褒賞が必要だろうね」
独り言のように呟いたデュランダルの目には、穏やかな笑みとは異なる光が浮かんでいた。
*****
ジブラルタル上空では、4機のMSが互いに距離を取りながら向かい合っていた。
レギナント1機に対し、デスティニー、インパルス、レジェンドの3機という、戦力差だけを見れば一方的な組み合わせだった。
「本当に1対3でやるのか?」
デスティニーのコクピットで、シンは正面に浮かぶ白い機体を見据えた。
「はい。新戦術の有効性を確認するには、この条件が適切です」
「今度は何を考えたんだよ」
「
セラの返答を聞き、ルナマリアは嫌な予感を覚えたように眉を寄せた。
「それ、またヴィーノとヨウランが手伝ったんでしょう?」
「運用には2人の力が必要でした」
「やっぱり、またとんでもない物を作ったんじゃないでしょうね」
「試してみれば分かる」
レイが話を進めると、4機の間に訓練開始を告げる信号が送られた。
開始と同時に、レギナントのスカートから8基のドラグーンが離れる。
白い端末は1か所へ集まらず、高度と方角を変えながら広い空域へ散っていった。
シンはアロンダイトを抜き、デスティニーを正面から加速させる。
インパルスとレジェンドは左右へ分かれ、レギナントの退路を狭めながら援護へ回った。
3機で同時に圧力をかければ、どれほど特殊な戦術でも準備する余裕は与えられないはずだった。
その瞬間、3機のコクピットでロックオン警報が一斉に鳴り響いた。
「何だ!?」
シンが反射的に視線を巡らせる。
正面だけではない。背後、上方、下方、さらに左右からも、別々の警告がほとんど間を置かずに重なっていた。
ルナマリアも機体を振り、警告の発生源を探した。
「多すぎる! どこから狙ってるのよ!」
「ドラグーンは散開している。すべてが同時に攻撃できる位置ではない」
レイは冷静に分析したが、警報は鳴りやまない。
レーダーには複数のドラグーンが映っているものの、どの端末が自分を狙い、どれが他の機体へ照準を向けているのか判別できなかった。
3機の動きが一瞬鈍る。
その隙にレギナントは後退し、シンたちとの間合いを広げた。
「こけおどしだ! 警報を鳴らして足を止めさせたいだけだろ!」
シンはそう判断すると、警告を無視して前へ出た。
デスティニーがアロンダイトを構え、レギナントへ一気に迫る。
次の瞬間、側方を通過したドラグーンから訓練用のビームが放たれ、デスティニーの肩へ命中した。
コクピットに被弾判定が表示され、シンは舌打ちしながら機体を翻す。
「本当に撃ってきたのかよ!」
「警告だけでは、シンのように対応される可能性があります」
レギナントはデスティニーの前を横切り、追撃を受けるより早く高度を上げた。
シンはすぐに向きを変えて追おうとしたが、再び背後から警報が鳴る。
反射的に振り返ると、ドラグーンの1基が照準を向けており、さらに別方向からも警告音が重なった。
「くそっ、今度はどれだ!」
一度でも実際に撃たれた以上、もう警報を無視することはできない。
警告が鳴るたびに回避する方向を変えれば、別の方向から新たな警告が加わり、進路を塞がれる。
それでも強引に動こうとすれば、先ほどと同じように本物の攻撃が混ざる可能性があった。
インパルスも同じ状況に陥っていた。
ルナマリアは警報の少ない方向へ抜けようとしたが、機体を向けた直後に上方と後方から照準を重ねられ、慌てて推力を落とした。
「見えないのに、ずっと狙われてるみたい……!」
従来の
触れれば撃たれる糸が見えるからこそ、敵はその隙間を探し、動ける範囲を狭められていく。
しかし、明るい空の下ではレーザーの視認性が落ち、同じ圧力を与えることが難しかった。
今、3人を縛っているものは目には見えない。
その代わり、コクピットへ鳴り響く警報が、四方八方から糸を張られていることを耳へ直接伝えていた。
レジェンドはビーム機動砲を展開し、周囲のドラグーンを追い払おうとした。
だが、セラの端末は攻撃を受ける前に照準を外し、別の位置から再びロックオンをかけてくる。
撃ち落とすべき端末を選ぼうとする間にも、警報の方向が次々と変化した。
「これは……ロックオン警報そのものが武器になるのか」
レイが仕組みに気づく。
照準を向けるだけなら、ビームを撃つよりも早く、何度でも対象を変えられる。
8基のドラグーンとレギナント本体が3機へ不規則に照準を移し続けることで、誰がどこから撃たれるのか分からない状況を作り出していた。
「シン、左から回り込んで! 私とレイが警報を引き受ける!」
「分かった!」
ルナマリアの提案に従い、シンはデスティニーを左へ振った。
だが、3機が役割を変えた瞬間、セラも照準の配分を変える。
シンへ集中していた警報が一度消え、代わりにルナマリアとレイへ重なったかと思えば、次の瞬間にはデスティニーの正面と下方から同時に鳴り響いた。
そして次の瞬間には被弾判定。
連携しようとするたび、誰が狙われているのか、どこから攻撃されるのかが切り替わる。
3人は互いの位置を確認しながら動こうとしたが、警報へ反応するたびに隊形が崩れ、レギナントとの距離だけが広がっていった。
シンはアロンダイトを構えたまま、ついに前進を止めた。
ルナマリアも不用意に動けず、レイは周囲へ展開したビーム機動砲を静止させる。
目に見える壁はどこにもない。
それでも3機は、どの方向へ進めば網へ触れずに済むのか分からなくなっていた。
訓練空域に、終了を告げる信号が流れる。
同時にロックオン警報が途切れ、3機のコクピットへ静けさが戻った。
「訓練を終了します。3機すべての行動停止を確認しました」
セラの声はいつもと変わらず平坦だった。
シンは息を吐き、アロンダイトを収めながらレギナントを見上げる。
「完全に引っかかったってことか」
「不可視レーザーの視認性が低い場合でも、警報によって包囲を認識させれば、同様の行動阻害が可能です」
「昼間は糸が見えないから使えないと思ってたのに、今度は見えないことを利用したのね」
ルナマリアは呆れ半分、感心半分の声を漏らした。
レイもドラグーンの配置を確認しながら、素直に評価する。
「大したものだ。攻撃の威力を上げずに、相手の判断を遅らせている。味方が多い戦場ほど効果も大きいだろう」
「これなら前より頼りになるな。敵を止めてくれれば、俺たちが動ける」
3人から褒められても、セラはすぐには答えなかった。
しばらくして、レギナントの通信回線から少し低い声が返ってくる。
「レギナントは、本来支援を目的とした機体です。私は撃墜することにこだわり、役割を誤っていました」
「別に、全部が間違ってたわけじゃないわよ」
ルナマリアはすぐに言葉を返した。
「セラが倒さなきゃ止められなかった敵もいたでしょう。でも、こういう戦い方もできるって分かったなら、それでいいじゃない」
「ああ。俺たちもいるんだから、1人で全部倒そうとしなくていいんだ」
「今後は、部隊全体で最も有効な方法を選べばいい」
3人の言葉を聞き、セラは短い間を置いてから答えた。
「了解しました」
白いレギナントの周囲へ、8基のドラグーンが静かに戻っていく。
見える糸を失った女王は、代わりに警告音という見えない糸で、新しい巣を完成させていた。
*****
数日後、ジブラルタル基地司令部の執務室は、その場を式典室として使用し、ミネルバの主要乗員と基地関係者が集められていた。
正面にはプラント最高評議会議長のデュランダルが立ち、その前にシンとセラが並んでいる。
2人へ授与されるのは、ヘブンズベース攻略戦での功績を称えるネビュラ勲章だった。
シンにとっては2度目の受勲となるが、壇上へ立つ表情には前回とは異なる緊張があった。
隣のセラはいつもと変わらず背筋を伸ばし、儀礼に必要な動作を確認するように正面を見ている。
デュランダルは列席者へ向き直り、静かに口を開いた。
「ヘブンズベースの制圧後、基地内部から複数の核弾頭と、それを搭載したミサイルが発見された。残された記録によれば、それらは反ロゴス連合へ向け、まさに発射されようとしていた」
式典室に小さなどよめきが広がる。
タリアも初めて聞く内容だったらしく、わずかに目を見開いた。
「もし発射されていれば、基地周辺へ集結していた各国軍は壊滅的な被害を受けていただろう。しかし、シン・アスカとセラ・フェイドの両名が守備隊の大型MSを撃破し、基地中枢へ迫ったことで、敵は発射の機会を失った」
デュランダルの言葉に、列席者の視線が2人へ集まった。
発射準備がどこまで進んでいたのかを知る者は、この場にはほとんどいない。
ただ、実際に核弾頭とミサイルが発見された事実が、語られた危機へ十分な重みを与えていた。
「両名の働きは、反ロゴス連合だけでなく、その背後にいる多くの人々を救った。まさに救世の功績と呼ぶにふさわしい。ここに、その功を称え、ネビュラ勲章を授与する」
名を呼ばれたシンが一歩前へ出る。
デュランダルから勲章を受け取り、敬礼を返すと、続いてセラも同じように前へ進んだ。
胸元へ勲章を付けられても表情は変わらなかったが、視線だけが小さく動き、初めて与えられた褒賞を確認していた。
2人への授与が終わったところで、デュランダルは話を続けた。
「そして私は、2人の能力と功績に対し、もう1つの役割を託したいと考えている。シン・アスカ、セラ・フェイド。両名を本日付でFAITHへ任命する」
式典室の空気が変わった。
予想していなかった言葉にシンが目を見開き、セラはFAITHの徽章へ視線を向ける。
傍らに立つタリアの表情からも、わずかに温度が消えた。
「議長、俺がですか?」
シンは戸惑いを隠せないまま問い返した。
「そうだ。君には、その資格がある」
「でも俺は、これまで命令を破ったり、勝手な行動を取ったりしてきました。そのたびに艦長や、ミネルバのみんなが助けてくれたんです。俺だけがこんなものを受け取るのは……」
シンは徽章へ手を伸ばせずにいた。
自分の力だけでここまで来たわけではないことも、過去に起こした問題も忘れてはいなかった。
デュランダルは責めることなく、その迷いを受け止めるように頷いた。
「だからこそだよ、シン。人は誰でも間違える。完璧な人間など、どこにもいない。だが、自分の過ちを認め、正そうとすることはできる」
「自分の過ちを……」
「これまで仲間に支えられてきたと思うのなら、今度は君がその力で仲間を守ればいい。FAITHの徽章は、過去に間違いのなかった者だけが身につけるものではない。より正しい道を選ぼうとする者にこそ、必要な責任だと私は思っている」
シンは黙ってデュランダルの言葉を聞いた。
やがて表情を引き締めると、一歩前へ出て徽章を受け取る。
「分かりました。俺、今度こそみんなを守れるようにします」
「期待しているよ」
シンが敬礼を返すと、次にセラが呼ばれた。
彼女は迷わず前へ進んだが、徽章を受け取る前にデュランダルを見上げた。
「確認があります」
「何だね」
「FAITHは、通常の指揮系統から独立した権限を持ちます。現在の所属と命令系統が曖昧になります」
「これまでどおり、ミネルバでグラディス艦長の指揮に従いたまえ。独自の判断が必要な状況では、その権限を用いればいい」
「優先順位は、タリア艦長の命令を上位と認識してよろしいですか」
「それで構わないよ」
「了解しました」
セラは納得すると、FAITHの徽章を受け取った。
そのやり取りを見守っていたタリアの眼差しは、最後までデュランダルへ向けられていた。
式典が終わろうとした時、司令部の士官が急ぎ足で室内へ入り、デュランダルの傍らで小声の報告を行った。
穏やかだった議長の表情がわずかに引き締まり、列席者も新たな動きがあったことを察する。
「皆に、もう1つ伝えなければならないことがある」
デュランダルは士官から受け取った端末へ目を落としたあと、シンたちへ向き直った。
「逃亡していたロード・ジブリールの行き先が判明した」
シンは息をのみ、タリアとミネルバの乗員たちも次の言葉を待った。
デュランダルは短い間を置き、その国の名を告げる。
「オーブ連合首長国だ」