機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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11.営倉という安息地

事情聴取から1日が経過した。

 

艦長室。

L-31は、静かに椅子へ座っていた。

 

その脇にはアーサー。

向かい側では、タリアが資料を開いている。

 

タリアの頭の中には、解決しなければならない問題が山のように積み上がっていた。

鹵獲した白いMS。

その機体に残されていた36本の接続針。

ラクス・クラインを基準に作られた模倣個体。

人格形成研究の被験体。

そして、名前を持たない少女。

 

どれも迅速に処理すべき案件であり、同時に、拙速な判断が許されないものばかりだった。

 

その中の1つが、目の前の少女の処遇だった。

 

「L-31」

「はい」

「今後の処遇について伝えるわ」

 

L-31は、ただ視線を向ける。

怯えも、反発もない。

命令を待つ兵士のように、静かだった。

 

タリアは資料へ視線を落とし、淡々と続ける。

 

「現時点をもって、あなたを医務室から移送します」

「移送先は、艦内拘禁区画。営倉での管理となります」

「了解しました」

 

返答は即座だった。

 

当然の処置だと思っているのだろう。

L-31の表情に変化はない。

 

タリアは、そこで少しだけ息を置いた。

 

「ただし、完全な拘束は行いません」

 

アーサーが手元の資料を確認する。

 

「医療班の意見もあり、身体機能の維持を目的として、監視付きでの歩行を許可します」

「移動範囲は艦内の一部のみ。単独行動は禁止。武装警備員が同行します」

「了解しました」

 

L-31は頷く。

 

その反応だけを見れば、営倉に移されることも、警備員に囲まれることも、何も変わらないようだった。

医務室。

艦長室。

営倉。

どこであっても、命令された場所で待機するだけ。

 

タリアには、それがかえって痛々しく見えた。

 

「また、面会についても一部許可します」

 

そこで初めて、L-31の視線がわずかに上がった。

 

タリアはそれを見逃さなかった。

 

「ただし、単独面会は禁止。必ず複数名、または警備員同席のもとで行うこと」

「必要に応じて、警備員は武装状態で待機します。これも理解できるわね?」

「はい」

 

短い返答。

 

タリアは最後に、少しだけ表情を引き締めた。

 

「もう1つ」

「研究所に関する情報、とくに中核部分については、今後、許可なく口外しないこと」

「機密保持ですか」

 

L-31は、数秒考えてから言った。

 

「そうよ」

「理解しました。必要であれば、質問者へ開示制限の旨を伝達します」

 

アーサーが小さく頭を抱えた。

 

やはり、どこかずれている。

ただし、悪意はない。

言葉の意味を、命令処理として正確に受け取っているだけなのだろう。

 

タリアはため息を飲み込み、頷いた。

 

「それで構いません。以上よ」

「了解しました」

 

こうして、L-31は営倉へ移されることになった。

 

*****

 

格納庫。

 

シンは工具箱に腰掛け、腕を組んでいた。

隣にはルナマリア。

少し離れたところに、レイとアスランもいる。

 

だが、今日のアスランは明らかに様子が違っていた。

 

視線の先にあるのは、白いMS。

損傷したまま固定された、あの女王のような機体だった。

 

「なあ」

 

シンが口を開く。

 

「やっぱり、何か聞いたんだろ?」

 

アスランはすぐには答えなかった。

しばらく白いMSを見つめたまま、短く返す。

 

「……言えない」

「またそれかよ」

「機密だ」

 

シンは顔をしかめる。

 

ルナマリアも肩をすくめた。

だが彼女も気になっている。

艦長室から戻ってきて以来、アスランはずっと何かを考え込んでいた。

 

理由は1つしかない。

あの少女だ。

 

「だったら、本人に聞けばいいんじゃない?」

 

ルナマリアが、シンとレイにだけ聞こえる程度の声で言った。

 

シンが顔を上げる。

 

「本人?」

「そうよ。どうせ気になってるんでしょ」

 

図星だった。

 

シンは立ち上がる。

 

「よし。行くか」

 

レイが眉をひそめる。

 

「許可は?」

「面会はできるんだろ? だったら問題ないじゃないか」

「問題がないかどうかは、許可を取ってから判断するものだ」

 

レイはそう言ったが、止める気はないらしい。

 

アスランは振り向かなかった。

 

「俺は行かない」

「なんでだよ」

「今行けば、余計なことを聞きそうになる」

 

その声は低かった。

 

シンは何か言いかけて、やめた。

アスランが何を知っているのかは分からない。

だが、聞いてはいけないものを抱えていることだけは分かった。

 

結局、シン、ルナマリア、レイの3人は、拘禁区画へ向かうことになった。

 

*****

 

艦内拘禁区画。

 

警備員が、面会許可を確認してから扉を開ける。

そして、シンたちはその場で固まった。

 

「えっ」

 

中から聞こえてきたのは、聞き慣れた声だった。

 

「だからね、普通はそういう時に困るの」

「なるほど」

「いや、絶対分かってないでしょ」

「理解度は2割程度です」

「やっぱり分かってない!」

 

元気な声。

そして、営倉の中で妙に楽しそうに話しているメイリン。

 

3人が無言になる。

 

最初に反応したのは、ルナマリアだった。

 

「……メイリン?」

 

妹が飛び上がった。

 

「ひゃっ!?」

 

振り向く。

固まる。

青ざめる。

 

「お、お姉ちゃん……」

「何やってるの?」

「その……」

 

ルナマリアの視線が、部屋の隅に立つ警備員へ向く。

警備員は気まずそうに目を逸らした。

 

「ちゃんと許可は取ったの?」

「取った! 取ったよ! 警備員さんもいるし、単独面会じゃないし!」

 

メイリンは必死だった。

 

シンが思わず吹き出す。

 

「お前が1番最初に来てるじゃないか」

「ち、違うの! 記録確認のついでっていうか、様子を見る必要があったっていうか!」

「完全に私情じゃない」

 

ルナマリアが呆れたように言う。

 

メイリンは言い返せず、視線を泳がせた。

 

レイは額に手を当てる。

もう手遅れだった。

 

L-31は、そのやり取りを静かに見ている。

 

手錠は外されている。

だが、扉の外には警備員がいる。

室内には監視カメラもある。

 

それでも、L-31は落ち着いていた。

医務室にいた時よりも、艦長室にいた時よりも、むしろ安定して見える。

 

営倉。

拘禁区画。

普通なら罰として扱われる場所。

 

だがL-31にとっては、明確に管理された待機場所だった。

命令があり、監視があり、役割が決まっている。

何をしていいか分からない自由より、ずっと分かりやすいのかもしれない。

 

シンは、そのことに気づいて、少しだけ複雑な顔をした。

 

*****

 

会話は、成立しているようで、やはり微妙に噛み合わなかった。

 

好きな食べ物は分からない。

趣味も分からない。

休日という概念も、あまり分からない。

 

シンとルナマリアは、途中から考えるのをやめた。

レイは、鋭い目でL-31を観察している。

 

だが、メイリンだけは違った。

 

「つまり、命令がない時は待機になるんだ」

「はい」

「でも普通は、待機中でも何かしたいことがあったりするの」

「必要行動ですか」

「うーん、必要じゃないこともあるかな」

「不要行動ですか」

「言い方!」

 

なぜか、メイリンだけは彼女の言葉に食いついていける。

 

シンは感心したように呟いた。

 

「よく会話できるな」

「できてるかは微妙だけどね」

 

ルナマリアが小さく笑う。

 

その時、シンがふと思い出したように口を開いた。

 

「そういえばさ」

「はい」

「お前が乗ってた白いMS。あれ、名前あるのか?」

 

L-31は即答した。

 

「レギナントです」

「レギナント?」

 

一同が顔を見合わせる。

 

「はい。運用機体名称です。正式名称は把握していません」

「私は、レギナントと呼称していました」

 

シンは腕を組む。

 

「レギナント、ね……」

 

レイは黙ってその名を反芻していた。

 

あの白い機体には、妙に似合う名前だった。

女王。

支配者。

そういう響きを持つ名。

 

「機体には、名前があるんだね」

 

メイリンが、ぽつりと呟いた。

 

その言葉に、室内が少しだけ静かになる。

 

L-31は、意味が分からないというようにメイリンを見る。

 

メイリンは何かを思いついたように顔を上げた。

 

「じゃあさ」

「はい」

「あなたにも名前を付けようよ」

 

沈黙。

 

L-31は首を傾げた。

 

「私の識別番号はL-31です」

「そういうことじゃないの」

 

メイリンは少しだけ身を乗り出す。

 

「だって呼びにくいじゃない? 毎回L-31って」

「識別上の問題はありません」

「私はあるの」

「識別できるのであれば――」

「だったら名前を付けてもいいでしょ!」

 

思わず声が大きくなる。

 

メイリンの迫力に、空気が止まった。

 

ルナマリアが吹き出す。

シンも笑いを堪えていた。

レイは無表情だったが、止める気はないらしい。

 

メイリンは腕を組んで考え込む。

 

「うーん……」

 

数秒の間。

 

そして、ぽつりと呟いた。

 

「セラ」

 

全員が彼女を見る。

 

「セラ?」

 

シンが聞き返す。

 

「うん。何となく、似合いそうかなって」

 

根拠はない。

本当に、何となくだった。

 

けれど、不思議と誰も反対しなかった。

 

「悪くないと思う」

 

ルナマリアが小さく頷く。

 

シンも肩をすくめた。

 

「まあ、L-31よりは呼びやすいな」

 

レイは何も言わなかった。

だが、否定もしなかった。

 

メイリンはL-31を見る。

 

「どう?」

 

L-31は少し考えた。

 

「呼称変更ですか」

「変更じゃないわよ」

 

メイリンが苦笑する。

 

「では、追加ですか」

「そう。L-31でもいいし、セラでもいい」

 

また数秒の沈黙。

 

やがて、L-31は小さく頷いた。

 

「識別名の追加を確認しました」

 

相変わらずだった。

 

シンが額を押さえる。

 

「絶対分かってないだろ」

「理解度は3割程度です」

「上がってるじゃないか!」

 

今度はルナマリアまで笑った。

メイリンもつられて笑う。

 

レイは無言だった。

けれど、止めようとはしなかった。

 

「じゃあ決まり」

 

メイリンが、満足そうに言う。

 

「今日から、セラ」

「了解しました」

 

それだけだった。

 

本人にとっては、識別名が1つ増えただけ。

意味も、価値も、まだよく分かっていない。

 

それでも、その日、彼女に名前が増えた。

 

L-31。

識別番号。

 

セラ。

まだ、意味の分からない呼称。

 

けれどメイリンだけは、その日から彼女を少しずつ、そう呼び始めた。




別回の話と指し替わっているいう誤字報告をいただき、内容を復旧いたしました。

誤字報告いただきました方、有難う御座いました。
このまま気づかす放置していれば、永らくご迷惑をおかけするところでした。
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