機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
事情聴取から1日が経過した。
艦長室。
L-31は、静かに椅子へ座っていた。
その脇にはアーサー。
向かい側では、タリアが資料を開いている。
タリアの頭の中には、解決しなければならない問題が山のように積み上がっていた。
鹵獲した白いMS。
その機体に残されていた36本の接続針。
ラクス・クラインを基準に作られた模倣個体。
人格形成研究の被験体。
そして、名前を持たない少女。
どれも迅速に処理すべき案件であり、同時に、拙速な判断が許されないものばかりだった。
その中の1つが、目の前の少女の処遇だった。
「L-31」
「はい」
「今後の処遇について伝えるわ」
L-31は、ただ視線を向ける。
怯えも、反発もない。
命令を待つ兵士のように、静かだった。
タリアは資料へ視線を落とし、淡々と続ける。
「現時点をもって、あなたを医務室から移送します」
「移送先は、艦内拘禁区画。営倉での管理となります」
「了解しました」
返答は即座だった。
当然の処置だと思っているのだろう。
L-31の表情に変化はない。
タリアは、そこで少しだけ息を置いた。
「ただし、完全な拘束は行いません」
アーサーが手元の資料を確認する。
「医療班の意見もあり、身体機能の維持を目的として、監視付きでの歩行を許可します」
「移動範囲は艦内の一部のみ。単独行動は禁止。武装警備員が同行します」
「了解しました」
L-31は頷く。
その反応だけを見れば、営倉に移されることも、警備員に囲まれることも、何も変わらないようだった。
医務室。
艦長室。
営倉。
どこであっても、命令された場所で待機するだけ。
タリアには、それがかえって痛々しく見えた。
「また、面会についても一部許可します」
そこで初めて、L-31の視線がわずかに上がった。
タリアはそれを見逃さなかった。
「ただし、単独面会は禁止。必ず複数名、または警備員同席のもとで行うこと」
「必要に応じて、警備員は武装状態で待機します。これも理解できるわね?」
「はい」
短い返答。
タリアは最後に、少しだけ表情を引き締めた。
「もう1つ」
「研究所に関する情報、とくに中核部分については、今後、許可なく口外しないこと」
「機密保持ですか」
L-31は、数秒考えてから言った。
「そうよ」
「理解しました。必要であれば、質問者へ開示制限の旨を伝達します」
アーサーが小さく頭を抱えた。
やはり、どこかずれている。
ただし、悪意はない。
言葉の意味を、命令処理として正確に受け取っているだけなのだろう。
タリアはため息を飲み込み、頷いた。
「それで構いません。以上よ」
「了解しました」
こうして、L-31は営倉へ移されることになった。
*****
格納庫。
シンは工具箱に腰掛け、腕を組んでいた。
隣にはルナマリア。
少し離れたところに、レイとアスランもいる。
だが、今日のアスランは明らかに様子が違っていた。
視線の先にあるのは、白いMS。
損傷したまま固定された、あの女王のような機体だった。
「なあ」
シンが口を開く。
「やっぱり、何か聞いたんだろ?」
アスランはすぐには答えなかった。
しばらく白いMSを見つめたまま、短く返す。
「……言えない」
「またそれかよ」
「機密だ」
シンは顔をしかめる。
ルナマリアも肩をすくめた。
だが彼女も気になっている。
艦長室から戻ってきて以来、アスランはずっと何かを考え込んでいた。
理由は1つしかない。
あの少女だ。
「だったら、本人に聞けばいいんじゃない?」
ルナマリアが、シンとレイにだけ聞こえる程度の声で言った。
シンが顔を上げる。
「本人?」
「そうよ。どうせ気になってるんでしょ」
図星だった。
シンは立ち上がる。
「よし。行くか」
レイが眉をひそめる。
「許可は?」
「面会はできるんだろ? だったら問題ないじゃないか」
「問題がないかどうかは、許可を取ってから判断するものだ」
レイはそう言ったが、止める気はないらしい。
アスランは振り向かなかった。
「俺は行かない」
「なんでだよ」
「今行けば、余計なことを聞きそうになる」
その声は低かった。
シンは何か言いかけて、やめた。
アスランが何を知っているのかは分からない。
だが、聞いてはいけないものを抱えていることだけは分かった。
結局、シン、ルナマリア、レイの3人は、拘禁区画へ向かうことになった。
*****
艦内拘禁区画。
警備員が、面会許可を確認してから扉を開ける。
そして、シンたちはその場で固まった。
「えっ」
中から聞こえてきたのは、聞き慣れた声だった。
「だからね、普通はそういう時に困るの」
「なるほど」
「いや、絶対分かってないでしょ」
「理解度は2割程度です」
「やっぱり分かってない!」
元気な声。
そして、営倉の中で妙に楽しそうに話しているメイリン。
3人が無言になる。
最初に反応したのは、ルナマリアだった。
「……メイリン?」
妹が飛び上がった。
「ひゃっ!?」
振り向く。
固まる。
青ざめる。
「お、お姉ちゃん……」
「何やってるの?」
「その……」
ルナマリアの視線が、部屋の隅に立つ警備員へ向く。
警備員は気まずそうに目を逸らした。
「ちゃんと許可は取ったの?」
「取った! 取ったよ! 警備員さんもいるし、単独面会じゃないし!」
メイリンは必死だった。
シンが思わず吹き出す。
「お前が1番最初に来てるじゃないか」
「ち、違うの! 記録確認のついでっていうか、様子を見る必要があったっていうか!」
「完全に私情じゃない」
ルナマリアが呆れたように言う。
メイリンは言い返せず、視線を泳がせた。
レイは額に手を当てる。
もう手遅れだった。
L-31は、そのやり取りを静かに見ている。
手錠は外されている。
だが、扉の外には警備員がいる。
室内には監視カメラもある。
それでも、L-31は落ち着いていた。
医務室にいた時よりも、艦長室にいた時よりも、むしろ安定して見える。
営倉。
拘禁区画。
普通なら罰として扱われる場所。
だがL-31にとっては、明確に管理された待機場所だった。
命令があり、監視があり、役割が決まっている。
何をしていいか分からない自由より、ずっと分かりやすいのかもしれない。
シンは、そのことに気づいて、少しだけ複雑な顔をした。
*****
会話は、成立しているようで、やはり微妙に噛み合わなかった。
好きな食べ物は分からない。
趣味も分からない。
休日という概念も、あまり分からない。
シンとルナマリアは、途中から考えるのをやめた。
レイは、鋭い目でL-31を観察している。
だが、メイリンだけは違った。
「つまり、命令がない時は待機になるんだ」
「はい」
「でも普通は、待機中でも何かしたいことがあったりするの」
「必要行動ですか」
「うーん、必要じゃないこともあるかな」
「不要行動ですか」
「言い方!」
なぜか、メイリンだけは彼女の言葉に食いついていける。
シンは感心したように呟いた。
「よく会話できるな」
「できてるかは微妙だけどね」
ルナマリアが小さく笑う。
その時、シンがふと思い出したように口を開いた。
「そういえばさ」
「はい」
「お前が乗ってた白いMS。あれ、名前あるのか?」
L-31は即答した。
「レギナントです」
「レギナント?」
一同が顔を見合わせる。
「はい。運用機体名称です。正式名称は把握していません」
「私は、レギナントと呼称していました」
シンは腕を組む。
「レギナント、ね……」
レイは黙ってその名を反芻していた。
あの白い機体には、妙に似合う名前だった。
女王。
支配者。
そういう響きを持つ名。
「機体には、名前があるんだね」
メイリンが、ぽつりと呟いた。
その言葉に、室内が少しだけ静かになる。
L-31は、意味が分からないというようにメイリンを見る。
メイリンは何かを思いついたように顔を上げた。
「じゃあさ」
「はい」
「あなたにも名前を付けようよ」
沈黙。
L-31は首を傾げた。
「私の識別番号はL-31です」
「そういうことじゃないの」
メイリンは少しだけ身を乗り出す。
「だって呼びにくいじゃない? 毎回L-31って」
「識別上の問題はありません」
「私はあるの」
「識別できるのであれば――」
「だったら名前を付けてもいいでしょ!」
思わず声が大きくなる。
メイリンの迫力に、空気が止まった。
ルナマリアが吹き出す。
シンも笑いを堪えていた。
レイは無表情だったが、止める気はないらしい。
メイリンは腕を組んで考え込む。
「うーん……」
数秒の間。
そして、ぽつりと呟いた。
「セラ」
全員が彼女を見る。
「セラ?」
シンが聞き返す。
「うん。何となく、似合いそうかなって」
根拠はない。
本当に、何となくだった。
けれど、不思議と誰も反対しなかった。
「悪くないと思う」
ルナマリアが小さく頷く。
シンも肩をすくめた。
「まあ、L-31よりは呼びやすいな」
レイは何も言わなかった。
だが、否定もしなかった。
メイリンはL-31を見る。
「どう?」
L-31は少し考えた。
「呼称変更ですか」
「変更じゃないわよ」
メイリンが苦笑する。
「では、追加ですか」
「そう。L-31でもいいし、セラでもいい」
また数秒の沈黙。
やがて、L-31は小さく頷いた。
「識別名の追加を確認しました」
相変わらずだった。
シンが額を押さえる。
「絶対分かってないだろ」
「理解度は3割程度です」
「上がってるじゃないか!」
今度はルナマリアまで笑った。
メイリンもつられて笑う。
レイは無言だった。
けれど、止めようとはしなかった。
「じゃあ決まり」
メイリンが、満足そうに言う。
「今日から、セラ」
「了解しました」
それだけだった。
本人にとっては、識別名が1つ増えただけ。
意味も、価値も、まだよく分かっていない。
それでも、その日、彼女に名前が増えた。
L-31。
識別番号。
セラ。
まだ、意味の分からない呼称。
けれどメイリンだけは、その日から彼女を少しずつ、そう呼び始めた。
別回の話と指し替わっているいう誤字報告をいただき、内容を復旧いたしました。
誤字報告いただきました方、有難う御座いました。
このまま気づかす放置していれば、永らくご迷惑をおかけするところでした。