機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
「オーブ連合首長国だ」
デュランダルの告げた国名に、式典室内が騒然となった。
集まっていた基地司令や上級士官たちの間から、驚きと困惑の声が相次いで漏れる。
ロゴスとの関係が疑われていた国だけに、やはりオーブかと納得する者もいれば、国家元首が世界的な反逆者を匿うところまで堕ちたのかと絶句する者もいた。
「これはカーペンタリア基地の情報部からもたらされた情報だ。映像には、ロード・ジブリールとウナト・エマ・セイラン宰相の姿が、はっきりと記録されている」
正面のスクリーンへ、監視映像から切り出された写真が表示された。
画質は鮮明とは言えなかったが、専用機から降り立つジブリールと、それを出迎えるウナトの姿は十分に判別できる。
シンはざわめく室内で、厳しい表情のまま俯いていた。
オーブがジブリールを受け入れたという事実を、まだ感情の中で整理できていない。
故郷を焼いた戦争を裏から操り、今も多くの犠牲を生み出している男が、よりによってオーブへ逃げ込んだのだ。
「この映像が事実であるなら、オーブ政府は世界を欺き、ロゴスの指導者を匿っていることになる。我々はオーブに対し、ロード・ジブリールと関係者の身柄を直ちに引き渡すよう要求する。同時に、この事実を証拠とともに世界へ公表するつもりだ」
デュランダルの言葉によって、室内のざわめきが緊張へ変わった。
ジブリールの引き渡しを求めることは、オーブ政府へロゴスとの関係を認めるか否かの選択を迫ることでもある。
デュランダルは列席者を見渡したあと、タリアへ視線を向けた。
「グラディス艦長」
「はい」
「ミネルバは直ちにジブラルタルを発ち、カーペンタリア基地へ向かってほしい。届けてもらいたい荷物がある」
「荷物、ですか」
「連戦の直後に申し訳ないが、急を要する。頼めるかね」
「命令であれば従います。ただ、輸送する物について確認させてください」
タリアの問いに、デュランダルは穏やかな表情を崩さなかった。
「詳細は出発前に担当者から伝えさせよう。君たちは、指定されたコンテナをカーペンタリアまで運んでくれればいい」
内容を答えるつもりがないことは、その言い方だけで分かった。
タリアはわずかに眉を寄せたものの、式典の場でさらに問いただすことはせず、姿勢を正して敬礼した。
「了解しました。ミネルバは発進準備に入ります」
シンは隣に立つセラへ目を向けた。
セラは胸元に付けられたネビュラ勲章とFAITHの徽章を意識する様子もなく、与えられた命令を静かに聞いている。
華やかな授勲式は、次の任務を告げる場へと変わっていた。
*****
同日の午後には、デュランダルの声明が世界各地で一斉に報道された。
ヘブンズベースから核弾頭を搭載したミサイルが発見され、反ロゴス連合へ向けて発射される寸前だったこと。
ロード・ジブリールをはじめとするロゴス幹部が、戦闘中の兵士たちを見捨てて基地から逃亡したこと。
そして、その逃亡先がオーブ連合首長国であったことが、ウナトとジブリールの姿を捉えた写真とともに公開された。
修理中のアークエンジェルでも、艦内各所のモニターがその声明を映していた。
作業の手を止めて画面を見上げる者もいれば、信じられないという顔でクルー同士と言葉を交わす者もいる。
キラは艦内にいなかった。
ラクスの乗るエターナルと合流するため、すでに単身で宇宙へ上がっていた。
アークエンジェルもまだ秘密ドックから動ける状態ではない。
カガリはデュランダルの声明を見てから、落ち着かない様子で艦内を歩き回っていた。
モニターの前で立ち止まっては、映し出されるウナトとジブリールの写真を見つめ、再び歩き始める。
「どうしてオーブが……」
同じ言葉が、何度も口から漏れた。
自分が国を離れている間に、ウナトとユウナが何をしていたのか。
本当にジブリールを受け入れたのか、それともデュランダルの情報に別の意図があるのか、カガリには判断できなかった。
通路の角を曲がったところで、作業を終えたクルーたちの声が聞こえてきた。
「オーブは、まだ何の反応も示してないらしいぞ」
「何やってるんだ、あの国は。事実じゃないなら否定すればいいだろ」
「本当に匿ってるんじゃないのか?」
「それじゃ、ロゴスと同じじゃないか」
声を潜めてはいたが、カガリの耳には十分届いた。
彼らがオーブそのものを責めているのではないことは分かっている。
政府の沈黙が、この国をさらに危うい立場へ追い込んでいることを案じている。
何も言わないということは、肯定しているのと同じではないかと。
カガリは奥歯を噛みしめ、その場から足早に離れた。
早くオーブへ戻らなければならないという焦りだけが、胸の内で膨らんでいく。
「カガリ」
背後から呼び止められ、カガリは足を止めた。
通路の壁へ手を添えながら、アスランがゆっくりと歩いてくる。
まだ長時間の歩行は許可されていなかったが、数日前と違って自分の足で艦内を移動できるまでには回復していた。
「無理をするな、アスラン。まだ寝ていなければいけないんじゃないのか」
「少しくらいなら歩いてもいいと言われた。それより、カガリ」
アスランが続けるより先に、カガリは振り向いて言葉を重ねた。
「分かっている。まだ戦闘になると決まったわけじゃない。今すぐオーブへ飛び出すような真似はするなと言いたいんだろう」
「ああ。まだオーブから正式な回答は出ていない。今の段階でザフトも攻撃には踏み切れない。成り行きを見守るべきだ」
「分かっている!」
声を荒らげたあと、カガリはすぐに視線を逸らした。
アスランが責めているのではないことは理解している。
だからこそ、何もできない自分への苛立ちをぶつけてしまったことが苦しかった。
「すまない。でも、あそこには国民がいるんだ。もしウナトたちが本当にジブリールを匿っているなら、そのせいでまたオーブが戦場になる」
「そうならないためにも、今は正式な回答を待つしかない。カガリが焦って動けば、向こうに利用される可能性もある」
「……分かっている」
今度の声は小さかった。
アスランはそれ以上説得しようとはせず、隣へ並んでモニターに映るオーブの写真を見つめた。
その頃、マリューは整備区画で、マードックから修理の進捗について報告を受けていた。
ミネルバの攻撃と海中への沈降で受けた損傷は広く、航行に必要な機能を戻すだけでも、まだ時間が必要だった。
「どう急いでも、あと2、3日はかかります。これ以上は、動かした後の安全を保証できませんぜ」
「分かったわ。無理をして、動き出した途端にまた沈むわけにはいかないものね」
マリューは理解を示しながらも、表情には焦りを残していた。
カーペンタリア基地では、すでにザフト部隊が出撃準備を進めているという情報も入っている。
「できる範囲でいいわ。なるべく急いで」
「了解です。こっちも、できるだけやってみますよ」
マードックが作業へ戻ると、マリューは艦内モニターへ視線を向けた。
画面には、デュランダルの声明とともにジブリールの写真が繰り返し映し出されていた。
*****
オーブ政府が正式な声明を発表したのは、それから数日後のことだった。
ジブラルタル基地司令部、カーペンタリア基地に到着したミネルバのブリッジ、そして修理中のアークエンジェルで、人々は同じ映像を見守っていた。
画面に現れたのは、オーブ代表首長ユウナ・ロマ・セイランだった。
国家の存亡にも関わりかねない声明であるにもかかわらず、その口調には緊迫感がなく、普段と変わらない余裕すら感じられる。
カガリはモニターの前に立ち、固く拳を握っていた。
アスランとマリューも近くにいるが、誰も声をかけることはできない。
ミネルバのブリッジでは、タリアをはじめとする乗員たちが、ユウナの言葉へ耳を傾けていた。
シンは艦長席の後方で、故郷の代表が何を語るのかを厳しい目で見つめている。
ジブラルタル基地司令部では、デュランダルが複数の上級士官とともに声明を聞いていた。
彼は落ち着いた表情のまま、ユウナがどのような回答を選ぶのかを待っている。
「オーブ政府を代表し、ギルバート・デュランダル議長の通告に対して回答する」
ユウナはひと呼吸置くと、用意された原稿へ視線を落とした。
「貴国が要求するロード・ジブリールなる人物は、我が国内には存在しない」
その言葉を聞いた瞬間、ミネルバのブリッジへどよめきが広がった。
公開された映像を正面から否定するとは思っていなかったのだろう。
「何を言ってるんだ、あいつ……」
シンが呆然と呟き、ルナマリアも信じられないという表情で画面を見た。
タリアは声を上げなかったが、その眼差しは険しさを増している。
アークエンジェルでは、カガリが目を見開いたまま動けなくなっていた。
「ユウナ……何を言っているんだ……」
映像が偽物であると反論するでもなく、調査中だと時間を求めるでもない。
ジブリールという人物は国内に存在しないと、ただ全面的に否定している。
ユウナの声明は続いた。
「また、このような虚偽の情報によって我が国を貶め、武力をもって恫喝する行為は、一主権国家としての我が国の権利を著しく侵害するものであり、大変遺憾に思う」
ジブラルタル基地司令部では、ユウナの言葉に顔をしかめる士官が相次いだ。
「我々を馬鹿にしているのか!」
「あれだけ明確な映像を前に、よく虚偽などと言える!」
「ロゴスを庇うためなら、何でもありということか!」
抑えきれない怒りが司令部内に広がる中、デュランダルの口から短い笑いが漏れた。
怒りよりも先に、あまりの回答への呆れが込み上げていた。
「これは驚いた。拒否されるかもしれないとは考えていたが、ここまで何の用意もなく言い切るとはね」
デュランダルにとって、オーブがジブリールの引き渡しを拒む可能性は想定内だった。
写真を公開して世界の目をオーブへ向け、それでも拒絶すれば、国際的な孤立は避けられない。
ユウナの声明は、その状況を自ら悪化させているに過ぎなかった。
核弾頭を実際に使用するつもりはない。
核兵器を撃てば、ロゴスを批判して得た世界からの支持を、自ら失うことになる。
必要なのは発射することではなく、発射されるかもしれないとユウナに信じさせることだった。
デュランダルは表情を改めると、カーペンタリア基地司令官へ回線を開くよう命じた。
「ミネルバが運んだ核弾頭を、基地のミサイルへ搭載したまえ」
「核弾頭を、ですか……議長、まさか実際に使用するおつもりでは」
基地司令官の声には、隠しきれない動揺が混じっていた。
「心配はいらない。核を使用すれば、我々もロゴスと同じく非難を世界から受けることになる。だから実際に撃つのではなく撃つ用意があると知らせるのだ。彼らに正しい選択をさせるために」
デュランダルは画面の中で声明を続けるユウナへ、冷たい視線を向けた。
「ミサイルをオーブへ向け、その事実を政府へ通告したまえ。ロード・ジブリールを引き渡さない場合、我々には核兵器を使用する用意がある、と」
「……了解しました」
基地司令官はわずかに息を吐き、命令を復唱した。
ユウナの声明によって高まった怒りは、デュランダルの命令へ反対する空気を押し流していた。
ミサイルへ核弾頭が搭載され、照準がオーブへ向けられたという通告は、秘匿回線を通じてオーブ政府へ送られた。
世界へジブリールの存在を明かして逃げ道を塞ぎ、そのうえで国家そのものを核の恐怖に晒す。
デュランダルの仕掛けた2重の圧力が、ユウナへ届くまでに時間はかからなかった。
テレビの向こうでは、ユウナが用意された声明を読み続けていた。
しかし側近の1人が慌ただしく画面外から近づき、手渡された紙へ目を落とした瞬間、その顔から余裕が消えた。
「な……何だって……?」
小さく漏れた声が、集音マイクに拾われる。
ユウナは声明文と新たな報告を何度も見比べ、額に汗を浮かべながら周囲へ視線をさまよわせた。
「本日の声明は……い、以上とする」
先ほどまでの能天気な口調は消え、声は明らかに震えていた。
予定されていた説明も質疑も放棄し、ユウナは逃げるように演台から離れていく。
映像は慌ただしく中断され、各地のモニターには放送局のスタジオが映し出された。
突然の声明終了に、出演者たちも何が起きたのか分からず混乱している。
カガリは暗転した画面を見つめたまま、拳をさらに強く握りしめた。
オーブ政府へ何が伝えられたのかは分からない。
だが、ユウナの顔に浮かんだ恐怖が、事態が次の段階へ進んだことだけは示していた。