機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ユウナの声明が中断されたのと、ほとんど同時だった。
ジブラルタル基地司令部でその様子を見届けたデュランダルは、カーペンタリア基地へ開かれていた回線へ向き直った。
「オーブ政府に、ロード・ジブリールを引き渡す意思はないようだ。これ以上の猶予は、彼らへ逃亡の機会を与えるだけだろう」
画面の向こうで、基地司令官が姿勢を正す。
「カーペンタリア基地所属部隊は、直ちにオーブ連合首長国への攻撃を開始したまえ。第一の目的はロード・ジブリールの確保だ。オーブ軍が抵抗する場合は、これを排除して構わない」
「了解しました。直ちに攻撃部隊を発進させます」
デュランダルは続けて、カーペンタリア基地へ到着したばかりのミネルバへ視線を向けた。
「グラディス艦長。君たちは連戦で消耗している。ミネルバについては補給と最低限の整備を優先し、遅れての戦闘参加を認めよう」
「感謝します。しかし必要でしたら直ちに出られるよう準備は進めます」
「そうしてくれたまえ」
命令が下ると、カーペンタリア基地は瞬く間に戦時の慌ただしさへ包まれた。
格納庫ではMSが次々と大型輸送艦へ運び込まれ、港湾区画では戦艦2隻と大型輸送艦8隻が発進準備へ入る。
海中では多数の潜水母艦が係留設備を離れ、オーブ近海へ向かうための航路を取り始めていた。
ミネルバでも補給作業と機体整備が急ピッチで進められていたが、すぐに出撃できる状態ではなかった。
スエズ基地の強襲、ヘブンズベース攻略戦と十分な休息を取れないまま戦闘と移動を続けたため、機体だけでなく乗員にも疲労が蓄積している。
出撃する艦艇を見つめながら、シンは胸の奥に重いものが沈んでいくのを感じていた。
相手はジブリールを匿うオーブ政府であり、放置すれば再び多くの人間が犠牲になる。
それでも、これからザフトが攻め込もうとしている場所が自分の故郷であることに変わりはなかった。
攻撃部隊の発進に先立ち、カーペンタリア基地からオーブへ向けて長距離ミサイルが発射された。
搭載されているのは核ではなく通常弾頭だったが、核兵器による威圧を受けた直後のオーブ政府に、それを冷静に見分ける余裕はなかった。
*****
オーブ国防本部では、デュランダルの通告が届いた時点で、ソガ一佐が防衛態勢への移行を上申していた。
「ザフトが我が国の回答を受け入れるとは思えません。直ちに各基地へ警戒態勢を発令し、艦隊とMS部隊を配置すべきです。国民の避難準備も始めなければなりません」
しかし、ユウナは椅子へ深く腰を下ろしたまま、面倒そうに片手を振った。
「必要ないよ。オーブの代表首長である僕が、ジブリールはいないと正式に回答したんだ。これ以上、ザフトが攻撃してくる理由なんてないじゃないか」
「ザフトは、ジブリールが国内にいる証拠を公開しています」
「そんなもの、いくらでも作れるだろう。こちらが慌てて軍を動かせば、かえって何かを隠していると思われるじゃないか」
ソガは表情を険しくしたが、代表首長の命令を無視して全軍を動かすことはできなかった。
「せめて、沿岸部と主要基地だけでも警戒態勢へ移行させてください。攻撃を受けてからでは遅すぎます」
「くどいな。攻撃なんて来ないと言っているだろう。僕の声明を聞けば、議長だって自分の間違いに気づくさ」
ユウナはそう言い切ると、上申を退けた。
国防本部の将校たちは不満を抱きながらも、各部隊へ通常警戒を続けるよう伝えることしかできなかった。
当然、都市部や基地周辺の住民へ危険が知らされることもなく、避難勧告も出されなかった。
最初の異変が報告されたのは、それから間もなくのことだった。
「カーペンタリア方面より飛翔体多数! 高速でオーブ領空へ接近中!」
「何だって!?」
ユウナは椅子から飛び上がり、正面のモニターへ目を向けた。
表示された軌道は、複数の長距離ミサイルがまっすぐオーブへ向かっていることを示している。
「か、核なのか!?」
「現時点では弾頭を特定できません!」
「迎撃しろ! 全部だ! 絶対に1発も落とさせるな!」
先ほどまで攻撃など来ないと言い張っていた面影は消え、ユウナは顔を歪めながら叫んだ。
国防本部は迎撃部隊への命令と軌道計算に追われ、艦隊やMS部隊をどこへ配置するかという判断は後回しにされた。
地上配備の迎撃ミサイルが発射され、接近する通常弾頭を次々と撃ち落としていく。
いくつかは防空圏を突破したものの、主要施設から外れた地域へ着弾し、大きな損害を与えるには至らなかった。
それでも、初撃への対応に貴重な時間を奪われたことは変わらない。
オーブ艦隊が港を離れた時には、ザフトの先遣部隊はすでに近海へ到達し、潜水母艦から発進したMSが沿岸部へ迫っていた。
「ジブリールはいないと回答したのに、なぜザフトは攻撃してくるんだ!」
状況を理解できないまま叫ぶユウナへ、ソガは抑えていた怒りをついに表へ出した。
「嘘だと知ってるからですよ!」
「な……」
「政府はなぜ、あんな馬鹿げた回答をしたのです! 防衛態勢への移行も、住民の避難も、何一つ認めなかったではありませんか!」
ソガの糾弾をきっかけに、国防本部にいた将校たちからも不満が噴き出した。
「艦隊の出撃が遅れています!」
「沿岸都市には、まだ避難命令すら出ていません!」
「このままでは軍だけでなく、国民まで戦闘に巻き込まれます!」
自分へ集中する冷たい視線に耐えきれなくなったユウナは、子供のように足を踏み鳴らした。
「うるさい! だったら今から防衛態勢を敷けばいいだろう! 全軍に出撃を命じろ! ザフトを領海から追い出すんだ!」
「住民の避難を先に――」
「そんなことをしている時間はない! 軍は国を守るためにあるんだろう! すぐに戦わせろ!」
ソガは唇を引き結んだが、すでに敵部隊が迫っている以上、命令を拒むこともできなかった。
「各部隊へ防衛命令を発令します。同時に、可能な地域から住民の避難を開始させます」
「好きにしろ! ただし、これで負けたらお前の責任だからな!」
誰も答えなかった。
将校たちはユウナへ向けていた視線を外し、少しでも遅れを取り戻すため、それぞれの任務へ戻っていった。
*****
緒戦はザフト側が優勢だった。
出撃の遅れたオーブ艦隊は十分な陣形を組めず、沿岸へ展開したMS部隊も、潜水母艦から次々と現れるザフト軍を押し返すことができない。
ザフトの攻撃部隊は海上の防衛線を突破し、オーブ本島へ向けて前進した。
オーブ軍は後退を重ね、沿岸の基地や森林地帯を捨てながら、市街地周辺まで押し込まれていく。
ユウナの命令によって避難開始が遅れたため、街路には行き場を失った車両と住民が溢れていた。
主要道路は基地から移動する軍用車両と避難しようとする市民の車で塞がれ、混乱は時間とともに大きくなる。
ザフトの前衛部隊は市街地の手前まで迫ったところで、急に進撃を鈍らせた。
砲撃もMSによる攻撃も、建物の密集する地域へ届かないよう抑えられている。
国防本部のモニターで戦況を見ていたユウナは、その変化にすぐ気づいた。
「どうしたんだ? なぜザフトは前へ出てこない?」
「市街地に多数の住民が残っているからでしょう」
ソガは嫌悪を隠さずに答えた。
「ザフトは、民間人を戦闘へ巻き込むことを避けています。市街地へ攻撃を加えれば、多数の死傷者が出ることを理解しているのです」
「だったら、そこから防衛すればいいじゃないか」
ユウナの顔に、安堵と浅薄な笑みが浮かんだ。
「市街地の建物を使って陣地を作らせろ。ザフトが撃ってこないなら、その間にこちらから攻撃すればいい」
「代表、それは住民を盾にするのと同じです」
「何を言っているんだ。オーブ軍がオーブの街を守るのは当然だろう? 敵が勝手に攻撃できないだけじゃないか」
ソガは言葉を失った。
ユウナは自分の判断が何を意味するのか理解していないのか、理解したうえで都合よく言い換えているのか、それすら判別できなかった。
命令を受けたオーブ軍は、市街地周辺の道路やビル群を利用して防衛線を構築した。
建物の陰からムラサメや陸戦部隊が攻撃を繰り返す一方、ザフト側は住民が残る地域へ火力を集中できず、徐々に足を止められていった。
初めは一方的に後退していたオーブ軍も、市街地を盾にしたことで戦線を維持できるようになる。
ザフトは戦力では上回りながらも決定打を打てず、戦場は次第に膠着状態へ移っていった。
*****
ミネルバがオーブ近海へ到着した頃には、緒戦の勢いはすでに失われていた。
沿岸の防衛線を突破したザフト軍は、オーブ軍を市街地周辺まで押し込んでいる。
戦力では依然としてザフト側が優勢だったが、建物の間には避難できていない住民が多数残されており、前衛部隊はそれ以上の進撃を止めていた。
ブリッジのメインモニターには、市街地を挟んで向かい合う両軍の配置が映し出されている。
「オーブ軍は市街地周辺に防衛線を構築しています。前線部隊は民間人への被害を避けるため、攻撃を控えている模様です」
メイリンの報告を聞き、タリアは戦術画面へ目を向けた。
「住民の避難は?」
「一部では始まっていますが、主要道路が軍用車両と避難車両で塞がれています。戦闘開始前に避難勧告が出されていなかったため、まだ市街地に取り残されている住民も多いようです」
緒戦では後退を続けていたオーブ軍も、ザフトが市街地へ攻撃できないと分かってからは、その位置に留まって抵抗を続けている。
ビルの陰から繰り返される攻撃に対し、ザフト側は十分な火力を返すことができず、戦線は膠着していた。
「各隊には現在位置を維持させて。市街地へ攻撃を加えることは許可しません」
「了解しました」
タリアの命令が前線へ伝えられる。
シンは戦術画面に映る故郷の街並みを睨むように見つめていた。
「住民を逃がしもしないで、街の中から戦ってるのか……」
その声には、オーブ政府に対する怒りが滲んでいた。
「艦長、俺を出してください。俺なら市街地に攻撃を広げずに、敵のMSだけを狙えます」
「シン」
「あんな戦い方を許していたら、いつまで経っても終わりません。こんな国に未来なんて――」
「私は、住民たちを戦火で焼く命令は出せないわ」
タリアの言葉に、シンは口を閉ざした。
敵機だけを狙うつもりでも、攻撃が外れればその先には住宅や避難中の住民がいる。
建物の陰から撃たれれば、反撃せずにいられるとも言い切れない。
かつて自分の家族も、戦場となったオーブで命を奪われた。
怒りに任せて出撃すれば、今度は自分が同じ炎を別の誰かへ向けることになる。
「オーブ軍が市街地から動かない限り、こちらから戦闘を広げることはできない。今は待ちなさい」
「……はい」
シンは不満を残しながらも、握っていた拳を緩めた。
タリアも、このまま時間が過ぎることを望んでいるわけではない。
それでも住民を巻き込まずに戦える状況になるまでは、前線を維持するしかなかった。
その時、メイリンの端末に新たな反応が表示された。
「オーブ方面からMS部隊が接近!」
「所属と数は?」
「識別信号はオーブ軍。ムラサメ3個中隊、その先頭に未確認機が1機います!」
メインモニターの映像が切り替わる。
ムラサメの大部隊が編隊を組み、その前方を、陽光を反射して全身を金色に輝かせるMSが飛んでいた。
「金色の機体……?」
データベースに該当する情報はなく、画面には所属不明とだけ表示されている。
金色のMSは速度を緩めることなくザフトの前衛へ迫り、牽制のビームを放ちながら部隊の中央へ切り込んだ。
後続のムラサメ隊も左右へ展開し、混乱したザフト部隊へ一斉に襲いかかる。
「前線部隊、攻撃を受けています!」
「オーブ軍、市街地から動きます!」
金色の機体の出現に呼応するように、ビル群の陰へ留まっていたオーブ防衛軍も前進を始めた。
それまで個別に抵抗していた部隊がまとまり、ムラサメ隊と歩調を合わせながら、ザフトの前衛を押し返していく。
タリアは戦術画面上で動き始めた戦線を見つめた。
オーブ軍が市街地を離れたことで、住民の密集地域との間に距離が生まれている。
今なら民間人を巻き込まずに、進撃する敵部隊を迎え撃つことができた。
「ミネルバ、戦闘配置! 前衛部隊を支援し、オーブ軍の進撃を止めます!」
「はい!」
ブリッジの空気が一変し、各員が戦闘準備へ入る。
「シン、出撃を許可します。ただし、敵を追って市街地へ入ることは認めません」
「了解しました!」
シンは返事をすると、格納庫へ向かった。
デスティニー、インパルス、レジェンド、レギナントはすでに発進準備を終え、カタパルトの順番を待っている。
「シン・アスカ、デスティニー、行きます!」
デスティニーがカタパルトから射出され、青い空へ翼を広げる。
その後をミネルバのMS隊が追い、金色の機体を中心に押し寄せるオーブ軍へ向かって加速していった。