機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ザフト艦隊の周囲では、すでに激しい戦闘が始まっていた。
主力のMS部隊は前線へ出払っており、艦隊の近くに残されていたのは直掩任務の機体だけだった。
そこへムラサメ3個中隊、36機がまとまって突入したことで、艦隊の防空陣形は大きく乱されていた。
変形したムラサメが海面すれすれを飛び抜け、左右から大型輸送艦へ迫る。
直掩のザクが迎撃に出るものの、数で上回るオーブ軍は一部を押さえ込むと、その間を縫って艦艇へビームを撃ち込んだ。
「敵MS部隊、艦隊中央へ侵入! 直掩部隊だけでは抑えきれません!」
メイリンの報告を聞きながら、シンは正面の敵編隊へ照準を合わせた。
金色の機体はムラサメ隊の中央におり、その周囲を複数の小隊が固めている。
「だったら、まとめて散らしてやる!」
デスティニーが右肩の高エネルギー長射程ビーム砲を展開する。
砲口に光が収束し、放たれた太いビームが、ザフト艦隊へ迫っていたムラサメの隊列を横切った。
直撃を避けたムラサメが左右へ大きく散開する。
それまで幾重にも重なっていた編隊の中央に、金色の機体へ続く一筋の空間が開いた。
デスティニーは長射程ビーム砲を格納すると、金色の機体へ向けて一気に加速する。
「シン、前に出すぎよ!」
ルナマリアが呼び止めるより早く、デスティニーは散開したムラサメの間へ飛び込んでいく。
金色の機体を守ろうと、左右へ退いていたムラサメが進路を塞ぐように集まり始めた。
「もう……!」
インパルスが横からビームライフルを連射する。
デスティニーの前へ回り込もうとしていた2機が射線を避け、閉じかけていた進路が再び開いた。
「シン、今よ!」
「分かってる!」
デスティニーは速度を緩めることなく、その間を突破した。
別方向から回り込んだ小隊には、レジェンドの射撃が降り注ぐ。
背部のビーム機動砲とビームライフルが順に火を噴き、金色の機体へ近づこうとするデスティニーの左右を守った。
「こちらは抑える。シンは目標へ向かえ」
「了解!」
ムラサメ隊の守りを抜けたデスティニーが、金色の機体と向かい合う。
相手も人型へ変形し、白い翼を広げながらビームライフルと盾を構えた。
その輪郭はガンダムタイプに似ている。
全身を覆う金色の装甲が陽光を強く反射し、左肩には赤い文字で『暁』と記されている。
「何なんだ、この機体は……」
シンは機体情報を呼び出したが、該当する記録は表示されなかった。
それでも相手がオーブ軍の中心にいる以上、ここで退くつもりはなかった。
デスティニーがビームライフルを構え、金色の胸部へ向けて引き金を引く。
放たれたビームは狙いどおり装甲へ直撃した。
だが、装甲を貫くはずの光は表面で弾けると、来た方向へそのまま跳ね返った。
「なっ――!」
シンは反射的に機体を横へ振った。
跳ね返されたビームがデスティニーの肩をかすめ、そのまま後方の空へ消えていく。
何が起きたのか確かめるように、シンはもう一度ビームライフルを撃った。
金色の機体は避ける素振りすら見せず、正面から攻撃を受け止める。
今度もビームは装甲に吸収されることなく、デスティニーへ向けて跳ね返った。
シンは機体を急降下させてかわし、続けて角度を変えながら数発を撃ち込んだ。
胸部、肩、脚部へ命中した光は、そのすべてが撃った本人を追い返すようにデスティニーへ飛来する。
回避を繰り返しながら、シンは舌打ちした。
「ビームを弾いてるのか。それなら!」
ビームライフルを腰部へ戻し、背部からアロンダイトを抜き放つ。
展開された刀身から光が伸びると、デスティニーは金色の機体へ正面から斬りかかった。
アカツキも盾を構え、ビームサーベルを引き抜く。
2機の刃がぶつかり合い、金色と蒼白の光が空中で激しく散った。
カガリは操縦桿を押し込み、アカツキの盾でアロンダイトを受け流そうとした。
しかし、デスティニーの加速とシンの操縦についていくことができない。
一撃を受けるたびに機体が押し戻され、姿勢を立て直す前に次の斬撃が迫る。
アカツキの装甲はビーム射撃を跳ね返せても、実体を伴う対艦刀の重さまで消してはくれなかった。
「くっ……このっ!」
カガリがビームサーベルを振るう。
だが、デスティニーはわずかに身を引いて刃をかわすと、アロンダイトの柄を返してアカツキの盾を打ち上げた。
守りが開いたところへ、刃が振り下ろされようとする。
その直前、4機のムラサメが左右からデスティニーへ照準を向けた。
「カガリ様から離れろ!」
同時に放たれたビームが、4方向からデスティニーへ迫る。
シンが攻撃を中断して回避へ移ろうとした時、その間へ8基のドラグーンが飛び込んだ。
ドラグーンはデスティニーを囲むように散開すると、ムラサメの射線へビームを撃ち返した。
4本の光は途中で相殺され、空中に白い閃光を生み出す。
「援護します」
「助かった、セラ!」
レギナントがデスティニーの後方へ滑り込み、ビームスプレーガンを構えた。
ムラサメはカガリを守ろうと再び距離を詰めるが、ドラグーンが進路上へ次々と射線を置き、接近を阻む。
カガリはその間にもアカツキを後退させようとした。
だが、デスティニーは逃がさない。
シンはアロンダイトを両手で構え直し、金色の機体へ一気に迫った。
アカツキもビームサーベルで受け止めるが、斬撃の重さに耐えきれず、腕ごと大きく押し下げられる。
刃を弾かれ、盾も外側へ流された。
完全に正面が開いたアカツキへ、デスティニーがアロンダイトを振り上げる。
「これで終わりだ!」
その瞬間、2機の間を割るように1本のビームが走った。
シンは咄嗟にデスティニーを後退させる。
目の前を通過した光がアロンダイトの軌道を逸らし、その隙に新たな機体がアカツキの前へ滑り込んだ。
白を基調とした機体だった。
青い胸部と赤い装甲、頭部から伸びる角は、かつてシンが戦った機体とよく似ている。
しかし背部には以前よりも大きな翼が広がり、肩や脚部を含めた全身の輪郭も、記憶にあるものとはわずかに異なっていた。
それでも、シンが見間違えるはずはなかった。
「フリーダム……」
確かに撃墜したはずの白い機体が、姿を変えて再び目の前に立っていた。
フリーダムは2丁のビームライフルを構え、アカツキを庇うようにデスティニーと向かい合う。
その背後では海面が大きく盛り上がり、白い艦首が水を割って姿を現した。
海中から浮上した艦は、ミネルバの記録に残るものと同じだった。
「アークエンジェル……」
メインモニターに映し出された艦影を見て、タリアはわずかに目を細めた。
「沈んでなかったのね」
ミネルバの攻撃を受け、海中へ沈んだはずの艦が再び戦場へ現れた。
船体の各所には応急修理の跡が残り、万全の状態には見えない。
それでもアークエンジェルはオーブ艦隊の前へ進み、ミネルバとの間に割って入ろうとしていた。
フリーダムからアカツキへ、直接通信が送られる。
「カガリ、ここは僕が引き受ける。君は国防本部へ行って」
「だが、キラ!」
「今は軍の指揮を立て直す方が先だ。ここにいる人たちを守れるのは、君だろう?」
カガリは一瞬迷ったが、戦場の向こうに広がる市街地へ目を向けた。
オーブ軍は反撃へ転じたとはいえ、指揮系統が完全に立て直されたわけではない。
国防本部へ戻り、自ら指揮を執らなければならなかった。
「……分かった。ここは頼む!」
アカツキはデスティニーから距離を取り、4機のムラサメを伴ってオーブ本島へ向きを変えた。
シンは追わなかった。
眼前にいるフリーダムから、視線を外すことができなかった。
前に戦った時とは、機体の姿が違う。
それでも、コクピットの奥から感じる圧力は同じだった。
一度は倒した相手だった。
だが、あの時の勝利を自分だけのものだと思ったことはない。
セラが捨て身でフリーダムの武装を削り、持てる力のほとんどを奪っていた。
最後に剣を突き立てたのは自分でも、勝てるところまで追い込んだのはセラだった。
自分は、勝ちを譲ってもらっただけなのかもしれない。
そう考えたことは、1度や2度ではなかった。
だからこそ、今度は退けなかった。
「今度こそ、俺が倒す!」
デスティニーが光の翼を広げ、一気にフリーダムへ突進する。
アロンダイトを振り下ろすと、フリーダムは2本のビームサーベルでそれを受け流した。
空を切ったアロンダイトの脇から、フリーダムの蹴りがデスティニーの胴部へ迫る。
シンは左腕のビームシールドを展開して受け止め、そのまま距離を取った。
間を置かず、フリーダムの2丁のライフルが火を噴く。
デスティニーは機体を左右へ振りながら接近を続け、正面から迫る光を紙一重でかわした。
「動きが前より……!」
以前のフリーダムより速い。
加速だけではなく、射撃から回避へ移るまでの反応も、機体を切り返す鋭さも増していた。
それでもシンは追撃を止めない。
デスティニーのビームライフルを連射し、フリーダムが回避した先へアロンダイトを振り抜く。
フリーダムは攻撃を冷静に見切り、最小限の動きでかわしていく。
時折放たれる反撃は正確で、デスティニーの武装や関節を狙っていた。
2機が交差し、互いに大きく距離を取る。
その間へレギナントが入り、8基のドラグーンがフリーダムを中心に広がった。
「シン、援護します」
「頼む!」
セラはフリーダムの現在位置から行動範囲を割り出していく。
正面にはデスティニー。
左右と上下にはドラグーンが移動し、逃走可能な空間を少しずつ削っていく。
「
フリーダムのコクピットに、複数のロックオン警報が重なって鳴り響いた。
右後方、左下、頭上。
警報の示す方向は瞬く間に切り替わり、1つを避けようとすれば別の方向から新たな照準が重なる。
キラは周囲へ視線を巡らせた。
実際にビームが飛んでくる気配はない。
それでも、どの警報が攻撃へつながるのか分からない以上、すべてを無視することはできなかった。
フリーダムの動きが、ほんの一瞬だけ鈍る。
「そこだ!」
デスティニーが正面から斬り込む。
アロンダイトがフリーダムの肩へ迫ったが、キラは機体を捻って刃をかわし、そのまま2機の間を抜けた。
デスティニーとレギナントを引きつけるように後退しながら、オーブ本島から離れる方向へ加速していく。
「逃げる気か!」
シンには、その動きが挑発しているように見えた。
デスティニーはビームライフルを撃ちながら、フリーダムを追って加速する。
「シン、前へ出すぎています」
「分かってる! でも、ここで逃がすわけにはいかない!」
レギナントもデスティニーの後を追った。
キラは後方から迫るビームをかわしながら、距離を取ろうとする。
しかし、セラはその回避先を先に予測し、ドラグーンを移動させていた。
フリーダムが右へ抜けようとすれば、その先へ2基が回る。
高度を下げれば、別のドラグーンが海面との間へ射線を置く。
上昇へ転じようとした瞬間には、レギナント本体が進路上へ先回りしていた。
デスティニーが正面から圧力をかけ、レギナントが周囲の空間を閉じていく。
フリーダムは何度も進路を変えたが、そのたびに選べる方向が1つずつ減らされていった。
キラは2丁のビームライフルを別々の方向へ向け、ドラグーンへ発砲する。
だが、セラは撃たれる直前に位置を変え、空いた場所へ別の1基を滑り込ませた。
「捕捉継続。逃走経路を制限」
8基のドラグーンが広く展開していた包囲を、徐々に狭めていく。
警報音は途切れることなく鳴り続け、フリーダムが大きく動こうとするたびに、新たな照準がその先を塞いだ。
だが、フリーダムは突然機体を反転させると、追ってきた2機へビームを放つ。
「何っ!」
シンとセラが左右へ分かれて回避する。
その間にフリーダムは後退を止め、一転してレギナントへ向けて加速した。
「回避します」
セラは慣性を無視した機動で高速に機体を動かし、敵を振り切ろうとする。
さらにドラグーンを周囲に集結させ牽制するが、フリーダムは射線が重なるより早く懐へ入り込み、ビームサーベルを引き抜いた。
「セラ!」
シンはデスティニーを反転させ、レギナントの援護へ向かう。
しかし、フリーダムは振り向く事なく背後へビームを撃ち込み、その進路を塞いだ。
デスティニーが射線を避けた隙に、フリーダムはレギナントと交差するように回り込み、2機の間へ白い機体を挟む位置を取る。
シンが射撃を行えば、攻撃はそのままレギナントへ届く。強引に接近しても、セラを戦闘へ巻き込みかねなかった。
「くそっ……!」
シンは追撃できず、デスティニーをその場で留めた。
既に近接戦闘になってもおかしくない距離まで詰められている。
それに備え、レギナントの両手が赤熱色に輝き出した。
セラはフリーダムの動きを追いながら、次の行動を伺う。
だが、相手は攻撃を加えようとはせず、セラと同じように対峙した。
その時、オープン回線が開かれる。
「君がセラだね?」
穏やかな少年の様な声だった。