機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
「君がセラだね? アスランから君の話を聞いたんだ」
セラは答えなかった。
戦闘の最中だというのに、目の前の相手はそれとは異なる口調で語りかけてくる。その真意はつかめなかったが、言葉の中に含まれていた名前だけは聞き逃さなかった。
「アスラン」
レギナントはフリーダムへ武器を向けたまま、問いかける。
「アスランは生きてますか」
「生きてるよ。アークエンジェルで保護している。負傷していて、まだ動ける状態じゃない」
「拘束中ということですか」
「拘束はしていないよ。傷がまだ治っていないだけだ」
キラがさらに言葉を続けようとした、その時だった。
「セラから離れろ!」
側面からデスティニーが斬りかかる。
フリーダムは即座にレギナントから離れると、2本のビームサーベルを交差させ、振り下ろされたアロンダイトを受け止めた。
光が弾け、2機が離れる。
シンはフリーダムとの間へ割り込み、レギナントを庇うように構えた。
「シン」
「セラ! アイツに何を言われた!」
「アスランの生存と所在地を確認しました」
「アスランが……生きてる?」
デスティニーの動きが止まる。
だが、それもわずかな間だった。
シンはアロンダイトを握り直すと、正面のフリーダムへ向き直った。
「アークエンジェルです。詳細は不明」
「分かった。だったら、こいつから詳しく聞き出す!」
デスティニーが再び加速する。
フリーダムも2本のビームサーベルを構え、迫る刃を迎え撃った。
*****
アークエンジェルは海面を離れ、白い船体から水を落としながら上昇を続けていた。
タリアは正面スクリーンに映る敵艦を見上げ、作戦司令部へ回線を開かせた。
「こちらミネルバ。アークエンジェル撃墜のため、戦列を離れます」
「作戦司令部よりミネルバ。追撃を許可する」
「了解」
回線が閉じられる。
タリアは前方へ視線を戻し、短く命じた。
「離水、上昇。これよりアークエンジェルを討つ」
「離水、上昇! 目標アークエンジェル!」
アーサーの復唱とともに、ミネルバの機関出力が上がった。
海面が大きく波打ち、赤い船体が水飛沫を引きながら空へ昇っていく。
「目標艦、なおも上昇中!」
「本艦との距離、縮まります!」
アークエンジェルはミネルバの追撃に気づくと、艦体を傾けて進路を変えた。
ミネルバもその動きを追い、正面の砲門を向ける。
「パルジファル、1番から4番、発射!」
船体各部からミサイルが放たれ、白煙を引きながらアークエンジェルへ迫った。
アークエンジェルは対空火器を開き、接近する弾頭を次々に撃ち落としていく。
空中で爆発が連なり、その煙を抜けた数発が左右から白い船体を追った。
アークエンジェルは艦首を下げ、一気に高度を落とす。
「敵艦、急降下!」
「取り舵30! 追うわよ!」
「取り舵30!」
ミネルバも艦体を傾け、アークエンジェルを追って雲の中へ突入した。
「トリスタン、左舷!」
「トリスタン左舷、照準!」
「撃て!」
「トリスタン、発射!」
青白い光が雲を裂く。
アークエンジェルは船体を捻るように回避し、ビームは右舷の装甲をかすめて後方へ抜けた。
直後、アークエンジェルから放たれた砲火がミネルバへ迫る。
「敵艦、発砲!」
「面舵! 回避!」
ミネルバが右へ大きく傾く。
光は左舷の近くを通過し、その衝撃で艦橋が揺れた。
「各機の状況報告を」
「レジェンドとインパルスは現在もムラサメ隊と交戦中。デスティニーとレギナントはフリーダムと交戦中!」
メイリンの報告に、タリアは目を険しくさせた。
ミネルバのMS隊はいずれも高い戦力を持つが、中でもシンとセラは別格だった。その2人を相手にしてなお、フリーダムは戦闘を続けている。
できれば二人のどちらかを直掩へ戻したい。
しかし、フリーダムを放置する方が危険だった。
「ミネルバだけで落とすわ」
「はい!」
アーサーが火器管制へ向き直る。
「パルジファル、全弾発射! 進路を塞げ!」
「パルジファル、全弾発射!」
ミサイルが左右へ大きく広がり、アークエンジェルの進路へ集まっていく。
白い艦は対空砲火を撃ち続けながら高度を上げ、爆発の間を縫うように旋回した。
「敵艦、右舷側へ接近!」
「イゾルデ右舷、旋回! 撃て!」
重い砲声が船体を震わせた。
アークエンジェルはミネルバの側面へ回り込みながら砲撃をかわし、そのまま互いの艦影が見えるほどの距離まで接近する。
2隻の砲火が交差した。
ミネルバの装甲近くで爆発が起こり、アークエンジェルの船体下部でも砲弾が弾ける。
「敵艦、後方へ抜けます!」
「回頭! トリスタンを右舷後方へ!」
「トリスタン、右舷後方へ旋回!」
ミネルバが大きく向きを変える。
アークエンジェルも距離を取ろうとするが、先ほどのパルジファルによって進路を狭められていた。
「トリスタン、目標敵艦右舷後部!」
「撃て!」
「トリスタン、発射!」
青白い光がアークエンジェルの右舷後部を捉えた。
白い装甲が大きく吹き飛び、内部から火花と黒煙が噴き出す。
「敵艦右舷後部、装甲破損!」
「速度が低下します!」
アークエンジェルは大きく高度を落としながらも、姿勢を立て直してミネルバから離れていく。
破損した右舷後部からは、黒い煙が途切れることなく流れていた。
「パルジファルで追撃して!」
「パルジファル、全弾発射!」
巨大な2隻は高度を変えながら空を駆け、攻守を入れ替えていく。
その時、メイリンの端末に新たな反応が現れた。
「艦長、基地方面から高速で上昇する機影があります!」
「望遠映像、出して」
「はい!」
正面スクリーンの一部が切り替わる。
オーブ本島の離れた場所から飛び立った2機のシャトルが、互いに離れるように上昇を続けていた。
「望遠映像、出します!」
スクリーン映像が拡大される。
2機の尾翼には、どちらもセイラン家の紋章が記されていた。
タリアはすぐに理解する。あれらに何が乗っているのか。
MS隊への回線が開かれる。
「2機を直ちに捕獲しなさい! 撃墜しても構わないわ! シンは東側、レイとルナマリアは西側のシャトルを追って! 対象にロゴス幹部が乗っている可能性があるわ!」
「了解!」
「セラはそのままフリーダムを抑えなさい」
「了解」
デスティニーがフリーダムとの戦闘を離れ、東へ向かうシャトルを追って加速する。
「セラ、一人で大丈夫か」
「問題ありません」
「頼んだぞ!」
レジェンドとインパルスもムラサメ隊との交戦を切り上げ、西側へ進路を変える。
「対象は加速している上に小さい。このままでは間に合わなくなる。急げルナマリア!」
「わかってるわよ!」
東へ向かったシャトルは、速度を上げながら高度を上げていく。
しかしデスティニーの加速力はそれを上回った。シャトルの後方から一気に距離を縮めていく。
「ロゴスめ!逃がしてたまるかよ!」
デスティニーの放ったビームが噴射口を掠め、白い煙が上がる。やがてシャトルの推力が落ち始めた。
機首が下がり、オーブ基地の滑走路へ向けて降下していった。
滑走路上でシャトルが停止すると、デスティニーはその正面へ降り立った。
「こちらデスティニー。1機捕まえたぞ!」
一方、西へ向かったシャトルは、すでに高い高度へ達していた。
レジェンドとインパルスが後方から追い、何度もビームを放つ。
しかしシャトルは速度を上げ続け、2機との距離を広げていく。
「止まりなさい!」
ルナマリアの声にも反応はない。
シャトルは空の彼方へ遠ざかり、やがて射程の外へ消えていった。
「西側シャトル、追尾不能です」
メイリンの報告とほぼ同時に、新たな通信要求が入る。
「艦長、オーブから通信です」
「発信者は?」
「カガリ・ユラ・アスハ代表本人です」
タリアは正面スクリーンへ視線を戻した。
「繋いで」
「はい」
画面にカガリの姿が映し出される。
その表情には疲労が残っていたが、目はまっすぐタリアを見ていた。
「グラディス艦長」
「アスハ代表」
「お互い長々と話をしている場合ではないのは理解している。だが今回のオーブ政府の対応について、まず謝罪したい」
タリアは黙ってカガリの言葉を聞いている。
「それから、本戦闘では市街地での戦闘を避けてくれたことにも感謝する。あのまま進撃されていれば、多くの市民が巻き込まれていた」
「感謝されるようなことではありません」
「それでもだ」
カガリは一度息を整え、続けた。
「前代表のユウナは私がこの手で逮捕した。もうこのような事態にならないことを約束しよう。ロード・ジブリールは私が必ず捜し出す。オーブの責任で拘束しザフトへ引き渡す。だから、これ以上の攻撃を止めてほしい」
艦橋が静まり返る。
タリアはすぐには答えなかった。
「アスハ代表の申し出を受け入れることはできません。少なくとも、それを信用できるだけの行動を、貴国は示してこなかった」
「……その通りだ。しかし――」
「とはいえ、我々の第一の目標がロード・ジブリールの拘束であることに変わりはありません」
タリアはカガリの言葉を遮り、そのまま続ける。
「ユウナ・ロマ・セイラン氏に代わり、アスハ代表がそれを行うのであれば、我々もそれを信じて待ちましょう。作戦司令部には、そう伝えておきます」
「感謝する、グラディス艦長」
「しかし、本戦争でオーブが我が軍へどのような仕打ちを行ってきたか、それを忘れないで頂きたい」
「……承知している」
カガリは顔を緩めながらも気を引き締めなおし、タリアとの回線を閉じた。
タリアは暗くなった画面をしばらく見つめた後、アーサーへ向き直った。
「攻撃中止を。待機状態へ」
「攻撃中止! 全砲門そのまま!」
ミネルバの砲口から光が消えていく。
離れた空では、アークエンジェルが黒い煙を吐きながらこの戦域を離れていくのが見えた。
「メイリン、作戦司令部へ回線を」
「はい」
司令部につながる短い時間を待ちながら、タリアは静かに息を吐いた。