機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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114.邂逅

タリアはカーペンタリアの作戦司令部へ、カガリから受けた申し出を伝えた。

 

オーブ軍はすでに攻撃を止めつつあり、ロード・ジブリールの捜索と拘束は、カガリ自身が責任を持って行うと約束している。

こちらが戦闘を続ける理由は、急速に失われようとしていた。

 

「しかし、オーブの言葉を信用しろというのか。つい先ほどまで、ジブリールはいないと言い張っていた国だぞ」

「その回答を行ったユウナ・ロマ・セイラン氏は、すでに指揮権を失っています。現在の代表はカガリ・ユラ・アスハです」

「代表が代わったからといって、我々が兵を退く理由にはならん」

「兵を退けとは申し上げていません。攻撃を停止し、オーブが約束を果たすか見届けるべきだと申し上げています」

 

通信画面の向こうで、作戦司令官は険しい表情を崩さなかった。

 

「ジブリールを取り逃がせば、責任を問われるのはこちらだ」

「その場合、責任を負うのはオーブです。自国の領内を捜索し、身柄を確保すると、国家代表が正式に申し出ています」

「議長が納得されると思うのか」

「議長への報告には、私の判断であると明記して構いません」

 

返答はしばらくなかった。

タリアも言葉を重ねず、相手の判断を待つ。

 

やがて作戦司令官は、短く息を吐いた。

 

「……分かった。オーブ軍への攻撃を停止する。ただし、部隊は撤収させない」

「妥当な判断です」

「各隊を防衛軍の射程圏外まで後退させる。オーブ側に動きがあれば、直ちに攻撃を再開するぞ」

「了解しました」

 

通信が閉じられると、タリアはメイリンへ視線を向けた。

 

「全ザフト部隊へ、作戦司令部からの命令を伝えて。オーブ軍への攻撃を停止し、指定空域まで後退」

「はい」

 

メイリンが各部隊へ命令を伝える。

戦術画面上では、オーブ本島を取り囲んでいたザフトの部隊が、少しずつ距離を取り始めていた。

 

完全な撤退ではない。

オーブ防衛軍の射程から離れただけで、艦艇もMSも依然として島を包囲している。

 

それでも、続いていた砲火は次第に途切れ、空を覆っていた爆煙も薄れ始めていた。

 

「オーブ軍も後退を開始しています」

「上空のムラサメ隊、基地方面へ向かっています」

 

タリアは正面スクリーンを見つめた。

先ほどまで空を埋め尽くしていたムラサメの大群は、いつの間にか戦域を離れつつある。

 

アークエンジェルも、黒い煙を引きながらオーブ本島から遠ざかっていた。

あの艦をオーブ軍の所属とみなし、追撃を中止してよいかは判断が分かれるところだったが、今のところこちらへ戻る様子はない。

 

その時、メイリンの端末に通信が入った。

 

「艦長、セラから通信です」

「繋いで」

 

画面の一角にレギナントからの通信表示が開く。

 

「アスランの生存情報を確認。アークエンジェルにいる模様」

 

艦橋の空気が変わった。

アーサーが目を見開き、メイリンも顔を上げる。

 

「その情報は誰から?」

「フリーダムのパイロットです」

「本人の姿は確認した?」

「未確認です」

 

タリアは目を閉じた。

 

オーブ軍との戦闘は縮小しつつあるが、まだ完全に終わったわけではない。

フリーダムはレギナントによって動きを抑えられているものの、自由にすれば何をするか分からなかった。

 

そして、アークエンジェルには撃沈命令が出ている。

今から追撃し、損傷した艦を沈めることも不可能ではない。

 

だが、その中にアスランがいるのなら、話は変わる。

 

タリアは目を開き、レギナントへ命じた。

 

「セラ、フリーダムの監視を中止。アークエンジェルを追跡し、アスランを確保しなさい」

 

メイリンが思わずタリアへ顔を向けた。

その視線を受けても、タリアは正面スクリーンから目を離さなかった。

 

「了解しました」

 

通信が閉じられる。

 

遠方に浮かんでいたレギナントが方向を変え、黒煙を引くアークエンジェルへ向かって加速した。

その直後、フリーダムもレギナントを追うように進路を変える。

 

白い2機は急速に距離を広げ、瞬く間に空の彼方へ消えていった。

 

*****

 

アークエンジェルの艦橋では、損傷状況を伝える声が絶え間なく飛び交っていた。

 

「右舷後部、隔壁閉鎖完了!」

「火災はまだ鎮火していません! 消火班が作業を継続中!」

「第2推進器、出力低下! 現在72パーセント!」

 

ミリアリアの報告を聞きながら、マリューは正面スクリーンへ目を向けた。

 

艦の後方から、白いMSが接近している。

以前アークエンジェルの機能を停止させた、あの機体だった。

 

「フリーダムが後方から追っています。そのさらに前方、白いMSが本艦へ接近中!」

「この損傷で、またあの攻撃を受けたら……」

 

ノイマンの言葉に、マリューはすぐに決断した。

 

「高度を下げて。海中へ潜るわ」

「了解! 降下します!」

 

アークエンジェルは機首を下げ、海面へ向かって高度を落とし始めた。

右舷後部から黒煙を吐きながら速度を上げ、水面のすぐ上まで降下する。

 

後方から迫るレギナントも、進路を変えなかった。

 

「潜航準備!」

「各区画、気密確認!」

「バラスト注水開始!」

 

白い艦体が海面を割り、巨大な水柱を上げる。

アークエンジェルはそのまま海中へ沈み、深度を下げ始めた。

 

「白いMS、なおも接近!」

「フリーダムは海面上で停止しています! 追跡を継続できません!」

 

レギナントは海中へ入っても速度を落とさなかった。

濁った海水の中を進み、潜航するアークエンジェルとの距離を縮めていく。

 

やがて艦体へ接触する振動が響いた。

 

「右舷後部に衝撃!」

「白いMSが本艦へ取り付いています!」

 

外部カメラの映像には、損傷した装甲へ取り付き、海流を受けながらも離れようとしないレギナントの姿が映っていた。

 

「振り切って! 潜航を継続!」

「了解! 深度を下げます!」

 

アークエンジェルはさらに海中深くへ潜っていく。

水圧が増し、船体の各所から低い軋みが響き始めた。

 

それでも、レギナントは離れなかった。

アスランは外部映像を見つめ、表情を険しくした。

 

「このままじゃ、セラの機体が持たない」

「でも、浮上すればまた攻撃されるわ」

 

マリューは正面から目を離さずに答えた。

 

「セラは諦めません。このまま潜航を続けても、あいつは離れない」

「何のために、そこまで……」

 

アスランはミリアリアの通信卓へ向かう。

 

「ミリアリア、通信機を使わせてくれ」

「え、ええ」

 

アスランは差し出された通信装置を受け取り、オープン回線を開く。

 

「セラ、聞こえるか」

 

返答はすぐに届いた。

 

「アスラン」

「これ以上潜るな。MSではこの深度に耐えられない。すぐに艦から離れて浮上しろ」

「アスランの確保が優先です」

「俺は無事だ。拘束もされていない」

「帰還できていません」

「それは……」

 

アスランが言葉を止める。

 

艦橋では、誰もが通信から聞こえた声に耳を奪われていた。

静かで抑揚の乏しい声だったが、その響きはラクスのものとあまりにも似ている。

 

マリューは外部映像へ視線を戻した。

レギナントは水圧に押されながらも、なおアークエンジェルから離れようとしない。

 

「現在深度、限界値に接近!」

「艦長、このままでは損傷区画が持ちません!」

 

ノイマンの報告に、マリューは手すりを強く握った。

やがて短く息を吐き、決断する。

 

「潜航停止。浮上に転じて」

「ですが艦長!」

「このまま潜っても、あの子は離れないわ。浮上します」

「……了解。バラスト排水、浮上開始!」

 

アークエンジェルの降下が止まり、船体がゆっくりと上を向いた。

レギナントは艦体に取り付いたまま、浮上する白い艦とともに海面へ向かっていく。

 

アスランは再び通信装置へ声を送った。

 

「セラ、こちらは攻撃しない。君も攻撃を止めてくれ」

「了解しました」

 

短い返答が届く。

 

艦橋に残っていた緊張が、わずかに緩んだ。

 

*****

 

アークエンジェルが海面へ浮上すると、水飛沫が白い艦体から流れ落ちた。

 

レギナントは右舷後部から離れ、海上へ浮かび上がる。

その先では、フリーダムが武器を下ろしたまま待っていた。

 

セラはアークエンジェルとフリーダムの双方から距離を取り、その場で動きを止めた。

 

やがてアークエンジェルのカタパルトハッチが開き、内部の誘導灯が点灯する。

 

レギナントはしばらく動かなかった。

攻撃が行われる様子がないことを確認すると、ゆっくりとアークエンジェルへ近づいていく。

 

白い機体は開かれたカタパルトへ入り、その甲板へ静かに降り立った。

続いてフリーダムも後方へ着艦する。

 

ハッチが閉じ、格納庫の気密が回復する。

排水が終わると、レギナントのコックピットが開いた。

 

セラは昇降用ワイヤーを使わず、機体の装甲を伝って甲板へ降りた。

 

格納庫では、マリューとアスランが待っていた。

その後ろには警備兵が並び、銃を構えてセラを取り囲んでいる。

 

セラは周囲へ視線を向けることなく、正面にいるアスランを見つめた。

 

「アスラン」

 

その名を呼びながらヘルメットを脱ぎ、顔を覆っていた医療用バイザーを外す。

 

警備兵たちの間に動揺が走った。

マリューも言葉を失い、露わになったセラの顔を見つめている。

 

少し離れた場所でフリーダムから降りたキラも、足を止めた。

 

セラは周囲から向けられる視線を気にする様子もなく、アスランだけを見ていた。

 

「負傷を確認しました。歩行は可能ですか」

「ああ。まだ完全じゃないが、歩くくらいなら問題ない」

「帰還します」

「セラ、待ってくれ。俺は――」

 

アスランが言葉を続けようとした時、マリューたちの後方から足音が聞こえた。

 

人の間を抜けて、薄桃色の髪を持つ少女が姿を現す。

セラは初めてアスランから視線を外した。

 

格納庫の中で、よく似た2つの顔が向かい合った。

 

 

 

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