機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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117.光は月を巡る

カーペンタリア基地へ帰還したミネルバには、連戦による疲労回復と機体整備を兼ね、10日間の休養期間が与えられていた。

乗員にも交代で休暇が認められ、基地へ出かける者もいれば、艦内で眠り続ける者もいる。格納庫では各機が分解点検に入り、整備班にもようやく細部まで手を入れる余裕が生まれていた。

しかし、シンは休もうとしなかった。

仮想空間に浮かぶデスティニーが、正面から迫るウィンダムへ突っ込む。先頭の1機をアロンダイトで両断し、返す刃で2機目の武器を弾いた。

 

「逃がすか!」

 

追撃へ移ろうとした瞬間、右側の警告表示が赤く染まる。

 

「シン、右!」

 

ルナマリアの声と同時に、別方向からのビームがデスティニーの脇を抜けた。

シンの突出で開いた空域へ、伏せていた敵機が入り込んでいた。インパルスが後方施設への進路を塞ぐが、別の1機から射撃を受け、姿勢を崩す。

デスティニーは反転してその敵を斬り捨てた。だが、その間に施設へ向かった機体が射程へ入る。

レジェンドのドラグーンが進路を制限し、本体のライフルが敵機を撃ち抜いた。直前に放たれた一射だけが施設の外壁へ命中する。

 

「敵部隊、全機撃破。味方損害、インパルス中破。作戦目標施設、被害率58%。総合判定、失敗」

 

仮想映像が消え、シミュレーター室の照明が戻った。

敵機はすべて消えている。それでも、守るべき施設の半分以上が失われていた。

 

「全部落としただろ」

「敵を倒すことだけが目的じゃない。今回は迎撃線を維持する訓練だ」

 

レイは訓練席を降り、戦闘記録を呼び出した。

 

「もっと早く倒せば攻撃も止められた」

「その前に隊形が崩れている。実戦なら、防衛線は持たない」

 

ルナマリアも自分の軌跡を表示させた。インパルスはデスティニーと施設の間を往復し、最後にはどちらにも届かなくなっている。

 

「シン、先へ行きすぎよ。あれじゃ援護しようがないわ」

「次はちゃんと見る」

「次じゃなくて、最初から見てよ」

 

シンが再設定へ手を伸ばすより早く、レイがシミュレーターを停止させた。

 

「先に隊形を決めるぞ」

 

3人は中央の戦術卓を囲んだ。

再生された模擬戦では、デスティニーだけが大きく突出し、レジェンドは後方施設との間を埋めている。インパルスはその外側へ押し出され、1機で2方向を警戒していた。

かつて、その隙間にはセイバーがいた。

 

「アスランがいた時は、セイバーがシンと後続の間をつないでいた」

「俺がやる。前に出ながら全体も見る」

「今の訓練ではできていなかった」

 

シンの返答は速かった。空いた場所を、自分1人で埋めようとしている。その焦りが、先ほどの機動にも表れていた。

 

「アスランさんがやってたことを、全部1人で背負わなくてもいいんじゃない?」

 

ルナマリアはインパルスの表示を、デスティニーと施設の中間へ置いた。

 

「シンが前へ出て、レイが全体を見る。私は空いたところへ入る。それでいいでしょ」

「レギナントもいる」

「セラがいるから任せればいい、っていうのは違うと思う」

 

セラは頼まれた役割を拒まない。負荷が限界へ近づいても、まだ戦えるなら問題はないと答える。そのことを、3人とも知っていた。

 

「何でも任せていいわけじゃないわ。セラが全部見なくても済むように、私たちも周りを見なきゃ」

 

レイが4機の位置を組み直す。デスティニーを前へ、レジェンドを中衛へ置き、インパルスには両者と防衛線を結ぶ幅を持たせる。レギナントは固定せず、敵の進路に応じて動かす。

 

「基本はこれでいく。シンが主攻。俺が全体を見て、ルナマリアが間をつなぐ」

「分かった。でも、シンがまた先へ行ったら同じよ」

「もう行かないって」

 

シンは不満そうに答えたが、戦術図から目を離さなかった。

 

「それで、隊長は誰がやるんだ」

 

3人の間に沈黙が生まれた。

隊形を組み直すことはできても、その中心まで決められたわけではない。戦術卓のどこにも、セイバーの表示はなかった。

ルナマリアはシンの横顔を見る。訓練を始めてから、その目にはいつもの勢いだけではない、刺すような荒さが残っていた。

 

「シン。アスランさんが辞めたこと、まだ怒ってる?」

「……怒ってない」

「怒ってるじゃない」

 

シンの拳が戦術卓へ落ち、機体表示が揺れた。

 

「あの人は、俺たちに道を見失うなって言った。それなのに、自分は軍を辞めて、どこへ行くかも言わなかった。納得できるわけないだろ!」

 

ルナマリアは否定しなかった。

 

「そうね。私だって納得できないわ。でも、それでシンまで周りを見なくなったら駄目でしょ。私もレイも、セラもいるんだから」

 

シンの視線が、戦術卓に並ぶ3機へ移った。

誰もアスランの代わりにはならない。それでも、いなくなった1人の穴へ全員で向き合うことはできる。

 

「……もう一度やる。今度は合わせる」

「じゃあ、もう一度だけね」

 

再び仮想空間が立ち上がる。

敵影が現れ、デスティニーが加速した。最初の標的を追って踏み込もうとしたところで、シンは一度機体を止める。

後方では、インパルスが射線を作り、レジェンドが右側の敵を押さえていた。

 

「シン、左から2機!」

「見えてる。ルナ、1機そっちへ流す!」

「了解!」

 

デスティニーが敵機の正面を押し、回避した1機をインパルスの射線へ追い込む。

荒々しさは消えていない。それでも、シンの視界には味方の位置が戻り始めていた。

 

*****

 

軍港の外れにある波止場は、基地の喧騒から離れていた。

沖にはザフト艦が停泊し、補給艇が白い航跡を引いている。岸壁から届く機械音も、ここでは潮風と波の音に混じっていた。

セラは波止場の先に立ち、青い海を見ていた。

バイザーは着けていない。淡い桜色の髪が風に揺れ、以前メイリンたちに選ばれた白いワンピースの裾が膨らんでは戻る。

ここへ来てからセラはほとんど口を開かず、海の向こうへ視線を向けたままだった。

 

「アスランさんのこと、気になる?」

 

セラは少し間を置いて静かに頷いた。

 

「はい」

 

遠くを見つめる目の奥に、青く澄んだ海が映りこむ。

 

「帰投できない状態ではありませんでした。ですが、アスランは除隊し、再びミネルバを離れました」

「どうしてそうしたのか、分からない?」

「はい」

 

メイリンは波止場の縁へ腰を下ろした。セラも、その隣へ座る。

アスランはアークエンジェルに残ることもできた。それでも一度ミネルバへ戻り、自分の口で除隊を申し出た。セラには、帰還と離脱を続けて選ぶ理由が結びついていない。

メイリンにも、アスランの考えをすべて知ることはできなかった。

けれど、アークエンジェルを撃てず、親しい者たちを敵として割り切れなかった姿は見てきた。そこから考えれば、答えは難しいものではない。

 

「たぶん、友達とは戦いたくなかったんだと思う」

 

セラが顔を向ける。

 

「友達」

「アークエンジェルには、アスランさんが大切に思ってる人たちがいるんでしょ」

「はい。フリーダムの搭乗者は、キラ・ヤマトという人物です」

 

初めて聞く名前に、メイリンは目を瞬かせた。

 

「セラ、会ったの?」

「はい。アスランは、キラを敵として戦うことができないと話していました」

 

それなら、なおさらだった。

 

「できないっていうより、したくなかったの。戦えば傷つくし、もしかしたら死んでしまうかもしれない。大切な相手に、そんなことしたくないから」

 

セラは静かに聞いていた。

メイリンは難しい言葉を探さず、自分の気持ちをそのまま口にした。

 

「私だって、セラとは戦いたくないよ。セラが傷ついたら悲しいし、いなくなったら嫌だもの」

「それが、友達ですか」

「うん。たぶん、そういうこと」

 

トモダチという言葉は知っている。

以前にも聞き、その意味を確認しようとした。けれど、どこから成立し、何を満たせばそう呼べるのかは、今も分からない。

それでも、メイリンが伝えようとしたことは理解できた。

メイリンは自分と争うことを望まず、自分が傷つくことを悲しむ。アスランもキラに対して、同じように感じていた。だから、敵として戦い続けることを選べなかった。

セラは青い空を見上げた。

雲がゆっくりと流れている。その向こうに、アスランの進んだ先は見えない。

 

「はい」

 

メイリンはそれ以上説明を重ねなかった。

セラが友達の意味を理解したわけではない。それでも今は、自分の言いたかったことが届いた。それで十分だった。

 

訓練資料を抱え、宿舎へ戻る途中、波止場に立つ白いワンピース姿の少女を見つけた瞬間、ユアンは足を止めた。

見間違えるはずがなかった。

淡い桜色の髪も、風に揺れる白い裾も、以前この基地で初めて見た時と同じだった。あの時、見下していたはずの相手から目を離せなくなり、訳も分からないまま胸を騒がせた。その姿は、今もはっきりと記憶に残っている。

セラの隣にはメイリンがいた。

声をかけようとして、ユアンは踏み出しかけた足を止める。2人の言葉までは聞こえない。ただ、メイリンが真剣な顔で話し、セラが静かに耳を傾けていた。

その横顔を見ていると、かつて営倉の中で端末に映っていたレギナントの戦いが嘘のように思えた。

けれど、どちらも同じ少女なのだ。

ユアンは資料を抱え直し、声をかけることなく来た道を戻った。

せっかく姿を見つけたのに、何も話せなかったことが少しだけ惜しい。それでも、今のセラの隣へ無理に入り込むよりはよかったのだと、自分へ言い聞かせた。

だがそれでもやはり振り返ってしまう。セラはまだ青い空を見上げていた。

 

*****

 

ミネルバが休養期間に入っていても、戦争そのものが止まったわけではない。

ロード・ジブリールの逃亡先と見られる月面へ向け、デュランダルの指揮下にあるザフト宇宙艦隊は進撃を続けていた。

月面のロゴス防衛軍も迎撃に出たが、地上の各拠点と戦力を失った軍勢に、かつての物量は残されていない。ザフト宇宙軍は防衛線を押し込み、大勢はすでに決しつつあった。

その報告は、停泊中のミネルバにも届いている。

食堂や談話室のモニターには月面の中継映像が流れ、乗員たちは作業や食事の手を止めて見上げていた。

ロゴスの敗北は近い。

誰もが、そう思っていた。

 

プラント宙域の外縁では、ジュール隊が地球連合軍の部隊と交戦していた。

戦場となっているのは、すでに放棄されたコロニーの周辺だった。

そこに何があるのか、ザフト側には分からない。だが連合軍は撤退せず、艦艇とMSを集め、コロニーへ近づくジュール隊を押し返そうとしている。

 

「隊長、こいつら逃げる気がないぞ」

 

ディアッカの報告に、イザークは正面の表示を睨んだ。

敵艦は損傷しても隊列を崩さず、コロニーの周囲へ集まり続けている。退路を確保する動きではない。何かを守るための配置だった。

 

「見れば分かる! だからこそ怪しいと言っているんだ!」

「ったく、相変わらずだな。うちの隊長さんは」

「無駄口を叩く暇があるなら、右を押さえろ!」

 

イザークの機体が敵の射線を抜け、先頭のウィンダムへ斬り込む。背後から接近した敵機へ、ディアッカの砲撃が命中した。

ジュール隊が防衛線を押し込んでいく。

連合軍は数を減らしながらも退かない。被弾した護衛艦さえコロニーから離れず、接近しようとするザフト機の前へ船体を割り込ませた。

 

「コロニー周辺を確認しろ。連中が守っている物を見つけるんだ!」

 

ジュール隊の射撃が集中する。

護衛艦の推進部が爆発し、制御を失った船体が廃棄コロニーの外壁へ衝突した。

巨大な構造物が震え、内部に組み込まれた設備の軸が、予定された位置からわずかに外れる。

 

その時、月面から巨大な光が放たれる。

 

その光に、戦場にいた誰もが動きを止めた。

警告も、予兆もなかった。

月の地平から現れた光は宇宙を直進し、ジュール隊が交戦していた廃棄コロニーへ飛び込む。

闇に沈んでいた内部構造が青白く輝いた。

次の瞬間、光は別方向へ放たれる。

さらに先の中継点が光り、巨大なビームは進路を変えながら月の裏側を回り込んでいった。

 

「何だ、あれは……」

 

イザークの声から怒気が消えていた。

 

機動要塞メサイアの司令室にも、同時に警報が鳴り響いていた。

正面の大型モニターへ、観測された高出力ビームの射線が次々と描き出されていく。

 

「高出力ビーム、複数の中継点を経由しています!」

「最終射線を算出!」

「急ぎたまえ」

 

デュランダルは、月を回り込んでいく光の軌跡を見つめていた。

勝利目前だった戦況は、たった一筋の光によって意味を失っている。月面基地を包囲する艦隊にも、離れた位置にいるジュール隊にも、すでにそれを止める手段はなかった。

 

「照射先……プラント宙域です!」

「なんだと……まさか!」

 

巨大な光は、プラント群に向かって真っすぐ突き進んでいく。

モニターが白く染まる。

最早、それを止める術はない。

デュランダルも、ジュール隊も、ミネルバで中継映像を見ていた者たちも、その光景を見つめることしかできなかった。

 

 




次回は8/10の予定ですが……ネタ切れのため一時休止するかもしれません…
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