機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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119.月影を這う

レクイエムがプラントを撃ってから、間もなく48時間が経とうとしていた。

 

その間、月面宙域では一度として戦闘が途切れていない。

ザフト軍はレクイエムの中継ステーションへ攻撃を続け、ロゴス側は第二射へ必要な設備を守ろうと抵抗を続けていた。

 

イザークが率いるジュール隊も、その最前線にいた。

およそ1個大隊のMSが交代しながら攻撃を続け、すでに中継ステーションの1基を大破させている。

巨大な構造体の各所から火花が散り、外壁には幾筋もの亀裂が走っていた。

 

「右側面へ回れ! まだ生きている砲台を先に潰せ!」

『了解!』

『敵MS、正面から来るぞ!』

「ディアッカ!」

『まかせろ!』

 

ザクウォーリアのビーム砲がイザークの前を横切り、接近していたウィンダムを押し返す。

その間にイザークは機体を加速させ、中継ステーションの外壁へ残る砲口へ射撃を叩き込んだ。

 

爆発が広がる。

 

だが、その奥からすぐに別の敵機が姿を現した。

 

「まだ出てくるのか!」

『向こうも必死ってことだろ!』

 

ディアッカの言葉に、イザークは舌打ちする。

48時間。

パイロットも機体も、すでに限界へ近づいていた。

補給のために後退しては戻り、別部隊と交代しながら、それでも戦線だけは維持している。

 

止まれば、また撃たれる。

 

その思いだけで、ザフト軍は攻撃を続けていた。

 

デュランダル率いるザフト軍本隊は、2個師団。

20個大隊、MSにしておよそ720機が、この月面作戦へ投入されている。

 

対するロゴス防衛軍は、200機にも満たない。

 

単純な数だけなら、戦力差はおよそ4対1。

それでも、ザフト軍は敵防衛線を完全には突破できていなかった。

 

理由の一つは、戦力の質にあった。

 

ザフト側の主力にはザクウォーリアやグフイグナイテッドも含まれている。

だが、2個師団すべてを最新鋭機で揃えられるほど数はなく、依然として旧式のジンが大きな割合を占めていた。

 

それに対し、ロゴス側はダガーLとウィンダムを中心に編成されている。

数こそ少ないが、旧式のジンと比較すれば機体性能では優位に立つ。

さらに防衛線の要所には、ザムザザーをはじめとする大型MAまで配置されていた。

 

「駄目です! ザムザザーのフィールドでビームが届きません!」

「第12大隊、進路を遮られました!」

「砲撃隊、援護しろ! 近づかせるな!」

 

大型MAの陽電子リフレクターが正面を覆い、ザフト側のビーム射撃を弾く。

その後ろからダガーLとウィンダムが一斉に撃ち返し、前進していたジンの部隊が散開を強いられた。

 

数ではザフトが勝っている。

だが、狭い攻撃正面では、その数を一度に押しつけることができない。

 

ロゴス側もまた、ザフト軍を押し返すだけの余力はなかった。

防衛線を突破されないよう、限られた戦力を次々と送り込んでいる。

 

ザフトは届かない。

ロゴスは押し返せない。

 

戦局は、膠着状態へ入りつつあった。

 

それでも戦闘が止まる気配はない。

 

第二射を許せば、次に失われるのがどのプラントなのか分からない。

その恐怖が、ザフト軍を前へ押し続けていた。

 

*****

 

ザフト軍本隊が中継ステーションへ攻撃を集中させる一方、ミネルバはその戦域から大きく離れた場所から月へ向かって進んでいた。

 

艦内のブリーフィングルームには、シン、レイ、ルナマリア、セラが集められている。

正面モニターには月面の簡略図と、ダイダロス基地の推定位置が表示されていた。

 

タリアが、その一点を指した。

 

「これが議長から直接下された命令よ。ザフト軍本隊が中継ステーションへ敵戦力を引きつけている間に、私たちは反対方向から月面へ接近する」

 

表示が切り替わる。

ダイダロス基地へ向かう一本の進路が現れた。

 

「目標はダイダロス基地。可能な限り敵に気づかれず接近し、基地を奇襲する」

 

シンが画面を見つめたまま眉を寄せる。

 

「奇襲するのは分かりますけど……俺たちだけでですか?」

「そうよ」

「基地を?」

 

ルナマリアも困惑したように画面を見る。

 

「戦艦1隻とMS4機ですよね。もし基地の守備隊が本隊の方へ出てるとしても、砲台まで全部なくなってるわけじゃないでしょう?」

 

レイも黙って戦術図を見ていた。

彼が気にしているのも、奇襲が成立するかどうかではなかった。

 

「司令部の制圧まで求められているのですか」

「最終目標はレクイエムの無力化。基地司令部と発射設備を可能な限り押さえることになるわ」

「それなら、火力が足りません」

 

レイの答えは短かった。

 

シンも頷く。

 

「ですよね。俺たちが敵MSを引き受けても、ミネルバだけで基地の砲台を全部潰すのは無理なんじゃ……」

 

タリアにも、その懸念はあった。

 

ダイダロスは月面に建設された大規模軍事基地だ。

守備MSの多くがザフト本隊への対応に回っているとしても、基地そのものが無防備になったわけではない。

 

固定砲台も、地上基地にあるものより簡単には破壊できない。

その理由は、月面という大気圏内とは違う過酷な環境にある。

月面では、装甲を抜かれた先にあるのは大気ではなく真空だ。

最悪の場合、一度損傷しただけで空気が流出し、その時点で使用不能になる可能性もあった。

そのため砲台には分厚い装甲が何層が設けられ、多少の損傷では内部まで穴が開かないよう造られている。

 

破壊できないわけではない。

だが、1基ずつ相手にしていれば時間がかかる。

 

その間に奇襲を察知されれば、敵は本隊へ向けている戦力を引き返させるだろう。

 

「分かっているわ」

 

タリアは腕を組む。

 

「まともに正面から撃ち合えば、こちらが不利よ。でも、第二射を止めるにはダイダロスそのものを叩くしかない。本隊が敵を引きつけている今が、一番可能性が高いの」

 

誰もすぐには答えなかった。

 

シンは画面に映る基地の規模を見つめる。

ヘブンズベースでも、大規模基地の攻略には多くの戦力を必要とした。

今回はその倍は投入されている。

 

「やるしかないってことですよね」

「そういうことになるわ」

 

タリアが答える。

 

その時、彼女は一人だけ何も言っていない者に気づいた。

セラだった。

 

普段なら、与えられた作戦に異論を挟むことはほとんどない。

今回も反対している様子はない。

ただ、正面モニターを見つめたまま、ずっと何かを考えているように見えた。

 

「セラ」

「はい」

「何か気になることがあるの?」

 

セラは少しだけタリアへ顔を向ける。

 

「基地内部の構造、砲台数、配置が不明です。そのため、現時点では判断できません」

「判断?」

「攻略可能かどうかです」

 

シンとルナマリアがセラを見る。

 

「セラでも無理そうってこと?」

「不明です」

 

セラはそのまま答えた。

 

「ですが、砲台については、配置を確認できれば何とかなる可能性があります」

 

タリアが眉を上げる。

 

「何か方法があるの?」

「まだ分かりません。実際の配置、砲台の能力を確認する必要があります」

 

それ以上、セラは何も言わなかった。

シンが隣から顔を覗き込む。

 

「何とかなるって、何するつもりなんだよ」

「現時点では未確定です」

「そこまで言ったら気になるだろ」

「シン、今聞いても同じ答えだと思うわよ」

 

ルナマリアに止められ、シンは不満そうに口を閉じる。

タリアは再び戦術図へ目を戻した。

 

成功する保証はない。

基地の正確な戦力も分からない。

奇襲に成功したとしても、その後どこまで攻撃を続けられるかも未知数だった。

 

それでも、行くしかなかった。

 

「作戦開始後は短期決戦よ。発見されたら、敵が戻ってくる前に可能な限り基地機能を潰す。各員、そのつもりで準備して」

「了解!」

 

シンたちが返事をする。

セラも一拍遅れて頷いた。

 

「了解しました」

 

*****

 

ミネルバは、月面を這うように進んでいた。

 

高度は極端に低い。

巨大な艦体がクレーターの縁をかすめ、そのまま地形の起伏へ沿って航行する。

 

周囲に光はない。

 

太陽は月の地平線の向こうに隠れ、見渡す限りの地表が深い闇に沈んでいた。

地球から届くわずかな光も、この位置では地形を浮かび上がらせるほど強くない。

 

ミネルバもまた、自らの存在を知らせるものを極力抑えていた。

 

敵に電波を拾われる危険を避けるため、通常通信は停止。

能動レーダーも使用しない。

事前に入力された地形情報と光学センサー、赤外線センサー、レーザー測距だけを頼りに航路を取っている。

 

「前方、クレーター外縁。距離4200」

「進路を右へ3度」

「右3度、了解」

 

メイリンの報告に合わせ、ミネルバがゆっくりと進路を変える。

 

レーダーを使えない以上、遠くの敵を先に見つけることはできない。

通信も封じているため、ザフト本隊の戦況がどうなっているのかも分からない。

 

敵がこちらへ気づいていないことを信じて、進むしかなかった。

 

艦橋に警報音はない。

通信もほとんどない。

 

聞こえるのは、各部署から必要最低限に送られてくる報告だけだった。

 

「機関出力、安定」

「艦体各部、異常なし」

「進路上に障害物なし」

 

アーサーは正面スクリーンを見たまま、小さく息を吐いた。

 

「戦闘中より静かですね……」

「だから余計に緊張するのよ」

 

タリアの視線は前方から動かない。

 

わずかな航路のずれでも、月面へ衝突する危険がある。

高度を上げれば航行は楽になるが、その分だけ敵の監視網に捉えられる可能性も高くなる。

 

今は、地形そのものを盾にするしかなかった。

 

格納庫では、すでに第二戦闘配置が敷かれていた。

 

デスティニー、レジェンド、インパルス。

そしてレギナント。

 

4機とも発進可能な状態で固定され、整備員たちが最後の点検を続けている。

パイロットたちも、それぞれのコクピットで待機していた。

 

シンは暗い発進口の向こうを見つめていた。

 

外には何も見えない。

戦場の閃光も、敵MSの光もない。

 

本当に、この先にロゴスの基地があるのかと思うほど静かだった。

 

「……静かすぎるな」

 

同じ回線に入っていたルナマリアが答える。

 

「戦ってる方がいいなんて言わないでよ」

「言ってないだろ」

「顔に書いてありそうだから」

「見えてないだろ、今」

「想像よ」

 

シンがわずかに笑う。

だが、その笑みもすぐに消えた。

 

レイは別の表示を確認していた。

 

「現在位置から推定すると、まもなく夜側を抜ける」

「じゃあ、もう近いのか」

「ああ」

 

セラは会話に入らなかった。

 

レギナントのコクピットで、前方から送られてくる限られた地形情報を見つめている。

基地へ到達した後、どこに砲台があり、どれほど離れて配置されているのか。

 

それを確認しなければ、まだ何も決められなかった。

 

ミネルバの前方で、闇の輪郭が少しずつ変わり始めた。

 

「前方に光を確認」

 

メイリンの声に、艦橋の視線が正面へ集まる。

 

月面の地平線に、細い光の筋が浮かんでいた。

 

最初は、ほんのわずかな白い線だった。

それが進むにつれて横へ広がり、黒一色だった地形の輪郭を少しずつ浮かび上がらせていく。

 

「夜明け線です」

「予定通りね。このまま進むわ」

 

ミネルバは速度を落とさない。

 

光と闇の境界が、急速に近づいてくる。

 

そして――そこを越えた。

 

強烈な陽光が正面から差し込み、スクリーンが一瞬だけ白く染まった。

光量補正が働き、周囲の景色が急速に形を取り戻していく。

 

闇に沈んでいた月面が、一転して白銀に輝いていた。

 

無数のクレーター。

長く伸びる黒い影。

岩肌を照らす、容赦のない太陽光。

 

そのさらに向こう。

 

月面の地平線に沿って、人工物の群れが広がっていた。

 

巨大な格納施設。

無数の砲台。

月面へ張り付くように築かれた建造物群。

 

そして、その中央にそびえる巨大な軍事施設。

 

「目標を確認」

 

メイリンの声が、わずかに硬くなる。

 

「ダイダロス基地です」

 

艦橋にいた全員が、その姿を見つめた。

 

ここまで、敵の反応はない。

 

奇襲はまだ破られていなかった。

 

タリアはゆっくりと艦長席から身を起こす。

 

「総員、第一戦闘配置」

 

静かだった艦内に、警報が鳴り響いた。

 

 

 

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