機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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120.決死のダイダロス

ミネルバの発進デッキに、4機のMSが並んでいた。

正面モニターの向こうには、白銀の月面へ広がるダイダロス基地が見える。

巨大な施設群は地平線の彼方まで続き、その周囲には無数の砲台と格納施設が配置されていた。

今のところ敵がこちらへ気づいた様子はないが、それも長くは続かない。

 

「各機、発進準備完了!」

「ミネルバ、戦闘速度へ移行!」

 

タリアは艦長席から正面を見据えた。

 

「MS隊、発進させて」

「了解!」

 

メイリンが発進回線を開く。

 

「デスティニー、発進してください!」

「シン・アスカ、デスティニー、行きます!」

 

固定アームが外れ、デスティニーがカタパルトを蹴った。

光の翼を広げた機体は白い月面すれすれまで高度を落とし、そのままダイダロス基地へ向かって加速する。

 

「レジェンド、続いてください!」

「レイ・ザ・バレル、レジェンド、発進する」

 

灰色の機体が射出され、デスティニーの後方へつく。

 

「インパルス、発進してください!」

「ルナマリア・ホーク、インパルス、出るわよ!」

 

インパルスが2機を追って発進する。

 

最後に、白い大型MSが射出位置へ移動した。

大きく広がったスカート装甲の内部には8基のドラグーンが収められ、各部の表示が次々と発進状態へ切り替わっていく。

 

メイリンは一度だけ息を吸った。

 

「レギナント、発進してください。セラ、気を付けて」

「了解しました」

 

いつもと変わらない返答だった。

 

「セラ・フェイド、レギナント、発進します」

 

レギナントがカタパルトを離れ、先行する3機の後を追う。

4機がミネルバから十分に離れ、ダイダロス基地へ向かって隊形を広げた、その直後だった。

 

基地全体が目を覚ました。

 

月面各所から探照灯が一斉に点灯し、白銀の地表を激しく薙ぎ始める。

同時に細い索敵レーザーが無数に走り、ミネルバと4機のMSへ照射警告が次々と上がった。

 

「索敵波を感知!」

「敵基地、こちらを捕捉しました!」

「前方格納施設、複数開放!」

 

基地の奥に並んでいた格納施設から、無数の光点が上がってくる。

メイリンの戦術表示には敵影が次々と追加され、短時間のうちに画面の一角が赤い反応で埋まった。

 

「敵MS、40! すべてウィンダム!」

「大型MAを確認、5機! ザムザザーです!」

「さらに大型MS5機! ヘブンズベースで確認されたものと同型!」

 

正面モニターに、見覚えのある巨大な影が浮かび上がった。

デストロイガンダムが5機、基地防衛線の後方でゆっくりと展開を始めている。

 

合計50機。

しかも、その背後にはダイダロス基地そのものがあり、無数の固定砲台が砲身を旋回させて接近するミネルバ隊へ照準を合わせていた。

 

「来るぞ!」

 

シンが叫んだ直後、最初の砲撃が月面を走った。

基地砲台から放たれたビームがデスティニーのすぐ脇を通過し、シンは反射的に機体を横へ滑らせる。

だが、その回避方向へ別の砲台がすでに照準を合わせていた。

 

「くっ!」

 

デスティニーがさらに高度を落とす。

頭上を二本目のビームが通過し、そのまま背後の月面へ突き刺さって大きな亀裂を作った。

 

レジェンドの周囲にも複数の砲火が集中する。

レイは機体を左右へ振りながら射線の隙間を抜け、前方のウィンダムへビームライフルを撃った。

敵機は素早く回避したが、その動きに合わせるように別のウィンダムが前へ出て、レジェンドへ射撃を返してくる。

 

「砲台と連携してくるぞ!」

「基地防衛隊なんだから当然でしょ!」

 

ルナマリアもインパルスを急上昇させる。

その直下をザムザザーの高出力ビームが横切り、さらに上方から3機のウィンダムが降下してきた。

 

「こっちまで!」

 

インパルスがビームライフルを連射し、先頭の1機を牽制する。

ところが、その攻撃へ意識を向けた瞬間、別方向からロックオン警告が鳴り響いた。

ルナマリアが機体を捻るのとほぼ同時に、デストロイの胸部から放たれた巨大なビームがその横を通り過ぎる。

 

1機の攻撃を避けても、その先へ別の火線が走る。

巨大な砲火の合間をウィンダムが高速で飛び回り、ザムザザーが防御と砲撃でその隙間を埋める。

さらに後方では5機のデストロイが別々の方向へ砲撃を加え、ミネルバ隊にまともな進路を与えなかった。

 

「数だけじゃないぞ、こいつら!」

 

シンは機体を急旋回させながら叫んだ。

 

「基地砲台との射線を重ねている。前だけ見るな」

「分かってる!」

 

返事をしながらも、シンは攻めに転じられなかった。

一歩踏み込めば基地砲台が撃ち、避けた先にはウィンダムが待っている。

それを抜ければ、さらにデストロイやザムザザーの火線が重なり、ダイダロス基地そのものを相手にしているような圧力が4機へ加わっていた。

 

その時、白い機影が3機の横を一気に抜けた。

 

「セラ!?」

 

レギナントだった。

大型機とは思えない加速でデスティニーを追い越し、そのまま敵防衛隊の正面へ向かっていく。

 

「待て! 一人で前に出るな!」

 

シンの制止に、セラはすぐには答えなかった。

スカート内部から8基のドラグーンが射出され、白い端末はレギナントを中心に大きく散開して敵防衛隊の周囲へ広がっていく。

 

セラの視界に、無数の敵機と砲台が重なる。

位置、速度、進行方向、射撃準備、互いの距離。

それらの情報が次々と整理され、戦場全体が一つの図として組み上がっていった。

 

空間支配(クイーンズ・ウェブ)、展開」

 

8基のドラグーンから細い可視レーザーが伸び、月面の上へ幾何学模様のような光の網が広がった。

前へ出ていたウィンダムの1機がその線を横切った瞬間、セラの照準が固定される。

 

「ブラストモードで牽制します」

 

ドラグーンの砲口に光が集まり、強化されたビームが敵機の胸部を一撃で貫いた。

 

さらに別の可視レーザーへ2機目が触れる。

ロックオン警告を受けた敵機は反射的に右へ逃げたが、その進路には別のドラグーンがすでに回り込んでいた。

射撃を避けるため急反転した結果、隣にいたウィンダムと互いの進路を塞ぎ、防衛隊の隊形が崩れていく。

 

そこへレジェンドの射撃が飛び込んだ。

 

「今だ!」

 

シンも一気に踏み込む。

 

デスティニーが敵編隊へ突入する。

それまで3機へ集中していた火線は、ウェブによる無数のロックオン警告で急速に乱れ始めていた。

ウィンダムの1機がレギナントからの照準を避けようと急上昇し、別の2機も左右へ散開する。

 

その中央へデスティニーが飛び込んだ。

 

「そこだ!」

 

ビームサーベルが1機を斬り裂く。

機体を捻りながら背後へ回ろうとした別のウィンダムへビームライフルを撃ち込み、爆炎が月面の上に広がった。

 

レイもその隙を逃さない。

レジェンドのビーム機動砲が展開し、逃げ道を失った敵機へ四方から射撃を集中させる。

 

「私だって!」

 

ルナマリアも機体を立て直し、ザムザザーへビームライフルを撃ち込んだ。

敵MAは陽電子リフレクターを展開して正面からの射撃を防ぐが、その側面へレギナントのドラグーンが回り込む。

 

複数方向からロックオン警告を受けたザムザザーが機体を旋回させた。

その瞬間、正面の防御が僅かにずれる。

 

「そこ!」

 

インパルスの射撃が装甲へ命中した。

さらにデスティニーが一気に間合いを詰め、振り抜いたアロンダイトが大型MAの一角を大きく切り裂いた。

 

「敵大型MA1機、沈黙!」

 

ミネルバの艦橋に報告が響く。

 

タリアは戦術表示を見つめていた。

セラのウェブが展開されて以降、敵防衛隊の動きが明らかに変わっている。

個々の機体が次々と回避を強制され、それまで維持していた基地砲台との連携も崩れ始めていた。

 

そこへシンたちが食い込んでいく。

 

「敵防衛隊、損耗急増!」

「ウィンダム12機撃墜! さらに7機が戦闘不能!」

「ザムザザー2機、撃破!」

「大型MSにも損傷を確認!」

 

戦闘開始からまだそれほど時間は経っていない。

それでも敵防衛隊はすでに半数近くを失い、当初の密集した防衛線は大きく穴が開いていた。

 

だが、タリアは安堵しなかった。

 

「基地砲台は?」

「健在です! こちらへの照準、さらに増えています!」

 

その言葉と同時に、正面スクリーンが白く染まった。

ミネルバの左舷すれすれを巨大なビームが通過し、艦体が大きく揺れる。

 

「回避!」

「取り舵20!」

 

艦体が傾き、その直後には別方向から砲弾が飛来した。

 

「迎撃!」

 

ナイトハルトが火を噴き、続けてトリスタンとイゾルデも基地外縁部へ攻撃を始めた。

ミネルバの周囲から複数の砲撃が放たれ、月面に並ぶ砲台の一つへビームが直撃する。

 

「敵砲台1基に命中!」

「次、左前方!」

「トリスタン、照準! 撃て!」

 

再び光が走り、砲台の外殻が大きく吹き飛んだ。

だが、その奥にはまだ防殻が残っている。

砲身こそ一度傾いたものの、しばらくすると再び旋回を始めた。

 

「やっぱり硬い……!」

 

アーサーが声を漏らす。

 

月面基地の有人砲台は、内部の人員を一度の損傷で失わないよう複数の防殻に覆われている。

外装を破壊しただけでは完全に機能を失わないものも多く、1基を止めるために何度も攻撃を重ねなければならなかった。

 

しかも、その数が多い。

一つの砲台へ照準を集中している間にも別の砲台がミネルバへ向き、ミネルバが回避へ移れば今度はその先に別の火線が待っている。

 

「右舷前方、砲撃来ます!」

「回避しながら撃ち返して! 止まったら集中砲火を受けるわ!」

 

ミネルバが月面すれすれを旋回し、その周囲で無数の砲火が交差した。

1本のビームが艦首装甲をかすめ、警報が艦橋へ響く。

 

「右舷装甲に熱反応!」

「損傷軽微!」

「次が来ます!」

 

タリアは正面を睨む。

敵防衛隊を崩しても、基地そのものはまだ十分な火力を残していた。

たった1隻で敵本拠地へ踏み込むということが、どういう意味なのかを思い知らされるような砲撃だった。

 

その時、基地のさらに奥で新たな格納施設が開いた。

 

「新たな熱源!」

「敵増援か!?」

 

アーサーが身を乗り出す。

 

暗い格納庫から、黒い大型機が姿を現した。

通常のMSより遥かに大きい機体には2本の主腕があり、さらに背部と腰部から4本の補助腕が伸びている。

全身を覆う赤い鏡面装甲が陽光を不気味に反射していた。

 

セラの瞳が僅かに動く。

 

「ネメシス」

 

その後方から、さらに12機が月面へ浮かび上がった。

マンタを思わせる薄い機体に、背と翼を覆う鏡面装甲。

尾部から伸びる有線端末を備えた、バンパイアだった。

 

「新型機12! 大型機1!」

「セラが以前交戦した機体と一致します!」

 

メイリンが叫ぶ。

 

シンの表情が変わった。

 

「またあいつか……!」

 

ネメシスから通信が入る。

回線は最初からレギナントだけを狙っていた。

 

『L-31』

 

No.2の声だった。

感情の起伏は薄いが、その響きには僅かに面倒そうな色が混じっている。

 

『お前が戻らないから、こっちはいつまで経っても稼働率が下がらない』

「帰投する意思はありません」

『そうか。面倒だな』

 

それだけ言うと、ネメシスが一気に距離を詰めた。

同時に12機のバンパイアが左右へ広がり、それまでの防衛隊とは明らかに異なる隊形でミネルバ隊を包囲し始める。

 

シンはすぐにデスティニーを前へ出した。

 

「来る!」

 

バンパイアの1機が撃つ。

だが、ビームはデスティニーへ直接向かわず、僅かに右へ外れて飛んでいった。

 

「外した?」

 

そう思った瞬間、左側にいた別のバンパイアが発砲した。

ちょうどシンが回避しようとした方向だった。

 

「何っ!」

 

デスティニーが急停止する。

その下方から3本目の射線が伸び、シンは反射的に上へ逃げた。

ところが、その進路にも別の機体がすでに照準を合わせている。

 

シンは光の翼を大きく広げ、機体を強引に横へ捻った。

ビームが肩装甲のすぐ脇を通過する。

 

「こいつら……!」

 

レジェンドにも同じことが起きていた。

 

レイがビーム機動砲を展開した瞬間、バンパイア2機が別々の方向へ移動する。

1機がレジェンドへ射撃し、レイが回避へ入ると、もう1機がその移動先へ照準を合わせていた。

 

「予測しているのか」

 

レジェンドが急降下する。

そこへ尾部の有線端末が伸び、レイはビームサーベルでそれを弾いた。

 

「レイ!」

 

ルナマリアが援護射撃を送る。

だが、その直後にはインパルスの警告音が鳴り響いた。

 

「えっ!?」

 

正面のバンパイアはルナマリアを見ていない。

それでも、別方向へ回り込んでいた尾部端末がインパルスの背後へ迫っていた。

 

ルナマリアは機体を横へ滑らせ、伸びてきた光を辛うじて避ける。

 

「なんなの、こいつら!」

 

攻撃の正確さが、それまでとは違っていた。

 

ただ照準が正確なのではない。

こちらがどこへ逃げるのか、誰を援護しようとするのか、次にどの武器を使おうとするのか。

その動きを読んでいるように射線が重ねられ、12機が別々に動きながらも互いの攻撃をほとんど邪魔していない。

 

「セラ!」

 

シンが叫ぶ。

 

「こいつら、お前と同じ――」

「はい。Lシリーズです」

 

セラの返答は短かった。

 

その間にもネメシスが迫る。

補助腕が一斉に広がり、レギナントを挟み込むように振り下ろされた。

 

セラは機体を急上昇させる。

直前までいた場所をネメシスの腕が薙ぎ、さらに背後から3機のバンパイアが射撃を重ねてきた。

 

セラは横へ回避する。

その先にも別の射線が待っている。

 

警告が次々と増えた。

左右と後方、さらに上方からも同時に攻撃が迫り、回避可能な空間が急速に狭められていく。

 

「セラ、そっちは何機いる!」

 

シンが通信を入れる。

 

「ネメシス1機。バンパイア4機が私を追尾しています」

「4機も!?」

「残りも攻撃対象を変更中です」

 

シンは戦術表示へ視線を落とした。

 

その瞬間、デスティニーに鳴り続けていたロックオン警告が減った。

レジェンドの周囲でも同じことが起き、インパルスへ向けられていた射線も明らかに少なくなっている。

 

代わりに、レギナントの周囲へ光が集中していた。

 

複数のバンパイアがそれまでの標的を捨て、レギナントへ攻撃を切り替えている。

ネメシスもその中心へ踏み込み、セラの回避方向を塞ぐように補助腕を広げた。

 

「セラ!」

 

シンが息を呑む。

 

自分たちへ向けられていた攻撃まで、セラが引き受けている。

 

「照準の大半が私へ移りました」

「分かってる! だから戻れ!」

「問題ありません」

 

そう答えながら、レギナントは左右から迫るビームを紙一重でかわした。

続いて尾部端末が伸び、セラはドラグーンを1基だけ割り込ませて牽制する。

その直後にネメシスの主腕が振り下ろされ、赤い爪がスカート装甲の一部をかすめた。

 

装甲表面に火花が走る。

 

「セラ!」

「戦闘継続は可能です」

 

返答の間にも次の攻撃が来る。

 

だが、セラへ攻撃が集中したことで、シンたちの前には初めて大きな隙ができていた。

 

レイがそれに気づく。

 

「シン。今だ」

「……分かってる!」

 

デスティニーが反転する。

先ほどまで接近することすら難しかったウィンダムへ一気に距離を詰め、対艦刀を振り抜いた。

 

1機を斬り裂き、そのまま次の敵へ向かう。

レジェンドもビーム機動砲を残存する通常防衛隊へ集中させ、ルナマリアもインパルスの射撃で側面から援護した。

 

ネメア機による精密な牽制がなくなっただけで、戦況は大きく変わっていた。

 

ウィンダムではデスティニーの動きに追いつけない。

ザムザザーもレジェンドの多方向攻撃を完全には防ぎ切れず、デストロイも3機を同時に捕捉することができない。

 

それでも、基地砲台だけは止まらなかった。

 

デスティニーが敵機を斬った直後、そのすぐ横へ巨大なビームが突き刺さる。

シンは慌てて機体を退かせ、月面から吹き上がる破片を避けた。

 

「くそっ、邪魔だ!」

 

セラはその砲撃を見ながら戦術表示を確認した。

 

基地外縁部に並ぶ砲台の位置。

互いの距離。

砲塔の旋回方向と、外殻の形状。

 

作戦説明の時点では不足していた情報が、今は目の前に揃っている。

 

8基のドラグーンが一瞬だけ配置を変えた。

 

「シン」

「何だ!」

「3分間だけ、空間支配(クイーンズ・ウェブ)を解除します」

 

シンは考えるより先に答えた。

 

「分かった!」

 

セラなら何か考えている。

その信頼だけで十分だった。

 

「解除します」

 

月面を覆っていた可視レーザーが消え、8基のドラグーンが一斉にレギナントから離れていく。

 

「セラ、ドラグーンをどこへ――」

 

問いかけるより早く、ネメシスが突っ込んできた。

 

セラは返答せず、レギナントを大きく後退させる。

ネメシスはそのまま追撃し、周囲のバンパイアも一斉にレギナントへ向かった。

 

「セラ!」

 

シンが追おうとする。

 

「行くな、シン!」

 

レイの声が飛んだ。

 

「今は敵を減らせ!」

「でも!」

「セラが作った時間を無駄にするな!」

 

シンは一瞬だけ迷った。

その間にも、レギナントの周囲へネメア機の火線が集中している。

 

空間支配(クイーンズ・ウェブ)は展開してない。

ドラグーンは本体(セラ)の下から離れていた。

 

セラは自機の機動だけで、それを避け続ける。

 

右からビームが来る。

急停止してかわした直後、下方から別の射線が伸びる。

機体を反転させれば、その先へネメシスが踏み込み退路を塞ぐ。

 

セラは僅かな隙間へレギナントを滑り込ませた。

ネメシスの爪がスカート装甲をかすめ、続けて背後から飛んできたビームが外装を焼く。

 

警告が重なる。

 

それでもセラは攻撃へ移らなかった。

 

8基のドラグーンは戦場から離れ、それぞれ別の基地砲台へ向かっている。

 

最初の1基が砲台の真上へ到達した。

そのまま砲塔基部へ降り、装甲へ密着する。

 

別の1基も違う砲台へ取り付く。

やがて8基すべてが別々の砲台へ位置を取った。

 

「ドラグーン、基地砲台へ接近しています!」

 

メイリンが気づく。

 

「セラ、何をするつもり?」

 

返答はない。

 

ドラグーンの先端から小さなビーム刃が伸び、砲台の装甲へ押し当てられた。

 

一瞬では何も起こらない。

 

砲台はそのまま射撃を続ける。

 

だが、ビーム刃は同じ場所へ照射を続けた。

数秒が経つと装甲表面が赤く変色し、さらにその一点だけが白く輝き始める。

 

「長時間照射……?」

 

メイリンが表示を拡大する。

 

「同じ場所をずっと焼いてる……!」

 

セラが狙っていたのは砲塔の旋回部や給電設備との接続部、防殻が複雑に重なる継ぎ目だった。

砲台の真正面から厚い防殻を撃ち抜こうとしているのではない。

至近距離へ取り付き、動かずに同じ一点だけを焼き続けている。

 

十数秒後。

 

最初の砲台内部で閃光が走った。

外殻の隙間から高温のガスが噴き出し、その直後に砲身の旋回が止まる。

 

「敵砲台1基、沈黙!」

 

続いて2基目の内部でも光が走る。

さらに別方向で3基目が停止し、ミネルバ周辺へ向けられていた砲火が目に見えて減り始めた。

 

タリアが目を見開く。

 

「何をしたの?」

「レギナントのドラグーンです!」

 

メイリンが表示を追いながら答える。

 

「砲台の直上に取り付いて、ビームナイフを同じ場所へ照射し続けています! 外側から力任せに撃ち抜くんじゃなくて、防殻の継ぎ目を焼き切ってるんです!」

 

さらに1基、砲身が止まった。

少し離れた場所でも別の砲台が沈黙し、ミネルバの右舷側から飛んできていた砲撃が急速に減っていく。

 

「砲台反応、急減!」

「右舷側、ほぼ沈黙!」

「デスティニー周辺の砲台も次々と停止しています!」

 

タリアは戦術表示を見つめた。

 

作戦説明の時、セラが言っていた意味をようやく理解する。

 

砲台の配置を確認できれば、何とかなるかもしれない。

 

大火力で正面から破壊する必要はなかった。

防殻の弱い部分へドラグーンを直接送り込み、時間をかけて焼き抜けばよかった。

 

だが、そのためにセラが何をしているのかに気づき、タリアの表情が変わる。

 

「セラは?」

 

メイリンの視線が別の表示へ動いた。

 

「まだネメシスとバンパイアに追われています!」

 

正面スクリーンが切り替わる。

 

レギナントの周囲を、ネメシスと複数のバンパイアが取り囲んでいた。

セラは攻撃へ移らず、ただひたすら回避を続けている。

彼女を守る兵士(ドラグーン)はいない。

 

それでもネメア機の攻撃は一瞬も止まらなかった。

 

一度かわした先へ別のビームが飛び、そこから逃げれば尾部端末が追う。

さらにその移動先へネメシスが先回りし、補助腕で回避空間を削っていく。

 

セラの呼吸が次第に速くなる。

 

それでも、ドラグーンが戻るまでは耐えるしかなかった。

 

やがて最後の砲台からドラグーンが離れた。

8基が一斉にレギナントへ向かって戻り始める。

 

セラは短く息を吐いた。

 

空間支配(クイーンズ・ウェブ)、再展開」

 

再び可視レーザーが広がる。

 

ネメシスの進路。

バンパイアの位置。

尾部端末の軌道。

 

失われていた情報が一気に戻り、セラは迫っていたビームをかわしてネメシスの脇を抜けた。

そのままミネルバ隊へ向けて機体を加速させる。

 

一方、基地砲台の大半を失った第1防衛隊は急速に追い込まれていた。

 

「邪魔するなぁっ!」

 

デスティニーがウィンダムを斬り裂く。

 

レジェンドのビーム機動砲がザムザザーを四方から包囲し、陽電子リフレクターの死角へ射撃を集中させる。

防御を抜かれた大型MAは機体各所から火花を散らし、そのまま月面へ墜落した。

 

インパルスも残る敵機へ攻撃を続けている。

 

デストロイが胸部砲を撃つ。

 

ルナマリアは機体を大きく横へ振り、その火線をかわした。

直後、デスティニーがその横を駆け抜ける。

 

「シン!」

「こいつは俺がやる!」

 

デスティニーが巨体の懐へ飛び込んだ。

 

デストロイが腕を振る。

シンはその下を抜け、そのまま背後へ回り込んだ。

 

アロンダイトが振り抜かれる。

 

巨大な腕が根元から切断され、続く一撃が背部へ叩き込まれた。

内部から爆発が広がり、デストロイの上半身が大きく傾いて月面へ崩れ落ちる。

 

基地砲台の援護がなく、ネメア機による精密な牽制もない。

そうなれば、通常の防衛隊だけでデスティニー、レジェンド、インパルスの3機を止めることは難しかった。

 

ウィンダムが次々と撃墜され、残っていたザムザザーも沈黙する。

デストロイも1機ずつ動きを封じられ、最初に展開していた防衛線は完全に形を失っていた。

 

「第1防衛隊、戦力急減!」

「敵通常部隊、後退を始めています!」

 

アーサーが身を乗り出す。

 

「押してます!」

「まだよ」

 

タリアの目は、戻ってくるレギナントへ向いていた。

 

白い機体の動きが、先ほどまでとは違っている。

 

「セラ!」

 

シンが通信を開く。

 

レギナントはミネルバ隊へ戻ってきた。

だが、コクピットから聞こえてくる呼吸が明らかに荒い。

 

「はっ……はっ……」

 

セラは息を整えようとしている。

それでも、一度上がった呼吸はなかなか戻らなかった。

 

「おい、大丈夫か!」

「戦闘……継続は可能です」

「全然大丈夫そうに聞こえないぞ!」

 

メイリンもレギナントの状態を確認していた。

表示された数値を見て、その表情が曇る。

 

「セラ、生体電池系の高密度蓄電セル、残量が危険域です! さっきの空間支配(クイーンズ・ウェブ)と高機動戦闘で一気に減っています!」

「どれくらい残ってるんだ!」

「このまま同じ負荷を続けたら、長くは持ちません!」

 

シンがレギナントを見る。

 

「セラ、戻れ! 一度ミネルバに帰投しろ!」

「帰投はしません」

「何でだよ!」

「No.2を止められる可能性が最も高いのは私です」

 

返答はすぐだった。

 

「それに、現在私が戦線を離脱した場合、ネメア機13機がそちらへ戻ります」

「でも、お前がこのまま戦ったら――」

「もう一つあります」

 

セラが言葉を遮る。

 

視線は基地中央部へ向いていた。

 

ダイダロス基地の奥で巨大な構造物の一部が開き始め、同時に複数のエネルギー反応が急速に上昇している。

ほどなくして、メイリンの端末にも警告が表示された。

 

「高エネルギー反応!」

「場所は?」

「基地中央部……レクイエム関連施設と思われます!」

 

艦橋の空気が変わる。

 

タリアが正面を見る。

 

「発射準備?」

「断定できません。でも、エネルギー値が上がり続けています!」

 

第二射。

誰もが同じ言葉を思い浮かべた。

 

今度どこを撃つのかは分からない。

だが、もう一度撃たせるわけにはいかなかった。

 

セラがシンへ通信を送る。

 

「シン、バンパイア中隊の足止めを要請します」

「だけど……」

 

シンは、すぐには答えられなかった。

3分間だけウェブを解除すると言われた時には、ほとんど考えずに「分かった」と返せた。

だが今は、通信越しにセラの荒い呼吸が聞こえている。

レギナントの装甲にもいくつもの損傷があり、何よりシンは、自分たちが楽になった分だけ誰が攻撃を引き受けていたのかを見ていた。

 

「セラ……」

「No.2は私が対応します」

「それじゃ、またお前一人で――」

「シン」

 

タリアの声が通信へ入る。

シンが言葉を止めた。

 

「全機、聞きなさい」

 

タリアは戦術表示を見つめながら、短時間で各機の任務を組み直していた。

 

レクイエムの発射準備。

残存するバンパイア12機。

ネメシス。

そして限界へ近づいているセラ。

 

時間はない。

 

「デスティニー、レジェンドはバンパイア1個中隊を撃退しなさい。基地への増援を許さないこと」

「了解」

 

レイは即座に応じた。

タリアは続ける。

 

「インパルス」

「はい!」

 

ルナマリアの声が僅かに硬くなる。

 

「これより基地内部へ突入。レクイエムの管制施設を捜索し、発射を阻止しなさい」

「私一人で……」

 

一瞬だけ言葉が止まった。

 

正面には敵の本拠地がある。

内部にどれだけ敵が残っているのかも分からない。

 

だが、ルナマリアはすぐに操縦桿を握り直した。

 

「……了解。行きます」

 

タリアは最後にレギナントを見る。

 

「セラ」

「はい」

「ネメシスはあなたに任せる。ただし、ミネルバの防空圏から絶対に離れないこと」

「了解しました」

「無理に追う必要はないわ。こちらの援護が届く範囲で撃破しなさい」

「了解」

 

セラも即答した。

 

シンだけが、すぐには動かなかった。

 

バンパイア12機。

基地へ一人で入るルナマリア。

限界へ近づきながらNo.2と戦うセラ。

 

どちらも気になる。

 

だが、ここで止まっていれば何も守れない。

 

レイのレジェンドが先に動いた。

 

「シン、行くぞ」

「……ああ」

 

シンは一度だけインパルスを見る。

 

「ルナ」

「大丈夫よ」

 

ルナマリアは短く答えた。

 

次にレギナントを見る。

セラはすでにネメシスへ向き直っていた。

荒かった呼吸も、通信を切れば聞こえない。

 

それでも、シンには分かっている。

 

無理をしている。

 

「絶対に無茶するなよ、セラ」

「了解しました」

 

いつもの返答だった。

シンは奥歯を噛み、前を向く。

 

「レイ、行くぞ!」

「ああ」

 

デスティニーとレジェンドが加速した。

 

前方では、バンパイア12機が再び編隊を組み始めている。

インパルスは2機と別れ、ダイダロス基地の低い構造物へ向けて高度を落としていく。

 

レギナントはミネルバの前方へ残った。

 

その先にはネメシス。

No.2が待っている。

 

ミネルバの周囲では、なお残存砲台から散発的な砲火が上がっていた。

基地中央部のエネルギー反応も、今なお上昇を続けている。

 

誰にも余裕はなかった。

 

シンは向かってくるバンパイアを睨み、操縦桿を強く握った。

先ほどまでセラ一人が引き受けていた重圧を、今度は自分たちが受け持つ。

 

光の翼が大きく開く。

デスティニーはレジェンドと並び、12機のバンパイアへ正面から突っ込んでいった。

 

 

 

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