機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
デスティニーとレジェンドが、12機のバンパイアへ向かって加速していく。
ネメシスはそれを追おうとはせず、4本の補助腕も動かさないまま、2機が離れていくのを見送っていた。
レギナントも追撃には出ない。
セラはまだ息を整え切れておらず、通信には浅く速い呼吸が混じっているが、機体はネメシスへ正面を向け、いつ攻撃されても動ける姿勢を崩していなかった。
『L-31』
「はい」
『先に言っておく。今回は本気でやるつもりはない』
セラの表情は変わらなかった。
『さっきもそうだ。その気なら、もっと早くお前を追い詰められた』
「否定しません」
ネメシスの加速力は高い。
近接戦闘に特化して造られた機体だけに、瞬間的な加速ではデスティニーにも匹敵する。
そこへNo.2自身の神経接続による高機動が加われば、レギナントが純粋な速度だけで振り切ることは難しい。
先ほどの3分間も同じだった。
セラはネメシスとバンパイアの攻撃をかわし続けたが、それは相手から完全に逃げ切っていたという意味ではない。
「それでも、今回は撃破します」
セラが操縦桿を握り直す。
レギナントの両腕に備えられたヒートクローへ熱が集まり、爪の先端から基部までが赤く染まっていった。
「
ネメシスもそれに応じ、4本の補助腕をゆっくりと広げる。
2本の主腕に備えられた爪にも光が集まり、赤い輝きが徐々に強くなった。
『そうか』
『なら来い、L-31』
ネメシスが先に動いた。
一瞬で距離を詰める黒い機体へ、セラもレギナントを正面から加速させる。
白と黒の大型機が激突した。
レギナントの右腕が振り上げられ、ネメシスの主腕が正面からそれを迎え撃つ。
押し合った時間は僅かだった。
ネメシスの補助腕が側面から伸びると、セラは左腕でそれを払い、機体を半回転させながら右の爪を振り抜く。
No.2は機体を僅かに沈めて回避した。
レギナントの爪が頭部装甲のすぐ上をかすめ、その直後にはネメシスの主腕が腹部へ向けて突き出される。
セラは後退せず、身体を入れ替えるように機体を横へ滑らせ、攻撃を避けながら逆にネメシスの懐へ踏み込んだ。
再び爪がぶつかる。
両機の腕が目で追えないほどの速度で交差し、そのたびに赤い火花が白い月面へ散っていく。
距離を取ろうとすれば、もう一方がすぐに追う。
互いに射撃武器へ持ち替える余裕さえ与えず、両者は腕の届く距離を保ったまま激しい近接戦闘を続けていた。
レギナントの大きなスカート装甲が、横から迫る補助腕を弾く。
その反動を利用してセラは機体を捻り、右腕を下から振り上げた。
ネメシスが主腕で受けると、衝撃で2機が僅かに押し離されたが、どちらも間を置かずに再び前へ出た。
『そんな状態で、よくやる』
No.2の声が通信へ混じった。
セラは答えず、そのままネメシスへ踏み込む。
『さっきので、もうかなり使っただろ』
ネメシスの主腕が振り下ろされる。
レギナントは腕を交差させて受け止め、押し込まれる前に機体を横へ逃がした。
『近接戦闘は消費が大きい。特にその爪はな』
『また同じだ。動けなくなるまで使って、それからどうする』
「問題ありません」
『前もそう言っていたな』
4本の補助腕が上下左右からレギナントを挟み込む。
セラは上側の腕を右の爪で弾き、左から迫ったもう1本を機体の回転だけでかわした。
だが、その動きを待っていたようにネメシスの主腕が突き出され、レギナントの肩装甲へ浅い傷を走らせる。
『今度は本当に死ぬかもしれないぞ』
「戦闘を継続します」
セラは構わず踏み込んだ。
右、左、さらに右と連続して爪を振るい、ネメシスも主腕と補助腕を使ってそれらを受け止める。
セラの呼吸はまだ荒く、肩も僅かに上下していた。
それでも両腕の赤い爪だけは、一度も光を失わなかった。
*****
ミネルバの艦橋からも、2機の戦闘ははっきりと見えていた。
タリアは艦長席に座ったまま、正面スクリーンから目を離さない。
レギナントとネメシスはミネルバのすぐ前方で接近と離脱を繰り返しているが、実際にはほとんど距離が開いていなかった。
互いの腕が届く範囲を保ったまま、猛烈な速度で位置だけを入れ替え続けている。
「また接触します!」
メイリンの声とほぼ同時に2機が激突した。
赤熱した爪がぶつかり、火花が散る。
ネメシスの補助腕がレギナントの横腹へ伸びると、セラはそれを弾きながら前へ出て、逆に敵機の胸部へ爪を突き込もうとした。
No.2もそれをかわし、2機はそのまま互いの位置を入れ替える。
タリアは無意識に椅子の肘掛けへ力を込めた。
セラの戦闘をこれほど間近で見るのは、今回が初めてだった。
報告書には何度も目を通している。
レギナントがどれほど高い機動性を持ち、セラがどれほど特殊な操縦を行うのかも数値として把握していた。
だが、目の前で繰り広げられている戦闘は、報告書から受けた印象とはまるで違う。
荒々しく、激しい。
互いに一歩でも判断を誤れば、次の瞬間には機体を引き裂かれる。
そんな距離に留まりながら、セラは攻撃を止めようとしなかった。
「艦長……」
アーサーが何かを言いかける。
タリアは返事をせず、正面スクリーンを見つめ続けた。
援護射撃を命じてはいない。
2機の位置は目まぐるしく入れ替わり、ネメシスへ照準を合わせた時にはセラがその射線へ飛び込んでいる。
艦砲で援護しようとすれば、レギナントまで巻き込む危険が高かった。
「セラの生体反応は?」
メイリンはすぐに端末へ視線を落とした。
「まだ許容範囲です。でも、呼吸数は高いままです」
通信回線から、セラの息遣いが聞こえてくる。
苦しいとも言わない。
助けを求めることもない。
ただ浅く速い呼吸を繰り返しながら、それでもレギナントはネメシスへ攻撃を続けている。
メイリンは両手を固く握ったまま、レギナントの表示を見つめていた。
白い機体と黒い機体が再び正面からぶつかり、スクリーンいっぱいに火花が広がる。
「セラ……」
小さく漏れた声は、戦闘回線には届かなかった。
*****
デスティニーがバンパイアの編隊へ突っ込む。
先頭の1機がビームを撃ち、シンは機体を右へ滑らせて回避した。
射線はデスティニーの左側を抜け、そのまま月面の彼方へ消えていく。
「まただ……」
デスティニーは速度を落とさず、そのまま前へ出る。
狙われたバンパイアは後退し、左右にいた2機が援護射撃を加えたが、そのどちらもシンへ直撃する軌道ではなかった。
少し前までとは明らかに違う。
あの時は回避先を読まれ、そこへ別の射線が重なっていた。
避ければさらに次の攻撃が待ち、動けば動くほど逃げ道を奪われていた。
だが、今の攻撃にはその正確さがない。
「レイ!」
「ああ。見ている」
レジェンドも別のバンパイア2機と交戦していた。
敵機から放たれたビームを最小限の動きでかわし、レイはすぐに反撃へ移る。
だが、バンパイアは射撃を避けると必要以上に距離を取らず、一定の間合いを保ったまま再びレジェンドへ向き直った。
「こいつら、さっきより下手になったわけじゃないよな」
「そうは見えない」
シンは前方の1機を睨みつける。
「なら、なんで当ててこない!」
バンパイアは当然答えない。
デスティニーがさらに加速し、シンは背部からアロンダイトを引き抜いた。
両手で構えたまま一気に間合いを詰め、敵機を射程へ収める。
だが、振り下ろそうとした瞬間、左右から援護射撃が飛び込んできた。
「ちっ!」
シンは機体を捻り、2本のビームをかわす。
攻撃を中断せざるを得なくなった隙に、狙っていたバンパイアが再び距離を取った。
「またこれかよ!」
シンが追うと敵機も下がる。
だが、完全に逃げ去ろうとはしない。
一定の距離まで離れると速度を落とし、デスティニーが再び近づいてくるのを待っている。
シンが攻撃へ移れば、周囲の機体が射撃を加えてそれだけを阻止した。
撃墜を狙っているというより、追わせている。
シンが一度速度を落とすと、前を飛んでいたバンパイアも同じように速度を落とした。
「やっぱりだ」
「何がだ」
「こいつら、俺たちが来るのを待ってる」
レイも周囲へビーム機動砲を展開しながら、敵の動きを追う。
別方向から2機が接近して射撃を加えた。
レジェンドはそれを避けるが、やはり攻撃は僅かに外れている。
レイが反撃すると敵機はすぐに散開し、ビーム機動砲の射線から離れながら一定の距離を維持した。
シンは歯を食いしばる。
「当てられないんじゃない」
「ああ。外している」
レイの言葉に、シンも黙った。
バンパイアを操るのはLシリーズだ。
その攻撃の正確さは、先ほど嫌というほど見せつけられている。
回避先まで読み切って射線を重ねてきた相手が、突然まともに照準を合わせられなくなるはずがない。
「何なんだよ、こいつら……」
敵意がないわけではなかった。
近づけば射撃してくる。
攻撃を仕掛ければ、他の機体が確実に援護へ入る。
それなのに、こちらを仕留めるための一撃だけが来ない。
前方のバンパイアが、再びゆっくりと後退する。
まるで、ついて来いと言っているような動きだった。
「レイ」
「追いすぎるな。だが、ここで抜かせるわけにもいかない」
バンパイアを放置すれば、ミネルバやセラのいる戦場へ戻る可能性がある。
シンはアロンダイトを構え直し、敵機との距離を測った。
「分かってる」
デスティニーが再び前へ出ると、バンパイアもそれに合わせて距離を取った。
レジェンドも不用意に前へ出ないまま、敵の意図を警戒しながら後を追っていく。
*****
レギナントとネメシスが激突してから、すでに数分が経過していた。
両機の距離はほとんど変わらず、レギナントが爪を振ればネメシスが受け、補助腕が横から迫ればセラが機体を沈めるように下へ滑らせる。
そのまま敵機の下を抜けて背後へ回っても、No.2は即座に追従し、再び互いの爪が正面から噛み合った。
No.2は戦いながら、徐々に違和感を覚え始めていた。
『……おかしいな』
セラは答えない。
レギナントの右腕が振り抜かれ、ネメシスが主腕で受け止める。
続けて左から爪が迫り、今度は補助腕で弾く。
数分前から続いている動きなのに、攻撃の速度がほとんど落ちていなかった。
『L-31』
「はい」
『まだ動くのか』
「はい」
セラの呼吸は荒いままだった。
身体的な消耗までなくなっているわけではないことは、No.2にも分かっている。
だが、以前とは違う。
前に戦った時のL-31は、
生体電池系が底を突けば特殊制御を維持できなくなり、最後には搭乗者自身へ大きな負荷が返ってくる。
今回も、すでに同じ兆候が現れていておかしくない。
それなのに、レギナントが再び前へ出る。
No.2は主腕でその爪を受け止めたが、衝撃によってネメシスの巨体が僅かに押し下げられた。
すぐに補助腕で反撃しても、セラはそれをかわし、次の攻撃へ移る。
『……前とは違うな』
「はい」
『何をした』
「現在の
No.2が僅かに目を細める。
「近接戦闘技術は、私の方が上です」
『ずいぶん言うようになったな』
「事実です」
レギナントが踏み込む。
右の爪がネメシスの主腕へぶつかり、No.2が受けた瞬間にセラは左腕を下から振り上げた。
ネメシスが後退する。
あと僅かに反応が遅れていれば、胴体を切り裂かれていた。
セラはそのまま距離を詰める。
「このまま継続すれば、私が有利です」
No.2は、その言葉を聞いて初めて大きく距離を取った。
互いの爪が届かない位置まで離れ、レギナントを正面から見据える。
機体の外観に、大きな違いはない。
新たな大型装備が追加された様子もなく、今まで見たことのない武装も使っていない。
それでも、以前ならとっくに限界へ近づいていたはずのL-31が、まだ
そしてNo.2は、レギナントのさらに向こうへ視線を移した。
ミネルバがいる。
そこから、一本の光が伸びていた。
戦場の閃光へ紛れれば見落としてしまいそうな細い光線が、ミネルバからレギナントの背部へ向けて照射され続けている。
その光が背部の一角へ吸い込まれているのを見て、No.2はようやく違和感の正体を理解した。
『……なるほど』
セラは何も言わない。
ミネルバから伸びているのは、デュートリオンビームだった。
レギナントの背部には、ネロが最後に追加した改修の一つとして受信機が取り付けられている。
これによってミネルバから外部電力の供給を受け、生体電池系の消耗と、それに伴うセラへの負荷を大きく軽減できるようになっていた。
激しい近接戦闘を続けている以上、セラ自身の消耗まで消えるわけではない。
今も荒い呼吸が通信へ漏れている。
それでも、以前のように短時間で生体電池系が底を突き、
今のセラは、ミネルバと共に戦っていた。
No.2は僅かに口元を動かす。
『ミネルバか』
「はい」
『そういうことか』
ネメシスが構えを変えた。
それまで前へ出していた主腕を引き、4本の補助腕を機体の前へ広げて防御へ回る。
セラはその変化を見逃さなかった。
「攻撃を中止しました」
『ああ』
『続けるほど俺が不利になるなら、付き合う必要はない』
「逃走しますか」
『しない』
ネメシスはミネルバとレギナントの間へ割り込もうともせず、その場で防御姿勢を保った。
『お前の消耗がなくなったわけじゃない』
「はい」
『だったら、減るまで待てばいい』
セラの呼吸は今も速い。
デュートリオンビームによって生体電池系の負担が大きく軽減されても、セラ自身の疲労まで消えるわけではないことをNo.2も見抜いている。
無理に攻めず、防御しながら時間を使う。
セラが先に崩れるなら、その時に捕らえればいい。
ネメシスの補助腕が、レギナントの攻撃方向を塞ぐように広がった。
セラは構わず前へ出て右の爪を振るう。
No.2は受けるだけだった。
続けて左から攻めても、それも防御に徹して弾き返す。
「戦術を変更しました」
『そうだ』
「それでも、撃破します」
『やってみろ』
セラは再び攻撃を加える。
赤い爪がネメシスの防御へぶつかり、そのたびに火花が散った。
背後から伸びる細い光は途切れず、ミネルバは戦うレギナントへ力を送り続けている。
その時、ミネルバへ新たな通信が入った。
『こちらインパルス』
ルナマリアの声だった。
「ルナマリア、状況は?」
『レクイエムの発射口まで到達しました』
『現在、制御室と思われる区画を攻撃中です』
艦橋にいた者たちの表情が変わった。
タリアはルナマリアから送られてくる情報を確認しながら、正面スクリーンへ視線を戻す。
レギナントとネメシスは、今もミネルバの前で戦闘を続けている。
そのさらに奥では、ダイダロス基地のレクイエムが発射準備を進めていた。
残された時間がどれほどあるのかは、まだ誰にも分からなかった。