機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
機動要塞メサイアへ向かう輸送機の中で、シンは操縦桿を握りながら小さく欠伸を噛み殺した。
せっかく与えられた休暇だというのに、タリアとアーサーへ火急の招致命令が届き、その足を用意するために駆り出されたのだ。
もっとも、招致を受けたのは2人だけではない。セラも同行するよう求められており、後部座席にはタリアとアーサーに挟まれる形で静かに座っていた。
シン自身には何の命令も出ていないため、メサイアへ着けば仕事は終わるはずだった。
そのはずだったのだが。
「シン、あなたも来なさい」
着艦直後にタリアからそう言われ、結局シンも3人の後についてメサイア内部を歩くことになった。
「俺もですか?」
「ここまで来たんだから構わないでしょう。それに、帰りもあなたに操縦してもらうんだから」
「それはそうですけど……」
納得したようなしないような顔のまま、シンは一行の最後尾を歩く。
やがて案内された先は、デュランダルが使用する議長室だった。
扉が開くと、デュランダルはすでに室内で待っていた。
「急に呼び立ててしまってすまないね、艦長。副長も。それにセラも」
「いえ。ただ、火急の用件としか聞いておりませんが」
「ああ。その説明をする前に、会ってもらいたい人たちがいる」
デュランダルは扉の方へ目を向け、外で待機している者を入れるよう指示した。
しばらくして、2人の男が室内へ入ってくる。
1人は背が高く、鍛えられた体格の男だった。軍服ではないが、立ち姿には軍人を思わせる硬さがあり、彫りの深い顔にもほとんど表情が浮かんでいない。
もう1人は対照的に痩せた長身で、白衣を身につけていた。細い顔には薄い笑みがあり、室内の面々を観察するように視線を動かしている。
セラが2人を見た。
「主任。艦長」
その一言に、タリアとアーサーの表情が変わる。
シンも訝しげに2人を見た。
大柄な男が一歩前へ出る。
「バスク・グレイズ。特殊戦艦オルフェウスの艦長を務めています」
「ニキアス・シアンです。研究部門の主任をしております」
ニキアスも軽く頭を下げた。
2人はセラへ一瞬だけ目を向けたが、それ以上声を掛けることなく、すぐにタリアへ視線を戻す。
「我が社の
バスクの口調は落ち着いていた。
軍人に対する敬意は感じられるものの、相手を上位者として扱うような響きはない。
タリアは一瞬、意味を測りかねた。
「レギナントのことかしら」
ニキアスが愛想のよい笑みを浮かべ、セラへ視線を向けた。
「ああ、機体の方も弊社製ですね。ただ、今聞いたのはそちらではありません。L-31のことです」
シンの眉が動く。
「L-31は我が社の試作品ですが、後の量産型と比較しても高い性能を持っています。特にレギナントとの接続適性については、現在でも最上位に位置する個体です」
ニキアスの口調には、自社の技術を説明する研究者としての誇らしさがあった。
その言葉を聞きながら、アーサーはゆっくりとセラを見る。
彼らが言った製品とは、レギナントではない。
セラ自身のことだった。
「お前……」
シンが一歩前へ出かける。
「シン」
タリアの短い声で、その足が止まった。
シンは奥歯を噛みしめながら2人を睨むが、タリアの前でそれ以上は口にしなかった。
ニキアスはそんなシンへ顔を向けると、露骨なほど整った愛想笑いを浮かべた。
「これは失礼。どうも、こちらとは呼び方に違いがあるようですね」
「……そういう問題じゃないだろ」
「シン」
「分かってますよ、艦長」
不満を隠す気もないまま、シンは一歩下がった。
セラはそのやり取りを見ていたが、自分が製品と呼ばれたことには特に反応を示さなかった。
デュランダルが静かに口を開く。
「さて。紹介も済んだところで、本題に入ろうか」
バスクが頷いた。
「我々はネメア・インダストリアル。これまではロゴス傘下の企業として活動してきました」
「これまでは、ということは?」
タリアが問い返す。
「ロゴスとの関係を終わらせます。我々は今後、ザフト側との協力関係を望んでいる」
シンの顔が、今度は露骨に渋くなった。
「都合よすぎないか……」
小さな声だったが、室内には十分に届いた。
バスクは気にする様子もなく、タリアも今度はシンを咎めなかった。
「確かに、そう見えるでしょうね」
タリアはバスクを正面から見据える。
「これまでロゴスの傘下で兵器を開発し、私たちとも何度も戦ってきた。それがロゴスが追い詰められた途端にこちらへ付きたいと言われても、簡単に信用できる話ではないわ」
「信用を求めているわけではありません。こちらにも事情がある。それを説明した上で、互いに利益があるか判断してもらえばいい」
バスクは淡々と答えた。
「元々、ロゴスという軍産複合体は一枚岩ではありません。戦争が長く続き、兵器や軍需物資が売れ続けることを望む企業もある。だが、すべての企業が同じ市場を狙っているわけではない」
「我が社は比較的新しい会社ですからね」
ニキアスが後を引き取る。
「既存の大手企業と同じ兵器を作り、同じ顧客を奪い合うのは効率が悪い。ならば競合の少ない分野へ進出する方が利益になる。我々が基地防衛や局地戦、特殊用途を重視してきた理由はそれです」
平和を守りたいから防衛兵器を作った、という話ではなかった。
ただ新興企業として、既存の巨大企業と競合しにくい市場を選んだ。それだけの説明だった。
タリアはすぐには答えず、2人の話を聞いていた。
ネメア製のMSが優秀なのは、これまでの戦闘で十分に思い知らされている。
ヘブンズベースでもダイダロスでも、正面から敵を撃破するだけではなく、施設を守り、侵攻経路を塞ぐことに長けていた。
説明自体は、これまで遭遇してきた機体の性質とも一致している。
それでも、何かが足りなかった。
「でも、それだけなら今になってロゴスを離れる理由にはならないでしょう」
タリアの言葉に、バスクは僅かに顎を引いた。
「その通りです」
視線が一度だけセラへ向く。
「我が社の製品には、遺伝子操作によって製造した生体兵器が含まれている。ロード・ジブリール氏は、それをコーディネイターと同じものだと判断しました」
「……だから採用を拒否された?」
「少なくとも、今後大規模に採用される可能性は低いでしょう。主力兵器として使わない企業の傘下に残り続けても、我々にとって利益はありません」
バスクはそこで一度言葉を切った。
「あれらは人ですらないのに、妙なところに拘るものです」
室内から音が消えた。
アーサーが目を見開き、タリアの表情が硬くなる。
セラだけは何も変わらなかった。自分へ向けられた言葉を聞きながら、ただバスクを見ている。
「……今、何て言った」
低い声が響いた。
シンだった。
「シン」
「人ですらないって、誰のことだよ」
タリアが止めるより早く、シンがバスクへ詰め寄った。
「L-31を含む我が社の生体兵器です」
バスクは表情を変えない。
「ふざけるな!」
シンの怒声が議長室に響いた。
「セラは人間だ! お前らが勝手に作ったとか、製品だとか、そんなの関係ないだろ!」
「シン、やめなさい!」
「だってこいつら、セラの目の前で――! お前ら今までセラに何してきたと思ってるんだ!」
バスクは黙ったままシンを見ている。
ニキアスも先ほどまでの愛想笑いを消していたが、反論しようとはしなかった。
「警備!」
タリアの声で、扉の外にいた警備兵が入ってくる。
2人に両腕を押さえられても、シンはなおバスクたちを睨み続けた。
「離せよ! まだ話は――」
「シン・アスカ、退出しなさい!」
「艦長!」
「今すぐよ!」
シンはなお何かを言おうとしたが、警備兵に引かれて扉の外へ連れ出されていく。
扉が閉じる直前まで、怒鳴る声は廊下に響いていた。
セラは何も言わなかった。
ただ、閉じていく扉の向こうへ連れていかれるシンを、最後まで目で追っていた。
静けさを取り戻した議長室で、デュランダルが小さく息を吐く。
「話を戻そう」
タリアはまだ険しい表情をしていたが、デュランダルへ視線を戻した。
アーサーも落ち着かない様子で姿勢を正す。
「彼らが提示してきた条件は単純だ」
デュランダルは2人を見た。
「ネメア・インダストリアルという企業の存続を認めること。その代わりに、彼らはロード・ジブリールの身柄を我々へ引き渡す」
「……議長、それを?」
タリアの声に僅かな驚きが混じる。
「ああ。受け入れるつもりだ」
アーサーも思わず口を開いた。
「しかし、彼らはロゴス傘下の企業です。それに、これまで我々と何度も――」
「分かっているよ、アーサー」
デュランダルの声は穏やかだった。
「彼らが何をしてきたのかも、どのような兵器を作ってきたのかも、これから調べる必要はある。だが今、我々が優先しなければならないものは何か。それを見誤るつもりはない」
脳裏に浮かぶのは、レクイエムの光に呑まれたプラントだった。
ジブリールを再び取り逃がし、同じことを許すわけにはいかない。
そして今、自らが宣言したデスティニープランを進める上で、ネメア・インダストリアルという企業がどれほどの障害になり得るのか。
少なくとも現時点では、ジブリールの身柄と比較するほどのものではなかった。
「ロード・ジブリールを確実に拘束できるのであれば、この条件を拒む理由はない」
タリアはしばらくデュランダルを見つめていたが、それ以上は何も言わなかった。
デュランダルはバスクへ向き直る。
「ネメア・インダストリアルの存続については認めよう。条件通り、ロード・ジブリールの身柄をこちらへ引き渡してもらう」
「承知しました」
バスクは短く答えた。
隣ではニキアスが再び薄い笑みを浮かべている。
バスクの口元にも、僅かに満足げな色が見えた。