機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ネメア・インダストリアルとの協力関係が成立したという知らせは、ミネルバの乗員に少なからぬ衝撃を与えていた。
談話室の一角では、メサイアから戻ったシンを囲むようにルナマリアとメイリンが座り、つい先ほど聞かされた話をそれぞれ整理しようとしていた。
「理屈は分かるけど……昨日まで敵だった相手に、今日から協力しろって言われてもね」
ルナマリアはテーブルへ肘をつき、納得できない様子で息を吐いた。
「ヘブンズベースでもダイダロスでも、あいつらのせいで何度死にかけたと思ってるのよ」
「俺だって納得できないよ」
シンは吐き捨てるように答えた。
メサイアで実際にバスクとニキアスを目の前にし、セラを平然と「製品」と呼び、人ですらないと言い切った言葉がまだ耳に残っている。
メイリンは2人の話を聞きながら、膝の上で指を組んでいた。
「私……それより、セラにあんなことをしてきた人たちと一緒になるっていう方が嫌かも」
「俺は両方だよ」
シンは背もたれから身体を起こす。
「セラをあんなふうに言う連中と、何で俺たちが……」
「シン」
ルナマリアに名前を呼ばれ、シンはそこで口を閉じた。
言ったところで決定が覆るわけではない。ネメア・インダストリアルの存続を認め、協力関係を結ぶことは、すでにデュランダル自身が決めている。
「……分かってるよ。俺たちが納得できないって言ったって、どうにもならないことくらい」
苛立ったまま背もたれへ身体を預ける。
ルナマリアもそれ以上は何も言わず、メイリンも俯いたまま黙り込んだ。
しばらくして、ルナマリアが静かに口を開いた。
「艦長は?」
「……何も言ってなかった」
シンの返事は短かった。
だが、メサイアから戻るまでのタリアの様子を思い出せば、何も感じていないはずがないことくらい分かる。
ルナマリアが僅かに目を伏せ、メイリンも口を閉じた。
自分たち以上にこの決定を受け入れられない人物がいることを思えば、これ以上不満を並べる気にはなれなかった。
*****
ミネルバの艦長室で、タリアは机上端末に表示された命令書を見つめていた。
表情こそ普段と変わらないが、その内側には押さえ込んだ苛立ちが燻り続けている。
ネメア・インダストリアルとの協力。
事情だけを取り出せば、デュランダルの判断は理解できた。ロード・ジブリールの身柄を確保できるのであれば、企業ひとつの存続を認めることは政治的にも軍事的にも十分に釣り合う。
もし自分が当事者でなかったなら、同じ判断を支持していたかもしれない。
だが、ミネルバは何度もネメアの兵器と戦ってきた。
そのたびに乗員は命を危険に晒され、あと一歩間違えば帰ってこられなかった者もいる。その事実まで、今日から協力相手になったという一言で消えるわけではない。
そして何より、彼らがセラへ向けた態度が許せなかった。
これまで身を削り、何度傷ついてもミネルバを守ろうとしてきた少女を、彼らは何の迷いもなく製品と呼んだ。
人ですらないという言葉にも悪意はなかったのだろう。だからこそ、タリアには余計に腹立たしかった。
「まったく……」
誰に聞かせるでもなく呟き、タリアは端末から視線を逸らした。
だが、胸に残っているものはそれだけではない。
メサイアでデュランダルから告げられた、もう一つの決定。その内容を聞いた時、すぐに賛同することはできなかった。
以前の彼なら、このような手段を選んだだろうか。
そんな疑問が何度も浮かぶ。
けれど同時に、レクイエムの光に呑まれたプラントと、そこで失われた多くの命も頭から離れなかった。
あれほどの犠牲を目の当たりにして、それでも何も変わらずにいられる者がどれだけいるのだろう。
デュランダルが変わったのだとしても、彼をそこまで追い込んだものが何なのかをタリアは知っている。
だからといって納得できるわけではない。それでも、彼だけを責める気にもなれなかった。
艦内通信が鳴り、出航準備完了の報告が届く。
「了解。予定通り出るわ」
短く返答すると、タリアは端末を閉じて立ち上がった。
やがてミネルバはダイダロス基地のドックを離れ、月面上空へと浮上した。
任務はアルザッヘル方面から予想される敵艦隊の襲撃に備え、ダイダロス基地を防衛することとされている。
だが、迎撃任務に就く艦隊としては、その配置には妙なところがあった。
敵の進路を塞ぐはずの艦艇は前面へ厚く展開せず、MS部隊も即座に迎撃へ出られるほど密な陣形を組んでいない。
それでも、誰も配置の変更を求めなかった。
戦いが始まる。
少なくとも、表向きはそういうことになっていた。
*****
月面、アルザッヘル基地司令部。
大型モニターには、基地周辺へ集結した艦艇とMS部隊の配置が映し出されていた。
司令席の近くでは、金髪を整えたやや恰幅のある男が椅子へ深く腰を掛け、基地司令からの報告に耳を傾けている。
大西洋連邦大統領、ジョゼフ・コープランドだった。
「ダイダロスで失った装備の補充は、ほぼ完了しています。地球からの増援も順次到着中です」
基地司令が戦力表を更新する。
「現在、戦闘艦8隻、中型輸送艦5隻、大型輸送艦5隻。MSは160機を超えました。予定通り増援が到着すれば、数日後にはこの倍近い戦力を揃えることも可能です」
コープランドは表示された数字をしばらく眺めた。
「数日後、かね」
「はい。より確実を期すのであれば、増援の到着を待つべきかと」
基地司令の進言に、コープランドは僅かに眉を寄せた。
「いや、それでは遅いだろう。ダイダロスを奪った以上、ザフトとて我々がここで何をしているかくらいは考える」
「では……」
「準備が整っている部隊から、直ちに作戦行動へ移りたまえ」
基地司令が表情を引き締める。
「現在の戦力でダイダロスを?」
「このまま敵が待っていてくれる保証があるというのかね。向こうも増援を送れる以上、時間を与えるほど我々が不利になるだけなのだよ」
「……了解しました。全艦隊へ出撃命令を出します」
「頼む。我々にはもう、後手に回っている余裕はない」
命令はすぐに基地全域へ伝えられた。
戦闘艦8隻を先頭に、中型輸送艦5隻と大型輸送艦5隻が次々と月面を離れていく。
格納された機体を含め、160機を超えるMS戦力がダイダロス奪回のため動き始めた。
先行する戦闘艦が高度を上げ、後続の輸送艦がそれに続く。
アルザッヘル基地周辺には無数の推進光が並び、巨大な艦隊がゆっくりとひとつの方向へ流れ始めていた。
目指す先はダイダロス。
そこにあるレクイエムを奪い返し、失われつつある戦局を再びロゴス側へ引き戻すために。
基地司令部では、出撃を終えつつある艦隊の表示をコープランドが見つめていた。
「先行艦、予定航路へ移行しました」
「輸送艦群も順次離脱。全艦、異常ありません」
「そうか。なら――」
その時だった。
モニターの一部が、突然白く染まった。
「……何だ?」
誰かが呟く。
直後、複数の警報が重なって基地司令部に鳴り響いた。
「高エネルギー反応!」
「方位、ダイダロス!」
「これは……!」
基地司令の顔から血の気が引いた。
コープランドが立ち上がる。
「まさか……これは……!」
答えが返るより早く、月面の彼方が白く輝いた。
ダイダロスから放たれた巨大な光が宇宙を貫き、アルザッヘルへ向かって一直線に迫る。
すでに基地を離れていた戦闘艦も、その後方を進む輸送艦も、回避行動へ移る時間さえ与えられなかった。
最初に先頭の艦が光へ呑み込まれた。
その船体が爆発する暇もなく輪郭ごと消え、続く艦艇も次々と白い奔流の中へ沈んでいく。
基地から離れつつあった多数の艦艇も、搭載された160機を超えるMSも、広がり続ける光の前ではどうする事もできなかった。
そして、その先にアルザッヘル基地。
司令部のモニターがすべて白く染まる。
警報も、叫び声も、その直後には何も残さず。
レクイエムの光は艦隊を呑み込み、基地を呑み込み、周辺に築かれていた軍事施設ごと月面を焼き払った。
巨大な爆光が収まった時、そこにアルザッヘルと呼ばれていた軍事拠点の姿は、もうどこにも残っていなかった。