機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
格納庫。
白い機体の周囲には、多くの整備員が集まっていた。
先の戦闘から数日。
未知のモビルスーツ、レギナントの解析は続いている。
だが、作業は難航していた。
「やっぱり分からん……」
整備主任が、頭を掻く。
外から見える範囲であれば、武装や推進装置から、ある程度の性能は推測できる。
大型スカート状の装甲。
多数のドラグーン。
特徴的な腕部構造。
そのどれもが異質ではあるが、まだ機械として理解できる範囲にあった。
問題は、コクピットだった。
医療班の報告により、神経接続回路の存在自体は判明している。
だが、それがどのような条件で展開されるのか。
どう収納するのか。
どの系統と連動しているのか。
詳細が、ほとんど分からない。
まるで、操縦者以外が触ることを想定していない設計だった。
「主任」
若い整備員が声を上げる。
「このコンソール、反応があります」
「どれだ」
表示されているのは、識別コードだけだった。
意味は分からない。
整備主任は眉を寄せる。
「……慎重に開いてみろ」
「はい」
若い整備員が、指示された項目を選択した。
次の瞬間。
――バチン!
「うおっ!?」
全員が飛び退いた。
コクピットの内部で、何かが一斉に展開する音が響く。
首筋。
肩。
脊椎。
腰。
座席の周囲から、細長い接続針が突き出していた。
数十本の針が、白い機体の腹の中で、静かに獲物を待っている。
まるで、白い蜘蛛の胎だった。
「だから勝手に触るなと言っただろ!」
「そんなぁ……主任が開いてみろって言ったんじゃないですかぁ!」
「慎重にと言った!」
整備主任の怒鳴り声に、若い整備員が情けない声を上げる。
だが、責め切ることはできなかった。
誰も、この機体の作法を知らないのだ。
整備主任は、展開された接続針を睨みつける。
むやみに触れば、また何が起きるか分からない。
結論は1つだった。
「これじゃ解析できん……。操縦者を呼べ」
*****
数十分後。
武装警備員に囲まれたセラが、格納庫へ入ってきた。
「セラ!」
その姿を見つけたメイリンが、真っ先に声を上げる。
その呼び方に、周囲の何人かがわずかに反応した。
まだ艦内で定着した呼称ではない。
だが、メイリンだけは、もう自然にその名を使い始めていた。
ルナマリアがため息を吐く。
「また来たの?」
「面白そうだったから」
「あなたね……」
シンも苦笑する。
だが、彼自身も興味を隠せていなかった。
レイも無言で後ろに立っている。
止める気はないらしい。
整備主任は、セラの前へ進み出た。
「お前が、この機体の操縦者だな」
「はい」
あまりにも幼い。
その事実に、整備主任は改めてわずかに顔をしかめる。
だが、正式に連れてこられた以上、疑う余地はない。
「まず話を聞きたい」
整備主任は、白い機体を見上げる。
「この機体の名前は何だ」
「レギナントです」
即答だった。
整備班が顔を見合わせる。
「レギナント?」
「はい。運用機体名称です」
「意味は分かるか」
「記録上では、女王と支配者を意味する語を合成した名称とされています」
メイリンが小さく瞬きした。
「あ……ちゃんと意味があったんだ」
整備主任は、端末にその名を入力する。
「お前が付けたんじゃないのか」
「命名権限はありません」
あまりにも当然のように返され、整備主任は言葉を詰まらせた。
機体には名前がある。
だが、操縦者だった少女には名前がなかった。
その事実が、格納庫の空気を一瞬だけ重くする。
整備主任は咳払いをした。
「……そうか。なら、レギナントで登録する」
それから格納庫は、即席の説明会になった。
設計思想。
武装。
基本スペック。
整備主任から次々と質問が飛ぶ。
セラは、そのほとんどに短く答えた。
「ドラグーンは8基です」
「主用途は牽制、誘導、進路制限」
「照射光は省電力で、長時間の使用が可能です」
「ビーム残量が低下した状態でも、威嚇と誘導には使用できます」
整備員たちが、慌ただしく記録を取る。
「基本武装は?」
「ビームスプレーガン」
「腕部は?」
「近接用の発熱爪を内蔵しています」
「発熱爪?」
「捕縛、切断、装甲破壊用です」
淡々とした説明だった。
そこに誇張はない。
自慢もない。
だが、質問された内容に対して、セラは正確に返答する。
新米整備員たちは、次第に驚いた顔になっていった。
ラクス・クラインに似た重要機密の少女。
捕虜。
営倉で管理される存在。
そんな認識の上に、別の印象が重なっていく。
彼女は、確かにこの機体の操縦者なのだ。
やがて一同は、問題のコクピットへ移動した。
整備主任が、展開された接続針を指す。
「問題はこれだ。収納方法が分からん」
「搭乗者認証が必要です」
セラはコクピットへ近づき、数回コンソールを操作した。
小さな駆動音。
突き出していた接続針が、1本ずつ静かに収納されていく。
整備班から、安堵とも驚きともつかない息が漏れた。
「本来は、搭乗者認証後に操作可能となります」
「なるほどな……。そりゃ外から触っても分からんわけだ」
整備主任が頭を抱える。
その横から、シンがコクピットを覗き込んだ。
「でさ」
「はい」
「これ、何なんだ?」
「神経接続回路です」
「神経接続?」
セラは頷く。
「レギナント運用時に使用します」
「神経信号を機体へ直接伝達し、反応速度を促進します」
「通常操縦との差は約37%です」
「37%だって!?」
シンの目が大きくなる。
「そんなに上がるのか?」
「はい。理論値ではありません。実測値です」
その数字は、パイロットにとって魅力的すぎた。
反応速度が37%上がる。
それが本当なら、戦闘の生存率も、攻撃の成功率も、まるで変わる。
シンは思わず身を乗り出した。
「へえ……そんなに性能が上がるなら、インパルスにも付けてくれよ」
軽い口調だった。
純粋な興味。
純粋なパイロットとしての発想。
強くなれる方法があるなら、試してみたい。
それだけだった。
ルナマリアが呆れた目でシンを見る。
「またそういうこと言って……」
「だって37%だぞ」
「数字だけ見ないの」
メイリンも苦笑する。
だが、セラは真面目に答えた。
「推奨しません」
「なんで?」
「神経接続適性が必要です」
そこで、整備主任が割って入った。
「お前、何も聞いてなかったのか」
「え?」
「いや、今の説明だけじゃ分からんか……」
整備主任は、医療班から渡されていた資料を取り出した。
「いいか。神経接続ってのはな、本来は事故や戦争で手足を失った人間のための技術だ」
「義手や義足を動かすために開発された代物だ」
シンたちは黙って聞く。
整備主任は資料をめくりながら続けた。
「普通は専用の処置を受ける。体内に送受信装置を入れて、痛みも最小限になるよう調整される」
「体表インターフェースを使う方法もある。どちらにしろ、使う人間を守るための仕組みがある」
そこまでは、主任の声もまだ平静だった。
だが、次にコクピットを指した時、その顔は険しくなっていた。
「だが、こいつは違う」
「直接刺してる」
「受信装置もない。保護処置もない。生身だ」
シンの表情が変わる。
「直接って……痛くないのかよ」
整備主任は、短く息を吐いた。
それは、どう説明すれば伝わるのかを探すような間だった。
「痛い、で済む話じゃない」
低い声だった。
「医療班の見解では、1本でも刺さった瞬間に激痛で悲鳴を上げてもおかしくない」
「痛みで失神しても不思議じゃないそうだ」
ルナマリアが息を呑む。
「そんなに……?」
「ああ」
主任は頷く。
「神経に直接触るんだ。骨折や火傷とは種類が違う」
「痛みが走るんじゃない。身体の中の線を、無理やり引き抜かれるようなものだ」
「場合によっては、痛みだけで済まない。接続のたびに神経を傷つける。脳が処理しきれなければ、意識が飛ぶ。最悪、後遺症が残る」
格納庫から、工具の音が消えていた。
主任は、言いにくそうに続ける。
「医療班は、戦闘のたびに拷問を受けているのと変わらない、と言っていた」
「それも、機体を動かすための手順としてだ」
誰も笑わなかった。
誰も、冗談にできなかった。
そして、主任は最後の数字を告げた。
「この機体は、それを36本使う」
誰も言葉を発せなかった。
シンでさえ、声を低くして聞き返す。
「……36本?」
「36本だ」
沈黙。
全員の視線が、セラへ向く。
その視線を受けて、セラは首を傾げた。
「起動に必要なプロセスですが」
声は変わらない。
まるで、電源を入れる手順でも説明するように、淡々としていた。
「お前……」
シンが呟く。
「平気なのか」
「平気?」
セラが問い返す。
「激痛を伴います。ですが、それが操作手順です」
即答だった。
その言葉は、格納庫の空気をさらに冷やした。
痛みに耐えている、ではない。
我慢している、でもない。
怖いけれど必要だから受け入れている、ですらない。
彼女は、それを手順として覚えていた。
警告灯を確認する。
認証を通す。
接続針を受け入れる。
痛みが来る。
それでも起動する。
その一連を、機械の起動確認と同じ場所に置いている。
不思議そうに、セラは周囲を見る。
なぜその確認が必要なのか分からない、という顔だった。
その時、セラの姿勢がほんの少しだけ変わった。
背筋が、わずかに伸びる。
本当にかすかに。
だが、そこには誇らしさのようなものがあった。
「神経接続適性については、研究所において最高水準との評価を受けています」
「Lシリーズの中でも、最上位評価でした」
全員が、彼女を見た。
「それって、どのくらいすごいの?」
メイリンが、思わず尋ねた。
セラは少し考えた。
比較対象を探すように、視線がわずかに下がる。
そして、淡々と答える。
「適性が確認された同系列個体では、3本程度でした」
「高適性の個体で、6本程度です」
格納庫の空気が止まった。
3本。
高くても6本。
そして、レギナントは36本。
シンが、掠れた声で呟く。
「……じゃあ、お前は」
「36本の同時接続に適合しています」
セラはそう答えた。
「これ、適合できなかったらどうなるの?」
メイリンが、青ざめた顔で尋ねる。
セラは少し考えた。
言葉を選んでいるというより、該当する分類を探しているようだった。
「軽症の場合は、失神後に復帰可能です」
「重症の場合は、最悪、接続信号が脳へ逆流して再利用不可となります」
誰も、すぐには意味を飲み込めなかった。
「……再利用不可って」
ルナマリアの声が、わずかに震える。
セラは首を傾げる。
「個体としての運用継続が不可能という意味です」
その顔には、微かな変化があった。
笑みと呼ぶには薄い。
だが、確かに、どこか誇らしげだった。
整備主任が顔をしかめる。
「……それ、今言っていいやつなのか」
「?」
セラは首を傾げる。
「開示制限対象ですか」
「いや、俺に聞くな」
主任が額を押さえる。
誰もすぐには言葉を返せない。
シンは拳を握り締めた。
さっきまで、自分は言っていた。
インパルスにも付けてくれよ。
37%。
その数字だけを見ていた。
速く動ける。
反応できる。
勝てるかもしれない。
それだけを見ていた。
だが、その数字は、セラの身体に36本の針を刺すことで得られていた。
痛みを越えた先にある性能ではない。
痛みを部品として組み込んだ性能だった。
シンは、喉の奥が詰まるような感覚を覚えた。
自分は今、何を欲しがったのか。
ルナマリアは視線を伏せる。
整備員たちも表情を曇らせている。
レイは黙ったまま、セラを見ていた。
メイリンだけが、少し困ったような顔でセラを見つめていた。
セラは不思議そうに周囲を見回す。
なぜ皆が黙るのか、理解できない。
激痛を伴う。
それでも操作手順。
適性が高い。
だから評価された。
彼女の中では、きっとそれだけなのだ。
痛みを嫌がるという選択肢も。
起動を拒むという選択肢も。
誰かに止めてほしいと願う選択肢も。
最初から、与えられていない。
与えられていたのは、白い機体の餌として差し出される運命だけだった。
だが、その理由をどう説明すればいいのか。
この場にいる誰にも、分からなかった。
重い沈黙だけが、格納庫に残されていた。