機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
格納庫。
白い機体の周囲には、多くの整備員が集まっていた。
先の戦闘から数日、未知のモビルスーツの解析は続いている。
だが作業は難航していた。
「やっぱり分からん……」
整備主任が頭を掻く。
外から見える範囲で武装や、推進装置からある程度のスペックは予想がつく。
問題はコクピットだった。
医療班の報告により、神経接続回路の存在自体は判明している。
しかしそれがどのような条件で展開されるのか。
どう収納するのか。
何のためにあるのか……詳細が分からない。
まるで操縦者以外が触ることを想定していない設計だった。
「主任」
若い整備員が声を上げる。
「このコンソール、反応があります」
「どれだ」
表示されているのは識別コードのみ。
意味は分からない。
「開いてみろ」
整備員がスイッチを押した。
次の瞬間。
――バチン!
「うおっ!?」
全員が飛び退く。
次の瞬間、コクピットではとんでもない光景になっていた。
首筋、肩、脊椎、腰。
各所から細長い接続針が飛び出していた。
「だから勝手に触るなと言っただろ!」
「そんなぁ…主任が言ったんじゃないですかぁ」
主任が怒鳴り声に新人が情けない声を出す。
だが責めることはできない。
誰も分かっていないのだから。
この惨状を見た結論は一つだった。
「これじゃ解析できん……。操縦者を呼べ」
******
数十分後。
武装警備員に囲まれたセラが格納庫へ入る。
「セラー!」
その姿を見つけたメイリンが真っ先に駆け寄った。
ルナマリアがため息を吐く。
「また来たの?」
「面白そうだから」
「お前なぁ……」
シンも苦笑する。
だが彼自身も興味津々だった。
レイも無言で後ろに立っている。止める気はないらしい。
整備主任はセラの前へ進み出た。
「お前が操縦者だな」
「はい」
搭乗者のあまりの幼さに半信半疑だったが、正式に連れてこられたのだ。
それを信じるしかない。
「まず話を聞きたい」
主任は白い機体を見上げる。
「この機体の名前は何だ」
「レギナントです」
即答だった。
整備班が顔を見合わせる。
「レギナント?」
「はい、運用機体名称です。
「あ…そうだったんだ」
ちゃんと意味があったのかとメイリンが感嘆する横で、主任がその名前を端末へ入力する。
「お前が名前をつけたのか。そいつぁコイツも喜んでるだろうよ!」
整備主任はニカッと笑いながらセラに言った。
その後。
格納庫は即席の説明会になった。
設計思想、武装、基本スペック。
「ドラグーンは8基搭載してます。可視レーザーは省電力のため長時間照射可能。
ビームのエネルギーが切れた状態でも威嚇として使えます」
「ほう、ほかに武装は?」
「基本武装はビームスプレーガンを装備。短時間照準可能で、
発射後の再充填も短いのが特徴です。腕部にも――」
整備主任から次々と質問が飛ぶ。
セラはそれに即答する。
そんな新米整備員達は驚いていた。
ラクス・クラインに似た重要機密の少女、捕虜――そんな認識は既に薄れつつあった。
確かに彼女はこの機体の操縦者だ。
そして一同は、問題のコクピットへ移動する。
「この針だ。収納方法が分からん」
セラはコクピットへ近付き、数回コンソールを操作する。
瞬間、接続針は静かに収納された。
整備班から溜め息が漏れる。
「本来は搭乗者認証のプロセスが必要です」
「なるほどな……」
主任が頭を抱えた。
「でさ――」
シンがコクピットを覗き込む。
「これ何なんだ?」
「神経接続回路です」
「神経接続?」
「はい、レギナント運用時に使用します」
セラは淡々と説明を続ける。
「神経信号を機体へ直接伝達して反応速度を促進します。通常操縦との差は約37%です」
「37%だって!?」
シンの目が目を大きく輝かせる。
「そんなに上がるのか?」
「はい。理論値ではありません。実測値です」
シンの顔が輝いた。
「へぇ! そんなに性能上がるならインパルスにも付けてくれよ!」
軽い口調だった。
純粋な興味。
純粋なパイロットの発想。
ここまで上がるなら当然の発想だ。
誰でも強くなれるなら欲しいと考える。
ルナマリアが呆れた目でシンを見る。
「またそういうこと言って……」
メイリンも苦笑する。
だが、セラは真面目に答えた。
「推奨しません」
「なんで?」
「神経接続適性が必要です」
そこで整備主任が割って入った。
「お前、何も聞いてなかったのか」
「え?」
「艦長指示により機密に関わるため開示は制限されています」
「いや、そこは機密事項に含まれてないがな…」
「?」
シンが首を傾げる。
主任は医療班から渡された資料を取り出した。
「いいか。神経接続ってのはな、本来は事故や戦争で手足を失った人間のための技術だ。
義手や義足を動かすために開発された代物だ」
シン達が黙って話を聞く。
主任は腕をまくりながら話を続けた。
「普通は専用手術を受ける。体内へ送受信装置を埋め込んで痛みも最小限になるよう調整される」
そこまで話すまでは主任も穏やかだった。
だがその顔がみるみると険しくなっていく。
主任を指がコクピットの方を差す。
「だがこいつは違う。直接刺してる。
受信装置もない。保護処置もない。生身だ」
シンが怪訝そうな顔になる。
「直接って…痛くねぇのかよ」
「医療班の見解では一本でも刺したとたんに激痛で悲鳴を上げても不思議じゃない。
――痛みで失神してもおかしくない」
ルナマリアが息を呑む。
「そんなに……?」
「ああ」
主任は頷く。
「神経に直接触るんだ。骨折や火傷とは種類が違う
神経を焼かれるような激痛らしい」
格納庫が静まり返る。
そして主任は最後の一文を告げた。
「この機体はそれを36本使う」
誰も言葉を発せなかった。
シンでさえ声を震わせて聞き返す。
「……36、本?」
「36本だ」
沈黙。
全員の視線がセラへ向く。
その視線にセラは首を傾げる。
「起動させる必要なプロセスですが」
その声だけは変わらない。
まるでテレビを見るのにスイッチを押す説明を今更説明されるように淡々としていた。
「お前……」
シンが呟く。
「平気なのか」
「?? 激痛を伴います。ですがそれが操作手順です」
即答だった。
不思議そうに彼らを見つめながら。
そしてその時、セラの姿勢が少しだけ良くなった。
ほんの少しだけ、本当に僅かに。
誇らしげに胸を反る。
「この神経接続適性については、研究所において最高水準との評価を受けています」
全員が彼女を見つめる。
「Lシリーズの中でも最上位評価でした」
「いやお前…そっちが機密事項…」
その顔には微かに、だが確かに笑みがあった。
誰も言葉を返せない。
シンは拳を握り締める。
先ほどまで
――インパルスにも付けてくれ
そう言っていた自分を思い出していた。
「37%……」
その数字だけを見ていた。
だが、その代償はあまりにも重い。
ルナマリアは視線を伏せる。
整備班も表情を曇らせる。
レイも黙ったままだった。
そして、メイリンはどこか困ったような顔でセラを見つめていた。
セラは不思議そうに周囲を見回す。
なぜ皆が黙るのか理解できない。
だが、その理由を説明できる者もまた。
この場には誰一人としていなかった。
重い沈黙だけが納庫に残されていた。