機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
戦闘宙域へ高速で接近してくる機影を捉えた瞬間、セラは正面の敵から意識を外さないまま、その反応だけを戦術表示へ重ねた。
この状況で戦闘中の宙域へ向かってくる者は限られている。敵か、味方か。そのどちらなのかを確かめるために、識別信号を待つ必要はなかった。
フリーダムの動きが僅かに乱れ、同時に黄金のMSもレギナントから距離を取り、新たな反応の方向へ機体を向けようとする。
予定された援軍なら、あの反応にはならない。少なくともアークエンジェル側の増援ではないと判断した直後、デブリの奥から巨大な機影が飛び出した。
赤黒い装甲に包まれた、レギナントをさらに上回る巨体。その機体からは2本の主腕が伸び、その周囲には4本の補助腕が折り畳まれている。
さらに後方には、マンタを思わせる薄い機影が4機、ほとんど間隔を乱すことなく追従していた。
セラはその大型機を見つめた。
「No.2」
平坦な声だった。驚きも安堵も感じられない、いつもの報告とほとんど変わらない声だったが、ネメシスのコクピットにいるNo.2は小さく眉を動かした。
「随分、機嫌が悪そうだな。L-31」
ネメシスは速度を落とすと、レギナントの隣へ滑り込む。フリーダムと黄金のMSもすぐには前へ出ず、突然現れた5機を警戒して距離を取った。
セラはNo.2の言葉には答えず、必要なことだけを告げる。
「助勢を要請」
「断る」
「理由を」
「俺の任務はこの宙域の警戒と、こちらに対する脅威への対処だ。ザフトの敵を一々追い回して撃墜することじゃない」
苛立ちを隠そうともしない声だった。
「ただでさえお前が余計なことをするたびに、こっちの仕事まで増えてる。これ以上、俺に負担をかけるな」
「現在、レイと私だけでは戦力が不足しています」
「見れば分かる」
No.2は吐き捨てるように答えた。少なくともネメアの任務として、アークエンジェルを撃沈する理由はなく、セラたちを助ける義理もない。
それでも、ザフトとの関係を維持することが現在のネメアにとって重要であることは理解している。
目の前でザフトの機体が撃墜されるのを眺めて帰れば、後で説明を求められるのは自分だった。
No.2は通信回線を切り替える。
「L-272」
「はい」
返ってきたのは幼い少女の声だった。抑揚は乏しく機械的な返答でありながら、その声質だけはラクス・クラインを思わせるほどよく似ている。
「4機でL-31を援護しろ。敵を追い回す必要はない。こいつが退ける状況を作れ」
「了解しました」
4機のバンパイアが一斉にネメシスの後方から離れた。
その光景を見たアスランの背筋に、冷たいものが走る。
「あいつは……!」
見間違えるはずがなかった。デブリの向こうから現れた黒い大型機と、その周囲を固める異形のMS群を、アスランはこれまでにも見ている。
脳裏へ最初に浮かんだのは、自分がまだミネルバにいた頃の戦闘だった。
さらにアークエンジェルで月へ向かう途中にも、キラを相手にこちらの動きを先回りし、12機もの随伴機を率いていた同じ大型機と対峙している。
正体の分からない、共通の敵だと思っていた。その黒い大型機が今、何事もなかったかのようにレギナントの隣へ並んでいる。
少なくとも、あれがザフトと肩を並べて戦うことだけはないと思っていた。
「いったん戦闘を止めろ! あいつらはお前たちの味方じゃないだろう!」
レジェンドは攻撃態勢を崩さなかった。
「議長は、あの連中の存在を認めた」
「何だって?」
「今は敵ではない。それだけだ」
レイの声は冷静だったが、モニターに映る表情まで平静ではない。眉間には僅かな皺が寄り、口元も硬く結ばれていた。
アスランはそれを見逃さない。レイ自身も納得していない。それでもデュランダルが決めたから従っているのだと分かった。
「あの連中が何をしてきたか、議長が知らないとでも言うのか!」
返答の代わりにレジェンドのビーム機動砲が動き、アスランはジャスティスを横へ滑らせて左右から挟み込んできた2条の光をかわした。
以前の戦闘と、セラが語った研究所の話を思い返せば、あの連中と彼女が無関係だとは考えられない。
人間を実験材料として扱い、セラのような子供を作り出した者たちの存在を、デュランダルは知ったうえで認めたことになる。
何のためにそこまでしたのか。答えが出ないまま、アスランの中でこれまで抱えていた疑念がさらに大きくなっていく。
「議長は……何を考えてる!」
「俺に聞くな。だが、議長が必要だと判断した。それなら俺は従う」
その言葉に、アスランの表情が険しくなる。
「またそれか!」
ジャスティスが正面から踏み込んだ。先ほどまでならレイの射線を崩し、アークエンジェルへ近づかせないことを優先していたが、今度は違う。
ビームサーベルを振り抜いてレジェンドそのものへ肉薄し、レイがビームライフルで迎え撃つと、アスランはシールドで射線を逸らして間合いの内側へ潜り込んだ。
レジェンドが後退し、ビーム機動砲がジャスティスの背後へ回る。アスランは振り返らずに機体を急降下させ、射線が重なる直前に包囲から抜けた。
「くっ……!」
レイもすぐに姿勢を立て直したが、今までとは圧力が違う。アスランが攻撃を緩める余地を捨てたことを、レイも理解していた。
その頃、4機のバンパイアはレギナントの周囲へ到達し、セラの視界には別の4つの感覚が重なっていた。
*****
前方、左上方、右後方、そしてフリーダムと黄金のMSを挟んだ反対側。
それは通信で送られてくる映像でも、誰かから届く言葉でもなく、自分の目で見ているのと同じ感覚だった。
セラはフリーダムの肩の僅かな動きから、機体が加速するより先に次の位置を読む。
その判断を伝える必要はなく、自分の腕を動かす時に右腕へ「動け」と命令しないのと同じだった。
セラがそう感じた時には、L-272のバンパイアがすでにその位置へ向かい、残る3機もそれぞれ異なる方向へ滑るように散開している。
MA形態へ変形した薄い機体の両肩から背部ビーム砲が前方へ伸び、さらに尾部から有線ドラグーンが射出される。
細いケーブルを引いた4本の可視レーザーが、宇宙空間へ緑の線を描き、ネオが息を呑む。
「こいつら……!」
以前にも戦った同じ機体で間違いない。
4機1組で射線を作り、逃げ道を狭めてくる厄介な相手だったが、あの時はまだ相手の配置を見てから抜け道を探す余地があった。
今回は違う。アカツキを右へ振ろうと操縦桿へ力を加えた時には、すでに右前方へ1機のバンパイアが入り込んでいた。
「まだ動いてもいないってのに……!」
ネオが進路を上方へ変えようとすると、そこにも別の1機がいる。
背部ビーム砲が光り、反射的にアカツキを捻ると、ビームは機体の脇を抜けた。
だが、かわした先には有線ドラグーンから伸びる緑の可視レーザーが横切っている。
それ自体は攻撃ではないものの、跨げば次にどこから撃たれるのか分からず、ネオが僅かに動きを鈍らせた瞬間、レギナントがその空間へ入り込んだ。
「前とは全然違うぞ、こいつら!」
キラも同じ違和感を覚えていた。
フリーダムのドラグーンを展開し、レギナントの包囲を外側から崩そうとするが、1基を動かした直後にはその射線を避ける位置へバンパイアが移動し、別の1機がフリーダム本体の回避先を塞いでいる。
こちらが動く前から知っているような動きだった。キラがレギナントを見ると、セラ自身は4機へ指示を出している様子すらない。
「やっぱり動きが……全然違う!」
答えを考える暇もなく、レギナントのドラグーンが8方向へ広がり、そこへバンパイア4機の可視レーザーと背部ビーム砲が加わった。
それまでレギナント1機だけで作られていた
キラが抜けようとする方向へバンパイアが先回りし、回避方向を変えればセラのドラグーンが待つ。
ネオが援護へ回ろうとすれば、別のバンパイアが有線ドラグーンを滑らせ、その進路へ赤い線を引いた。
個々の機体が圧倒的に速くなったわけではない。それでも、こちらが選ぼうとする場所には必ず先にいる。
フリーダムとアカツキは、先ほどまで2機でレギナントを追い込んでいた時とは一転し、互いを援護することすら難しくなっていった。
「キラ、そっちへ行けない!」
「分かってる! 無理しないで!」
キラはフリーダムを急上昇させ、ドラグーン4基を外側へ放つ。正面から包囲を破れないなら、さらに外から射線を作ってバンパイアを動かすしかない。
2機がそれに反応して配置を変え、その瞬間だけ包囲に隙間が生まれた。
キラがフリーダムを一気に前へ出したが、それもセラの予測の中だった。レギナントが真正面から向かってくる。
「っ!」
キラは2挺のビームライフルを構える。セラは射線が確定する直前に進路を大きく変え、光が通過したすぐ横から再びフリーダムへ接近した。
一気に距離が縮まり、レギナントの両手を覆う装甲が開く。その下から現れたヒートクローに対し、キラもビームサーベルを抜いた。
最初の一撃は右からだった。フリーダムがサーベルで受け流すと、金属を焼く光が散った直後にセラの左腕が続く。
キラは機体を後ろへ引いて2撃目を避けたが、その瞬間、レギナントの背後から1基のドラグーンが飛び込み、射出口へ短いビームナイフを形成した。
スティングモードへ移行したドラグーンを、キラはシールドで受ける。
さらに横から2基目、わずかに遅れて上方から3基目が迫り、ヒートクローを受けた直後へ時間差で刃が重なってきた。
「くっ……!」
フリーダムは後退しながらビームサーベルを振って1基を弾き、もう1基も肩を掠める直前で機体を捻って避ける。
だが、その先にはすでにレギナント本体が待っていた。
再び振るわれたヒートクローをサーベルで受け止め、火花を散らしながら2機が押し合う。
セラは力任せに押すのではなく、フリーダムが力を逃がそうとする方向へ先に腕を動かし、キラが姿勢を変えるたびに次の攻撃を重ねていった。
下がればドラグーンが迫り、横へ逃げればバンパイアが塞ぎ、前へ出ればレギナントのヒートクローが待っている。
ほんの数秒の間に、キラは攻撃する余裕を失っていた。
「キラ!」
ネオが援護へ向かおうとすると、アカツキの正面へL-272のバンパイアが割り込んだ。
マンタのような機体が薄い船体を翻して2門の背部ビーム砲を放ち、アカツキが正面から受けると、ヤタノカガミがその光を跳ね返す。
だが、バンパイアは撃ち合おうとはしなかった。反射された光が届く前に進路を変え、その間に別の2機が左右へ回り込む。
尾部から伸びる有線ドラグーンも動き、可視レーザーが交差してアカツキの前に緑色の格子を作った。
「邪魔するだけが仕事ってか!」
ネオが機体を上へ振った先にも、すでにバンパイアがいる。
セラが見ているものを4人も感じ、その感覚が重なった結果、4機のバンパイアはレギナントの外付けの手足のように動き続けていた。
一方、レジェンドとジャスティスの戦いも激しさを増していた。
レイは6基のビーム機動砲を広く展開してアスランの左右と後方へ配置し、残る砲口と本体のビームライフルで正面を塞ぐ。
四方から一斉に光が走る中、アスランはジャスティスを急降下させ、上方と右側から迫る射線を抜けた。
背部リフターも分離して射線へ割り込ませ、その下を本体が通過しながらレジェンドへ加速する。
「なぜそこまで議長を信じる!」
「お前に説明する必要はない!」
レイがビームライフルを撃つが、アスランは首を振るような小さな機動でかわしてさらに距離を詰める。
「自分でも納得してないんだろう!」
「黙れ!」
レジェンドの射撃が激しくなるにつれ、その軌道は僅かに直線的になっていた。
アスランはその変化を見抜き、正面から来るビームを左へかわすと、後方のビーム機動砲が追いつく前に加速してレジェンドの懐へ入り込む。
レイが右手のビームライフルを向けた時には、すでにジャスティスのビームサーベルが下から跳ね上がっていた。
閃光とともに、レジェンドの右肩付近から装甲とフレームがまとめて断ち切られ、右腕がビームライフルを握ったまま機体から離れた。
「っ!」
切断部から火花と冷却材が噴き出し、衝撃でレジェンドの姿勢が大きく崩れる。
レイは左手で操縦桿を押し込み、右側へ回転する機体の姿勢制御を立て直そうとした。
ビーム機動砲も推進器もまだ生きているが、その一瞬の隙を突くようにジャスティスが再び正面へ迫ってくる。
レイは残ったビーム機動砲を正面へ集中させ、アスランもそれ以上は踏み込まず、サーベルを構えたまま距離を取った。
右腕を失ったレジェンドのコクピットには戦闘で蓄積した警告表示が並び、まだ戦えるとはいえ、それまでと同じ戦闘を続けられる状態ではない。
アスランが息を整えながら視線を動かすと、その先ではキラがレギナントの連続攻撃を防ぎ続けていた。
フリーダムのビームサーベルがヒートクローを受け、レギナントが反転すると同時に2基のドラグーンが時間差で左右から突き込む。
キラは1基をシールドで防ぎ、もう1基をサーベルで弾いたが、その僅かな硬直へセラが再び距離を詰めていた。
「セラ!」
アスランがジャスティスを加速させ、フリーダムの前へ割り込むように飛び込む。
レギナントのヒートクローをビームサーベルで受け止めると、激しい光が2機の間に弾けた。
セラは無理に押し切ろうとはせず、一度レギナントを後退させる。
周囲のドラグーンも攻撃位置を維持したまま静止し、ジャスティスの後方ではフリーダムが距離を取った。
さらに遠くでは、アカツキも4機のバンパイアに囲まれながら攻撃の手を止めている。
アスランはレギナントへ向き直った。
「もういいだろう、セラ」
返事はなかった。
「レイもあの状態だ。こっちもこれ以上戦うつもりはない。これ以上続けたって意味はないだろう!」
セラは何も答えず、モニターの中でアスランを見つめているのかどうかさえ分からない。レギナントも武器を構えたまま、僅かにも動かなかった。
数秒の沈黙の後、1基のドラグーンからビームナイフが消え、続いて残るドラグーンもスティングモードを解除して、ゆっくりとレギナントの周囲へ戻っていく。
それと同時に、アカツキを囲んでいた4機のバンパイアも一斉に攻撃位置を離れた。
ネオが目を見開く。誰も命令を出しておらず、通信も聞こえない。
それまで別々の場所にいた4機が、まるで同じ瞬間に1つの判断を下したように方向を変え、レギナントの周囲へ戻っていった。
セラはそれを確認すると、レジェンドへ機体を向けた。
右腕を失った機体は自力で姿勢を保っているものの、推進を上げようとするたびに僅かな揺れが残っている。
2機のバンパイアが左右へ寄り添い、直接掴むことはせず、必要な時だけ肩や背部へ機体を当ててレジェンドの姿勢を支えた。
「帰投します」
セラが短く告げると、レイは一瞬だけジャスティスを見た。
「……ああ」
レギナントが先に進路を変え、レジェンドも残った推進器を使ってその後へ続く。
バンパイア2機が両側から帰投を補助し、残る2機は後方へ位置を取ってアークエンジェル側を警戒しながら下がっていった。
誰も追わなかった。
少し離れた場所では、ネメシスがその様子を見ていた。
No.2はセラにもレイにも何も言わず、2機が十分な距離を取り、戦闘宙域から離れ始めたことだけを確認すると、巨大な赤黒い機体を反転させる。
ネメシスが別方向へ加速すると、4機のバンパイアもレジェンドの姿勢が安定したところで1機ずつ離れていった。
最後にL-272機がレギナントの横へ並んだが、通信を送ることもなく、そのまま仲間とともにネメシスの後を追う。
赤黒い大型機と4つの薄い機影がデブリの奥へ消え、レギナントとレジェンドも反対方向へ遠ざかっていく。
やがて戦場には、フリーダム、ジャスティス、アカツキの3機だけが残された。
しばらく誰も口を開かないまま、キラは大きく息を吐いて操縦桿から片手を離した。
張りつめていた肩から力が抜け、そのままコクピットのシートへ深く背中を預ける。
「……終わった?」
「らしいな……」
アスランもそう答えながら目を閉じた。ほんの短い戦闘だったはずなのに、何時間も休まず戦い続けていたように全身が重い。
ネオもアカツキのシートへ身体を沈め、大きく息を吐く。
「あの嬢ちゃん、前よりとんでもなくなってないか?」
「あの子だけじゃないよ」
キラは遠ざかっていく方向へ視線を向けた。
「あの4機……セラが動くと、全部一緒に動いてた」
アスランは何も答えなかった。セラのこと、突然現れた正体不明の巨大機、そしてそれらの存在を認めたというデュランダル。
考えなければならないことは増えたが、今だけはもう少しこのままでいたかった。
3人はそれぞれ深く息を吐き、戦闘の緊張が抜けきらない身体をコクピットのシートへ預けていた。
ネタだしと執筆遅れのため、少し遅くなります・・・。