機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
アルザッヘルにレクイエムが放たれたという事実は、デュランダルが予想していた以上の波紋を世界へ広げていた。
ロゴスとの戦いが終結したわけではない。大西洋連邦との対立にも完全な決着はついていない。
それでも、かつてプラントを未曽有の危機へ追い込み、罪のない民間人へ甚大な被害をもたらした兵器を、今度はザフトが使用した。その事実に疑念を抱く者が現れるのは避けられなかった。
ザフトに対する非難は大西洋連邦だけではない。
オーブ連合首長国、そしてスカンジナビア王国も、アルザッヘルへの攻撃を非難する声明を相次いで発表している。
メサイアの執務室で報告へ目を通していたデュランダルは、それらの反応を前にしても表情を崩さなかった。
予想していなかったわけではない。
レクイエムを使用した瞬間から、このような声が上がることも、その声がいずれ自分自身へ向けられることも覚悟していた。
デスティニープランは、人が自らの資質を知り、その能力に適した場所で生きる世界を作るためのものだ。
欲望によって他者の場所を奪う必要も、自分には届かないものを求め続けて絶望する必要もなくなる。そうすれば、争いそのものを生み出す理由も減らせる。
少なくとも、今の自分には他に道が見えない。
ここまで進めた以上、異を唱える国が現れたからといって止まるつもりはなかった。
オーブであろうと、スカンジナビアであろうと、そのために世界を再び争いへ戻そうとするなら容赦することはできない。
自分が最後に争いを起こした人間として、歴史に名を残すことになったとしても。
その後に争いのない時代が続くのなら、それでいい。
机上の端末へ新しい表示が浮かんだ。
ミネルバからの通信だった。
ただし通常回線ではなく、最高度の秘匿処理を施した回線が指定されている。
その表示だけで、デュランダルには通信を求めている相手が誰なのか分かった。
「……タリアか」
ネメアの戦力を、事前に十分な説明もせずミネルバへ回した。
その件について何か言われることは予想していた。
デュランダルが通信を許可すると、正面のモニターへタリアの姿が映し出される。
『議長』
「グラディス艦長。無事に合流できたようだね」
『ええ。ネメア側から派遣されたMSとパイロットについては、こちらで受け入れました。バンパイア隊も近隣宙域で待機しているそうです』
「そうか。それなら今後の作戦でも力になってくれるだろう」
タリアはすぐには返事をしなかった。
その表情を見て、デュランダルも用件がそれだけではないことを察する。
『1つ、確認したいことがあります』
「何かな」
『ネメシスのパイロットについてです。No.2と名乗っていますが……彼について何か聞いていますか?』
「戦闘能力についてなら、ある程度はね。だが、個人情報について提供されたものは多くない」
『そう……』
タリアが僅かに視線を落とした。
『あのパイロット、レイに似ています』
デュランダルの表情が止まった。
「レイに?」
『同じ顔という意味ではありません。髪も瞳も違います。ただ、目元や鼻筋……近くで見るほど、見間違いとは思えない程度には似ています』
モニターを見つめたまま、デュランダルは口を閉ざした。
ネメアから受け取った情報の中に、そのような記述はない。
No.2が高い戦闘能力を持ち、ネメシスの専属パイロットとして運用されていることは知っている。しかし、その遺伝的な出自についてまで知らされてはいなかった。
それでも、タリアの報告が正しいのなら、偶然として片づけるには引っかかるものがある。
レイへと続く遺伝子。
その源流を、デュランダルは知っていた。
「……アル・ダ・フラガか」
小さく漏れた名前に、タリアが目を細める。
『何か心当たりが?』
「いや。今の段階では何とも言えない。ネメアからその種の情報は提供されていないからね」
だが、もし同じ血の痕跡がNo.2にもあるのなら、アル・ダ・フラガの亡霊は自分が知るよりも広い場所へ残されていたことになる。
「こちらでも確認しよう。何か分かれば知らせる」
『お願いします』
そこで話は終わるかと思われた。
しかし、タリアは通信を切らなかった。
デュランダルが静かに待っていると、やがて彼女が口を開く。
『……ギルバート』
先ほどまでの「議長」ではなかった。
デュランダルの目が僅かに柔らかくなる。
「何だい、タリア」
『レクイエムを、これからどうするつもりなの?』
声から艦長としての硬さが少し薄れていた。
『アルザッヘルを撃ったことを責めたいわけじゃない。あそこに戦力が集まっていたことも、そのままにしておけばダイダロスを攻撃されていたことも分かっている』
タリアは一度言葉を切った。
『でも、あんなものを持ち続けて、その力で世界を従わせるなんて……あなたには似合わないわ。デスティニープランを実現するためだとしても、本当に必要なの?』
デュランダルは答えず、しばらく彼女を見つめていた。
やがて口元へ穏やかな笑みを浮かべる。
それは普段、人前で見せる余裕のある笑みとは少し違っていた。
どこか寂しげに見えた。
「似合うかどうかで決められるなら、私もそうしたかったよ」
『ギルバート……』
「だが、これは私がやらなければならない」
静かな声だった。
「もしデスティニープランによって、本当に世界から争いをなくすことができたとしても……私は、その先にある未来まで見てしまった」
『その先? どういうこと?』
デュランダルは答えなかった。
ニキアスの言葉が、まだ頭のどこかに残っている。
人間を見て、適した場所を与える。
必要な場所を見て、適した人間を用意する。
その間にあるはずの一線が、どこに引かれているのか。
だが、それを今ここでタリアへ語るつもりはなかった。
「すまない。今はまだ、うまく言葉にできそうにない」
『……そう』
タリアは納得していない。
それは表情を見るまでもなく分かった。
それでも、それ以上問い詰めることはなかった。
『また連絡します』
「ああ」
通信が切れる。
モニターからタリアの姿が消え、執務室には再び静けさが戻った。
デュランダルはしばらく暗くなった画面を見つめていた。
迷いが消えたわけではない。
それでも、止まるという選択肢だけは、もう自分の中には残っていなかった。
*****
ミネルバの格納庫では、帰還したMSの点検作業が続いていた。
右腕を失ったレジェンドの周囲には多くの整備員が集まり、損傷箇所の確認が進められている。その少し離れた場所へ、艦長室から戻ってきたNo.2が姿を見せた。
左頬には、まだ赤い腫れが残っている。
シンとルナマリアがそちらへ目を向ける中、セラもNo.2を見た。
ただ黙って、その顔を見つめている。
No.2は数歩進んだところで足を止めた。
「……笑うな」
シンがセラの顔を見る。
「いや、笑ってないだろ」
「全然いつも通りじゃない?」
ルナマリアにも、セラの表情は普段と何も変わっていないように見えた。
No.2は小さく息を吐く。
「返答が普段より短い。こちらを見る時間も少し長い。そういう時は大体、何かを面白がっている」
「そこまで分かるのかよ……」
シンが呆れたようにセラを見る。
「セラ、本当に笑ってたの?」
「笑っていません。メイリンを怒らせたと推測しました」
「それ、ちょっと面白がってるじゃない」
ルナマリアが苦笑する。
No.2は反論せず、赤くなった頬へ指先を触れた。
「理由はまだ分からない」
「メイリンに何言ったのよ……」
ルナマリアが呆れた声を漏らしたが、No.2は答えようとはしなかった。
シンは2人を交互に見る。
初めてNo.2を見た時には、セラと同じ研究施設に関係する相手だということしか分からなかった。
だが、こうして並んでいる姿を見ると、自分たちが知らない頃から互いを知っていることが嫌でも伝わってくる。
ルナマリアも同じことを考えたらしい。
何かを思い出すように視線を上げると、不意にセラへ顔を向けた。
「そういえばセラ。前に、この人のこと話してなかった?」
「何をですか」
「ほら、最初にあの大きいMSと会った時。No.2とは、いずれ……」
途中まで口にしたところで、ルナマリアの目が大きくなる。
「そうだ。交配予定者!」
シンが盛大にむせた。
No.2の視線がすぐにセラへ向く。
感情の薄い顔は変わらなかったが、その目だけが明らかに彼女を捉えていた。
セラは静かに顔を逸らす。
「お前……」
「機密事項であるとは聞いていませんでした」
「普通は話さない」
低い声で返すNo.2を見ながら、ルナマリアの興味はすでに別のところへ向かっていた。
「ちょっと待って。それってつまり、2人は将来そういう関係になるってこと?」
「どういう関係だ」
「だから、恋人とか……結婚相手とか」
No.2は数秒ルナマリアを見た。
「違う。我々の組織では、恋人という概念は必要ない」
あまりにも平然と返されたため、ルナマリアの方が言葉に詰まる。
「いや、でも交配予定者って……言葉はアレだけど、それって――」
「聞いた後に殴らないなら説明する」
「殴らないわよ! メイリンと一緒にしないで!」
反射的に返した後、ルナマリアは少し迷った。
「……たぶん」
「ルナ、それ言ったら駄目だろ」
シンが横から突っ込む。
No.2は頬に触れていた手を下ろした。
「Lシリーズは、元々ラクス・クラインの模倣個体を作るために始められた研究個体群だ。その研究過程で戦闘適性の高い個体が確認され、兵器として利用されるようになった」
「セラたちのことよね」
「そうだ」
No.2はセラへ1度視線を向ける。
「Noシリーズは、そのLシリーズ研究で得られた成果を別系統の個体開発へ利用し、戦闘能力を高めた系列だ。基本的な能力はLシリーズより高い」
「……だから、お前はセラより強いってことか?」
シンの問いに、No.2は僅かに首を傾けた。
「総合的には、その認識でいい。ただし、L-31の方が優れている能力もある」
セラは否定も肯定もせず、黙って話を聞いている。
「けど、それとどうつながるの?」
ルナマリアの問いに、No.2は淡々と答える。
「遺伝子については、まだ分かっていないことが多い。高い能力を持つ個体が存在しても、同じ遺伝子を用意すれば同じ能力になるとは限らない。特に複数の特性が絡む場合、安定して再現するのは難しい」
「……それで?」
「我が社は軍産企業だ。兵器として有用な個体を継続して確保する必要がある。そのため、優秀な形質は可能な限り次世代へ残す」
ルナマリアの表情から、先ほどまでの好奇心が少しずつ消えていった。
No.2は気にせず続ける。
「L-31は、Lシリーズの中でも特に戦闘適性を高く評価された初期の個体だ。神経接続を含め、他の個体では安定して再現できない能力を持っている。その形質には保存する価値がある」
「保存って……」
シンの声が低くなる。
「適した年齢に達した後は、繁殖の個体として運用される予定だった。その場合、より高い戦闘能力を持つNoシリーズを相手に選ぶのが妥当になる」
「それが……お前だったってこと?」
No.2は頷いた。
「候補としてはそうなる」
ルナマリアはゆっくりとセラを見る。
「セラ……知ってたの?」
「はい」
「はいって……」
あまりにも普段通りの返答に、ルナマリアはそれ以上の言葉が出なかった。
シンも顔を強張らせている。
「待てよ。それじゃ……お前たちは、自分たちで人間を作って、その中から強いやつを選んで、今度はそいつら同士で子供を作らせるってことか?」
「表現は大まかだが、間違ってはいない」
「それじゃ、人間を養殖してるみたいじゃないか!」
シンの声が格納庫へ響いた。
周囲の整備員が何事かと振り返る。
ルナマリアも青ざめた顔でNo.2を見ていた。
だが、No.2にはシンが何を問題にしているのか分からないらしい。
「優秀な形質を持つ個体同士から次世代を得ること自体は、特殊な方法ではない。経済動物の生産では一般的に行われている」
「人間の話してるんだぞ!」
「理解している」
その横でセラも静かに頷いた。
「優れた形質を次世代へ残す方法としては合理的です」
「セラまで……!」
ルナマリアが思わず声を上げる。
セラはなぜ驚かれているのか分からないように、僅かに首を傾けた。
「問題がありますか」
「あるわよ!」
今度はルナマリアの声が格納庫へ響いた。
No.2は2人の反応を見比べた後、最初の話題へ戻るように口を開く。
「だから、恋人という概念はない」
説明は終わったと判断したらしい。
No.2はそれだけ言い残すと、シンたちに背を向けた。
遠ざかっていく背中を、シンは何も言わず見つめる。
腹が立たないわけではなかった。
だが、No.2は自分たちを挑発するためにあの話をしたわけではない。
人間を家畜のように扱うことも、自分自身がその中の1人であることも、最初からそういうものとして受け入れている。
そのことに気づくと、怒りとは別のものが胸の奥へ残った。
ルナマリアはまだ呆然としているセラへ手を伸ばした。
その手を強く握り、そのまま自分の側へ引き寄せる。
「ルナ」
「……なんでもない」
セラは理由が分からないまま、握られた手へ視線を落とした。
ルナマリアは離さなかった。