機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
No.2がミネルバへ出向してから、数日が経っていた。
その間、特に問題がなかったわけではない。むしろ突然加わったネメアの人間をどう扱うべきか、艦内にはまだどこか落ち着かない空気が残っている。
先の戦闘で右腕を失ったレジェンドは、ダイダロス基地へ収容されて修理を受けていた。
だがMS1機の修理が終わるまで、ミネルバそのものを待機させておくわけにはいかない。現在はプラント周辺宙域へ移動し、周辺の哨戒任務に就いていた。
格納庫の一角で、レイは足を止めていた。
そこは本来ならレジェンドが固定されている場所だった。
今は代わりに、赤黒い巨体を持つネメシスが鎮座している。
しかし、レイが見ていたのは機体ではない。
その足元で携帯端末を操作しているNo.2だった。
「何か用か」
No.2は端末から目を上げなかった。
レイは1度だけ視線を逸らす。
「……いや。何でもない」
目を向けた先で、ネメシスの巨体がこちらを見下ろしている。
2本の主腕と4本の補助腕を持つ異形の機体は、駐機状態にあっても通常のMSとは明らかに違う威圧感を漂わせていた。
レイは再びNo.2へ目を向ける。
「この機体も、神経接続で動かしているのか」
「当然だ」
そこでようやくNo.2が端末から顔を上げた。
表情そのものは大きく変わらないが、僅かに顎を上げる様子には、自分の機体に対する自負のようなものが見える。
「本来は義肢を本人の意思で動かすために使われていた医療技術だ。それをMSの操縦系統へ応用している。手足を動かすのと同じ感覚で機体へ指示を送れる」
「操縦桿から入力する必要がない分、反応も早いということか」
「そうだ。ダガーLやウィンダムのような通常機では、同じ動きには追従できない」
No.2は当然のこととして言い切った。
レイはネメシスを見上げる。
「だが、その代償も大きい。神経へ直接接続する以上、負荷も直接返ってくる。激痛だけでは済まない。炎症や神経障害が残ることもあるだろう」
「ある」
「それでも使うのか」
「性能を得るために必要な負荷だ」
あまりにも平坦な返答だった。
レイはそれ以上何も言わず、No.2を見つめる。
自分の身体へ残る負担さえ、彼にとっては性能を得るための条件の1つにすぎないらしい。
その時、No.2の手が止まった。
「……待て」
何かに気づいたように視線を上げる。
少し離れた着艦位置にはレギナントが固定され、そのコクピットではセラが待機していた。
「L-31」
「はい」
「降りてこい」
「了解しました」
間もなくレギナントのハッチが開き、セラが格納庫へ降りてきた。
近くにいたシンとルナマリアも、何が始まるのかとそちらへ視線を向ける。メイリンも作業用端末を手にしたまま、少し離れた場所から様子を見ていた。
「何ですか」
「確認したいことがある」
No.2はセラの前まで歩み寄ると、何の前触れもなくパイロットスーツの胸元へ手を伸ばした。
固定ロックが外される。
「……おい」
シンの声が低くなる。
No.2は構わず、上半身を覆うパイロットスーツを開いていく。
セラも抵抗する様子はなく、されるがままになっていた。
「ちょ、ちょっと待って! 何してるのよ!」
ルナマリアが慌てて駆け寄る。
「神経接続部の確認だ」
「だったら先にそう言いなさいよ! っていうか、なんでいきなり脱がせてるの!」
「背中を見なければ確認できない」
「そういう問題じゃない!」
そのやり取りの間にも、No.2はセラが下に着ている黒いスーツへ手を掛ける。
「セラも止めろよ!」
「確認には必要です」
「お前まで納得するな!」
シンが声を上げた時には、No.2は黒いスーツの背面を肩甲骨の辺りまで下げていた。
「No.2、そこまでだ」
それまで黙っていたレイまでが制止する。
No.2は周囲の騒ぎを気にすることなく、セラの背中へ視線を落としていた。
かつて何度も神経接続を繰り返したはずの場所。
本来なら炎症や接続痕が残っていてもおかしくない。
だが、そこには目立った痕がほとんどなかった。
「……ない」
No.2が僅かに目を細める。
その隙にシンが後ろから腕を掴み、ルナマリアも反対側から肩を押さえた。
「もういいだろ!」
「離せ。まだ確認が終わっていない」
「終わりよ!」
身動きが取れなくなったNo.2を押さえ込んだまま、ルナマリアが怒鳴る。
メイリンはその間にセラの前へ回り込み、外されたスーツを急いで戻しながら、自分の身体で隠すように距離を取った。
「セラ、大丈夫?」
「はい。問題ありません」
「問題あるの!」
メイリンが強く言い返す。
セラはなぜ怒られているのか分からないように瞬きをすると、自分でスーツを整え始めた。
No.2はシンたちに押さえ込まれたまま、セラへ視線を向ける。
「L-31。どういうことだ」
「何がですか」
「接続痕がほとんどない。炎症も見られない」
その問いに、セラの表情が僅かに変わった。
ほんの少しだけ胸を張るように姿勢を正す。
「小判ちゃん4号による効果です」
No.2の目が鋭くなる。
「……あれか」
セラが身につけている黒いスーツへ視線を向けた。
「直接接続を避けて、信号を中継しているのか」
「はい」
「このせいで、レギナントの動きが緩慢だったのか」
セラの視線がすぐにNo.2へ戻る。
「緩慢ではありません」
「直接接続より遅い」
「遅延は最小限まで抑えられています。発生するラグも把握しており、操縦時には補正しています」
「ラグが存在することには変わらない」
「戦闘に支障はありません」
「本来の反応速度を落としている」
「身体への負荷を抑えています。合理的です」
淡々とした声同士がぶつかる。
No.2はまだ納得していないらしく、再びセラの方へ動こうとした。
「だから動くなって!」
「確認が必要だ」
「必要ない!」
シンとルナマリアが揃って力を込め、No.2を完全に押さえ込む。
「離せ」
「絶対離さないわよ!」
メイリンはセラを自分の後ろへ隠したまま、No.2を睨んでいた。
セラだけが、その騒ぎの理由を理解できないまま静かに3人を見つめていた。
*****
それから数日後。
プラント周辺宙域を哨戒していたミネルバへ、緊急通信が入った。
艦橋のメインモニターへ、周辺警戒網から送られてきた情報が次々と表示される。
複数の所属不明機が編隊を組み、プラントへ向けて接近していた。
「数は?」
「現在確認できているだけでも多数! なお増加しています!」
予備オペレーターとして配属されたアビーの報告を聞きながら、タリアは表示された航路へ目を走らせた。
その顔に驚きはない。
ザフトの主力戦力は現在、月面へ大きく集中している。
それによってプラント周辺の防衛戦力が薄くなれば、その隙を敵が見逃さない可能性は高い。襲撃、あるいは月面の戦力を引き戻すための陽動が行われることは、軍上層部もあらかじめ想定していた。
ミネルバがこの宙域を哨戒していたのも、その警戒の一環だった。
「やはり来たわね……」
タリアが低く呟く。
問題は、その部隊を送り込んだ勢力だった。
ロゴスはすでに大きく力を失っている。
ダイダロス基地を失い、月軌道上にこれほどの規模を組織的に動かせる残存部隊があるとは考えにくい。
となれば、可能性が高いのは1つだった。
「大西洋連邦……」
まだ断定はできない。
それでも現在、この規模の戦力をプラントへ向けられる勢力としては最も現実的だった。
タリアはすぐに顔を上げる。
「第二戦闘配置を発令。本艦は接近中の部隊へ向かいます」
「第二戦闘配置!」
艦内へ警報が鳴り響く。
「各MS隊は発進準備。敵の所属が確認できるまでは不用意に攻撃しないよう徹底して」
「了解!」
ミネルバが進路を変える。
現在、レジェンドは修理中で艦にいない。
主力の1機を欠いた状態での迎撃になる以上、戦力に余裕があるとは言えなかった。
その意味では、No.2とネメアの部隊が加わっていることはありがたい。
敵が何者であろうと、プラントへ到達させるわけにはいかない。
*****
格納庫では出撃準備が急速に進められていた。
シンはパイロットスーツの固定を確認しながら、隣にいるレイへ視線を向ける。
レジェンドはまだダイダロス基地にある。
そのため、レイの前に用意されているのは久しぶりに搭乗するブレイズザクファントムだった。
「レイ、本当に大丈夫なのか?」
「何がだ」
「いや……レジェンドじゃないだろ。久しぶりなんじゃないかと思ってさ」
「問題ない。機体が変わっても、やることは同じだ」
「そうだけど……」
いつも通りの返答に、シンはそれ以上言わなかった。
少し離れた場所では、ルナマリアがセラのすぐ横に立っている。
先日の一件以来、どうにもNo.2を信用できないらしく、格納庫では以前にも増してセラの近くにいることが多くなっていた。
「ルナ。近いです」
「いいの」
「移動しにくいです」
「それでもいいの」
セラは少し考えた後、それ以上は何も言わなかった。
No.2の姿はすでにない。
警報が鳴るより早くネメシスへ乗り込み、出撃準備に入っていた。
やがて艦内放送が響き、各員へ最終確認が伝えられる。
その頃、ミネルバの艦橋では前方の暗い宇宙に、小さな光が幾つも瞬き始めていた。
遠く離れた宙域で、幾筋もの閃光が交錯する。
タリアはその光を見つめた。
予想していた敵襲は、すでに現実の戦いへと変わり始めていた。