機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ミネルバの前方で、幾つもの閃光が闇を裂いていた。
すでにプラント防衛隊と接近してきた部隊は交戦状態に入っている。正面モニターでは無数の光点が入り乱れ、その一部はじわじわとプラント側へ押し込まれていた。
タリアは戦況表示へ視線を走らせる。
「第一戦闘配備。全機、発進させます」
「第一戦闘配備! 各員、発進準備!」
アビーが管制回線を切り替える。
「ウィンダム、ダガーL、合わせてMS124機、大型MA20を確認。さらに後方から増援反応」
「随分、本気で来たものね」
プラント周辺に残された防衛部隊は、ジンやゲイツ、ゲイツRといった前大戦からの機体が中心だった。数で劣るだけでなく、敵部隊の後方を進むユークリッドは大型ビーム砲と陽電子リフレクターを備えている。
旧式機の火力で正面から容易に排除できる相手ではなく、防衛線を突破されれば、その砲口がプラントそのものへ向くことになる。
「ネメシス、発進準備完了」
「発進を許可します。続いてデスティニー、インパルス、ブレイズザクファントム、レギナント。順次発進」
「了解!」
カタパルトへ固定された黒い巨体の拘束具が外れる。
『No.2、ネメシス。出る』
推進光が膨れ上がり、ネメシスが艦外へ飛び出した。続いてデスティニーが射出位置へ入る。
「シン・アスカ、デスティニー、行きます!」
光の翼を広げ、先行したネメシスを追う。インパルス、ブレイズザクファントムも続いて宇宙へ放たれ、最後に白いレギナントがカタパルトを離れた。
「セラ・フェイド、レギナント、出ます」
5機が前方の戦場へ加速していく。やがて、その周囲へマンタを思わせる薄い機影が次々と集まり、1機、2機と数を増して、12機のバンパイアが5機を囲むように展開した。
「12機全部来たのか……」
シンが戦術表示を見て呟く。No.2はバンパイア隊の配置を一度確認すると、通信を開いた。
『L-31。バンパイア隊12機を預ける。お前が指揮して戦場を支配しろ』
「了解しました」
間を置かない返答だった。
「ちょっと待って。全部セラに任せるの?」
ルナマリアが思わず割り込む。
『その方が効率がいい。損耗率も俺が指示するより下がるはずだ。L-272。以後、バンパイア隊はL-31に従え』
『了解しました』
幼い声が返り、12機が一斉にレギナント側へ寄る。セラもそれを当然のこととして受け入れていた。
レイはその様子を一瞥した後、シンたちへ通信を繋ぐ。
「シン、ルナマリア。俺たちはいつも通りだ。シンが前衛、ルナマリアは後方から援護。俺が2機の間を埋める」
「分かったわ」
No.2はネメアから出向してきた立場に過ぎない。バンパイア隊へ指示を出す権限はあっても、ミネルバ所属のパイロットまで勝手に指揮するつもりはないらしい。
レイもまた、ネメシスの戦闘能力そのものは知っていても、その異質な機体を細かく指揮できるほど運用を理解してはいなかった。
「No.2。お前には独自に動いてもらう。ただし、こちらの射線には入るな」
『了解した』
短い返答とともに、ネメシスが一段前へ出る。No.2は戦術表示から、これまで自分の周囲についていた12個の反応がすべてL-31側へ移ったことを確認した。
「……これなら、
僅かに口元が緩み、6本の腕がゆっくりと開いた。
*****
プラント防衛線は、すでに各所で押されていた。
ジンが重突撃機銃を撃ちながら後退し、その脇をゲイツがビームライフルで援護する。1機のダガーLを撃ち落としても、その背後からウィンダムが高速で抜けてくる。
機体性能の差に加えて数でも勝る敵を相手に、防衛隊は戦線を維持するだけで手一杯になっていた。
「第3小隊、下がれ! 右を抜かれるぞ!」
『分かってる! でも、こっちも3機来てる!』
ゲイツが急旋回し、追ってきたウィンダムへビームを放つ。攻撃をかわしたウィンダムが上方へ抜け、その機体を別のジンが狙うが、直後にはダガーLの射撃を受けて機体を振らされた。
さらに後方では、もっと厄介な敵が前進していた。陽電子リフレクターを展開したユークリッドである。
3機のゲイツRが側面へ回り込もうとしているが、護衛のウィンダムがそれを許さない。別方向から放たれたビームとレールガンも正面の光の壁に弾かれ、巨体の前進を止めるには至らなかった。
「正面は抜けない! 砲口をプラントへ向けさせるな!」
ゲイツRが左右へ散った直後、ユークリッドの大型ビーム砲が閃いた。
太い光が防衛線を横切り、数機のジンが慌てて射線から離れる。直撃を免れても、その火力を目の当たりにしたパイロットたちの表情は強張った。
『あんなものを通したら終わりだぞ!』
だが、ユークリッドへ集中すればウィンダムとダガーLに押し込まれ、護衛を排除しようとすれば、その間にも巨体は少しずつプラントへ近づいていく。防衛隊は撃破するどころか、前進速度を落とすことさえ容易ではなかった。
その時、遥か後方から強烈な光が戦場を横切った。
敵陣の一角を薙ぐように陽電子砲が通過し、周囲にいたウィンダムとダガーLが散開する。ほんの一瞬、防衛隊へ掛かっていた圧力が緩んだ。
『今の砲撃……!?』
『後方に艦影! ミネルバだ!』
『来てくれたぞ!』
『全機、踏ん張れ! ここで止める!』
通信回線が沸き立つ。
後退しかけていたジンが姿勢を立て直し、ゲイツRも再び前へ出て、ユークリッドの進路を塞ぐように広がった。ミネルバの名が伝わっただけで、崩れかけていた防衛線に勢いが戻っていく。
艦橋では、アビーがその変化を追っていた。
「防衛隊、前線を再構築しています。ただし大型MA群は依然前進中」
「防衛隊へ連絡。正面から撃破する必要はありません。プラントへ向かわせないことを優先させて」
「了解!」
タリアは戦術表示へ目を向ける。まだ敵の数は多く、ユークリッドもほとんどが健在だった。
そこへ白いレギナントが進み出る。
8基のドラグーンが本体から離れ、そのさらに外側へ12機のバンパイアが散開した。セラは正面の戦場を見つめながら、ウィンダムの加速、ダガーLの砲口、旋回を始めるユークリッド、味方のジンやゲイツが作ろうとしている射線を捉えていく。
それらは1つずつではなく、同時に彼女の中へ流れ込んでくる。
さらに12人のLシリーズとの感覚が繋がり、前方だけでなく上方や左右、本来なら自分には見えない場所まで、まるでそこにも目があるかのように把握できる。
セラが捉えたものは、そのまま12人へ伝わる。細かな通信指示など必要ない。
それでもセラは、戦闘行動の開始を告げるように静かに口を開いた。
「広域に
12機が一斉に動いた。
これまでの編制を崩して6機ずつの2群へ分かれ、片方が戦場上方へ、もう片方が下方へ広がる。その間へレギナントのドラグーンが散り、バンパイアの有線ドラグーンから細いレーザーが次々と伸びた。
それは敵を撃ち抜くためだけの光ではない。進路へ置かれ、編隊の間へ差し込まれ、回避できる空間そのものを狭めていく。
通常の
ウィンダムが右へ逃れると、その先へバンパイアが滑り込む。咄嗟に上昇すれば別方向からレーザーが走り、機体を再び押し戻した。
後続のダガーLが詰まり、互いの回避方向を潰していく。
『右へ行けない!』
『上も塞がれてる!』
前線の各所で同じことが起こった。進めば射線が置かれ、逃れれば別の機体がいる。
広く展開していたはずの部隊が、気づけば細い進路へ押し込まれていた。
それはユークリッドも同じだった。
6機のバンパイアが右側へ広がり、巨大な機体がそちらへ防御面を向けると、反対側へ回っていた残る6機が射線を通す。再び向きを変えれば、今度はプラントへ向けていた進行方向そのものがずれていった。
陽電子リフレクターは攻撃を弾いている。だが、強固な盾を向ける先を次々と変えさせられ、巨体は少しずつ前進する力を失っていた。
「今です」
セラが告げる。
「そこだ!」
デスティニーが光の翼を広げた。
進路を塞がれて動きの鈍ったウィンダムをビームソードで両断し、そのままユークリッドの側方へ抜ける。正面からリフレクターへ挑む必要はない。
旋回によって晒された側面へ回り込み、アロンダイトを叩き込む。巨大な装甲が裂け、内部から炎が噴き出した。
敵部隊がシンへ向き直ろうとするが、その間へバンパイアの射線が入り込み、護衛のダガーLが進路を変えざるを得なくなる。
「ルナ!」
「分かってる!」
インパルスの長射程ビーム砲が閃く。
シンへ防御面を向けようとしていた別のユークリッドの側部へ光が突き刺さり、大きな爆発が膨れ上がった。
「当たった!」
その変化を防衛隊も見逃さない。
3機のゲイツRが旋回中の1機へ攻撃を集中させ、正面を守っていた光の壁から外れた場所へビームとレールガンを叩き込む。装甲の一部が吹き飛んだが、それでも巨体は止まらなかった。
『まだ動く!』
「主砲を狙え!」
続くレールガンが大型ビーム砲の基部へ命中し、砲身が爆発する。
防衛隊の火力だけでは、正面から陽電子リフレクターを破ることは難しい。ならば、破る必要はなかった。
セラが動きを縛り、シンとルナマリアが守りの向きを崩す。そこへジンやゲイツが食らいつくことで、バラバラに戦っていた防衛線がミネルバ隊を中心として1つに繋がり始めた。
「セラ! そのまま押さえててくれ!」
「了解しました」
デスティニーが別のウィンダムへ斬りかかる。
ルナマリアも逃げ道を狭められたダガーLへ照準を合わせ、長射程ビームで胸部を貫いた。直後、その背後へミサイル群が迫る。
「ルナマリア、下がれ」
レイのブレイズザクファントムが割り込み、肩部からミサイルを放つ。迎撃弾が次々と炸裂し、迫っていた攻撃を爆発へ巻き込んだ。
「助かった、レイ!」
「ああ。前を見ろ」
レイは無理に前へ出ず、シンとルナマリアの間を維持しながら、2機へ近づこうとするウィンダムやダガーLを確実に牽制していく。
そして、その広大な網の外では、1機だけ異質な戦い方をする機体があった。
*****
「……これなら問題ない」
No.2は前方へ視線を向けた。
バンパイア12機の位置を1機ずつ確認する必要も、攻撃を受けていないか、編隊から外れていないかと通信で常に気を配る必要もない。
L-31がいる。それだけで十分だった。
ネメシスが加速する。
前方へ3機のウィンダムが広がり、一斉にビームライフルを構えた。No.2はほとんど減速せず、右、上方、僅かに遅れて左から放たれる光の軌道を捉える。
その全てが放たれるより早く、ネメシスは射線の間を抜ける軌道へ入っていた。
「遅い」
6本の腕が開き、主腕の刃が1機を斬り裂く。すれ違いざまに補助腕が別のウィンダムを掴み、そのまま後方から迫ったダガーLへ投げつけた。
2機が激突する。
『うわっ!』
立て直すより早くネメシスが間へ入り込み、左右の腕で2機を押さえ込んだ。光の刃が横へ走り、まとめて切断する。
残るウィンダムが上方へ逃れたが、そこにはすでにネメシスがいた。巨大な腕が胸部へ叩き込まれ、機体が砕け散る。
少し離れた場所にいたジンのパイロットが、思わずその動きを目で追った。
『……何なんだ、あの黒い奴』
『友軍識別は出てる! 今は前を見ろ!』
ネメシスは防衛線に留まらない。数機を破壊すればすぐ別の場所へ向かい、密集した敵を見つければ、その中央へ飛び込んでいく。
やがて1機のユークリッドが2門の大型ビーム砲を向けたが、No.2は正面から加速を続けた。
砲口へ光が集まり、発射される寸前にネメシスが機体を大きく沈める。太いビームが頭上を通り過ぎ、そのまま巨体の懐へ潜り込んだ。
防御面から外れた側部へ6本の腕が食らいつく。
ユークリッドが振り払おうとするより早く、補助腕が巨体を押さえ込み、主腕のビームソードが装甲へ深く突き刺さった。内部から爆発が噴き出す。
ネメシスは崩れていく機体を蹴るように離れ、そのまま次の戦域へ向かった。
今のNo.2にはLシリーズへ気を配る必要も、味方の速度へ合わせる必要もない。ただ敵を倒すことだけに集中できる。
戦場を飛び回るうちに、No.2は1つの流れを捉えていた。
崩れた部隊へ新たな戦力が送られてくる方向、ユークリッドが前線へ送り出される位置、そして護衛艦が不自然なほど厚く集まる宙域。
そのさらに奥には、戦線から距離を取りながら、ほとんど位置を変えていない大型艦があった。
「……あれか」
ネメシスが進路を変えた。
*****
敵旗艦では、司令官が戦況表示を睨みつけていた。
「どうなっている!」
投入した戦力は十分だった。ウィンダムとダガーLを合わせて100機以上、そこへ陽電子リフレクターと大型ビーム砲を備えたユークリッドを20機も投入している。
手薄になった防衛線を突破し、プラントへ打撃を与えるには十分なはずだった。それが、あの戦艦が現れてから崩れ始めている。
「前線のウィンダム隊、各所で分断されています。ユークリッド隊も進行速度が大きく低下」
「たった12機に何をしている!」
司令官が肘掛けを叩く。
正面モニターでは、白い機体を中心とする薄型機の群れが戦場の広い範囲へ散っている。1か所に集まっているわけではないのに、部隊を移動させるたび、進もうとした先へ攻撃が飛び込み、迂回した場所には別の機体が現れた。
前へ進めば分断され、横へ逃れれば味方と進路が重なる。ユークリッドも防御面を敵へ向けようと旋回するほど、プラントへの進路から外されていた。
リフレクターは破られていない。それなのに、守ろうとするほど前へ進めなくなる。
「こちらは100機を超える戦力だぞ……」
司令官には理解できなかった。
その時、オペレーターの声が艦橋へ響く。
「司令! 大型MSが本艦方向へ接近しています!」
「何だと?」
画面が切り替わり、6本の腕を持つ異形の機体が、護衛線を抜けながら真っ直ぐこちらへ向かってくる。
「こちらの位置が知られているのか?」
「分かりません。ただ、進路は本艦へ向いています!」
旗艦周辺の艦艇は、それまで位置を悟られないよう砲撃を抑えていた。しかし、このままでは到達される。
「全艦、砲門を開け! あの大型機を止めろ!」
ネルソン級とドレイク級が一斉に砲撃を開始する。戦艦主砲にミサイル、機関砲、さらに護衛のウィンダムとダガーLも加わり、あらゆる方向から火力が集中した。
無数の光と爆炎が巨体を覆い、艦橋の空気が僅かに緩む。
「直撃したか……?」
次の瞬間、火球の中から影が飛び出した。
「な……」
ネメシスは止まっていない。
ビームを受けた装甲表面で光が散り、実弾の痕も残っている。それでも、戦艦の砲撃を正面から受けたとは思えない速度で接近を続けていた。
「まだ来ます!」
進路を塞いだドレイク級が主砲を放つ。
ネメシスは僅かに軌道をずらして射線を抜け、次の瞬間には艦の横腹へ迫っていた。光の刃が振り抜かれ、主砲塔が根元から吹き飛ぶ。
だが、そこから追撃はしない。そのまま艦の脇を抜ける姿を見て、司令官の背筋に冷たいものが走った。
「全速後退! 距離を取れ!」
大型機は止まらない。
正面モニターの中で、その姿が急速に大きくなり、ついには艦橋の目前で停止した。
6本の腕を広げた巨体が、窓の向こうからこちらを見下ろしている。艦橋から、そのパイロットの顔を見ることなどできない。
それでも司令官には分かった。
最初から、ここを狙って来たのだ。
主腕から光の刃が伸びる。
「回避しろ! 早く――!」
叫びが終わるより先に、光が横一文字に走った。
艦橋が根元から切り離され、巨大な構造物が艦体を離れて、ゆっくりと回転しながら宇宙へ流れていく。
ネメシスはその光景を見届けようともせず艦体の下方へ滑った。腹部の砲口が開き、眩い光が放たれる。
ビームが艦腹を貫き、そのまま機関区画を焼き抜く。内部から爆発が連鎖し、艦体中央が大きく膨れ上がった。
次の瞬間、旗艦は巨大な火球となって宇宙へ砕け散った。
その爆発は、防衛線からもはっきりと見えた。
『敵の大型艦が沈んだ……』
『あの黒い機体がやったのか?』
僅かな驚きの後、防衛隊の通信に別の声が飛ぶ。
『敵の動きが乱れてる! 今だ、押し返せ!』
ジンが前へ出て、ゲイツがそれに続き、崩れ始めた敵部隊へ射撃を集中する。
その遥か前方では、白いレギナントを中心として12機のバンパイアがなお戦場へ広大な網を張り続けていた。
前へ進めば分断され、逃れようとすれば別の道を塞がれる。強固な陽電子リフレクターを備えたユークリッドさえ、その防御を破られるのではなく、防御を向ける方向そのものを選ばされている。
そして、その網の外では黒いネメシスが自由に戦場を駆けていた。
数で押し潰すはずだったプラント強襲部隊は、完全に勢いを失いつつあった。