機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
旗艦を失った大西洋連邦の艦隊には、目に見えて乱れが生じていた。統一されていた動きが崩れ、前進を続ける艦と速度を落とす艦が入り混じる。
ウィンダムやダガーLの編隊にも指示の遅れが生じ、先ほどまで防衛隊へ掛かっていた圧力が僅かに弱まっていた。その変化を、No.2は誰より早く利用した。
ネメシスが戦艦群から離れ、さらに奥へ進路を向ける。
「どこ行くんだ、No.2?」
シンが尋ねると、すぐに返答が返ってくる。
『輸送艦群を叩く』
「輸送艦?」
『100機を超える戦力をここまで運んできた艦だ。帰還先を残す理由はない』
シンは戦術表示へ目を落とした。敵艦隊の後方には、まだ複数の大型輸送艦が残っている。
搭載してきた機体の大半を吐き出した今も、補給と帰還の拠点として機能していた。そこを潰せば、展開中の敵は戻る場所を失う。
言っていることは分かる。それでもシンは、目の前の防衛線を見れば簡単には頷けなかった。
「でも今、防衛隊を置いていくのかよ。まだ戦艦だって丸々残ってるんだぞ」
「そうよ。あれがプラントまで来たら、防衛隊だけじゃ止めきれない」
ルナマリアも同意する。No.2は否定も反論もしなかった。
『だから加勢を頼んでいる。輸送艦は大型だ。俺だけでも沈められるが、時間が掛かる』
命令ではなく、必要な戦力を求めているだけだった。
No.2にシンたちを指揮する権限がないことは、本人も理解している。
レイが前方の戦況を確認した。ユークリッドはまだ残っているものの、セラと12機のバンパイアが広い範囲を押さえている。ルナマリアの火力もあり、防衛隊もミネルバ到着以前より態勢を立て直していた。
「シン、行け」
「レイ?」
「ここは俺とルナマリア、セラで支える。防衛隊もいる。ダガーLやウィンダムなら対処できる」
「でも……」
「輸送艦とはいえ大型艦だ。短時間で無力化するには、デスティニーの火力があった方がいい」
シンは黙って前方を見る。ジンやゲイツが今も性能差を抱えながら戦い続けていた。
目の前で味方が苦戦している以上、そこを離れることには抵抗がある。だが輸送艦を残せば、敵は補給も帰還もできる。戦闘が長引けば、結局は今ここで踏ん張っている防衛隊をさらに消耗させることになる。
感情だけなら残りたい。それでも、レイの判断が間違っているとは思えなかった。
「……そういう合理的なところ、セラとかNo.2とそっくりだよな、レイ」
半ば憎まれ口のつもりだった。
レイが僅かに目を細める。
シンはそれを見て、少しだけ笑った。
クローンであることを明かしてから、レイは以前より自分自身について考え込むことが増えたように見える。表面上はいつも通りでも、自分が何者なのかという問いを、1人で抱え込んでいることくらいはシンにも分かっていた。
だからこそ、余計に遠慮する気はなかった。
「でもまあ、そういう面倒くさいところも含めてレイだろ。今さらクローンだからって、俺が付き合い方変えると思うなよ」
「シン……」
「それに、俺たちは親友だからな。ここ、任せたぞ!」
言いたいことだけ言って、シンは操縦桿を倒した。
デスティニーが大きく旋回し、光の翼を広げてネメシスの向かった戦場の奥へ加速していく。
レイはすぐには返事を返せなかった。
自分がクローンであることを知っても、シンは変わらなかった。慰めようとも、哀れもうともしない。むしろ以前と同じように文句を言い、遠慮なく憎まれ口を叩き、そのうえで当然のように親友だと言う。
自分が何者から生まれたのかも、誰と同じ遺伝子を持つのかも、シンにとっては関係がないらしい。
その単純さが、今は少しだけ羨ましかった。
「……ああ」
短く返す。
すでに遠ざかり始めたデスティニーへ届いたかどうかは分からない。
「シンなりに、レイのこと励ましてるのよ」
ルナマリアの声が聞こえた。
「……あれでか?」
「あれでよ。素直に言ったらシンじゃないでしょ」
少し笑った後、ルナマリアの声が柔らかくなる。
「でも、私も同じだからね。レイがクローンでも何でも、今さら何か変わるわけじゃないんだから」
「ルナマリア……」
「だから1人で勝手に難しく考えないでよね」
今度こそ、レイは僅かに表情を緩めた。
「……善処する」
「そこは『分かった』でいいのよ」
ルナマリアが呆れたように返す。
レイはもう1度、遠ざかっていくデスティニーの光を見た。
胸の奥に残っていたものが消えたわけではない。それでも今は、それを1人だけで抱えている必要はないのかもしれないと思えた。
やがて視線を前方へ戻し、迫る敵へビームライフルを構えた。
*****
旗艦を失った大西洋連邦艦隊では、残された各艦の通信が錯綜していた。
このまま戦力を温存して後退すべきだという意見がある。すでに想定以上の損害を受け、敵には新たな戦力まで加わった以上、増援を待って再度攻撃する方が合理的だった。
しかし、それに反対する声も強い。今ほどプラント周辺の守りが薄くなる機会が、次にいつ訪れるか分からない。
『撤退すべきだ! 旗艦を失った以上、これ以上の攻撃継続には意味がない!』
『ここまで来て退けと言うのか! 敵の防衛線は目の前だぞ!』
各艦の回線で言葉がぶつかり合う。
やがて、その中の1隻から全艦へ通信が入った。
『このまま、コーディネーターに地球を奪われてもいいのか』
それまで続いていた応酬が止まる。
『我々がここで退けば、奴らは生き残る。そして再び世界を支配しようとするだろう。それを許すのか』
それは合理的な戦況分析ではなかった。
だが、大西洋連邦の中枢にはブルーコスモスの思想が深く浸透している。
彼らにとって、コーディネーターに世界を支配されることは、自らが死ぬこと以上に受け入れ難いものだった。
1隻の戦艦が前へ出る。それに別の艦が続き、やがて迷っていた艦艇までが進路をプラントへ向けた。
撤退という選択肢が消えていく。
目標はもはや勝利ではない。プラントの1市でもいい。外壁に穴を開けるだけでもいい。その先に暮らすコーディネーターを巻き込めれば、それでいい。
艦隊は前方で戦うすべてのMS部隊へ命令を下した。
防御を捨て、プラントへ向けて一斉に突撃せよと。
*****
「敵艦隊、速度上昇!」
アビーの声に、タリアがモニターを見上げる。戦艦群が前へ前へと押し出されていた。
「ここにきて突撃?」
「進路、変わりません! 全艦、プラント方向へ加速しています!」
タリアの表情が強張る。
こちらからの奇襲、ミネルバ隊による連携、そして敵旗艦の撃沈。ここまで崩されれば、残された選択は撤退しかないと思っていた。
「玉砕するつもり!?」
タリアはこういう敵の厄介さを経験から知っていた。
損害を避けようとする相手なら、射線や包囲によって行動を縛ることができる。撃墜される危険を避けようとするからこそ、セラの作る網も進路を選ばせることができた。
だが、自分が死ぬことを前提に突っ込んでくる相手には、それが通用しない。
「全防衛隊へ通達! 敵艦隊の突入を阻止! ミネルバ隊も防衛線を強化して!」
ダガーLとウィンダムが一斉に前へ出た。
先ほどまでなら、バンパイアのレーザーが進路へ走れば回避していた機体が、そのまま突っ込んでくる。レーザーが装甲を焼いても速度を落とそうとしない。
『こいつら、避けないぞ!』
ジンのパイロットが叫ぶ。
1機を撃ち落としても、その爆発を突き抜けるように次のウィンダムが迫る。ゲイツが胸部を撃ち抜いても、その後ろからさらに別の機体が飛び込んできた。
セラの広げた蜘蛛の糸は消えていない。しかし、その糸に触れることさえ恐れない敵を、先ほどまでのように狙った方向へ追い込むことはできなかった。
「来る!」
ルナマリアが長射程ビーム砲を放つ。一直線に突っ込んできたダガーLが撃ち抜かれ、その爆炎の横からウィンダムが現れる。
照準を切り替えるより早く、ブレイズザクファントムのビームライフルが機体を捉えた。
「ルナマリア、左だ」
「分かってる!」
レイの警告に合わせてインパルスが身を翻す。その直後、先ほどまでいた場所をユークリッドの大型ビームが貫いた。
だが、狙われていたのはルナマリアだけではない。
その先には、旧式のジンやゲイツで懸命に防衛線を支えている部隊がいる。回避しようにも、今からでは間に合わない。
『うわぁっ!』
『援護します』
1機のバンパイアが横から飛び込んだ。
防衛隊との間へ機体を滑り込ませ、構えたシールドで巨大なビームを正面から受け止める。
白光がシールド全面を覆い、縁から装甲へ熱が走った。機体そのものまで押し流されるように後退し、シールドの表面が赤く焼けていく。
もともとバンパイアのシールドは、ビームライフルの直撃を1発凌げる程度のものに過ぎない。ユークリッドの高出力砲撃を受け続けられるようには作られていなかった。
限界を迎える前に、そのバンパイアが射線から離れる。
その背後から、もう1機が飛び出した。
退いた仲間と入れ替わるようにシールドを構え、残ったビームを受け止める。
それも長くは保たない。
さらに次の1機が前へ出ようとしていた。
「ちょっと、待って! そんなの何度も受けてたら、あんたたちの方が先にもたなくなるわよ!」
思わずルナマリアが叫ぶ。
しかしバンパイア隊は応じず、次の砲撃に備えて再び位置を入れ替えていった。
ミネルバからもタンホイザーが放たれ、巨大な光が敵陣を横切る。ウィンダムとダガーLがまとめて薙ぎ払われるが、開いた空間へ後続がすぐに入り込んだ。
敵は止まらない。
戦場の至る所で爆発が続き、そのたびに防衛隊の反応も1つずつ消えていく。
タリアは戦術表示を睨みながら唇を噛んだ。このままでは防衛隊の損耗が限界を超える。
撤退を命じれば、その分だけ敵をプラントへ近づけてしまう。救援を回そうにも、すぐに投入できる予備戦力は残されていない。
その時、アビーが声を上げた。
「艦長!」
モニターの中央で、白いレギナントの両手が熱褐色の光を帯びていた。それだけではない。周囲のバンパイア12機も片腕を同じ色へ染めている。
「セラ、何をするつもり」
タリアが呟いた直後、セラの通信が防衛隊を含む回線へ流れた。
「
13機が一斉に加速した。
*****
レギナントを先頭に、バンパイア隊がユークリッド群へ突っ込む。
相手もその動きに気づき、大型ビーム砲を次々と向けた。正面には陽電子リフレクターが広がり、護衛のウィンダムも迎撃へ回る。
セラが捉えた射線が12人へ流れ、12人が見た敵の動きがセラへ返ってくる。その感覚を共有した13機は、砲撃が集中する直前に一斉に軌道を分けた。
大型ビームがその間を抜ける。
レギナントが1機の側面へ滑り込み、熱褐色に輝く爪を突き出した。陽電子リフレクターが向くより早く装甲を貫き、そのままコクピットへ達する。
巨体が小さく震え、推進光を失った。
同時に、バンパイアたちも別のユークリッドへ襲いかかる。
『やあっ!』
幼い声が通信に乗り、爪が装甲へ食い込む。1機が停止する横では、別のバンパイアが迎撃のビームをかわしながら懐へ潜り込み、片腕を突き立てた。
ユークリッドが次々と沈黙していく。
だが、敵も一方的にやられているわけではなかった。
1機のバンパイアへウィンダムのビームが突き刺さる。
『きゃああっ!』
幼い悲鳴が回線へ響き、機体が激しく回転していく。
アビーの指が一瞬止まった。
「バンパイア1機……大破しました」
声が僅かに震えていた。
戦術表示の上では、ただ1機の反応が失われただけだった。だが、その中にいるのはまだ幼い少女だ。
艦橋のクルーたちは、誰もがその悲鳴を聞いていた。
タリアは何も言わず、表情を硬くして戦場を見つめる。
さらに1機が大型ビームの端へ巻き込まれた。
『ああっ――!』
通信が途切れる。
別の1機はユークリッドへ爪を突き立てた直後、側面からダガーLの射撃を浴びた。
『っ……!』
小さな声を残し、機体が動きを止める。
「ちょっと……!」
ルナマリアの顔から血の気が引いた。
「セラ! あの子たち――」
言い終わるより早く、また1機の反応が消える。
セラにも聞こえていた。感覚が繋がっていた相手の1人が突然遠ざかり、共有していた視界が1つ消える。さらにもう1つが途切れ、広く覆っていた感覚の一部が欠けていった。
それでもセラは止まらない。
残ったバンパイアへ次の敵の位置が流れる。3機が別々の方向から1機のユークリッドへ迫り、防御面を向けようとする巨体の側面へ1機が爪を突き立てる。
攻撃を終えた機体はそのまま次の目標へ向かった。
最初の一撃だけで20機すべてを仕留められるわけではない。13機は攻撃を繰り返すたびに数を減らしながらも、1機ずつ確実に沈黙させていく。
やがて最後のユークリッドへレギナントが迫った。
2門の砲口が白い機体へ向いた瞬間、残っていたバンパイアの1機が横から射線へ飛び込む。
『L-31……!』
大型ビームが放たれ、バンパイアが吹き飛ばされた。
その影を抜けてセラが一気に距離を詰める。熱褐色の爪が装甲を貫き、一瞬遅れて巨体から光が消えた。
20機すべてのユークリッドが沈黙する。
だが、セラの周囲に残っているバンパイアは4機しかいない。8機が大破、あるいは戦闘不能となり、漂う機体の中には状況を確認できないものもあった。
ルナマリアは唇を噛む。
「こんなの……」
それでも敵の突撃は終わっていない。ユークリッドを失ったウィンダムとダガーLが、なおプラントへ向かっている。
セラは残った4機のバンパイアを後方へ下げると、自分はさらに前へ出た。8基のドラグーンがレギナントから放たれる。
1機のウィンダムがレギナントへ正面から迫った。
セラの放ったビームをかわしながら距離を詰める。その背後から1基のドラグーンが迫り、射撃することなく機体へ密着した。
次の瞬間、短い光が閃く。
ウィンダムは爆発しなかった。腕も脚も残っている。ただ、突然すべての力を失ったように動きを止め、そのまま宇宙を漂い始めた。
「……え?」
ルナマリアが目を見開く。
別のダガーLにもドラグーンが迫り、側面へ貼り付いた。再び短い光が走ると、その機体も外見をほとんど損なわないまま動きを止める。
壊れていない。外見だけなら、まだ戦えるようにすら見えた。
それなのに動かない。
ルナマリアは、その光景に覚えがあった。
「まさか……あれ……」
以前、シンたちがセラへ使わないよう戒めていた攻撃。
装甲を破壊するためではない。機体を大きく損傷させる必要もない。
ドラグーンを密着させ、ビームソードによってコクピット内部だけを正確に貫く。
「セラ、それは駄目!」
ルナマリアが通信を開こうとする。
「やめろ、ルナマリア」
「レイ!? でも、あれは……!」
「セラの判断は間違っていない」
「そんな……」
「今ここで決断しなければ、プラントが危ないんだ」
レイは正面から迫ったウィンダムを撃ち落としながら、視線をセラから外さなかった。
敵は避けない。損傷しても、1機でもプラントへ届こうと前へ出続けている。
ここで数を減らさなければ、防衛線が先に破られる。
ルナマリアにも分かっていた。
だからこそ何も言えない。
唇を噛みながら白い機体を見守る間にも、ドラグーンは飛び続けていた。敵機へ密着し、短い閃光を残すたびに、ウィンダムやダガーLが静かに動きを失っていく。
その中心でセラ自身も休むことなく前進を続けていた。
やがて、開いた通信回線へ小さな音が混じった。
『はっ……はっ……』
ルナマリアの表情が変わる。
一度だけではない。
短く息を吸い込み、また吐き出す音が、セラの通信へ僅かに乗っていた。
レイも気づいたらしく、視線をレギナントへ向ける。
2人とも、その息遣いを以前に聞いたことがあった。
レギナントの生体電池へ負荷が掛かり始めた時のものだった。
「セラ、もういいわ! 下がって!」
ルナマリアが叫ぶ。
『問題ありません』
「問題あるでしょ! 息、上がってるじゃない!」
セラは返答せず、再びドラグーンを敵へ向かわせた。
その時、別の通信が割り込む。
『L-31。NSRを報告しろ』
No.2だった。
セラの動きが僅かに止まる。
『問題ありません』
『聞いていない。NSRを報告しろ』
短い沈黙が入った。
ルナマリアには、その沈黙が珍しく感じられた。
やがてセラが、どこか観念したように答える。
『35。現在低下中』
通信の向こうで、No.2が僅かに息を吐いた。
『……面倒だな』
それだけ言うと、通信先を切り替える。
輸送艦群へ向かったシンは、No.2の後をただ追っていたわけではなかった。
護衛のウィンダムがこちらへ気づくと、デスティニーはネメシスから大きく離れる。
「そっちは任せた! 俺は右から行く!」
返事を待たずに光の翼を広げた。
迎撃に来た小隊へ正面から突っ込まず、1機目の射撃を潜って脇を抜ける。すれ違いざまにビームソードで胴体を切り裂き、続く2機へビームライフルを撃ち込んだ。
回避した1機へ一気に距離を詰める。
「邪魔するな!」
アロンダイトが振り抜かれ、ウィンダムが両断された。
残った護衛が離れた先には大型輸送艦がある。シンが狙ったのは艦橋ではなかった。
「帰れなくすればいいんだろ!」
デスティニーが艦体の下を抜け、アロンダイトで艦尾の推進部を深く切り裂いた。爆発が連続し、輸送艦の加速が止まる。
さらに格納区画の発進口へビームライフルを撃ち込み、使用不能に追い込んだ。
「次!」
すぐに別の艦へ向かう。
No.2が1隻を破壊する間に、シンは別の1隻を航行不能へ追い込み、そのまま3隻目の護衛を切り崩していった。
戻る場所を使えなくすればいい。
その目的だけを見据え、次の輸送艦へ機体を向ける。
そこへ突然、No.2から通信が入った。
『デスティニー。作戦変更だ』
シンはビームをかわしながら眉を寄せる。
「何だ、急に?」
『輸送艦はもういい。すぐに敵戦艦群を全滅させろ』
「どういうことだ」
『L-31の稼働限界が近い』
シンの顔から、戸惑いが消えた。
後方へ視線を向ける。その先では敵戦艦群がプラントへ向けて突撃し、防衛線が少しずつ押し込まれていた。
セラの機影も、まだその最前線にある。
No.2がわざわざ輸送艦を捨ててまで作戦を変える。その理由は十分だった。
「……セラがまずいんだな」
『そうだ』
「分かった!」
デスティニーが即座に反転する。
『俺は左から行く』
「じゃあ俺は右だ!」
二つ返事で応じると、シンは敵戦艦群の配置を確認した。
先頭に近い艦から落とす。
後続がその残骸を避ければ隊列が乱れ、突撃速度も落ちる。
「まとめて止めてやる!」
光の翼が大きく広がった。
ネメシスとは別の方向から、デスティニーが戦艦群へ突入していく。
*****
プラントへ突撃していた艦隊にも、次第に焦りが生まれていた。
前へ進めない。護衛は次々と撃墜され、頼みのユークリッドもすべて沈黙した。それでも防衛線を突破できていない。
さらに後方から、2機の異常な速度を持つ機体が戦艦群へ迫っていた。
『一度転進すべきではないか』
誰かが口にした。
今なら、まだ残っている艦艇だけでも離脱できるかもしれない。
しかし、その言葉に即座に応じる艦はなかった。
ここまで突撃し、撤退を主張した者たちを押し切って自ら前へ出た。今さら背を向ければ、何のためにこれだけの犠牲を出したのか分からない。
何より、一度捨てた退路を再び選ぶことを、誰も口にできなくなっていた。
1隻の戦艦がさらに速度を上げる。
その前方へ青白い光が走った。
光の翼を広げた機体が護衛のウィンダムを斬り伏せ、そのまま戦艦の側面へ回り込む。巨大な剣が主砲塔へ叩きつけられ、砲塔が根元から吹き飛んだ。
「まだ行かせるかよ!」
シンは機体を翻し、今度は艦尾へ回る。
推進部へビームライフルを連射すると、爆発が連続して艦の加速が目に見えて鈍った。
後続艦が進路を変え、速度を落とす。
「1隻!」
シンは止まらない。
光の翼を大きく広げ、すぐに隣を進む戦艦へ向かった。
主砲がこちらへ向く前に懐へ入り込み、アロンダイトを艦腹へ深く走らせる。
装甲が大きく裂け、内部から炎が噴き出した。
戦艦が傾きながら前列から脱落していく。
その光景を遠くに捉えながら、別の戦艦の艦長が歯を食いしばった。
「前へ出ろ! 止まるな!」
命令を飛ばした時、艦橋が僅かに暗くなる。
何かが外の光を遮った。
艦長が正面を見上げると、そこには先ほど旗艦を沈めた赤黒い大型機がいた。
6本の腕を持つ異形が、いつの間にか艦橋のすぐ外で静止している。
艦長は息を呑んだ。
無機質な機械のはずなのに、見られているような感覚があった。
まるで目が合ったような錯覚に陥る。
「撃て……何をしている! 撃て!」
だが、近すぎた。
赤黒い機体の腹部で光が膨れ上がる。
その遥か後方では、青白い翼を広げた機体が別の戦艦へ突入し、アロンダイトで推進部を切り裂いていた。
次の瞬間、艦長の視界が白く染まる。
音も、痛みも感じる暇はなかった。
艦橋も、その意識も、巨大な爆発の中へ消えていった。