機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

14 / 98
14.それぞれの夜

居住ブロックは静かだった。

 

戦闘はない。

訓練も終わった。

ミネルバの乗員たちは、それぞれの時間を過ごしている。

 

束の間の休息。

本来なら、そう呼べる夜だった。

 

だが、その静けさとは裏腹に、今夜は妙に寝付けない者が多かった。

 

*****

 

シンはベッドに仰向けになったまま、天井を見つめていた。

 

目を閉じる。

すると、昨日の格納庫での出来事が、嫌になるほど鮮明に蘇る。

 

『神経接続適性については、研究所において最高水準との評価を受けています』

 

セラの声。

淡々とした口調。

感情の起伏に乏しいその声。

 

だが、あの時だけは違った。

 

『Lシリーズの中でも、最上位評価でした』

 

ほんの少しだけ。

本当に、少しだけ。

 

誇らしげだった。

 

シンは眉をひそめる。

 

続いて思い出すのは、整備主任の言葉だった。

 

『1本でも刺さった瞬間に、激痛で悲鳴を上げてもおかしくない』

『痛みで失神しても不思議じゃないそうだ』

『この機体は、それを36本使う』

 

その言葉が、頭から離れない。

 

神経へ直接刺し込む。

身体の中の線を、無理やり引き抜かれるような痛み。

戦闘のたびに、それを受ける。

 

そんなもの、想像するだけで嫌になる。

 

それなのに。

 

『激痛を伴います。ですが、それが操作手順です』

 

セラの顔が浮かぶ。

 

少しも迷わず。

少しも躊躇わず。

ただ、そういうものだと答えていた。

 

シンは顔を覆った。

 

自分は、あの時言った。

 

インパルスにも付けてくれよ。

 

37%。

それだけを見ていた。

速く動ける。

反応できる。

勝てるかもしれない。

 

そのために何を差し出すのかなんて、考えていなかった。

 

「……馬鹿だろ」

 

誰に向けた言葉なのか。

自分でも分からなかった。

 

*****

 

ルナマリアも、眠れてはいなかった。

 

部屋の明かりは落としている。

だが、目だけが冴えていた。

 

枕に顔を埋める。

それでも、格納庫で見たセラの姿が頭から離れない。

 

普通なら怖がる。

嫌がる。

逃げ出したくなる。

そういう話だった。

 

直接神経へ針を刺される。

痛みで失神してもおかしくない。

適合できなければ、再利用不可。

 

その言葉の意味を、ルナマリアはまだ完全には飲み込めていない。

 

けれど、分かることもある。

 

あれは、褒められるようなものではない。

誇るようなものでもない。

 

それなのに、セラはほんの少しだけ嬉しそうだった。

 

どこの誰とも分からない研究所から与えられた評価を。

自分の身体が、あの機体を動かすために耐えられるという結果を。

 

まるで、勲章のように。

大切な宝物のように。

 

「そんなの……」

 

ルナマリアは小さく呟く。

 

「自慢することじゃないでしょ……」

 

静かな部屋へ、言葉だけが消えていった。

 

*****

 

レイは椅子に腰掛けたまま、窓の外を見ていた。

 

本来、感情論は好きではない。

戦闘で必要なのは、状況の把握と判断。

そこに余計な感情を挟めば、かえって危険になる。

 

神経接続。

それに伴う激痛。

身体への危険。

そして、そこから得られる反応速度の向上。

 

理屈としては理解できる。

性能向上も理解できる。

 

37%。

戦場でその差が何を意味するかも、分かっている。

 

だが、分からないことがあった。

 

なぜ、そこまでして戦う。

なぜ、そこまで耐える。

 

そして。

 

なぜ、それを誇りに思える。

 

研究所に評価された。

Lシリーズの中でも最上位だった。

36本に適合した。

 

セラは、それを価値あるものとして答えていた。

少なくとも、そう見えた。

 

レイは静かに目を閉じる。

 

答えは出ない。

 

ただ、あの白い機体の中で、少女が痛みごと使われていたという事実だけが、冷たく残っていた。

 

*****

 

アスランは自室の壁にもたれたまま、眠れずにいた。

 

脳裏に浮かぶのは、ラクス・クラインの顔。

そして、同じ輪郭を持つ少女の顔。

 

似ている。

だが、違う。

 

ラクスの言葉には意志があった。

願いがあった。

迷いながらも、自分で選ぼうとする強さがあった。

 

セラには、それが見えない。

 

いや、見えないように作られたのかもしれない。

 

名前を持たず。

研究所に評価され。

失敗作と呼ばれ。

痛みを手順として受け入れる。

 

ラクスを基準に作られた模倣個体。

 

その言葉が、今になって重く胸に沈む。

 

アスランは目を伏せた。

 

自分は、あの子に何を見ているのか。

ラクスの影か。

敵の兵器か。

それとも、助けるべき少女か。

 

答えは、まだ出せなかった。

 

*****

 

ブリッジ。

 

夜間当直のメイリンは、端末へ向かっていた。

 

静かな時間だった。

センサーは正常。

航路も異常なし。

普段なら、退屈なほど平穏な勤務。

 

それなのに、どうしても集中しきれない。

 

不意に、昨日のことを思い出してしまう。

 

『神経接続適性については、研究所において最高水準との評価を受けています』

 

セラの声。

そして、あの時の顔。

 

ほんの少しだけ。

本当に少しだけ。

嬉しそうだった。

 

メイリンは、メインパネルへ伸ばしていた手を止める。

 

胸の奥が、少し痛んだ。

 

普通なら。

 

勉強ができた。

褒められた。

 

運動ができた。

褒められた。

 

誰かを助けた。

感謝された。

 

そういうものだと思う。

 

でも、セラが褒められた理由は違う。

 

激痛に耐えられたから。

壊れなかったから。

あの機体を動かすために、身体を差し出せたから。

 

それだけだった。

それだけの評価しか、与えられていなかった。

 

「そんなの……違うよ……」

 

思わず呟く。

 

モニターに映る自分の顔が、少しだけ曇っている。

 

セラには何もない。

 

好きなものも。

嫌いなものも。

趣味も。

夢も。

将来の目標も。

 

聞いても返ってくるのは、

 

『ありません』

『必要ありません』

『把握していません』

 

そんな言葉ばかり。

 

メイリンは小さく息を吐いた。

 

本当にないのだろうか。

 

そうは思えなかった。

 

どこかにあるはずなのだ。

本人すら知らないだけで。

まだ見つかっていないだけで。

 

セラという名前も、きっと今はただの識別名にすぎない。

けれど、いつか違う意味になるかもしれない。

 

そうなってほしい。

 

メイリンが、そう思った時だった。

 

突然、モニターに警報表示が走った。

 

「え……?」

 

思考が、現実へ引き戻される。

 

モニター上に、新たな反応が現れた。

識別不明機。

高速接近。

それも、複数。

 

メイリンの顔色が変わる。

 

所属不明機(ボギー)確認!」

 

ブリッジ全体に緊張が走る。

 

メイリンは即座に照合を走らせた。

だが、返ってきた結果は空白だった。

 

「IFF応答なし。敵機(バンディット)と判断、複数接近中!」

 

声が自然と大きくなる。

 

「数は6!」

 

警報が、艦内へ響き渡った。

 

*****

 

シンが飛び起きる。

 

ルナマリアがベッドから飛び降りる。

レイが椅子から立ち上がる。

アスランもまた、自室の扉を開けて走り出した。

 

休息の時間は終わりだった。

 

格納庫では、整備員たちが慌ただしく走り回っている。

 

怒号。

警告灯。

床を叩く足音。

 

「急げ!」

「発進準備!」

「カタパルト開放!」

 

シンはインパルスへ飛び乗る。

ルナマリアはガナーザクウォーリアへ。

レイはブレイズザクファントムへ。

アスランも、自分の機体へ向かう。

 

それぞれの夜が、警報によって断ち切られていく。

 

『ミネルバ隊、緊急発進!』

 

タリアの声が響く。

 

次の瞬間、機体は宇宙へ放たれた。

 

*****

 

漆黒の宇宙。

 

インパルスが周囲を見渡す。

 

だが。

 

「……いない?」

 

シンが呟いた。

 

レーダーは空白。

熱源なし。

敵影なし。

何もない。

 

『こちらブレイズザクファントム』

 

レイの声が通信へ入る。

 

『周辺空域に敵機を確認できない』

『こちらガナーザクウォーリア。同じよ』

 

ルナマリアも周囲を見回す。

 

だが、やはり何もいない。

 

『こちらセイバー。広域にも反応なし』

 

アスランの声にも、警戒が滲んでいる。

 

『馬鹿な……』

 

誰かが、通信越しに呟いた。

 

確かに敵はいたはずだ。

メイリンの誤認とは考えにくい。

センサーにも、複数の反応が出ていた。

 

それなのに、消えた。

 

まるで、最初から存在しなかったかのように。

 

宇宙は静まり返っている。

 

だが、その静寂が、妙に不気味だった。

 

シンは知らず拳を握る。

 

何かがおかしい。

 

そんな予感だけが、胸の奥に残っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。