機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
居住ブロックは静かだった。
戦闘もない。
訓練も終わった、束の間の休息。
ミネルバの乗員達はそれぞれの時間を過ごしている。
だがその静けさとは裏腹に、今夜は妙に寝付けない者が多かった。
*****
シンはベッドへ仰向けになったまま天井を見つめていた。
瞼を閉じる。
すると昨日の格納庫での出来事が鮮明に蘇る。
『神経接続適性については、研究所において最高水準との評価を受けています』
セラの声。
淡々とした口調。
感情の起伏に乏しいその声。
だが、あの時だけは違った。
『Lシリーズ内でも最上位評価でした』
ほんの少しだけ。
本当に少しだけ……。
誇らしげだった。
シンは眉をひそめる。
続いて思い出す、整備主任の言葉。
『医療班の見解では1本でも刺して悲鳴を上げても不思議じゃない――
失神してもおかしくない』
『この機体はそれを36本使う』
その言葉が頭から離れない。
神経へ直接刺し込む。
そんなもの。
想像するだけで嫌になる。
そして、最後に浮かんだのは。
『激痛を伴います』
セラの顔。
少しも迷わず。
少しも躊躇わず。
『ですが、それが操作手順です』
シンは顔を覆った。
「……馬鹿だろ」
誰に向けた言葉なのか。
自分でも分からない。
ルナマリアも眠れてはいなかった。
部屋の明かりは落としている。
だが目だけが冴えていた。
枕へ顔を埋めながら彼女もまたセラの姿が思い浮かぶ。
普通なら怖がる。嫌がる。逃げ出したくなる。
そういう話だった。
それなのに――あの子は誇らしげだった。
何処の何かも分からない、怪しい機関から与えられた評価を。
まるで勲章のように。
大切な宝物のように。
「そんなの……」
ルナマリアは小さく呟く。
「自慢することじゃないでしょ……」
静かな部屋へ言葉だけが消えていった。
レイは椅子へ腰掛けたまま窓の外を見ていた。
本当は感情論は好きではない。
だが……。
理解できなかった。
神経接続。
それに伴う激痛。
そしてその危険性。
そこから得られるものが戦闘力の向上。
理屈としては理解できる。
性能向上も理解できる。
しかし、なぜそこまでして戦う。
なぜそこまで耐える。
そして――なぜそれを誇りに思える。
答えは見つからない。
レイは静かに目を閉じた。
ブリッジ。
夜間当直のメイリンは端末へ向かっていた。
静かな時間だった。
センサーは正常。
航路も異常なし。
普段なら退屈なほど平穏な勤務。
それなのに――
不意に、昨日のことを思い出してしまう。
『研究所において最高水準との評価を受けています』
セラの声。
そしてあの時の顔。
ほんの少しだけ。
本当に少しだけ。
嬉しそうだった。
メイリンはメインパネルの手を止める。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
普通なら――
勉強ができた。褒められた。
運動ができた。褒められた。
誰かを助けた。感謝された。
そういうものだ。
でも、セラが褒められた理由は違う。
激痛に耐えられたから。
壊れなかったから。
適性を持っていたから。
それだけだった。
それだけの評価しかなかった。
「そんなの……違うよ……」
思わず呟く。
モニターへ映る自分の顔が少しだけ曇っている。
セラには何もない。
好きなものも。
嫌いなものも。
趣味も。
夢も。
将来の目標も。
聞いても返ってくるのは、
『ありません』
『必要ありません』
『把握していません』
そんな言葉ばかり。
メイリンは小さく息を吐いた。
(本当にないのかな……)
そうは思えなかった。
どこかにあるはずなのだ。
本人すら知らないだけで……まだ見つかっていないだけで……。
その時だった。
突然、モニターに警報音が鳴り始めた。
メイリンの思考が現実へ引き戻される。
そしてモニター上に新たな反応が現れた。
「え……?」
息を呑む。
識別不明機が高速接近、それも複数。
メイリンの顔色が変わる。
「
ブリッジ全体へ緊張が走る。
彼女は即座に艦内放送へ切り替えた。
「IFF照合なし!
声が自然と大きくなる。
「数は6!」
警報が艦内へ響き渡る。
シンが飛び起きる。
ルナマリアがベッドから飛び降りる。
レイが立ち上がる。
アスランもまた部屋を飛び出した。
休息の時間は終りだ。
格納庫では整備員達が慌ただしく走り回る。
怒号、警告灯、慌ただしい足音。
「急げ!」
「発進準備!」
「カタパルト開放!」
シンはインパルスへ飛び乗る。
レイ、ルナマリア、そしてアスランも。
それぞれの機体へ。
『ミネルバ隊、緊急発進!』
タリアの声が響く。
次の瞬間、機体は宇宙へ放たれた。
漆黒の宇宙。
インパルスが周囲を見渡す。だが――
「……いない?」
シンが呟く。
レーダーは空白。
熱源なし、敵影なし、何もない。
『こちらブレイズザクファントム』
レイの声が通信へ入る。
『周辺空域に敵機を確認できません』
『こちらガナーザクウォーリア。同じです』
ルナマリアも周囲を見回す。
だが、やはり何もいない。
『馬鹿な……』
誰かが通信越しに呟いた。
確かに敵はいたはずだ。
メイリンの誤認とは考えにくい。
それなのに、消えた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
宇宙は静まり返っている。
だが、その静寂が妙に不気味だった。
シンは知らず拳を握る。
何かがおかしい。
そんな予感だけが胸の奥に残っていた。