機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
居住ブロックは静かだった。
戦闘はない。
訓練も終わった。
ミネルバの乗員たちは、それぞれの時間を過ごしている。
束の間の休息。
本来なら、そう呼べる夜だった。
だが、その静けさとは裏腹に、今夜は妙に寝付けない者が多かった。
*****
シンはベッドに仰向けになったまま、天井を見つめていた。
目を閉じる。
すると、昨日の格納庫での出来事が、嫌になるほど鮮明に蘇る。
『神経接続適性については、研究所において最高水準との評価を受けています』
セラの声。
淡々とした口調。
感情の起伏に乏しいその声。
だが、あの時だけは違った。
『Lシリーズの中でも、最上位評価でした』
ほんの少しだけ。
本当に、少しだけ。
誇らしげだった。
シンは眉をひそめる。
続いて思い出すのは、整備主任の言葉だった。
『1本でも刺さった瞬間に、激痛で悲鳴を上げてもおかしくない』
『痛みで失神しても不思議じゃないそうだ』
『この機体は、それを36本使う』
その言葉が、頭から離れない。
神経へ直接刺し込む。
身体の中の線を、無理やり引き抜かれるような痛み。
戦闘のたびに、それを受ける。
そんなもの、想像するだけで嫌になる。
それなのに。
『激痛を伴います。ですが、それが操作手順です』
セラの顔が浮かぶ。
少しも迷わず。
少しも躊躇わず。
ただ、そういうものだと答えていた。
シンは顔を覆った。
自分は、あの時言った。
インパルスにも付けてくれよ。
37%。
それだけを見ていた。
速く動ける。
反応できる。
勝てるかもしれない。
そのために何を差し出すのかなんて、考えていなかった。
「……馬鹿だろ」
誰に向けた言葉なのか。
自分でも分からなかった。
*****
ルナマリアも、眠れてはいなかった。
部屋の明かりは落としている。
だが、目だけが冴えていた。
枕に顔を埋める。
それでも、格納庫で見たセラの姿が頭から離れない。
普通なら怖がる。
嫌がる。
逃げ出したくなる。
そういう話だった。
直接神経へ針を刺される。
痛みで失神してもおかしくない。
適合できなければ、再利用不可。
その言葉の意味を、ルナマリアはまだ完全には飲み込めていない。
けれど、分かることもある。
あれは、褒められるようなものではない。
誇るようなものでもない。
それなのに、セラはほんの少しだけ嬉しそうだった。
どこの誰とも分からない研究所から与えられた評価を。
自分の身体が、あの機体を動かすために耐えられるという結果を。
まるで、勲章のように。
大切な宝物のように。
「そんなの……」
ルナマリアは小さく呟く。
「自慢することじゃないでしょ……」
静かな部屋へ、言葉だけが消えていった。
*****
レイは椅子に腰掛けたまま、窓の外を見ていた。
本来、感情論は好きではない。
戦闘で必要なのは、状況の把握と判断。
そこに余計な感情を挟めば、かえって危険になる。
神経接続。
それに伴う激痛。
身体への危険。
そして、そこから得られる反応速度の向上。
理屈としては理解できる。
性能向上も理解できる。
37%。
戦場でその差が何を意味するかも、分かっている。
だが、分からないことがあった。
なぜ、そこまでして戦う。
なぜ、そこまで耐える。
そして。
なぜ、それを誇りに思える。
研究所に評価された。
Lシリーズの中でも最上位だった。
36本に適合した。
セラは、それを価値あるものとして答えていた。
少なくとも、そう見えた。
レイは静かに目を閉じる。
答えは出ない。
ただ、あの白い機体の中で、少女が痛みごと使われていたという事実だけが、冷たく残っていた。
*****
アスランは自室の壁にもたれたまま、眠れずにいた。
脳裏に浮かぶのは、ラクス・クラインの顔。
そして、同じ輪郭を持つ少女の顔。
似ている。
だが、違う。
ラクスの言葉には意志があった。
願いがあった。
迷いながらも、自分で選ぼうとする強さがあった。
セラには、それが見えない。
いや、見えないように作られたのかもしれない。
名前を持たず。
研究所に評価され。
失敗作と呼ばれ。
痛みを手順として受け入れる。
ラクスを基準に作られた模倣個体。
その言葉が、今になって重く胸に沈む。
アスランは目を伏せた。
自分は、あの子に何を見ているのか。
ラクスの影か。
敵の兵器か。
それとも、助けるべき少女か。
答えは、まだ出せなかった。
*****
ブリッジ。
夜間当直のメイリンは、端末へ向かっていた。
静かな時間だった。
センサーは正常。
航路も異常なし。
普段なら、退屈なほど平穏な勤務。
それなのに、どうしても集中しきれない。
不意に、昨日のことを思い出してしまう。
『神経接続適性については、研究所において最高水準との評価を受けています』
セラの声。
そして、あの時の顔。
ほんの少しだけ。
本当に少しだけ。
嬉しそうだった。
メイリンは、メインパネルへ伸ばしていた手を止める。
胸の奥が、少し痛んだ。
普通なら。
勉強ができた。
褒められた。
運動ができた。
褒められた。
誰かを助けた。
感謝された。
そういうものだと思う。
でも、セラが褒められた理由は違う。
激痛に耐えられたから。
壊れなかったから。
あの機体を動かすために、身体を差し出せたから。
それだけだった。
それだけの評価しか、与えられていなかった。
「そんなの……違うよ……」
思わず呟く。
モニターに映る自分の顔が、少しだけ曇っている。
セラには何もない。
好きなものも。
嫌いなものも。
趣味も。
夢も。
将来の目標も。
聞いても返ってくるのは、
『ありません』
『必要ありません』
『把握していません』
そんな言葉ばかり。
メイリンは小さく息を吐いた。
本当にないのだろうか。
そうは思えなかった。
どこかにあるはずなのだ。
本人すら知らないだけで。
まだ見つかっていないだけで。
セラという名前も、きっと今はただの識別名にすぎない。
けれど、いつか違う意味になるかもしれない。
そうなってほしい。
メイリンが、そう思った時だった。
突然、モニターに警報表示が走った。
「え……?」
思考が、現実へ引き戻される。
モニター上に、新たな反応が現れた。
識別不明機。
高速接近。
それも、複数。
メイリンの顔色が変わる。
「
ブリッジ全体に緊張が走る。
メイリンは即座に照合を走らせた。
だが、返ってきた結果は空白だった。
「IFF応答なし。
声が自然と大きくなる。
「数は6!」
警報が、艦内へ響き渡った。
*****
シンが飛び起きる。
ルナマリアがベッドから飛び降りる。
レイが椅子から立ち上がる。
アスランもまた、自室の扉を開けて走り出した。
休息の時間は終わりだった。
格納庫では、整備員たちが慌ただしく走り回っている。
怒号。
警告灯。
床を叩く足音。
「急げ!」
「発進準備!」
「カタパルト開放!」
シンはインパルスへ飛び乗る。
ルナマリアはガナーザクウォーリアへ。
レイはブレイズザクファントムへ。
アスランも、自分の機体へ向かう。
それぞれの夜が、警報によって断ち切られていく。
『ミネルバ隊、緊急発進!』
タリアの声が響く。
次の瞬間、機体は宇宙へ放たれた。
*****
漆黒の宇宙。
インパルスが周囲を見渡す。
だが。
「……いない?」
シンが呟いた。
レーダーは空白。
熱源なし。
敵影なし。
何もない。
『こちらブレイズザクファントム』
レイの声が通信へ入る。
『周辺空域に敵機を確認できない』
『こちらガナーザクウォーリア。同じよ』
ルナマリアも周囲を見回す。
だが、やはり何もいない。
『こちらセイバー。広域にも反応なし』
アスランの声にも、警戒が滲んでいる。
『馬鹿な……』
誰かが、通信越しに呟いた。
確かに敵はいたはずだ。
メイリンの誤認とは考えにくい。
センサーにも、複数の反応が出ていた。
それなのに、消えた。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
宇宙は静まり返っている。
だが、その静寂が、妙に不気味だった。
シンは知らず拳を握る。
何かがおかしい。
そんな予感だけが、胸の奥に残っていた。