機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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(※)本話より展開はだいたい原作を元にしたオリジナル展開です。



145.命懸ける一撃(※)

月面ダイダロスの上空には、無数の残骸が漂っていた。

 

それらのすべてが、今回の戦闘で生まれたものではない。C.E.70よりも前から繰り返されてきた戦争の中で撃沈された艦艇、破壊されたMS、切り離された構造物。大小さまざまな残骸が長い年月をかけてこの宙域へ散らばり、今も静かに月を巡っている。

 

通常であればただのデブリに過ぎない。しかし警戒する側にとって、それは厄介な障害だった。レーダー波を不規則に反射し、微弱な熱を残す物体もある。何より、それらが幾重にも重なった宙域では、遠方の反応をデブリから切り分けることが難しい。

 

ミネルバでも索敵は続けられていた。だが、戦況そのものはザフトへ傾きつつあった。

 

「ステーション4周辺、防衛線に大きな変化はありません。オーブ軍も現位置を維持しています」

 

メイリンの報告に、タリアは正面モニターを見たまま小さく頷いた。

 

先ほどまで前進を続けていたオーブ・スカンジナビア軍は、ステーション5付近まで後退している。一方のザフトはステーション4を奪い返し、その周囲で防衛線を再構築していた。

 

完全な勝利にはまだ遠い。それでも、このままオーブ軍を押さえ込み、ステーション4を守り切ることができれば状況は変わる。いつまでも撃ち合いを続ける必要はない。戦場で優位を確立した後は、政治の領分だった。

 

プラントの外交部からオーブ本国へ、停戦、あるいは降伏を求める打診が行われる。これ以上戦えば艦隊を失うだけだと分かれば、オーブもスカンジナビアも無視はできない。そうなれば、この戦争は終わる。

 

わざわざレクイエムをもう一度発射し、世界中から非難を浴びる必要などない。タリアはそう考えていた。

 

そして、ギルバート・デュランダルという男ならば、その程度の政治的な駆け引きを理解していないはずがないとも思っていた。勝っているから撃つのではない。勝ったからこそ、撃たずに終わらせる。それくらいの判断はするはずだった。

 

張り詰めていた艦橋にも、そんな戦況を反映してか、わずかに空気の緩む時間が生まれていた。

 

「それにしても、驚きましたね」

「何がです?」

 

不意に口を開いたアーサーへ、メイリンが振り返る。

 

「セラですよ。あんなふうに大勢の前で話すなんて、今まで想像もしてませんでしたから」

「あ、それは私もです。あんなセラ、見たことありませんでした」

 

メイリンの声が少し弾んだ。

 

「いつも必要なことだけ言って、それで終わりなのに。自分からあんなに長く話すなんて」

「そうそう。しかも、ただ原稿を読んでいる感じじゃなかったでしょう?」

「はい。ちゃんと自分で考えて話している感じでした」

 

メイリンは思い出すように少し目を細める。

 

「前だったら、ああいうことを頼まれても『了解しました』で終わって、言われた通りのことしか話さなかったと思うんです。でも今回は、自分がどう思っているかまでちゃんと言っていて」

「変わりましたよねえ。最初にこの艦へ来た頃なんて、話しかけても必要な返事しか返ってこなかったのに」

「今でもそこまでおしゃべりじゃないですけどね」

 

メイリンが小さく笑った。

 

「でも、前よりちゃんと周りを見ているというか……誰かが困っていると気づくようになったし、自分から動くことも増えました」

「なるほど。じゃあ、あの演説もその延長ですか」

「たぶん……そうなんだと思います。それでも、あそこまでやるとは思いませんでしたけど」

「僕なんて最初、本当にセラなのかって――」

「2人とも」

 

タリアの声が割って入り、アーサーとメイリンが同時に姿勢を正した。

 

「話すなとは言わないけれど、まだ戦闘中よ。気を抜かないで」

「は、はい」

「すみません、艦長」

 

そう答えながらも、メイリンの表情にはまだ小さな笑みが残っていた。

 

*****

 

同じ頃、機動要塞メサイア周辺の宙域でも、先ほどまでの緊張はわずかに薄れていた。

 

シン、レイ、セラの3人は、本来であればすでにミネルバへ帰投しているはずだった。だが、その直前にオーブ・スカンジナビア軍の攻勢が始まり、そのままメサイア周辺の防衛へ回されている。

 

当初はザフト側が押されていたものの、ネメシスの投入を境に戦況は変わった。ステーション方面の防衛線は持ち直し、今ではザフト側がオーブ軍を押し返している。

 

「このままなら、何とかなるかもな」

 

デスティニーのコクピットで、シンが少しだけ肩の力を抜く。

 

『まだ終わっていない』

 

レイの声は変わらない。

 

『敵が後退しただけだ。再攻撃の可能性もある。警戒は続けろ』

「分かってるって。ちょっと言っただけだろ」

 

そう返したシンの視線が、戦術表示に並ぶ味方機の一つで止まった。

 

セラは先ほどからほとんど何も話していなかった。

 

数時間前、大勢へ向かって言葉を投げかけた少女と同一人物とは思えないほど、今は静かだった。それ自体は普段のセラへ戻っただけとも言えたが、戦闘が途切れて時間を持て余していたシンには、妙にその沈黙が気になった。

 

「セラ」

『はい』

「さっきから静かだな」

 

心配しているわけではない。調子が悪そうにも見えなかった。ただ普段なら戦闘に集中している時間に、珍しく何もすることがなくなったため、何となく声を掛けただけだった。

 

「演説で喋りすぎて、もう今日は喋らないつもりか?」

『何でもありません』

 

いつも通りの平坦な返事だった。

 

「なんだよ、それ」

 

シンが苦笑する。

 

だがセラは返さず、正面モニターの一角を見つめていた。

 

『……遠方に光跡が映った可能性があります』

「光跡?」

 

レイの声がすぐに変わる。

 

『位置は』

『ミネルバのいる方向です。一度だけ確認しました。デブリによる反射の可能性もあります。断定はできません』

 

シンも表示を切り替えたが、そこには無数のデブリ反応が重なっているだけだった。

 

「俺には何も見えないけど」

『はい。現在は確認できません』

 

セラはそれ以上何も言わなかった。

 

レイはしばらく同じ方向を確認していたが、警報も索敵報告も入ってこない。やがて3機は再びメサイア周辺の警戒へ意識を戻した。

 

*****

 

「……あとは、このまま押さえ込めれば」

 

誰に聞かせるでもなくタリアが呟いた時だった。

 

通信パネルに、通常とは異なる回線表示が灯った。

 

「艦長」

「後部対空監視所から通信です」

「後部対空監視所?」

 

メイリンの報告に、アーサーが怪訝そうに眉を上げた。

 

センサーによる索敵が常時行われている現在、そこが積極的に使われることはほとんどない。外部を直接監視するための設備ではあるが、通常ならば艦橋の情報だけで事足りる。

 

「誰からだ?」

「ユアンです」

「ユアン?」

 

通信が接続され、モニターの一角に少年の顔が映る。

 

『艦長、お忙しいところすみません』

「その前に君、何でそんなところにいるんだ?」

 

アーサーがすぐに口を挟んだ。

 

『え? ああ、その……今は見習いなので、あちこちの作業を手伝ってたんですけど、一通り終わったので』

 

ユアンは少し言葉を選ぶ。

 

『休むなら人の邪魔にならない場所にしようと思って、ここに』

「今は第2戦闘配備中なんだぞ。休憩って君――」

「アーサー」

 

タリアが制し、副長が口を閉じた。

 

「それで、ユアン。何かあったの?」

 

声を荒らげることもなく問いかけると、ユアンの表情が引き締まる。

 

『はい。さっき、左舷後方に光が見えました』

「光?」

『斜め上です。一瞬だけでしたけど、何かの推進光みたいな……』

 

タリアがメイリンを見るより早く、彼女の手はすでに動いていた。

 

「左舷後方……該当方向を検索します」

 

モニター上の索敵範囲が切り替わる。

 

「どう?」

「少し待って下さい」

 

メイリンがデータを追う。

 

「……デブリ反応だけです。今のところ、艦艇やMSに該当する反応はありません」

 

アーサーがユアンの映るモニターを見る。

 

「見間違いじゃないのか?」

『でも、確かに――』

「待って下さい」

 

メイリンがアーサーを遮った。通常の索敵表示を閉じると、すぐに探査条件を変更していく。

 

「ユアン、見えた方向、もう少し詳しく分かる?」

『左舷後方。上に40度くらい……たぶん、そのあたりです』

「了解」

 

複数の周波数へ切り替え、同じ宙域へ探査を集中させる。デブリとして処理されていた無数の反応を一つずつ除外し、熱源情報を重ねる。

 

数秒後、メイリンの手が止まった。

 

「……これは」

「メイリン?」

「艦長!」

 

その声に、艦橋の視線が一斉に集まる。

 

「8時方向、仰角40度付近! 大型熱源を確認!」

「艦艇?」

「断定できません。でも、この大きさ……大型艦クラスです!」

 

タリアは即座に正面モニターを見た。何もないはずだった後方宙域、そのデブリの向こうに、今まで存在しなかった反応が浮かび上がっている。

 

「識別を急いで。ダイダロスにも通報」

「了解!」

 

アーサーも表情を変えた。

 

「こんなところまで、いつの間に……」

 

誰も答えなかった。ただ一人、モニターの向こうにいるユアンだけが、まだ自分が何を見つけたのか分からない顔をしていた。

 

*****

 

ミネルバから警告を受けたダイダロス基地作戦司令部では、直ちに周辺宙域の再探査が始められた。一度位置を絞ってしまえば発見は早かった。

 

「艦影確認!」

「識別照合……一致しました。アークエンジェルです!」

 

オペレーターの報告に、室内がざわめいた。

 

「アークエンジェルだと?」

「間違いありません。月面上空をこちらへ接近中!」

 

戦術モニターに新たな艦影が表示され、その周囲にはすでに複数のMS反応があった。

 

「MSを展開しています。艦と同一進路!」

「進行方向は?」

「ステーション1です」

 

作戦司令官は表示を睨んだ。迷う余地はない。あの進路であれば、狙いはダイダロス基地そのものではなく、レクイエムの最初の中継点であるステーション1だ。

 

「全隊、迎撃態勢! ミネルバを敵艦の進路に回り込ませろ。敵艦接近、直ちに迎撃配置につけ!」

「了解!」

 

次々と命令が飛ぶ。だが、その直後だった。

 

「待ってください!」

「アークエンジェル後方、さらに大型艦反応!」

 

別のオペレーターの声に、司令官が振り向く。

 

「まだいるのか?」

「艦影照合します……」

 

表示された輪郭を見た数人が、結果を待つ前に息を呑んだ。

 

「エターナルです!」

 

今度のざわめきは、先ほどより大きかった。

 

クライン派の旗艦。そして何より、あの艦にはラクス・クライン本人が乗っている可能性が高い。

 

「アークエンジェルとの距離、縮まっています。こちらもステーション1方向へ進行中」

 

司令官が何かを命じるより先に、通信担当が振り返った。

 

「オープン回線で通信が入っています」

「発信元は?」

「エターナルです」

 

室内の空気が変わる。

 

「繋げ」

 

大型モニターに映像が開き、そこに現れたのは予想どおりラクス・クラインだった。

 

『ザフト軍の皆様へ』

 

静かな声が司令部へ流れる。

 

『これより、レクイエムの無力化に動きます』

 

騒めきが消えた。

 

『その兵器を再び誰かの頭上に撃たせるわけにはいきません。平和を想う意思があるのであれば、どうか私たちの進路を塞がないでください』

 

司令官はしばらくラクスを見つめていた。その後ろでは、誰も口を開かない。やがて通信卓へ一歩近づいた。

 

「ラクス様」

『はい』

「我々はザフトです」

 

低い声だった。

 

「我々に課せられた使命は、世界平和という大それたものではありません。まず、プラントの安全を守ることです」

 

ラクスは黙って聞いている。

 

「そしてプラントはこの施設を必要としている。プラントを守る要か、再び戦火をともす力への抑止力。どう使われるかは我々にも分かりませんが、それでも軍人として、任務は全うします」

 

誰かが頷き、それに続くように周囲の兵士たちも無言のまま同意を示した。

 

ラクスはしばらく何も言わなかった。やがてほんのわずかに目を伏せ、再び正面を見る。

 

『ならば、力をもって排除します』

 

通信が切れた。

 

数秒間、作戦司令部には何の声もなかった。それを破ったのは、オペレーターの声だった。

 

「エターナル周辺、MS部隊が動きます!」

 

戦術表示の光点が一斉に加速する。エターナルの周囲へ展開していたMS群が、先行するアークエンジェル側へ進路を合わせ、そのままステーション1へ向かっていた。

 

「敵数、16!」

「ムラサメ多数……12機を確認!」

「これは……ドム・トルーパー! 3機です!」

 

識別データが次々と表示される。その報告に、作戦司令部の空気がわずかに揺れた。

 

「ドム・トルーパーだと? あれは開発計画そのものが消えた機体ではないのか」

「識別データに一致します。間違いありません!」

 

ドム・トルーパー。ザクとの主力機競争に敗れ、量産化されることなく計画を終えた機体である。

 

その直後、別の識別表示が止まった。他のMSとは明らかに異なる、大きな反応だった。

 

「残る1機は?」

「照合できません」

 

オペレーターが何度か検索を繰り返す。

 

「詳細不明の大型機影です」

 

司令官が画面を睨んだ。

 

16機の増強中隊規模。その大半を占めるムラサメの動きにも乱れがない。おそらく寄せ集めではなく、オーブ側でも選抜された部隊なのだろう。

 

その前方にはアークエンジェルと、すでに展開していたMSがいる。後方にはエターナル。狙いは明白だった。

 

「ステーション1を落とすつもりか……!」

 

誰かが呟く。

 

司令官はすぐに通信担当へ向き直った。

 

「ミネルバへ情報を送れ。必ず迎撃させろ!」

「了解!」

 

*****

 

「第1戦闘配備!」

 

タリアの命令がミネルバ艦内へ響き、警報とともに各区画が一斉に戦闘配置へ移行する。

 

「アーサー、艦をステーション1側へ。敵艦隊の進路に入る」

「了解! 機関、進路変更!」

「メイリン、敵MSのデータを各機へ転送」

「はい!」

 

タリアは戦術モニターを見つめた。

 

アークエンジェル。こちらにとって見知らぬ艦ではない。それどころか因縁ともいえる。その艦が今、真正面からレクイエムへ向かっている。

 

「インパルス、発進準備。すぐに出せるようにして」

「了解」

 

命令が格納庫へ送られると、タリアは続いて通信を開いた。

 

「ダイダロス基地作戦司令部へ。こちらミネルバ。ステーション1迎撃のため、増援を要請します」

 

少し間があった。すぐには返事が来ない。

ダイダロス側にも余裕がないことは分かっていた。ステーション3から4にかけての戦線へ戦力を割き、オーブ軍の再攻勢にも備えなければならない。ここでさらに予備戦力をミネルバへ回せば、別の場所が薄くなる。

それでも、ステーション1を失うわけにはいかなかった。あそこを破壊されれば、レクイエムの中継機能そのものが大きく損なわれる。

 

やがて通信が返ってきた。

 

『……了解した』

 

タリアは黙って続きを待つ。

 

『増援を出す。そちらで受け入れてくれ』

「了解」

 

通信を切ると、アーサーがタリアを見る。

 

「艦長」

「何?」

「来ますかね。間に合うだけの戦力が」

 

タリアは答えず、正面モニターへ視線を戻した。

デブリの向こうには、先ほどまで存在すら確認できなかった2隻の艦がいる。アークエンジェルとエターナル。そして、その前方を進むMS部隊。

 

「間に合ってもらわないと困るのよ」

 

タリアは静かに言った。

 

「ステーション1を落とさせるわけにはいかないもの」

 

*****

 

メサイア周辺では、シンたちが引き続き警戒を続けていた。

セラが見つけた光跡について新たな反応はなく、シンもすでにそれを意識の外へ追いやりかけていた。その時、3機の通信回線へ緊急優先通信が割り込む。

 

『メサイア防衛隊各機へ。ダイダロス基地より緊急通達』

 

レイの表情が引き締まる。シンもすぐに姿勢を正した。

 

『ステーション1方面に敵艦隊出現。アークエンジェル、ならびにエターナルを確認。複数のMS部隊を伴い、現在ステーション1へ進攻中』

 

「アークエンジェル……!」

 

シンが正面を見据える。

先ほどセラが報告した光跡。その意味を理解するまでに時間はかからなかった。

 

『敵MSはムラサメ12、ドム・トルーパー3、詳細不明機1。アークエンジェル周辺にも複数機を確認。ミネルバは現在、敵艦隊迎撃のため移動中』

 

通信はそのまま続いた。

 

『メサイア防衛隊は戦力の一部をステーション1方面へ転用する。ミネルバ所属機、およびジュール隊は直ちに現宙域を離脱。ミネルバの援護へ向かえ』

 

シンがレイを見る。

 

「俺たちもか」

『当然だ。元々俺たちはミネルバ所属だ』

 

レイはそう答えると、すでに機体の進路を変え始めていた。

少し離れた位置では、同じ命令を受けたジュール隊の機体群も動き始めている。

 

『こちらジュール。命令を確認した。全機、俺に続け!』

 

イザークの声が回線へ響き、整然としていた部隊が次々とメサイア防衛線を離れていく。

 

シンもデスティニーを反転させた。

 

「セラ、行くぞ」

『了解しました』

 

セラの返事は、いつもと変わらない。

ただその視線だけが、先ほど光を見た方向へもう一度向けられていた。

ミネルバのいる宙域へ向けて、3機は加速を開始した。

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