機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
「少し感情的だったか」
それだけ言うと、No.2はネメシスの姿勢を安定させた。
敵機を追うことも、前線へ戻ることもしない。機体各部の状態を確認しながら、自分の呼吸が平常へ戻るのを待つ。
先ほどまで胸の奥に残っていた苛立ちも、戦闘が終われば急速に薄れていった。
だが、その時間はほんのわずかだった。すぐに通信が入る。
「No.2、聞こえる?」
「聞こえている」
「アークエンジェルがステーション1に来たの。こっちは手が足りない。悪いけどすぐ戻ってきて」
「……了解」
細かい状況を問い返す必要はなかった。声を聞けば、余裕がないことくらいは分かる。
通信を切ると、No.2はネメシスの機体をミネルバのいる方角へ向けた。
「……この現場も、稼働率が高い」
誰に聞かせるでもなく呟き、スラスターを吹かす。黒い機体はその場を離れ、一気に加速した。
*****
ミネルバから飛び出したブラストインパルスの正面に、無数の光跡が広がっていた。
「……多いわね」
ルナマリアは思わず呟いた。ムラサメだけではない。その先頭を、通常のMSを遥かに上回る2つの巨影が進んでいる。
「あれは……ミーティアユニット!?」
前大戦でフリーダムとジャスティスが使用した大型支援ユニット。兵器資料として知識はあったが、実物を見るのは初めてだった。
2機のミーティアは凄まじい加速を続け、そのままステーション1へ向かっていた。
これを1機で止めろと言われても無理がある。そう思った直後、後方から6つの反応が急速に近づいてきた。
「バンパイア隊、到着しました」
「え、6機?」
ルナマリアは一瞬だけ表情を明るくした。残っているのは4機だと聞いていた。
ならば、あとの2機も生き残っていたのか。
「よかった……あとの2人も無事だったのね」
「いいえ」
「え?」
「この2機は補充機です。搭乗個体も今回新たに配備されました」
感情のない返答だった。ルナマリアの表情から笑みが消える。
「じゃあ……前に乗ってた子たちは?」
「全個体、廃棄予定です」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「廃棄って……」
喉まで出かかった言葉を呑み込む。今は戦闘中だ。問い詰めても何も変わらない。
それでも、胸の奥に引っかかったものだけは消えなかった。
「……あとで聞くからね」
答えを待たず、ルナマリアは操縦桿を押し込んだ。
「まず、あれを止める!」
ブラストインパルスの4連装ミサイルランチャーが一斉に火を噴く。
ミサイル群は一直線に敵へ向かわず、大きく散開した。ムラサメ隊の正面だけでなく左右へも広がり、進路を塞ぐように殺到する。
オーブ側の編隊が割れた。そこへレール砲を連射する。
高速の実弾を嫌ったムラサメが散開した瞬間、今度はケルベロスを構える。その大型ビーム砲から太い光が放たれ、横薙ぎに戦列を貫いて1機が爆発した。
さらに回避へ移った2機の進路へ、別方向から撃ち込まれたビームが重なる。
連続して2つの火球が咲く。
「3機……!」
想像していたより少ない。残ったムラサメはすでに大きく散開し、それぞれが速度を落とさないまま前進を続けている。
そして先頭の2機は、ほとんど速度を失っていなかった。
「速すぎる……!」
ブラストインパルスでは追いつけない速度だ。一瞬、フォースシルエットを要請する考えが浮かぶ。
だが換装のために戻っている時間などない。その間にも2つの大型機影はステーション1へ近づいていく。
ルナマリアが機体を前へ出そうとした時だった。左右から2機のバンパイアが飛び出した。
「ちょっと、待ちなさい!」
返事はない。2機はインパルスを追い抜き、そのまま大型機の1つへ向かっていく。
その動きを見て、ルナマリアは眉をひそめた。操縦が拙い。
加速も進路変更も直線的で、先ほどまで見てきたバンパイア隊とは明らかに違う。
素人ではない。それでも、実戦経験の浅さは隠しようがなかった。
大型機から光が走る。2機のバンパイアが左右へ割れた。
回避そのものは間に合った。だが急激に軌道を変えたことで隊形が崩れ、片方が大きく外へ流される。
それでも2機は引かなかった。
オープンチャンネルが開く。
「そこまでです」
「これ以上は行かせません」
ルナマリアは息を呑んだ。幼い。若いなどというものではない。
戦場で聞くには、あまりにも幼い声だった。
動きが一瞬だけ鈍る。ほんの一瞬。それだけで十分だった。
「そこ!」
ルナマリアが即座にケルベロスを構え、トリガーを引く。
その大型ビーム砲から放たれた光が宇宙を貫いた。
巨体が横へ滑るように軌道を変える。
だが、その巨大な兵装ユニットでは躱しきれず、後部をビームが掠めた。装甲が弾け、推進器の1基が爆発する。
ミーティアの姿勢が大きく傾いた。
「当たった!」
ルナマリアが追撃へ移ろうとした直後、損傷した大型ユニットが切り離される。
巨大な構造体が火花を散らしながら流れていく。
その内側から、1機のMSが飛び出した。
赤と白を基調とした機体。背後から分離した大型ユニットを蹴るようにして姿勢を変え、両脚を広げながらこちらへ向き直る。
ルナマリアの目が見開かれた。
「ジャスティス……?」
「ルナマリア!」
聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
「アスランさん……」
「お前は、こんなところで何している!」
インフィニットジャスティスが接近する。ルナマリアは反射的にケルベロスを向けた。
「レクイエムが何をする兵器なのか、お前だって分かっているはずだ! こんなものは――」
「う、うるさい!」
ケルベロスの砲口が閃く。
アスランは機体を捻り、ビームを脇へ流した。その動きを止めずに一気に間合いを詰めてくる。
ルナマリアはビームジャベリンを展開した。
斬撃が交差する。金属同士が触れるより早く、2本のビーム刃が激しく火花を散らした。
押し切られる前にルナマリアがスラスターを吹かす。後方へ抜けながらジャベリンを振り上げ、追ってきたジャスティスの胸元を薙ぐ。
アスランはそれを紙一重で外し、そのまま距離を取った。
「ルナマリア、聞け!」
「聞かない! 言われなくたってそんなこと分かってる!」
再び2機が激突する。
その横を、もう1つの巨大な機影が通り抜けていった。ルナマリアが視線を向ける。
「しまった……!」
もう1機のミーティアは速度を落とさず、こちらの戦闘を横目に、そのままステーション1へ向かって加速していく。
追わなければならない。だが、その進路へ移ろうとした瞬間、インフィニットジャスティスが前へ回り込んだ。
「退いてください、アスランさん!」
「退くのはお前だ!」
2つのビーム刃が再び激突した。
*****
ミネルバとアークエンジェルは、互いの進路を奪い合うように接近していた。
「ナイトハルト!」
「ナイトハルト、発射!」
ミネルバ両舷のミサイルランチャーから、ミサイルが一斉に吐き出される。
対するアークエンジェルもミサイルを放ち、両艦の間で無数の光点が交差した。直後には近接防御機関砲の弾幕が宇宙を埋め、迎撃されたミサイルが次々と爆発する。
白い閃光と破片が両艦の間へ広がった。
「敵艦、右へ回頭!」
「トリスタン、照準を合わせて!」
ミネルバの2門のビーム砲が旋回し、アークエンジェルへ砲口を向ける。
だが、その射線の先に白い艦はいない。ミサイルを避けるために取ったはずの進路から、さらに艦体を傾けている。
巨大な船体が滑るようにロールし、ビーム砲の射線を外していく。
タリアが小さく呟いた。
「相変わらず……戦艦とは思えない動きをするわね」
アークエンジェルの艦橋では、マリューが声を上げていた。
「ゴットフリート、撃て!」
遠く、アークエンジェルの大型ビーム主砲が光る。
ミネルバの艦首が沈む。2本の光束が船体すれすれを走り抜けた。
完全には避け切れず、右舷外装が爆ぜる。
「右舷第6区画に被弾! 外装損傷!」
「火災は」
「ありません!」
「イゾルデ、目標アークエンジェル!」
「イゾルデ、アークエンジェルに照準、撃て!」
収納されていた3連装実弾砲がせり上がると、3門の砲口から巨大な砲弾が放たれる。
アークエンジェルも艦を振る。1発が外れ、もう1発が船体脇を抜ける。
最後の1発が左舷後部を掠め、装甲板を吹き飛ばした。
それでも速度は落ちない。
「敵艦、ステーション1への進路を維持!」
メイリンの報告に、タリアは前方を睨んだ。
アークエンジェルはこちらを倒すために戦っているのではない。進みながら戦っている。
だからこそ、こちらもその進路から退くわけにはいかなかった。
「艦首を戻して。後ろにつくわ」
「了解!」
ミネルバが再び加速する。2隻の戦艦が、互いの砲火をくぐりながら距離を詰めていった。
*****
その戦場から少し離れた宙域では、黄金の機体を4機のバンパイアが取り囲んでいた。
「こいつら……!」
ネオが操縦桿を倒す。アカツキのビームライフルが火を噴いた。
1機のバンパイアへ向かったビームは、命中する寸前で虚空を抜ける。
別の1機が左から迫る。赤熱した右手が、アカツキの脇腹を狙って伸びた。
ネオは機体を反転させ、ヒートクローをシールドで受け流した。
その勢いを利用してビームサーベルを振るう。だが、そこにはもう敵がいない。
「またかよ!」
斬撃を読んでいたかのように、バンパイアは刃が届く直前で離れていた。
追おうとすれば別の1機が入る。そちらへビームライフルを向ければ離れ、今度は背後から別機が距離を詰める。
4機の連携は洗練されて隙がない。1機が退く瞬間には、必ず別の1機がそこへ入ってくる。
アカツキが射撃距離を作ろうとすれば、一斉に間合いを詰める。逆にこちらから斬り込めば、4機すべてが無理に付き合わず散開する。
倒しに来ているのではない。ここへ縛りつけるつもりだ。
「アークエンジェルから引き離したいってわけか……!」
ネオが舌打ちする。再びヒートクローが迫る。
機体を捻ってその腕をかわし、すれ違いざまにビームサーベルを振り抜く。
今度こそ捉えた――はずだった。
バンパイアは斬撃が来るより先に機体を沈めていた。ビーム刃が頭上を抜ける。
「……まるで心でも読まれてるみたいだな」
冗談めかして口にしたものの、笑う余裕はない。
アカツキにとって、相手のビーム兵器そのものは脅威ではない。撃たれてもヤタノカガミで弾き返せる。
だからこそ、4機は撃たない。
使うのはヒートクローだけ。黄金の装甲では無視できない攻撃を、4方向から途切れなく繰り返してくる。
ネオは正面の1機へ踏み込んだ。ヒートクローが振り下ろされる。
シールドで軌道を逸らし、そのまま肩をぶつけるように相手を弾き飛ばす。
そこへ2機目が突っ込む。
だがネオは振り向かなかった。背部の誘導式ビーム砲が背後へ回り込み、至近距離から光を放つ。
バンパイアが身を翻す。その一瞬でアカツキが包囲を抜けようと加速する。
だが、進路の先にはすでに3機目がいた。
「ちっ……本当に面倒だな、こいつら!」
黄金の機体は再び足を止められた。遠くでは、アークエンジェルとミネルバの砲火が交差していた。
*****
ルナマリアは息を切らしていた。
ブラストインパルスのビームジャベリンと、インフィニットジャスティスのビームサーベルがぶつかる。
押し返し、距離を取る。すぐにアスランが来るかと思ったが、来ない。
一定の距離を保ったまま、こちらを見ている。
「何なのよ……!」
ケルベロスを向ける。アスランがわずかに軌道を変える。
ルナマリアは大型ビーム砲を撃ち、光軸を外したジャスティスへ続けてレール砲を撃ち込む。
ジャスティスが射線の間を抜ける。だが、反撃は浅い。
こちらが下がれば追う。前へ出れば距離を取る。
決して逃がしはしないのに、無理に仕留めようともしてこない。
「馬鹿にして……!」
ルナマリアが機体を前へ出した。ビームジャベリンを大きく振りかぶる。
アスランはそれを受けず、横へ抜けた。ルナマリアも機体を捻り、逃した刃を返して追う。
その瞬間、警告表示が灯った。
一つ。二つ。次々と赤く変わっていく。
「え……?」
出力が落ちた。ブラストインパルスの装甲から、鮮やかだった色が抜け始める。
ルナマリアの顔が強張った。
「エネルギー……!」
ようやく気づいた。
アスランは最初から、これを待っていたのだ。
重装備のブラストで撃たせ続け、ミネルバから引き離し、デュートリオンビームを受ける機会を与えない。
「ルナマリア」
アスランの声が聞こえる。
インフィニットジャスティスが動いた。速い。
今まで一定に保たれていた距離が、一瞬で消える。
ルナマリアは咄嗟にビームジャベリンを構えた。だが出力が続かない。
ビーム刃が弱まり、消える。
「っ……!」
アスランのビームサーベルが振り上げられる。
その時だった。2機の間を裂くように、凄まじい光が走った。
アスランが反応する。振り下ろしかけていたサーベルを止め、機体を大きく横へ流す。
高出力ビームがその直前までいた空間を貫き、そのまま遥か彼方へ消えていった。
ルナマリアが息を呑む。
「……え?」
光が来た方向を見る。3つの機影が急速に接近していた。
先頭を進む白い巨体。その周囲には8基のドラグーン。レギナント。
その左右から、レジェンドとデスティニーが追いついてくる。
「シン!」
デスティニーが一気に前へ出た。
「ルナ! 大丈夫か!」
「遅いのよ……!」
思わず怒鳴り返した声に、自分でも分かるほど安堵が混じった。
インフィニットジャスティスが距離を取る。そしてアスランの視線の先で、レギナントのドラグーンがゆっくりと広がり始めた。
「ルナ、下がれ!」
シンの声が通信へ飛び込む。
「ここからは俺たちがやる!」