機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
レギナントはインパルスを抱きかかえるようにして、ミネルバのいる宙域へ向かっていた。
とはいえ、完全に戦場から離れたわけではない。互いの位置を捕捉できる距離を保ち、レギナントなら数分で戻れる範囲にいる。
「ミネルバ、こちらインパルス。エネルギー残量が限界よ。補給をお願い」
ルナマリアの通信に、すぐメイリンが応答した。
「現在、本艦はアークエンジェルと交戦中。デュートリオン照射姿勢を取れません。着艦も今は難しいです」
「そんな……」
セラはレギナントの速度を落とした。
突然減速した機体に抱えられたまま、ルナマリアが戸惑った声を上げる。
「セラ?」
「このまま近づくと、戦闘に巻き込まれます」
淡々と告げられ、ルナマリアは正面モニターへ視線を落とした。
フェイズシフトの落ちたインパルスは、戦闘に復帰できる状態ではない。
「……私がちゃんと残量を見てれば」
小さく漏れた声には、悔しさが滲んでいた。
「まだ戦えたのに。あの時、もう少し考えてれば……」
セラは返事をせず、しばらく考えた。
やがて通信回線をミネルバ艦橋へ切り替える。
「艦長」
「セラ?」
「これからミネルバを援護します。その間に、インパルスへ送電できる体勢を作ってください」
タリアは眉を寄せた。
「援護って、あなた……」
レギナントは強力な機体だが、その武装は対MS戦と空間制圧を主眼としている。
最も威力のあるビームスプレーガンでさえ、アークエンジェル級の戦艦の装甲は貫けないだろう。
メイリンの顔色が変わった。
「まさか、また近接戦闘するつもり!? 駄目だよ!」
セラは首を横に振る。
「しません」
少しの間を置き、続けた。
「私はミネルバで色んなものを貰いました」
「え?」
「だから、それでアークエンジェルを捉まえます」
セラは返事を待たず、レギナントの腕をインパルスから離した。
機体をその場へ残すと、白い大型スカートが開き、レギナントはアークエンジェルへ向かって一気に加速した。
「セラ!」
ルナマリアの声が遠ざかる。
タリアはしばらくレギナントの反応を見つめていた。
やがて息を吐き、艦長席から命じる。
「機関、回頭準備。インパルスの位置へ艦首を向ける」
「艦長?」
「セラならきっと時間を作ってくれる。無駄にはできないわ」
「……了解!」
ミネルバがゆっくりと姿勢を変え始める中、レギナントから8基のドラグーンが飛び立つ。
それぞれが大きく散開すると、巨大な魚へまとわりつく小魚のように、アークエンジェルの上下左右を絶えず横切っていった。
「敵機のドラグーンが多数接近してます!」
ミリアリアの報告と同時に、マリューが命じる。
「イーゲルシュテルン、迎撃!」
アークエンジェル各所の機関砲が火を噴いた。
無数の機関砲弾がドラグーンへ浴びせられ、その軌跡を示す曳光弾の光が宇宙に幾筋も走る。
ドラグーンは散開し、それを砲口が追う。
さらに別の機関砲が火線を重ね、逃げ道を狭めていった。
セラは、そのすべてを見ていた。
どこから撃っているか、どの砲塔がどの方向を受け持っているかを確かめ、射界の重なりと、その間にできる死角を見極めていく。
ドラグーン1基が反転した。
細いビームが右舷側のイーゲルシュテルンへ伸び、そのまま砲塔を捉えたが、直撃を受けても機関砲は止まらない。
「効果なし。通常火力では破壊不能」
セラは短く呟き、ドラグーンの出力設定を切り替える。
「ブラストモードを選択」
ドラグーン内部に蓄えられていた電力が1射へ集中し、先ほどより強いビームが再び砲塔へ叩き込まれた。
今度は基部で爆発が起こり、装甲片を撒き散らしながらイーゲルシュテルンが沈黙する。
別のドラグーンも続けて1射を放ち、もう一つの砲塔を破壊した。
2基はすぐに離れるとレギナントの下へ戻り、数秒の接続で急速にエネルギーを取り戻してから、再びアークエンジェルへ向かって飛び立っていく。
「右舷第3機関砲塔、沈黙!」
「続いて第5、第6も反応消失!」
「ドラグーンが対空火器だけを狙っています!」
マリューは眉間に皺を寄せた。
「艦そのものを狙っていない……?」
新たなドラグーンが砲火の間を抜け、アークエンジェル右舷で爆発が起こる。
攻撃そのものは致命傷にはならない。だが、対空網には確実に穴が開き始めていた。
「残存する砲は射界を重ねて。ノイマン、右舷を振られすぎないで」
「はい!」
艦が姿勢を変え、残った砲塔が互いの死角を埋めるように火線を集中させる。
その時、ミリアリアが別の表示に気づいた。
「艦長、ミネルバが離れていきます」
「何ですって?」
「こちらとの距離を取っています。回頭中です」
マリューは戦術表示へ目を向けた。
レギナントはまだこちらへ張り付いている。それなのに、ミネルバ本艦は交戦距離から外れようとしていた。
「何かあったのかしら……」
理由は分からない。
だが、今までミネルバとレギナントを同時に相手にしていた圧力が、一時的に消えたことだけは確かだった。
「この隙に体勢を整えます。残っている対空火器を右舷へ集中。機関、艦姿勢を戻して」
「了解!」
アークエンジェルはレギナントのドラグーンを迎撃しながら、崩されていた戦闘姿勢を立て直していく。
一方、ミネルバはアークエンジェルへ背を向ける形になっていた。
後方警戒は続けているものの、戦闘中の敵へ艦尾を晒す危険な姿勢だった。
タリアは後方表示を確認する。
「レギナントは」
「アークエンジェル周辺で交戦継続。まだ追ってきません」
「インパルスとの距離は?」
「送電可能範囲です」
前方モニターに、灰色へ変わったインパルスが映る。
「ルナマリア機、こちらミネルバ。受電体勢に入ってください」
「了解!」
インパルスが機体を起こし、スラスターを絞ってミネルバ正面へ受信部を向ける。
細かな姿勢制御を終え、機体の姿勢が定まった。
「インパルス、姿勢固定確認」
「照射軸、安定」
「デュートリオン送電システム、接続準備完了」
タリアが小さく頷いた。
「送電開始」
「デュートリオンビーム、照射します!」
ミネルバから伸びた光が、真っ直ぐにインパルスへ届く。
機体表面を包んでいた灰色が少しずつ本来の色へ戻っていき、ルナマリアの正面表示ではエネルギー値が急速に上昇した。
「きた……!」
ルナマリアが握っていた操縦桿へ力が戻る。
停止していたシステムが立ち上がり、武装表示が次々と復帰すると、推進器の出力も正常域へ戻っていった。
インパルスが、再び息を吹き返す。
「よし!」
ルナマリアは顔を上げた。
「まだやれる。私だって、もっとやれるんだから!」
*****
「ルナマリア、戦況を報告して」
タリアの声に、ルナマリアはすぐに答えた。
「シンはジャスティスと交戦中です。レイはフリーダムを追って、ステーション1へ向かいました」
「フリーダムがステーション1へ……」
タリアは戦術表示へ目を落とした。
ステーション1の方向にはフリーダムと、それを追うレジェンドの反応がある。だが、本来なら同じ方面へ進んでいると考えていたもう一つの艦影が見当たらない。
「エターナルは?」
「私は見てません。ジャスティスと戦ってから、こっちには来てないと思います」
「そう……」
タリアはわずかに眉を寄せた。
戦闘の混乱で別の戦域へ向かったのか。だとすればどこなのか。
その時、通信士が声を上げる。
「艦長、ダイダロス基地から緊急通信です!」
「繋いで」
モニターへ通信表示が開く。
「こちらダイダロス作戦司令部。ミネルバ、応答願う。戦況に重大な変化が発生した」
タリアの表情が引き締まった。
「こちらミネルバ。状況の報告をお願いします」
「ジュール隊が命令系統を離脱。ラクス・クライン側へ合流した」
艦橋の空気が変わった。
「ジュール隊が……?」
アーサーが思わず声を漏らす。
「現在、同隊は敵戦力としてメサイア防衛網へ侵入している。防衛部隊は想定外の攻撃を受け、戦線維持が困難になりつつある」
戦術表示にメサイア方面の情報が転送される。
味方として数えられていた精鋭部隊が消えたのではない。そのまま敵へ回り、今度はこちらへ銃口を向けている。
「可能なら1機でもいい。とにかくメサイア方面へ増援を回してほしい」
タリアはすぐには答えられなかった。
シンはジャスティスと交戦しており、レイはフリーダムを追ってステーション1へ向かった。
セラはアークエンジェルを足止めし、ようやく補給を終えたルナマリアも、これから本艦の戦線へ戻す必要がある。
どの戦場も、手を抜ける状態ではなかった。
「……すぐには無理です。こちらも複数の戦闘を抱えている」
「承知している。だが、可能なら頼む」
「状況を確認して連絡します」
通信が切れると、タリアは戦術表示を睨んだまま短く息を吐いた。
その時、ルナマリアが何かを思い出したように顔を上げる。
「そうだ艦長、No.2に戻ってくるよう連絡してあります」
「No.2に?」
「はい。人手が足りなかったから、こっちに戻ってきてって」
メイリンはタリアへ視線を向け、その頷きを確かめると、すぐに回線を切り替えた。
「No.2、こちらミネルバ。応答して」
数秒のノイズの後、声が返ってくる。
「……こちら、No.2」
いつもの平坦な声だったが、その背後に混じる呼吸だけが明らかに違っていた。
「No.2?」
メイリンの手が止まる。
「どうした」
「その息……大丈夫なの?」
短い沈黙の向こうで、荒い呼吸が一度入った。
「問題ない。今はアークエンジェルの直掩機と交戦中だ」
淡々とした答えだったが、メイリンは通信画面から目を離さず、回線と共に送られてきたネメシスの簡易ステータスを開いた。
表示された数値を見た瞬間、表情が変わる。
「艦長……」
タリアが振り向く。
「どうしたの?」
「ネメシスの生体電池残量、もう危険域に入ってます」
その言葉に、タリアの目つきが鋭くなった。
セラのレギナントで何が起きたのかを、ミネルバの人間は知っている。
「No.2、聞こえているわね。戦闘継続は可能なの?」
「可能だ」
返答は早かった。
「まだ動ける」
メイリンは納得していない表情で表示を見つめている。
タリアも数値を確認したが、今すぐ彼を戻せばアークエンジェルの直掩機が自由になる。
「他の機体は? バンパイア隊はどこにいるの?」
「別戦域へ向かわせた。ダイダロス方面だ」
タリアが顔を上げる。
「ダイダロス方面……」
ステーション1からダイダロスへ向かう進路上にはメサイアがあり、バンパイア隊はその付近を通る。
同時に、先ほどから引っかかっていたもう一つの疑問が繋がった。
「No.2。エターナルを見なかった?」
「確認していない」
No.2は一度呼吸を整えてから続けた。
「だが、インパルスとすれ違っていないなら、そちらへ向かった可能性が高い」
「……やっぱり、ダイダロス方面ね」
タリアは戦術表示を見直し、エターナルとそこへ合流したジュール隊、その進路上にあるメサイア防衛網の位置関係を確かめた。
偶然とはいえ、バンパイア隊も同じ方向へ先行しており、No.2も同じ結論へ至っていた。
「L-31」
「はい」
「バンパイア隊と合流しろ。指揮を取れ」
アークエンジェル周辺を飛び交っていたレギナントのドラグーンが、一瞬だけ動きを鈍らせた。
セラはすぐにタリアへ通信を開く。
「艦長、指示を要請」
タリアは迷わなかった。
「セラ、メサイア防衛網の援護へ向かって。途中でバンパイア隊と合流し、その部隊を使って防衛線を支えて」
「了解しました」
タリアは続けてNo.2へ視線を戻す。
「No.2、あなたは今の直掩機をそのまま抑えて」
「了解」
「ただし」
声を少し強める。
「限界を越える前にインパルスと交代して帰投しなさい」
一拍置いて、No.2が答えた。
「了解」
タリアはルナマリアへ回線を切り替える。
「ルナマリアは本艦の援護へ戻って。No.2から交代の連絡が来たら、すぐに直掩機を引き継ぎなさい」
「了解! 今度はちゃんと最後までやります!」
タリアはそれには答えず、戦術表示を確認する。
アークエンジェルの周囲を飛んでいた8基のドラグーンが、次々とレギナントへ戻っていく。
白い大型機は反転すると、ミネルバからもアークエンジェルからも離れ、メサイア方面へ向けて急加速した。
同時に、補給を終えたインパルスがミネルバへ戻ってくる。
遠く別の宙域では、ネメシスがなおアークエンジェルの直掩機を押さえていた。
散っていた戦力が、それぞれ新しい持ち場へ動き始める。
タリアは正面モニターへ目を戻した。
セラが離れたことで、アークエンジェルを包んでいたドラグーンの光は消えている。
だが白い艦もまた、短い猶予の間に姿勢を立て直し、こちらへ艦首を向け始めていた。
「艦内各員へ通達」
タリアの声が艦内へ流れる。
「配置を再確認。戦闘はまだ終わっていないわ。各員、気を抜かないで」
インパルスがミネルバの脇へ戻る。
その向こうでは、アークエンジェルも砲口をこちらへ向けていた。
立て直した2隻の艦が、再び互いを正面に捉えた。