機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ミネルバ艦橋。
大型モニターには、昨夜の記録映像が映し出されていた。
6つの反応が高速接近し、ある地点で一斉に消失する。
タリアは腕を組み、映像を見つめていた。
隣では、アーサーも険しい表情を浮かべている。
「確かに反応が6つあるわね」
タリアの声に、艦橋の空気がさらに引き締まる。
「メイリン」
「はい」
呼ばれたメイリンが、席から立つ。
「誤認ではないわね?」
「はい。センサー記録にも残っています」
迷いのない答えだった。
彼女の言う通り、記録には6つの反応が残っている。
熱源も確認されていた。
一時的なノイズだけで片づけるには、あまりに明確だった。
「敵だったのでしょうか」
アーサーが言う。
だが、タリアはすぐには頷かなかった。
「断定はできないわ。当該宙域はデブリ帯に近い」
「大型破片群や、反射波による誤認の可能性もある」
結局、決定的な証拠は見つからなかった。
敵機だったのか。
ただの誤認だったのか。
あるいは、こちらにそう思わせるための何かだったのか。
誰にも判断できない。
タリアは短く息を吐いた。
「警戒は継続」
「ただし、現時点では未確認事案として処理します」
「了解しました」
会議は、それで終了した。
だが、メイリンの胸には、小さな棘が残り続けていた。
*****
食堂。
昼時を過ぎたこともあり、席は比較的空いていた。
メイリンはカップを両手で包みながら、俯いている。
向かいでは、訓練から戻ってきたルナマリアが遅い昼食をとっていた。
「まだ気にしてるの?」
「うん……」
メイリンは小さく頷く。
「だって、結局何もいなかったし」
「艦内を大騒ぎにしちゃったから」
ルナマリアはため息を吐いた。
「気にしすぎよ」
そう言った直後、ルナマリアは大きな欠伸を噛み殺した。
「ふぁ……」
目元には、うっすらと隈が浮かんでいる。
昨夜のスクランブル。
深夜の出撃。
帰還後の報告。
眠くないはずがない。
メイリンは、ますます小さくなった。
その時だった。
「お、2人ともいたのか」
聞き慣れた声がした。
シンだった。
トレーを持ったまま近づいてくる。
そして席へ腰を下ろした瞬間。
「ふぁぁぁぁ……」
盛大な欠伸。
メイリンの肩が、ぴくりと震えた。
「あ……ごめんね……」
思わず謝る。
シンは首を傾げた。
「何が?」
「昨日の誤報……」
「ああ、気にするなって」
そこでようやく察したらしく、シンは取り繕ったように笑った。
だが、そう言った直後。
「ふぁ……」
再び欠伸。
まったく説得力がなかった。
メイリンは、さらに小さくなる。
「こら」
ルナマリアがシンを睨んだ。
「アンタがそんな欠伸するから、余計気にしてるじゃない」
「いや、俺のせいか?」
「アンタのせいでしょ」
「理不尽だろ」
シンは不満そうだった。
しかし、眠そうなのも事実だった。
昨夜出撃したパイロットたちは、皆同じだ。
「真面目すぎるのよ」
ルナマリアが妹へ言う。
「艦長も怒ってない。副長も怒ってない」
「誰も責めてないわ」
「うん……」
理解はしている。
それでも、皆の様子を見ると、どうしても気は晴れない。
そんなメイリンの様子を見て、ルナマリアはふと思いついた。
「あ、じゃあさ。セラのところ行かない?」
「セラの?」
「あの子も暇してるだろうしね」
ルナマリアは立ち上がり、メイリンの手を引く。
「じゃあ俺は……少し眠ってくる」
シンが即答した。
「アンタねぇ……」
「眠いんだよ」
シンは悪びれる様子もなく、食堂を出ていった。
ルナマリアは「相変わらずなんだから」と呆れながら、メイリンを連れて拘禁区画へ足を向けた。
*****
営倉。
警備兵に挨拶し、許可を確認してから扉を開く。
セラは、いつものように椅子へ座っていた。
「こんにちは、セラ」
「やっほー」
2人を見ると、セラは静かに頷いた。
「こんにちは」
その声は、いつも通り平坦だった。
しばらくの間、3人は雑談をした。
艦内で見たこと。
リハビリのこと。
食堂のこと。
好きな食べ物のこと。
ただし、会話はやはり少しずつずれていく。
「好きな食べ物は?」
「ありません」
「嫌いな食べ物は?」
「ありません」
「趣味は?」
「ありません」
「交代で来る警備兵で、どの人が好み?」
「全隊員、基準レベル以上の練度で構成されていると判断します」
「うわぁ……」
ルナマリアが額を押さえた。
「人生、つまらなくない?」
「判断できません」
即答だった。
メイリンは苦笑する。
以前なら、そこで会話が途切れていたかもしれない。
けれど今は、少しだけ分かる気もした。
セラは拒絶しているわけではない。
知らないだけなのだ。
何を好きと言えばいいのか。
何を楽しいと言えばいいのか。
まだ、見つけられていないだけなのかもしれない。
*****
やがて、話題は自然と昨夜の騒ぎへ移った。
「昨日は大変だったのよ。夜中に叩き起こされて」
「敵襲かと思ったんだから」
「結果的には何もなかったけど……ごめんね」
「気にしなくていいってば」
ルナマリアは軽く手を振った。
「でも、シンなんか寝癖のまま出撃してたんだよ」
「それは本人にとって不利益な情報です。機密として扱うべきです」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、ルナマリアとメイリンは噴き出した。
いつもの変わらない表情で、真面目にそう言う。
そのずれ方が、この時ばかりは妙におかしかった。
ひとしきり笑った後、メイリンはふと視線を落とした。
「でも……」
セラが首を傾げる。
「昨日のこと」
「はい」
「やっぱり、結果的に迷惑かけちゃったなって」
「結局、何もなかったみたいだし」
少しの沈黙。
セラは、メイリンをじっと見た。
そして、淡々と答える。
「いいえ」
「本来、警戒員は誤認であっても、異常を確認した場合は警報を発するべきです」
メイリンが顔を上げる。
「何もなかったのであれば、理想的な結果です」
「しかし、何かが起きてからでは遅い」
いつも通りの口調だった。
慰めようとしている声ではない。
励まそうとしている声でもない。
ただ、判断を述べているだけだった。
「メイリンの行動は、規定に則っています」
「判断過程に重大な誤りは確認できません」
「むしろ、推奨されるべき対応だったと評価します」
部屋が静かになる。
その静けさの中で、メイリンの胸に引っかかっていたものが、不思議なほどあっさりとほどけていった。
「……ありがと」
メイリンは小さく笑った。
するとセラは、本気で不思議そうな顔をした。
「なぜ感謝されるのですか?」
やはり、いつもと変わらない表情。
ルナマリアがまた吹き出した。
メイリンもつられて笑う。
2人の笑い声が、営倉の中に響く。
セラだけが、理由も分からないまま首を傾げていた。