機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
切断されたステーション1の外郭が、ゆっくりと軸から離れていく。
赤熱した構造材や装甲片が周囲へ流れ、そのすぐ傍では、後部を大きく損傷したミーティアが辛うじて姿勢を保っていた。
キラが操縦桿を動かしても反応は鈍く、停止した推進器と姿勢制御系の警告が正面表示を埋めている。
後方からビームが伸びた。
キラは残った推進器を噴かし、ミーティアをわずかに横へずらす。
光は大型ユニットの端を掠め、焼けていた装甲をさらに弾き飛ばした。
振り返った先には、レジェンドがいる。
その周囲でドラグーンが散開し、次の射線を作り始めていた。
「まだやるのか! ステーション1はもう――」
「だからこそだ」
レイの返答とともに、左右へ回ったドラグーンからビームが放たれる。
この状態のミーティアでは避け続けられない。
キラは数本の射線を残った装甲でかわすと、ユニットの固定を解除した。
巨大な機体が分離する。
フリーダムだけが前方へ飛び出し、その背後で損傷したミーティアがゆっくりと回転しながら離れていった。
レイは流れていく大型ユニットへ照準を向けない。
ドラグーンが一斉に向きを変え、フリーダムの周囲へ広がった。
「フリーダムを討つ」
「レイ……!」
キラも翼を開いた。
8基のスーパードラグーンが散開し、直後にレジェンドから放たれたビームが宇宙を走った。
キラは右へ機体を滑らせ、正面から来た2射をかわす。
逃れた先へ別のドラグーンが回り込み、さらにその下からレジェンド本体がビームライフルを撃った。
キラはシールドで受けながら上へ抜け、左右へ散らしたスーパードラグーンでレジェンドの進路を削る。
レイもその場には残らない。
一方の射線を外しながら機体を前へ出し、残るドラグーンをキラの背後へ回した。
フリーダムが振り返る前にビームが走り、キラは翼を畳むように機体を傾けて光の間を抜けた。
互いに距離が開く。
レイはドラグーンを引き戻さず、上下左右へ残したまま再び接近した。
キラが本体へライフルを撃つと、その進路を塞ぐように1基が射線へ入り、レジェンドは反対側からさらに距離を詰める。
キラはもう一方のライフルを向けたが、今度は後方のドラグーンからビームが伸び、照準を外さざるを得なかった。
「くっ……!」
フリーダムが機体を沈める。
レジェンドがその上を通り過ぎ、すれ違いざまにサーベルを振った。
キラも刃を抜いて受け止めると、そのまま機体を回し、レジェンドの脇腹へもう一方の刃を走らせる。
レイはシールドで外へ流した。
2機が離れたところへドラグーンの射撃が重なり、キラは追撃を諦めて横へ逃れる。
その動きを見た瞬間、キラの呼吸が止まった。
何かが似ている。
機体も違う。武装の配置も、攻撃の組み方も同じではない。
それでも、四方へ散った兵器で行き先を削り、本体がその中央から追い詰めてくる感覚を、キラは知っていた。
キラの反応がわずかに遅れる。
その一瞬へ、レイのドラグーンが3方向から射撃を重ねる。
フリーダムは急旋回するが、最後の一条が肩を掠め、白い装甲に黒い焼け跡を残した。
「……まさか」
レジェンドが正面へ入る。
ビームサーベルが振り下ろされ、キラは咄嗟に刃を合わせた。2機が押し合う至近距離で通信が開く。
「気づいたか、キラ・ヤマト」
「その感じ……君は……」
「俺は、ラウ・ル・クルーゼだ」
キラの瞳が見開かれた。
「ラウ……ル・クルーゼ……?」
レイは答えながらサーベルを引き、横薙ぎへ切り返す。
キラが後退して刃を外したところへドラグーンの射線が重なり、フリーダムはさらに大きく距離を取った。
「お前が前の戦争で戦い、最後に殺した男だ」
「違う……君はクルーゼじゃない!」
「俺とクルーゼは、同じものから生まれた」
レイの声は変わらない。
ドラグーンの1基がキラの上を取り、回避先を塞ぐ。
フリーダムが横へ動くと、そこへレジェンドのライフルが続いた。
「アル・ダ・フラガの遺伝子から作られた。ラウ・ル・クルーゼも、俺もな」
「でも、それだけで君があの人になるわけじゃない!」
「そして、お前も同じだ」
キラの表情が固まる。
「僕が……?」
「人が望み、作り上げた結果だ。より優れた人間を、より完全な存在を求めた、その先にお前がいる」
レイのライフルを、キラがシールドで弾く。
その陰からフリーダムのドラグーンが2基飛び出し、レジェンドの左右へ射線を通した。レイは正面へ出ず、一度距離を取ると、その間に散らしていたドラグーンをキラの進行方向へ動かす。
「最高のコーディネイター、キラ・ヤマト。お前も人の欲望によって生み出された」
「だからって……!」
キラが加速した。
正面を塞いでいたドラグーンへライフルを撃ち、回避したところを抜けてレジェンド本体へ迫る。
レイはサーベルを抜き、振り込まれた刃を受け止めた。
「だから、このままでは同じことが繰り返される」
「デスティニープランなら、それがなくなるっていうの?」
「少なくとも、生まれたあとまで他人の欲望に振り回され続ける世界ではなくなるだろう」
押し合った刃が離れる。
キラが左から斬り返すと、レイは機体を沈め、その頭上へドラグーンの射線を通した。
キラも追わずに離れ、光が両機の間を抜けていく。
「でも、最初から生き方を決められるなんておかしいよ!」
「そう言えるのは、お前に選べる力があるからだ」
レイがライフルを3射する。
キラは1射目をかわし、2射目をシールドで受け、3射目が来る前にドラグーンを動かした。
レジェンドの正面へ光を走らせて後退させ、そのまま包囲の外へ抜ける。
「力がなくても、選ぶことまで奪っていい理由にはならない!」
「選んでも何も得られない者はどうする。生まれた時から他人の都合で形を決められた者はどうする」
再びレジェンドが追いつく。
サーベルが交差し、キラは鍔迫り合いを避けて機体を横へ流した。
レイも追って刃を振るが、今度はフリーダムのドラグーンがその間へ射線を置き、両機を引き離した。
キラは荒くなった呼吸を整える。
目の前のレイに、あの時のクルーゼを重ねそうになるたび、操縦桿を握る指へ力を込めた。
「それでも……その命は君のものだ!」
レイの目が動く。
「クルーゼがどう生まれたかも、君がどう作られたかも、それで君の全部が決まるわけじゃない!」
「……」
「命は一つしかない。君の命はクルーゼのものじゃない!」
キラが正面から踏み込む。
レジェンドもサーベルを構え、2機はほとんど同時に刃を振った。
光がぶつかり、機体同士が至近距離で止まる。
「君はラウ・ル・クルーゼじゃない! 君は君だ!」
レイの目は揺れなかった。
「そんなことは知っている」
キラの表情が止まる。
「……え?」
レイは刃を押し返し、そのままレジェンドを半回転させた。
フリーダムが弾かれたところへ2基のドラグーンが射撃し、キラは機体を捻ってビームの間から逃れる。
「俺はレイ・ザ・バレルだ」
「だったら、どうしてクルーゼだなんて!」
「お前には、あの名前が一番よく届くからだ」
レイはドラグーンを散らし直す。
クルーゼの名を聞いてから何度も反応を遅らせたキラの動きを、もう隠す必要はなかった。
「ラウ・ル・クルーゼ。その名を聞けば、お前は過去を見る。現にさっきからそうしている」
「……!」
「俺はクルーゼではない。それでも、クルーゼが見たものまで何もなかったことにするつもりはない」
キラはライフルを撃つ。
レイが射線を外すと、フリーダムはそのまま距離を詰めた。
「だったら君はラウじゃない!」
「そうだ」
「クルーゼの代わりでもない!」
「そうだ!」
返答に迷いはなかった。
キラは言葉を詰まらせる。
レジェンドのドラグーンは動き続け、左右からフリーダムの進路を削ってくる。
キラは一方を撃って追い払い、背後から来た射撃を振り返りざまにかわした。
その先へレジェンドが入る。
「だったら――!」
キラはサーベルを抜き、振り下ろされた刃を受けた。
「君は偽物だ!」
レイの瞳が大きく開いた。
押し合う刃は止まらない。
だが、通信へ返ってきた声だけが低く沈んだ。
「……何だと」
「違う、僕は――」
「偽物で何が悪い!」
レジェンドがフリーダムを押し返す。
8基のドラグーンが一斉に位置を変えた。
キラが後方へ逃れようとすると左右から射線が重なり、上へ抜けた先にも別の光が走る。フリーダムはシールドで1射を受け、その衝撃を使って機体を回した。
「レイ!」
「同じ遺伝子から作られたら偽物なのか! 誰かを模倣するために生まれたら、その命まで偽物になるのか!」
レジェンド本体が追いつく。
キラはサーベルを合わせるが、レイは力比べをせず、刃を横へ滑らせながら機体を抜けさせた。
すれ違った直後、背後へ残したドラグーンが撃ち、フリーダムの翼を浅く焼く。
「そんなつもりじゃ……」
レイが反転する。
「セラも、偽物だと言うのか!」
キラの手が止まりかける。
「セラ……?」
「ラクス・クラインを模倣するために作られた。同じ遺伝子を与えられ、自分がそういう存在だと知っている!」
レジェンドの射撃が続く。
キラはシールドで外へ流し、正面へスーパードラグーンの光を重ねた。レイはその射線から外れながらも攻撃を緩めず、別方向へ回したドラグーンでキラを追う。
「あいつはそれでも自分の役割を果たしている。傷ついても、何度倒れても、必要とされた場所へ戻って、自分にできることを続けている!」
「……」
「それを偽物の一言で否定するのか!」
レイの声には怒りがある。
それでも攻撃は乱れなかった。
キラが右へ逃れれば、その先へドラグーンが入る。
進路を変えて左へ抜けようとするとレジェンド本体が待ち、後退すればさらに別の射線が重なった。怒りに任せて追うのではなく、キラが選ぶ場所を一つずつ削っている。
「僕はセラを否定したんじゃない!」
「俺なら否定していいのか!」
「違う!」
「では何だ!」
レジェンドがサーベルを振り抜く。
キラはシールドで受け、押された勢いのまま距離を取ると、ドラグーンを左右へ大きく散らした。
正面へ集中していたレイの射線が一度広がり、その隙にフリーダムが包囲から抜ける。
レイは追う。
キラも逃げ続けず、反転してライフルを2射した。
1射目がレジェンドを右へ動かし、2射目がその進路を塞ぐ。
レイは機体を沈め、その下からドラグーンを2基前へ出した。
「俺はラウじゃない!」
キラの目が見開かれた。
「俺はもう、それを知っている!」
ビームがフリーダムのシールドを叩く。
表面が焼け、細かな破片が飛んだ。
キラが反撃へライフルを向けると、レイはその銃口から外れながらさらに距離を詰める。
「それでも、クルーゼが見たものまで否定はしない。あの人が間違っていたのなら、俺が違う答えを出す!」
「レイ……」
「俺は俺の答えで戦う!」
レジェンドのサーベルが振り下ろされる。
キラは刃を受けると、そのまま押し返さずに下へ機体を落とした。頭上をレジェンドが抜け、追ってきたドラグーンの射撃をスーパードラグーンの1基が横から牽制する。
距離が開いた。
レイは大きく散らしていたドラグーンを動かし、再びフリーダムを囲む。
正面にはレジェンド。右へ動けば1基、左には2基、上にも射線があり、下へ逃れればレイ自身が追いつける位置を取っている。
キラは一度だけ周囲を見る。
その動きに合わせ、ドラグーンの砲口が少しずつ向きを変えた。
「終わりだ、キラ・ヤマト!」
光が走る。
キラは外へ逃げず、正面へ加速した。
レイの眉が動く。
左右からビームが迫り、フリーダムは最小限の機動だけでその間を抜けた。1射が翼端を焼き、別の一条が肩を掠めても速度を落とさず、そのままレジェンド本体へ突っ込んでくる。
レイはライフルを撃つ。
キラは左手のライフルで牽制しながら射線を外し、一気に間合いを詰めた。
2機が再びサーベルを交える。
レイが右から振ればキラは受け流し、返す刃をレイがシールドで止める。近距離へ戻ろうとしたドラグーンの1基をフリーダムの射撃が追い払い、その間にもレジェンドは本体だけでキラへ食らいついた。
互いに3度刃を合わせ、4度目にキラが機体を大きく横へ振る。
レイは追ってサーベルを突き出すが、キラはその刃の外側へ回り込み、レジェンドの肩を浅く焼いた。
「まだだ!」
レイが離れる。
同時にドラグーンが戻り、再びキラの左右へ回り始めた。
キラはレジェンドではなく、戻ってくるドラグーンへスーパードラグーンを向けた。
正面から撃ち落とそうとはせず、1基の進路へ射線を置き、避けた先へ別の射撃を重ねる。押し出されたドラグーンが右上へ動くと、そこへ戻ろうとしていたもう1基まで位置を変えた。
レイが気づく。
「……!」
キラはさらに別の1基へ射撃を重ねる。
ドラグーンが撃墜を避けて散るたび、その戻る方向が少しずつ偏っていく。
レジェンド本体が前へ出た。
キラも向かう。
2機のサーベルがぶつかり、その背後では、戻る場所を限定されたドラグーンがいくつかの方向へ集まり始めていた。
レイが刃を押し込みながら、残ったドラグーンを動かす。
そこへキラのスーパードラグーンが向いた。
複数のビームが走った。
1基が回避した先で別の射線に捕まり、砲身が弾ける。もう1基も推進部を撃たれ、回転しながら遠ざかった。
「くっ!」
レイはすぐに残るドラグーンを散らす。
その瞬間、押し合っていたフリーダムがサーベルを引いた。
支えを失ったレジェンドが前へ流れる。
キラは機体を横へ滑らせ、すれ違いざまにライフルを撃った。光が右腕の武器を吹き飛ばし、レイは機体を反転させながら左手のサーベルを振るう。
キラもサーベルで受ける。
レイはまだ止まらない。
残ったドラグーンを近距離へ集め、キラが本体へ踏み込めば側面から撃てる位置へ置く。フリーダムが一度距離を取り、レイもその先へ機体を向けた。
キラの周囲でスーパードラグーンが展開する。
本体のライフル、腰部の砲口、胸部の砲口が同時にレジェンドへ向いた。
「レイ!」
「何だ!」
「僕は君を否定しない!」
「今さら言うな!」
レジェンドが加速した。
キラも引き金を引く。
複数の光が一斉に走り、レイは最初の射線を右へ外す。続くビームをシールドで受け、さらに上から来た一条を機体を沈めてかわした。
そのまま前へ出る。
1基のドラグーンが撃ち抜かれた。
左肩へ光が掠め、装甲が弾けてもレジェンドは止まらない。
「まだだ!」
レイが残った武器を向ける。
キラの照準が動いた。
コクピットから外れる。
背部の推進器。
ドラグーン基部。
武器を残している腕。
一斉に光が重なった。
レジェンドの背部で爆発が起こる。
推進器の片側が吹き飛び、ドラグーン基部から火花が散った。姿勢を崩したところへもう一条が腕部を撃ち抜き、残っていた武器が機体から離れていく。
「ぐっ……!」
レイは姿勢制御を戻そうとする。
片側だけ残った推進器が噴いたが、機体は大きく回転し、正面へ戻らない。残ったドラグーンも制御を失い、速度を落として周囲へ流れていった。
警報音がコクピットを満たす。
レイは操縦桿を押し込んだ。
レジェンドの脚部がわずかに動き、残る推進器も火を噴く。それでも戦闘姿勢には戻らず、回転が少し緩むだけだった。
もう一度操作する。
反応は変わらない。
正面でフリーダムが止まった。
「レイ」
レイは荒い呼吸を整えながら顔を上げる。
「……何だ」
「さっきの言葉は……」
キラが一度言葉を止めた。
「僕は、君の命を偽物だと言いたかったんじゃない」
「今さら言い直すな」
キラは何も返さない。
「言った言葉は消えない。俺も、お前もな」
レイはもう一度機体を動かそうとした。
正面表示には駆動不能と出ている。戦える武器も、姿勢を戻すだけの推力も残されていなかった。
キラがフリーダムのライフルを下げる。
「……ごめん」
「謝るくらいなら、次は間違えるな」
レイはそれ以上キラを見なかった。
崩れたステーション1の巨大な構造物が、モニターの端をゆっくりと流れていく。
その向こうには遠い光点がいくつも見え、メサイアやダイダロス周辺では今も戦闘が続いていた。
一瞬だけ、白い機体の姿がレイの脳裏をよぎる。
模倣個体として作られたことを隠そうともせず、自分に与えられた役割を果たそうとする少女。
何度傷ついても戻り、分からないことに迷いながら、それでも自分で選んだ場所へ立とうとしていた。
「……偽物、か」
レイは小さく息を吐いた。
「くだらない」
フリーダムがレジェンドから離れる。
キラは切断されたステーション1を振り返り、その機能が失われていることをもう一度確認すると、戦術表示へ視線を移した。
ダイダロス方面から、作戦成功を告げる通信はまだない。
アスランとアークエンジェルが向かった宙域には複数の戦闘反応が残り、レクイエムが沈黙したという報告も届いていなかった。
「マリューさん、アスラン……ラクス、すぐ行くよ」
キラは進路を変える。
フリーダムの翼が広がり、切断されたステーション1の残骸を背に、ダイダロスへ向けて加速していった。
その光が遠ざかっても、レイは目を閉じなかった。
機体は戦闘不能でも、まだ通信系の一部と生命維持装置は生きている。残った表示を一つずつ確認し、レイは操作盤へ手を伸ばした。
戦いは、まだ終わっていなかった。