機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ケルベロスから放たれた太いビームが、アークエンジェルの右舷を掠めた。
直撃は避けたものの、熱で外装が焼け、すでに傷んでいた対空砲塔のひとつが沈黙する。
白い艦体が左へ傾くと、ルナマリアは無理に追わず、次の射撃位置へインパルスを移した。
「右舷対空火器、さらに1基沈黙! 第6ブロック、外壁温度上昇!」
「隔壁閉鎖。消火班は第6ブロックへ。右舷を敵に向け続けないで!」
マリューの命令でアークエンジェルが回頭する。
その動きを待っていたようにミネルバの砲撃が重なり、続けてミサイルが迫った。
残った対空火器が迎撃するが、右舷側へ回った1発が艦尾近くで爆発する。
「右舷推進器、第2系統出力低下!」
「補助系へ切り替えて!」
「了解!」
戦闘が始まってから、アークエンジェルは決定的な一撃こそ受けていない。
だが、装甲も火器も少しずつ削られ、右舷の推進器にも不調が出ていた。
右側を守ろうとすれば進路が変わり、その先にはミネルバかインパルスの射線が待っている。
「インパルス、再照準!」
再びケルベロスが向けられる。
マリューはミネルバの位置を確認し、同じ方向へ逃げれば挟まれると判断した。
「上へ!」
アークエンジェルが艦首を上げる。
ケルベロスの光をかわした直後、ミネルバのビームが艦底を浅く削り、白い装甲片が宇宙へ散った。
「下面装甲損傷、第9ブロックで気密低下!」
「閉鎖して。負傷者の確認を急いで!」
マリューは戦術表示へ視線を戻した。
ルナマリアはアークエンジェルそのものより、逃げる先を狙っている。
そこへミネルバが砲撃を合わせることで、こちらの回避方向を少しずつ減らしていた。
ミネルバも無傷ではない。
左舷にはアークエンジェルの主砲を受けた跡が残り、いくつかの火器も沈黙している。
それでもタリアは距離を保ち、主導権を渡さなかった。
「敵艦、左へ回頭します」
メイリンの報告を聞き、タリアはアークエンジェルの動きを見る。
右舷推進器の出力が落ちているため、先ほどより回頭が鈍い。
「インパルス、少し下から狙える?」
「できます」
「無理して撃沈を狙わなくていいわ。右へ逃げさせないで」
「了解!」
ルナマリアが位置を変え、アークエンジェルの右側を押さえる。
後部砲塔が追い払おうとするが、インパルスは距離を保ったまま照準を外さない。
「ケルベロス、撃ちます!」
太い光を避けてアークエンジェルが左へ逃れる。
その先へミネルバの砲撃が伸び、マリューはさらに下へ艦を沈ませた。
「主砲をミネルバへ!」
「主砲、照準ミネルバ!」
アークエンジェルも撃ち返す。
ミネルバは直撃を避けるが、その間にもルナマリアが位置を変え、距離を開けようとする白い艦へ再び砲口を向けた。
砲撃の応酬が続くほど、両艦の傷は増えていく。
それでもアークエンジェルの方が先に動きを鈍らせていた。
「右舷推進器、第2系統さらに出力低下!」
報告を聞き、マリューは唇を結ぶ。
このまま同じ距離で戦えば、いずれ回避すらできなくなる。
「アカツキへ回線を」
「繋ぎます!」
少し離れた宙域では、アカツキとネメシスがまだ戦っていた。
ネオは何度も距離を作ろうとしているが、No.2がそれを許さない。
「こちらアークエンジェル。可能ならインパルスを引き離して。こちらだけでは距離を取れないわ」
「分かった。何とかしてみる」
返答の直後、ネメシスの攻撃がアカツキを押し返す。
「ただ、少し時間をくれ。こいつが簡単には通してくれそうにない」
「無理はしないで」
「そっちもな」
通信が切れる。
マリューはすぐ正面へ視線を戻した。
「左下方へ離脱します。機関最大」
「機関最大、左下方!」
アークエンジェルが速度を上げる。
タリアも逃がすつもりはなく、ミネルバを追わせた。
「ルナマリア、右側を押さえたまま追って」
「了解!」
インパルスが右後方から追う。
アークエンジェルが大きく回り込もうとするたびにケルベロスが向けられ、進路を変えればミネルバの砲撃が待っていた。
その時、戦場の上方が白く染まった。
ステーション1の巨大な構造物が崩れ、その周囲で連続して光が走る。
離れた場所からでも分かるほどの閃光に、アークエンジェルの艦橋で数人が息を呑んだ。
「ステーション1……?」
続いて通信が入る。
「キラ君からです!」
「繋いで!」
「こちらキラ。ステーション1の破壊に成功しました」
「キラ君!」
「中継機能は停止したはずです。これからそちらへ戻ります」
張り詰めていた艦橋の空気が、一瞬だけ緩んだ。
「やった……!」
「ステーション1、破壊成功!」
「これでレクイエムの中継は使えません!」
苦しい戦闘が続く中で、ようやく届いた成功だった。
乗員の表情が明るくなり、マリューもわずかに肩の力を抜く。
「よかった……」
だが、その数秒をタリアは逃さなかった。
敵艦の回頭が少し遅れ、それまで続いていた回避の流れが崩れている。
艦内で何があったかは分からなくても、今が距離を詰める機会だと判断するには十分だった。
「機関最大。距離を詰めるわよ」
「機関最大!」
「ルナマリア、そのまま右を押さえて」
「了解!」
ミネルバが加速する。
アークエンジェル側もすぐに気づくが、失った距離を取り戻す前にインパルスの砲撃が重なった。
「敵艦、急速接近!」
「インパルスも右側面!」
「左下方へ。距離を取って!」
アークエンジェルが逃げる。
しかし右へはルナマリアが、左へはミネルバがいる。
ほんの数秒で、状況はさらに悪くなっていた。
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アークエンジェルから援護を求められてから、ネオは何度もネメシスを抜こうとしていた。
だが、No.2はそのたびにアカツキを押し返す。
6本の腕とドラグーンを使った攻撃は激しく、ネオは突破を試みながらも防御へ回らざるを得なかった。
「まだそんな動きができるのかよ……!」
通信にはNo.2の荒い呼吸と警告音が混じっている。
限界が近いことはネオにも分かっていたが、目の前のネメシスは少しも弱く見えない。
No.2自身も、身体の異常には気づいていた。
神経接続の警告は消えず、右腕には痺れが残り、視界も何度か暗くなる。
それでも下がることはできない。
目の前にいるネオは強い。
ここで自分が戦線から外れれば、この男が自由になる。
ルナマリアだけでアークエンジェルを押さえながらアカツキまで相手にするのは難しく、せっかく作ったミネルバの優位も崩れる。
ならば、ここで墜とすしかない。
No.2はネメシスを前へ出した。
「かなりきつそうじゃないか」
ネオの声が届く。
「気にしなくていい」
「説得力がないな。通信にヤバい音が載ってるぞ」
言葉とは裏腹に、ネオにも余裕はない。
アークエンジェルが助けを求めている以上、いつまでもここで戦っているわけにはいかなかった。
アカツキが何度も突破を試み、ネメシスがそれを止める。
攻防を重ねるうち、No.2の反応には少しずつ遅れが出始めた。
ネオもそれに気づく。
先ほどまでなら止められていた攻撃が浅く入る。
避けられていたはずの射撃に、ネメシスが装甲で耐える場面が増えていた。
「それでも、こっちから見れば十分化け物だが」
No.2は返事をしない。
警告を無視して神経接続を続け、アカツキへ攻撃を重ねる。
身体は限界を越えている。
だが、敵を墜とせば終わる。
それだけを考えた。
ネオも焦り始めていた。
視界の端ではアークエンジェルとミネルバの距離が縮まり、インパルスの砲撃も続いている。
援護へ行くには、まずこの黒い機体を抜かなければならない。
「悪いが、もう付き合ってる時間がない!」
アカツキが一気に前へ出た。
No.2も迎え撃つ。
真正面からぶつかった2機は何度か刃を交え、ネオは隙を見つけるたびに外へ抜けようとする。
No.2にはアカツキの次の位置が見えている。
だが、見えていても身体がついてこない。
アカツキが右上へ抜けようとした。
No.2はネメシスを先回りさせる。
その瞬間、右腕から感覚が消えた。
神経接続の警告が一斉に鳴り、機体の反応がほんの一瞬だけ遅れる。
それだけだった。
だが、ネオには十分だった。
アカツキがネメシスの横を抜ける。
「……!」
No.2が振り返った時には、金色の機体はもう腕の届かない距離まで離れていた。
ネオは振り返らない。
アークエンジェルへ向かって速度を上げる。
その視界へ、ミネルバの艦首が入った。
開いている。
「……まずい!」
ネオの表情が変わる。
艦首の奥で、
「マリュー!」
アカツキがさらに加速する。
その後方で、No.2もネメシスを動かした。
右腕の感覚は戻らず、警告表示が正面を埋めている。
それでも戦いは終わっていない。
No.2は遠ざかるアカツキを追った。
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「敵艦、後退を続けています!」
メイリンの報告が艦橋へ響く。
アークエンジェルは距離を取ろうとしているが、右側ではルナマリアがケルベロスの照準を外していない。
タリアは戦術表示を見つめ、敵艦まで伸びる射線を確認した。
今なら通る。
「タンホイザー、発射準備」
アーサーが振り向く。
「え……」
「射線は通っているわ。今を逃せば、また距離を取られる」
「了解。タンホイザー発射準備!」
ミネルバの艦首が開く。
「砲室圧力上昇!」
「照準、アークエンジェル!」
「ルナマリア、射線から離れて」
「了解!」
インパルスが右側へ退く。
アークエンジェルでも警報が鳴った。
「敵艦、陽電子砲発射態勢!」
「艦首を下げて。最大戦速!」
「右舷推進器、出力上がりません!」
「補助推進器も使って!」
アークエンジェルが必死に進路を変える。
だが、右舷推進器の出力が足りない。
白い艦体は動いているものの、タンホイザーの射線から完全には抜けられなかった。
「主砲、ミネルバへ! 撃てるものは全部使って!」
「主砲照準、ミネルバ!」
アークエンジェルの主砲が火を噴く。
タリアは回避を命じながらも、タンホイザーの準備を止めなかった。
「砲室圧力、臨界!」
「照準固定!」
メイリンの声が硬くなる。
タリアは正面の白い艦を見据えた。
何度も戦い、何度も追いかけてきた艦だった。
それでも今は敵だ。
「タンホイザー、撃て!」
ミネルバの艦首が白く染まった。
次の瞬間、陽電子の光が宇宙を貫く。
「来ます!」
アークエンジェルの艦橋が強い光に包まれた。
回避は間に合わない。
マリューは迫る光を見つめ、最後まで艦を動かそうとする。
「総員、防御態勢!」
乗員が身体を固定する。
警報が鳴り響く中、マリューも肘掛けを強く掴んだ。
それでも、もう避けられない。
その瞬間、艦橋の正面へ金色の機体が飛び込んだ。
「アカツキ!?」
アカツキがアークエンジェルの前へ入り、タンホイザーを真正面から受け止める。
陽電子の奔流が金色の機体を包んだ。
「ネオ大佐!」
マリューの声が届く。
アカツキのコクピットでは警告音が鳴り続けていた。
ネオは操縦桿を握りながら、視界いっぱいに広がる白い光を見る。
その光の中へ、別の景色が重なった。
ストライク。
アークエンジェル。
戦った日々。
そして、笑っていた女。
最後に見た光景までが一気に戻ってくる。
失っていた記憶が、ようやく繋がる。
「……そうか」
白い光の中で、彼は笑った。
「思い出したぜ」
マリューが息を呑む。
「ムウ?」
「遅くなったな、マリュー」
マリューの目に涙が浮かぶ。
「ムウ……!」
アカツキはまだタンホイザーを受け止めている。
ムウは正面の光を見ながら、機体の角度を変えた。
「言っただろ。俺は不可能を可能にする男だって」
ヤタノカガミの表面を走っていた光が向きを変える。
「それじゃあ――返すぜ!」
タンホイザーの奔流が折れた。
アークエンジェルへ向かっていた光が反転し、今度はミネルバへ走る。
「陽電子反応が反転!? こちらへ来ます!」
「なんですって!?」
メイリンが叫ぶ。
タリアは正面へ迫る光を見た。
「急速降下! 艦首を下げて!」
「間に合いません!」
大型艦はすぐには動けない。
反射された光が、そのままミネルバへ迫る。
その射線へ、黒い巨体が飛び込んだ。
「ネメシス……!」
ネメシスがミネルバの前へ入る。
反射されたタンホイザーが機体を包み、全身の赤い鏡面装甲が白く輝いた。
しばらくは光の中に黒い輪郭が残っていたが、やがて右肩の装甲が赤く焼け、表面が溶け始める。
続いて背部で爆発が起きた。
補助腕の1本が吹き飛び、左肩からも火花が上がる。
赤い鏡面装甲が次々と剥がれ落ち、それでもネメシスはミネルバの前から動かなかった。
No.2のコクピットでは警告音が重なっていた。
神経接続、姿勢制御、推進器。
ほとんどの表示が赤く染まり、機体が爆発するたびに身体がシートへ叩きつけられる。
それでもネメシスは光を受け続けた。
やがてタンホイザーの光が細くなり、最後の奔流が胸部を包んで消える。
残ったネメシスは、すでに大きく形を失っていた。
片方の肩はなく、補助腕も半数を失い、背部から煙が伸びている。
内部ではまだ小さな爆発が続いていた。
No.2は荒い呼吸を繰り返しながら、残った通信表示へ手を伸ばす。
指がうまく動かず、一度外したあと、もう一度操作した。
ミネルバに通信要求が入る。
「メイリン・ホーク、それにルナマリア・ホーク」
激しいノイズの向こうから、No.2の声が届いた。
「よくもL-31を機能不全にしてくれたな」
ネメシスの右肩から爆発が起こる。
「ミネルバで見たアレは、人間みたいに嬉しそうな顔をしていた」
通信へ爆発音が混じった。
「俺たちのところにいた時は、あんな顔はしなかった」
メイリンもルナマリアも、すぐには答えられない。
No.2は続ける。
「L-31は、もう
「そんな……!?だって――」
「だから」
ルナマリアの言葉を遮る。
ネメシスの胸部で新たな爆発が起きた。
「お前達がL-31の面倒を見ろ」
ザッ――と音が弾けた。
通信が途切れる。
「……え?」
「No.2?」
返事はない。
「No.2、応答してください!」
「ちょっと、返事しなさいよ!」
ルナマリアの声が届くより早く、ネメシスの背部が大きく爆発した。
続けて肩部と腰部から光が漏れ、残っていた赤い鏡面装甲が内側から弾け飛ぶ。
黒い巨体が大きく傾く。
次の瞬間、ネメシスは白い光に包まれた。