機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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155.勝者のいない勝利

シンとアスランの戦いは続いていた。

互いの考えをぶつけ合う時間は終わり、聞こえるのは警報と荒い呼吸、そして攻撃の瞬間に漏れる声だけだった。

 

デスティニーがアロンダイトを振り下ろす。

ジャスティスは残った右腕のビームサーベルを大剣の側面へ滑らせ、斬撃の軌道を逸らした。そのままデスティニーの側面へ回り込み、脚部のビームブレイドを叩き込む。

 

「くっ!」

 

シンは機体を捻って蹴りをかわし、アロンダイトを横薙ぎに振る。

ジャスティスもすぐに後退した。大剣の光が胸元を掠め、2機の距離が開いていく。

 

先ほどまでのシンなら、逃がすまいと加速し、そのままアスランの得意な間合いへ飛び込んでいた。

今のシンは開いた距離を保ち、アロンダイトを背部へ戻してビームライフルを構える。

 

「そこだぁーーッ!!」

 

銃口が連続して光る。

1発目がジャスティスの正面へ伸び、アスランが機体を沈めてかわす。そこへ2発目が飛び、進路を横へ押しやった。

 

さらに3発目。

 

「ちぃっ!」

 

ジャスティスが急上昇する。

光が脚部のすぐ下を通過し、アスランはそのまま機体を反転させた。

 

シンは一定の距離を保ったまま照準を動かし、再び引き金を引く。

 

「まだまだッ!」

 

1発、2発とビームが伸びる。

直撃を狙いながら、同時にジャスティスの逃げる方向を絞っていく。

 

左手とシールドを失ったジャスティスは、射撃のたびに機体そのものを動かしてかわしていた。

以前ならシールドを前に出したまま強引に間合いを詰められたが、今は1発ごとに進路を変える必要がある。

 

アスランの操縦は、それでも正確だった。

機体を大きく振り回さず、最低限の動きで光をかわしていく。1発を下へ、次を右へ。そのまま加速し、デスティニーの照準から抜ける。

 

そこへ、シンが次のビームを撃ち込んだ。

 

「当たれぇぇぇーーッ!!」

 

ジャスティスが身を翻す。

光が左肩を掠め、赤い装甲が弾けた。

 

「ぐっ!」

 

破片が宇宙へ散る。

損傷は浅く、機体の動きにもまだ支障はない。

 

アスランの表情が険しくなる。

 

デスティニーの射撃は、先ほどまでとは明らかに違っていた。

シンは1発ごとにアスランの動きを見て、かわした方向へ次の照準を合わせている。

 

焦りはない。

撃って、見る。そして次を撃つ。

 

アスランが速いことは知っている。

近接戦なら、自分より多くの経験を持っていることも知っていた。

 

だからこそ、シンは自分の間合いを選んだ。

 

目の前のアスランだけに集中したことで、シンの動きはさらに鋭くなっていく。

答えの出ない悩みを抱えたままで、勝てるほどアスランは甘い相手ではない。

 

今はアスランだけに集中すればいい。

シンはそう自分に言い聞かせた。

 

プラントで多くの人が死んだ。

そのことへの怒りは、今もシンの胸の奥に残っていた。

 

一方で、オーブで暮らす人々がレクイエムの光に焼かれる未来も、シンにとって耐え難いものだった。

自分が暮らした国だ。今もそこには、戦争とは関係なく暮らしている人々がいる。

 

それでも軍人として与えられた命令は、レクイエムを守れというものだった。

 

怒り。

迷い。

軍人としての任務。

 

どれか1つだけなら、まだ答えを出せたのかもしれない。

それらすべてが絡み合い、戦いながらずっとシンを縛っていた。

 

レクイエム防衛という使命(のろい)。

 

だがステーション1はもうない。

少なくとも今、レクイエムがオーブへ向けて撃たれることはない。

 

シン自身が答えを出したわけではなかった。

ただ今だけは、その答えを求められずに済む。

 

目の前のアスランだけを見られる。

 

デスティニーの銃口が再び光った。

 

「くっ……!」

 

アスランが左へ機体を振り、1発目をかわす。

そこへ2発目が伸びる。

 

「またか!」

 

ジャスティスが上へ跳ねる。

ビームが腰部装甲を浅く削り、警報が鳴った。

 

アスランは歯を食いしばる。

 

まだシンの射撃は見えている。

機体も反応する。

 

だが、1度でも読み違えれば直撃する。

 

ジャスティスは左手とシールドをすでに失っていた。

ビームライフルの直撃は、そのまま致命的な損傷につながる。

 

さらにデスティニーが撃つ。

 

「このぉぉッ!!」

 

ジャスティスは大きく横へ流れ、ビームをかわした。

続く光がその進路へ伸びてくる。

 

アスランの呼吸が速くなった。

 

このままでは自分だけが削られる。

アスランは距離を潰す決断を下し、残った右腕でビームサーベルを握り直した。

 

「なら、こっちから行く!」

 

ジャスティスの推進器が強く光る。

回避のために横へ動いていた機体が一気に反転し、デスティニーへ一直線に加速した。

 

シンの目が細くなる。

 

来た。

 

それを待っていた。

 

「来いッ!!」

 

デスティニーがビームライフルを撃つ。

アスランは機体を傾け、光のすぐ横を抜けた。

 

さらに加速する。

デスティニーとの距離が一気に縮まっていく。

 

シンはビームライフルを手放した。

ライフルが慣性のまま後方へ流れ、空いた右手が肩へ伸びる。

 

フラッシュエッジを掴み、引き抜く。

光刃が形成された。

 

「これならどうだぁッ!!」

 

シンはフラッシュエッジを勢いよく振り抜き、ジャスティスへ投げつけた。

回転するビームブーメランが真正面から迫る。

 

「っ!」

 

アスランは機体を横へ振った。

フラッシュエッジがジャスティスの左側を通過し、そのまま後方へ飛んでいく。

 

正面が開いた。

 

「もらった!」

 

アスランは速度を落とさず、一気にデスティニーとの距離を詰める。

 

シンの視線は正面のジャスティスを捉えたままだった。

右手を背部へ回し、アロンダイトを引き抜く。巨大な刀身が展開した。

 

「いくぞッ!!」

 

振り下ろされたアロンダイトと、ジャスティスのビームサーベルが激突した。

 

白い光が2機の間で弾ける。

機体同士がぶつかりそうな距離で、刃が押し合った。

 

「うおおおおッ!!」

「くっ……!」

 

右腕だけでサーベルを支えるジャスティスへ、デスティニーが大剣ごと力をかける。

 

アスランはサーベルの角度を変え、アロンダイトを外側へ滑らせた。

大剣の力が横へ逃げた瞬間、ジャスティスがデスティニーの懐へ潜り込む。

 

「シン!」

 

ビームサーベルが下から跳ね上がる。

 

「させるかぁッ!!」

 

シンはアロンダイトを引き戻しながら機体を後ろへ逃がした。

光刃が胸部の目前を通過する。

 

直後、ジャスティスの脚が跳ね上がった。

脚部のグリフォン ビームブレイドが光る。

 

シンはアロンダイトを横に構えた。

蹴りが大剣へ直撃し、強い衝撃がデスティニーを横へ押し流す。

 

「ぐっ!」

 

アスランはその勢いを使って機体を回転させ、反対側の脚を振り抜いた。

デスティニーの頭部へ光刃が迫る。

 

「まだまだぁッ!!」

 

シンは機体を沈めてかわし、そのままアロンダイトを横薙ぎに振り抜いた。

 

ジャスティスが上昇する。

巨大な刃が脚部装甲を浅く削ったが、切断には届かない。

 

アスランは上へ逃げた勢いのまま反転し、デスティニーへ落ちてくる。

 

「はあっ!」

 

突き出されたビームサーベルを、シンがアロンダイトで弾く。

 

火花のような光が散る。

ジャスティスはすぐに脚部のビームブレイドを振り込んだ。

 

「くそッ!」

 

デスティニーが後退する。

光刃が胸元を掠め、そのままもう一方の脚が横から迫る。

 

シンはアロンダイトで受けた。

 

強い衝撃で大剣が大きく揺れる。

そこへジャスティスの右腕が動き、ビームサーベルが鋭く走った。

 

「このっ!」

 

シンは間一髪で機体を捻る。

刃が肩装甲を掠め、表面を赤く焼いた。

 

距離が近くなった途端、攻守が入れ替わっていた。

 

射撃戦ではシンが押していた。

接近戦では、片腕とシールドを失った状態でもアスランの技量が際立つ。

 

右手のサーベル。

両脚のビームブレイド。

 

腕へ意識を向ければ脚が来る。

脚を警戒すればサーベルが飛び込んでくる。

 

攻撃が途切れない。

アスランの蹴りをアロンダイトで受け、デスティニーが後方へ押される。

ジャスティスはそのまま追いつき、ビームサーベルを振り下ろした。

 

「逃がすか!」

「誰が逃げるかッ!!」

 

シンはアロンダイトを跳ね上げた。

2つの刃が激しくぶつかり、両機が反対方向へ弾かれる。

 

弾かれた直後、デスティニーとジャスティスは再び間合いへ踏み込んだ。

大剣とサーベルがぶつかる。

 

シンの大剣をアスランがかわす。

アスランが斬撃をシンが防ぐ。

さらにジャスティスの蹴りが入り、デスティニーが上体を反らす。

ビームブレイドが鼻先を通過した。

 

「くそっ……まだそんな動きができるのかよ!」

 

アスランは返答の代わりに次の一撃へ入った。

 

ジャスティスが右脚を軸に回転し、左脚のビームブレイドを振り抜く。

シンはアロンダイトの根元で受け止めた。

 

衝撃で腕が震える。

それでも、見えている。

 

以前は次の一手を読むだけで精一杯だった。

読めても、身体が動く頃にはもう刃が迫っていた。

 

今は違う。

 

脚が上がる前の機体の傾き。

サーベルを振る前の肩の動き。

次にアスランがどちらへ重心を移すか。

 

見える。

追いついている。

 

ジャスティスの左脚が再び跳ね上がった。

 

「そこだぁッ!!」

 

シンはアロンダイトを構えたまま、直前でデスティニーを横へ滑らせる。

蹴りが空を切った。

 

アスランの右腕が動く。

それも見えていた。

シンもアロンダイトを振り込む。

 

「はあああッ!!」

「くっ!」

 

大剣とサーベルがぶつかり、2機の腕が大きく弾かれた。

その反動の中で、ジャスティスの右脚が持ち上がる。

シンは目を見開く。

 

来る。

アロンダイトを戻すより、左手を伸ばす方が早い。

 

「今度こそぉぉッ!!」

 

デスティニーの左手が、迫るジャスティスの脚へ伸びる。

 

その瞬間、アスランの目が鋭くなった。

持ち上がった右脚が途中で止まり、右腕のビームサーベルが振り下ろされる。

 

「甘い!」

 

フェイント。

シンの視界いっぱいに光刃が迫った。

 

「しまっ――!」

 

ビームサーベルがデスティニーの左手首を通過する。

白い手が切断され、宇宙へ飛んだ。

 

「ぐああッ!!」

 

コクピットに警報が鳴り響く。

左手の反応が消え、損傷表示が赤く変わった。

 

アスランが次の攻撃へ機体を動かした、その時だった。

ジャスティスの背後で警報が鳴る。

 

「何っ!?」

 

アスランが振り返る。

後方から光が戻ってくる。

先ほどかわしたフラッシュエッジ。

 

シンが投げたビームブーメランは戦場を大きく回り込み、2機が斬り結んでいるその場所へ戻ってきていた。

 

「くっ!」

 

アスランがジャスティスを横へ振る。

その動きより早く、回転する光刃が右脚を根元近くから斬り飛ばした。

 

「ぐあっ!」

 

赤い脚部が回転しながら離れていく。

片脚を失ったジャスティスが大きく体勢を崩した。

 

デスティニーも左手を失い、警報が鳴り続けている。

シンの目だけは、アスランを捉えたままだった。

 

「まだだ……!」

 

シンは右手のアロンダイトを放した。

巨大な剣がデスティニーから離れ、宇宙へ流れていく。

 

空いた右手を伸ばし、戻ってきたフラッシュエッジを掴む。

 

「まだ終わってないッ!!」

 

光の形が変わる。

回転していたビームブーメランが止まり、右手の中でビームサーベルへ変わった。

 

ジャスティスも姿勢を戻し始める。

右脚を失っても、残った推進器は生きていた。

 

残った右腕が上がり、ビームサーベルがデスティニーへ向く。

 

「シン!」

 

アスランの叫びに、シンも声を張り上げた。

 

「アスランッ!!」

 

デスティニーが加速する。

ジャスティスも残った推進器を吹かし、2機が再び正面からぶつかった。

 

アスランのサーベルが振り下ろされる。

その刃へ飛び込むように、シンのフラッシュエッジが走った。

 

「これでぇぇぇッ!!」

 

一閃。

 

ジャスティスの右手が、ビームサーベルごと斬り飛ばされた。

 

「っ……!」

 

ジャスティスは両手と右脚を失った。

残った推進器を噴かし、デスティニーから距離を取ろうとする。

 

シンは一気に追いついた。

フラッシュエッジを構えたまま機体を捻り、デスティニーの右脚を大きく引く。

 

「ぐああっ!」

 

蹴りがジャスティスの胸部へ直撃した。

鈍い衝撃とともに、赤い機体が大きく弾かれる。

残った推進器の噴射方向がずれ、ジャスティスは姿勢を崩した。

赤い機体はゆっくりと回転しながら、戦場の下方へ流れていく。

その先には、月面が広がっていた。

 

「くっ……動け!」

 

アスランが操縦桿を動かす。

残ったスラスターが噴き、機体の回転が一度弱まる。

だが右脚と両腕を失った機体は再び傾き、月面へ向かって落ち始めた。

 

「く、くそっ……!」

 

スラスターがもう一度光る。

ジャスティスの向きがわずかに変わる。

それでも赤い機体は、なお月面へ落ちていく。

 

灰色の地表が、アスランのモニターいっぱいに少しずつ広がっていった。

 

それをシンは追わなかった。

荒い呼吸を繰り返しながら、遠ざかっていくジャスティスを見つめていた。

左手を失ったデスティニーのコクピットでは、警報が鳴り続けている。

 

赤い機体が小さくなる。

何度か推進器の光が見えた。

そのたびにジャスティスの向きがわずかに変わり、それでも月面への落下は続いた。

シンは操縦桿を握ったまま、その方向を見つめていた。

 

これまで、ずっと追いかけていた。

反発して、食ってかかって、それでも強さだけは認めずにはいられなかった。

その背中に追いつきたいと思っていた。

 

そして今、そのアスランを自分の手で撃墜した。

 

息は切れている。

心臓も激しく鳴っている。

 

その激しい鼓動とは裏腹に、胸を満たしたのは勝利の高揚ではなく、ただ空虚な感覚だった。

やがて嘗て仲間だった男は、灰色の大地を背景にした小さな点になった。

 

そしてこの戦場には、左手を失ったデスティニーだけが、静かな宇宙に残っていた。

 

---

 

跳ね返されたタンホイザーの光が消えたあと、ミネルバ周辺の戦場には一瞬だけ異様な静けさが生まれていた。

 

ミネルバの正面には、黒い機体が漂っている。

ネメシスだった。

 

全身の装甲は広い範囲で溶け落ち、長い主腕の一部も失われている。残ったフレームの各所から火花が散り、かろうじて元の輪郭を残しているだけだった。

 

「No.2! 応答してください! No.2!」

 

メイリンが通信を繰り返す。

画面には接続不能の表示が残り、生体反応を示す数値も現れない。

 

「お姉ちゃん、ネメシスのところにいるの!?」

「いる! でも、反応がないよ!」

 

ルナマリアのインパルスが進路を変えた。

それまで向けていたアークエンジェルから離れ、漂うネメシスへ機体を向ける。その機体の損傷は大きく、加速は鈍い。それでもルナマリアの視線は黒い機体へ釘付けになっていた。

 

ミネルバのブリッジでも、正面モニターへ視線が集まる。

 

「ネメシス、通信応答ありません!」

「生命反応は」

「確認できません。機体内のセンサーもほとんど機能を失っています!」

 

アーサーが息を呑む。

 

ほんの少し前まで、タンホイザーの光はミネルバへ返ってきていた。

その間へネメシスが入り、真正面から受け止めた。

 

タリアの視線がネメシスへ向いたまま止まる。

艦内では損害報告が続き、主砲を撃った直後のミネルバも立て直しを急いでいた。

 

その一拍が、戦場の流れを変える。

 

アークエンジェルが崩れていた艦体姿勢を戻し始めた。

スラスターの噴射が安定し、艦首がミネルバの射線から外れる方向へ動く。

 

その近くではアカツキも姿勢を立て直している。

金色の装甲には焦げ跡が残り、反射直後の動きにも重さがある。それでも、ネメシスに押さえ込まれていた時より行動できる空間は広がっていた。

 

「アークエンジェル、推進回復!」

「アカツキも移動を開始しています!」

 

タリアが正面へ視線を戻す。

 

「追撃準備。こちらも姿勢を――」

 

メイリンの索敵画面に複数の反応が飛び込んだ。

 

「後方から高速接近!」

 

ブリッジの空気が張り詰める。

直後、機体識別が表示された。

 

「レギナント……! バンパイア隊も一緒です!」

 

遠方から白い機体が接近してくる。

その後方を複数の黒いバンパイアが、揃った隊列のまま追随していた。

 

レギナントはミネルバへ向かって速度を上げる。

 

セラの正面モニターには、ミネルバ周辺の状況が次々と表示されていた。

アークエンジェル。アカツキ。損傷したインパルス。そしてミネルバ。

 

その前方に、大きな黒い残骸が浮かんでいる。

 

セラの視線がそこへ止まった。

 

崩れた外装。

失われた主腕。

溶けた機体中央部。

 

ネメシス。

 

レギナントの速度がわずかに落ちる。

 

「No.2」

 

小さな声だった。

メイリンが顔を上げる。

 

「セラ……」

 

セラはネメシスを見つめたまま、追随するバンパイア隊へ通信を開いた。

 

「L-271、オルフェウスの現在位置を確認します」

 

返答はすぐに届いた。

 

「メサイア内部ドック。オルフェウスは停泊を継続しています」

「確認しました」

 

セラは続ける。

 

「バンパイア隊は損傷機を護衛しながら、ネメシスをオルフェウスまで輸送してください。」

「了解」

 

4機のバンパイアが隊列を離れ、ネメシスの左右へ向かった。

損傷箇所を確認し、それぞれ必要な位置へ機体を動かしていく。

黒い巨体を支えながら、バンパイア隊がメサイアへ向けて進路を取った。

 

ルナマリアはインパルスのコクピットから、その光景を見つめていた。

 

「……それで、いいの?」

 

セラがインパルスへ視線を向ける。

 

「質問の意味が不明です」

「No.2よ。あれだけ壊れてるのよ」

 

メイリンも通信へ入った。

 

「セラ、多分No.2はもう……」

 

その先の言葉が詰まる。

ネメシスの状態を見れば、何が起きたのかは分かる。

それでも、メイリンは口に出すことができなかった。

 

セラは曳航されていくネメシスを見つめる。

 

「ネメアの個体は、戦闘記録が残れば、その記録を次の運用へ利用できます」

「……」

「機体を失った場合でも、取得した情報は回収できます。今回の戦闘記録も同様です」

 

ルナマリアの表情が曇る。

 

セラの声は普段と変わらない。

損傷報告や機体状態を伝える時と同じ調子で、事実を順番に説明している。

 

「活動を停止した個体についても、記録が残れば今後の運用に反映されます」

「セラ……」

「No.2は成果を残したものとして、評価されます」

 

メイリンの指が端末の上で止まった。

 

壊れても、記録が残る。

得られたものが次へ引き継がれる。

任務を果たしたのなら、それは成果になる。

 

セラの中では、それが自然な考え方なのだろう。

No.2自身も、同じように考えていたのかもしれない。

 

メイリンには、その考え方そのものがひどく悲しく思えた。

 

「……そう」

 

ルナマリアの返事も小さかった。

 

インパルスはその場に留まり、メサイアへ向かうネメシスを見送っている。

バンパイア隊は黒い機体を支えたまま、ゆっくりと戦場から離れていった。

 

その一方で、正面のアークエンジェルとアカツキはさらに距離を取りつつあった。

 

メイリンの戦術表示で、金色の反応が動く。

 

「セラ、アカツキが動いてる。アークエンジェルも姿勢を戻してる」

 

セラの視線が正面へ戻った。

 

「確認しています」

 

レギナントがゆっくりと向きを変える。

 

正面モニターの中央へ、アカツキが入った。

 

ネメシスが最後まで戦っていた相手。

No.2が自分の身体を限界まで使いながら、ミネルバの周辺へ押し留めていた機体。

 

レギナントの周囲で、8基のドラグーンが展開を始める。

それぞれが位置を変え、金色の機体を囲むための配置へ広がっていった。

 

「セラ?」

 

メイリンが呼びかける。

セラはアカツキを見つめたまま答えた。

 

「No.2の任務を引き継ぎます」

 

声量も口調も、普段と変わらない。

 

敵を確認した時。

攻撃を受けた時。

自身が損傷した時。

 

どんな状況でも、セラは同じような声で報告してきた。

今回も言葉だけを聞けば、それと変わらないはずだった。

メイリンの指が止まる。

 

何かが違う。

 

「……セラ」

 

推進器が強く光り、レギナントは加速する。

 

アカツキも接近するレギナントを捉え、こちらへ向きを変えた。

金色と白。

 

2機の間にあった距離が急速に縮まっていく。

メイリンはその光景を見つめながら、胸の奥に浮かんだ言葉を飲み込んだ。

 

セラが怒っている。

今までなら、そんな考えはすぐに打ち消していただろう。

けれど今の声には、そう思わせる何かがあった。

レギナントがさらに加速する。

 

その背後では、バンパイア隊が原形を失ったネメシスを支えたまま、メサイアのドックへ向かっていた。

 

一方は、戦いを終えた者を運ぶために。

もう一方は、その戦いを引き継ぐために。

白い機体と金色の機体が、再び互いを射程へ捉えた。

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