機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
レギナントとアカツキの戦いは、なおも続いていた。
ムウは攻撃を控え、回避と防御に専念している。
セラが8基のドラグーンと近接戦闘を同時に制御している以上、長期戦になれば集中力が落ちると考えたからだ。
だが、その判断が間違っていたことを、ムウは認め始めていた。
レギナントの攻撃は時間が経つほど激しくなっている。
左右のヒートクローがアカツキを追い、その周囲ではスティング・モードへ移行した4基のドラグーンが飛び回る。
細いビームとビームナイフが回避先へ重なり、金色の装甲を少しずつ削っていた。
「ちっ、まだ上げてくるのかよ!」
アカツキが横へ加速する。
直前まで正面にいたレギナントが視界から消え、右後方から白い機体が迫った。
ムウは機体を捻って爪をかわすが、そこへドラグーンのビームが走り、肩の装甲をかすめて金色の破片を散らした。
距離を取ろうとすればレギナントが追いつき、向きを変えればドラグーンが待っている。
大型の機体とは思えない加速と方向転換を繰り返し、わずかな間にも正面、側面、背後と位置を変えてアカツキを追い立てる。
アカツキが戦闘を続けられているのは、ヤタノカガミを備えた装甲によるところが大きかった。
直撃を避け切れないビームを弾き、浅い攻撃なら装甲で耐えながら、ムウは致命傷だけを避け続けていた。
「こいつ、本当に疲れてんのか……?」
返事を求めた言葉ではなかったが、オープンチャンネルに乗った声へセラが反応する。
「稼働に問題はありません」
「そういう意味で聞いたんじゃないんだがな!」
4基のドラグーンが左右へ広がり、アカツキの進路を狭める。
ムウは急上昇して射線を抜けたが、頭上からレギナントが降りてきた。
開かれた右手を見て機体を横へ滑らせ、赤く熱した爪を間一髪でかわす。
「勘弁してくれよ。少しくらい休んでも罰は当たらないぜ?」
「撤退しますか」
「何?」
「戦闘を終了して撤退するのであれば、追撃しません」
あまりに真面目な声で返され、ムウは一瞬だけ言葉を失った。
挑発でも降伏勧告でもなく、本当にそれが最も合理的だと考えている声だった。
「そいつはありがたい話だが……こっちにも意地があるんでね」
アカツキがサーベルを構え直す。
ここで自分が退けば、レギナントはミネルバと合流する。
アークエンジェルはただでさえミネルバを相手に身動きを封じられており、これ以上戦力を増やされるわけにはいかなかった。
「了解しました。戦闘を継続します」
言葉が終わると同時に、レギナントが加速した。
「容赦ねえな、おい!」
左の爪がサーベルへ伸びる。
ムウが手首を返して弾くと、今度は右の爪が同じ場所へ迫った。
先ほどからセラは、右手に握られたビームサーベルを繰り返し狙っている。
最初は武器を奪うための攻撃だと思っていた。
実際、セラは何度も右手へ爪を伸ばし、サーベルの柄を狙っている。
他に隙が生まれても深追いせず、再び右手へ攻撃を集中させることさえあった。
ここまで繰り返されれば、次にどこを狙うのかも分かる。
「だったら、たっぷり食わせてやるよ!」
ムウはアカツキを前へ出した。
レギナントが踏み込み、右の爪を振るう。
ムウは受ける角度をわずかにずらし、アカツキの右腕を大きく弾かせた。
サーベルを握った腕が外側へ流れ、胴体の前が開く。
レギナントの左手が開いた。
ムウはその動きを確認する。
「引っかかった!」
アカツキが握る73J2式試製双刀型ビームサーベルは、柄の両側からビーム刃を展開できる。
必要なら分離して二刀流にもできるが、今は1本のまま右手に握っていた。
ムウがトリガーを入れる。
弾かれた右手の先で、サーベルの反対側から新しいビーム刃が伸びた。
接近してくるレギナントへ向け、赤い光が一直線に走る。
直後、アカツキのコクピットが大きく揺れた。
「なっ――!?」
衝撃で照準が外れ、伸ばしたビーム刃がレギナントの脇を抜ける。
ムウは反射的に機体を見下ろした。
レギナントの左手はアカツキの胴体を掴んでいた。
赤熱した5本の指が金色の装甲へ食い込み、ヤタノカガミの表面が赤く変色していく。
「まさか、最初から……!」
ムウが右手へ意識を向けるように、セラは何度も同じ場所を狙い続けていた。
右腕を自分から差し出した時点で、ムウはセラが作った流れの中へ入ってしまったのだった。
掴まれた部分で小さな爆発が起こり、アカツキの機体が大きく傾く。
ムウが右腕を戻そうとした時には、レギナントはすでにアカツキの背後へ回っていた。
「後ろか!」
警告が鳴る。
背部推進器へレギナントの右手が食い込んだ。
赤い爪が推進器の外装を握り潰し、熱によって内部機構が弾ける。
爆発とともに推力表示が一気に落ち、アカツキの姿勢が崩れた。
「くそっ!」
ムウが機体を左へ振ると、レギナントも同じ方向へ回り込んで背後を維持する。
右へ切り返せば白い機体も位置を変え、モニターの端に一瞬映った直後には再び後方へ回った。
右肩に衝撃が走る。
レギナントの爪が肩装甲を掴み、赤い熱が内部へ伝わった。
ムウがサーベルを振り上げる前にセラは手を離し、爆発した右肩を残して反対側へ移る。
「待て、待てって!」
今度は左肩へ白い手が伸びた。
爪が装甲を掴み、熱が内部へ伝わると、その奥で爆発が起きた。
アカツキの両腕から応答が消え、背部推進器も出力を失う。
姿勢制御だけが残った機体は、その場でゆっくりと回転を始めた。
ムウは操縦桿を動かしたが、アカツキはほとんど反応しない。
「……参ったね、こりゃ」
正面モニターへレギナントが回り込んでくる。
白い大型スカートを広げ、8基のドラグーンを従えた機体が、動きを失ったアカツキの前で静止する。
先ほどまで機体へ絡みついていた動きが嘘のように止まり、赤く熱していた爪もゆっくりと閉じた。
ムウは一度だけ息を吐いた。
ここまで壊されれば、次にコクピットを狙われても避ける手段は残っていない。
セラは戦闘結果を確認し、短く告げた。
「戦闘継続能力の消失を確認。撃破と判定します」
「……は?」
レギナントが反転する。
「ちょっと待て。撃破って、お前な――」
白い機体はそのまま加速し、アカツキから離れていく。
向かった先には、砲火を交わし続ける2隻の戦艦があった。
ミネルバと、アークエンジェル。
ムウは動かない機体の中から、遠ざかる白い背中を見送った。
「撃破と判定、ねえ……」
レギナントの姿が小さくなっていく。
金色のアカツキは推力を失ったまま、宇宙空間をゆっくりと流れていった。
*****
ミネルバとアークエンジェルの戦いは、決め手を欠いたまま続いていた。
アークエンジェルは艦首をミネルバへ向け、距離を維持している。
ミネルバも右舷を晒す危険を避けながら砲撃を繰り返し、互いの装甲へ小さな傷を増やしていた。
「敵艦、距離維持! 正面火力、なお健在です!」
「トリスタン、牽制射撃。無理に詰めなくていいわ」
「了解、トリスタン照準!」
タリアは戦術表示から目を離さない。
アークエンジェルを沈めるには、今の位置関係が悪い。
横へ回ればこちらの右舷を晒し、正面から詰めれば敵艦の火力をまともに受ける。
ルナマリアのブラストインパルスも何度か接近を試みているが、射程へ入るたびに対空砲火が進路を塞いでいた。
「艦長、もう一度右から入ります!」
「無理をしないで。砲火を引きつけるだけでいいわ」
「了解!」
ルナマリアがブラストインパルスを上昇させる。
アークエンジェルのCIWSが火を噴き、進路上へ弾幕を張った。
機体を横へ滑らせて抜けようとすると、その先へ副砲が向く。
「やっぱり近づかせてくれないか……!」
ルナマリアは機体を引いた。
アークエンジェル側にも余裕はなかった。
これまでの戦闘で艦体各部に損傷を受け、ミネルバから距離を取りながら正面火力を維持するだけでも、ノイマンには細かな操艦を要求されている。
「ミネルバ、艦首をこちらへ維持。距離、ほぼ変わりません!」
「このままなら押さえられる。でも、こっちも動けないわね」
マリューの視線が戦術表示の別の位置へ移る。
エターナルから届いた通信は、すでに艦橋全員が聞いていた。
ダイダロス内部へ入った部隊は罠によって分断され、外に残されたエターナル側も自由に動けない。
救援へ向かうためには、ミネルバとの戦闘を終わらせる必要がある。
背中を向けて離脱すれば追撃され、損傷した艦体で追いつかれればアークエンジェルが耐えられる保証もない。
「ミネルバの動きから目を離さないで。離脱できる角度を探して」
「はい!」
その時、ミリアリアが新しい反応を捉えた。
「高速接近するMS! 識別……レギナント!」
マリューが顔を上げる。
「ムウは!」
「アカツキから通信、入ります!」
ノイズの混じった回線からムウの声が届いた。
『悪い、止められなかった。アカツキはもう動けない』
「ムウ! あなたは大丈夫なの!?」
『俺は生きてる。それより、そいつを艦へ近づけるな!』
望遠映像が切り替わる。
遠くには、両肩と背部を大きく損傷したアカツキが浮かんでいる。
その手前をレギナントが高速で横切り、一直線にアークエンジェルへ向かってきた。
「対空砲火、レギナントへ集中!」
「撃ちます!」
CIWSと対空砲が一斉に火を噴いた。
レギナントは弾幕の手前で進路を折る。
右へ跳び、機体を沈め、アークエンジェルの下を抜けた直後に急上昇する。
追尾する砲身が向きを変えた時には、白い機体はすでに別の角度へ移っていた。
「速い……!」
「照準、追いつきません!」
レギナントは一定の距離を保ちながらアークエンジェルの周囲を巡り、短い加速と急激な方向転換を繰り返した。
その軌道から、小型の装置が1基ずつ宇宙空間へ放たれていく。
その動きを見た瞬間、マリューの表情が変わった。
過去にも、レギナントは同じ方法でアークエンジェルへ接近している。
周囲へ小型の妨害装置を散布し、センサーや艦の機能を乱した攻撃だった。
「この動き……まずいわ! 機関最大! ここから離れて!」
「機関最大!」
「最大戦速、急いで!」
ノイマンが推力を上げる。
アークエンジェルの機関出力が上昇し、艦が前へ動き始める。
その時には、レギナントは最後の装置を散布し終えていた。
セラはアークエンジェルから距離を取り、艦体周囲に配置した装置を起動する。
「電気ネズミ君、起動」
電磁パルスが一斉に放たれた。
アークエンジェルの艦橋で複数のモニターが同時に乱れる。
戦術表示が消え、センサー画面が砂嵐へ変わり、照明が一度落ちて非常灯へ切り替わった。
「センサー、ダウン!」
「火器管制、一部応答しません!」
「操艦系にノイズ! 補助系統へ切り替えます!」
「復旧を急いで!」
ノイマンは残った系統で操舵を維持する。
アークエンジェルは惰性を残して進んでいるが、細かな回避運動を行える状態ではなかった。
その変化をミネルバが捉えた。
「敵艦、火器管制停止! 速度も低下しています!」
アーサーの報告とほぼ同時に、タリアが命じる。
「タンホイザー、照射用意!」
「タンホイザー、照射用意!」
ミネルバの艦首がアークエンジェルへ向く。
照射線上へ割り込んでいたアカツキは戦闘不能となり、アークエンジェルも十分な回避運動を取れない。
白い艦はミネルバの正面に艦体を晒していた。
「照準、アークエンジェル中央!」
「タンホイザー、充填開始!」
「出力上昇、30……50……」
艦首内部でエネルギーが集まり始める。
タリアは正面モニターに映るアークエンジェルを見据えた。
「この一撃で止めるわ」
アークエンジェルでも、復旧した一部センサーがミネルバの艦首を映し出していた。
タンホイザーの砲口へ光が集まり、出力表示が急速に上昇していく。
「ミネルバ、陽電子砲充填!」
「回避は!?」
「操艦系、まだ戻りません!」
マリューが正面を見据える。
この状態でタンホイザーを受ければ、アークエンジェルは耐えられない。
「復旧した系統だけでいい! 艦を動かして!」
「やっています!」
タンホイザーの照射軸がアークエンジェルへ重なる。
その瞬間、ミネルバ上方のセンサーが複数の高速反応を捉えた。
「上方、高速反応!」
メイリンが叫ぶ。
青い光を引きながら、8基のドラグーンがミネルバの周囲へ広がっていく。
それぞれが異なる角度へ位置を取り、艦体各部へ照準を合わせた。
さらに上方から、青い翼を広げたストライクフリーダムがミネルバへ向かって降下してくる。
キラの視界には、ミネルバに搭載された複数の火器が個別の標的として表示されていた。
艦首のタンホイザー、左右の主砲と副砲、艦体各部のCIWS、ミサイル発射口と火器管制センサーへロック表示が次々と重なる。
次の瞬間、青白いビームがミネルバの上方から降り注いだ。
CIWSの砲身が吹き飛び、副砲の基部が弾け、主砲周辺の装甲でも連続して爆発が起こる。
「フリーダムから攻撃!」
「火器管制、複数損傷!」
「タンホイザー照準系にも被弾!」
その報告を聞いた瞬間、タリアが艦長席を掴む。
「充填停止! タンホイザーを切って!」
担当員が操作へ入り、その直後に艦首の奥で異常警報が鳴り響いた。
「タンホイザー、充填系異常!」
「エネルギーが――逆流しています!」
タリアの表情が変わる。
「遮断して!」
「間に合いません!」
艦首内部で白い光が弾けた。
充填されていたエネルギーが損傷した系統へ流れ込み、タンホイザー周辺の配電設備が次々と破裂する。
爆発は艦首から船体内部へ伝わり、床が大きく跳ね上がった。
ミネルバの外装が内側から裂ける。
「うわああっ!」
「艦首区画、爆発!」
「第2、第3電力系統ダウン!」
「機関出力低下!」
ブリッジ全体が大きく傾いた。
タリアは座席から投げ出されそうになる体を支えながら、途切れかけたモニターへ視線を向ける。
艦首から黒煙と火花が噴き出し、ミネルバの速度が急激に落ちていった。
ストライクフリーダムのコクピットで、キラも予想以上に大きく広がった爆発を見て目を見開く。
「しまった……!」
キラが狙ったのは、アークエンジェルへ向けられたミネルバの火器だった。
充填中だったタンホイザーの内部でエネルギーが逆流し、被害が艦内へ広がるところまでは予測していなかった。
ミネルバの近くにいたルナマリアが爆発へ振り返る。
「ミネルバ!?」
ブラストインパルスのモニターいっぱいに、艦首から煙を噴き出すミネルバが映った。
その上空では、8基のドラグーンが青い光を引きながらストライクフリーダムの周囲へ戻っていく。
ルナマリアが視線を上げる。
青い翼を広げたストライクフリーダムが、傷ついたミネルバへ向かって降下していた。
「フリーダム……!」
ルナマリアはブラストインパルスを加速させ、傷ついたミネルバとストライクフリーダムの間へ割り込んだ。
照準を合わせてビームライフルを撃つが、ストライクフリーダムは機体を横へ滑らせて射線を抜ける。
「くっ……! 止まりなさい!」
ルナマリアが追って銃口を向ける。
ストライクフリーダムは2射目を機体を捻ってかわし、そのままブラストインパルスとの距離を一気に詰めた。
右手からビームライフルが離れる。
代わって抜かれたビームサーベルから光刃が伸びた。
ルナマリアが迎撃しようと機体を振り向かせる。
その正面でストライクフリーダムがサーベルを振り上げ、青白い刃がブラストインパルスへ向かって振り下ろされた。